桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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お計らいに導かれて

(K・Nさんの体験)



初めての帰郷


二人の姉に導かれて、初めて高野山法徳寺様に帰郷させて頂いたのは、二年前の平成22年10月20日の秋の大法要でした。 以来、三人連れ立って、春と秋の大法要に帰郷させて頂くのが、何よりの楽しみとなりました。

今まで私は、ご法嗣様が奈良県桜井市の法楽寺に居られる時からお参りしている二人の姉を見て、仏教に対する世界観を共有しながらも、姉達との話の中に、宗教的な飛躍性の伴った話が出てきて、戸惑ったりしたものです。

社会の仕組みであったり、物事の成り立ちなど、言葉で構築できる世界と、その言葉が届かない世界を、どう峻別すべきなのか、迷いもしました。

昔から、穂高連峰縦走時での落雷、単車での山道転落や、車との正面衝突寸前の危機に事故回避が出来た事など、まさに神秘的ともいえる体験が、幾度もありましたが、法徳寺へ帰郷して以来、ご法嗣様やご同行の皆様から、様々な体験談を聞かせて頂く内に、人間の知恵や力の及ばない、目に見えぬ神仏の不可思議なお計らいの世界がある事を、一層強く感じるようになりました。

お参りさせていただく事により、今まで偶然と見過ごしてきた日常の出来事の中に於いてさえ、神仏のお計らいの世界が隠されている事に気付きつつある今、これぞお大師様、菩薩様のお導きであり、お計らいではないかと実感しております。

ここに拙い体験談を書かせて頂きましたのは、お導き下さったお大師様、菩薩様に対するせめてもの報恩感謝の気持ちと、少しでもご同行の皆様の信仰の一助になればとの思いからに他なりません。


光る拾円玉との出会い


平成22年10月20日に催される法徳寺様の秋の大法要にお参りするべく、準備をしていますと、妻が私に、
 「お賽銭、あるの?」と聞くので、
 「どうして?」と言うと、
 「よかったら、これ持っていったら」と、言ってくれました。
 「それ、どうしたん」と聞くと、
 「高知の家から持ってきたから」
 「何で高知の家にあったん?」
 「家の片づけ中に見つけた。多分、お母さんが置いてたんやろネェ」との事でした。

妻は、私が毎月、京都東寺の弘法さんのご縁日に行っている事も、キラキラ光る新しい拾円玉だけを集めて、お賽銭にしている事も知っていたようで、10月20日に法徳寺様で催される秋の大法要に帰郷させて頂くに当り、真新しい光る拾円玉が余り貯まっていない事を気遣い、お賽銭用にと持たせてくれたのです。


妻の献身的な母への介護


妻の母は、六年前に夫に先立たれる少し前から、家(妻の実家)より車で15分程の、同じ高知市内の特別養護老人ホームに入居していました。

母は、車椅子での移動は、他力で出来るものの、徐々に病気が悪化し、この1〜2年程は、目を時々少しだけ開ける事は出来ても、自分で身動きする事は無論、言葉を発する事も、顔の表情すら変える事も出来なくなっていました。

妻は、誰も住まなくなった高知市内の実家に、京都から毎年、4〜5回程、仕事の休みを利用して帰り、その都度、母を施設から実家に連れ戻して2〜3泊させ、その間、母の体の硬直防止にと、マッサージを受けさせたり、京都で身に付けた様々な癒しの研修成果を母に施し、夜も2時間毎に、施設同様の方法で寝返りを実施したり、四時間毎に車椅子に乗せ変えてトイレに連れて行ったりして、「いくらお母さんの世話をしても、娘の私の事が、どこの誰かも分らんのやから…、ネー、母さん!」と、母に絶えず語り掛けながらの、寝る間もない程の献身的な介護をしておりました。


あり難いお役目


そんな母親思いの妻ですが、「高知に居てる内に、お父さんの墓参りに行こう」と私が誘っても、「こんなに忙しいのに。生きている人が先や」と云って取り合ってくれず、「お母さんを施設に送り届けた後でも……」と云っても、「京都に帰る用意で大変だから、あんたに任すわ」と云う始末で、妻の実家のお墓参りは私の役目になっています。

ケーキ店を営んでいる妻の弟も、仕事柄多忙で、20分程で行ける父のお墓には、「義兄さんに任すわ」と、年に何度も行きません

同じ高知県ながら、私の実家は、高知市内から東に80キロ程の室戸岬の田舎で、家風的なものかも知れませんが、姉二人同様、兄や私も、小さい頃から神仏の存在を意識させられる様な行事や、両親、祖母が日常的に先祖の霊を供養し、敬う姿に接し、いま思い返せば、そんな生活の中で、素直で純真な神仏への心性が、信仰心として自然に育まれていったのかも知れません。

身近に神聖なるものを敏感に感じ取る心も、ご先祖様から、時間をかけて温められ、脈々と受け継がれていると思えば、どんなにあり難い事かと、いくら感謝しても足りませんが、そんな私が、高知に行く度に、妻の実家のお墓の掃除を任せてもらえるようになったのも、ただの偶然とは思えず、神仏のお計らいかも知れません。

お墓の掃除に行く毎に、お役目をいただける身と、させてもらえる事に「幸せ者だナァ」と感じ、勿体ないとも思います。

義父の生前、一緒に共同風呂に行った折、義父の大きな背中を流した事がありますが、墓石を磨いていると、義父の体の様に思えてきて、義父に語り掛けながらの掃除となるため、とても時間がかかります。

そうすると、「いつまでかかっているの!お墓の掃除に」と、妻から、携帯に電話がかかってきます。母さんをトイレに連れて行く時間だから、彼女一人ではとても無理なので、早く家まで帰って来いの催促電話です。

妻の実家まで車で25分程ですが、幾度もそんな事がありました。

お墓の掃除やお参りが終わっても、お墓の周辺を眺めていると、満ち足りたものを感じ、清々しい気分になり、その場を立ち去りがたい思いがしてなりません。こんなひと時が与えられる自分だからこそ、幸せ者だとふと思うのでしょう。


拾円玉の絆


法徳寺様の秋の大法要に帰郷させて頂くに当り、妻が私に持たせてくれた拾円玉は、当時、銀行から受け取ったままの、50枚ずつ束になった棒状の真新しい拾円玉で、十束ありました。

封を切ってよく見ると、硬貨は全て昭和51と刻印されていましたから、今から36年も前の硬貨です。

私の長女は昭和50年生まれですから、この硬貨は、義母にとって、孫の一才の誕生日を記念しての拾円硬貨だったのかも知れませんが、あれこれ想像してみても、言葉を失った義母に聞く事は出来ません。

しかし、義母が、様々な思いを込めて包み、保存してから36年もの歳月が経ち、その娘(妻)が実家で偶然見つけ出し、しかも神仏に手を合わす事が稀な妻が、お賽銭として持ってゆけと、私に渡してくれたのです。

何故妻は、急にそんな気持ちになったのか。どう理解し、悟ればいいのか。
 もし義母が拾円玉を貯めていなければ…
 妻が拾円玉の存在に気付かせてもらえなければ…
 私も、今までお賽銭として真新しい拾円硬貨にこだわり続けていなければ…
 そして、硬貨が36年前のものと気付かなければ…
 また、お賽銭を持って行ったらという妻の心遣いがなければ…

あれこれ考えますと、偶然ばかりの重なりとは、とても思えません。母から娘へ、そして夫の私へと、今も輝き続ける硬貨。

36年の時を経て、私達を導く為、菩薩様の尊いお計らいによって、漸く陽の目を見る事が出来たのではないでしょうか。と言うより、この日が来るのを、36年もの長い間、実家の片隅でじっと待っていてくれたのかも知れません。

そして、私を法徳寺に導く為に、長い眠りから目覚めてくれたのです。

嬉しい事に、その真新しい硬貨に導かれて、二人の姉達と共に、法徳寺様へ帰郷させて頂ける事になったのです。そう思うと、感謝の気持ちで一杯になります。


気付きと拾円玉


よく、「気付きは、小さな悟りだ」と云われます。

この「気付き」、気付くという行為は、極めて宗教的な行為で、生死を伴う病魔に侵され、受け入れ難い苦痛や挫折に叩きのめされた末に得る悟りとは異質のものでしょうが、今回の「オヤッ?」は、私にとって、まさに自分の体験上から来る不思議な感覚でした。

それは、極々小さな気付きの仲間かも知れませんが、どんなに小さくても、私にとっては、大きな第一歩である事は間違いありません。

拾円玉との出会いも、「ただの偶然だったナァ」と思うだけでは、何も生まれませんが、こうして様々に思いを巡らせて気付かせて頂き、悟らせて頂く事が出来れば、そこから、今まで見えていなかった神仏のみ心が少しずつ見えてくる気が致します。

今の私には、真理に叶った思い方や深い悟りの心に触れさせて頂けるのは、お大師様、菩薩様のお計らい、お導きがあっての事と思わずにはいられません。

これからも、この尊い体験を胸に刻み、なお一層精進してまいりたいと思います。どうか今後とも、お導きの程、よろしくお願いいたします。有難うございました。

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌


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