桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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試練の荒波を乗り越えて(その1)

(T・Oさんの体験)



法舟菩薩様との御縁の始まり


私は、お大師様の御修行の地、室戸岬で生れ育ち、二十一才の時、0家に嫁ぎました。

弘法大師御入定千百五十年御遠忌の年(昭和59年)の6月、四十七才の時に、お四国巡拝の御縁を頂きましたが、その折、第二十一番・太龍寺からの帰り道、「南無大師遍照金剛」と何度もお唱えしていると、ふと「私もお大師様のお手伝いをさせて頂きたい」という思いが、沸々と湧いてまいりました。

その年の11月に、御厨人窟(みくろど)案内所に御縁を頂き、五人位で交替しながら納経をさせて頂いておりましたが、ちょうど私が当番の時、菩薩様が、奥様の寿法様と御一緒に衆生済度の為、お四国へ来られました。

その折、『救済』の御本をたくさんお持ちになられ、「お参りの皆さんに差し上げて下さい」と仰って、案内所に立ち寄られました。

そして、私の頭頂からフッと息をかけてお加持をして下さいましたが、身体全体がふわっと優しく包みこまれた様な感じが致しました。

主人が、昭和58年、自宅での事故で脳挫傷になり、お大師様に命だけは助けて頂きましたが、働く事が出来ず、私にとって大変苦しい時でした。菩薩様のお加持は、私の魂を清め、疲れた心を癒して下さいました。

今思えば、菩薩様の勿体ないお加持は、私を救い、室戸の広い空、深い海、そして人々を照らす灯台の灯りとなって、衆生済度のお手伝いをして欲しいという祈りが込められていた様な気が致します。


大師に捧ぐ真心の水仙


菩薩様は、苦しい時も辛い時も、常に大慈大悲の御心で、罪深き私をお導き下さいました。

昭和61年の納め大師の時、報恩謝徳の気持ちを込め、無心で摘んだ香り高い水仙の花を送らせて頂きましたところ、菩薩様から、

 春待つ日 室戸の香りそのままに
    大師に捧ぐ 真心の水仙(はな)

という御法歌のお便りを頂きました。

しかし、信仰浅き私はまだ、この御法歌に込められました菩薩様の深いお慈悲の御心も、大悲のお計らいも悟る事が出来ませんでした。

それからは毎年、納め大師が近づくと、主人と二人で水仙の花を摘み、その当時、御法嗣様が御住職をしておられた奈良県桜井市の法楽寺のお大師様、菩薩様の御宝前に御供えさせて頂く様になりました。お陰様で、平成15年の納め大師まで18年間、続けさせて頂く事が出来ました。

また高齢になった義母の介護をさせて頂く中で起きてくる様々な苦しみを、お大師様、菩薩様の尊い仏法によって乗り超えさせて頂きましたが、その苦難の中で分からせて頂きました事は、

 耐えるより 耐えねばならぬみ仏の
    慈悲の深さは 耐えてこそ知る

という事でした。

そして、その事を体感させて頂きました時、今まで介護をさせて頂いた母は、み仏様だったという事に、初めて気付かせて頂きました。心の底から母に手を合わせられるようになった時、母は安らかに旅立ちました。


加害者の救いを祈る心


平成16年3月18日、主人が国道を横切っていて交通事故に遭いました。日頃は主人も私も神仏に手を合わせ、信仰を篤くして、先祖供養に精進し、感謝して暮らしておりましたので、その主人が「まさか」と思いました。

観音様の御縁日でもあり、人さまから「南無観世音菩薩」と唱えると助けて下さると聞いておりましたので、心の中で命だけは助けて下さいと何度も救急車の中で念じました。

しかし、「命は脆い草の露」の言葉通り、最後の言葉を交わす事もなく、アッという間に旅立ってしまいました。

私の心の中をすべて分かっているかの様に、何事もよくしてくれた主人に、いつまでも生きていて欲しいという思いが強かっただけに、居なくなったという事が凄くショックでした。

しかし、病院の廊下で泣きじゃくる私を、お大師様、菩薩様は、その慈悲の御手で、しっかり抱き締めて下さっていたに違いありません。

そのお陰で、主人の死を知り、泣き崩れる加害者の若い運転手さんと会社の社長さんを前にして「主人は寿命だったと思います。辛い思いをさせてしまって御免なさいね」という労わりの言葉が、自然に湧いてきたのです。そして、若い運転手さんのこれからを思いやる心が込み上げてきて、手が自然とその背中を擦っていたのです。

不思議でした。私の心が本当に安らかなのです。

「お大師様、菩薩様に守られて、魂が救われているという事はこういう事なのだ。こんな辛い時でも、こんなに安らかな気持ちで居られるのだ」という事を、身を以て体験させて頂きました。

それは、私にとってとても尊いお悟りであり、感動でした。

「若者の背中を擦らせて頂いたあの手は、お大師様、菩薩様の御手だったに違いない。きっと運転手さんを救って下さる」

私はそう確信しました。そして、ただその事だけを祈りました。(注1)


私の魂を救って下さったみ仏様


主人は第二十四番・最御崎寺の檀家総代を三世にわたってさせて頂いておりましたので、「明星院」という院号を頂きました。

御住職様の御読経の最中、ふと顔を上げると「明星(あけのほし)」という字が目に入り「ああ、主人は明星(あけのほし)となって光り輝き、虚空蔵菩薩様と一体になって、いつまでも私たちを照らして下さるのだ。主人は、今回の自動車事故というお計らいを通して私の魂を救う為、尊い命を捧げて下った御仏様だったのだ」そんな思いが頭をよぎりました。

今思えば、お大師様は、昭和五十八年の脳挫傷事故の時に、本来なら亡くなっていた主人の命を助けて下さり、私を信仰に導いて難行苦行を体験させ、私の心が救われる日まで、二十一年間、主人との暮らしを続けさせて下さったに違いありません。私は、そう確信致しました。

その後、御法嗣様より

「加害者の若者は、あなたが自ら背負っている因縁を解く為には、どうしても遇わなければならない因縁の相手であり、その若者と遇わなければ、因縁を解く事が出来なかったのだと思います。だからこそ、ご主人は、自らの身を捨てて、その若者と出会わせて下さったのです。
 あなたは、因縁の相手に真心で接し、周囲の人々を真心でつつまれました。あなたは、その難行苦行に耐え、見るも綺麗な真心の水仙を咲かせられました。
 その真心の水仙は、若者の家族を救い、あなたの家族を救い、そしてあなた自身を救ったのです。
 輪廻の業を更に積み重ねるか、それとも因縁を解いて末代までの幸せの道を開くか、道は二つに一つですが、あなたは、人生最大の難所を真心で乗り超えられ、末代までも続く幸せの道を切り開かれたのです」

という勿体ない、有難いお手紙を頂戴致しました。


法徳寺発足の日に頂いた証


平成16年4月13日、姉の真心に支えられ、法徳寺発足の佳き日、姿こそ見えないけれど、亡き主人と共に、菩薩様の元へ帰らせて頂く事が出来ました。

菩薩様は、私の横に亡き主人の席(座布団)を用意し、私がこの試練を乗り越えて真心を成就し、救われて帰って来る日をお待ち下さっていたばかりか、千年万年に一度有るか無いかという、有難い法徳寺発足の御祝いの日に、Y様を通じて、素晴らしい証まで用意して下さいました。

それは、平成15年の納め大師に、亡き主人と共に御供えさせて頂いた最後の水仙で作られた押し花でした。

私にとりましては、思いもしない夢の様なお計らいであり、姉と二人で号泣致しました。

Y様には、菩薩様の尊いお遣い、お手伝いをして下さいまして、心から勿体なく、有難く、厚く御礼申し上げます。

また御法嗣様より、

 春咲く日 室戸の香りそのままに
    菩薩に捧ぐ 真心の同行(ひと)

という御法歌を賜り、「ご主人は亡くなっておられません。その証がこの水仙です。ご主人は、この水仙の花と共に、あなたの真心と共に、これからも生き続けていかれると私は確信しております。そしてお大師様、菩薩様と共に、いついかなる時も、あなたの行く末を見守っていかれると思います」という勿体ないお手紙を頂きました。

八月のお盆、主人は丁寧に供養して頂き、十六日、法の舟に乗せられて弥陀のふるさとへ旅立ちました。

24日のお地蔵様の日には、会社の社長さん、そして、加害者の運転手さんと奥さんが、「本当に救って頂きました。有難うございました」と言って、花束を持ってお参り下さいました。

私もこれから菩薩様に救われた同行の一人として、主人と共に、悩み苦しむ人々を救済するお手伝いをさせて頂けますよう、精進してまいりたいと思っています。これからもお導きの程よろしくお願い申し上げます。

合掌



試練の荒波を乗り越えて(1)
試練の荒波を乗り越えて(2)
試練の荒波を乗り越えて(3)
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(室戸岬・御厨人窟)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注1)御家族や御縁者が固唾を呑んで見守る中、Oさんは、弔問に訪れた加害者の若者を責めるどころか、優しい言葉をかけてその肩を撫で、傷ついている若者の心をいたわられたのです。誰よりも傷ついている筈のOさんが、憎むべき加害者の若者を真心で暖かく包み、救いのみ手を差し伸べたのです。
誰も予想していなかったその光景に、その場に居合わせた誰もが、Oさんの深い信心と慈悲の真心に触れ、感動したことは言うまでもありませんが、その感動的な光景は、弔問に訪れた会葬者の目にも止まり、その模様は地元の新聞に大きく掲載されて、多くの読者に感銘を与えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水仙の押し花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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