桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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以前、車椅子のEさんを連れて、お四国八十八ヶ所霊場をお参りした時の事です

車椅子のお方を連れて霊場をお参りするには、どうしても介添えが必要で、特にお四国霊場は、山の奥深くにある霊場が多いため、百段を超える石段や階段のある霊場も少なくなく、介添えの者が数人がかりで車椅子を持ち上げなければお参りは不可能です。

そこで私達は、二人が車椅子の左右に分れて車輪の両側を持ち、一人が車椅子の後ろ側に廻って車椅子を支え、大人三人で車椅子を持ち上げながら石段や階段を上り下りする事にしたのですが、厳しい修行の中にも、ありがたいお計らいを頂き、今でも忘れられない四国遍路の思い出となっております。

ご存知のように、第25番の津照寺(しんしょうじ)には、狭くて急な100段を超える石段が本堂まで一直線に続いており、その石段を車椅子ごと持ち上げて上ったのですが、車椅子に座っているEさんも、車椅子を持ち上げる私達も、まさに命がけです。

合図と同時に、全員が呼吸を合わせながら、掛け声をかけて一気に車椅子ごと持ち上げて石段を上るのですが、その緊張感は、体験した者でなければ分らないでしょう。

車椅子を持ち上げる私達も大変でしたが、それ以上に大変だったのはEさんです。車椅子に座っているだけだから楽だろうと思われるかも知れませんが、車椅子ごと持ち上げられて、急勾配の石段を上り下りしていく時の緊迫感は、想像を絶するものがあります。

一つ間違えば、車椅子ごと石段を転がり落ちなければならないEさんにとっては、まさに命がけで、Eさんの命をあずかる私達にとっても、生半可な気持ちでは、とうていお参り出来るものではなく、いかにしてEさんを無事にお参りさせてあげられるかというその思いだけでお参りさせて頂いたと言っても過言ではありません。

石段の最上部から眼下に見える太平洋の雄大な景色は絶景そのものでしたが、ゆっくり絶景を楽しんでいるゆとりはありません。

しかし、全てのお参りが、このような緊迫感ただよう厳しいお参りだった訳ではありません。

土佐の関所と言われる第27番札所の神峰寺(こうのみねじ)へお参りした時ですが、ここにも、本堂と大師堂へ行くまでに何十段もの急な石段があり、しかも石段の幅が津照寺の石段より更に狭いのです。津照寺の石段も、車椅子ごと持ち上げて上るには狭いと感じたのですが、神峰寺の石段はそれよりまだ狭く、石段を見た時は、「どうして持ち上げようか」と思いました。

しかし、どうしてもEさんを本堂の前まで連れていってあげたいという、私達の決意は変りませんでした。

車を降り、Eさんを車椅子に乗せて行こうとしたら、丁度近くで仕事をしていた作業員のお方が私達の所へ来られ、「あんたたち、この車椅子を担いで、あの急な階段を登るつもりかね」とおっしゃったので、「はい、そうです」とお答えしたら、「それは大変だわ。この横に神社へ上る道があるから、近くまで車で行きなさい。そこからはスロープになっているから、そうした方が楽だよ」と教えて下さったのです。

私達は、神社へ上る道があることも、途中からスロープになっていることも知らなかったのですが、不思議な事に、私達に声をかけ、楽な道があることを教えて下さる方が、そこで待っていて下さったのです。

勿論、私達は、楽をしようと思ってお参りしている訳ではなく、「何としても車椅子のEさんを本堂と大師堂へお参りさせてあげたい。どんなに大変でも、車椅子を担いで連れていってあげたい」という一念でお参りしているのですが、不思議にも、救いの手がどこからともなく入るのです。

第36番札所の青龍寺へお参りした時も、同じような事がありました。

青龍寺にも、本堂まで続いている120段余りの急な石段があるのですが、車椅子を担いで上ろうと思っていると、すぐ近くで掃除をしていたお婆さんが近づいて来られ、「あんたたち、この石段を登らなくても、横の方にスロープがあるから、あちらの方が楽に登れるよ」と言って、楽な道がある事を教えて下さったのです。

こうしてお大師様は、前もって楽な道がある事を私達に教えるお役目の方を用意して、私達を待っていて下さったのですが、有難いお計らいを頂いて、楽をする事を覚えると、今度は心が緩み、次も楽をしようという心がおきてくるのです。

第31番霊場の竹林寺というお寺にお参りした時ですが、竹林寺の石段を下から見ると、木の枝が石段に掛かっていて上の方まで見えなかったので、凄く長い石段のように見えたのです。

そうしたら、「Eさんの乗った車椅子を担いで、この石段を上がるのは大変だ。この石段を上るよりも、車椅子を押しながら、いま車で走ってきた道を行った方が楽に上れるのではないか」という思いが湧いてきたのです。

ところが、その時、袈裟の紐が切れたので、「これはきっと、車椅子を押して行けば、楽なように見えるけど、そちらの方が遠くて大変だから、石段を上って行きなさいというお指図に違いない」と悟らせて頂き、実際に上ってみたら、案の定、枝からまだまだ上に続いていると思っていた石段が、枝のすぐ上で終わっていて、とても楽に上らせて頂けたのです。

それまでも各霊場の石段を上ってきた訳ですから、今まで通り石段を上ればいいのですが、下から見ると随分長そうな石段に見えたので、つい楽をしようという心が起き、楽そうに見える別の道を行こうと思ったのですが、見抜き見通しのお大師様が、袈裟の紐を切って、待ったをかけて下さったのです。

こうして、車椅子を担いで上ろうと思えば、ちゃんと救いの手が入って、楽に上れる道があることを教えて下さり、また楽をしようと思えば、それは決して楽な道ではない事を悟らせて下さり、まさに至れり尽くせりのお計らいを頂戴したのであります。

しかし、身に余るお計らいを頂けたのも、捨て身でお大師様の懐に飛び込んだからであり、一心になれば、どのようなお計らいも用意して待っていて下さるということを、身を以て体験させて頂いたのです。


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