桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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人生をよりよく生きるために(4)




知識と智慧の違い


恐らく、皆さんの中には、「諸行無常でしょう。万物流転でしょう。そんなことは、もう知っています」と言われるお方がおられるのではないかと思いますが、以前、或るお寺の御住職から頼まれて説法に伺い、この話をしたところ、やはり聞いておられたお方の中に、「そんなことは、もう知っております」とおっしゃった方がおられました。

そこで、「では、もうあなたは、何の悩みも苦しみもないのですね」とお聞きしたら、「いえ、苦しみはまだまだあります。悩みもなくなりません」とおっしゃいました。

このお方を見れば、知っていることと、悟っていることは根本的に違う事が分かります。知っているというのは、知識に過ぎません。知識は、ただ頭の中に記憶するだけです。

私が言いたいのは、知識ではなく、それがあなたの智慧になっているかどうかです。智慧というのは、悟りであり、心の底から納得しているかどうかということです。

すべてが移り変わっていくということは当たり前のことです。「諸行無常」「万物流転」「移り変わり」、こんなことは誰でも知っています。

しかし、知っていることと、すべてが移り変わっていくことを悟っていることとは、根本的に違うのです。

「苦しみが無くなりましたか」と聞いたら、「いいえ、無くなりません」という答えが返ってきたということは、その方は、知ってはいても、まだ悟れてはいないということです。

悟って初めて心に納得が生まれ、救いの灯が見えてくるのです。頭で知っただけでは、悟ったとも、救われたとも言えないのです。


空手にして郷に還る─道元禅師の悟り


曹洞宗を開かれた道元禅師が、法を求めて宋の国に渡られ、帰って来られた時、次のような言葉を残しておられます。

「天童先師に見えて当下に眼横鼻直なることを認得して人に瞞せられず、即ち空手にして郷に還る。故に、一豪も仏法なし。

「天童先師」というのは、中国の天童山という所におられた如浄禅師という道元禅師のお師僧様に当たるお方です。

この方の下で禅の道を究められた道元禅師は、日本に帰って来るや否や、「天童山というお山に登り、如浄禅師にお会いし、そこで私が悟ったことは、眼が横に付き、鼻が真っ直ぐに付いているということだけで、あとは何の悟りもありません。ですから、何も持たず空手で郷に帰ってきました。皆様方にお伝えする仏法は何もありません」と仰ったのですから、道元禅師の帰りを待ちわびていた方々は、さぞ驚いたことでしょう。

眼が横に付いていて、鼻が顔の真ん中に真っ直ぐ付いていることくらい、誰でも知っています。

ところが、道元禅師は、「宋へ行って悟ったことは、それだけです。ただそのことだけを悟って、何の手土産も持たずに手ぶらで郷に帰ってきました。他に悟りはありません」と、おっしゃったのですから、驚いたのも無理はありませんが、何故道元禅師は、わざわざそんな分り切ったことをおっしゃったのでしょうか。


当たり前のことを当たり前に悟る


この言葉には、実はとても深い意味が込められています。

眼が横に付いていて、鼻が真っ直ぐに付いていることは、誰でも知っている、当たり前のことです。しかし、誰でも知っていることと、悟っていることとは、根本的に違うのです。

この世のものが、全て移り変わってゆくことは、みんな知識として知っています。「春に芽が出て夏に繁って、秋に実って冬に散ってゆくのだ」ということは、四季折々の移り変わりを見れば分かります。頭ではみんな理解しているのです。

しかし、そのことを、ただ知識として知っているだけで、心で受け止めていないのです。道元禅師の言葉を借りれば、その事実を心で「認得」していない、つまり、悟れていないのです。

道元禅師は、宋へ渡って、初めて、世の在りのままの姿(実相)を悟られたのです。

今までは、様々な計らいをし、心に曇りを作り、怒りや憎しみや様々な思いを通して、この世界を見ていただけで、在りのままの姿を見ていなかったのです。ただ、知識として知っていたに過ぎなかったのです。

ところが、無心になり、無垢の状態になって、初めて在るがままの姿が心の眼に観えてきた時、真理の声が聞こえてきたのです。

「私は、誰もが当たり前のこととして気付かなければならない事実を、当たり前のこととして気付いたのです。宋へ行く前も、確かにそのことは知っていました。しかし、悟っていなかったのです。気付いていなかったのです。宋へ行って如浄禅師と出会い、初めて、当たり前のことを当たり前のこととして悟ることが出来たのです」

道元禅師は、解脱することを「身心脱落」と表現しておられますが、ここに道元禅師の悟りがあります。

先程のお大師様の法歌にあった「有為の波風寄せぬ日ぞなし」も、菩薩様の法歌にあった「降る雪も悟れば涅槃のすがたかな」も、まったく同じ悟りの境地で、「有為の波風」も「降る雪」も、悟れば、一切の執着から離れて、身も心も脱落するのです。

禅宗ではよく、お悟りの言葉として「花は紅、柳は緑」という言葉が使われますが、これも当たり前のことで、花は赤く、柳は緑色をしているのです。

しかし、その当たり前のことが、腹を立てたり、嫉妬したり、恨んだり、憎しんだりしている時は、当たり前には感じられないのです。

人間というものは、色々な計らいをするために、当たり前のことを当たり前と受け止めることが出来ないのです。

四国遍路を終えて紀州高野山の奥の院へお礼参りをされ、白雪にすっぽり覆われた山やお寺のすがたをご覧になった時、菩薩様の心の奥底から湧き上がってきたのが、この歌ですが、その時の心境は、道元禅師が宋から郷に帰ってきた時の心境と、相通じるものがあります。
  降る雪も 悟れば涅槃のすがたかな
    山もお寺も 法衣まといて

お四国へ行かれるまでの菩薩様もまた、色々な人生の苦難に遇われて、悶々とする日々を送っておられました。「どうして自分だけがこんなに苦しい人生を歩まなければいけないのか」と思われたこともあったでしょうし、「どうして上手く行かないのだろう」と悩み苦しみ、時には名前を変え、良い方角だからというので転居もし、もうありとあらゆることで、悶々とされました。

しかし、そのどれもが救いとはならず、結局最後に到達されたのが、仏法による救済でした。そして、仏法の根本が、やはり無常であることを悟られたのであります。


お袈裟と法衣の関係


一切が移り変わっていくのだという無常の真理を在るがまま教えているのが、皆さんもよくご存知のお袈裟です。

昔から僧侶が持つべき必需品とされているのが、「三衣一鉢(さんねいっぱつ)」と言われるもので、「三衣」とは、大衣(僧伽梨・晴着のこと)、中衣(鬱多羅僧・普段着のこと)、小衣(安陀会・作業着のこと)の三つの衣を意味し、また「一鉢」とは、托鉢用の鉄鉢のことですが、お袈裟は、広げると一枚の大きな布で、阿弥陀くじのような形をしています。

一枚一枚の小さな布をつなぎあわせて、一枚の大きな布にしてあるのですが、その一枚一枚の小さな布の縦のすじを「条」と言い、条の数が五つあるものが五条(五条袈裟)で、「小衣」と言い、七つあるものが七条(七条袈裟)で、「中衣」と言い、九つから二十五本あるのが九条(九条袈裟)、二十五条(二十五条袈裟)で、「大衣」と言います。

日本や中国、朝鮮では、気候風土の関係から、僧侶は袈裟の下に法衣というものを身に着け、袈裟は、現在では本来の用途である実用的な衣服としてではなく、僧侶が身に着ける装飾品の一つになっていますが、元々インドでは、この袈裟が僧侶の衣服であったため、袈裟の下に衣を身に着けることはなく、一枚の袈裟を、ぐるぐると体に巻きつけて着るだけでした。

その本来の形をよく現わしているのが仏像で、お釈迦様でも阿弥陀様でもお薬師様でも、ただ薄い一枚の衣を身にまとっておられるだけです。

しかし、熱帯のインドではそれでも構いませんが、温帯の中国や朝鮮や日本では袈裟一枚では寒い冬は過ごせません。そこで、袈裟の下に、もう一枚衣を着て、その衣の上に袈裟を着けるようになったのですが、そのために、実用的な衣服としての袈裟本来の姿はなくなってしまいました。


袈裟が教える真理


お袈裟が、私たち仏教徒が最も大切にしなければならないものの一つである事は昔も今も何ら変わりありませんが、元々お袈裟は、インドの言葉(梵語)でカサーヤ(Kasaya)と呼ばれている、猟師が着る衣服でした。

このカサーヤに、漢字を当てはめて「袈裟」と書くようになったのですが、このカサーヤは本来、「汚れた」「壊色」「濁色」というような意味で、いま私達が袈裟に抱いているような、「尊いもの」「清らかなもの」というイメージはまったくありませんでした。

ご存知のように、お釈迦様は、出家して修行するため、お城を出て修行者の森に行かれたのですが、その時、身に付けておられた衣服は、王子であるお釈迦様が身につけておられた衣服で、これから城を出て出家する身には、相応しくありませんでした。そこで、たまたま通りかかった猟師の衣服と、ご自身の衣服を交換なさったのです。

自分が着ていたきらびやかな衣服を猟師に与え、ご自分は猟師が着ていた粗末な衣服を身に着けて修行の衣とされ、それ以来、カサーヤが出家者の衣となったのですが、その「汚れた」という意味のカサーヤが、何故仏教徒が身にまとう尊い袈裟に変身したのでしょうか。

今も言ったように、このカサーヤの本来の意味は、「汚れた」「壊色」「濁色」という意味で、いま私たちが考えているような「この世で最も尊い衣」という概念はありません。

では何故、猟師が着ていた粗末な衣服であるカサーヤが、仏教で最も尊い衣を意味する袈裟に変ったのでしょうか。

袈裟(法衣)は、別名「糞掃衣(ふんぞうえ)」とも呼ばれ、文字どおり、糞を掃く衣のように、この世で一番汚れた、使い捨ててもいいようなボロボロの衣という意味ですが、仏教では、この糞掃衣が、この世で最も尊い衣と言われているのです。

何故糞を掃くようなボロボロの衣がそれほど尊いのでしょうか。

袈裟には、人に菩提心を起させる功徳、自分が菩提心を起す功徳、魔を除く功徳など、十種の功徳があると言われていますが、何故元々猟師が着ていた衣が十種の功徳があると言われるほど尊い衣に変わったのでしょうか。

それはこの衣が、真理を説法する衣に変わったからです。

私も、如法衣と呼ばれる袈裟を自分で縫って作ったことがあり、今でも行法をする時に着用していますが、この一枚一枚の衣は、最初は新しく、綺麗でした。しかし、今は少し変色してきていますし、これから何十年、何百年と使ってゆけば、次第に擦り切れてボロボロになってゆくでしょう。

最初は幾ら新しくてきらびやかな布であっても、やがて古くなり、汚れたものへと変わってゆかねばなりません。

何故なら、それがこの世の真理だからです。

その袈裟を私たち僧侶が身に着けるのは、着飾って美しく見せたり、尊く見せたりする為ではありません。

この袈裟を形作る一枚一枚の布が、この世の無常の真理を説法しているからなのです。

「あなたも私たちと同じなのですよ。最初はみな若くてたくましい青年であり、麗しい乙女ですが、次第に年をとり、皺も増え、白髪も増えて、ボロボロになっていくのですよ。ボロボロになった一枚一枚の布とあなたと、どこが違うのですか」

そう言って、袈裟の一枚一枚の布が、移り変わり行くこの世の真理を説法し、私達一人一人の姿を見せてくれるのです。

つまり、袈裟を形作っている一枚一枚の布は、お釈迦様の「明けの明星」であり、お大師様の「有為の波風」であり、菩薩様の「降る雪」であり、私たち一人一人の姿でもあるのです。

合掌

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