桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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帰郷庵に帰る母へのお計らい

(M・Kさんの体験)



帰郷庵落慶法要と試練の行


いつもお加護を頂き有り難うございます。

昨年(平成23年)10月20日に執り行われました納骨堂「帰郷庵」の落慶法要前日に、私達が頂きました神坂峠でのお計らいにつきましては、「帰郷庵落慶法要に頂いたお計らい」を通じて、皆様にお伝えさせて頂きましたが、その後、神坂峠でのお計らいには、お伝えさせて頂きました内容以外にも、菩薩様の深いみ心が隠されていた事が分り、再度皆様にお伝えするべく、拙い筆を取らせて頂きました。

神坂峠で頂きましたお計らいの詳細につきましては、既に「帰郷庵落慶法要に頂いたお計らい」でお話させて頂きましたので、ここでは概略だけを述べさせて頂きます。

納骨堂「帰郷庵」落慶法要前日の19日の朝、私達五人は、和歌山を出発し、車で山梨へ向かっていましたが、中央自動車道・神坂トンネルの手前で、突然、車のバッテリー系統異常ランプが点灯し、エンジンがストップするというアクシデントに見舞われました。

車はエンジンが止まったまま動かなくなり、結局、車ごとJAFのレッカー車に乗せられて、神坂峠を越え、最寄の修理工場へ運ばれてゆきましたが、生憎、工場には在庫の部品がなかった為、やむなくレンタカーを借りて法徳寺へ帰る事になりました。

落慶法要に向かっている途中での出来事でしたので、何かのお計らいではないかと思いましたが、その時はまだお計らいの意味は分りませんでした。

翌日、法嗣様から、御法話を通じて、今回のアクシデントは、私達が帰郷庵の落慶法要に参列させて頂く為には、どうしても乗り越えなければならない試練の行であり、菩薩様のお計らいである事をお教え頂き、またレンタカーの番号(・898)をご覧になったご同行の中川氏より、「番号が”吐くわ”だから、これはきっと、汚れをすべて吐き出し、身も心も清らかになって法要に参列しなさいという菩薩様のお計らいですよ」と教えて頂いて、ようやく合点がいきました。

しかし、今年3月に帰郷させて頂いた折、法嗣様より、「菩薩様のお計らいは、さらに奥深いものでした」とのお話をお伺いし、改めて、生き仏様のお計らいの偉大さを痛感したのであります。


菩薩様に導かれて旅立った母


神坂峠でのお計らいから四ヶ月ほど経った今年(平成24年)2月18日、私の母が突然この世を去りました。

介護施設に行く時間になっても起きて来ないので様子を見に行ったところ、母はすでに布団の中で息を引き取っていました。

家族にとっては余りにも突然の母の旅立ちでしたが、母にとってみれば、寝込む事も、長患いする事もない、楽な旅立ちだったのではないかと思います。

親戚をはじめ、弔問に来て下さった方々が、口を揃えて「私達もお母さんの様な最期を迎えたいね」とおっしゃっておられるのをお聞きしますと、菩薩様は、母にとっても私達家族にとっても一番良い形で、母の最期を迎えさせて下さったのではないかと思います。

早速その日の内に、葬儀の手配をする為、葬儀屋さんに連絡を取ったところ、葬儀屋さんのお父さんが亡くなられて、その葬儀と重なったため、母の葬儀は、二日延びる事になりました。

普通でしたら、翌19日がお通夜、20日がお葬式になるところですが、葬儀屋さんの事情で、お通夜が21日、お葬式が22日になったのです。

私達は、「やむを得ない事情とはいえ、これで、母をゆっくり見送ってあげられるね」と話し合っていましたが、実は、葬儀が二日間も延びたのは、菩薩様のお計らいだったのです。

18日、私は法徳寺様へ、母が亡くなった旨の連絡をさせて頂きましたが、その時はまだ、お通夜とお葬式の日程が決まっていなかったので、決まり次第ご連絡をさせて頂くつもりでいました。

夕方になり、バタバタしている私達を気遣い、法嗣様の方からお電話を下さいましたので、「お通夜が21日、お葬式が22日に決まりました」と、お話させて頂いたところ、法嗣様は、母の葬儀が二日間延びた事の裏に、菩薩様のお計らいが隠されている事を悟られ、次の様なお手紙を下さいました。


法嗣様からのお手紙


心拝。この度は、お母さんの突然の訃報に接し、Kさん、奥さん、ご家族の皆様の驚きと悲しみは如何ばかりかとお察し申し上げます。
(中略)
 Kさんから、お通夜が21日、お葬式が22日とお聞きした時、お母さんを導こうとしておられる菩薩様のお計らいに違いないと直感しました。
 何故かと言いますと、お母さんは、18日に亡くなられた訳ですから、普通なら、お通夜は翌日の19日、お葬式は20日になるところでしょうが、それが二日間も延びた訳です。
 お葬式が二日間も延びたのは、葬儀屋さんのお父さんが亡くなられたからだと、後で奥さんからお聞きしましたが、不思議なのは、何故葬儀屋さんのお父さんのお葬式と重なったのかという事です。
 示現自在通をお持ちの菩薩様ですから、重ならないようにする事は、いとも易しい筈です。にも拘らず、菩薩様は、敢えてそうはなさいませんでした。何故でしょうか。
 以前、親戚の義理の伯母が亡くなった時、こんなお計らいがありました。
 当日、私達はお葬式に行けなかったので、義理の甥に当るOさんにお線香を持って行って頂いたのですが、葬儀屋さんがうっかりしてお線香を忘れた為、急遽、Oさんに持って行って頂いたお線香を使って、お葬式をしたそうです。
 Oさんは、すぐに「これは、菩薩様が亡くなった義理の伯母を導いて下さる証に違いない」と思われたそうですが、私達もOさんからお話をお聞きして、そう思いました。
 表面的に見れば、葬儀屋さんがお線香を忘れたため、私達がお供えしたお線香を使ってお葬式をしたように見えますが、真相はその反対で、すべては菩薩様がお計らいなさった事なのです。
 つまり、Oさんに持って行って頂いたお線香を、お葬式に使って頂かなければいけない理由があるから、菩薩様は、葬儀屋さんにお線香を忘れさせたのです。
 その理由とは、言うまでもなく、亡き義理の伯母が、菩薩様に導かれて弥陀の浄土に旅立たれる事を、遺族の方々に教えるためです。
 しかし、菩薩様に導かれて浄土に旅立たれたか否かは、目に見えないあの世の出来事ですから、遺族には分りません。
 そこで、お線香という、誰の目にも見える形を通して、菩薩様に導かれて浄土に旅立った事を、遺族や親戚の人々に教え、一人でも二人でも、信仰心に目覚めて欲しいと、お計らいなさったのです。
 お母さんのお葬式が二日間延びたのも、菩薩様のお計らいです。
 私達としては、一刻も早くお線香をお届けし、お供えして頂きたいのですが、日曜日は郵便局が休みのため、発送が20日の月曜日になってしまい、どんなに早くても、到着は、21日過ぎになってしまいます。
 もしお母さんのお葬式が、20日であれば、お葬式には絶対に間に合いません。
 しかし、二日遅れの22日なら、速達で出せば、21日か、遅くとも22日には届けられる筈です。
 つまり、菩薩様が、わざわざ葬儀屋さんのお父さんのお葬式と重なるようなお計らいをされ、お母さんのお葬式を二日間も遅らせたのは、お線香がお葬式までに届けられる必要があるからです。
 お送りするお線香は、ただのお線香ではなく、お母さんを浄土へ導いて下さる菩薩様の象徴とも言うべきお線香ですから、どうしてもお葬式にお線香が間に合わなければいけないのです。
 勿論、お線香が間に合わなくても、菩薩様がお母さんを救って下さる事は、間違いありませんが、菩薩様の救いは目に見えませんから、誰にも分りません。そこで、お線香という形を借りて、Kさんの家へ入られ、お母さんを救いに行かれた事を、皆さんに知らせたいのです。
 わざわざ葬儀屋さんのお父さんのお葬式と重なるようなお計らいをされ、二日間も延ばされたのは、そのためです。
 生き仏様のお計らいには、ひとかけらの無駄も狂いもない事が、この事からも、よく分ります。
 菩薩様がお母さんやご家族の皆さんを救おうとしておられる事は、間違いありませんが、お母さんが救われるという事は、お母さんのご冥福を祈っておられるKさんや奥さん、ご家族、ご親族の皆さんの心が救われるという事です。
 お葬式が二日間も延ばされたお計らいを見れば、お大師様、菩薩様がいかにお母さんやご家族の皆様を救おうとしておられるかが、よく分ります。葬儀屋さんも、葬儀屋さんのお父さんも、生き仏様のお手伝いをして下さったご苦労なお姿なのです。
(中略)
 今頃はきっと、一足先に生き仏様の懐に帰られたご主人や、Eさんご夫妻と再会を喜んでおられるのではないでしょうか。
(以下省略)
 平成24年2月20日


母が帰郷庵に導かれた証


母のお通夜の日(21日)、このお手紙と一緒にお線香が法徳寺様より送られてきましたので、私達は、早速、菩薩様のお導きの象徴とも言うべきお線香を、その夜のお通夜から使わせて頂き、母を弥陀の浄土へと導いて頂きました。

このお手紙によって、母の葬儀が二日間延びた事の裏に、母を弥陀の浄土へ導いて下さる菩薩様のお計らいが隠されていた事を初めて知りましたが、肉体なき後のあの世の事は誰にも分りませんから、中には、果たして母の魂が、菩薩様に導かれて弥陀の浄土に帰っていったのかどうか分らないと言われるお方がいるかも知れません。

しかし、皆様もご承知のように、母が旅立った弥陀の浄土とは、経典に説かれているような、西方十万億土彼方にある浄土ではありません。

私達が帰るべき弥陀の浄土は、魂の故郷である高野山法徳寺以外にはなく、証があろうがなかろうが、私は、母が菩薩様に導かれて弥陀の浄土へ旅立った事は間違いないと、確信しております。

しかし、菩薩様は、深い慈悲心によって、母が法徳寺へ帰郷させて頂いた証まで用意して下さいました。

法徳寺様では、毎月二十一日に法要が営まれますが、「帰郷庵」の扉は、法要のない日は閉められ、法要のある二十一日に開けられるそうです。

ちょうど母のお通夜が営まれた二十一日の朝、法嗣様が帰郷庵の扉を開けに行かれたところ、お堂の中に蝉の亡骸が落ちていたそうです。

最初は、夏でもない二月に、いつも閉め切っている帰郷庵の中に、蝉の亡骸が落ちているのを、不思議に思われたそうですが、よくよく見ると、それは蝉ではなく、蝉と見間違える程そっくりの大きな蛾の亡骸だったそうです。

亡骸をご覧になった法嗣様は、私達に下さった手紙の文面を思い出され、「これこそ、お母さんが菩薩様に導かれて帰郷庵へ帰ってこられた証に違いない」と確信なさったそうですが、法嗣様から頂いた手紙には、次のように書かれていました。

「亡くなったのは、現世で生きる上において必要な肉体という器(蝉の抜け殻)だけで…」

皆様もご承知のように、「帰郷庵」は、菩薩様にご縁を頂いた私達が救われて帰らせて頂き、衆生済度のお手伝いをさせて頂く聖所であると同時に、いずれ肉体をお返しする時にはご同行の皆さんと共に、わが遺骨(亡骸)を納めさせて頂く聖所でもあります。

その遺骨(亡骸)を納めさせて頂く「帰郷庵」に、母のお通夜が営まれた二十一日、蝉と見間違える程そっくりの蛾の亡骸が落ちていたのです。

何もこの日に、納骨堂である「帰郷庵」の中に落ちていなくてもいいでしょうし、落ちている場所は、汗露臺の中でも境内の一角でもいいのですが、落ちていたのは、納骨堂である「帰郷庵」の中だったのです。

信仰心のないお方なら、ただの偶然に過ぎないと思われるかも知れませんが、長年、菩薩様の通力やお計らいの数々を目の当たりにしてきた私には、とても偶然とは思えません。

亡骸を見た瞬間、法嗣様が、菩薩様の証に違いないと直感なさったのは当然で、私もまた、お話をお伺いして、母が菩薩様に導かれて弥陀の浄土である高野山法徳寺へ帰郷させて頂いた紛れもない証に違いないと確信いたしました。


納得出来なかった法嗣様


こうして菩薩様は、お線香や蛾の亡骸を通して、母が帰郷庵へ帰らせて頂いた証を私達にお示し下さいましたが、菩薩様のお計らいは、私が考えていたより遥かに奥深いものでした。

最初にお話したように、昨年10月19日、私達は、中央自動車道・神坂トンネルの手前で車が動かなくなるというアクシデントに見舞われ、JAFのレッカー車に乗せられて峠を越えさせて頂いた訳ですが、これは、帰郷庵の落慶法要に参列させて頂く為にはどうしても超えなければならない試練の行でした。

しかし、この試練の行には、もっと大きなお計らいが隠されていたのです。

どういう事かと言いますと、法嗣様には、昨年の神坂峠でのお計らいの中で、どうしても納得できない事が一つあったそうです。

それは、JAFのレッカー車の荷台に、動かなくなった車ごと乗せられて神坂峠を越えさせて頂いたのは三人だけで、私と妻の二人は、荷台ではなく、レッカー車の助手席に乗っていた事です。法嗣様は、その事がどうしても納得出来なかったそうなのです。

ご承知のように、帰郷庵は、ただの納骨堂ではなく、私達が祀られ、拝まれるお堂です。つまり、「人から拝まれ、神仏から拝まれるまでの魂の磨き抜かれた人間に生まれ変わって、帰って来て欲しい」という願いの下に建立されたお堂であり、菩薩様の衆生済度のお手伝いをさせて頂く私達が入らせて頂く聖所なのです。

だからこそ、菩薩様は、「汚れをすべて吐き出し、清らかな姿になって帰ってきて欲しい」という願いを込めて、帰郷庵の落慶法要に参列する私達を清めるべく、あのようなお計らいをなさったのです。

神坂峠の手前で、車をストップさせ、菩薩様の救いのみ手(蓮台)を意味するレッカー車の荷台に、動かなくなった車を乗せて峠を越えさせて下さったのは、その為ですが、そうだとすれば、五人全員が、レッカー車の荷台に乗せられた車の中に乗っていなければならない筈です。

ところが、私と妻は、荷台に乗せられた車の中ではなく、レッカー車の助手席に乗っていたのです。

何故、私と妻だけが、菩薩様の救いの蓮台であるレッカー車の荷台に乗る事が出来なかったのか、それが法嗣様にはどうしても納得いかなかったのですが、今回、母が亡くなり、菩薩様に導かれて帰郷庵へ帰らせて頂いた証を頂いて、初めてその疑問が解けたのです。


お計らいの真相


要するに、昨年の神坂峠での行は、ただ帰郷庵の落慶法要に参列する私達を清める為だけの行ではなかったのです。

先ほどもお話したように、帰郷庵は、お大師様、菩薩様の衆生済度のお手伝いをさせて頂く者が入らせて頂く聖所であり、帰郷庵へ帰る時には、誰もが身心を清める為の行をしなければなりません。

帰郷庵の落慶法要に向かう私達が、神坂峠でお計らいを頂いたのも、その為ですが、今年2月に亡くなった母も、帰郷庵へ帰らせて頂く為には、身心を清める為の行をしなければならないのです。

しかし、介護施設に通い、体も弱っていた母に、身心を清める行をさせる事は不可能であり、誰かが母に代わって行をする以外にはありませんが、菩薩様が、母の代わりに行をする者として選ばれたのが、私と妻の二人だったのです。

当時は、母もまだ健在で、まさか4ヵ月後に亡くなるとは夢にも思っていませんでしたが、菩薩様は全てを見抜き見通された上で、母を帰郷庵へ導くため、前以て私と妻に、身心を清める母の行を代ってさせておいて下さったのです。

あの時の行があったからこそ、母は、晴れて、菩薩様に導かれて帰郷庵に帰らせて頂く事が出来たのだと思います。

一緒に車に乗っていた他の3人のご同行は、ご自身の罪汚れを清めさせて頂く為の行だったから、動かなくなった車ごと、菩薩様の蓮台であるレッカー車の荷台の上に乗せられて、峠を越えさせて頂けたのですが、私と妻は、母の行も代わってさせて頂かなければならなかったから、蓮台である荷台ではなく、助手席に座って峠を越えなければならなかったのです。

今思えば、あの時、菩薩様は、私と妻に、「あなたたちは、ここでお母さんの分も代って行をしなければいけないから、蓮台であるレッカー車の荷台には乗れないのだよ。その代わり、必ずお母さんは帰郷庵へ導かれますからね」とおっしゃって下さっていたのではないかと思います。


納骨第一号となった母


こうして母は、菩薩様に導かれて、この世の浄土である高野山法徳寺へ帰らせて頂いた事が、お線香と蛾の亡骸という二つの証を通して明らかになりましたが、母が帰郷庵へ導かれるには、導かれるだけの理由があったのです。

それが、昨年、私達が帰郷庵の落慶法要に参列させて頂くに当たり、させて頂いたお計らいの行だったのです。

あの行は、私と妻の二人にとって、ただ自分達の身心を清めて帰郷庵の落慶法要に参列させて頂くためだけの行ではなく、やがて旅立つであろう母の分も代ってさせて頂いた行でもあったのです。

あの行を前もってさせて頂いていたお陰で、母は、心置きなく帰郷庵へ帰らせて頂く事が出来たのではないでしょうか。

私も妻も、ささやかな親孝行をさせて頂けたのではないかと考えますと、改めて菩薩様のお計らいに感謝せずにはいられません。

一連のお計らいの真相が、いまこうして明らかになり、改めて、生き仏様のお計らいの偉大さを痛感していますが、今年4月13日、母の待つ法徳寺へ帰らせて頂き、母の遺骨(分骨)を、「帰郷庵」に納めさせて頂きました。

「帰郷庵」への納骨は、私の母が第一号となりましたが、母もきっと喜んでくれていると思います。

これからは、菩薩様のお膝元で、私達の帰郷を待っていてくれる事でしょう。

母には、菩薩様の衆生済度のお手伝いという大切なお役目がありますが、私も妻共々、さらに身心を清め、お大師様、菩薩様の衆生済度のお手伝いをさせて頂ける様、日々精進を重ねて行きたいと思っておりますので、今後ともお導きの程、よろしくお願いいたします。

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌

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