桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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春秋の 彼岸が来れば仏前に

供えてみよう 菩提の心



春と秋のお彼岸の行事は、インドにも、中国、朝鮮にも、東南アジアのタイ、ベトナム、スリランカなど、他の仏教諸国にもありません。

お彼岸は、日本人が独自に作り出した仏教行事であり、日本が世界に誇るべき伝統文化の一つと言っても過言ではないでしょう。

日本人は、昔から、様々なものを海外から取り入れ、それらを吸収して血肉化し、本家をもはるかにしのぐものに創りあげてきましたが、その一端が、お彼岸の行事にもよく現れています。

聖徳太子が作られたとも言われていますが、いずれにせよ春と秋の中日(春分の日、秋分の日)を挟んで前後一週間を、お彼岸の期間と定めた先人の叡智には、感服するばかりです。

芽の出る春と、散ってゆく秋にお彼岸の行事が設けられたのは、言うまでもなく、諸行無常、万物流転の真理を私達に教える為ですが、彼岸の本来の意味は、彼の岸、つまり極楽浄土の事です。

迷いの世界を此の岸と書いて此岸(しがん)、悟りの世界を彼の岸と書いて彼岸といい、その間に流れる川が、皆さんもよくご存じの三途の川です。

三途の川とは言っても、この世とあの世の間に、このような名前の川が実際に流れている訳ではありません。

三途とは、六道(注1)の中の地獄界、餓鬼界、畜生界の事で、三悪道とも言いますが、貪り、怒り、妬みによって地獄や餓鬼の世界を作っている人間の心の状態を指しています。

迷いの此岸から、救いの彼岸へ渡る事を、パラミタと言い、「波羅蜜多」と音写します。「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」のあの波羅蜜多の事で、「到彼岸」(彼岸に到る)という意味です。

お彼岸の行事には、命ある内に彼岸へ渡ってほしいというご先祖の願いが込められているのです。

ご先祖は、私たち子孫に、どのような困難な状況に遭遇しても、必ず救いの岸へ渡る道がある事を教えるため、お彼岸の行事を残して下さったのです。

三途の川を渡してくれる筏の役目をしているのが、仏法であり、菩提心です。

仏法とは、悟った方が説いた真理の教えであり、菩提心とは、相手の事を思う人間の真心です。

菩提心は、この心を失えば、菩薩のいのちを絶つに等しいといわれるくらい、とても大切な心で、この心を失せば、勿論彼岸へは渡れません。

「今日彼岸 菩提の種を蒔く日かな」という古の俳句がありますが、菩提心の種を蒔き、その功徳をご先祖に手向ける事を、供養と言います。

「供え養う」と書いて供養というのは、菩提心を養い、それをご先祖にお供えするからです。

勿論、お墓参りをしたり、家族親族が集まって年忌法要を勤めたりする事も彼岸供養ではありますが、大切な事は、生きている者同士が、真心を供えあい、供養しあう事です。

御法歌(みのりうた)の中に、
  春秋彼岸の 墓参り
    先祖のご恩に 感謝して
    手向けの花に 菩提心
 と詠われているように、生きている私達がお互いに真心を忘れず、菩提心を供え合う以外に、ご先祖への供養はありません。

せめてお彼岸の期間中は、日頃からたまった心の垢を綺麗に洗い流し、清らかな心になって、みんなで真心を供え合いましょう。


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(注1)六道(ろくどう)とは、迷いの人間が心に思い描く六つの世界(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の事で、あたかもネズミが回転車の中を果てしなく廻り続けるように、迷える人間が、六つの世界を思い描く人生に終わりがない事を、六道輪廻(りんね)と言う。
そして、この果てしない迷いの人生に終止符を打つ事を、仏教で救い、解脱、成仏、極楽往生と言う。
病気が治ったり、商売が繁盛したり、子供を授かるなどの現世利益は、仏教で言う救いではなく、一時的に欲望が満たされた状態の天上界(六道の一つ)に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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