感謝と知足の文明へ
感謝と知足の文明へ
「少欲知足」という言葉がありますが、今の文明は、この「少欲知足」に逆行する文明であり、世界同時不況も東日本大震災も、新型コロナウイルス感染症も、飽くなき欲望の追求に奔走してきた貪りの文明に対する大自然の厳しい慈悲の鞭であると言っていいでしょう。
その付けは、すでに地球温暖化という形で人類に跳ね返ってきています。世界各地で、地球温暖化による深刻な影響が出始めている事は、すでに周知の事実であり、北極圏の氷は、予想をはるかに超えるスピードで溶け始め、そこに住む生き物は絶滅の危機に瀕しています。北極圏の氷が無くなるというのは、ここ数百万年間には無かった異常事態で、日本の国土の三倍に相当する面積(百三十万平方キロメートル)の氷がすでに溶けて消失しています。
更に氷解による海水面の上昇は、太平洋の島々を水没の危機に陥れ、そこに住む住民の安全をも脅かしています。また海水温の上昇に伴う海流の変化によって、魚介類の生態系が大きく変わり、漁獲量の激減という深刻な影響をもたらしています。
最近、世界各地で頻発するようになった異常気象、特に超大型の台風、ハリケーンの相次ぐ発生による甚大な被害、或いは熱波による森林火災の増加、高波や大洪水、大地震による被害など、かつて経験した事のない天変地異も、地球温暖化と無関係ではないでしょう。
数百万年以上も溶けなかった氷が、僅か十年余りの間に、三分の一にまで減ったのですから、その異常さが分かりますが、今の状態が進めば、人類存亡の危機に直面すると言っても、過言ではないでしょう。しかも、北極圏の氷は太陽光線を反射して地球を冷やすという大切な働きをしており、氷が少なくなると地球はより多くの太陽光線を吸収するため海水温が上昇し、地球温暖化を一層加速させる恐れがあります。
これから地球温暖化の悪影響が更に拡大していく事は間違いありませんが、因をたどれば、贅沢による大量消費、大量投棄をしなければ、景気を維持出来ない貪りの文明が招いた当然の結果なのです。無駄を無くし、贅沢を離れ、足りる心を知り、大自然の摂理に従って生きる事の大切さに目覚めなければ、人類の未来も世界の平和もあり得ません。
いくら電気自動車や太陽光発電が普及しても、限りある資源を湯水のように使い、飽くなき欲望の追求に奔走している今の文明の在り方が根本から変わらない限り、今まで繰り返してきた失敗を、これからも繰り返すだけです。私たちの意識の奥底に、感謝と知足(節約)の心がしっかりと根を張り、それが生活の隅々にまで浸透した時、初めて電気自動車や太陽光発電が活きてくるのであり、その感謝と知足(節約)の心を他にして、真のエコなどあり得ません。地球温暖化は、私たちが自ら蒔いた貪欲による大量消費と大量投棄が原因であることは間違いありませんが、その大きな付けを、子々孫々に残していくことだけは何としても防がねばなりません。
世界同時不況の時も、東日本大震災の時も、新型コロナウイルス感染症も、その根は文明の在り方そのものにあります。湯水のように浪費するのを当たり前のように考えてきた今までのライフスタイルを抜本的に見直し、無駄と浪費をなくす感謝と知足(節約)を当たり前と考える生き方に舵を切っていかなければ、人類のの未来はありません。
世界に誇るべき「もったいない」精神
2004年に、アフリカ系女性で初めてノーベル平和賞を受賞されたのが、ケニヤ共和国の環境副大臣をしておられたワンガリ・マータイさんと云うお方です。残念ながら、2011年、癌に侵されて、ケニヤの首都ナイロビの病院で亡くなられましたが、マータイさんは、リデュース(過剰生産の削減)、リユース(再利用)、リサイクル(再生利用)という「3つのR」を唱えて環境保護活動に取り組んでおられました。
その運動の根底にあったのが、「もったいない」という日本語ですが、マータイさんが提唱する「3つのR」の意味が、「もったいない」の一語に凝縮されている事を知ったマータイさんは深い感銘を受けられ、是非この言葉を世界の人々に伝えたいと、各国語に翻訳しようとしましたが、この3つのRを一つの言葉で表現出来る「もったいない」という言葉に相当する言葉は、どこの国にもなかったそうです。そこで、「もったいない」という言葉をそのまま使い、世界中の人々に「もったいない精神」を広めながら、植林と環境保護活動に取り組まれたのですが、この話を聞き、大自然の摂理に適った感謝と知足の心を、「もったいない」という一語に凝縮させた日本人の叡智を誇らしく思いました。
ところが、「もったいない」というどこの国にもない言葉を作った日本人が、いま最も忘れているのが、「もったいない」という言葉に込められた感謝と知足の心なのです。
東日本大震災は、電気や水道やガスに囲まれた暮らしがいかに有り難いかを教えてくれましたが、二万人を越える人々の命と、数知れぬ人々の生活基盤のすべてを奪い去った大震災の体験を、「元の木阿弥」に終わらせないためにも、今までのような、有れば有るだけ使えばいいという浪費と贅沢に走る生活スタイルではなく、必要なだけを使わせて頂く感謝と知足の心が凝縮された「もったいない」の精神を、生活の隅々まで浸透させていく努力をしなければなりません。知足と感謝と節約の心を「もったいない」という一語に凝縮させ、世界のどこにもない大自然の摂理に叶った言葉を生み出した日本人だからこそ、先人の叡智を受け継ぎ、世界の人々の先頭に立って「もったいない精神」を実践し、範を示していかなければいけないのではないかと思います。