桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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菩提の種を蒔く日かな(5)



苦しみを悲しむことより喜べよ


「苦しみがある人生と無い人生のどちらがいいですか?」と尋ねられたら、皆さんは何と答えるでしょうか?

恐らく、大多数の方が、「苦しみがない人生の方がいいに決まっています」と答えられるでしょう。

しかし、この答えは、半分正しく、半分間違っています。

この世には、幸せを願わない人など一人もいませんから、苦しみがない人生の方がいいに決まっている筈ですが、そう断言できないのは、苦しみのある方がいい場合もあるからです。

何度もお話しているように、救いを求めて発心する為には、どうしても苦しみが欠かせません。

六道の中で人間界の上にある天上界より、人間界の方が優れていると言われるのは、苦しみがなく楽ばかりの天上界より、苦楽幸不幸のある人間界の方が、発心するのに適しているからです。

という事は、苦しみのない天上界より、苦しみがある人間界の方が彼岸に近く、同じ人間界の中でも、苦しみのない人より、苦しみのある人の方が、より彼岸に近い場所に居る事になります。

苦しみのない人より、苦しみのある人の方が幸せだと言われる所以です。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
  苦しみを 悲しむことより喜べよ
    深き悩みが 菩提(さとり)となるなり
  人の世は 苦こそ菩提(さとり)の道しるべ
    楽に仏を みる人ぞなし
  苦しみが あるから菩提(ぼだい)の花が咲く
    苦をもつ人こそ しあわせなりけり

 と詠っておられるように、苦しみは、悟りへの道しるべであり、菩提の花を咲かせる為に欠かせない肥料なのです。

苦しむ事には何の意味もないように思われるかも知れませんが、苦しみの中には、人生をより良く生きる上で必要な栄養素がいっぱい含まれています。

苦しみという疫病神は、一見邪魔者のように見えますが、その疫病神は福の神と一心同体であり、常に福の神と行動を共にしています。

二人は姉妹ですから、私たちにとって都合の好い姉の福の神だけと親しくなる事は出来ません。

勿論、どちらと親しくなった方がいいかと言えば、疫病神より、福の神の方がいいに決まっていますが、福の神と親しくなりたければ、疫病神をも受け入れる心にならなければなりません。

疫病神を邪魔者扱いしている内は、福の神とも親しくなれないのです。

福の神の顔を見られる観の眼、智慧の眼、悟りの眼を磨かなければ、いつまで経っても、福の神とは親しくなれません。

福の神と親しくなる観の眼、智慧の眼を磨く為には、まず邪魔者の疫病神の存在を受け入れ、その助けを乞う事が必要なのです。


渋を甘味に変える仏法


勿論、苦しみのある方がいいとばかりも言えません。

世の中には、苦しみや精神的ストレスから、うつ病を発症したり、苦しみに耐え切れずに自殺するお方さえいます。

この方たちの立場に立てば、苦しみがない方がいいに決まっていますが、何故この方たちは、苦しみのある方が幸せだという逆の結論には到らなかったのでしょうか?

菩薩様のように、「苦をもつ人こそしあわせなりけり」と詠っておられるお方もいるにも拘わらず、この方たちは、苦を幸せとは思えなかったのですから、その違いは決して小さくありません。

この違いはどこから来ているのかと言えば、やはり前回述べたように、仏法に出会えたか否かの違いなのです。

もしこの方たちが仏法に出会っていれば、救われた可能性が非常に大きく、うつ病を発症する事も、自殺する事も避けられたかも知れません。

そう考えると、仏法に出会えるか否かが、人生の幸不幸を左右する大きな鍵を握っている事になります。

何が言いたいのかと申しますと、救われる為には苦しみが欠かせないけれども、何もしなければ、苦しみは苦しみのままで終わり、救いに変わる事はないという事です。

渋柿を寒風にさらして干すと、渋が甘味に変わって、甘柿よりも美味しくなるように、苦しみがあった方がよいと言えるのは、苦しみが悟り(救い)に変わった時です。

その時、初めて「苦しみが必要だった」と心の底から納得でき、苦しみに合掌する事も出来るでしょうが、渋柿の渋がそのままでは食べられないのと同様、苦しみという渋が悟り(救い)という甘味に変わらなければ、苦しみは不必要な邪魔者であり続けるのです。

その渋を甘味に変えてくれるのが、まさに仏法なのです。

だからこそ、もし仏法に遇わせて頂けたならば、そのご縁を徒疎かにせず、二度と巡ってこないかも知れない千載一遇の好機を逃してはならないのです。

合掌


菩提の種を蒔く日かな(1)
菩提の種を蒔く日かな(2)
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菩提の種を蒔く日かな(6)
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