桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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法徳寺のパワースポット(2)

〜光り輝く法徳寺の境内〜




昔から盛んだったパワースポット巡り


最近、パワースポット巡りが人気を集めているようです。

パワースポットとは、「大地の霊気(霊力)がみなぎっている聖なる場所」の事で、例えば、人の心を癒してくれるお水や、不思議な霊力を発する岩や大木などがある場所を指しています。

このような聖なる場所へ足を運ぶ行為は、実は昔から行われてきている事であり、決して新しい行動形態ではありません。

その代表例が、霊場や仏跡をお参りする霊場・仏跡巡りで、お釈迦様が歩かれた仏跡を巡ったり、お大師様が開かれた四国八十八ヶ所霊場を巡るお遍路は、昔からあるパワースポット巡りそのものと言っていいでしょう。

お四国霊場には、四国遍路の元祖と言われる衛門三郎(えもんさぶろう)にまつわる伝説や、お大師様に救われた人々の霊験談が、数多く語り伝えられています。

今年(平成27年)4月2日から5月21日までの50日間、開創1200年記念法要が催された紀州高野山も、お山全体がパワースポットそのもので、足を運ばせて頂くだけで、お山が持つ大きな霊力に触れる事が出来ます。

奥の院へ通じる参道の入り口「一の橋」から、お大師様の御廟所のある「奥の院」までの全長2キロの参道の両側には、千年杉や諸大名の五輪塔が立ち並び、参道を歩いているだけで魂が浄化され、みなぎるパワーが全身に満ちてくるような気がします。

紀州高野山と共に世界文化遺産に登録されている熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)巡りも有名で、かつては「蟻の熊野詣」と言われるほど、お参りする人々の列が絶えませんでした。

最近は往時を偲ばせるほどの賑わいはありませんが、それでも依然としてパワースポットである事に変わりはありません。

要するに、寺院や神社が建てられている場所は、神仏を祀る聖地に選ばれただけあって、他の土地よりも徳の高い土地である事は間違いなく、パワースポットに相応しい聖地と言っていいでしょう。


S建築所の事務員Mさんの言葉


高野山(たかのやま)法徳寺は、平成16年春に開創されてからまだ10年余りしか経っていませんが、有り難い事に、この10年の間に、様々なお計らいを通して、この地がパワースポットと呼ぶに相応しい、「大地の霊気みなぎる聖なる場所」である数々の証を頂きました。

その幾つかをご紹介したいと思いますが、千年に一度の聖水と言われる汗露水(かんろすい)をお授け頂く為のお堂「汗露臺(かんろだい)」を施工して頂いた地元のS建築所に勤めておられる女の事務員Mさんが、或る日、法徳寺に来られて、こうおっしゃいました。

私、今日初めてお寺へ来させて頂いたんですが、ここは本当に凄い所ですね。境内全体が光り輝いているのを、ひしひしと感じます。
 でも、光っているのは境内だけで、境内から一歩外へ出ると、周りは全然輝いていないんです。この境内だけが、煌々(こうこう)と光り輝いているんです。

私、夜も一人で外へ出られないほど怖がり屋なんですが、この境内なら一晩でも二晩でも、平気で寝られます。この境内は守られている事がよく分るから、「一晩、ゴザを敷いて寝てみませんか」と言われても平気です。まったく不安はありません。

極楽浄土がどんなところか知らないし、行った事もありませんが、今日初めてここへ来て、「極楽というのは、きっとこんな所なんだろうな〜」と思いました。

言葉でうまく表現出来ませんが、ここは、いつまでも居たいと思わせてくれる本当に素晴らしい所だと思います。


万年橋での出来事


最初は、施工して頂いているS建築所の事務員さんだから、お世辞で言っているのだろうと思っていたのですが、S建築所の棟梁のお話では、Mさんは非常に霊感の強いお方で、今まで人が見たり感じたりする事の出来ない事を敏感に感じ取ったり、予知したりした事が何度もあるそうです。

或る日、棟梁が、水道屋さんにお願いしていた見積書を、Mさんに取りに行ってもらったそうなのですが、その水道屋さんへ行くには、万年橋という橋を通っていかなければなりません。

ところが、この橋は、地元でも有名な知る人ぞ知る自殺の名所で、過去に何人かの方が、万年橋から身を投げて亡くなっているのです。

Mさんは地元のお方ではないので、そんな事は全くご存じありません。

霊感の強いお方なので、そんな事を言ったら気持ち悪がって行かないだろうと思ったので、棟梁は黙っていたそうです。

すると案の定、帰って来るなり、「棟梁、私もう二度とあの橋を通りたくありません」とおっしゃったそうです。

棟梁が「どうして?」と聞くと、「あの橋を通ると、色々な人の霊が乗り移ってきて、気持ち悪くて仕方がありません。もう二度とあそこへは行かせないで下さい」と、泣きそうな顔で訴えたそうです。

それで棟梁は、「やはりこの人は、霊感の強い人なんだ」と再認識したそうですが、横浜で看護士をしておられるMさんの娘さんも霊感が非常に強く、自分がお世話している患者さんが、「お世話になりました。有り難うございました」と言って、夢に出てくる時は、必ず亡くなる前兆だそうです。

直ぐに病院へ飛んで行くと、夢の中でお礼を言っていた患者さんが、すでに亡くなっていた事が何度もあるそうです。


東日本大震災を予知する


棟梁の話によると、Mさんは東日本大震災が起こる事も予知していたそうです。

震災が起こる三日程前、Mさんは、東北地方で大きな地震が起きて、家や人や車が全部流されて行く夢をご覧になり、その翌日も同じように、何もかも流された後、ガレキの山になっている夢をご覧になったそうです。

「私、二日続けて、変な夢を見たから、もしかすると近い内に、東北地方で大きな地震が起きて、多くの方が亡くなるかも知れません」と、Mさんから聞かされていたので心配していたら、案の定、3月11日に東北地方を中心に、千年に一度といわれる大震災が起き、大勢の人が犠牲になったので、改めてMさんの霊感の強さを再認識したそうです。

これらの事例を見ても分るように、Mさんが非常に霊感の強いお方である事は間違いないでしょう。

そうだとすれば、「この土地は光り輝いています。本当に素晴らしい所です」と、何度もおっしゃっておられるMさんの言葉に嘘偽りがあるとは思えず、信憑性を疑っては申し訳ない気さえします。

ただ残念な事に、私には霊感と呼べるものが全くありません。ですから、境内が光り輝いているのかどうか分りませんし、確かめる術もありません。

それに加え、私自身は、霊感そのものを余り信じていません。

霊感者、霊能者、霊格者というと、見えないものが見えると言って人を惑わせたり、「ご先祖の霊が祟っているから、供養料をこれだけ持って来なさい」と言って、お金を騙し取ったりするという事もよく聞きます。

現に大金を騙し取られたお方を知っていますので、霊感があると言う言葉は、素直に信じられないのです。

それに、霊感には根本的な欠陥があります。それは、霊感では人を救えないという事です。見えないものが見えたり、感じられない事が感じられても、それで人の心が救われる訳ではありません。

救われる為には仏法(お悟り)に頼る以外に道はないのです。

勿論、その事と、Mさんの言っている事が本当かどうかは全く別問題で、霊感が強いという理由だけで、その話をすべて否定する事は間違っていると思います。

Mさんの言葉を信じる為には、Mさんの人柄や心根を見極める必要がありますが、Mさんの話を素直に信じようと思ったのは、お金儲けをしようとか、人を騙そうとか、そんな邪(よこし)まな考えは全くなく、在りのまま、感じたままを話しておられる事がよく分かったからです。


ご住職夫妻の言葉


実は、法徳寺の境内が光り輝いているとおっしゃったお方がもう一人おられます。

私が高野山で修行した当時、一緒に修行し、現在広島県府中市のお寺でご住職をしておられるお方の奥様で、平成19年12月はじめ、ご夫婦揃って長野の善光寺にお参りに来られた際、わざわざ足を伸ばして法徳寺までお参りに来て下さったのです。

その時、奥様が、「私、ここへ来るまでは何とも思わなかったのですが、境内に入った途端に、あっ!ここは他の土地と違う!ここへ来ると、心が癒されるというか、清められるというか、他と違う所だという事を強く感じました」とおっしゃったのです。

ご住職から、奥様が霊感の強いお方だと聞いていたので、「実は、地元の工務店に勤めておられるMさんというお方も、周囲は輝いていないけれど、この境内だけが光り輝いているとおっしゃっておられるのです」とお話すると、「その通りです。私もこの土地から出ているパワーを凄く感じます」と、おっしゃったのです。


ご同行Kさんの不思議な夢


私がこのお二人の話を信じるようになったのは、お二人の人柄も然ることながら、実は、お二人がおっしゃった事を裏付けるような、光り輝く聖地の夢をご覧になったお方がもう一人おられるからです。

そのお方は、大阪にお住まいのご同行のKさんで、夢をご覧になったのは、法徳寺が開創される14年前の平成2年です。

平成2年と言えば、菩薩様が御入定(ごにゅうじょう)なさった年で、私達にとっては非常に大きな節目となった年ですが、御入定される三ヶ月ほど前の平成2年1月8日、不思議な夢をご覧になったのです。

夢の中で、Kさんはお坊さんが着ている法衣を身に着け、同じ法衣を着ている他の何人かの人たちと一緒に、石ころがゴロゴロしている原っぱの様なところへ、仏像を運んで来られたのですが、周囲は真っ暗闇なのに、何故かその原っぱだけが煌々と光り輝いているそうです。

ふと見ると、小さな家があり、その屋根の上に月が煌々と光り輝いているので、最初は、月の光に照らされて土地が光り輝いていると思われたそうです。

しかし、相変わらず原っぱの周囲は真っ暗闇で、その原っぱだけが煌々と光り輝いているので、月に照らされて光り輝いているのではないと思われたそうです。

やがて太陽が昇ってきて燦々と光り輝いているにも拘らず、やはり周囲は真っ暗闇で、原っぱだけが光り輝いているので、「これは月や太陽に照らされて光り輝いているのではなく、この原っぱが、自ら光を発しているんだ。ここは、きっと救済道場が建つ聖地に違いない」と思われたそうです。

そして、運んできた仏像を原っぱに安置し、法衣を着た他の人たちと懸命に拝んでいるのですが、見えるのは台座だけで、仏像のお顔もお姿も全く見えなかったそうです。

そんな夢を、法徳寺が開創される14年も前にご覧になったのですが、いま思えば、仏像のお顔もお姿も見えなかったのは、法徳寺の御本尊が、お大師様と不二一体の生き仏となり、衆生の罪汚れを変わって背負う身代り升地蔵尊としての使命を与えられた秘仏の法舟菩薩様だからに他なりません。

この事からも、仏像を運んだその原っぱが、菩薩様が御入定される法徳寺ご開創の聖地である事は間違いないでしょう。

Kさんの夢の話をMさんや奥様にしたところ、「その通りです。この土地から光りが出ているんです。光り輝いているんです」とおっしゃったので、お二人の言葉に嘘偽りはないと断言していいでしょう。

いま法徳寺が建っている境内地は、至る所から石ころが出てくる石山で、Kさんの夢に出てきた石ころがゴロゴロしている原っぱを髣髴とさせる場所である事も、お二人の言葉に嘘偽りはないと確信した理由ですが、いま思えば、Kさんの夢は、将来法徳寺が建立されるであろう聖地を前もってご覧になった正夢だった事がよく分かります。

そして、その夢が正夢であった事を16年後に証明して下さったのが、まさにMさんと、ご住職の奥様だったのです。


境内が光り輝いている理由


法徳寺に来られた時、Mさんが「ここに来ると、凄いパワーが貰えるんです」と言って、天を仰ぎながら、両手を広げて万歳をしておられた姿や、広島県にお住まいのご住職の奥様が「この境内から凄いパワーが出ているのを感じます」と仰っておられたお姿がいまも印象深く残っていますが、一般の皆さんが不思議に思われるのは、「何故この境内地だけが光り輝いているのか?」という事ではないでしょうか?

私は、二つの理由があるのではないかと思います。

一つは、やはりお大師様と不二一体の生き仏と成られた普門法舟大菩薩様がご入定しておられる聖地だという事です。

生き仏になられたという事は、その陰に、誰にも真似の出来ない苦難の人生があった事を意味しますから、様々な苦難を経て磨きぬかれた魂の光と、苦難から生まれたお悟りの光が菩薩様を照らし、聖地を輝かせていると言っていいでしょう。

もう一つは、この場所が、かつて南若神子城(みなみわかみこじょう)と呼ばれたお城の建っていた場所であり、因縁浅からぬ土地であるという事です。

菩薩様がよくおっしゃっておられましたが、土地というものは、本来すべて神仏のものであり、その本性は清浄無垢で、光り輝けるものです。

ですから、本来、大地そのものが、霊気みなぎるパワースポットであり、我々はその霊気みなぎる聖なる大地の上に生かされている存在なのです。

我々は、神仏からその清浄無垢で光り輝ける聖なる土地をお借りして住まわせて頂いているに過ぎませんが、残念ながら、その聖なる土地で様々な因縁を作り、土地を汚しながら生きていかざるを得ないのが、我々人間です。

家を建てる時、必ず地鎮祭を執り行いますが、地鎮祭は何のために行うのか、ご存じでしょうか?

一般的には、土地を清める為の儀式だと考えられていますが、そうではありません。

神仏からお借りした清浄無垢なる土地の上に住む我々人間の罪汚れを清め、その土地の上で新たな罪を重ねる事のないよう、神仏にご加護を祈る為なのです。

詳細は、『法話の扉』の「天に祈りて地に懺悔」をご覧頂きたいと思いますが、法徳寺建立の地がかつての城跡となれば、この場所でどのような因縁が作られているのか分りません。

もしこの土地で様々な因縁が作られ、因縁浅からぬ土地であるという事になれば、そこに住む人々に様々な災いを及ぼす恐れがあります。

全てを見通しておられる神仏が、災いを及ぼすと分っているそのような土地に、一般の方を住まわせる筈がありません。

このような土地には、寺院や神社など、その土地にまつわる因縁を解ける者にしか住むお許しが出ないのです。

日本全国に残る多くの城跡が、一般の人が住めないような史跡や公園になって保存されていたり、寺院や神社として存続しているのは、その為です。

かつて南若神子城と呼ばれたこの城跡に、どんな因縁があるのか分りませんが、この地が法徳寺開創の地に選ばれた事を考えれば、浅からぬ因縁のある土地と考えていいでしょう。

実を言えば、この土地は元々、東京の某不動産会社が宅地造成して、住宅地にしようと計画していた土地でした。

ところが、バブル経済がはじけて会社が倒産したため、抵当権など様々な債権が設定されていたこの土地は、誰も手が出せない状態のまま放置されていました。

これだけでも因縁のある土地と言っていいでしょうが、これは表向きの理由に過ぎません。

神仏がこの土地を誰も手が出せない状態にしておかれたのは、この土地が因縁浅からぬ土地であり、一般の方が住んでは災いが及ぶ恐れがあるからであり、更に私達がこの土地の因縁を解き、法徳寺を建立出来るまでの準備が整うまで、誰の手にも渡らないようにしておく必要があったからです。

つまり、この土地が光り輝いているのは、土地にまつわる因縁が解け、清浄無垢で光り輝ける本来の姿に戻ったからであり、因縁と言う闇が、因縁を解く行(光)によって消えたからなのです。

要するに、絡まっていた土地の悪因縁の糸が解きほぐされ、善因縁に変わったからこそ、この境内地が本来の光り輝く聖地として生まれ変わったのです。

境内地以外の土地が光り輝いていないのは、まだそれらの土地に神仏のお計らいが及んでいないからであり、因縁が解けていないからです。

今後、境内地以外の土地に神仏のお計らいが入り、光り輝く土地として生まれ変るのか、また神仏のお計らいが入るとすればいつなのかは分りません。

それは、我々の計らいの及ばない事であり、計らっても意味のない事です。

いずれにせよ、この土地にまつわる悪因縁の闇が消え、この境内地が、光り輝く聖地として生まれ変り、パワースポットとしての本来の姿に戻った事だけは間違いありません。


平成27年8月1日

 

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