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「憲法9条にノーベル賞を」運動に思う(3)



拭い切れない違和感


この運動に対し、どうしても拭い切れない違和感があります。

それは、憲法9条を、近隣国の軍事的挑発や圧力を封じる為ではなく、日本の足かせとして活用しようとしている点です。

日本に手かせ足かせをはめ、結果として戦争が起こらないようにしようという主催者の気持ちは、分らないではありません。

しかし、問題なのは、強大な軍事力を盾に、わが国に挑発を繰り返す近隣国の脅威を目の当たりにしながら、何の意思表示もせずに黙認している事で、その脅威からどのように国民の生命財産を守ろうと考えておられるのかが全く分らないのでは、賛成のしようがありません。

その方策も示されず、ただ日本に足かせをはめて事足れりという考え方には、日本人の一人として、どうしても違和感を拭えません。

この会の他にも、例えば『戦争をさせない1000人委員会』という名のグループのアピールを見ると、この運動と同じように、挑発を繰り返す近隣国の脅威に対する言及も、それを防ぐ方策も全く示されていません。

最初、この委員会の名前を見た時は『どの国にも戦争をさせない1000人委員会』の略称かと思いましたが、そのアピールを読んで、期待は見事に裏切られました。

残念ながら、この委員会もまた、日本に手かせ足かせをはめる事だけを目的とするグループでした。

アピールには、「この憲法のもと、私たちは、他国に直接に銃を向け、傷つけ合う不幸だけは味わうことなく、戦後69年を過ごしてきました」と書かれていますが、誰もがこの文章に違和感を覚えたのではないでしょうか?

何故なら、好むと好まざるとに拘らず、わが国は、日米安保条約という世界最強の軍事力を誇るアメリカとの同盟関係(アメリカの核の傘)によって守られてきたのであって、決して憲法9条に守られてきた訳ではないからです。

憲法9条を守りたいとの立場から、このような文言になったのだろうと推察しますが、憲法9条があったから日本が戦禍に巻き込まれなかったという認識は、余りにも実態とかけ離れています。

日本の安全保障にとって、日米同盟は基軸であり、無くてはならない生命線と言っても過言ではありません。

その事は、アメリカとの同盟関係を解消したと仮定した時、今の日本がどのような状況に置かれるかを考えれば、すぐに分ります。

例えば、1995年、フィリピンに駐留していたアメリカ軍がフィリピンから完全撤退した途端、中国がフィリピン沖の島々を乗っ取り、着々と自国の領土化を計っている現実がありますが、これを見れば、領土拡大をもくろむ中国にとって、憲法9条の存在など痛くも痒くもない事が分ります。

中国がこのような強引とも言える行動に出られたのは、アメリカのフィリピンからの完全撤退によって、この地域の軍事的バランス(抑止力)が崩れたからであり、中国は、アメリカがいない隙に、まんまと欲しいものを手に入れたのです。

慌てたフィリピンは、米軍の再駐留を決めましたが、もはや手遅れで、中国は実効支配を続け、軍事施設や滑走路を整備するなど、着々と既成事実化を推し進めています。

「転ばぬ先の杖」ではありませんが、領土を奪われてから杖を探しても、もはや手の施しようがなく、この事実を見れば、憲法9条は日本の守りを妨げる手かせ足かせにはなっても、中国の野望を食い止める防波堤になりえない事が明らかでしょう。


対案のない批判ほど無責任なものはない


ご承知のように、世界190数ヶ国の中で、日本を敵視し、反日を国是としているのは、中国、韓国、北朝鮮の3ヶ国しかありません。

この3ヶ国の内、中国は、東シナ海や南シナ海で領海侵犯を繰り返したり、奪った島に軍事施設を作ったり、一方的に防空識別圏を設定するなど、軍事力を背景に危険な挑発をエスカレートさせています。

北朝鮮も、多くの日本人を拉致し、ミサイルを日本海に発射したり、核武装を匂わせたりしながら、危機感を煽っています。

また韓国は、竹島を一方的に占領し、アメリカ国内に慰安婦像を建て、最近では、朝鮮日報の記事を引用する形でコラムを掲載した産経新聞の韓国支局長を起訴するなど、政官民挙げて、日本を敵視する反日政策(ジャパン・ディスカウント運動)に狂騒しています。

このような状況の中で、日本はどうすればよいかを早急に考え、対処していかなければなりません。

憲法違反だと言って批判するのは簡単ですが、日本一国だけで解決出来ない以上、近隣国が挑発を繰り返す状況を踏まえた上で日本はどうすればよいのか、その対案を示し、知恵を出し合って対処方法を提案していかなければ、問題の根本的解決にはなりません。

『立憲デモクラシーの会』というグループが、集団的自衛権行使容認をめぐり、「安倍政権は、中国と北朝鮮を『仮想敵国』と決めつけるというとんでもない手法を採用している」と批判していますが、このような現状認識はどこから出てくるのでしょうか?

日本が中国や北朝鮮、韓国を敵視しているのではなく、これらの国々が、日本に対する敵視政策(反日政策)を採って挑発を繰り返しているからこそ、日本は、それに対処せざるを得ない状況に追い込まれているのです。

このグループの論理を、先般の交通事故に当てはめれば、飲酒運転や無免許運転をして暴走を繰り返すドライバーには何の注意もせず、歩行者を守るガードレールを設置しようとしている者に、「ガードレールを設置する事は、飲酒運転や無免許運転をして暴走を繰り返すドライバーに対する敵対行為だからけしからん。危ないから取り除け」と言っているようなもので、これでは本末転倒と言わざるを得ません。

暴走を繰り返している車があり、黙認すれば「暴走しても許される」という誤ったメッセージを送り、ますます歩行者が危険にさらされる恐れがあるからこそ、わが国は、ガードレールを設置せざるを得ない状況に置かれているのです。

もし『立憲デモクラシーの会』の方々が言われるように、歩行者を守るガードレールの設置がドライバーに対する敵対行為なら、歩行者の命を危うくするドライバーの暴走行為は、何と表現されるおつもりなのでしょうか?

暴走するドライバーには沈黙し、ガードレールを設置する者を非難して、それを是とする論理には、誰もが首を傾げざるを得ないでしょう。

残念ながら、日本一国だけに足かせをはめ、身動きの取れないようにすれば戦争は起きないと楽観視出来るほど、日本を取り巻く状況は甘くありませんし、覇権主義的野望に燃える隣国との信頼関係は崩壊の一途をたどっています。

平和の実現が、日本一国に足かせをはめて実現出来るなら、喜んで賛成したいと思いますが、それが絵に描いた餅に過ぎない事は、先にご紹介したチベット出身のペマ・ギャルポさんの国会証言を見れば明らかです。

鷹巣さんや『憲法9条にノーベル賞を』実行委員会、『戦争をさせない1000人委員会』『立憲デモクラシーの会』の方々が、このような状況の中で、日本に足かせをはめれば戦争を回避でき、国民の生命と財産を守れると信じておられる根拠は何なのでしょうか?

日本人なら誰もが知りたい疑問ですが、残念ながら、納得出来る答えは全く示されていないのが現状です。対案のない批判、批判の為の批判ほど、無責任なものはないと言わざるを得ないでしょう。


米中の軍事的バランスの変化と日本の立場


世界は刻一刻と動いており、軍事的バランスも微妙に変化しています。

最近の南シナ海や東シナ海での中国の強引な海洋進出の背景には、アメリカとの軍事的バランスの微妙な変化がある事は、周知の事実です。

シリア内戦やウクライナ問題でのオバマ政権の弱腰外交や、軍事費の削減など、アメリカの微妙な変化を、中国が見逃す筈がありません。

「この時を待っていました」と言わんばかりに、一気に軍事的バランスを崩そうと動き出したのです。

「ここまでやってもアメリカは手を出してこない」と見越した上で、着々と食指を周辺諸国へ伸ばしてきている事は、誰の目にも明らかですが、この動きが更に加速すれば、いままで保たれてきた軍事的バランスが崩れ、東南アジアや近隣諸国が今以上に、中国からの軍事的脅威にさらされる事は明らかでしょう。

今までの軍事的バランスを崩して、自国に有利な新たな均衡を作ろうと狙っている中国と対極にいるのが、日本です。

いままで保たれてきた軍事的バランスが崩れれば、中国の覇権主義的野望が更に膨らみ、戦争の危機が現実のものとなる恐れがあるからこそ、日本は今まで平和を保ってきた軍事的バランス(抑止力)を保とうと、様々な施策を講じているのです。

集団的自衛権行使容認も、特定秘密保護法の制定をはじめとする一連の行動も、みなその流れに添うものである事は言うまでもありませんが、その動きが、中国にとって好ましい筈がありません。

軍事的バランスを崩し、覇権主義による強引な領土拡大をもくろむ中国にとって、最も目障りなのが、その均衡を保とうとする日本の行動であり、何としても邪魔をさせまいと、あの手この手で日本を攻撃してくるのは当然です。

靖国問題や慰安婦問題を通じての日本叩きも、秘密保護法案や集団的自衛権行使容認への批判も、すべて中国の野望を阻止しようとする日本の力を削ぐ為のプロパガンダ(政治宣伝)である事は、一連の行動を見ればすぐに分かります。

しかし、より深刻な問題は、国内にあります。

それは、わが国の一部の政治家やマスコミの一部に、中国の覇権主義的野望を食い止めるどころか、中国と同調して、野望を食い止めようとしている政府に足かせをはめ、「集団的自衛権行使を認めれば、他国の戦争に巻き込まれる」と危機感を煽り、耳障りのよい言葉を並べて国民を誤った方向に誘導しようとする動きがある事です。

残念ながら、『憲法9条にノーベル賞を』運動も、その流れと軌を一にする運動と言っていいでしょう。


憲法9条は抑止力となりうるのか?


もし中国が本気で日本に戦争を仕掛けようとする時、憲法9条は、彼らの野望を食い止める抑止力となり得るでしょうか?

残念ながら、中国は、憲法9条など一顧だにしません。彼らが考えるのはただ一つ、戦って勝てるかどうかだけです。

勝てるという確信がなければ、誰が愚かな戦争を始めるでしょうか? 勝つと確信して、はじめて領土を奪おうとするのです。

中国に対抗するだけの力を持っていなかったチベットやウイグル(東トルキスタン)が侵略された事実を見れば、よく分ります。

勿論、目的は、そこに眠っている豊富な資源です。

中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、尖閣諸島周辺の海底に石油資源の可能性が明らかになった1971年以降で、それ以前は、領土の「り」の字もありませんでした。この事実を見れば、中国の野望がどこにあるかは一目瞭然です。

安倍総理が、アメリカとの同盟関係の強化を盛んに強調するのは、日米同盟の強固な我々と戦っても、中国に勝ち目はない事を悟らせ、その野望を止めさせたいからです。

日米同盟が不安定になればどうなるかを、我々は、民主党政権時代に思い知らされました。中国船衝突事件

尖閣諸島沖で、巡回中の海上保安庁の巡視船に、中国漁船が体当たりしてきた事件が起きたのは、民主党とアメリカとの関係がギクシャクしていたからであり、アメリカが乗り出してこないと見極めたからこそ、中国はあれほど強行に出てこれたのです。

あの事件は、アメリカとの同盟関係が少しでも不安定になれば、中国はすぐに行動を起すというシグナルです。

アメリカ軍が撤退した後にフィリピン沖の島々を奪いにきた事実からも、軍事的バランスが少しでも崩れれば、その隙を狙って行動してくる事は間違いないでしょう。

「日本には憲法9条があるから、中国は日本に対し、絶対に戦争を仕掛けられない」と本気で信じているお方がいるとすれば、余りにも現状を知らず、能天気と言わなければなりません。

目の前に繰り広げられている中国の行動を見れば、憲法9条など何の抑止力も発揮していない事は、火を見るよりも明らかです。


外交カードとしての憲法9条


先ほど「中国は憲法9条など一顧だにしない」と言いましたが、正確に言えばそうではありません。

彼らにとっても、憲法9条は価値のある条文なのです。

勿論、彼らが憲法9条に価値を認めるのは、世界平和を望むからではありません。日本の力を削いでくれるからです。

日本の力を削ぐ格好の手段として利用価値のある条文であり続ける限りは、憲法9条もまた、靖国問題や慰安婦問題と同じ政治カードの一つとして、価値を持ち続けるのです

恐らく世界で、憲法9条が日本を戦争から守ってくれていると信じているのは、中国と歩調を合わせる日本の一部政治家やマスコミと、それを支持する一部の人々だけでしょう。

勿論、一党独裁体制の中国は、憲法で国が守れるとは、夢にも思っていません。国民の批判や不満を押さえ込み、自由な意思表示を封じ込める為に、彼らが頼りとするものは、武力しかありません。

これは北朝鮮も同じですが、軍事力を背景に、強引な海洋進出を進める中国の野望を阻止するには、いままで平和を維持してきた軍事的バランス(抑止力)を保つ以外に道はないのです。

勿論、これが最善最良の方法だとは思いません。

武器を使って身を守らなくてもよい平和な時代が一日も早く訪れる事を願ってやみませんし、その為の努力を続けようとする運動に反対するつもりは毛頭ありません。

しかし、中国が、いまも領土拡大の野望を抱いて強引に突き進んでいる以上、日本が国を守り、国民の生命財産を守る為に取るべき道は、残念ながら他にはありません。

もし他に進むべき道があるなら、是非鷹巣さんや『実行委員会』の方々には、対案を提示して頂きたいと思います。


形を変えた「人の支配」の落とし穴


先ほどの『立憲デモクラシーの会』の中には、安倍政権を、ドイツやイタリアのファシズムになぞらえるお方もおられ、唖然としましたが、軍事的挑発を繰り返す中国や北朝鮮こそが、立憲デモクラシーなど全くない、国民を恐怖政治で抑圧している独裁国家である事を忘れておられるのでしょうか?

もし安倍政権をファシズムだと思われるなら、いつでも選挙によって変えればいいだけの話で、それが出来るのが日本であり、独裁国家と根本的に違うところです。

国民の自由な意思表示さえ許さず、政権交代もない独裁国家が、日本に対し敵視政策を採り続け、挑発や圧力を繰り返しているばかりか、現在進行形でチベットやウイグル(東トルキスタン)を侵略し、平和を愛する人々を弾圧し続けている現実がありながら、目隠しをして見ようともせず、憲法9条の解釈に矛盾していると言って批判するだけでは、状況は何も変わりません。

会のコメントの中に、「非論理性」とか「矛盾」という言葉が何度も出てきますが、学問を生業とする方々は、矛盾の無いよう論理を構築できればそれでよいのかも知れません。

しかし、一国の指導者ともなれば、そうはいきません。現実を見据えながら最善最良の方法を採っていかなければならない政治の現場では、時と場合に応じ、矛盾している事をあえて承知の上で、政策を推し進めなければならないケースも出てきます。

何故なら、人間が作った憲法や法律に完全なものなどないからです。

めまぐるしく変わる世界情勢や、それに対応していかねばならない現実と、全知全能の神ならぬ人間が作った不完全な憲法や法律との間に、矛盾が起きているという事は、憲法や法律が、目まぐるしく変化している世界情勢に対応できなくなっている証拠であり、だからこそ、憲法改正という動きも出てくるのです。

コメントの中に、「法の支配から恣意的な人の支配への逆行」との指摘が見られますが、不完全な憲法や法律が、現実とそぐわなくなってきているのを無視し、不完全なものを守る事が常に正しく、国を守る道であると妄信する事もまた形を変えた「人の支配」であり、その結果、祖国が失くなってしまっては、元も子もありません。

勿論、憲法は、国の根幹に関わることを決めていますから、時の政権によって簡単に変えられるようでは困ります。

だからこそ、改正条項を厳しくして簡単に変えられないようになっているのですが、他方で、それが足かせとなり、周辺国からの軍事的挑発によって日本が危機的状況に陥るかも知れないという状況の中で、身動きが取れなくなって何もできないというのでは、国民の幸福の為に作ったはずの憲法によって国が滅びるという、笑うに笑えない事態に陥る事だってありえます。

挑発してくる相手が、覇権主義的野望に燃えている独裁国家であれば尚更ではないでしょうか。


何故多くの国々が歓迎しているのか?


民主主義国家であれば、選挙と言うフィルターを通して、国民の意向を反映させ、政権交代を実現させる事も出来ますが、一部の特権階級が支配する共産党一党独裁国家では、政権交代がありませんから、国民の意思で暴走を食い止めるのは、まず不可能と言っていいでしょう。

だからこそ、挑発を受ける国々の指導者は、予期せぬ事態が起こらぬよう、仮に起こっても国民の生命財産を守れるよう、常にぎりぎりの政治的決断を迫られる訳ですが、ご承知のように、この3ヶ国以外の東南アジア諸国や世界の国々はみな、日本の集団的自衛権行使容認に歓迎の態度を明らかにしています。

何故かと言えば、政権交代のない独裁国家の覇権主義的野望による軍事的脅威を、各国が敏感に感じ取り、同じ思いを共有しているからです。

残念ながら、中国、北朝鮮と世界各国との間では、憲法前文に謳われている「相互の信頼関係」が失われ、各国が、挑発を続ける中国や北朝鮮の軍事的脅威を危惧し、不安を抱いているのが現実です。

しかし、だからこそ、世界平和の実現には「相互の信頼関係」が不可欠である事を世界中に訴え、憲法9条の理念を共有する又とない千載一遇の好機ではないかと思うのですが、この運動の主催者からは、全くその意志が感じられません。

何故いま日本が集団的自衛権行使容認へと向かわざるを得ないのかという背景への考察も、挑発を繰り返す独裁国の脅威への言及もまったくなされず、その対案も示されていない状況では、千語万語を費やして安倍総理を批判しても、主催者が望む政権交代はおろか、政府の方針を変える事さえ不可能でしょう。

国の安全保障というものは、ただ世界平和を叫び、戦争放棄、非武装中立を宣言し、政府を批判するだけで実現できるほど、単純なものでない事を、我々国民はよく知っています。

ただ耳障りのよい政策を唱えるだけの政党が、全く国民の支持を得られないのは、国民に見る目がないからではありません。何が正しいかを、しっかり見定めているからです。

勿論、武力だけで安全保障が実現できるとは、誰も思っていないでしょう。

外交努力も含め、様々な手立てを駆使しながら、多重的な安全保障を構築していかなければならないのは当然の事です。

大切な事は、武力を持たない国がない世界の現状を直視した上で、いかにして戦争のない平和な世界を実現していくかですが、日本だけが率先して武力を放棄すれば国の安全保障も世界平和も実現出来るという理想論には、与したくてもできません。

何故なら、理想論を振りかざし武力を放棄した為に領土を奪われ、多くの同胞が虐殺や辱めを受け、いまも弾圧や迫害を受け続けているチベットやウイグル(東トルキスタン)の人々が雄弁に語ってくれているからです。

理想論を述べるのは個人の自由ですし、それも許されているのが日本ですが、安全保障が、国家間の信頼関係の上に成り立つものである以上、どうすれば相互の信頼関係を構築出来るかを考えながら、万が一の時に備えて万全の体制を整えていかなければ、戦争放棄も世界平和もただの絵に描いた餅にしかなりません。

この運動について言えば、憲法9条にノーベル賞を受賞できれば、平和への動きが加速すると考えて始められたのかも知れませんが、逆に、周辺国の外交カードとして使われ、今以上に挑発や圧力が繰り返されて、日本は益々抑止力を強化せざるを得ない状況に追い込まれて行くのではないかと危惧せざるを得ません。


憲法9条を守る責任の共有


繰り返しますが、私がこの運動に違和感を覚えるのは、憲法9条を、周辺国の軍事的挑発や圧力を封じる為ではなく、日本の足かせとして活用しようとしているからです。

日本一国だけの努力で憲法9条の理念を守るのが難しい以上、敵視政策を採っていない世界中の国々との絆を深め、挑発を繰り返す隣国へ自制を促していかなければならないにも拘わらず、真逆の方向へ舵を切ろうとしているのですから、賛成のしようがありません。

もし、憲法9条の平和主義を守りたいのであれば、憲法前文と9条がいま隣国からの様々な挑発によって危機的状況にある事を世界中に訴え、平和を愛する国々や、平和を愛する人々と9条の理念を共有し、協力し合っていく以外に道はないのです。

つまり、憲法9条の理念を守る責任を、日本一国が負うのではなく、世界中の国々にも分担していただくという事です。

その働きかけの契機として、ノーベル賞を活用しようというのであれば、それはそれで意義のある運動だと思います。

しかし、日本だけに足かせをはめようとする運動なら、今でさえ慰安婦問題や靖国問題を、日本の力を削ぐ外交カードとして使っている国々が、ノーベル賞を受賞した憲法9条を外交カードとして使ってこない筈がなく、そうなる事は目に見えています。

そうなれば、挑発は更にエスカレートし、対立は益々深まり、わが国が背負うリスクが更に大きくなるだけで、いい事など何もありません。

しかし、もし相互の信頼関係が不可欠である事を謳った憲法前文という基礎と、その上に立っている憲法9条という家が、いま隣国からの軍事的挑発によって崩壊の危機に瀕している事を、世界中に訴える事が出来れば、憲法9条を守る応分の責任を各国と共有でき、挑発を繰り返す国々に自制を促す道すじが見えてくるかも知れません。

この運動に賛同している方々は、集団的自衛権行使容認のみを捉えて憲法9条の危機と捉えておられるようですが、私は、集団的自衛権行使容認の背景にある隣国からの軍事的挑発こそが、憲法9条の理念を危機に陥れている元凶だと思います。

だからこそ、隣国の挑発によっていま憲法前文と9条が崩壊の危機に瀕している事を世界中に訴え、平和を愛する人々と理念を共有し、一致団結して自制を促していく事に、大きな意味があるのです。

さもなければ、日本は益々抑止力強化に向けて進まざるを得なくなり、憲法前文と9条の理念とは真逆の結果を招くだけでしょう。

いま我々が取るべき道は、二つに一つしかありません。「憲法を現実に合うように変えていくか、それとも現実を憲法に合うように変えていくか」です。

いずれも困難な道ではありますが、鷹巣さんや実行委員会の方々は、現実を憲法に合うように変えていく後者の道を選んでおられるようです。

だとすれば、やはり世界各国に憲法前文と9条を守る応分の責任を求め、理念を共有しながら近隣国の挑発を封じ、わが国を取り巻く危機的状況を取り除り、信頼関係を深めるような運動の進め方をしていかないと、状況は何も変らないでしょう。


2015年1月28日


「憲法9条にノーベル賞を」運動に思う(1)
「憲法9条にノーベル賞を」運動に思う(2)
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