桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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まだ見ぬあなたに

─吹き消さないで命の灯─




まだ見ぬあなたに

作詞・作曲 大西良空

オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたに 伝えたい この願い

傷つき疲れ 眠れぬ夜は
 心の耳を 澄ましてごらん
 オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたに 届けたい この声を

かけがえのない あなたの道を
 歩き続けて あきらめないで
 オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたに 見てほしい この笑顔

夜空に蒼(あお)く かがやく昴(すばる)
 いのちの灯(とも)しを 吹き消さないで
 オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたに 捧げたい この祈り

オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたを 抱(いだ)きたい この心(むね)に

オン オン カカカ ビサンマエイ ソワカ
 まだ見ぬあなたと 語りたい このいのち

 



人間関係に悩み、苦しんでいるあなた。重い病に倒れ、絶望しているあなた。親しき友に裏切られ、誰も信じられなくなっているあなた。大切な人を失くし、失意のどん底で嘆いているあなた。生きている事に疲れ、自暴自棄になっているあなた。

そして、何もかも捨てて、自ら命の灯を吹き消したいと思っているまだ見ぬあなたに。

悩み苦しんでいるのは、あなただけではありません。あなたの周囲を見て下さい。あなたの目には、幸せそうに見えているかも知れませんが、誰一人として悩みのない人なんていません。

でも、みんな、懸命に生きているのです。あなたと同じように、悩み、苦しみ、絶望し、嘆きながらも、前を向いて、力の限り歩いているのです。

だから、あなたにも、与えられたかけがえのない命の灯を灯し続けて欲しいのです。どうか、かけがえのない命の灯を、吹き消さないで下さい。

カトリック教会の修道女で、「神の愛の宣教者会」の創立者、マザーテレサ(注1)は、「あなたの中の最良のものを」と題して、次のように言っています。

人は不合理、非論理、利己的です。
   気にすることなく、人を愛しなさい。
 あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
   気にすることなく、善を行いなさい。
 目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
   気にすることなく、やり遂げなさい。
 善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
   気にすることなく、し続けなさい。
 あなたの正直と誠実さが、あなたを傷つけるでしょう。
   気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
 あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
   気にすることなく、作り続けなさい。
 助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
   気にすることなく、助け続けなさい。
 あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかも知れません。
   でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

ぼくは、クリスチャンではありませんが、とても素晴らしい言葉だと、いつも思います。「気にすることなく」という言葉の中に、どんな困難にもくじけずに立ち向かっていこうとするマザーテレサの強い意志が感じられて、いつも励まされます。

でも、人間ですから、やはり余りの辛さにくじけそうになる事もありますよね。誰かに愚痴をこぼしたくなる事もきっとあるでしょう。そんな時は、我慢しないで、お腹の底から大声を出して歌ってみて下さい。

歌詞の中にある「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」(Aum ha ha ha vismaye svaahaa)というのは、お地蔵様(注2)の御真言(ごしんごん)です。

御真言とは、文字通り、うそ偽りのない言葉という意味で、仏様の言葉には、一切のうそ偽りがないから、御真言と呼ばれています。

「オン」とは、「南無(なむ)、帰依(きえ)、帰命(きみょう)」の意味で、「自分独りで悩んではいけません。いつもあなたの傍にいる私に、一切をゆだねなさい」というお地蔵様の呼びかけに応えて、「一切をお地蔵様のみ心にゆだねます」という私達の決意を現したものです。

「カカカ」とは、お地蔵様が笑みをたたえて、私達の決意を心の底から喜んで下さり、また、お地蔵様にお遇い出来た事への私達の喜びと感謝の声が天地にこだましている様を現わしています。

「ビサンマエイ」とは、「稀有(けう)」という意味で、お地蔵様のような尊いお方にお遇いする事がいかに難しく有難いかを現わし、最後に、お地蔵様にお遇い出来た事への感謝の祈りを捧げる「ソワカ」をお唱えします。

つまり、「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」とは、「この世で最も尊いお方であるお地蔵様にお遇い出来た事を心の底から喜び、感謝し、今までの生き方を改め、そのみ心に一切をゆだねて生きてゆく事をお誓いします」という感謝と祈りと懺悔の言葉なのです。

この御真言をお腹の底から大声でお唱えすると、カカカと大声で笑いながら喜んでおられるお地蔵様の声に和して、悩み、苦しみ、絶望なんかに負けませんと言って、ハッハッハッと笑うあなたの声も、きっと聞こえてくる筈です。

ぼくは、あなたに会ったこともないし、あなたの悩みや苦しみを何も知らないけど、この歌をあなたに贈ります。これは、まだ見ぬあなたへの応援歌です。

合掌

平成21(2009)年7月13日

カンロくんより、まだ見ぬあなたに




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(注1)本名は、アグネス・ゴンジャ・ボアジュで、1910(明治43)年8月26日、オスマン(トルコ)帝国領のコソボ州ユスキュブ(現在のマケドニア共和国スコピエ)で、アルバニア人の家庭に、三人姉妹の末っ子として生れる。18歳の時、修道女会に入り、テレサという修道女名を名乗り、以後、シスターテレサと呼ばれるようになる。38歳の時、修道院を出て、インドのスラム街へ入り、貧しい人々の救済や、学校に行けないホームレスの子供たちの救済活動を始める。その2年後、「神の愛の宣教者会」を設立し、修道会のリーダーとなり、マザーテレサと呼ばれるようになる。その生涯を、飢えた人や、体の不自由な人、病気の人や愛されていない人、誰からも世話されない人の救済に捧げ、1979年、ノーベル平和賞を受賞したが、1997年9月5日、世界中の人々が見守る中、87年の生涯を終える。

 

 

 

 

 

 

 

 

(注2)地蔵菩薩の梵名はクシティ・ガルバ。クシティ(Ksiti)とは、「大地」、ガルバ(gharbha)とは、「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」と言う。お地蔵様は、お釈迦様が亡くなられてから五十六億七千万年後に弥勒菩薩がこの地上に現れるまでの仏のいない間、地獄・飢餓・畜生・修羅・人間・天上の六道に輪廻(さまようこと)して苦しむ人々を救済する使命を与えられた菩薩で、人々を救済するため、その苦しみを代って背負うという代受苦(だいじゅく)の御誓願を立てておられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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