桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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試練の荒波を乗り越えて(その3)

(T・Oさんの体験)



社長さんの思いがけない訃報


お大師様、菩薩様の尊い大慈大悲のお導き、お計らいにより、主人が弥陀の浄土に旅立って今年(平成21年)で五年が過ぎました。

昨年六月の或る日、多忙な日々が続き、読むことの出来なかった新聞を三日分持って、御厨人窟(みくろど)案内所へ行きました。

いつもはそのままめくってしまう訃報の欄に、主人を撥ねた運転手さんが勤めていた会社の名前が載っていました。ハッと思って見ますと、

「妻(社長)儀病気療養中のところ、六月二十四日午後零時二十八分、満五十九歳にて永眠いたしました。ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでお知らせ申し上げます。通夜六月二十六日 告別式六月二十七日」

と書いてありました。

もう告別式も済んだ後でしたが、きっとお大師様、菩薩様が、社長さんの死を知らせる為、私に訃報欄を読ませたに違いありません。

社長(女性)さんは、会社を長男さんに譲り引退なさいました時も、まだお若いのにと思いましたし、最後のお電話の時も「もうこれから何もなさらないで下さいね」と、一言一言噛み締めるように仰っていましたけれど、言葉の意味がその時の私には分りませんでした。

まさか御病気だったとは、夢にも思っていなかっただけに大変ショックを受けました。何も手につかない状態が、数日続きました。


社長さんとの思い出


社長さんは、主人の事故以来、御自分のことのように、二時間余りの道のりを、七日毎の忌日、四十九日の満中陰、初盆、一周忌、三回忌、五回忌、そしてその間も何度となくお参りに来て下さり、留守の時は、玄関や事故の現場にそっと花束を置かれ、またお約束しました時は、救済誌や御法嗣様からのお手紙を拝読して頂き、菩薩様の道歌、

 耐えるより 耐えねばならぬみ仏の
    慈悲の深さは 耐えてこそ知る

を書かせて頂いたり、「お大師様、菩薩様に、人の心の痛さの分る人になりなさいと、導いて頂きました」と、色々なお話をさせて頂きました。

社長さんは、「生まれて初めてお四国を巡拝させて頂きました。ただ一心にご主人様の御成仏を願って、お大師様に合掌致しました」と、一周忌には、紀州高野山のお大師様の御影や、お寺での御供養の御札や御納経帳をお供え下さいました。

誰にも真似の出来ない真心の数々に、み仏様の化身のように思いました。

お会いする度に、いつも手を取り合ってお互いを観音様と拝み合っておりましたので、社長さんとは、いつまでも心を通わさせて頂きたいと願っておりましたし、お会いするのが楽しみでした。


社長さんのお役目


社長さんは、平成18年、大腸がんの手術を受けられ、その時、お医者さんに余命八ヶ月と告げられたそうですが、「二年間、生かせて頂きました。最後は安らかに旅立ちました」と、会長さんからお電話を頂きました。

旅立たれる三ヶ月ほど前の平成20年3月21日、主人の五回忌にお参り下さいましたが、その時、ちょうど御厨人窟案内所の御奉仕に行っておりましたので、お会いすることが出来ず、残念でなりませんでした。

二時間余りの道のりは、お身体も大変だったと思いますが、社長さんは、どんなにお身体が苦しくても、O家の因縁が解けた証である法徳寺の御寺紋の干菓子を私に届けるという、お大師様、菩薩様からの大行のお役目を成就しなくてはならなかったのだと思いました。

善根功徳を数々積まれ、運転手さんとの因縁、会社の因縁を解かれた証を持って、ゆっくりゆっくりお役目を成就なされて、お大師様、菩薩様に導いて頂いて、救って頂いて、心安らかに、魂のおやざと、弥陀の浄土に旅立たれたことでしょう。

社長さんが旅立たれた日が、お観音様の18日かしらと、ふと頭を過ぎりましたが、新聞には、6月24日とありました。

24日は、ご承知のように、法舟大菩薩様の代受苦のお姿であります身代り升地蔵菩薩様のご縁日であります。

社長さんの旅立ちが18日ではなく24日だった事で、私は、主人の事故にまつわる全ての出来事が、O家の因縁を解くための法舟菩薩様の尊いお計らいであった事を、改めて確信したのであります。


お大師様、菩薩様と共に在る日


年二回、姉と二人で、春秋の大法要への帰郷ではありますが、尊い霊夢を見せて頂きましても、数々のお計らいを頂きましても、法徳寺に帰らせて頂き、体験させて頂きましたことをお話させて頂くことにより疑問が晴れ、お計らいのすべての真相が明らかになり、奥深い悟りへと導いて下さり、生き仏様のみ心の中にしかない答えを悟らせて頂けるのでございます。

平成10年、母の介護の時、過労から左の眼球が突然動かなくなり、物が二重に写って歩行も困難になりました。

病院の先生は「入院して原因を調べましょう」と云って下さいましたが、入院しても原因は分らないだろうと悟りましたので、母の介護を続ける道を選びました。

お大師様、菩薩様にお縋りし、最御崎寺の奥の院に、お大師様が一夜で建立なさいました一夜建立の岩屋観音窟の入口にある一畑薬師瑠璃光如来様、目のお地蔵様に毎日お茶をコップに入れてお供えし、お経を唱えて一心に眼球が動くようになりますよう、お願いしまして、家に持って帰り、眼を洗う日々を続けました(主人も時々一緒に)。

実家のお嫁さんも、毎日どんなに忙しくても、O家に来て、お世話をしてくれました。有難く、勿体なく思い、一心に治して頂けるよう祈りました。

この目を治して頂けたら、私の人生は変ると思いました。「これからは、世のため人のために尽す人生を送らせて頂きますので、どうぞ治して下さい」と一心にお誓いしました。

六ヵ月後、お医者様も治るとは云わなかった目が、うす紙を一枚一枚剥ぐように、元の目に治ったのです。

お大師様、菩薩様は、私が、世のため人のために尽す菩提心を発せるよう、有難く、厳しい行をさせて下さったのだと思いました。

私が誓わせて頂きました世のため、人のために尽すことが本当に出来るのか、生き仏様の子に生れ変ることが出来るのか、主人の事故は私の心に問われた尊いお計らいであったと思います。

運転手さんのことを悪く思わない心になれたのも、数々のお計らいのお陰で、心は本当に安らかでした。

常日頃、お大師様、菩薩様と心を通わせて頂いておりますと、不思議を見せて下さり、どこに居ましても、そこは弥陀の浄土であり、心が救われるのです。

お大師様、菩薩様にお誓い致しました衆生救済のお手伝いに真心を尽したいと、精進を重ねております。

 人の世の 闇路を照らす 法のみ仏に
  深き宿世の縁 いただくからは
    いつの日も誓いを胸に 真心を尽さん
    み仏に捧げたてまつる 真心の水仙
    永遠に捧げたてまつる 真心の水仙

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌

試練の荒波を乗り越えて(1)
試練の荒波を乗り越えて(2)
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