桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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私が歩んできた道

(M・Kさんの体験)



わが身の幸せを感じる日々


平成16年4月13日、高野山法徳寺が山梨に発足してより今日まで、毎月ご縁日には法徳寺へ帰らせて頂き、尊い仏法に遇わせて頂いておりますが、今の世の人々の姿を見ていますと、同じ人間でありながら、こうして億劫にも遇い難き仏法に遇わせて頂ける我が身の幸せに、何時も感謝の気持ちでいっぱいです。

以前の私は、「幸せとは何か。どうしたら幸せになれるのか。悩みや苦しみはどうすれば解決するのか」と、あれこれ思案しておりましたが、今では、森羅万象全てに感謝をし、お大師様、菩薩様を信じ切って、在るがままを受け入れる心になれば、そこがもう極楽である事が、自分の心の中に少しずつ見えて来たように思います。

しかし、在るがままを受け入れると言いましても、そこはやはり仏法のお導きがなければ、中々その心には成り難いもので、毎月ご縁日に頂ける尊い仏法のお導きのお陰と感謝しております。


菩薩様との御縁の始まり


私が、菩薩様にご縁を頂きましたのは、今から23年余り前の昭和61(1986)年12月21日の納め大師でした。

この時は、山梨の法徳寺ではなく、奈良県桜井市にある法楽寺というお寺でしたが、ちょうどその年の9月頃から体調が悪くなり、特に首の周辺の凝りがひどく、毎日がとても辛いものでした。

仕事にも熱中できず、憂鬱な毎日が続いていましたが、この苦しみから何とか救って欲しいという、ただそれだけの思いで法楽寺へお参りしたことを、今でも覚えております。

菩薩様は、「ここは病気を治すところではありません。病気が治るところです。」と仰いましたが、当時の私にはその意味がまったく分からず、ただ病気を早く治して欲しいだけの一心でした。

ある出社の朝、体調が特に悪くなり、菩薩様にこれからお会いしたい旨のお電話をさせて頂きましたところ、「私はこれから、大勢の苦しんでいる人の前で説法をしないといけないので、あなただけに会う事は出来ません。」と断られました。

そしてその時、「あなたも、仏に見込まれて仏の道に入ったのかなー」と仰いましたが、当時の私には、その言葉の意味が理解出来ず、心に受け入れる事が出来ませんでした。


初めてのお四国参りと退職


昭和62年9月21日、法楽寺へお参りさせて頂いたその夜、急に四国八十八ヶ所霊場をお参りしたくなり、今は亡き叔母のF・E様に同行をお願いしたところ、快く引き受けて下さいました。

翌22日から24日までの三日間で、第1番札所・霊山寺から第23番札所・薬王寺までお参りすることが出来ました。

その後、体調は更に悪化し、鍼灸治療を試みても治らず、頭部の精密検査をしても異常は見つからず、姓名判断(今から思えば邪教と同じ) にも相談に行きましたが、良くなりませんでした。ただ不思議な事に、法楽寺や高野山からの帰りは、とても体が楽になっていました。

その後、家族四人揃って、平成元年5月3日から5日までの三日間、第24番札所・最御崎寺から第36番札所・青龍寺までと、第75番札所・善通寺にお参りすることが出来ました。

その頃から徐々に体調が回復して来ましたが、平成14年春頃に再度体調不良となり、会社を辞めようと思案しておりましたところ、選択定年制度 (早期退職制度) が発足し、その年の12月に50歳で退職致しました。


私が進むべき道


今から思いますと、昭和61年9月頃に体調を崩した事がきっかけで、その年の12月21日に菩薩様とご縁を結ばせて頂いた訳ですから、今の私があるのは、その時の苦しみのお陰と言わなければなりません。

その時は、首の周辺の凝りがひどくて、毎日がとても辛いものでしたが、今考えてみますと、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様の衆生救済のお手伝いをさせて頂く為、お大師様に襟首を掴まれていたのではないかと思うのです。

鍼灸治療を試みても、頭部の精密検査を受けても、姓名判断に相談しても良くならなかったのは、私の進むべき道がもうその時に決まっていたからではないでしょうか。

法楽寺や高野山の帰りは体がとても楽だった事や、何処へ行っても良くならなかったのは、その事を私に教える為だったに違いありません。

当時は何も分からず、「Kさんも仏に見込まれて仏の道に入ったのかなー」と仰った菩薩様の言葉を素直に受け入れる事が出来ませんでしたが、今になれば、その言葉の意味がよく解ります。菩薩様は、すでに私が進むべき道を見通しておられたのです。


在るがままを受け入れよ


現在55歳ですが、会社を辞める事により、微力ながら法徳寺発足のお手伝いをさせて頂けました事は、私にとりまして何よりの光栄であり、また毎月菩薩様にお導き頂き、法徳寺へ帰らせて頂ける事が何よりも有難く、この上ない喜びとなっております。

今の私は、悩みや苦しみが全くありません。

お大師様、菩薩様を信じ切って、在るがままを受け入れるという思いになれば、心は穏やかで、今が極楽なのです。

最近感じている事ですが、法徳寺にご縁が有ってお参りされている人(御同行) は、全て彼岸(極楽) にいると思います。

しかし、その事に気付かれていない人も、大勢おられるのではないでしょうか。

森羅万象全てに感謝し、在るがままを受け入れるだけでいいのです。不都合な事でも感謝するだけでいいのです。決して難しい事ではありません。そういう思いになれば、自分のいるところが彼岸 (極楽) だという事が分かって来ると思います。

勿論、「在るがままを受け入れる」という事は、簡単な様で、実はそう容易な事ではありません。在るがままとは、自分に都合の良い事だけでなく、都合の悪い事も受け入れていくという事だからです。

人間は都合の悪い事が起きると、それを受け入れることが出来ず、悩んだり苦しんだりしますが、その心を超えるには、菩薩様の仏法を頂く以外にはありません。

ですから、在るがままを受け入れられる心を作らせて頂く為にも、自ら仏法を求め、教えを受ける事が大切だと思います。

一年365日の内の13回の御縁日は、み仏が決められた仏法に遇える日です。たった13回、仏の都合に合わせて頂くだけでいいのです。

私も昔はそうでしたが、自分の都合でお参りするだけでは、中々悟りは得られないと思います。何時かは悟らせて頂けるとは思いますが、無常の中にいる人の身である以上、いつ命の時間切れとなるやも知れません。

ですから、命のある内に一回でも多く仏法を聞き、超えた心を作らせて頂かなければならないのです。

菩薩様が代受苦という大変な行をなさって私達衆生に残された道歌(仏法)を、ただ俳句や川柳の様に詠むだけではなく、一つ一つ心に噛み締め、それを信じ切って実践していく事が大切だと思います。菩薩様の様な大変な行をしなくてもいいのですから、こんなに有難い事はありません。

今は自分や家族の幸せを願うだけではなく、悩み苦しんでいる人を、真心を以て救済出来ればいいと思っています。

その為にも、お大師様、菩薩様の衆生救済のご誓願が一日も早く成就されるよう、今以上に精進し、微力ながらお役に立てればと、誓いを新たにしております。

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌

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