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はじめに

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変わらない人間の本質

いくら科学技術がめざましい発展を遂げても、変わらないものがあります。それは人間そのものの本質です。

科学技術が日進月歩で発展しているにも拘らず、わが国の自殺者が十年も続けて三万人を超え、さらに増え続けている現実は、私達に何を教えているのでしょうか。

それは、いくら科学技術が進歩し、不可能と云われていた事が実現する時代が到来しても、変わったのは眼に見える現象世界だけであって、悩み苦しむ存在としての人間の本質そのものは、お釈迦様の時代と全く変わっていないという事実であります。

お釈迦様が説かれた四苦八苦の教えは、決して過去の遺物でもなければ、死に絶えた教えでもありません。四苦八苦の人生は、今も私達の目の前に厳然と存在し、人間の本質は何も変わっていない事を問いかけているのです。

人類史上、悩み苦しむ人々を救わんがため、お釈迦様やお大師様をはじめ、先覚者と言われる方々が次々とこの世へ出られたのは、決して偶然ではありません。

それは、まさに時代の要請であり、乱れた世が、お釈迦様やお大師様を求めた結果なのです。

伝えるべきか否か

ホームページを開設するに当たり、最後まで悩んだ事が一つあります。

それは、私たちが今まで体験してきた、科学技術では到底解明出来ないであろうと思われる不思議な出来事や、お計らいを悟って初めて明らかになる神秘な出来事を、ありのままに伝えるべきか否かという事です。

何故なら、受け止め方によっては、信仰に対する誤った先入観を与えてしまい、救いの芽を摘んでしまうおそれがあるからです。

しかし、神仏が不可思議を現わしておられるのは、そうする事が人々を救済する上で必要だからであり、それを私達の判断でお伝えしないことは、また別の意味で衆生救済を妨げる事にはならないかという心配もあり、中々結論が出せませんでした。

最後まで悩んだ末、私達は、やはり今まで体験してきた事を、出来るだけありのままお伝えする事にしました。そう決意させたのは、一人の御住職の言葉でした。

あなたがうらやましい

以前、知り合いの御住職から、「あなたがうらやましい」と言われた事があります。

当時、癌を患っておられた御住職は、心の安らぎを求めて私の元を尋ねられたのですが、私は、今まで自分が体験してきた不可思議な出来事についてお話しながら、「見えない世界は確かにございます。み仏様も生きておられます。どうか、見えない世界を信じて下さい。み仏様の救いを信じて下さい」とお話したところ、「あなたがうらやましい」と仰ったのです。

「何故ですか」とお尋ねしたら、「私は長年、住職をしてきましたが、あなたのように不思議な体験をした事が一度もないのです。だから見えない世界があると言われても、み仏様が生きておられると言われても、素直に信じられないのです。数々の不思議な体験をしておられるあなたがうらやましい」と、悲しげな表情で言われたのです。

「不思議な体験をした事が一度もない」という言葉は、私にとって、思いもよらぬ言葉でした。何故なら、それまで、このような体験をしているのは私達だけではないと思っていたからです。

誰も彼もが、神秘体験をしているのではないと知った私は、改めて深い仏縁を頂く幸せを痛感すると共に、一人でも多くの皆さんに、同じような体験をして欲しいと思ったのです。

何故なら、神秘体験は、私達の人生観、世界観、死生観を根底から変える力を持っているからです。

特に次代をになう多くの若者には、是非神秘体験をして、肉眼に見える現象世界の裏に秘められた、無限に広がる見えない世界に触れて欲しいと願っています。夢も希望も持てないと嘆く若者が多い今の世の中だからこそ、そう願わずにはいられないのです。

何を見て何を観ていないか

インターネット網が世界中にはりめぐらされ、あらゆる情報が居ながらにして瞬時に飛び込んでくる今の時代、私達は、もはや情報なしに生きる事など不可能と言わなければなりません。

しかし、だからこそ、私達は、何を見て、何を観ていないか、何を観なければいけないかを、しっかり見極めなければいけないのではないでしょうか。

眼に見える物をこの肉眼で見る事が、見る事の本質ではありません。 見るとは、観る事であり、心で観じ取る事です。

移り変わる現象世界を見るのは肉眼ですが、移り変わりゆく現象世界の背後に潜む真理の声に耳を傾け、観じ取るのは、肉眼ではなく、心の眼であり、観の眼です。悟りの眼と言ってもいいでしょう。

観世音菩薩(観自在菩薩)と名付けられたみ仏様を、皆さんもよく御存知だと思いますが、この仏様はその名の通り、観の眼を持って、あらゆる真理を見通しておられるお方です。

いま私達が見失っているものがあるとすれば、それは観世音菩薩様が持っておられる観の眼ではないでしょうか。

一生に一度でいいから、皆さんに神秘体験をして欲しいと言ったのは、この観の眼を持って頂きたいからです。

私達が法徳寺開創までにたどってきた十四年間、そして開創から今日までの道のりの中で常に心がけてきた事は、観の眼を磨きながら、観の眼で物事の真相を観ることでした。

それは取りも直さず、生き仏である弘法大師様、そして、お大師様と不二一体の生き仏となられ、平成の弘法大師と慕われる普門法舟菩薩様の声なき声を心の耳で聞き、心の眼で観じながら歩む事でもありました。

どこまでその志が実現出来たかは分りませんが、法徳寺の開創や、汗露水の湧出となって結実した事実を見る限り、歩んできた道のりは決して間違っていなかったと確信しています。

今日御縁があってお参り下さった皆様が、一人でも二人でも、このホームページを通して、今まで何を見て、何を観ていなかったのかを考える奇縁として下さるなら、そして、皆様のかけがえのない人生に、生きる喜びと救いの光明をもたらすささやかなきっかけとなるならば、これにまさる喜びはありません。どうぞ心ゆくまでごゆっくりお参り下さいませ。

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自殺防止に向けて

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ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ(3)

坂中明子さんへの再度の手紙

医療事故によって全身麻痺の後遺症を負い、唯一動かせる左手のひとさし指を使って懸命に生きておられる坂中明子さんに、拙い歌を作ってプレゼントし、曲に込めた気持ちを伝えたいと、今年6月18日、彼女に長文の手紙を差し上げた事は、前回お話しましたが、6月24日、明子さんのブログに、「もう一通どうしても読んで欲しい手紙があるので後日送ります」と、コメントはしたものの、中々出せませんでした。

それは、恐らくまだ信仰をした経験がないであろう明子さんに、信仰している私が一方的に自分の考えを述べるのは、かえって彼女の精神的な負担になるのではないかという一抹の不安をぬぐえなかったからです。

しかし、「一時的には負担に感じても、全身麻痺という想像を絶する試練でさえ乗り越えてきた明子さんなら、きっと分ってくれる筈だ。今のうちに、伝えるべき事だけは伝えておきたい」と思い直し、コメントから10日ほど経った7月3日、ようやく約束の手紙を出す事が出来ました。

曲に隠された秘密

こんにちは(^^)

お母様から頂いたお手紙で、明子さんがとても喜んで下さっている事を知り、少しはお役に立てたのではないかと安堵しております。

お送りすると言っていた手紙が大変遅れ、申し訳ありません。ブログのコメントで「お手紙を差し上げます」とは言ったものの、信仰をした経験のない明子さんに、信仰の世界に生きる私が、自分の思いを一方的に押し付けるような手紙を書いていいものかと、今回も随分悩みましたが、やはり出す事にしました(笑)

今はまだ理解できなくても、いつか必ずお役に立つ時がくると信じる事にしました。

手紙を出すとお約束したのは、『ありがとう』に隠された或る秘密についてお話したかったからです。

実を言いますと、この曲はまだ完成していません。

未完成と聞けば、クラッシック好きな明子さんは、多分シューベルトの交響曲第7番『未完成』を連想されると思いますが、未完成の意味合いが、シューベルトの『未完成』とは少し違います。

交響曲第7番『未完成』は、シューベルトが第二楽章まで作曲して中止してしまった文字通りの未完成曲ですが、『ありがとう』は、曲としては、完成しています。

でも、「このままではまだ生きた曲とは言えない」という意味での未完成なのです。

ややこしいですね(笑)。例えを引いてお話します。

仏教に開眼(かいげん)作法というものがあります。

明子さんはご存じないかも知れませんが、仏像に命(仏性)を吹き込む作法で、仏像(仏壇やお墓も同じ)を作った時には必ずしなければなりません。

開眼をするまでの仏像は、観賞用の仏像(美術品)ではあっても、拝む対象としての仏ではありません。「お性根入れ」「御魂入れ」とも言いますが、この開眼をする事によって、「ただの仏像」に命(仏性)が吹き込まれ、「拝まれる仏」に生まれ変ります。

いま私が、「この曲はまだ生きていません」と言ったのは、そういう意味なのです。

つまり、この曲には、まだ命(魂)が入っていません。仏性が吹き込まれていないのです。観賞用の仏像と同じです。

ですから、この曲に命(魂)を吹き込み、「ただの曲」から「命のある生きた曲」にしなければいけないのです

しかし、それが出来る人は一人しかいません。お分かりですか。勿論、私ではありませんよ。

私は、明子さんの救いを願って、この曲を作りましたから、私の願いは、すでに曲の中に吹き込まれています。しかし、私に出来るのは、そこまでです。

私はただ、『ありがとう』という曲を作っただけで、そこから先にあるこの曲に命(仏性)を吹き込む開眼は、私には出来ません。それが出来るのは、明子さんだけです。何故なら、この曲は、明子さんを救う為に生まれた曲だからです。

この曲に明子さんの命を吹き込んで頂く為には、明子さんの仏性が目覚めなければなりません。

明子さんの仏性が目覚め、この曲に明子さんの命(仏性)が注がれた時、初めて『ありがとう』は、生きた歌に成ります。

つまり、明子さんの仏性が目覚めるのと、『ありがとう』に明子さんの命(仏性)が注がれて生きた歌になるのとは、同時なのです。

明子さんの仏性が目覚め、この曲に命(仏性)が吹き込まれる時、明子さんは救われ、過去の一切のしがらみから解放されるでしょう。

その瞬間から、『ありがとう』は、明子さんと一体になり、明子さんの分身となります。

いついかなる時も傍にいて、明子さんが落ち込んだ時は良き伴侶として励まし、傷ついた時は良き父として心を癒し、寂しい時は良き母としてそっと抱きしめ、笑う時は共に笑い、泣く時は共に泣き、嘆く時は共に嘆き、いつも苦楽を共にしてくれるでしょう。

いまこの曲は、明子さんが仏性に目覚め、命を注いでくれるのを待っているのです。

これが、最初にお話した、この曲に隠された秘密です。

幸せより救われる歓びを

今もお話したように、この曲は、ただ明子さんを励ます為に作った曲ではなく、救われて頂く為に作った曲です。

「この曲を聴いて励まされました」と言って頂けるのはとても嬉しいのですが、それではまだ私の喜びは半分にも満たされません。

ブログに「確かに不自由です。でも不幸とは思っていません」と書いて下さいましたが、私の願いは明子さんから「幸せです」と言う言葉を聞く事ではなく、「救われました」と言って頂く事です。

もしこの曲が、ただ明子さんを励まし、幸せにする為に作った曲であれば、歌詞には、明子さんにとって耳障りのよい言葉だけを並べれば済みます。

世間には、ZARDの『負けないで』や岡村孝子の『夢をあきらめないで』など、生きる希望と勇気を与え、励ましてくれる歌がいっぱいありますから、素人の私がわざわざこんな曲を作る必要はありません。

しかし、ただ励ますだけの曲では、明子さんを幸せには出来ても、根底から救う事は出来ません。

先日の手紙にも書いたように、私が敢えて、明子さんが到底受け入れられないであろう「今はあの先生に言えるのありがとう」という一節を歌詞の中に入れたのは、何としても救われて頂きたいからです。

勿論、明子さんに全身麻痺という重い後遺症を負わせた先生に対する「ありがとう」は、「はい分かりました」と言って、すぐに頷けるものではありません。

この壁を乗り越えるには、後遺症を負わされた時の苦しみよりも、更に何倍も大きな苦しみに堪えなければならないでしょう。

しかし、どんなに苦しくても、どんなに困難であっても、憎むべき、恨むべき先生を許す心にならなければ、明子さんの魂は救われません。

これで、「この曲に命を吹き込めるのは、明子さんしかいません」と言った意味がお分かり頂けたでしょうか。

「今はあの先生に言えるのありがとう」という歌詞は、明子さんが心からそう言えるようにならなければ意味のない歌詞であり、明子さんが心の底からそう言えるようになって初めて命を与えられる歌詞なのです。

そして、何よりも、明子さんの仏性を深い眠りから目覚めさせる歌詞なのです。

あの医療事故によって、肉体の明子さんは死に、仏性を生きる明子さんが産声をあげました。でも、産声をあげただけで、仏性が目覚めた訳ではありません。

仏性が目覚める為には、「今はあの先生に言えるのありがとう」という歌詞と、真正面から向き合わなければなりません。

勿論、そう言えるようになるには、かなりの時間を要するでしょう。それが当然です。でも、私は、必ずそう言える日が来ると信じています。

と言うより、必ずその日は来ます。何故なら、すでにその事が曲の中で約束されているからです。

「今はあの先生に言えるのありがとう」という歌詞は、「ありがとう」と言える日が来る事を前提としています。今はまだ言えなくても、その日は必ず来ます。

もしその日が来なければ、「今はあの先生に言えるのありがとう」という歌詞は嘘になりますから、その日が来る事はもう決まっています。

分からないのは、その日がいつかという事ですが、残念ながら、その日がいつかは私にも分かりません。

多分、明子さんにも分からないと思います。自分のものでありながら、中々思うようにはいかないのが、心というものですからね。

でも、焦る必要はありません。足下を確かめながら、大地を踏みしめ、一歩一歩進んでゆきましょう。

合掌

明子さんのコメント

7月8日、明子さんは、手紙を読んだ感想を、ご自身のブログに、次のようにコメントして下さいました。

スローライフのとき、終わりのあいさつでツナちゃんが
「人間は2度死ぬといいます。
1回目は死んだとき、
2回目は世の中の誰にも語られなくなったとき……」
という話をしてくれた。

「本当にそうだなー」と思った。
ちいこおばちゃんだって、洋介おじちゃんだって、
ウィングのママだって、ヨッチャンだって、おばあちゃんだって、
ばっばだって、まだ私の心の中に生きている。

豪快な笑い声、パッチワークする姿、焼酎を飲む姿、
相談にのってくれる優しい声や顔。

いろいろな人たちの、いろいろな様子を思い出すことができる。

大西さんから便箋10枚の長い手紙をもらった。
今はまだ理解できないことが多いけど、いつか、きっと分かる日が来るはず。

とは言っても、生易しいことではないなー。

真相を悟り納得しなければならない

明子さんが、生易しい事ではないと感じるのも、無理はないかも知れません。何故なら、仇なす人を許せるようになるには、心の依りどころとなる信仰がどうしても必要だからです。

勿論、世の中には、信仰などなくても、仇なす相手を許せるというお方もいるでしょうが、少なくとも、仇なす人を心の底から許せるようになるには、その相手が自分にとって決して仇となる人ではない事を悟り、自らが納得しなければなりません。

しかも、この悟りの眼は、信仰生活の中でしか開けないのです。

明子さんの場合で言えば、全身麻痺の後遺症を負わせた憎むべき先生が、明子さんにとって決して仇となる相手ではない事を悟らなければ、心の底から許すのは難しいでしょう。

私が、6月18日に書いた手紙の中で、

「あの医療事故は、赤ちゃんが生まれる時に母と子が体験する苦しみと同じように、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても避けて通れない試練であり、肉体を生きる明子さんが、仏性を生きる明子さんに生まれ変わる為には、どうしても乗り越えなければならない産みの苦しみだったということです。そして、その産みの苦しみに立ち会ったのが、あの先生なのです」

と書いたのは、ただ全身麻痺の後遺症を負わされたという表面的部分だけを見て、医療事故の裏に隠された真相を悟らなければ、憎むべき先生を許すのは難しいと思ったからです。

借り物の知識を滅びない智慧へ

ブログにもコメントさせて頂いたように、私が手紙に書いた事は、明子さんにとって、ただの知識であり、謂わば私からの借り物にすぎません。

この知識という借り物を、明子さんが自分の血肉とし、滅びない智慧とする為には、信仰体験を通して、出来事の裏に隠された真相を悟っていかなければなりません。

そして、手紙に書かれている事が、心の底から納得出来た時、ようやく借り物であった知識が、身に付いた智慧となり、明子さんは、永遠に滅びる事のない救いのみ光に包まれるのです。

勿論、だからと言って、明子さんに、信仰を強要するつもりはありません。そんな事をしても無意味であり、明子さんの救いにつながらない事は、火を見るよりも明らかだからです。

しかし、救いの灯は、ただ待っているだけでは、永遠に見えてきません。「待てば海路の日和あり」「果報は寝て待て」(注2)という諺もありますが、救いに限って言えば、求めて初めて得られるものであり、求めなければ得られないのです。

「加持感応」という言葉をご存じでしょうか。「加持」について、お大師様は、『即身成仏義』の中で、

加持とは、如来の大悲と衆生の信心を表す。仏日の影、衆生の心水に現ずるを加といい、行者の心水よく仏日を感ずるを持と名づく。

と説いておられますが、いくらみ仏が、私達を救おうと大悲のみ光を降り注いでおられても、私達が心を開いて、そのみ光を受け入れなければ救いの証果は得られません。

み仏が私達に降り注がれる「加」の力、大悲の力と、私達がそれを受け止める「持」の力、信心の力が一つに結ばれて、初めて加持感応の妙が現れるのです。どちらが欠けても、加持感応の妙は現れません。

これから先の事は私にも分りませんが、一日も早く明子さんの救いを求める心に火が点き、彼女の人生に加持感応の妙が現れる事を祈らずにはいられません。彼女の言葉を信じて…

「今はまだ理解できないことが多いけど、いつか、きっと分かる日が来るはず」

平成25年10月1日

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ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ(2)

曲に込めた想い

坂中明子さんは、母親の浩子さんが主宰する「坂中ピアノ教室」で、子供たちにピアノを教えながら、今も懸命にリハビリを続けておられますが、声を出すのが難しいので、レッスンをする時は言葉を文字盤で伝えなければなりません。しかし、子供たちは、そんな明子先生を支えながら、懸命にレッスンに励んでいるそうです。

声さえ出せず、体さえ自由に動かせない毎日の生活がどんなに苦しいか、五体満足の私には想像も出来ませんが、そんな明子さんの苦しみを誰よりも深く理解しているのが、いつも身近にいる子供たちなのでしょう。

「子どもたちといると、幸せを感じることがたくさんあります」という明子さんの言葉には、明子さんの事をいつも気遣う子供達と、そんな子供達の優しさにそっと寄り添う明子さんとの絆の深さが、滲み出ています。

そんな明子さんの為に、何かお役に立てる事はないかと考えた末に完成したのが、『ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ』という曲ですが、この曲に込めた気持ちを伝えたいと、今年の6月18日、明子さんに手紙を書きました。

坂中明子さんへの手紙

心拝、坂中明子様。
毎日、猛暑が続いていますが、お変わりはありませんか。
今日、このようなお手紙を差し上げたのは、明子さんに、歌をプレゼントした私の気持ちをお話しするためです。
どうしても私の気持ちをお話しておきたいと思い、ペンをとりました。

ブログにもコメントさせて頂きましたが、歌を作るに当たり苦労したのが、歌詞でした。

歌詞に入れようかどうか、最後まで迷った箇所が一か所あります。それは、「いまはあの先生に言えるのありがとう」という箇所です。

何故迷ったかと言いますと、この言葉を入れる事によって、明子さんやご家族の皆様の心を傷つける事になるのではないかと案じたからです。

迷いに迷った挙句、やはり入れようと決断したのは、やはり私が僧侶だったからかも知れません。もし在家の人間だったら、多分、別の歌詞に差し替えていたと思います。

医療事故を起こした先生に対する「ありがとう」の気持ちは、明子さんやご家族の皆様にとって最も受け入れがたいものであり、この世で最も憎むべきお医者さんに「ありがとう」などと言える筈がない事は、百も承知しています

あのような歌詞を入れられたのは、私がまだ明子さんやご家族の皆様の本当の苦しみを分かっていないからかも知れませんし、同じ体験をしていないからかも知れません。

私も、明子さんと同じ目にあえば、口が裂けても、その先生に「ありがとう」などとは言えないと思います。

でも、私はいま僧侶の身分にあります。私はこれまで僧侶として、様々な苦しみを持つ方々と接してまいりましたが、その経験から言える事が一つあります。

それは、恨みや怒りや憎しみを抱いたまま救われたお方は一人もいない、という事です。

私は、いままで自作の曲を何曲か作ってきましたが、どの曲もみな、ご縁のある方々の幸せを願い、頑張って欲しい、諦めないで欲しい、救われて欲しいとの願いを込めて作ったものばかりです。

勿論、今回明子さんにプレゼントした『ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ』も、明子さんとご家族の皆様の救いを願って作らせて頂きました。

もし、この歌詞の中で、私のその願いが一番強く反映されている箇所はどこかと問われれば、私は躊躇せずに、「いまはあの先生に言えるのありがとう」という一節です、と答えるでしょう。この曲に命を吹き込んでいるのは、まさにこの一節だと思っているからです。

この一節がなければ、この曲の「ありがとう」という題名も、空念仏になるのではないかとさえ思っています。

でも、この一節は、明子さんやご家族の皆様の心を傷つける一節になるかも知れないという思いが、今でも私の心の奥底に漂っているのも事実です。

慈の心と悲の心

先ほど、「迷いに迷った挙句、やはり入れようと決断したのは、私が僧侶だったからかも知れません」と言いましたが、それは、「可哀想だからとか、哀れだからという同情で作った歌ではない」という意味でもあります。

私の父はよく、「人は同情では救えない。優しい慈の心と、厳しい悲の心が相まって、初めて人は救われるのだ」と言っていましたが、父が言っていた優しい慈の心と、厳しい悲の心を込めて、この歌を作ったつもりです。

一番と二番の歌詞が、優しい慈の心で作った歌詞だとすれば、三番の「いまはあの先生に言えるのありがとう」という歌詞は、厳しい悲の心で作った歌詞です。

この悲の心は、時に痛みを伴い、心を傷つける事もありますが、たとえそうであっても、救われて頂きたいという思いから、心を鬼にして、悲の心を注がねばならない時があります。

誤解しないで下さいね。私は、その先生に対して、恨みや憎しみの心を持ってはいけないとか、怒りの心を捨てて下さいと言っているのではありません。

不注意によって、重い後遺症を負わされた明子さんやご家族の皆様のお気持ちを思えば、怒り、憎しみ、恨みの心が湧きあがってくるのは当然です。私だって、明子さんの立場に立てば、きっと同じ思いをする筈です。

私が言いたいのは、むしろその逆で、その先生に対する恨み、憎しみ、怒りの炎を、もっともっと燃やして頂きたいのです。そして、恨み、憎しみ、怒りの炎を途中で消さないで、完全に燃え尽きるまで、もうこれ以上は憎めないというところまで憎み尽し、燃やし尽くして頂きたいのです。

そして、最後まで恨み尽し、憎しみ尽し、怒り尽し、燃やし尽したら、目の前にある壁を突き破って、さらにその先へ進んで欲しいのです。

勿論、それは容易なことではないでしょうし、誰も彼もが乗り越えられる壁でないかも知れません。

でも、み仏は、乗り越えられないような試練は、決してお与えになりませんし、どのような厳しい試練であっても、必ず乗り越えられると見通された上で与えておられます。そこには、必ず救いの道が用意されていると、私は信じています。

ひとさし指が教えてくれたこと

「何故そんな事が分るの?」とおっしゃるかも知れませんが、明子さんの体の中で唯一動かせる左手のひとさし指を見れば分かります。

ひとさし指だけが何故動くのか。医学的に見れば、その理由は、色々あるだろうと思いますが、私は僧侶ですので、医学的な事は分かりません。分かるのは、信仰の心、悟りの眼で見たみ仏の心だけですから、悟りの眼から見た、ひとさし指が動く理由についてお話しさせてもらいます。

以下の文章は、ホームページに書いてある事と重複する部分もありますが、説明の都合上、繰り返してお話します。

このひとさし指は、仏教では、真理に譬えられる「月」を指し示す指とされている、とても大切な指です。

またお釈迦様が生まれてまもなく七歩歩まれ、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」とおっしゃった時に、天と地を指し示された指でもあります。

つまり、明子さんの体の中で唯一動かせる左手のひとさし指は、仏教の世界では、真理を指し示す指であると同時に、自分の足元(自分の使命)を見つめなさいと教えてくれる指でもあるのです。

その指だけが動かせるという事は、ただの偶然とは思えません。そこには明子さんにとって、とても深い意味が込められているように思います。

涅槃経というお経の中に「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉があります。

これは、すべての人には、仏性という仏の永遠のいのちが宿っているという意味ですが、全身麻痺の明子さんの中にも、勿論この仏性(仏のいのち)は宿っています。でも、この仏性には、姿かたちがありません。

何が言いたいかと言いますと、肉体を生きる明子さんは、いま全身麻痺という重い後遺症を負っておられますが、姿かたちのない仏性を生きる明子さんには、全身麻痺という後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もないという事です。

ここで大切なのは、どちらの明子さんが、本当の明子さんかという事ですが、勿論、仏性を生きる明子さんが、本当の明子さんであって、全身麻痺の明子さんは、仏性を生きる明子さんが宿っている仮の器に過ぎません。

いま仮の器である肉体が、全身麻痺という後遺症を負っていますが、後遺症を負っているのは、使命を果たすために必要な仮の器である肉体だけで、仏性を生きる明子さんそのものには、何の後遺症もありません。

このような仏教的な考え方は、理解し難いかも知れませんが、たとえ理解し難くても、それを説明していては、話が先に進みませんので、今は「そういう事なんだ」と受け止めておいて下さい。

仏性を生きる明子さんには、姿かたちがありませんから、肉眼で見る事は出来ません。ですから、その明子さんが、この世に生まれてきた使命を果たしておられても、私達には分りませんし、見えません。

そこで、み仏は、肉眼には見えない、仏性を生きる明子さんの姿を、誰の眼にも見えるよう、一つの手立てを用意して下さったのです。

それが、先ほど言った、全身麻痺の体の中で、唯一動かせる左手のひとさし指です。

つまり、このひとさし指は、後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もない、仏性を生きる真実の明子さんの姿を映しだす鏡であり、み仏が用意して下さった試練を乗り越えるための救いの道(手立て)なのです。

このひとさし指は、私達にとっては、日常生活の中で、意識する事もなく当たり前に使っているただのひとさし指であり、肉体の一部に過ぎません。しかし、明子さんにとって、このひとさし指は、全身麻痺の中で唯一残った肉体の一部ではありません。

仏性を生きる明子さんが、この世へ生まれてきた使命を果たす為に、み仏が選ばれた、明子さんの魂(仏性)を宿す聖なる鏡なのです。

明子さんは、いま体の中で唯一動かせるひとさし指一本を使い、多くの人々に、感銘と生きる希望と勇気を与えておられますが、これこそ、左手のひとさし指が、仏性を生きる明子さんの真実の姿を映し出す鏡である何よりの証ではないでしょうか。

このひとさし指は、「全身麻痺の体の中で、動かせる箇所がなければ生きていく上で不自由だろうから」と言って、み仏が残して下さったひとさし指では決してありません。仏性を生きる明子さんの魂を宿す聖なる場所として、全身から選び抜かれたひとさし指なのです。

東大に合格するよりも難しい狭き門をくぐりぬけて、全身の中から選ばれた、まさに超エリートのひとさし指と言ってもいいでしょう(笑)

もし、ひとさし指を見て、「全身の中で動かせるのは、この指だけなんだ」などというように、全身の中で残った一部に過ぎないと考えておられるなら、それは大間違いです。

仏性を生きる明子さんが、その使命を果たす為に必要なのは、足でも顔でも頭でも口でもなく、左手のひとさし指だからこそ、み仏は、左手のひとさし指を選んで下さったのです。

だんだん話がややこしくなってきましたね。私が何を言いたいのか、お分かり頂けるでしょうか。こういう考え方は、信仰の世界に生きる者にしか理解し難いかも知れませんが、もう少し辛抱して聞いて下さい。

医療事故の真相

肉体を生きる明子さんにとって、全身麻痺の肉体ほど不便で、不都合なものはありませんね。その困難さは、私などには想像も出来ませんが、でも、このひとさし指だけが残ったのは、決して不幸中の幸いなどではありません。

すべてを見通しておられるみ仏が、明子さんが使命を果たす為に必要なものとして、このひとさし指だけを選ばれたのです。

こんな事をいうと明子さんの心を傷つけるかも知れませんが、どうしても救われて頂きたいので、心を鬼にして言わせて頂きます。

要するに、私が言いたいのは、あの医療事故は、赤ちゃんが生まれる時に母と子が体験する苦しみと同じように、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても避けて通れない試練であり、肉体を生きる明子さんが、仏性を生きる明子さんに生まれ変わる為には、どうしても乗り越えなければならない産みの苦しみだったということです

そして、その産みの苦しみに立ち会ったのが、あの先生なのです。

勿論、表面的に見れば、先生は、医療事故を起こしたご本人です。でも、真相を悟れば、誰もが引き受けたくない嫌な役目を引き受けて下さった事になります。

明子さんが、この世へ生まれた使命を果たす為には、あの出来事はどうしても避けて通れなかったのであり、その為にあの先生は、先生に与えられた役目を果たされたのです。

勿論、先生には、そんな意識は毛頭なかったでしょうし、それが当然です。これは、あくまで悟りの眼で観た真相であって、現実に起きた出来事をただ表面的に見ているだけでは、この真相は見えてきません。

勿論、私は、医療事故を否定しているのでも、あの先生を弁護しているのでもありません。あれは誰が見ても、先生の不注意に起因する医療事故であり、先生の責任は重大です。

でも、先生の責任は重大だと言ってみたところで、明子さんの心が救われる訳ではありません。大切なのは、明子さんの心が救われる事であり、その一点に尽きると言ってもいいでしょう。

そして、明子さんが救われる為には、あの医療事故を、ただの運不運による事故としてではなく、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても避けて通れない産みの苦しみだったんだということを、どこまで納得して受け入れられるかどうかにかかっているという事です。

不運による医療事故という負の側面しか見る事が出来なければ、生涯、先生に対する怒りや憎しみの心を抱いて生きていかなければならないでしょう。でも、それでは、余りにも悲しすぎますし、今までの明子さんのご苦労が報われません。

もし医療事故がなければ、明子さんは、きっと幼い頃からの夢であるピアニストになっておられたでしょう。でも、それでは、明子さんが背負っている使命をまっとうする事は出来なかったのです。

こう言うと、選べる道が二つあったように見えますが、そうではなく、明子さんが生きる道は、今の道しかなかったのです。

何故なら、お母さんが「明子はいつもニコニコしていた。まるで天使のように……。」と書いておられるように、明子さんは、多くの人々に生きる希望と勇気を与えるためにこの世に遣わされた「ひとさし指の天使」だからです。

こんな名前を勝手につけて申し訳ありません。でも、私はそう思っています。

明子さんは、「ひとさし指の天使」として、苦しむ多くの人々の心を癒し、生きる希望と勇気を与える使命を生きなければならない星の下に生まれたお方なのです。

くどいようですが、もう一度言わせて下さい。

あの医療事故は、表面だけを見れば、先生の不注意による医療事故以外の何ものでもありません。憎んでも憎み切れないミスをおかした先生の不注意には、怒りを禁じ得ません。

でも、あの医療事故は、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても乗り越えなければならない試練の始まりだったのです。

これが、悟りの眼で観た医療事故の真相です。

ひとさし指の天使

医療事故に遇うまでの20年間の人生は、謂わば肉体を生きる明子さんの仮の人生であって、医療事故に遇ってからの人生こそが、仏性を生きる明子さんがこの世へ生まれてきた使命を果たす為に与えられた本当の人生なのです。

明子さんは、いまその使命の中に身を置いておられますが、このような生き方は、神仏に選ばれた人以外には出来ません。明子さんは、神仏から選ばれた尊いお方のお一人なのです。

でも、その使命をまっとうする為には、どうしても最後に乗り越えなければならない大きな試練の壁があります。

それが、医療事故の真相を悟り、明子さんに後遺症を負わせる原因を作った先生を許せるかどうかという壁です。

この壁は、医療事故の表面だけを見ていては、到底乗り越える事は出来ません。そこから生まれてくるのは、憎しみ、怒り、恨み、後悔などと言った、明子さんやご家族の皆様の人生をどんどん暗くしていく負の感情ばかりです。

しかし、私は、明子さんやご家族の皆様に、そんな人生を送って頂きたくありませんし、それでは、あれほどの産みの苦しみをされた明子さんや皆様の御苦労が報われません。

心の底から、この世へ生まれてきてよかったと言えるような、もっともっと素晴らしい、心豊かな人生を生きて頂きたいのです。

いや、生きられる筈です。そのように生きる為に頂いた命なのですから、生きられない筈がありません。

私が、このような手紙を差し上げて、医療事故に隠された真相についてお話しさせて頂くのも、そのような生き方が出来るお方であり、使命を果たさなければならないお方だからです。さもなければ、み仏がこのようなお計らいをされる筈がありません。

私は、皆様に、不可能を可能にして下さいと言っているつもりはありません。不可能なら、み仏は、最初から、このような手紙を私に書かせたりはしておられないでしょうし、私に、このような歌を作らせてはおられないと思います。

三番の歌詞の「いまはあの先生に言えるのありがとう」の前の歌詞を、思い出して下さい。こう書かれています。

「世界が輝いて 私を照らしている」

恨み、憎しみ、怒りの炎を燃やし尽くして試練の壁を突き破り、この世で最も憎むべき先生を許す心になった時、明子さんの心の眼には、世界のすべてが光り輝き、明子さんを照らし、その人生を讃えている光景が、きっと映し出される筈です。

それは、明子さんが、一人の人間として、誰からも讃えられるほどの高い境地に到達された証であり、仏性を生きる明子さんが、その使命をまっとうしておられる輝かしい瞬間なのです。

もしこの歌詞に書かれている事が嘘なら、み仏は、私にこのような歌詞を書かせてはおられません。「いまはあの先生に言えるのありがとう」と書かれているのは、必ずそう言える日が来るからです。私はそう確信しています。

すでに明子さんが生きるべき人生の答えは出ているのです。後は、その答えを、その輝けるひとさし指で書いていただくだけです。ひとさし指は、その答えを書く為に、み仏から与えられた指なのではないでしょうか。

そして、先生に対する心からの「ありがとう」が言えるようになった時、医療事故によって全身麻痺の後遺症を負った肉体を生きる明子さんは、名実共に「ひとさし指の天使」という名の、仏性を生きる明子さんに生まれ変わり、大空高く羽ばたいていかれるに違いありません。

その時、苦しむ多くの人々は、明子さんやご家族の皆様の中に、究極の愛の姿を見るでしょう。

憎むべき先生を許し、「ありがとう」と言って微笑む明子さんに、究極の愛の姿を見た人々は、きっと大いなる感銘を受け、生きる勇気と希望を見出すに違いありません。

様々な生き方や人生がありますが、これほど素晴らしい、輝かしい人生が他にあるでしょうか。

明子さんの生きる姿そのものが、苦しむ多くの人々の心に感銘と生きる希望と勇気を与えるのです。いまも与えておられるでしょうが、もっともっと苦しむ多くの方々に与えてあげて頂きたいのです。

このような生き方は、望んで叶えられる生き方ではなく、そのような使命を生きる星の下に生まれた明子さんだからこそ出来る生き方だと思います。

心の中のエベレスト登頂

歴史をひもとけば、障害をものともせず、その生涯を使命に捧げられたお方が大勢おられますが、明子さんも、その中のお一人である事は間違いありません。

ですから、どうか誇りと自信と勇気と希望を持って、いのちの炎を燃やし続けて下さい。そして、最後の最後まで燃やし尽して下さい。

でも、これだけは忘れないで下さいね。

明子さんが使命を果たす為には、お母さんやご家族の皆様のお力が欠かせなかったという事です。

明子さんは「お母さんが私のお母さんでよかった」とおっしゃっておられますが、私もまったく同感です。もしお父さんとお母さんの娘に産まれていなければ、いまの明子さんはいなかったと言っても過言ではないでしょう。

歌詞に、「だって私はいま 世界一素敵な お母さんに愛され 生きているから」とあるように、世界一のお父さん、お母さんをご両親に持たれた事が、明子さんにとって何よりの幸せだったのです。

また、明子さんを産んだお父さんとお母さんにとっても、尊い使命を与えられた明子さんを娘に持った事は何よりの幸せであり、きっとその事を誇りに感じておられると思います。

ご両親は、「私の娘に産まれてくれて、ありがとう」と、心の底から感謝しておられるのではないでしょうか。

先日、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが、80歳で世界最高峰のエベレスト登頂に成功され、高齢者世界一でのエベレスト登頂記録を塗り替えられました。

日本人の一人としてこれほど嬉しい快挙はありませんが、私は、明子さんとご家族の皆様にも、心の中にあるエベレスト登頂という、誰もが為しえない快挙を成し遂げて頂きたいと願っています。

勿論、焦ることも慌てることもありません。三浦さんも、エベレスト登頂の為に、何年も前から準備をなさったそうです。思ったからと言って、すぐにできたら、誰も苦労しませんからね(笑)

でも、必ず乗り越えて下さると信じています。いや、もしかすると、もうすでに登頂を果たしておられるかも知れませんね。

その時は、わざわざこのような手紙を出す必要もなかった事になります。私の予想が外れたのであれば、こんな嬉しい事はありません。

明子さんの人生が、一点の曇りもない青空のような清々しさと輝きに満ち、そこから生まれた救いの波紋が、全国津々浦々へと広がっていきますよう、心からお祈りしております。

より良き明日の為に

坂中明子さんが、この手紙をどのような気持ちで読んで下さるか、一抹の不安もありましたが、6月24日、ご自身のブログに、次のようなコメントを載せて下さいました。

お手紙読みました。
歌詞の意味もよく分かりました。
何と言っても私は、大西さんの言葉で、どれだけ励まされているか分かりません。
ありがたいことだと思っています。
確かに不自由です。
でも不幸とは思っていません。
子どもたちといると、幸せを感じることがたくさんあります。
子どもたちは普通に接してくれます。
まだまだ書きたいけど、またにします。
それにしても境内にソメイヨシノ43本にはビックリ!

コメントを見る限り、明子さんは冷静に受け止めて下さったようです。

私自身は、この手紙が明子さんの傷ついた心を、さらに鞭打つような事になれば申し訳ないという気持ちでいっぱいでしたが、私が思っている以上に、彼女は強く、明るく、物事を冷静に見つめる事の出来る女性でした。

人間は、心の持ち方次第で、幸せにもなれば、不幸せにもなります。

肉体が不自由であっても幸せな人はいますし、肉体が不自由でなくても不幸せな人は、大勢います。明子さんには、たとえ肉体は不自由でも、是非幸せになって頂きたいと思い、同日、次のようなコメントを返させて頂きました。

明子さん、こんにちは。
手紙を出す時は、明子さんや皆さんの心を傷つけるのではないかと案じていましたが、コメントを拝見してホッとしました。

先ほど、お母様からもお手紙をいただきました。すこしでも心の励みになっているのであれば、こんなに嬉しい事はありません。

私は、人生というものは、肉体で生きるものではなく、心で生きるものだと思っています。毎日どんな思いで生き、どんな心で過ごしているかによって、人生は決まっていくと…。
だとしたら、幸せになれるような思い方をした方がいいに決まっていますよね。

人生には、勝ち負けも、損得もありませんが、せっかく人間に生まれてきたんですから、幸せになれる思い方をして生きた方が得です。そのような生き方が出来る人が、人生の真の勝者だと思います。

いくら五体満足でも、毎日不平不満の心で生きている人は、もう人生に負けているんです。その意味で言えば、明子さんは、間違いなく勝者に入る人です。

それだけの後遺症を負いながら、前を向いて生きている姿は、勝者の中の勝者と言ってもいいでしょう。みんなが、明子さんの生きる姿に勇気づけられ、その生き方を手本としているのは、そのためです。

明子さんは、誰よりも生きる事に真剣に取り組み、誰よりも生きる事の素晴らしさを知っている人です。ですから、これからも、生きる事に自信を持って頂きたいと思います。

それにしても、これだけの文章を打つのに、何時間かかったのでしょうか。一文字打つのに何分もかかるでしょうから、大変だったと思います。くれぐれも、左手のひとさし指をいたわってあげて下さい。

それと、もう一通、どうしても読んで頂きたい手紙があるので、後日送らせて頂きます。これも、歌にまつわる内容ですが、これは多分傷つける心配のない手紙だと思います(笑)

境内の桜は、確かに多いと思います。今でもなぜこんなにたくさん植えたんだろうと思う事があります。

お分かりだと思いますが、多いと言う事は、それだけ世話をするのが大変だという事です。剪定や消毒など、やる事はいっぱい。

植える時は、世話する大変さを全く考えず、ただ「咲いたら綺麗だろうな~」という軽い気持ちで植えたんですが、今になって、「もう少し本数を減らしておけばよかった」と、ちょっぴり悔やんだりしています。

でも、春になって桜が満開になると、そんな後悔や苦労は吹っ飛んでしまいます。

人生も同じですね。どんなに後悔する事があっても、どんなに苦しい事があっても、それに勝る喜びを得たら、後悔も苦しみも、みんな吹っ飛んで行ってしまいます。大いに喜び、大いに笑い、生きる希望と勇気を持った者が勝ちです。

明子さん、大いに喜び、大いに笑ってお過ごし下さい(^^)

全身麻痺という想像を絶する境遇に耐えてこられたのも、持って生まれた明子さんの強さと明るい性格の賜物かも知れませんが、だからと言って、日々の生活が明子さんにとって困難である事に変わりはありません。

そして、日々の生活がどんなに苦しくても、自分の力で乗り越えていかなければならないのです。

生涯、この後遺症を背負って生きていかなければならない以上、後遺症をどのように受け止め、後遺症とどのように向き合っていくか、その心の持ち方が、明子さんにとって何より重要になってきますが、やはり医療事故の真相と、自己に与えられた使命をどこまで深く悟れるかが、大きな鍵になるのではないかと思います。

平成25年9月15日

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ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ(1)

坂中さん親子の生きるための闘い

坂中明子さん。

皆さんは、このお方をご存じでしょうか? そう言う私自身は、残念ながら、つい最近までまったく存じ上げませんでした。

私が坂中さんの事を知ったのは、Facebookで紹介されていた『日本一心を揺るがす新聞の社説』(ごま書房新社)という、「みやざき中央新聞」の社説をまとめた本を通してですが、坂中さんは、20歳の時、予期せぬ医療事故によって、全身麻痺という重い後遺症に見舞われました。

『ひとさし指から奏でる♪しあわせ』(新水社)には、明子さんと、母親の浩子さんが、全身麻痺という想像を絶する困難な現実と真正面から向き合って来られた壮絶な日々が赤裸々に綴られています。

明子さんは、3歳の頃からピアノを習い始め、地元の宮崎女子高の音楽科から、宮崎女子短大の音楽科に進学し、浩子さんが主宰するピアノ教室で子供たちの指導をしながら、ピアニストを目指していました。

ところが、短大を卒業し今まさに夢の実現に向けて船出しようとしていた矢先の1995年(平成7年)9月5日の夕方、微熱があるというので、掛かりつけの医院に点滴を打ちに行ったところ、その最中に突然呼吸困難となり、心肺停止状態に陥るという思いもよらぬ医療事故に見舞われたのです。

明子さんには、元々喘息の持病があり、高校2年の時、飲んだ錠剤が原因で呼吸困難に陥った事があったため、掛かりつけの医師から「その錠剤だけは絶対に飲ませないように」と固く釘をさされ、家にもその錠剤だけは置かないようにしていたのですが、その医師自身が、不注意から、使ってはいけない錠剤を処方するという初歩的な医療ミスをおかしてしまったのです。

その前日にも喘息の発作が起きて点滴を受けていたので、常識的には起こりようのない医療事故ですが、その起こりえない事故が起こってしまったのです。

結局、明子さんは、一命を取り留めたものの、20歳にして、全身麻痺という重い後遺症を背負わなければならなくなり、この瞬間から、人生のどん底に突き落とされた坂中さん親子の壮絶な闘いの日々が始まったのです。

思いを伝えられない悔しさに涙する日々

心肺停止状態によって、すべての臓器がやられ、脳もかなりダメージを受けていると考えられていたため、入院した病院の医師をはじめ、関係者の誰もが、明子さんに何を話しても理解できないだろうと考えていました。

しかし、明子さんは、全身麻痺によって、自分の意志を伝える手段を失ったため、 相手に自分の気持ちを伝えられなかっただけで、何もかもすべて分かっていました。

私は思ったことがスムーズに伝えられない。
緊張していると言葉が出ないのだ。
 話しかけられても「ウン」とも「スン」とも言わないでいると、相手から「こちらの言ってること、わかるの?」、なんて言われたりする。
そんなとき、「わかってるよぉーーーーだ!」と大声でわめきたくなる。

自分の思いを伝えられないもどかしさ、哀しさ、悔しさに、明子さんがどれほど涙されたかは想像に余りあります。

また若干20歳で、全身麻痺という絶望的な境遇に突き落とされた明子さんが、生きる希望を失くし、死を考えるようになったとしても不思議ではありません。

母親の浩子さんは、

その頃よく、明子は私にこう言うのだった。
「お、か、あ、さ、ん、こ、ろ、し、て!」
「いっ、しょ、に、し、の、お!」
明子や私にとって、この過酷な現実を認めることは、あまりにもつらかった。私も『死』について、真剣に考えることがよくあった。

と書いておられますが、全身麻痺という後遺症を、生涯背負っていかなければならないという過酷な現実を前にすれば、いくら頑張ろうと懸命に自らを鼓舞しても、やはりやり場のない憤りと悔しさと悲しさの余り、挫けそうになるのも無理はありません。

お母さんが私のお母さんでよかった

それだけに、坂中さん親子の胸中は察するに余りありますが、明子さんを支え、その心を救ったのは、やはり浩子さんの深い愛情でした。

チューブにつながれた明子さんは、水をガーゼに含ませて飲ませても、むせて飲むことが出来ませんでした。

もし口から水を飲めなければ、鼻から管を通して栄養を送り込むしか方法はありませんが、それをすると、次第に体力も弱り、寝たきりになってしまう恐れがあります。

出来れば、自分の意思で水を飲んだり食物を食べたりした方がいいのですが、主治医は、「鼻腔栄養にしないと、また元の状態(心停止)になります。明子さんには何を言ってもわかりません」と言って、口から食物を入れる事を最初から諦めているような口調でした。

しかし、母親の浩子さんは、決して諦めず、何とか口から美味しいものを食べさせたいと、一人黙々と明子さんに水を飲ませる練習を続けられたのです。

そこには、親子だから必ず通じ合えるという浩子さんの強い信念がありました。

私たちは親子だ。わかり合えないこともあるが、わかり合えることもいっぱいある、と私は強く信じている。だから、私の気持ちは明子には通じるはずだ。なのに知識だけの世界で生きている人には、目の前の現実だけがすべてなのか。人間にとって心の占める割合がどんなに大きいか、この知識人は知らないのだろうか。
明子の心に刺激を与えることにしよう。
このまま医者の言うことだけを聞いていては、何一つかわらない。
明子には音楽がある。少なくとも明子にはこの二十一年間、魂で聴き続けた音楽があるのだ。私の気持ちが伝わらないはずがない。

浩子さんは、カーゼに水を含ませて飲ませても、むせて飲めないのは、看護師が明子さんに、水を飲むという事を意識させていないからだと見ぬき、その意識を持たせる努力を続けられたのです。

浩子さんのこの深い愛情と、必ず通じ合えるという強い信念がついに実を結び、明子さんは、やがて水を飲むという意識を取り戻し、水を飲むようになったのです。

そればかりか、おもゆや裏ごしした梅干し、具なしの茶碗蒸し、差し入れのシチューまで食べられるようになり、浩子さんの一念は、不可能を可能にしたのです。

そのお母さんの深い愛情が、明子さんの心に響かない筈がありません。

母娘2人で八ヶ岳のペンションに泊まった夜、余り声が出せない明子さんが、改まった口調で、浩子さんに「お、か、あ、さ、ん、が、わ、た、し、の、お、か、あ、さ、ん、で、よ、かっ、た。か、ん、しゃ、し、て、い、ま、す」とおっしゃったそうですが、この片言の言葉は、明子さんのお母さんに対する精一杯の感謝の叫びだったに違いありません。

大きな転機の訪れ

医療ミスから三ヵ月が経過した1995年12月15日、浩子さんが主宰するピアノ教室の発表会が開催され、車椅子に座った明子さんは、多くの教え子たちから暖かく迎えられ、再開の涙が会場全体を埋め尽くしました。

しかし、明子さんを取り巻く現実は厳しく、坂中さん親子の前に立ちはだかる困難な日々は、まだ始まったばかりでした。

その後、坂中さん親子は、全身麻痺という過酷な状況を少しでも好転させようと、幾つもの病院への入退院を繰り返しながら、懸命にリハビリに励んでいましたが、明子さんに大きな転機が訪れたのは、医療ミスから5年後の2000年でした。

或る日、何気なく見ていたテレビで、埼玉県所沢市の「国立身体障害者リハビリテーションセンター」が紹介されているのを見た浩子さんは、ここに明子さんを入院させたいと強く決意されるのです。

藁にもすがる思いで、このセンターに一縷の望みを託されたのですが、このセンターは、回復可能な障害を負った人が入院するのが原則で、明子さんのような回復の極めて難しい後遺症を負った人は入院出来ない決まりになっていました。

しかし、様々な伝手を頼りに、2000年8月21日、例外的に入院を認められた明子さんは、ここで人生を左右する二つの大きな出来事に遭遇します。

一つ目は、「国立身体障害者リハビリテーションセンター」の医師たちが、全身麻痺の明子さんの体の中で、たった1か所だけ動く箇所を発見したのです。

それは、明子さんの左手のひとさし指でしたが、もし、このセンターに入院していなければ、恐らく誰も明子さんのひとさし指が動くことに気付かなかったでしょう。

この発見によって左手のひとさし指のリハビリが始まり、やがて涙ぐましい努力の結果、パソコンを使って自分の意志を伝えられるようになったのです。

二つ目は、同センターで同室だった女性の息子さんと知り合い、ひとさし指でメール交換を始めた事で、これも、明子さんにとって大きな転機となりました。

このメール交換が、やがてみやざき中央新聞の編集者の耳に入り、明子さんは、同新聞にエッセイを寄稿することになったのです。

明子さんのエッセイは1年半も続き、多くの読者に感銘を与えましたが、このエッセイが、やがて『ひとさし指から奏でるしあわせ』となって、更に多くの読者の下へ届けられる事になったのです。

私が、明子さんの事を知ったのも、この本との出会いがきっかけですから、まさに左手のひとさし指が人生を切り開いてくれたと言っても、過言ではないでしょう。

自立に向けて

左手のひとさし指が動くとは言っても、全身麻痺の明子さんにとって、一人暮らしの困難さは、私には想像も及びません。

しかし、明子さんは、みやざき中央新聞にエッセイを掲載しておられた重度障害者の山之内俊夫さんが、自立に向けて一人暮らしをしておられる事に勇気づけられ、自分も一人暮らしをしてみたいと決心されるのです。

2003年4月から、NPO法人障害者自立支援センター「YAH!DOみやざき」の支援を受けながら、自立に向けて一人暮らしを始められましたが、その暮らしぶりが何もかも順調だった訳ではありません。

浩子さんが、

あれほどリハビリをし続けても、予想もしなかった四肢硬直化が進んでいく。手足があるとはいえ、自分の意思とは無関係に動いてしまう。それを抱えながらも必死に生活している明子。

と書いておられるように、その前途を妨げるかのように、過酷な試練が次々と明子さんの前に立ちはだかってきたのです。

生きていくという事は、日々何かを一つ一つ失っていく事の繰り返しであり、私でさえ、齢を重ねるに従って、今まで出来ていた事が出来なくなる現実を前にして、暗澹たる気持ちになる事がありますが、たとえそうであっても、私には、まだ自由に動く手足があり、行きたいと思えば、自分一人で、いつでも好きな所へ行けるのです。

その事を考えると、自分で出来る事がほとんどない重い後遺症を負っている明子さんが生きていく日々の過酷さは、私達の比ではないでしょう。

ありがとう~真のしあわせとは

二十歳という若さで、思いもよらぬ医療事故によって全身麻痺という重い後遺症を背負わざるをえなくなった坂中明子さん。

この過酷な現実を前にして、絶望、怒り、悔しさ、哀しさ、もどかしさ等々、明子さんの胸中を去来した様々な思いは、とても言葉にはならないでしょう。

浩子さんが

明子はいつもニコニコしていた。まるで天使のように……。夫の前でも泣き顔は見せなかった。しかし、私と二人でいると、折にふれては泣いた。
泣いては小さな声で「ファイト」と言った。
何度も何度も「ファイト! ファイト!」と言った。
その声はだんだん大きくなり、最後には大きな声で狂ったように「ふぁーいーと!!」と言って泣き崩れるのだった。

と書いておられるように、明子さんは、挫けそうになる気持ちと、頑張らなければいけないという気持ちとの狭間で揺れ動き、その都度、何度も勇気を奮い立たせては、自らを鼓舞し、幾多の試練を克服してこられたに違いありません。

そして、全身麻痺の中でたった一つだけ動かすことのできるひとさし指を使いながら笑顔を絶やさず懸命に生きておられるその姿は、いまも多くの人々に深い感銘を与え続けているのです。

本を通して坂中明子さんの事を知り、少しでも心の励みになればと思い、応援歌のつもりで作ったのが、『ありがとう~ひとさし指から奏でるしあわせ』ですが、明子さんを見ていて改めて考えさせられたのは、人間にとって幸せとは何かという事です。

世間の人々がよく口にするのは、幸せになる為には、あれも必要、これも必要、あれが無いから幸せになれない、これが無いから自分は不幸せだと言うように、幸せになるためには、欠けているもの、足りないものを手に入れなければいけないと言う発想です。

しかし、全身麻痺の明子さんが動かせるのは、左手のひとさし指たった一本であり、そのたった一本のひとさし指でさえ、自由自在には動いてくれないのです。

では、いまの明子さんは、重い後遺症を負っているから不幸なのかと言えば、決してそうではないと思います。

勿論、医療事故によって、全身麻痺になった時は、不幸のどん底に突き落とされた心境だったに違いありませんし、全身麻痺の状況は今もまったく変わっていません。それどころか、むしろ悪化しているのではないでしょうか。

にも拘らず明子さんは、決して不幸のどん底にはおられないと思います。

全身麻痺の体を不幸と思えば、不幸であり、不幸でないと思えば、不幸ではないのです。幸不幸を決めるのは、結局自分しかいないのですから…。

体の障害と心の障害

先天性四肢切断(生まれつき両腕と両脚がない)という障害を背負って生まれた乙武洋匡(おとたけひろただ)氏は、その著書『五体不満足』の中で、「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」とおっしゃっておられますが、まさに名言ではないでしょうか。

「障害は不便ですが、決して不幸ではありません」と、言い切れるのは、乙武氏が、心の障害者になっていないからだと思います。

「大阪堀江の六人斬り事件」によって両腕を失くされた大石順教尼は、多くの障害者にこう言っています。

身体の不自由、これはね、そういう因縁なのだから仕方がないが、私達は心の障害者になってはいけないのだよ。

心の障害者、そんな障害があるのですか?

あんたね、片足が悪いだけでよく転ぶでしょう。どうしてか分りますか。

わかりませんが、悲しいです。

転ばなくても歩ける方法を教えてあげよう。それはね、悪い足をかくさないことだよ。心の障害というのはそれをいうのだよ。忘れなさいという事は無理かもしれないが、片足が悪いくらいのことに心をうばわれてはいけないのだよ。

どうしたら、その心の障害を取り除く事が出来るのですか?

自分のことは自分で出来るようにする、それだけの小さな生き方でなしに、世の中のために感謝と奉仕の心をもって、心の働きを生かすのだよ。たとえ、何にも出来ずにベッドにふせっていても、微笑みひとつでも、やさしい言葉ひとつでも、周囲の人々に捧げる事が出来たら、その人は社会の一隅を明るくすることが出来るのだよ。
私はね、障害というのは、身体の自由、不自由とは別ではないかと思う事さえあるのだよ。
たとえ健全な肢体に恵まれていても、それを人のために生かす心を持たず、五欲のほしいままに、お互いが傷つけあうことしか知らないとしたら、大変な心の障害者ではないかと思うのだよ。
此の頃、私は、両手を無くしたこと、何も知らない無学なものであったこと、そして、お金にたよらずに貧乏してきた事が、本当に私の眼に見えない大きな財産なのではないかと、しみじみとその幸せを味わっているのだよ。

先生、もう少しわかりやすく教えて下さい。

そうね、生きてゆくための、幸福になるための、条件とか資格とかいうものは、何一つないのだ、とでも言ったら分るかい。禍も福もほんとうは一つなのだよ。

また2歳の時に、足のしもやけがもとで突発性脱疽(とっぱつせいだっそ)という病気に侵され、両手両足を失くされた中村久子さんも、同じような事をおっしゃっておられます。

私自身に最も深く思わせられたことは、障害をむしばむものは障害ではなく、自らの精神によるものであるということです。

こんな手や足で電車や自動車の通るこんなこわい所が歩かれるだろうか、などと不安の念がちょっとでも頭に浮かんだらもうおしまいです。足も体もすくんでしまって、一歩たりとも前進はできません。障害が難物というよりは、心の障害が一番の難物なのであります。

人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだと言うことです。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ。

勿論、思い方は人それぞれですから、両手両足を失くした事を、不幸と考える人も、世の中にはいるでしょう。

明子さんのように、医療事故によって全身麻痺の後遺症を負った事も、見る人によっては、確かに不幸に見えるかも知れません。

しかし、全身麻痺の後遺症を負ったからこそ得られたもの、後遺症を負わなければ絶対に見えなかったものもあるのではないでしょうか。

明子さんは、全身麻痺によって、すべてを失った訳ではありません。失ったものもある代わりに、明子さんが新たに得たもの、見出したものも、決して少なくないのです。

この10年余に失ったものは大きかった。しかし、与えられたものも、また大きかった。人の優しさや人の心の深さ。そういったものを持ちあわせる人たちが現実に存在するという驚き! 家族の絆というもの……。
健康であれば、お互いにお互いの大切さや幸せに気づくこともなく通り過ぎてしまっただろう。

と、浩子さんも書いておられるように、今まで気づかなかったこと、見えなかったものが見えるようになった喜びは、困難や挫折や絶望に直面して、大切な何かを失った経験のある人でなければ、実感できないでしょう。

失って初めて得られたもの、見えてきたものこそ、全身麻痺という後遺症が明子さんに与えてくれた本当の幸せであり、後遺症を負っていなければ、得る事も見る事もできなかった、輝ける人間の在るべき姿なのではないでしょうか。

中村久子さんの次の言葉が、その事を雄弁に物語っています。

良き師、良き友に導かれ、かけがえのない人生を送らせて頂きました。今思えば、私にとって一番の良き師、良き友は、両手両足のないこの体でした。

イツモココニイルヨ

全身麻痺の中で、唯一動かせる左手のひとさし指。何故、左手のひとさし指だけが動かせるのか。

勿論、これはただの偶然でしょう。しかし、その偶然にも、意味があるとすれば…。

確かに、パソコンで文字を打ち込んだり、メールをしたりする事が出来るように左手のひとさし指だけが使えるよう、神様が残して下さったのかも知れませんが、私には、もっと深い意味があるような気がします。

ひとさし指と聞いて、先ず私の脳裏に浮かんだのは、スティーブン・スピルバーグ監督が制作して大ヒットした1982年公開のユニヴァーサル映画「E.T.」です。

遥か宇宙の彼方から地球探査にやってきた地球外知的生物「E.T.」。ところが、その中の一人が宇宙船に乗り遅れて地球に取り残されてしまいます。

ある夜、10才のエリオット少年は、奇妙な姿をしたE.T.と遭遇しますが、いくら家族にE.T.を見たと言っても誰も信じてくれません。

ETとエリオット少年はテレパシーで心を通わすことができますが、NASAの科学者がE.T.を見つけ出し、ETとエリオットは科学者達によって隔離されてしまい、エリオットは助かったものの、ETは治療の甲斐無く死んでしまいます。

エリオットが、「酷い目に合わせてごめんね。君が死んで僕はもう何も感じられない。君はどこへ行っちゃうの?君の事は一生忘れないよ。ET、君が好きだ」と、別れを告げて出て行こうとすると、ETの胸元が赤く光り、枯れていた花が元気を取り戻します。

それを見たエリオットが急いで、亡くなった「E.T.」が入っているカプセルの扉を開くと、そこに生き返ったETがいたのです。

「ET、デンワシタ。ウチニデンワ」
「迎えが来るの?!」
「ソウ、オウチニデンワ」
「静かにして!」

エリオットは、兄に車を運転してもらい、ETを公園まで連れて行き、そこから自転車で仲間と一緒にETを森へ連れて行きます。

途中、捕まりそうになっても、ETの不思議な力で自転車は大空へ舞い上がり無事に森へたどり着くと、そこにはETを迎えにきた宇宙船が待っていました。

二人は、左手のひとさし指で胸を撫でながら「イタイ」と言って、泣きながら抱き合い、別れを惜しみます。

そして、最後にETが、光る左手のひとさし指をエリオットの額に当てながら、「イツモココニイルヨ」と言って別れを告げ、綺麗に咲いたエリオットの花を持って宇宙船に乗り込み、空の彼方へと去っていくのです。

この「E.T.」が公開されたのは、明子さんが医療事故に遇う13年も前の1982年ですが、最後の別れのシーンは、とても感動的で、何度見ても目頭が熱くなります。

自分とは全く違う世界から来たETが、一人だけ地球に取り残されて困っている姿を見て、素直に家に帰してあげたいと思う、何の計算も打算もないエリオット少年の優しさ(愛)と、優しさに裏付けられた勇気と強さ、そしてエリオット少年をあたたかく包むETの優しさが、見る者の胸に迫ってくるからでしょう。

ETは最後に、少年の額に、光る左手のひとさし指を当て、「イツモココニイルヨ」と言って別れを告げるのですが、体の中で、唯一動かせる左手のひとさし指を使って、懸命に生きている明子さんの姿が、多くの人々に感銘を与えている事を知った時、私の脳裏に浮かんだのは、このシーンでした。

ETが「イツモココニイルヨ」と言ったのは、エリオット少年の額の奥、つまり記憶や思い出のことを指しているのでしょうが、私は、記憶や思い出の事ではなく、光るひとさし指の先なのではないかと思ったのです。

この時、私の心の中では、様々な不思議な力を発揮したETのひとさし指と、多くの人々に感銘を与えている明子さんのひとさし指が、重なっていました。

ひとさし指から生まれる幸せの輪

このひとさし指は、仏教では、真理に譬えられる「月」を指し示す指とされている、とても大切な指です。

またお釈迦様が生まれてまもなく七歩歩まれ、「天上天下唯我独尊」とおっしゃった時に、天と地を指し示された指でもあります。

つまり、明子さんの体の中で唯一動く左手のひとさし指は、仏教では、真理を指し示す指であると同時に、自分の足元(自分の使命)を見つめなさいと教えてくれる指でもあるのです。

その指だけが動かせるという事は、明子さんにとって、とても深い意味が込められているような気がします。

涅槃経の中に「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉があります。

これは、すべての人に仏性という永遠のいのちが具わっているという意味ですが、勿論、全身麻痺の明子さんにも、この仏性(仏のいのち)が具わっています。

でも、この仏性には、姿かたちがありません。

どういう事かと言いますと、肉体を生きる明子さんは、いま全身麻痺という重い後遺症を負っておられますが、姿かたちのない仏性を生きる明子さんには、全身麻痺という後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もないという事です。

大切なのは、どちらの明子さんが、本当の明子さんかという事ですが、勿論、仏性を生きる明子さんが、本当の明子さんであって、全身麻痺の明子さんは、仏性を生きる明子さんが宿っている仮の器に過ぎません。

いまその肉体が、全身麻痺という後遺症を負っていますが、後遺症を負っているのは、あくまで肉体という器だけであって、仏性を生きる明子さんそのものには、何の後遺症もありません。

その明子さんは、姿かたちがなく、肉眼で見る事は出来ませんから、この世に生まれてきた使命を果たしておられても、私達には分りませんし、見えません。

そこで、み仏は、肉眼には見えない、仏性を生きる明子さんの姿を、誰の眼にも見えるよう、一つの手立てを用意して下さったのです。

それが、全身麻痺の体の中で、唯一動かせる左手のひとさし指です。

このひとさし指は、私達にとって、日常生活の中で、意識する事もなく当たり前に使っているただのひとさし指であり、肉体の一部に過ぎません。

しかし、明子さんにとっては、全身麻痺の中で唯一残った肉体の一部ではなく、後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もない、仏性を生きる明子さんが、この世へ生まれてきた使命を果たす為にみ仏が選ばれた、明子さんの魂(仏性)を映す聖なる鏡なのです。

明子さんは、いま左手のひとさし指一本を使い、多くの人々に、感銘と生きる希望と勇気を与えておられますが、これこそ、左手のひとさし指が、仏性を生きる明子さんの真実の姿を映し出す鏡である何よりの証ではないでしょうか。

肉眼には見えませんが、明子さんのひとさし指は、きっとETのひとさし指のように光り輝き、多くの人々に幸せの輪を広げているに違いありません。

平成25年6月8日

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自殺大国日本の現状

今わが国では、毎年3万人以上もの方が、自らその命を絶っています。これは、一日80人余り、18分に1人の割合で自殺している事になり、このような状況が11年間も続いているのです。

これは、交通事故死者数の5倍~6倍に相当する数で、平和な日本で、毎年これだけの人々が、11年間連続して、何らかの原因で自らの命を断っているという状況は、甚だ憂慮すべき事態と言わなければなりません。

自殺者が3万人を越えたのは11年前の1998(平成10)年で、前年の秋から立て続けに起きた三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券の大型金融破綻事件によって大量の失業者が発生し、2万3千人台だった前年の自殺者が、この年一気に3万1千人台へと急増し、それ以来、11年間連続して、3万人台で推移しているのです。

死因を年代別に見てみますと、20代、30代の若者の死因のトップを自殺が占め、また10代、40代では死因の2番目に、50代では3番目に自殺が入っている事を見ても、その深刻さが分かります。

60代以降になりますと、自殺は死因のベスト3から消えますが、これは、定年を迎えて様々な精神的ストレスから解放され、心にゆとりが持てるようになるからではないかと推測されますが、いずれにしましても、わが国の将来を担っていかなければならない20代、30代の若者の死因のトップが自殺という現状は、由々しき問題と言わなければなりません。

本川氏の「社会実情データ図録」によれば、人口10万人当りの死亡者数で、わが国は欧米先進国の中で第1位を占め、更に世界101ヶ国の中でも、リトアニア、ベラルーシ、ロシア、ハンガリーなどに次ぐ世界第8位の自殺率の高さとなっており、国内の政情不安による混乱が続く体制移行国や途上国ならいざ知らず、先進国の中でも特に高い自殺率は、まさに「自殺大国」と言ってもよい状況と言えましょう。

自殺は、自殺した本人も然ることながら、周囲の家族や知人など多くの人々の心に大きな傷跡を残し、それが引いては、第二、第三の自殺へとつながっていく危険性も指摘されています。自殺者は、年間3万人を越えていますが、家族などを含めその4~5倍の人々にさまざまな影響を及ぼす事を考えますと、自殺がもたらす不幸な状況は甚大と言わなければなりません。

また、自殺未遂者は自殺者の10倍余りに達するばかりか、様々な悩みやストレスを抱えて抑うつ状態にある人々を含めますと、自殺予備軍と呼ばれる人々は天文学的数字となり、先進国中第1位を占める自殺大国の日本の姿が垣間見えてくるような気がいたします。

それだけに、自殺防止は、国や自治体など公的機関に頼るだけでは限界があり、国民一人一人が自らの問題として取り組まなければならない緊急課題と言っても過言ではなく、一人でも多くの人々に、自殺防止への関心を持って頂きたいと願わずにはいられません。

自殺者の精神状態

一口に自殺と言いましても、様々な原因が複雑に絡み合っているため、原因を特定するのは容易ではなく、原因が特定出来るケースは、自殺者全体の7割、2万1千人余りに過ぎません。

特定出来る原因の中で最も多いのが、病気などによる健康問題で、全体の約6割を占めています。

次に、借金や失業などの経済生活問題、家族間の不和や暴力などの家庭問題、会社の人間関係や仕事から来るストレスなどの勤務問題と続いていますが、様々な要因が複雑に絡み合っているため、全てのケースに適応する解決方法を見つける事は、至難の業と言ってもいいでしょう。

しかし、要因は様々でも、自殺する人々の精神状態が正常でない事だけは確かで、自殺した人の全てとは言いませんが、その大多数が、「病的精神状態」にあった事は間違いないと思います。

ここに言う「病的精神状態」とは、精神病やうつ病のような、精神に疾患をかかえた病気のことを指すのではなく、あくまで正常な判断が出来ない精神状態にあるという意味ですが、病的状態にあるとはどういう事か、もう少し具体的にお話したいと思います。

会社の倒産によって人生のどん底に突き落とされ、それを契機として信仰の道に入られたお方がおられますが、一時は前途を悲観して自殺しようと思われた事があります。

後日、「自殺しようと思われた時は、どのような精神状態でしたか」とお尋ねしたところ、「何の思いも湧いてこない、ポカンとした空虚な状態でした」と仰ったのですが、この答えは、私にとって思いもよらぬものでした。何故なら、私はそれまで、自殺する人はみな、自殺しようという確かな意思と覚悟を持って自殺すると考えていたからです。

次に「ではどうして自殺を思い止まられたのですか」とお聞きしたら、「後に残していく家族の事が頭を過ぎり、どうしても自殺出来ませんでした」と仰いました。

これらの答えから分る事が、二つあります。

一つ目は、自殺する人は、自殺しようという明確な意思と覚悟の下に自殺するのではなく、何も考えられない空虚な状態に陥った時に、初めて自殺への第一歩を踏み出すのではないかという事です。

私達はつい、「自殺する人は、自ら自殺しようと決意して自殺するのだから、自殺を止めようとしても無駄だ」と考えがちですが、これは大きな誤解で、自殺した人は、自殺しようという意思さえない状態、つまり「蝉の抜け殻状態」に陥っていたのではないかと思うのです。

二つ目は、残された家族の事を思いやるなど、自殺を思い止まる理由があれば、自殺を止められる可能性があるという事です。それは裏を返せば、自殺する人は、決して自殺したいと心底から願って自殺するのではないという事です。

よく「自殺した人は、好きで自殺したのだから、止めさせるのは無理だ」と言われますが、好きで自殺したのでも、死にたくて自殺したのでもなく、きっと私達と同じように、もっと生き続けて、天命をまっとうしたかったに違いありません。

でも最後は、生き続けようという明確な意思も、死にたいという明確な覚悟もないうつろな「病的精神状態」の中で、自ら命の灯を吹き消してしまったのではないでしょうか。

自殺と自殺死(自然死)の違い

このように、生きようという意思だけでなく、自殺しようという意思や覚悟さえもない、まさに空虚な精神状態の事を、ここで「病的精神状態」と名付けている訳ですが、「何も考えられないうつろな蝉の抜け殻状態」と言いますと、心の中に何もない空っぽの状態を連想されるのではないかと思います。

しかし、ここでいう「病的精神状態」とは、その反対に、心の中に何も入らない、何も考えられない飽和状態にある事を意味します。

心に何もない空っぽの状態なら、まだ幾らでも様々な思いを廻らせる余地があり、自殺を思い止まる事も可能でしょうが、心が飽和状態に陥ってしまいますと、もうそれ以上何も考えられなくなり、まるでコップに溜った水が自然に外へあふれ出てくるように、本人も明確な意思のないまま、何者かに誘われるように、自殺の道へ走ってしまうのではないかと思うのです。

自殺しようという明確な意思がある内は、まだ「病的な精神状態」ではなく、自殺を思い止まる正常な判断が出来る段階にあり、自殺を思い止まって、引き返す事も可能なのです。

ここで私達は、自殺という言葉の意味を、もう一度確認しておかなければなりません。

恐らく世間の大部分の方は、自殺を、自らの意思で死ぬ事だと解釈しておられるのではないかと思います。

 しかし、今もお話したように、自殺者の大半は、自殺しようという自らの明確な意思の下に死を選んでいるのではなく、恐らく、生きようという意思も、自殺しようと言う明確な意思もない空虚な精神状態、つまり「病的な精神状態」に陥った末に死を選んでいるのではないかと思われるのです。

このような精神状態の下で死を選んだ方々の死に、自らの意思で死を選ぶという意味に解釈されている自殺という言葉を当てはめる事は、かえって問題を複雑にするのではないでしょうか。

自殺したと思われている方々の死の瞬間は、すでに自分の意思では食い止められない状態に陥った末の死であるという意味で、むしろ老衰などの自然死に近いのではないかと思います。

勿論、心身の生命力が衰退して死に至るまでの過程は、老衰死とは全く異なりますが、自殺死そのものは、様々な要因で心身が何も受け入れられなくなり、自らの意思では食い止められない状態に陥った末の死である点で、自然死に近いと考えた方が、より実態に即しているのではないでしょうか。

つまり、自殺とは、死にたいという意思や願望ではあっても、自殺死そのものではなく、自殺死の実態は、自らの意思を超えた死、或いは自らの意思ではどうにもならない死という意味で、自然死に近いと考えた方がいいのではないかと思うのです。

「自殺」という文字から受けるイメージは、まさに「自らの意思で死ぬ」「自らを殺す」という意味ですが、私は「自ずから然らしめられる死」という意味に解釈したいのです。死にたいという意思の段階に過ぎない「自殺」と、その後にやってくる自然死に近い「自殺死」を区別する事は、自殺を防止する上で何が大切かを、より明確にすると思います。

つまり、自殺しようという明確な意思のある内は、まだ自殺を防止できる可能性が十分に残されているのに対し、生きようという意志も、自殺しようという意志もない「病的な精神状態」に陥ってからでは、自殺死を食い止める事はかなり難しいという事です。

ですから、自殺を防止するには、まだ自殺しようという明確な意思のある内が勝負で、この時点でどこまでその人の心に鬱積(うっせき)した様々な悩みや思いを吐き出させてあげられるかにかかっていると言ってもいいでしょう。

心の足かせを解き放つために

ですから、例えば、他人の話に耳を傾けたり、誰かに相談をしたり、悩みを打ち明けたりするのは、たとえ心の片隅で自殺しようと考えていたとしても、また自殺したいという言葉を口に出していたとしても、まだ正常な判断が出来る状態にある証拠であり、この段階で、家族なり知人なり、周囲の人々が、救いを求める声をキャッチして、必要な対応を取る事が、自殺防止の上で非常に重要になってきます。

自殺すると言っている人に自殺した人がいないのは、まだ心が飽和状態に陥っていないため正常な判断が出来るからです。本当に自殺死を選ぶ時、人は、もはや一言も語らず、ただ死に赴くだけです。

勿論、自殺すると言っている内は大丈夫だと安心してそのまま放置すれば、やがて何も受け付けなくなり、自殺への一歩を踏み出す恐れがある事は言うまでもなく、心の飽和状態に陥る前の段階で、少しでも心の足かせを解放してあげられれば、自殺を防止する道は必ず開けると思います。

そしてその為には、周囲の人々が、日常生活の中での些細な変化にも目を配り、聞き手、受け手に徹し、たとえどんなに小さな事でも、その人の思いをすべて外に吐き出させてあげる事が必要なのではないでしょうか。

実は、かく言う私も、学生時代、一時ノイローゼに陥り、一年間休学した事があります。あのまま情緒不安定な状態が続けば、或いは自殺への一歩を踏み出していたかも知れませんが、最初に私の異変に気付いたのは、やはり周囲にいる家族でした。

私が、おかしな事を言い始めたのを心配した家族が、聞き手となり、私の心の中に鬱積(うっせき)していた様々な思いを、すべて外に吐き出させてくれたお陰で、私は少しずつ本来の自分を取り戻していく事が出来たのです。

いま振り返ってみますと、些細なことで思い悩み、焦燥感を募らせ、精神的に自分を追い詰めていったように思いますが、当時の私には、決して些細な問題とは思えず、だからこそ、親身になって話を聞いてくれる家族や友人の存在が、私にとって何よりの救いとなったのです。

人間というものは、他人から見れば、何故そんな事で悩むのかと言いたくなるほど、些細な問題で悩んだりするものですが、たとえ他人が見て些細な問題であっても、本人には、決して些細な問題ではないからこそ、悩み苦しんでいるのですから、周囲の人々は、その人の悩み苦しみを、わが身の事として受け止め、苦しみを共有する事が大切ではないかと思います。

また私自身の体験から、心の中に滞っている様々な思いを親身になって聞いてくれる人々が周囲にいれば、必ず心を開いて本来の自分を取り戻せる筈であり、周囲の人々は、最後まであきらめないで、その人をあたたかく見守ってあげて頂きたいと思うのです。

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カンロくん

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はじめまして

皆さん、はじめまして。ぼくの名前は「カンロくん」と言います。

これから、高野山(たかのやま)法徳寺の一員として、法嗣様のご法話やご同行の皆さんの体験談をはじめ、様々な情報をお伝えしながら、皆さんのより良き人生のお手伝いをさせて頂きたいと思っていますので、よろしくお願いします。

ご覧の通り、ぼくの体は、升で出来ています。でも、ただの升じゃありません。ぼくの体は、汗露水(かんろすい)を入れる「汗露升」なんです。

汗露水とは、千年に一人出るかどうかと言われる生き仏となられた普門法舟大菩薩様が流しておられる代受苦(人々の罪や苦しみを代って受ける事)の御汗ですが、汗露升は、その汗露水を入れるための容器なのです。

ですから、もし菩薩様が生き仏となっておられなければ、ぼくもこの世には誕生していませんでした。

そう考えると、ぼくがこの世に生まれて来れた事は、とても幸せな事であり、またとても不思議な事だと思います。

ご両親やご先祖様がいなければ、皆さんが誕生していなかったように、ぼくも、菩薩様というお方がいなければ、こうして皆さんとお会いすることもなかったのだと考えると、生まれてくる事の不思議さ、皆さんとお会い出来る事の不思議さを痛感せずにはいられません。

勿論、ぼくは、ただ偶然に生まれてきたのではない事を知っています。皆さんに、生まれてきた目的があるように、ぼくにも、生まれてきた目的があります。

それは、皆さんが救われ、お幸せになるお手伝いをする事です。

ぼくにとって何よりの喜びは、色々な事で悩み、苦しんでいる皆さんが一刻も早く救われるよう、お手伝いが出来ることなのです。何故なら、そこにぼくが生まれてきた意味があり、ぼくがぼくとして一番輝ける時だからです。

ぼくの願い

いま多くの皆さんが自宅で、毎日ぼくにお水を注いで、ご仏壇や神棚や御札の前にお供えされ、心の中で一心に祈りながら御回廊廻りの行をしておられます。

御回廊廻りの行とは、菩薩様が御入定しておられる夢殿の御回廊を廻って頂く修行で、本来なら高野山法徳寺へお帰り頂かなければ出来ない修行です。

汗露水は、その修行が終わって初めてお授け頂ける聖水なのですが、それでは、法徳寺へお帰り頂いた時にしか、御回廊めぐりの行はして頂けない事になります。

そこで、多くの皆さんは、自宅でぼくにお水をそそいで仏壇等にお祀りされ、心に念じながら御回廊廻りをされた後、お祀りしたお水を汗露水として頂いておられるのです。

皆さんがどんな思いで、ぼくにお水を注いでおられるか、どんな願いを込めて御回廊廻りの行をしておられるか、ぼくはみんな知っています。

ですから、ぼくはいつも、そんな皆さんのお姿を見守りながら、「がんばって下さい。必ず救われますからね。願いは成就しますからね」と言って、お声かけをしているのです。多分、ぼくの声は聞こえていないと思いますが、ぼくの思いはきっと伝わっていると信じています。

これからもお声かけは続けていきますし、少しでもぼくにお水を注いで下さる皆さんの手助けをしていきたいと願っています。

でも、ぼくの本当の願いは、いつまでもお声かけを続ける事ではありません。ぼくの願いは、お声かけが皆さんにとって必要でなくなる日が一日も早く訪れること、悩み、苦しみ、傷つく人がいなくなり、ぼくが居なくてもいい世の中が一日も早く訪れることです。

それ以外に、ぼくの願いはありませんし、それは、ぼくをこの世へ送り出して下さったお大師様、菩薩様の願いでもあります。

一人で悩まないで

今日、御縁があって高野山法徳寺へお参りして下さった皆さんの中にも、悩みをかかえて苦しんでいる方、病に倒れて生きる希望を失っている方、心に深い傷を負っている方など、様々なお方がおられるだろうと思います。今はまだ悩み苦しみはないけれども、やがて様々な人生の苦難に直面しなければならないお方も、きっとおられる筈です。

でも、私達に与えられたこの命は、悩み、苦しみ、傷つき、絶望するために与えられた命ではありません。

誰もが、この世に生まれて来れた事の喜びを実感し、お互いがお互いを高め合うために与えられた命なのです。

いまはまだぼくの言う意味が分らないかも知れませんが、皆さんにも、ぼくと同じ輝ける命が与えられているのです。

そして、その命は、自らの意志で輝かさなければ、輝いてはくれません。命を輝かせられるのも、命の輝きを知らないまま一生を終えるのも、それを決めるのは、自分自身なのです。

苦しい事があったり、心が傷ついたり、どうしようもなくなったり、誰かに悩みを打ち明けたくなった時には、一人で悩まないで、いつでもぼくに遇いに来て下さい。きっと、救いの道がみつかる筈です。一緒に救いの道を見つけましょう。そのためにぼくは、この世へ生まれてきたのですから…。

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御本尊について

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弘法大師様と不ニ一体の生き仏様

世界にあまたの霊山ある中で、生き仏様を御本尊としてお祀りする霊山は、世界広しといえども、紀州高野山をおいて他にはありません。

高野山は、平安の昔より悩み苦しむ人々と共に生き続けておられる弘法大師様(お大師様)御入定の聖地であり、生き仏様の御霊光に満ちあふれる世界に二つとなき霊山と言えましょう。

そのお大師様より「入定せよ」との示現をいただかれ、平成二年四月十三日、御年七十一歳を以て御入定され、お大師様と不二一体の生き仏と成られたお方が、当山御本尊の普門法舟大菩薩様(ふもんほうしゅうだいぼさつさま)です。

高野山法徳寺は、弘法大師様(お大師様)と不二一体の生き仏と成られた普門法舟大菩薩様御入定の聖地であり、苦しむ人々の魂を救済する仏法の根本道場であります。

救世主を待望する時代状況

平安の世に彗星の如く現れ、仏法を根本として悩み苦しむ人々に救済の御手を差し伸べられたのが、お大師様です。

お大師様が出世された平安時代は、人心が乱れに乱れ、庶民は塗炭の苦しみをなめていましたが、残念ながら平成の世も、お大師様が出られた平安の時代状況と非常によく似ています。

家族関係は崩壊の一途をたどり、親子、夫婦、兄弟姉妹間での殺傷事件もめずらしくなく、親殺し、子殺しも当たり前という暗澹たる状況にあります。

また幼児虐待、児童誘拐殺害事件、通り魔による無差別殺傷事件など、常軌を逸した事件が相次ぎ、人心は乱れる一方です。

学校でのいじめ、会社での人間関係の悪化、避けられぬ健康問題など、私たちを取り巻く様々な要因に起因する自殺者の増加も社会問題となっています。

他方で天変地異が地球規模で頻発し、大地震や津波によって多くの尊い人命が失われ、地球温暖化の影響と考えられる異常気象によって、農作物をはじめ、様々な分野への悪影響が懸念されています。

更に無差別テロや内戦によって大量の難民が流出し、まるで地獄絵さながらの修羅場が世界中で繰り広げられています。

まさに今の世は、平安時代の地球的規模での再現ではないかとさえ感じられる様相を呈していますが、それは裏返せば、乱れた人心をただし、苦しむ人々に救済の御手を差し伸べられたお大師様のようなお方が出られても何ら不思議ではない状況にあるという事です。

夢殿の秘仏御本尊

法舟菩薩様は、お大師様と不二一体の生き仏として、今も悩み苦しむ人々と共に生き続けておられますが、御入定七年前の昭和五十八年五月二十四日未明、突然激しい頭痛に見舞われ、滝のような汗を流す日々が何日も続きました。

床に就くようになってから三十七日目の六月二十九日未明、菩薩様は、霊夢にて、全身からほとばしる灼熱の汗を流しながら、升の中に凛とたたずむお地蔵様を御感得され、升よりあふれた御汗が十方普く光り輝く光景をご覧になられました。

その光景は余りにも神々しく、言葉に尽くし難いものでしたが、不思議にも、その霊夢をご覧になってから菩薩様のお体は快方に向かい、原因の分からぬまま床に就かれてから数えて四十九日目の七月十一日未明、ようやく床を離れる事が出来ました。

この時、ご感得なさったお地蔵様が、菩薩様御廟所「夢殿」にお祀りしている秘仏の身代り升地蔵尊で、苦しむ人々を救済する為に代受苦(人に代わって苦しみを背負う難苦行)をしておられる法舟菩薩様ご自身のお姿に他なりません。

こうして高野山法徳寺では、普門法舟大菩薩様を、弘法大師様と不二一体の生き仏と仰ぎ、菩薩様の代受苦行の御姿である身代り升地蔵菩薩様を、菩薩様御廟所「夢殿」の秘仏御本尊様としてお祀りしているのであります。

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山号

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法徳寺の山号を「高野山」とせよ

菩薩様が御入定しておられる法徳寺に、生き仏様を御本尊としてお祀りする世界で唯一の霊山である紀州高野山と同じ山号が付けられているのは、「法徳寺の山号を高野山(たかのやま)とせよ」との、菩薩様の御遺命によるものであります。

御入定されるに当り、菩薩様が、法徳寺の山号を高野山(たかのやま)と御遺命されたそのみ心は、ただ神秘なお計らいによるものという他はありませんが、一つだけ確かなことがあります。

それは、「高野山(たかのやま)」の山号を付けられるお方がいるとすれば、紀州高野山に御入定しておられるお大師様以外にはおられないということです。

お大師様しか付けられない、「高野山(たかのやま)」の山号を、菩薩様が付けられたとすれば、理由は一つしかありません。

それは、菩薩様が、お大師様と不二一体の生き仏様であるという事であります。

汝たちを利益することを忘れず

菩薩様は『御遺告(ごいこく)』の中で、

「紀州高野山と共に弘法大師の仏慈仏徳を拝し奉り、報恩の誠を尽すべし。ゆめゆめ弘法大師の御名をはずかしむることなかれ。われ肉身亡きあとといえども、常に汝たちを利益(りやく)することを忘れず」

と御遺命され、お大師様と一体になって末代までも生き続け、悩み苦しむ人々に救済の利益を施すとの御誓願を立てられました。

お大師様は、
 虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば
   わが願いも尽きなん
との御誓願を立てられ、今も悩み苦しむ多くの人々に救済の利益を施していて下さいますが、菩薩様の御誓願もまた、お大師様と不二一体の生き仏となって、末代までも悩み苦しむ人々を救済していくとの御宣言に他なりません。

そして、その御誓願にたがわず、今も救済の御手を差しのべていて下さる証が、高野山法徳寺の開創に至るまでの数々のお計らいであり、汗露水の湧出をはじめとする開創以後のお計らいの数々であります。

まさに、菩薩様が御入定しておられる高野山(たかのやま)法徳寺は、お大師様御入定の聖地・紀州高野山と共に、救いを願う人々にとって、身も心も癒される慈悲のおやざとであり、宗教人種のへだてなく救われるこの世の曼荼羅浄土と申せましょう。
 曼荼羅の 世界をえがく高野山
   これぞこの世の 浄土なりけり

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年間行事

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ご縁日と法要のご案内

1月1日~3日 新年初法要
一年間の世界平和、国家安泰、衆生救済を祈願する新春初法要
1月21日 初大師法要と法話会
お大師様、菩薩様に報恩感謝の誠を捧げる一年最初の報恩法要
2月3日 節分法要
節分を境に干支が変り、万物が息吹く季節を迎えて、その年の無病息災・五穀豊穣を祈願する法要(寺内関係者のみ)
2月21日 月並報恩法要と法話会
節分後に迎える最初の報恩法要
3月21日 春季彼岸法要と法話会
お大師様が御入定なさった三月二十一日を偲んで、報恩感謝の誠を捧げる報恩法要
4月13日 法舟大菩薩御入定春季大法要と法話会
普門法舟大菩薩様が御入定なさった平成二年四月十三日を偲び、代苦者として今も苦しむ衆生を救済していて下さる菩薩様に、報恩感謝の誠を捧げる春の報恩大法要
5月21日 月並報恩法要と法話会
6月21日 月並報恩法要と法話会
7月21日 月並報恩法要と法話会
8月15日 盂蘭盆法要
8月21日 月並報恩法要と法話会
9月21日 秋季彼岸法要と法話会
10月20日 法舟大菩薩御誕生秋季大法要と法話会
菩薩様が御誕生された十月二十日を偲び、報恩感謝の誠を捧げる秋の報恩大法要
11月21日 月並報恩法要と法話会
12月13日 納め菩薩法要(汗露水報恩法要)
初めて汗露水を頂いた平成十七年十二月十三日を記念し、代受苦の御汗を流して御苦労していて下さる菩薩様に、報恩感謝の誠を捧げる報恩法要(寺内関係者のみ)
12月21日 納め大師法要と法話会
お大師様、菩薩様の御苦労を偲び、一年間の御加護に感謝する納め法要

ご縁日における法要時間のご案内

毎月の法要は、午前十時より始まります。法要の後、休憩をはさみ午前十一時より、御法嗣様の御法話がございます。
昼食(お弁当は各自で御持参下さい)の後、午後一時過ぎより、御法嗣様のキーボード演奏に合わせて、全員で聖歌(御法歌)を御奉納(歌唱)いたします。午後二時過ぎには、全日程が終了する予定です。
当山は宗教宗派を問いませんので、お気軽にお参りくださいませ。

お問合せ先

何かご不明な点がございましたら、下記までご遠慮なくお問合せ下さい。
寺  名  高野山法徳寺
住  所  山梨県北杜市須玉町若神子4495-309
メールを送る電話をかける
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ご祈祷について

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一般参拝日のご祈祷のご案内

ご縁日以外の一般参拝日におけるご祈祷は、午前8時30分より午後5時まで、随時執り行っております。

受付にて、申込用紙に、願い事や必要事項をご記入下さい。受付を済まされたお方から、随時、ご祈祷をさせて頂きます。

一般参拝日のご祈願料料は、5千円からとなっておりますので、受付の際にお支払い下さい。

一般参拝日のご祈祷の流れ

1、受付をする(随時)

2、ご祈祷を受ける。

3、お札をいただく。

4、夢殿にて、四国八十八ヵ所霊場のお砂踏みをする。

5、汗露臺にて、汗露水を頂く。

ご縁日のご祈祷の御案内

4月13日の春季大法要、10月20日の秋季大法要、毎月21日の弘法大師御縁日におけるご祈祷は、午前10時から始まる大法要の中で執り行います。

3月21日と9月21日のご縁日は、春季彼岸法要、秋季彼岸法要と重なりますので、午前9時半より、納骨堂「帰郷庵」にて納骨者の供養を執り行い、その後、本堂にて、御縁日法要を執り行います。

また8月15日の盂蘭盆法要は、午前9時30分から「帰郷庵」にて厳修し、その後、本堂にて執り行います。

いずれの場合も、法要の後、休憩をはさみ午前11時より、住職の法話がございます。

昼食(お弁当は各自で御持参下さい)をはさみ、午後1時過ぎより、参拝者全員で聖歌(御法歌)を斉唱(御奉納)いたします。

午後2時過ぎには、主な日程が終了する予定ですが、その後、住職を囲みならが、参拝者の体験談などを語り合う「御法座(みのりざ)」が催されます。ご参加は自由です。

ご縁日のご祈祷料は決まっておりませんので、皆様のお気持ちをお供え下さい。

当山は宗教宗派を問いませんので、どなたでもお気軽にお参りして下けます。

ご縁日のご祈祷の流れ

1、受付をする(午前10時まで。但し、春秋のお彼岸の時は午前9時30分まで)

2、春秋のお彼岸と盂蘭盆の時は、帰郷庵にて御供養を受ける(午前9時半より法要開始)

3、本堂にて、ご祈祷を受ける(午前10時より)

4、住職の法話を聞く(午前11時より)

5、客殿にて昼食(午後0時より)

6、聖歌(御法歌)を斉唱(御奉納)する(午後1時より)

7、夢殿にて、四国88ヵ所お砂踏み回廊めぐりをする

8、汗露臺にて、汗露水を頂く

ご祈祷は、御本尊様の御宝前にてお受け頂きますが、諸般の事情によりお参り出来ないお方の為に、郵送でのご祈祷、ご供養の受け付けも行っておりますので、お気軽にお問合せ下さい。

お問合せ

ご不明の点があれば、お気軽にお問い合わせ下さい。

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ご供養・ご葬儀・ご納骨について

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来る者は拒ます、去る者は追わず

菩薩様は常々、「信者を作ってはならないし、信者は要らない。法徳寺は、来る者は拒まず、去る者は追わずのお寺でなければいけない」とおっしゃっておられましたが、諸行無常、諸法無我を説く仏教の立場から言えば、菩薩様がおっしゃる通り、いかなるご縁であっても、一期一会のご縁と受け止め、信者や檀家を作る事への執着心を離れるのが、本来の在るべき姿ではないかと思います。

それは、医師と患者の立場によく似ています。医師の役割は、病んでいる人を治療する事であり、治療が終われば、そこで医師の果たすべき役割は終わりです。それ以上、患者を縛り、「あなたは私の患者だ。他所へ行ってはいけない」などと強要するのは、執着以外の何ものでもありません。

寺院と信者、檀家の関係も同じで、救いを求めて来られたお方が救われれば、寺院の役目は終わりです。それ以上、信者や檀家として縛るべきではありません。

勿論、救われたお方が、これからも信者や檀家となってみ仏を信じて生きて行きたいと思われるなら、その意志は尊重されなければなりません。寺院側がそれを拒否すれば、「来る者は拒まず」の趣旨に反します。

しかし、一旦、信者や檀家になると決められても、再びそのお方が、信者や檀家をやめたいと思わるなら、その意志もまた尊重されなければなりません。いつまでもそのお方に執着し、その信仰を縛る事は、「去る者は追わず」の教えに反する事になります。

大切な事は、寺院やみ仏を選び、信仰をするか否か、信者や檀家になるか否か、信者や檀家をやめる否かを決めるのは、救いを求める人々自身であって、寺院ではないという事です。

菩薩様が「来る者は拒まず、去る者は追わず」とおっしゃった言葉の裏には、寺院がそれらの人々を信者や檀家として縛ってはならないという深い意味が込められていたのです。

一期一会のご縁を大切に

一期一会のご縁と言えば、生きている人々を済度するご縁だけではなく、ご葬儀のご縁もまた、故人とご遺族を済度する一期一会のご縁と言わねばなりません。

済度のご縁である以上、高額な葬儀費用やお布施をめぐる問題も、ご遺族の救済と無関係ではありえません。

世の中には、高額化する葬儀費用に疑問を抱き、遺骨さえも引き取らない「0(ゼロ)葬」を提案する意見さえあります。

時代の流れとはいえ、今までのような寺院側の常識だけが通用する時代ではなくなっている現れの一つと言えましょう。

法徳寺でも、「来る者は拒まず、去る者は追わず」の教えに従い、一期一会のご縁を大切にして、ご遺族の負担を出来るだけ軽減する意味から、今後ともご葬儀費用の低額化と明瞭化に努めてまいりたいと思います。

ご供養・ご葬儀・ご法要のお布施

このような経緯を踏まえ、施主様のお気持ちを現わすというお布施本来の趣旨には反しますが、主な法要のお布施をご提示させて頂く事にいたしました。
対応可能地域は、山梨県全域と、東京都、神奈川県、埼玉県、長野県、静岡県の主要都市です。地域によっては対応が出来ない場合もありますので、予めご了承下さい。
なお、別途、現地までの交通費(一日5千円)をお願い致します。ご不明な点があればお気軽にお問合せ下さい。

ご葬儀内容(戒名なし) お布施
本葬儀一式
(通夜・葬式・式中初七日・炉前読経)
90,000円
一日葬
(葬式・式中初七日・炉前読経)
60,000円
直葬/炉前葬
(炉前読経のみ)
25,000円

戒名を授与する場合 戒名料
嬰児・嬰女、孩児・孩女、童子・童女の場合(1~15歳) 10,000円
信士、信女の場合 10,000円
居士、大師の場合 30,000円
院信士、院信女の場合50,000円
院居士、院大師の場合 80,000円

ご法要内容 お布施
満中陰法要、年忌法要、墓石・仏壇開眼法要
など一切の法要
25,000円

※ 注 意 事 項

1、施主様の宗教宗派は問いませんが、葬儀は、真言宗の式次第に則って執り行います。

2、一期一会のご縁を大切に、檀家への勧誘などは致しません。

3、掲載されている費用(お布施、交通費)以外は一切かかりません。

4、檀家寺がないお方、檀家寺があるが遠方のお方、檀家制度に縛られたくないお方、宗派指定にこだわらない皆様からのお申し出をお待ちしております。

5、祀り手のない無縁仏様の葬儀、法要などにつきましても、所定の費用に拘らずご相談に応じます。その他、ご葬儀、ご法要についてご不明な点があれば、お気軽にお問合せ下さい。

「帰郷庵」へのご納骨について


ご納骨のご案内

「帰郷庵」へは、法徳寺のご本尊様を尊崇されるお方であれば、宗旨・宗派を問わず、どなたでもご納骨いただく事が出来ます。

お預かりいたしましたご遺骨は、一座の納骨供養を勤めた後、「帰郷庵」へお納めいたします。

ご納骨は、分骨(喉仏)、全骨を問いませんが、納骨スペースに限りがありますので、納骨していただけるご遺骨は、原則として骨壺容器に納まるご遺骨のみとさせていただきます。

ご納骨の際には、戒名(法名)、戒名の読み方、俗名(ご生前の名前)、ご命日、行年(享年)が必要となりますので、紙に控えてご持参下さい。

下記の「帰郷庵納骨許可申請書フォーム」にご記入頂き、ネットからお申し込み頂いても結構です。

分骨、全骨いずれの場合も、粉骨処理をした後「帰郷庵」へお納めいたします。

ご遺骨は合祀するため、後日ご遺骨の返還のお申し出がありましても返還には応じかねますので、あらかじめご了承ください。

ご納骨料・永代供養料について

ご納骨には、ご生前にご納骨の予約をされる「生前帰郷」と、死後にご納骨のお申し込みをされる「死後帰郷」がございます。ご納骨料は下記の通りです。

生前帰郷 納骨料
分骨容器でのご納骨 50,000円
全骨容器でのご納骨 100,000円

死後帰郷 納骨料
分骨容器でのご納骨 70,000円
全骨容器でのご納骨 130,000円

※ 注 意 事 項

永代供養を希望される場合は、生前帰郷、死後帰郷を問わず、ご納骨料とは別に、一霊につき30万円をお納めいただきます

永代供養を申し込まれたご遺骨は、『永代供養過去帳』に戒名を記載し、法徳寺が永代に亘り、護持供養してまいります。

「生前帰郷」「死後帰郷」を申し込まれた施主の皆様には、「帰郷庵納骨許可証」を発行し、毎年の盂蘭盆会と春秋の彼岸会へのご案内を差し上げます。

春の彼岸会は、三月の月並み法要と兼ねて三月二十一日、盂蘭盆会は八月十五日、秋の彼岸会は、九月の月並み法要と兼ねて九月二十一日に執り行いますので、是非お揃いでご帰郷下さいますようお待ちしております。

祀り手のおられない無縁仏様のご納骨につきましても、所定の納骨料に拘わらずご相談に応じますので、お気軽にお問合せ下さい。

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納骨堂「帰郷庵」

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進む家庭崩壊

昨年(平成22年)7月29日、東京都足立区の民家で、東京都内では最高齢者と言われていた戸籍上百十一歳の男性の遺体が、ミイラ化した状態で発見され、世間をアッと驚かせましたが、その後、百歳以上の行方不明者が数百人いる事実が明らかとなるばかりか、年金を詐取する目的で、親の遺体を白骨化するまで放置するという前代未聞の事件が相次ぎました。

長寿世界一と言われ、老人が幸せに長生き出来る国としてのイメージは、見るも無残に崩れ去ったという他はありませんが、独居老人の孤独死が増えている背景にも、このような行方不明の高齢者が関係しているのかも知れません。

思えば、日本人は、昔から先祖を敬い、親を尊び、お盆やお彼岸には有縁の家族親族が集ってお墓参りや年忌供養を勤め、親から子、子から孫へと、敬いと供養の心を伝えてきました。

しかし、昨年明らかになった一連の事件は、家族を結ぶ心の絆がすでに断ち切られ、家庭崩壊が加速度的に進んでいることを、改めて私たちに印象づけたのであります。

「生死(しょうじ)」「死生(ししょう)」という言葉があるように、仏教では生きる事と死ぬ事を一体のものと捉えています。つまり、生きる事は、死にゆく事であり、死を見つめる事は、人生を豊かに生きるために不可欠であるというのが、仏教の死生観なのです。

現代人が、余り死と向き合わなくなったと言われる背景には、そのような死生観の欠如が影響しているのかも知れませんが、自己の死に無関心であるのみならず、先祖を忘れ、死者を忘れて生きる事は、人生をより豊かに生きていく権利を自ら放棄しているようなもので、これでは幸せな人生が開ける筈もありません。

葬送、告別、直葬から放置の時代へ

今まで、私たちのご先祖は、人生をより良く生きるために欠かせない死と、どのように向き合ってきたのでしょうか。

私たちが死と向き合う最も身近な機会は、身内の誰かが死んだ時ですが、私たちのご先祖は今まで、地域共同体の中で、周囲の人々の助けを借りながら葬送の準備を整え、亡き人をあの世へ送ってきました。

それは、「野辺の送り」として今も記憶の中に残っており、それは、古来から受け継がれてきた日本の原風景と言ってもいいでしょう。

毎年8月16日に行われる京都五山の送り火に代表されるように、私たちは、毎年、お盆やお彼岸になると、様々な供物を供え、香を焚き、お経を唱えて、ご先祖をお迎えしてきましたが、このような先祖迎えの行事が連綿と受け継がれてきたのは、死者を迎えるというより、今も見えぬ世界に生きておられるご先祖をお迎えして再開を果たすという意識が、その根底にあるからではないでしょうか。

ところが、戦後の高度経済成長期に入った頃より、「葬送」から「告別」へと変わってゆくにつれ、私たちの意識も、生きる世界は違うけれど、これからも見えぬ世界で生き続けていかれるご先祖を、冥界の入口までお送りするという思いから、死者に別れを告げるという思いに変わっていったように思います。この意識の変化によって、先立ったご先祖は、家族の心の中に、「すでに死んでしまった者」としてしか存在しなくなったのです。

昨今は、生者を送る葬送はおろか、死者に別れを告げる告別さえもしなくなり、火葬するために直接遺体を斎場に運ぶ「直葬(ちょくそう)」と言われる形が増えつつあるそうですが、かのミイラ事件は、その直葬さえもしない殺伐とした遺体放置の時代が、いままさに到来している事を、私たちに告げているように思います。

帰る故郷がない御霊

このミイラ事件によって改めて考えさせられることは、放置されたり行方不明になっている高齢者たちの御霊は、一体どこへ帰るのかという事です。

家族から供養されないまま忘れられたり放置されたりしている御霊が、いまどれほどあるのかと考えると、ただただ哀れというほかはありませんが、葬送の時代、私たちには、まだ帰るべき故郷がありました。

ご先祖は、いつまでも家族や縁者の心の中に生き続け、いつでも懐かしいわが故郷に帰って、家族との再開を果たすことが出来たのです。

しかし今は、家族や縁者から忘れ去られ、帰るべき故郷を失った御霊がどんどん増え続けているのです。

帰る故郷がなければ、亡くなった人々は、安住の地を求めて、当て所なくさまよい続けなければなりませんが、これが長寿世界一と言われる日本の悲しい現状なのです。

誰の為の供養なのか

ミイラ遺体放置事件や高齢者の行方不明事件によって、家族の心の中から、完全に忘れられてしまった高齢者の不幸が、改めて浮き彫りになりましたが、忘れ去られた高齢者も不幸ながら、ご先祖や先逝く人々に対する供養の心を失ってしまった家族もまた、不幸と言わねばなりません。

かつては子や孫が親や先祖の供養をするのが当たり前でしたが、昨今は、それすら為されなくなる傾向にあるばかりか、少子高齢化が急速に進む中で、家族が居ても後継者が居ないために祀ってもらえなくなる恐れのある人々や、子供のいない御夫婦、或いは家族のいない一人暮らしの高齢者も増え続けており、「祀り手のいない人々の供養を誰がしてゆくのか」という切実な問題が、いま顕在化しているのです。

また、後継者がいない為に放置されたままになっている墓石の増加なども社会問題化しており、一刻の猶予も出来ない難問が山積しているのが日本の現状と言えましょう。

このような背景から、各地の寺院ではいま盛んに納骨堂が建立されており、今後もこの傾向は続いていくものと思われますが、納骨堂が建立され、寺院が永代に亘って供養してゆくことになれば、「誰が亡くなった方の御霊を供養してゆくのか」という、いま私たちが直面している問題は解決してゆくようにも思えます。

しかし、寺院が永代に亘って供養してゆくことによって、「祀り手のいない御霊や後継者のいない御霊の供養を誰がしてゆくのか」という問題は解決するかも知れませんが、その一方で、「供養とは、死んだ人の為にあるのか、生きている人の為にあるのか」という別の問題が新たに浮上してくるのです。

永代供養の主役と脇役

この度、納骨堂の建立を発願し、「帰郷庵」と命名しましたのは、帰るべき故郷のない多くの御霊の平安を願い、一人で多くの皆様に、生き仏様がおわします慈悲の故郷へ帰郷して頂きたいとの思いからに他なりませんが、供養とは本来、亡きご先祖の冥福を祈る施主の皆様の菩提心(真心)をお供えして頂く以外にはありません。いかなる寺院と雖も、その菩提心を代わってお供えしたり、供養を代行することなど不可能であり、また代われる筈もありません。

何故なら、供養は、子々孫々が末代までも繁栄し、幸せに生きてゆく為に欠かせない大切な仏行(功徳行)の一つであって、他人に委ねるべきものではないからです。

勿論、法徳寺では、ご納骨者の御霊を永代に供養してまいりますが、法徳寺がご遺骨をお預かりして末代までも供養させて頂くのは、あくまで本来供養せねばならない施主の皆様のお手伝いをさせて頂くだけであって、供養の脇役に過ぎません。

供養の主役は、あくまでご遺族やご縁者の皆様であり、ご遺族の皆様の菩提心(真心)を養い、お供え頂くことなくしては、ご先祖の供養も、ご家族や子々孫々の繁栄もありえないのです。

また、お墓や仏壇に灯明や香花を手向け、お経を唱えることも、供養の一つではありますが、真の供養とは文字通り、菩提心を養い供えることであり、後に残った皆様が、菩提心を忘れずに生きてゆく以外にはございません。

菩薩様は、「先祖を供養するのではなく、先祖に供養するのである」と仰せになっておられますが、その御教えの通り、供養とは、亡くなったお方を供養するものではなく、亡くなったお方に供養するものであり、生きている者が亡くなられたお方に菩提心(自分以外の人々の救いを願う心)を供えると共に、生きている者同士が菩提心を供え合うところに、その本旨がございます。

その意味で、供養は、亡くなられたお方の為と言うより、生きている者の為にあると言っても過言ではないでしょう。日々、ご先祖のご恩を忘れず、報恩の誠を捧げて、家族みんながお互いに菩提心を供え合い、仲睦まじい幸せな日々を過ごさせていただくことこそが、真の供養となるのです。

要するに、いついかなる時も、菩提心を忘れず、菩提心に立ち帰ることが、み仏やご先祖のみ心に帰ることであり、供養の主役である施主の皆様にしか出来ない真の永代供養なのです。

法徳寺の納骨堂を、「心の故郷に帰る」「菩提心に帰る」という意味で「帰郷庵」と命名した所以も、そこにございます。

その意味で、「帰郷庵」は、ご遺骨を納めて頂く聖所であると同時に、施主の皆さまの菩提心を併せて納めて頂く聖所でもあるのです。

どうか、真の供養とは何か、誰のための供養であり納骨なのかということを深く心に刻まれ、ご納骨に際しましては、ご遺骨と共に、是非皆さまの菩提心をお納めいただきますようお願い申し上げます。

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発行著書・授与品

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法徳寺発行著書

1、『慈悲の海(上・下)』 普門法舟著

 著者が、昭和51年5月に出版し、好評を博した『涙の渇くひまもなし』の改訂版。アマゾンよりプリント・オン・デマンド(POD)にて絶賛発売中。
  四六判 158頁 各巻1,400円(税抜き) 1,512円(税込み) 

2、『四国遍路体験記ー大悲の御手に抱かれて(改訂版) 大西良空著

著者が、遍路旅の徒然に書き留め、平成12年4月より平成17年4月までの5年間に亘り、高野山法徳寺の同行誌『救済』に連載された『四国遍路体験記』を、『大悲の御手に抱かれて』と改題して、平成26年4月13日、アマゾンよりプリント・オン・デマンド(POD)にて発行された初版の改訂版。
初版に加筆訂正し、「同行二人の心」「自己を捨てる—托鉢に寄せて」の二章を新たに付け加えたもの。絶賛発売中。
四六判 214頁  1,700円(税抜き) 1,836円(税込み)

3、『道歌集』(改訂版) 普門法舟著

菩薩様が残された御法歌三千首余りの中から、三百余首を集めて編集された第一集の改訂版。文庫判 163頁 \1000円

3、『救済』(第1号~第44号)

春と秋の大法要に合せて発行される同行紙。B6判 約60~70頁 無料配布

 お札・授与品

1、身代り升地蔵尊御守護札

ご家庭でお祀り頂く御本尊様の御札。一体2,000円

2、玄関魔除け札

人が出入りする玄関などに貼って頂く御札。一体500円

3、汗露升

汗露水をお飲み頂く升。一体1,000円

4、半袈裟

山号・寺号・寺紋入り。一領3,000円

5、写経用紙

お手本入り・写経用紙2枚セット
500円
お手本無し・写経用紙10枚セット
1,000円

6、御朱印帳

一冊 1,000円

 お問合せ先

何かご不明な点がございましたら、下記までご遠慮なくお問合せ下さい。
寺名  高野山法徳寺
住所  山梨県北杜市須玉町若神子4495-309
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不思議は世々に新たなり

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掘削工事と共に始まった不思議な出来事

昔から「不思議は世々に新たなり」と言われますが、生き仏様のお計らいは人知をはるかに超えており、摩訶不思議という他はありません。

高野山法徳寺が開創された若神子(わかみこ)の聖地は、八ヶ岳の南麓に位置し、その地下には八ヶ岳を源流とする、とても口に優しくて美味しい軟水が流れているというお話を聞いておりましたので、お参りされる方々に飲んで頂けたらと思い、平成17年8月早々、地下水の掘削に着手いたしました。

ところが、掘削を始めた8月初め、不思議な出来事が起こったのです。

庫裏にある二台の洗面台の内、向かって左側の洗面台に置いてある歯ブラシ立ての中に、深さ一センチ程の水が溜っていたので、不思議に思ったのですが、最初は、誰かが歯ブラシの水を切らずに立てておいたのだろうと、余り気にも留めていませんでした。


しかし、8月初めと言えば、夏の暑い盛りです。毎日水を切らずに立てておいたとしても、それだけで一センチほども溜るとは考えられず、不思議に思っていたところ、同じ事が日を置いて二度続きました。

そして、8月22日の朝、四度目となる水が溜っていたので、念のため家族全員に確かめたところ、当然の事ながら、全員から、歯ブラシの水はちゃんと切っているとの返事が返ってきました。

勿論、洗面台の棚の上に置いてある歯ブラシ立てですから、それより下方にある水道の蛇口から水が入る事はあり得ず、家族一同が不思議に思っていたところ、その二日後の24日の朝、五度目となる水が溜っていたのです。

そこで、二台の洗面台に置いてある歯ブラシ立てを左右入れ替えてみてはどうかと思い、今まで水が溜った歯ブラシ立てを右の洗面台へ移し、右の洗面台に置いてある歯ブラシ立てを左に移したのです。

もし次も左側に溜るようなら、左側でなければならない理由があることになりますが、さてどちらに溜るかと注目していたところ、その日の夕方に、六度目となる深さ一センチほどの水が溜っていました。

溜っていたのは、やはり左側の洗面台にある歯ブラシ立てでした。右の洗面台に移した歯ブラシ立てには全く溜っていなかったのです。

これで、左側でなければならない理由がある事が分ったのですが、その理由が何なのか、その時は見当もつきませんでした。

何とも言えない水の味わい

それまで歯ブラシ立てに溜った水は全部捨てていたのですが、どんな味がするのか一度頂いてみようという事になり、夕方に溜った六度目の水を家族全員でいただいたところ、今まで飲んだことのない味わいのお水でした。

無味無臭なのですが、とても柔らかくて口に優しく、心の芯まで癒されるような味わいのお水なのです。

その後で水道水をいただいたところ、その違いは明らかでした。塩素消毒されているからか、少し舌を刺す様な感じがするのです。と言っても、若神子の水道水が美味しくない訳ではありません。地元でも美味しいと評判の水で、私達も毎日「美味しい、美味しい」と言いながら頂いていたお水なのです。

ところが、歯ブラシ立てに溜ったお水を頂いた後では、水道水独特のカルキ臭さがどうしても鼻に付いてしまい、不味く感じるのです。

それだけ溜ったお水の美味しさが際立っていた訳ですが、折角美味しいお水を頂くのだから、歯ブラシ立てに溜ったのを頂くのもどうかと思い、歯ブラシ立てのすぐ横に、グラスを置く事にしました。

どちらに溜るのか見てみたいという好奇心と、グラスの方に溜って欲しいという期待感もありましたので、グラスに蓋をして置いておいたところ、その日の夜に、七度目の水が溜ったのです。

結局24日は、一日に三度溜った訳ですが、驚いたことに、今度は歯ブラシ立ての方ではなく、蓋をしたグラスの方に溜っていたのです。

家族全員が、世の中にこんな不思議な事があるのだろうかと、顔を見合わせながら驚喜した事は言うまでもありませんが、好奇心と期待感を裏切られなかった喜びと感動が胸の奥から込み上げてきて、暫く震えが止まりませんでした。

菩薩様にお伺いを立てる

8月24日にグラスに溜ったお水は、その後もグラスの方に溜り続け、歯ブラシ立ての方には二度と溜りませんでした。

ところが、9月9日の夜に二十回目となる水が溜ったのを最後に、何故か溜らなくなったのです。

9月に入ってから掘削作業も一段と進み、水が少しずつ湧き出し始め、掘削業者の方から水脈が近いようだと聞かされていたので、多分その事と関係があるのではないかと思ったのですが、問題は、どこまで掘ればいいのかという事でした。

一般的には、業者の方が今までの経験と勘で決められるのでしょうが、私達は、全てを見抜き見通しの菩薩様にお伺いする事にしました。

「どうか、ここまで掘ればよいという所まで来たら、もう一度お水を溜めてお教え下さい」

そうお願いしたのは、水が溜らなくなってから三日後の9月12日でしたが、翌々日の14日に、再び水が溜っていたのです。

早速、業者の方にお話して、掘削作業を終えた事は言うまでもありませんが、この日は、8月初めから始まった掘削作業が漸く終って安堵すると共に、家族全員が驚きと感動を新たにした一日となりました。

溜まった水の正体

それにしても、何故このような不思議な現象が起ったのでしょうか。

悟らなければならない事は山ほどありました。

先ず一つ目は、この水の正体です。水道水でない事は明らかでしたが、では一体この水は何なのか。

私の脳裏に浮かんだのは、この水が、地下水の掘削工事が始まるとほぼ同時に溜り始めた事でした。

という事は、この水が掘削中の八ヶ岳の伏流水である可能性が非常に大きくなりますが、常識的に考えれば、その可能性は限りなくゼロに近いと言わざるを得ません。

何故なら、まだ湧いてもいない地下水を溜める事など、絶対に不可能だからです。

しかし、飲んだ水の味わいは、まさしく軟水そのものであり、八ヶ岳を源流とする伏流水と考えざるを得ませんでした。そこで私達は、この水は、掘削中の地下水に間違いないとの結論に至ったのであります。

誰が溜められたのか

二つ目は、もしこの水が掘削中の地下水だとしたら、一体誰が溜めておられるのかと言う事です。

思うに、この様な不可思議を現せるお方は、私の知る限り、世界広しといえども、お二人しかおられません。

それは、生き仏となって紀州高野山に御入定された弘法大師様(お大師様)と、お大師様より「入定せよ」との示現をいただかれて御入定され、お大師様と不二一体の生き仏となられた普門法舟菩薩様(菩薩様)です。

生き仏様の神通力を以てすれば、まだ湧いていない地下水を歯ブラシ立てやグラスに溜める事など、いとも容易いでしょう。

菩薩様は常々「仏の通力を譬えれば、小指で富士山を持ち上げるようなものだ」と仰っておられましたが、まさにそのお言葉通り、通力を以て、まだ湧いていない地下水を前以て溜めて下さったに違いありません。

それは、次の数字を見ても、明らかでした。掘削した井戸の深さはちょうど百十三メートルでしたが、これは菩薩様が御入定なさった十三日に相通じる深さであり、また水が溜った二十一回という数は、お大師様が御入定なさったご縁日だからです。

この二つの数字を見れば、この度のお計らいが、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様によってなされている事は明らかでした。

体に起きていた異変

しかし、これで疑問がすべて解けた訳ではなく、まだ大きな疑問が残っていました。

それは、何の為にこのようなお計らいをなさったのかという事です。実はその疑問を解く手がかりが、二つありました。

一つは、その時、私の体に起っていた或る異変です。

井戸を掘り始めてから半月ほど後の8月18日頃から、左側の首から背中、肩、左腕にかけて、夜も眠れないほどの痛みと疼きが起きていたのです。

病院で調べていただいたところ「多分首のヘルニアでしょう」との診断でしたが、首のレントゲン写真を見た時、そこに映っている頚椎と脊髄液が、私の眼にはまるで、いま掘削して頂いているボーリングのパイプのように見えたのです。

そこで、「この首の痛みは、いま掘って頂いている地下水と深い関係があるに違いない」と直感したのです。

汗をかいていた屋久杉の寺紋額

二つ目の手がかりは、私の体の異変と相前後して起きたもう一つの不思議な出来事でした。

首が痛くなり始めてから三日後の8月21日の朝、昇龍閣(客殿)にある屋久杉で作られた桜の寺紋額のガラス一面に、汗を流したような雫がいっぱい付着しているのを、偶然発見したのです。

否、それは偶然と言うより、見つけさせられたと言った方がいいかも知れません。何故なら、もし雫が一面に付着した寺紋額を見ていなければ、グラスに溜った地下水の秘密を悟る事が出来なかったからです。

菩薩様は、霊夢にて、灼熱の御汗を流しながら升の中に凛とたたずむお地蔵様(身代り升地蔵菩薩様)を感得され、衆生の代苦者となられたお方です。

法徳寺の寺紋の一つに桜が使われているのは、桜が菩薩様を象徴する花だからですが、その寺紋額のガラス一面に、汗を流したような雫が付着しているのを見た時、私には、まるで菩薩様が衆苦の御汗を流しておられるように感じられました。

翌22日、雫を拭かせて頂こうと額を外して調べたところ、その雫はただの水ではなく、六千年前の屋久杉で作られた桜紋から出たと思われる油(樹脂)でした。

しかし、油なら桜紋より下に滴り落ちなければならない筈ですが、油は、まるで桜紋から上下四方に飛び散ったかのように、ガラス一面に隈なく付着していたのです。

常識的に見れば、水であろうが油であろうが、寺紋から下に滴り落ちる事はあっても、上に飛ぶ事はまず考えられませんが、摩訶不思議な事に、その油は上下四方に満遍なく付着していたのです。

代受苦の御汗

私の体に起こった首から肩にかけての激しい痛みと疼き。汗を流したかの様な雫が、ガラス一面に付着していた桜紋の額。 そして、グラスに溜り続けた地下水。

この三つの出来事が、すべて地下水の掘削作業と並行して起っていた事から、私は、「この首の痛みと疼きは、菩薩様が受けておられる代受苦の痛みに違いない。その事を教える為に、菩薩様を象徴する桜紋を通じ、代受苦の御汗が飛び散っている様を見せられたのだ」と悟らせて頂いたのですが、最大の疑問は、菩薩様が受けておられる代受苦の痛みを、何故いま私が頂かなければいけないのかという事でした。

実はこのお計らいの中に、地下水が二十一回も溜り続けた謎を解く鍵が隠されていたのですが、それは、代受苦を抜きにしては考えられなかったのです。

先ほど述べたように、菩薩様は霊夢にて、灼熱の汗を流しながら升の中に凛とたたずむお地蔵様を感得され、その汗が升から溢れて十方に光り輝いている光景をご覧になられたのですが、代受苦に関係のあるお水と言えば、菩薩様(身代り升地蔵菩薩様)が代受苦によって流しておられる灼熱の御汗しかありません。

だとすれば、相前後して起った二つの異変と、グラスに溜り続けた地下水を結び付ける結論は一つしかありえません。

即ち、菩薩様がグラスに溜められた水は、ただの地下水ではなく、菩薩様が代受苦によって流しておられる衆苦の御汗を意味する聖水であるという事です。

一口飲んだ時に、心の芯まで癒されるように感じたのは、ただ口に優しい軟水だからではなく、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様が流しておられる衆苦の御汗を意味する聖水だったからです。

もし、そのような尊い聖水だとしたら、そう易々と頂ける筈がありません。何故なら、菩薩様の代受苦の苦しみを誰かが代わって受けなければ、その聖水の裏に隠された菩薩様のご苦労の大変さを悟る事が出来ず、そのご苦労を悟らぬままで、衆苦の御汗とも言うべき聖水をお授け頂く事は、余りにも勿体ないからです。

そこで私は、「首に頂いている激しい痛みと疼きは、医学的にはどうであれ、菩薩様の衆苦の御汗であるこの聖水を授けて頂く為には、どうしても受けなければならない痛みであり、耐え抜かねばならない行なのだ」と確信したのです。

罪を漉して洗い流した聖水

このお水が、代受苦によって流しておられる菩薩様の衆苦の御汗を意味する聖水であるとすれば、これ以上清らかで尊い水は、世界中どこを探してもない事になります。

何故なら、生き仏となられた菩薩様の衆生救済の一念で満たされた、まさに永遠なる命(仏性)の結晶とも言うべき聖水だからです。

以前、寿法様が「人の罪や苦しみをすべて受けていたら、体が幾つあっても足りませんね」とお尋ねしたところ、菩薩様は「一旦苦しみや罪を受けるけれども、ざるで漉すように洗い流すから大丈夫だ」と仰ったそうです。

このお言葉からも分かるように、菩薩様は、ただ私たちの罪や苦しみを代って受け、汚れたまま御汗として流しておられるのではなく、ざるで漉すように、罪や苦しみを生き仏となられたその清らかな御法体で濾過した後、御汗として流しておられるのです。

み仏の徳を象徴するあの蓮華が、一切の汚泥に染まらず染められずに、世にも美しい花を咲かせるように、菩薩様もまた、いかなる罪穢れや苦しみを代わって受けても、決してそれに染まらず染められず、あらゆる罪穢れを御法体で漉し、清らかな御汗として流しておられるのです。

何故左側なのか

こうして、聖水にまつわる数々の疑問が一つ一つ解けていったのですが、この聖水を飲ませて頂く為には、まだまだ悟らなければならない事や、実践しなければならない事が幾つもありました。

最大の疑問は、何故首の痛みも、溜った水も左側なのかという事でした。

この首の痛みが、菩薩様の衆苦の御汗を意味する聖水を頂く為には、どうしても受けていかなければならない代受苦行である事は分ったのですが、何故首の左側だけなのか、何故二台ある洗面台の内の左側だけにしか地下水が溜らなかったのか、そのお計らいの意味がどうしても分らなかったのです。

右ほとけ 左凡夫と合わす手の
  内にゆかしき 南無の一声
と歌われているように、右側はみ仏を現わし、左側は私たち衆生を現わしますから、左側に溜った地下水も、左側に頂いている首の痛みも、悩み苦しみを背負う人々の救いと関係があるに違いないとは思ったのですが、具体的にそれが何を意味しているのか、そしてその為に何をすればいいのかが分らなかったのです。

ところが平成17年10月20日に高野山法徳寺へ帰郷され、十三ヶ月間に渡って私達と共に行をされた御同行のFさんから、救われなければならない御縁者がおられ、その御縁者はすべて女性であるというお話をお聞きしたのです。

昔から、右側は男性を現わし、左側は女性を現わすと言われている事から、私は、「左側の洗面台にしか溜らなかった地下水も、首の左側の痛みも、Fさんを通して御縁者の因縁を解き、それを、苦しむ人々が背負う因縁を解く手本としたいとのお計らいに違いない。その為に菩薩様は、御同行の中からFさんを選ばれたのだ」と直感したのです。

初めてお水を頂いた納め菩薩

その後、様々なお指図やお計らいをいただき、最終的にお水を飲ませて頂けたのは、掘削を始めてから四ヶ月余りが経過した平成17年12月13日の納め菩薩でした。

勿論、飲ませて頂いたお水の味わいは、まぎれもなく歯ブラシ立てとグラスに溜ったあのお水と同じでしたが、当然の事ながら、味わいは同じでも、お水の意味を悟らせて頂く前と、悟らせて頂いた後とでは、お水に対する思いが全く違っていました。

聖水の真相を悟らせて頂くまでは、ただ口に優しくて美味しい天然水に過ぎませんでしたが、悟らせて頂いた後は、ただ美味しいだけの天然水ではありませんでした。

菩薩様をお大師様と不二一体の生き仏と信じる私達にとって、このお水は紛れもなく、苦しむ人々の罪穢れを代わって背負い、ご苦労していて下さる菩薩様の代受苦の御汗であり、この上もなく尊い、世界に二つとなき生き仏様の命の聖水なのです。

昔から、生き仏と成られるお方は、千年に一人出るか出ないかと言われており、その意味で、生き仏様の代受苦の御汗を意味するこの聖水も、生き仏様が世に出られた時にしか頂けない、まさに千年に一度頂けるか否かと言われる聖水と言っても過言ではないでしょう。

聖水の呼び名─汗露水

この尊い聖水を、ただ地下水と呼ぶのは余りにも勿体ないと思い、菩薩様が流しておられる代受苦の御汗に相応しい呼び名を考える事にしました。

一度聞いただけで心に残るような名前を付けたいと思い、色々思案しましたが、中々相応しい名前が浮かびませんでした。「示現水」「お加持水」「お身代り水」などの名前が次々と浮かんでは消えてゆきました。

自らが計らいをしている内は駄目だと悟った私は、「どうかこのお水に相応しい名前をお授け下さい」と菩薩様にお伺いする事にしました。

すると、平成18年1月14日の午前4時過ぎ、ふと目が覚め、その瞬間、「かんろすい」という名前が頭に浮かんできたのです。しかも、名前だけではなく、漢字まで浮かんで来たのです。

今まで私が知っている「かんろすい」は、甘い露の水と書く「甘露水」でしたが、その時、頭に浮かんできた「かんろすい」は、「甘露水」ではなく、汗の露と書く「汗露水」でした。

最初は、「今まで色々と計らいをしてきたから、こんな名前が浮かんだのだろう」と思いましたが、「汗露水」の意味を調べていく内に、「これは私が付けた名前でも、付けられる名前でもない」と確信したのであります。

甘露水の意味

「汗露水」と言っても何の事か分かりませんので、先ず「甘露水」について調べてみたところ、色々な事が分かりました。

お釈迦様がお生まれになったインドは、ご存知のように、ヒンズー教(バラモン教)の盛んな国ですが、ヒンズー教の根本経典であるヴェーダによると、インドにあるソーマという植物の汁は神々の飲料で、不死の霊薬とされており、そのソーマの液汁の事を、ヒンズー教では甘露水と呼んでいるのだそうです。

また仏教では、仏法の事を甘露水と呼んでいますが、そう呼ぶのは、仏法が永遠で滅びないものだからです。

更に中国古来の伝説では、王が徳のある政治を行えば、竜神がそれに感応し、その瑞祥として甘い雨を降らすと言われており、その雨水の事を甘露水と言うのだそうです。

いずれにしても、甘露水というのは、不生不滅の霊薬と見做されているばかりか、滅びる事のない仏法そのものに譬えられており、法徳寺の地下から湧いた聖水の呼び名として、これに勝る呼び名はない事を確信したのであります。

汗露水と名付けられたみ心

問題は、何故「甘露水」ではなく「汗露水」なのかという事ですが、まず考えられる理由は、この聖水が、菩薩様の代受苦の御汗を意味する聖水である事を現す為ではないかという事です。

「甘露水」と書いたのでは、このお水が菩薩様の代受苦の御汗である事が分かりません。

しかし、呼び名は「かんろすい」でも、使われている漢字が「汗露水」であれば、文字通り、代受苦の御汗の露を意味する聖水である事が誰の目にも明らかですから、「汗露水」という漢字が使われているのではないかという事です。

しかし、これだけの理由では、まだ何か納得出来ないものを感じたので、更に調べてみたところ、この「汗」という文字には、私達が知っている汗の他に、もう一つ別の意味がある事が分かったのです。

最近、角界では、朝青龍や白鵬、日馬富士など、モンゴル出身の力士が大活躍して人気を集めていますが、モンゴル系遊牧民の間で王者の称号として用いられているのが、実は「カン(ハン)」と言う文字で、漢字で「汗」と書くのです。

モンゴル帝国を築いたテムジンは、王であるカン(ハン)の位に就き、ジンギスカン(チンギスハン)と名乗った事は、よく知られていますが、ジンギスカン(チンギスハン)は、漢字で「成吉思汗」と書きます。

また、お尻に、蒙古斑という青あざを付けて生まれて来るのは、世界中で日本人とモンゴル人だけだそうです。

ですから、モンゴルで王者を現す「汗」という言葉が、同じ蒙古班を持つ日本人である菩薩様の御汗の呼び名に使われていたとしても、何ら不思議はありません。何故なら、菩薩様もまた、仏の王である大日如来の覚位を得られたお方だからです。

菩薩様は、四国第二十一番札所の太龍寺で、お大師様より「普門法舟」という名前を授けられましたが、この「普門」という名前は、お大師様が頂かれた「遍照金剛」と同様、仏の王である大日如来の別名なのです。

その名前が菩薩様に与えられたという事は、菩薩様がまさに仏の王である大日如来の覚位を得られた証と言えましょう。

モンゴル帝国を築いたテムジンに王者を意味する「汗」の称号が冠せられたように、大日如来の覚位を得られた菩薩様が流しておられる代受苦の御汗の呼び名に、王者を意味する「汗」の文字が使われていた事が分かった時、私は初めてこの聖水に「汗露水」の名前が名付けられた事に納得がゆきました。

つまり、「汗露水」という名前には、「代受苦の御汗」という意味の他に、「仏の王者の御汗」という意味も込められていたのであり、「汗露水」という呼び名は、仏の王者である大日如来の覚位を得られた菩薩様が流された衆苦の御汗である聖水を現すのに最も相応しい呼び名だったのです。

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千年に一度の聖水

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汗露水をひれ伏し拝む僧侶の群れ

平成十八年四月十三日の春季大法要に、高野山法徳寺へ帰郷された御同行のKさんが、「汗露水がいかに尊い聖水であるかを物語る、とても感動的な夢を見せていただきました」と言って、次のようなお話をして下さいました。

夢の中で、汗露水湧出の聖地を拝む御法嗣様の法衣が金色に輝き、大きなお姿になられました。前方の空があかね色に染まり、御法嗣様のお姿は、夢殿におわします身代り升地蔵菩薩様にお成りでした。光り輝く神々しい後ろ姿にひれ伏し、合掌の手がふるえていました。そのお姿の影を避けようと後ろを見て、飛び上がるほど驚きました。
法徳寺の広い広い境内が、墨染めの衣を召した大勢のお坊様で、真っ黒に染まるほど隅から隅までぎっしり埋めつくされ、汗露水湧出の聖地に向かい、深々と額ずくお姿でございました。
お坊様のひれ伏し拝む前に私がいては恐れ多いと思い、法徳寺の入口のあたりでお坊様方をお迎えし、お見送りをしようと座しておりましたが、お一人として私の前をお通りになりませんでした。
きっと、お大師様がおわします紀州高野山と同様、高野山法徳寺には菩薩様を敬い、お慕いし、仏法を学ぶ修行僧が、私たち凡人にはそのお姿こそ見えないけれど、大勢お住みになっておられることを、お知らせ下さったのだと思います。
しかも、一度ならず二度ならず、「この汗露水がいかに尊いか、決して忘れるではないぞ」 と菩薩様が仰っておられるかのように、汗露水湧出の聖地をひれ伏し拝むお坊様のお姿を、何度も何度も繰り返し夢に見させて頂きました。

千年に一度の聖水

Kさんは、感動の面持ちでこうお話して下さいましたが、汗露水を拝んでいるのが、一般の人々ではなく、境内を埋め尽くすほど大勢の僧侶であるという事実が、汗露水の尊さを雄弁に物語っているのではないかと思います。

真理を悟ったみ仏(仏宝)と、み仏が悟られた真理(法宝)と、その法を伝える僧侶(僧宝)に帰依をすることが、仏教徒の最も大切な心得とされていることからも分るように、僧侶は、この世で最も尊い三宝(仏法僧)の一つに数えられています。

その帰依される立場にある大勢の僧侶が、大地にひれ伏しながら汗露水を拝んでいたというのですから、汗露水がいかに尊い聖水であるかがよく分ります。

両手を合わせて拝むのが一般的な拝み方ですが、Kさんの夢では、大勢の僧侶が、大地にひれ伏して拝んでいたと言うのです。

ひれ伏して拝むとは、五体倒地(ごたいとうち)をして拝むことですが、五体倒地は、最も丁寧な礼拝の作法で、その姿を見れば、礼拝している対象が、いかに尊いものであるかが分ります。

三宝の一つに数えられる僧侶が礼拝するこの世で最も尊いものと言えば、み仏と真理(仏法)以外にはありませんが、境内を埋め尽くした大勢の僧侶が、汗露水に対して五体倒地をして額づいていたということは、汗露水が、み仏と真理に匹敵する尊いものである何よりの証と言えましょう。

Kさんから夢のお話をお聞きし、改めてこの汗露水が、千年に一度いただけるか否かと言われる尊い聖水であることを再認識した事は言うまでもありません。

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夢殿の御回廊廻り

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忘れてはならない感謝と敬いの心

日本には、昔から名水百選に選ばれるような美味しい天然水が至る所に湧いていました。

そして私たちの御先祖は、美味しいお水を天地の恵みとして感謝し、敬いをもって神仏をお祀りし、御神水、御霊水として大切に守って来たのです。

近年は、めざましい経済発展の影で、美味しい水がどんどん減少している為、大勢の人々が、美味しい水を求めて集まってきますが、すぐ横に神仏がお祀りされているにも拘らず、手を合わせる事もなく、ただ水だけを貰って帰っていく人々の姿を見ると、残念でなりません。

四国八十八ヶ所霊場をお参りしますと、本堂や大師堂にお参りもせず、朱印帳(納経帳)だけを貰って帰っていく人を見かける事がありますが、同じ光景を見るような思いが致します。

法徳寺のある山梨県にも、「三分一湧水」「大滝湧水」「女取湧水」など、美味しい天然水が湧き出る場所が各所にあり、多くの人々が水を求めて集まって来ますが、天地の恵みに感謝し、敬いの心を忘れてしまっては、何の為にお授け頂いた美味しい天然水か分りません。

水は母なる地球の血潮であり、天地の恵みです。人間の体重の六十パーセント余りが水分である事を考えれば、水は生きる上になくてはならない命の源と言ってもいいでしょう。

水が湧いている場所に神仏が祀られていようがいまいが、私たちの命を支えてくれている大切な水だからこそ、水に対する感謝と敬いの心を忘れてはならないと思います。

また感謝と敬いの心で頂くからこそ、そのお水が、生きた御神水、御霊水となって私達の命を支えてくれるのではないでしょうか。

目的と手段を取り違えてはならない

生き仏様からお授け頂いたこの汗露水が、生き仏様の代受苦の御汗を意味する聖水ではなく、ただの天然水であったとしても、水に対する感謝と敬いの心を忘れてならないのは当然ですが、菩薩様が、千年に一度の聖水をお授け下さったのは、ただ水に対する感謝と敬いの心を忘れさせない為ではなく、人々の苦しみの因縁を解いて救いたい為であり、汗露水を通じて、生き仏様を信じ、敬う心に目覚めて欲しいからです。

汗露水は、生き仏様の御高徳と永遠なる命に満ちあふれた、世界に二つとなき霊水であり、その永遠なる命のお水を頂くという事は、取りも直さず、生き仏様を信じ、敬う心を頂くという事です。

お参りされる方の中には、汗露水に導かれてお参りされるお方も大勢おられますが、中には、お参りもせず、ただ汗露水だけを頂いて帰っていかれるお方もおられます。

しかし、汗露水は、あくまで、生き仏様を信じ、敬う心があって、初めてその霊験を現わしてくれるのです。

汗露水を頂いて救われたいという気持ちはよく分りますが、手立てと目的を取り違え、生き仏様を信じ、敬う心を忘れてしまっては、本末転倒と言わなければなりません。

大切な事は、汗露水を通じて、生き仏様を信じ、敬う心に目覚める事であり、日々の暮らしの中で、その心を実践して頂く事です。

何故なら、その目覚めが、すべての救いの始まりだからです。いくら神通力をお持ちの菩薩様であっても、救いを信じ、敬い、手を合わせる心のない人を救う事は出来ないのです。

切り離せない汗露水と御回廊廻りの行

昔から「行信一如」(信心を離れた修行も、修行を離れた信心もないという意味)と言われるように、神仏を信じ、敬う心は、必ず実践という形となって現れてきます。

実践によって、神仏を信じ、敬う心が一層深められ、そこに切っても切れない相補関係が生まれるのですが、菩薩様を信じ、敬う心が実践となって現れてきたのが、因縁を解くもう一つの手立てである夢殿の御回廊廻りの行です。

汗露水と夢殿の御回廊廻りの行も、また相補関係にあり、この二つを切り離す事は出来ません。

つまり、御回廊廻りの行を離れた汗露水もなければ、汗露水を離れた夢殿の御回廊廻りもありえないのです。汗露水は、四国八十八ヶ所霊場のお砂踏みを兼ねた御回廊廻りの仏行の裏づけがあって初めて頂ける聖水と言ってもいいでしょう。

しかも、千年に一度の聖水を頂く上で欠かせない御回廊廻りの行が出来る御回廊は、世界広しといえども、菩薩様の御廟「夢殿」を廻る御回廊をおいて他にはありません。何故なら、生き仏様の御廟を廻る御回廊が、どこにもないからです。

汗露水が、千年に一度しか頂けない聖水であるという事は、汗露水を頂く為に欠かせない夢殿の御回廊廻りの行もまた、千年に一度しか遇えない仏行であるという事です。

御回廊廻りの行は、汗露水を頂き、一切の因縁を解く為に欠かせない仏行であり、すべての功徳の源泉なのです。

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汗露臺の御本尊

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汗露地蔵菩薩様をお迎えする

夢殿には、升の中に立って灼熱の御汗を流しておられる身代り升地蔵菩薩様がお祀りされていますが、この身代り升地蔵菩薩様こそ、衆生を救う為にご苦労していて下さる菩薩様の代受苦の御姿に他なりません。

本来なら、菩薩様の代受苦の御汗である汗露水は、菩薩様が立っておられる升から直々にお授け頂かなければなりませんが、身代り升地蔵菩薩様は秘仏であり、夢殿の扉が開かれる事はありません。

そこで菩薩様は、汗露水をお授け下さる汗露臺(かんろだい)の建立を示現されましたが、問題は、汗露臺にお祀りするお地蔵様です。

平成18年1月30日、汗露臺建立について大工の棟梁と打ち合わせをした時には、まだ、どの様なお姿のお地蔵様をお祀りすればいいのか、皆目見当もつきませんでした。ところが翌31日、思いがけないお計らいを頂いたのです。

夢殿の周囲に四十九基の歌碑が完成したのに引き続き、御同行の皆様から御奉納して頂く歌碑を境内参道の両側に建立したいと考え、打ち合わせのため石屋さんに来て頂いたのですが、打ち合わせが終わって車に戻られた石屋さんが、何やら両手に抱えて持って来られたのです。

歌碑に使う石材の見本でも持って来られたのかと思いながら目を凝らして見ていると、何とそれは、石で作られた高さ三十センチほどのお地蔵様でした。

見れば見るほど何とも言えない可愛らしい童顔のお地蔵様で、いかにも嬉しそうにニッコリ微笑みながら合掌しておられるそのお姿に、心の底まで癒されるような想いが致しました。

私達は、そのお地蔵様を一目見た瞬間、「このお地蔵様を汗露臺にお祀りしなさいという菩薩様のお計らいに違いない」と確信しました。

今まで菩薩様のお計らいの絶妙さを何度も体験してきましたが、前日、大工の棟梁に、汗露臺にお祀りするお地蔵様のお話をしたばかりだけに、早速その翌日石屋さんを通じて、汗露台にお祀りするお地蔵様をお授け下さった菩薩様の間髪入れぬお計らいに、改めて感動した事は言うまでもありません。

菩薩様がこのお地蔵様を選ばれた訳

一言にお地蔵様と言っても、子安地蔵、子育て地蔵、水子地蔵など様々なお地蔵様がおられますが、菩薩様がお授け下さったのは、いずれのお地蔵様でもなく、心の底まで癒されるような愛らしい童顔のお地蔵様でした。

しかし、私達がこのお地蔵様を見て強く心を引かれたのは、愛らしい童顔よりも、むしろ首を少し左側に傾けられたそのお姿でした。

そのお姿を見た瞬間、私達には、菩薩様がこのお地蔵様をお授け下さった本当の理由がすぐに分りました。

汗露臺にお祀りされるお地蔵様は、どうしても首を左側に傾けたお姿でなければならなかったのです。

「不思議は世々に新たなり」をお読み頂いた皆様は、すでにお分りだと思いますが、汗露水が授けられた経緯の中で、三つの不思議な出来事がありました。

一つ目は、庫裏にある二台の洗面台のうち、左側の洗面台に置いてある歯ブラシ立てとグラスに、まだ湧いていない地下水が二十一回溜まった事。

二つ目は、それと相前後して法嗣様の首の左側に起った激しい痛みと疼き。

三つ目は、菩薩様を象徴する桜の寺紋額のガラス一面に、汗を流したかのような雫が付着していた事です。

湧出した地下水が菩薩様の代受苦の御汗を意味する聖水である事を悟らせて頂く上で欠かせなかった三つの出来事の内、洗面台に溜まり続けた地下水と、法嗣様が首に頂かれた痛みが、いずれも左側に起っていた事を考えれば、汗露水を授けて下さるお地蔵様は、どうしても首を左側に傾けたお姿でなければならなかったのです。

汗露臺の御本尊様は、菩薩様の代受苦の御汗である汗露水を授けて下さるお地蔵様として相応しいお姿でなければなりませんが、どのようなお姿がふさわしいのか、私達には分りません。

しかし「按ずるより産むが易し」の諺通り、すべてを見抜き見通しておられる菩薩様が、汗露臺にお祀りするに相応しい首を左側に傾けたお姿のお地蔵様を、石屋さんを通じてお授け下さったのです。

首を少し左に傾けながら何ともいえぬ愛らしい笑みをたたえたそのお顔を拝見していますと、生き仏と成られた菩薩様だからこそ現す事の出来た汗露地蔵菩薩様だと、感嘆せずにはおられません。

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御法歌とは

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御法歌(みのりうた)とは、菩薩様が、人生のあらゆる苦難を乗りこえられ、衆生済度の道すがら、知らず知らずのうちに、口を突いて、魂の奥底から湧き出てきた、三千首余りの道歌の数々であります。

菩薩様が、『道歌集』の中で、

 「この歌は、和歌とか短歌のように、花鳥風月を詠んだ風流なものではなく、移り変わりゆく人の世、人の心の有様をそのまま歌にあらわし、人よみな万物流転を知れ、真実の自己に気付けと、み仏が人生の正しい道しるべをお示し下された、慈悲の法歌であり救済の道歌であると、私は確信してやまないのであります」

と述べておられますように、御法歌は、そのままがみ仏の御真言(真理の言葉)であり、お悟り(仏法)そのものと言えましょう。

御法歌は、ともすれば難解といわれる仏法の真髄に、老若男女のへだてなく、誰もがいつでも触れられるようにと、み仏がお示し下された、人間として正しく生きるための道しるべであります。

苦しみ多き浮世の人生をあてどなく歩む私たちではありますが、迷ううちにも、苦しむうちにも、生き仏様にみちびかれて、救いの光明を見出させていただくことが大切であり、それが苦しみを背負う万人の願いではないかと思うのであります。

どうか、御法歌(道歌)の中に示された真理の言葉(御真言)を心の杖とされ、迷い多き人の世に流されることなく、かけがえのない人生を有意義に、そして心豊かに生きて頂ききたいと思います。

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御法歌の栞

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極楽に 往くも地獄に堕つるにも
己が所業が もととなるなり

自分を救える者

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』という短編小説を、皆さんも御存じだろうと思います。

或る時、極楽の蓮池のほとりを歩いておられたお釈迦様が、蓮の葉の間から地獄の有様をご覧になったところ、地獄の底の方でカンダタという一人の男がもがき苦しんでいました。
このカンダタは、様々な罪を犯した極悪人でしたが、道端をはってゆく小さな蜘蛛の命を助けた事がありました。
そこで、お釈迦様は、善い事をした果報として、地獄から救われるチャンスを与えてやろうと、極楽の蜘蛛の糸をカンダタの頭上に下ろされたのであります。
カンダタがふと上方を見上げると、銀色に光り輝く蜘蛛の糸がゆらりゆらりと下りてきました。
これはしめたとばかりに、カンダタは、さっそくその糸を上り始めましたが、途中でふと下の方を見ると、地獄へ堕ちた大勢の亡者たちが、その蜘蛛の糸につかまって、カンダタの後から次々と上ってくるではありませんか。<
それを見たカンダタは、蜘蛛の糸が切れたら大変だとばかり、「この蜘蛛の糸は俺のものだ。誰の許しを得て上ってくるのだ。みんな早く下りろ」と叫びました。
ところが、その瞬間、蜘蛛の糸は、カンダタの手元のところでプツリと切れ、あっという間にカンダタは、蜘蛛の糸もろとも地獄の底へ真ッ逆さまに堕ちてゆきました。
その一部始終をご覧になっておられたお釈迦様は、わが身の事しか考えないカンダタの心根を哀れに思われたのでした。

僅か数ページの短編小説ですが、この小説を読んで、「あの心では地獄へ堕ちても仕方がない」と思われる方もいれば、「好きで悪人になる人間はいないのだから、カンダタが哀れだ」と思われる方もいるでしょう。
どのように感じるかは人さまざまですが、確かなことが一つあります。それは、 自分を救えるのも、自分を不幸にするのも、自分以外にはいないという事です。
自分が不幸になるのは、親のせいだ、子供のせいだ、誰々のせいだ、社会のせいだと言って、不幸の責任を自分以外の何かに転嫁している人を、よく見かけますが、自分以外に自分を不幸に出来る者など、一人もいないのです。
自分を救える者は自分しかいないからこそ、自分を救う心を養わなければいけないのですが、自分を救う心とは、どの様な心なのでしょうか。それを教えてくれているのが、『蜘蛛の糸』の主人公カンダタです。

蜘蛛の糸の正体

私は、小さい頃、この小説を読んで、「何故細い細い蜘蛛の糸を、あんなに大勢の人が上っても切れないのだろう」と不思議に思った事がありますが、蜘蛛の糸の正体を知った時、「だから、切れなかったのだ。なるほどなあ」と、自分ながらに納得して、妙に嬉しかった事を覚えています。

蜘蛛の糸の正体と言いましても、超合金で作られた糸であるとか、切っても切れない奇蹟の糸であるなどと言っているのではありません。

要するに、お釈迦様が垂らされた蜘蛛の糸というのは、ただの蜘蛛の糸ではなく、蜘蛛の命を救ったカンダタの心を象徴している蜘蛛の糸なのです。

自分以外の者の事を思う心を仏教で菩提心(ぼだいしん)と言いますが、お釈迦様は、目に見えないカンダタの菩提心を、蜘蛛の糸という目にみえる形を借りて、カンダタの下へ送られたのです。

蜘蛛の糸が銀色に光り輝いていたのは、それが光り輝く菩提心を象徴しているからであり、この菩提心こそ、カンダタを極楽へ導く蜘蛛の糸の正体に他ならないのです。

「さあ、この蜘蛛の糸が、自分を極楽へ導くあなたの菩提心だよ。この菩提心の糸を伝って極楽へ上ってきなさい」

ただの細い蜘蛛の糸であれば、幾らお釈迦様が垂らされた糸であっても、すぐに切れてしまうでしょうが、カンダタや大勢の亡者が上ってきた蜘蛛の糸は、カンダタの菩提心を象徴する蜘蛛の糸ですから、幾ら細くても、カンダタの菩提心が失われない限り、絶対に切れる事はありません。

ところが、自分の後から次々と上ってくる大勢の亡者を見た途端、カンダタは思わず、自分さえ助かればいいという浅ましい心を起こしてしまったのです。

その途端、カンダタの手元で蜘蛛の糸が切れて再び地獄へ堕ちていったのですが、切れたのは、蜘蛛の糸ではなく、蜘蛛の糸に象徴されているカンダタの菩提心です。

菩提心の糸によって極楽へつながれているカンダタですから、その菩提心が切れれば、その象徴である蜘蛛の糸が切れて地獄へ堕ちてゆくのは当然と言えましょう。

小説では、蜘蛛の糸がカンダタの手元のところで切れたと書かれていますが、厳密に言えば、切れたのではなく、カンダタが自ら切ったのです。

何故なら、菩提心を起こすも失くすもすべて、カンダタ自身の手にかかっているからです。カンダタ以外に、カンダタの菩提心を切れる者など一人もいません。

「墓穴を掘る」という言葉がありますが、自分の事だけを考えていては、自分も救われないことを、カンダタは、身を以て痛感したことでしょう。

もしカンダタに、自分と同じように地獄へ堕ちた人たちのことを少しでも憐れむ心(菩提心)があれば、「みんなも私と一緒に上ろう。そして共に救われよう」と言えた筈ですし、そうすればカンダタも救われたに違いありません。

蜘蛛の糸は、幾ら細くても、菩提心を失くさない限り、絶対に切れませんが、菩提心を失くせば、一瞬にして切れるもろい糸と化するのです。

つまり、自分の幸せだけを考えるから救われるのではなく、他人のことを思える心が、自分を救うのであり、他人のことが思えたら、それが極楽往きの切符であり、極楽へ通じる蜘蛛の糸となるのです。
 人思い 人を忘れぬ人ならば
  功徳の果報 わが身に及ぶ
 己が身は 楽であろうと苦であろうと
  人にはかけよ 慈悲と情を

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身なきあと 神や仏とあおがれて
  人世を照らす 人もあるなり

人間の生死は、何を基準に決められるべきものでしょうか。

以前、脳死が人の死か否かが盛んに論議された事がありますが、脳死問題は人間の死ではなく、単に人間の一部である肉体の生死を問題にしているに過ぎません。

人間には、仏性という不滅の命が宿っている事を忘れてはならないと思います。

そして、人間の生死を決めるのは、肉体の生死ではなく、その仏性が目覚めているか、眠っているかなのです。
 肉体の 生死を見るは愚かなり
   心の生死を 生死とぞいう

つまり、その人が生前どのような生き方をしたか、どこまで仏性に目覚めて生きたか、それによって人は生きもすれば死にもするという事です。

その証拠に、お釈迦様やお大師様や菩薩様のように、肉体がなくても生き続けておられるお方もおられるのです。
 穢れ身を もちて己れのためばかり
   生きる人をば 死人とぞいう

菩薩様は、「自己のために生きるより、人の為に生きよ。それが真に生きる事であり、引いては心が救われ、自己が照らされることである」とおっしゃっておられますが、私たちは、たとえ肉体はなくとも、神や仏と仰がれて人世の闇を照らし続けているお方がおられる事を忘れてはなりません。

明治維新の影の立役者、吉田松陰もそのお一人ですが、松蔭は、人間の不生不滅について『死なぬ人』の中で、次のように述べています。

「さて死なぬ(不生不滅)と申すは、近く申さば釈迦、孔子と申すお方は今日まで生きてござる故、人が尊みもすれば、有り難がりも恐れもする。楠木正成公じゃの大石良雄じゃのと申す人は、たとひ刃物に身は失われても、今以て生きてござるではないか」
 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも
   留め置かまし 大和魂

たとえ肉身は武蔵の野辺に朽ち果てるとも、わが魂は永遠に滅びないと悟り切った松蔭は、悠々として刑場の露と消えてゆきましたが、身を捨てて国家の為に生きた松蔭の一念は、やがて明治維新の大業となって見事実を結び、その精神は、今の世に神として崇められ、人々を照らし続けているのです。

吉田松陰が国家の為に生きたお方なら、お釈迦様、お大師様、菩薩様は、苦しむ衆生のため、人類の為に生きられたお方であり、今も生き続けておられるお方と言えましょう。

お釈迦様が御入滅なさって早や二千五百年以上の歳月が流れているにも拘らず、未だに多くの人々から「お釈迦様、お釈迦様」と言って慕われているのは何故でしょうか。

お大師様が紀州高野山に御入定なさったのは、千年以上も前ですが、お大師様の御威徳が普く光り輝く高野山や四国霊場をはじめ、全国津々浦々の御霊跡に、今も救いを求めて参る人々の列が絶えないのは何故でしょうか。

それは、お釈迦様やお大師様が、今も生きて苦しむ人々を救っておられるからであり、死んでおられないからであります。

そして、今も生きておられるのは、肉体があるからではなく、わが身を捨てて人世の為にご生涯をささげられたその一念(仏性)が生き続けているからなのです。

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受けし恩 返すというは世のために
  尽すまことを 返すとぞいう

真のご恩返しとは

一口にご恩返しと言いましても、尽しても尽しきれない両親へのご恩返し、生涯苦楽を共にする夫や妻へのご恩返し、お世話になった恩師へのご恩返し、職場の上司や同僚、知人へのご恩返しなど、様々なご恩返しがありますが、場合によっては、より大きな使命を果たさんがため、お世話になったお方のご恩に報いる事が出来ない時もあります。

寿法様が修行をなさっておられた時の事です。大変お世話になった菩薩様の実兄が亡くなられたのですが、常識的に言えば、修行を中止してでも、お世話になった実兄のお葬式に、菩薩様と共に参列するのが人の道と言えましょう。

しかし、菩薩様は「兄には大変お世話になったが、今は亡くなった者の後を追うより、法(悟り)を求めて修行する方が大切である」と、実兄が亡くなられた事を、修行中の寿法様には一切告げず、菩薩様お一人でお葬式に参列されたのです。

しかし、菩薩様の深いみ心を知らない親族の方々はみな、「何故、お世話になった義兄の最後の別れに来ないのか」と言って、寿法様の事をよく言われなかったのです。

寿法様がお葬式に参列して最後の別れをするのは、確かに義兄の御恩に報いる道かも知れませんが、菩薩様は「妻が義兄から受けた御恩に報いる道は、お葬式に参列する事ではなく、今の修行を一刻も早く成就し、仏法を世のため人のために役立てていく事であり、それこそが、御恩に報いる人の道である」と、親族に説いて聞かせたのです

その時菩薩様の口を突いて出てきた歌が、表題の道歌であります。

求道の心得

曹洞宗の開祖、道元禅師の師であった明全禅師にも、これとよく似た逸話が伝えられています。

道元禅師が九年間、付き随って禅の修行をされた明全禅師というお方がおられますが、この明全禅師の得度の御師僧様が、明融阿闍梨というお方で、幼い頃より両親に代わり明全禅師を育てて下さった、明全禅師にとっては親以上に大切なお方であります。

ところが、明全禅師が禅の道を究めようと、道元禅師を連れて宋の国へ出発しようという際になって、明融阿闍梨が明日をも知れぬ臨終の床につかれたのです。

明融阿闍梨は、明全禅師を枕元に呼び、「明全よ。宋へ旅立つのを少し待ってはくれまいか。私は、もう明日をも知れぬ命なのだから、どうか私の死水を取ってから宋へ渡って欲しい。それからでも遅くはないであろう」と言って、明全禅師を引き止めようとされたのです。

明全禅師は、一刻も早く仏法を求めて旅立たなければならず、また大恩あるお方の言葉に背く事も出来ないという、まさに人生最大の岐路に立たされたのです。

明全禅師は、大勢の弟子達を前に、「実はいま御師僧様から、もう少し出発を遅らせて、私の死を看取ってから宋へ出発して欲しいと言われたのであるが、みんなはどう思うか」と、問いかけられたのです。

すると弟子達はみな口を揃えて、「幼い頃から親身になってお世話をして下さった大恩ある御師僧様の願いですから、御師僧様のおっしゃる通り、最後の御世話をなさってから宋に行かれるのが人の道だと思います」と答えたのです。

そして、「きっと明全禅師もそうおっしゃるだろう」と、弟子の誰もが聞き耳を立てていると、明全禅師は、おもむろにこうおっしゃったのです。

「私の考えは違うのだ。確かにいま御師僧様のお世話をする事は、御師僧様から受けた大恩に報いる事になるであろう。
御師僧様の死を看取らぬまま宋へ渡れば、その大恩に背く事になるかも知れないし、人の道に外れた行いになるかも知れない。
しかし、私が一刻も早く宋に渡って禅の道を極め、悟りの一分でも開く事が出来れば、その悟りが良き縁となって多くの苦しむ人々を救う事が出来るばかりか、その功徳が、御師僧様に廻向されるのではないだろうか。
一時は御師僧様の大恩に背く事になるけれども、一刻も早く悟りを開き、人々を救ってゆく事が、背いたご恩に勝る以上のご恩を御師僧様にお返しする事になる。
だから、今は御師僧様のご恩に背く事になるけれども、仏法を求めて宋へ渡る事の方が、一刻を争う一大事ではないかと私は思う」

そう言って、道元禅師を連れて宋へ渡られたのであります。

宋から帰られた道元禅師は、多くの弟子達を前に、

「明全禅師は立派な師であった。私が今あるのは、明全禅師のお陰である。明全禅師が私に、本当の人の道とは何であるかを教えて下さったお陰で、私はいま禅の道を極めることが出来たのである」

と述懐されたのであります。弟子達が、

「菩薩行とは、自分の事より先ず人の事を先に考えなければいけない筈です。明全禅師が仏法を求めるのは、自分の為であるのに対し、明融阿闍梨の願いに答えるのは他を利する行いですから、こちらを先にしなければ菩薩行に反するのではないでしょうか」

と尋ねると、道元禅師は、

「そうではない。自分の為でも、人の為でも、優れた方を取るのが、本当の菩薩行なのだ。
明全禅師が仮に出発を先に延ばしたとしても、明融阿闍梨の死を食い止める事は出来ない。
一時的に御師僧様の心を慰め、御恩に報いる事は出来るけれども、明融阿闍梨の命を助ける事は出来ない。
それよりも、命がけで法を求め、一刻も早く悟りを開いて明融阿闍梨の御恩に報いる事の方が優れているのだ」

と仰ったのであります。

 親の恩 生涯かかれど果たされず
  善根功徳を 果たすというなり

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相相と 外の相にと迷うより
   変えてうれしや わが心の相

菩薩様のお伴をして紀州高野山へ行った時の事です。五才くらいの女の子を連れた女性が、菩薩様に声をかけて来られました。

「私は、四国の香川県から来た者ですが、憑き物(つきもの)が付いているから高野山へ行って来いと言われて、昨夜、高野山の宿坊に泊めて頂いたのです。そうしましたら、奥の院で大変立派なお坊さんにお会いした夢を見ました。どうか私の憑き物を取って頂けないでしょうか」
「分かりました。いま私があなたの憑き物を全部取ってあげましょう。取るだけでは満足出来ないでしょうから、私があなたの憑き物を全部貰ってあげましょう」
「そこまでして頂いたら辛いです。先生は、何ともありませんか」
「私はそんなものには、一切迷いませんから、心配はいりません。苦しむ人がいれば、自分の身を捨ててでも、その人を救わずにはいられないのです」
「この子にも憑き物が憑いていると言われたので、取って頂けないでしょうか」
「わざわざ高野山まで来て、その様な事を言っていると、お大師様が泣かれますよ。いいですか。四国へ帰られたら、もう二度と、憑き物が憑いていると言ったその人の所へ行ってはいけませんよ。憑き物が憑いていると言うその人があなたに憑いているのですから、その人から離れなさい。そうしないと、いつまでたっても救われませんよ」
「有難うございました。これでよく眠れるようになります。お四国へ来られた時は是非お寄り下さい」

菩薩様のお言葉で、身も心もすっかり楽になったのでしょう。眼が覚めても体がえらくて起きられないと言っておられたそのお方が、紙に電話番号を書かれ、子供と二人で、うれしそうに帰っていかれた後姿が、今でも忘れられません。

人間というものは弱いもので、体が悪くなったり、家庭的に色々な事が起きてくると、家相が悪いのではないか、墓相がよくないのではないか、憑き物が憑いているのではないかと、朝も起きられないほど色々な事で悩み苦しむのであります。

このお方は、或る宗教団体の支部長をしているとおっしゃっておられましたが、支部長までしている人であっても、色々な事で迷い、憑き物が憑いていると言われると、そう思い詰めてしまうのです。

また、世の中には、憑き物が憑いているなどと言って、苦しんでいる人々を益々迷いの淵へ陥れる人がいるのですが、何故簡単に惑わされるのかと言えば、自分自身の中に正しいもの(仏法)がないからです。

このお方には、元々、憑き物などというものは憑いてはいなかったのですが、自分自身の中に狂いのないお悟り(仏法)がないから、憑き物が憑いていると言われると、憑き物が憑いているから苦しいのだと思い込み、自分で自分の首を絞めてしまうのです。

世の中には、家相、墓相、占い、占星術、姓名判断、四柱推命など、人生の未来を予測し、善悪吉凶を占う術が数多ありますが、自分以外の何かを変えて人生が好転するのであれば、この世に苦しむ人は一人もいません。

家相が悪い、墓相が悪い、名前が悪いと、あれやこれやで迷っている人をよく見かけますが、もし手相が悪い、骨相が悪いと言われたら、その方はどうするのでしょうか。

家相、墓相、名前は変えられても、自分の手相や顔の悪い箇所を切り刻む訳にはいかないでしょう。

ましてや、乱れた世の中の相(世相)は、人間の心が変わらなければ、変える事は出来ないのです。

菩薩様は、『道歌集』の「求道の心得(邪教に迷わず)」の中で、

人の世は何かにつけて苦労の多いものですが、そうした中で思わずとりすがった教えが慈悲なき教えであったら何といたしましょう。それこそ迷路に入るばかりか、自己人生の破滅となるでしょう。
『法句経』に、
「茅(かや)を掴みそこぬればその手を傷つくるが如く、あやまれる求道は人を破滅にみちびく。」
と、きびしく戒めておられますが、教えを求めるには念には念を入れて、正しい教えを求めなければなりません。
宗教とは自己の旨とすべき教えでありますから、仏法以外に何かを求めてそれを頼りとするものでは決してありません。よくない人生が好転するもしないも、わが心、わが所業にあることに気付かねばなりません。法を聞き、教えをうけましょう。それによって迷いの心も開かれるというものです。

と説いておられますが、まさに、迷い多き人生だからこそ、他に惑わされる事のないよう、また自らが迷う事のないよう、心に正しい人生の道しるべ(仏法)を持たなければならないのです。

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み仏は 誰と彼とのへだてなく
  もてる法薬 与えすくいぬ

み仏は分け隔てをされるのか?

以前、「今までお参りさせて頂き、御説法も聞かせて頂きましたが、他の方がお計らいを悟られて救われていくのに、私は少しもお計らいを悟らせて頂けません。お大師様、菩薩様は、分け隔てをされるのですか」と仰った方がおられました。

そこで、「説法を、自分の身に置き換えて聞いておられますか。たとえ他人の話でも、自分に言われていると思って聞いておられますか。長い間、お参りされたと言われますが、法を求め、救いを求めてお参りされましたか」とお尋ねすると、「他人事だと思って聞いていました。法を求める心もなく、ただ何となくお参りしているだけでした」という答えが返ってきました。

このお方は、ただ説法を知識として耳で聞いておられただけで、自分の身に置き換えて聞いておられなかったのではないでしょうか。

「耳で聞いて、心で聞かず」という言葉がありますが、どのような御説法でも、いかなるお計らいでも、それを自分の身に置き換えて受け止めるか、他人事だと思って聞き流すかによって、救いの道は大きく変ってゆきます。

お大師様、菩薩様は平等利益であって、誰彼の分け隔てなく、救いの御手を差し延べておられるのです。しかし、いくらお大師様、菩薩様といえども、その御手をつかまなければ、救う事は出来ません。

救われる人と救われない人がいるのは、救いの御手を差し延べて頂ける人と、頂けない人がいるからではなく、差し延べられた救いの御手を握る人と、握らない人がいるからです。

決して、お大師様、菩薩様が、苦しむ人々を分け隔てしておられるからではありません。

太陽の光が、老若男女のへだてなく、善人も悪人も平等に照らしてくれているように、み仏の普き救いの光明は、全ての人々に隈なく降り注がれているのです。しかし、自ら心を閉ざしていては、光の恵みを頂く事は出来ません。

一休禅師と蓮如上人の問答

とんち和尚で有名な一休禅師と、蓮如上人の間に、こんな逸話が残っています。

ある時、一休禅師が、蓮如上人にこんな歌を送られました。
 阿弥陀には 真の慈悲はなかりけり
  頼む衆生を のみぞ助くる

一休禅師が、「阿弥陀如来には、衆生をへだてる心はないと言うけれども、何故世の中には救われる人と救われない人がいるのか。阿弥陀如来には誠の慈悲がないのではないか」と言って、蓮如聖人に問いただされたのです。

そこで蓮如上人は、
「阿弥陀様は、全ての衆生を分け隔てなく、平等にお救いしておられます。しかし、いくら阿弥陀様が救いの光明を降りそそいでおられても、衆生が心を開かなければ、蓋をした水に月影が映らないように、救いの御光を頂く事が出来ません。阿弥陀様の救いの御光を頂くには、自ら心を開かなければならないのです」
と言って、次の歌を一休禅師に返されました。
 阿弥陀には へだつ心はなけれども
  蓋ある水に 月は宿らじ

菩薩様が御説法なさった時も、法嗣様が法を説かれる時も、全ての人に平等に説いておられる事は言うまでもありません。この人だけを救おう、あの人だけを救いたいと思いながら、法を説いておられるのではありません。全ての人々を平等に救いたいという一心で、法を説いておられるのです。

しかし、法を受け取る人々の心は、様々です。苦しみを背負っておられるお方もいれば、まだ苦しみのないお方もおられます。

苦しみを背負っておられるお方は、救いを求める心が強く、法を聞く態度も真剣ですが、まだ苦しみを頂いておられないお方は、救われたいという思いがまだ切迫していませんから、法を聞くと言っても、まだ他人事に過ぎません。

渇き切った大地に水を撒けば、瞬く間に吸収されますが、大雨の後の大地に水を撒いても吸収されないのと同じように、分け隔てなく説法しても、法を受け取る人々の苦しみの深さや、救いを求める心の強さの違いによって、法が入る人と、法が入らない人がいるのです。お計らいを悟って救われていく人と、中々救われていかない人がいるのは、その為です。

ですから、長い間、一生懸命に信仰してきたのに、少しも救って頂けないと言って、その責任をみ仏に転嫁するのは、本末転倒といわなければなりません。

自分の心の中を覗いてみれば、きっと「まだ法を受け入れていないよ。心を閉ざしているよ」という答えが返ってくる筈です。

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悟りとは 表の教より裏の法
  見えぬ裏にぞ 悟りあるなり

12月29日につくお餅は苦餅?福餅?

皆さんは、年末にお餅をつかれると思いますが、日本では、12月29日に、お餅をつかない家が多いようです。

9のつく日につくと、苦餅(九餅)と言って縁起が悪いからというのがその理由ですが、法徳寺では、毎年29日にお餅をつきます。

しかし、29日にお餅をついたからと言って災難に遇った事は一度もありませんし、29日についたお餅を食べて、腹をこわしたり、苦しくなった事もありません。

何故、人々が嫌がる12月29日にお餅をつくのかと言えば、29日を、苦とは考えていないからです。

読み方によっては、29を福(ふく)と読むことも出来ますが、本来29という数字には、苦の意味も福の意味もありません。ただ、私たちが勝手に29日についたお餅を、苦餅と見なして避けたり、福餅と見なしているに過ぎません。

人間には、自分にとって都合の良い事と悪い事を分ける分別心があります。

例えば、「これは幸せ。これは不幸せ」と言うように、幸と不幸を分別します。しかし、幸不幸というものは、決まったものではなく、見方、考え方によって、幸が不幸になったり、不幸が幸になったりするものです。

この事は、ものの見方、考え方を変えるだけで、全く違う世界が見えてくる事を意味します。

誰もがみんな、自分に都合の良い事と、都合の悪い事を分別して、都合の悪い事は全部避けて通ってゆくのですが、29を苦と見るか、福と見るかの違いによく現われているように、世の中には、同じ物事でも、見方、考え方を変える事によって、正反対の結果となる事が少なくありません。

ご存じのように、日本人は、4と9を嫌います。4は「死」を、9は「苦」を連想するからですが、29日を苦(9)として避ける論法でゆけば、24日も死(4)につながる日として避けなければならないでしょう。

しかし、24日は、昔からお地蔵さまのご縁日として、多くの人々の尊崇を集め、これほど有り難い日はないと言われている日なのです。

面白い事に、病院やデパートへ行きますと、4階と9階がなく、3階から5階へ跳び、8階から10階へ跳ぶようになっています。実際には4階も9階もあるのですが、4や9は、死や苦を連想して縁起が悪いからというので、4階を5階と呼び、9階を10階と呼ぶのです。

しかし、菩薩様は、

「4は3と5の架け橋。9は8と10の架け橋。4という架け橋がなければ3から5へは行けない。9がなかったら、8から10へは行けない。
日本人はみんな、縁起が悪いと言って避けるけれど、4も9も必要だから、天地神明はこの数字を作っておられるのだ。
だから、嫌だと言ってこれを避けても、幾ら逃げても、付いて来るものはどこまでも付いてくる。
では、どうすればいいのか。縁起が悪いと思っているものを、悟りによって福に変えてゆけばいいのだ」

とおっしゃっておられました。

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聖歌集

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大師のすくい

無常教える花仏

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歌碑の御奉納

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仏法(歌碑)のある御寺

境内参道の両側に歌碑(うたひ)を建立する事は、菩薩様御在世中よりの悲願であり、仏法の道しるべ「歌碑」のある御寺としての高野山法徳寺を実現する上で最も大切な整備事業の一つであります。

歌碑に刻まれるのは、花鳥風月を詠んだ和歌や短歌ではなく、移り変わりゆく人の世、人の心の有様をそのまま歌にあらわし、人間はこうあってはならぬ、こうあらねばならぬという、人生の正しい道しるべを綴った道歌(御法歌)であります。

歌碑の御奉納と言えば、御奉納される方が自ら作った短歌や俳句を石に刻んで奉納するのが一般的ですが、法徳寺へ御奉納して頂く歌碑は、菩薩様が作られた道歌(御法歌)の中から一首を撰んで頂き、それを御奉納して頂くのであります。

何故菩薩様の道歌を御奉納して頂くのかと申しますと、この道歌(御法歌)は、『道歌集』の序文にも書いておられますように、菩薩様が自ら思考して作られたものではなく、あらゆる苦難の中から、知らず知らずのうちに口をついて魂の奥底から湧き出て来た御真言(仏法)であり、まさに生き仏となられた菩薩様の仏性の息吹そのものだからです。

参道の両側に建立される歌碑は、菩薩様の仏性の息吹とも言うべき道歌(仏法)によって、悩み苦しむ人々を、この世の曼荼羅浄土(夢殿)へ導く道しるべであり、御奉納される皆様は、歌碑を通して苦しむ人々の心の闇を照らす灯人(あかしびと)となり、悩み苦しむ人々を、曼荼羅浄土へ誘う道先案内人となられるのであります。

歌碑は永遠なる命の象徴

菩薩様は、平成2年4月13日、御歳71歳をこの世の一期として御入定なさいましたが、その菩薩様の永遠なる命を象徴するのが、数々の道歌(仏法)を刻んだ歌碑であります。

しかし、この歌碑は、ただ生き仏となられた菩薩様の永遠なる命を象徴するだけではなく、歌碑をご奉納された皆様の永遠なる命を象徴するものでもあります。何故なら、御奉納される皆様もまた、歌碑を通して生き仏となられた菩薩様と共に末代までも生き続けていかれるからです。

お釈迦様は、弟子たちに、

「われの死は肉身である。肉身は父母より生まれ、食によって保たれるものであるから、患い、傷つき、こわれてゆくものである。
それゆえに、われの肉身を見るのではなく、われの法を知る者こそ、真のわれを見るのである」

と説いておられますが、菩薩様が数々の不可思議を通して、死んでも死なない命を得られた証をお示しになっておられるのは、仏法を心のともし火として生きる人は、いつまでも菩薩様と共に生きる事を教えんが為です。

道歌(仏法)を刻んだ歌碑は、まさに永遠を生きておられる菩薩様の命そのものであると同時に、末代までも菩薩様と共に生きてゆかれる御奉納者の皆様ご自身のお姿でもあるのです。

子々孫々に残す真の財産とは

人はみな亡くなれば墓石の下に葬られ、その墓を子や孫が代々守り伝えてゆくのが古来からわが国に伝わる先祖供養の在り方ですが、その墓を拝み供養するのは子や孫だけであり、血縁以外の人々から拝まれる事はまずありません。

しかし、道歌を刻んだこの歌碑は、苦しむ多くの人々の心を照らし、浄土へ導く法のともし火そのものでありますから、道歌に心を癒され、苦しみから救われた人々は、歌碑に手を合わせ、感謝の祈りを捧げるに違いありません。

つまり、歌碑を御奉納された皆様は、子や孫や親族からは勿論のこと、苦しみから救われた多くの人々から、歌碑を通して末代までも拝まれてゆかれるのであります。

その功徳の果報は、ご奉納されたご本人は勿論のこと、ご先祖や子々孫々に報われ、回向されてゆく事でしょう。

何が有難いと申しましても、子や孫はおろか、苦しみから救われた多くの人々に、歌碑を通して拝まれてゆくこと以上に有難い事はありません。これこそ、人間として最高の幸せであり、ご先祖に手向ける真の供養であり、子々孫々に残してゆける唯一の財産ではないでしょうか。
 いつの日も 叶わぬときはただ頼め
  歌碑をわれの 墓と思いて
 勧進の 縁の糸にみちびかれ
  往くも帰るも 弥陀の浄土へ
 ありがたや 奉納寄進の導きで
  いま積徳の よろこびを知る

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信者を作らない理由

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信者は要らない

お参りされた皆様からよく「法徳寺は信者寺ですか」とのお尋ねをいただきます。

その都度、「いいえ、法徳寺には、一人の信者もいませんし、檀家もございません」とお答えすると、不思議そうな顔をなさいます。

菩薩様は、常々「法徳寺には、信者は一人もいないし、作らない。これからも信者は作らないし、作ってはならない。ただご縁の方々にお参り頂き、一人でも二人でも救われて帰って頂いたら、それでいいのです」と仰っておられました。

近年、子供を虐待する親の話をよく耳にしますが、自分の子供だと思うから、子供に粗相をしたり、乱暴したりするのであって、「この子は神仏からの預かり子だ。お預かりしているだけだ」と思ったら、決して乱暴や粗相は出来ません。

それと同じように、信者を作ると、「わが信者だ。わが弟子だ」という思いから、信者や弟子に執着し、その自由や行動を縛るようになるのです。それは、様々な事件を起した数々の宗教団体を見れば明らかではないでしょうか。

菩薩様が「法徳寺には、信者は一人もいないし、信者は作らない」と仰ったお言葉には、非常に深い意味があるのです。

救われる上で、信者であるか否かは、全く関係ありません。大切な事は、苦しみから救われる事であり、一刻も早く苦しみの因縁を解く事です。

来る者は拒まず・去る者は追わず

法徳寺は、「来る者は拒まず、去る者は追わず」で、誰でも自由にお参りして頂いたらいい御寺です。

「来る者は拒まず、されど去る者は許さず」と云って、信者の自由を束縛し、様々なトラブルを起した宗教団体が多々ありますが、これは、信者を作ると必ずそうなっていくという戒めであり、救いを求める人々への良い教訓です。

お釈迦様が『法句経』というお経の中で、「茅(かや)をつかみそこぬればその手を傷つくるが如く、誤れる求道は人を破滅にみちびく」 と、厳しく戒めておられますように、悩み苦しみの中で、藁(わら)をもつかむ思いですがった教えが茅であったら、何といたしましょう。それこそ、迷路に入るばかりか、人生の破滅となるでしょう。

宗教というものは、自己の旨(むね)とすべき教えですから、仏法以外に何かを求めて救われるものでは決してありません。

教えを求め、救いを求める時には、念には念を入れ、正しい教えを求めなければならないとのお釈迦様のお諭しです。

私がしたいのはそんな事ではない

以前、九州へ行かれたお方が、菩薩様に、「九州へ行きましたら、新興宗教がたくさんの信者さんを集めて活動してみえました。私、それを見て、うらやましくて仕方がありませんでした。早く法徳寺さんにもそうなって頂きたいと思います」という電話をして来られた事があります。

その時、菩薩様は、

「私はそんなつもりで、法を説いているのではありません。私がしたいことはそんな事ではありません。
どれだけ信者を作ったとか増やしたとか、そんな事は一切関係ありません。
増やしたい教団があれば、どんどん増やして頂いたらいいのです。
私は、ただご縁のあった方が一人でも二人でも、ここへ来て頂いて、救われて帰って頂いたらそれでいいのです。信者を作ろうとか、そんな事は一切考えておりません。
作りたい教団があったら、どんどん作って頂いたらいいのです」
とおっしゃって、その方を厳しく戒められましたが、そのお言葉で、その方は、もう二度と、信者を作るとか増やすというような事を仰らなくなりました。

菩薩様が、信者というものに一切執着しておられなかった事を物語るエピソードの一つですが、今も私達の脳裏に深く刻まれています。

人みな同行二人

よく「信者を作らないし、一人の信者もいないとすれば、毎月お参りされている方々は一体どういうお方なのですか」と聞かれますが、法徳寺に御縁があってお参りされる人々は、すべて御同行(ごどうぎょう)であります。

御同行とは、文字通り、救いを求めて共に修行する仲間という意味です。

昔から、「旅は道連れ、世は情け」と言われますが、私達はみな救いを求めて共に旅をする道連れであり、法徳寺は、互いに助け合い、励まし合いながら一緒に求道の旅をしている人々が集う憩いの場所であります。

四国八十八ヶ所霊場へ行きますと、道行くお遍路さんの菅笠に「同行二人」(どうぎょうににん)と書かれているのをご覧になった事があると思いますが、これは、四国霊場の険しい山坂を、お大師様と共に、そしてお遍路さん同士が互いに道連れとなって、苦しい試練の山坂を越えて行きましょうという意味です。

しかし、同行二人は、四国霊場だけの道連れではありません。

私達の人生で、ご縁となった方は、みな同行二人、つまり御同行(ごどうぎょう)なのです。

夫婦、親子、兄弟姉妹、親戚、友人は勿論、電車で袖触れ合った人でさえ、みな御同行の一人です。御縁があって法徳寺へお参り下さった皆様も、みな御同行です。

勿論、そこには、上も下もなく、誰もがみな御縁に導かれて法徳寺へお帰り頂き、法のみ光に触れて救われて帰って行かれる御同行なのです。

ですから、法徳寺には、御同行はおられても、信者は一人もいないのです。

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報道の自由と責任~一部マスコミの偏向報道について

病巣の根深さ

近年、一部のマスコミによる偏向報道が一段と加速し、「国民の知る権利」が脅かされつつある事は周知の事実ですが、今回、「加計学園問題」において再び顕著となった偏向報道姿勢は、改めてマスコミに巣食う病巣の根深さを、全国民に知らしめる結果となりました。

2017年7月10日に行われた「加計学園問題」の参議院閉会中審査において、「行政がゆがめられた」と言う前川喜平・前文科次官の発言に対し、元愛媛県知事の加戸守行氏が、「10年間、我慢させられてきた岩盤規制に、ドリルで穴を開けていただいた。行政がゆがめられたのではなく、ゆがめられてきた行政が正されたのです」と発言した内容を、朝日、毎日の二大新聞が全く報道しなかった事に、批判や疑問が相次いでいます。

加計学園問題

これに対し、「報道しない自由を行使しただけだ」という意見もあるようですが、今回のように発言内容が相反し、野党が印象操作に狂騒している極めて政治色の強い事案について、自社や自社の主張に近い特定政党に都合のよい一方の発言だけを報道し、不都合なもう一方の発言を一切国民に伝えないという手段を選ばぬ報道姿勢には、誰もが強い違和感を覚えたのではないでしょうか?

朝日、毎日の二紙が、一方の発言内容しか伝えないという偏った報道姿勢をとったのは、憲法改正を唱える安倍内閣を倒すためだというのが大方の一致した見方で、国民が違和感を感じる最大の要因もそこにあります。

勿論、国民の中には、安倍政権を擁護したい人もいれば、安倍政権を倒したい人もいるでしょうから、国民一人一人が、それぞれの立場や考え方から、その是非を判断すればよい事で、極めて公共性の高いマスコミという立場を利用して、倒閣運動や野党の印象操作の片棒を担ぐ事を良しとするのが二紙の立場なら、強い違和感を覚えるものの、あえて異を唱えるつもりはありません。

ただ、私たちが危惧しなければならないのは、倒閣運動の是非も然ることながら、手段を選ばぬ二紙の報道姿勢の在り方そのものです。

何故なら、今回二紙がとった行動は、マスコミの生命線ともいうべき「報道の自由」と、その大前提である憲法で保障された「国民の知る権利」を、二つの点で大きく損なったからです。

一つは、所謂「報道しない自由」なる詭弁を弄して「国民の知る権利」を大きく損なった点において、もう一つは、事実を在りのまま報道すべきマスコミの責任を大きく損なった点においてです。

報道する自由と責任

先ず、相対する発言の一方しか伝えない「報道しない自由」という詭弁を弄して、「国民の知る権利」を大きく損なった点についてですが、御承知のように、「報道する自由」は、憲法第21条の「国民の知る権利」を守る為に認められた権利と自由で、「報道する責任」と一体不可分のものです。

強大な国家権力、官僚機構が、自らに不都合な情報を隠避し、都合のよい情報だけを流すようになれば、国民の正しい判断は阻害され、権力機構の意のままに操られ、間違った方向に誘導される危険性が高まります。

戦時中、政府が、日本にとって都合のよい情報だけを国民に流し、不都合な情報は一切明らかにしなかったのがその好例で、マスコミも、政府の片棒を担ぐ役割を荷った事は周知の事実です。

このような過去の苦い経験から、憲法21条で「国民の知る権利」が保障され、知る権利を担保する為、マスコミに「報道する自由」が認められたのです。

「報道の自由」が認められた経緯を見れば明らかなように、国民が間違った方向に誘導されるのを未然に防ぐため、知り得る限りの情報を、在りのまま包み隠さず国民の前に示す事は、マスコミに課せられた重い責任であり、いかなる圧力や抵抗があっても守り通さなければならないマスコミの生命線と言っても過言ではないでしょう。

その意味で、「報道する自由」を託されたマスコミは、知り得る限りのあらゆる事実や情報を、賛否の如何を問わず、在りのまま、包み隠さず、正確に、国民に伝える責任(報道する責任)を国民に負っている事になります。

「報道する自由」が「報道する責任」と一体不可分の権利である事を考えれば、「報道する自由があるのだから、報道しない自由もあって当然だ」という奇妙な論理は、どこからも出てきません。詭弁以外の何ものでもない事がよく分かります。

ましてや、「報道しない自由」が、報道する側のマスコミに不都合な情報を伝えない事を正当化する為の道具に利用されているとすれば由々しき問題で、「国民の知る権利」を守る上で欠かせない「報道する責任」を、マスコミ自ら放棄したものと言わねばなりません。

問題なのは、朝日、毎日の二紙が、たとえ安倍政権の倒閣運動の為とは言え、「報道する責任」を自ら放棄し、国民の信頼を大きく裏切った事です。

そればかりか、マスコミ全体に対する信頼をも大きく損ねた点において、二紙の責任は重大と言わねばなりません。

不都合な事実を隠そうとする国家権力、官僚機構から、国民の知る権利を守る為に認められた「報道する自由」の旗手である筈のマスコミが、今や監視される権力機構と同じ立場に立つという前代未聞の珍事を、朝日、毎日の二紙は、我々国民の前で、見事に演じて見せてくれたのです。

報道しない自由の実体

「報道しない自由」と言えば、一見尤もらしく聞こえますが、その実体は、「国民に知らせたくない事実を知らせない偏向的自由」であり、「国民に知られては困る情報を伝えない隠匿の自由」に他なりません。

危惧するのは、国民に知られては困る事実を知らせない「報道しない自由」を、国家権力側ではなく、国民から「報道する自由」を託されたマスコミ側が行使する時、国民が被る余りにも大きな損失です。

何も知らない国民は、今まで、自分たちの側に立っている筈のマスコミが、国民を騙し、不都合な事を隠す筈がないと、固く信じてきました。だからこそ、その深刻さは、国家権力側が知らせない自由を行使する時の比ではないのです。

皮肉にも、今回の加計学園問題での二紙の目に余る偏向報道は、マスコミといえども、国家権力と同様、否、それ以上に「国民に知られたくない事実」を隠すのだという当たり前の現実を、国民の前にハッキリ示してくれたのですから、その意味では国民にとって幸いだったと言えるかも知れません。

今まで素朴にマスコミを信じてきた人々に、覚醒を促す一定の効果があった事は間違いないでしょう。

隠された真相

二つ目は、事実を在りのまま報道すべきマスコミの責任を放棄した点についてですが、朝日、毎日の二紙が、加戸発言を一切報道しなかったのは、いま述べたように、加戸発言が、二紙にとって「国民に知らせたくない事実」であり、「国民に知られては困る情報」だったからでしょうが、何故、加戸発言が国民に知られては困るのでしょうか?

それは、加戸発言の中に、加計学園問題の真相が語られており、その真相を知られては何としても倒閣運動を成功させたい自分達に不利益となるからに他なりません。

もし二紙が、前川発言が正しく、加戸発言が間違っていると確信しているなら、誰に隠す必要がありましょう。

発言内容をありのまま伝えた上で、正々堂々と、国民の前に、加戸発言が間違っている事を、根拠を示して証明し、説明すればいいのです。

それが自由に出来るのが、まさに憲法で認められた「報道の自由」の自由たる所以であり、同時に、マスコミに課せられた使命でもありましょう。

しかし、それをしなかったのは、「都合のいいことはカットされて、私の申し上げたいことを取り上げて頂いたメディアは極めて少なかったことは残念」という加戸発言が雄弁に物語っているように、加戸発言を正しいと認めざるを得なかったからでしょう。

勿論、それを認めれば、今まで報道してきた事が、倒閣運動や野党の印象操作の片棒を担ぐ手段として、意図的に捏造されたものである事が明らかになってしまいますから、口が裂けても認められません。

そこで、「報道しない自由」という詭弁を弄し、不都合な発言を国民の眼から隠そうとしたのですから、もはや「報道する自由」を託されたマスコミを名乗る資格はありません。

インターネットが網の目のように張り巡らされている現代では、国民の眼を欺き通す事はもはや不可能と言えましょうが、所謂「報道しない自由」が、「報道する責任」と相容れない隠匿の自由であり、彼らの詭弁である事は、誰の目にも明らかです。

勿論、マスコミにも、マスコミ独自のカラーがあり、それぞれのカラーに基づいて自社の主義主張を、誰の干渉も受けずに発信する事は自由であり、その事を否定するつもりは全くありません。

しかし、自社の意見を主張する事と、その前提として、いま問題になっている事実を賛否両論問わず、すべて包み隠さず国民に知らせる責任がある事とは全く別問題です。

朝日や毎日の主義主張が正しいか否かの判断も、実は、すべての事実が国民の前に明らかにされて、初めて可能となるのです。

もし、朝日や毎日に都合のよい情報しか知らされなければ、国民は、朝日や毎日の主張が正しいのか、間違っているのかの判断さえ出来なくなり、「国民の知る権利」を著しく損なう事になります。

一部マスコミの偏った正義

それとも、「事の是非の判断は我々マスコミがするから、何も知らない国民は、そんな判断をする必要はない」とでも強弁されるおつもりなのでしょうか?

そんな事は万が一にもないと思いますが、最近驚くべきニュースを耳にしました。

テレビ朝日アナウンス室長の大下容子氏が、「蓮舫二重国籍問題を一切報道しないのは何故ですか?」 という視聴者からの問い合せに対し、「報道しない権利と自由、これが我がテレビ朝日の正義です。文句があるなら、日本人として恥だと思います。今後一切テレビ朝日を見ないで欲しい」と答えたというのですが、本当なのでしょうか?

もし本当だとすれば、「報道する自由と責任」を国民から託されたマスコミ人としての資質を疑わざるを得ません。

「テレビ朝日の正義」があるなら、国民の一人として視聴者にも「視聴者の正義」があり、その「視聴者の正義」の視点から、テレビ朝日の報道姿勢に疑問をなげかけたとしても、何ら非難されるべき事ではありません。

むしろ「文句があるなら、日本人として恥だ」と非難し、「テレビ朝日の正義に従いなさい。それが出来ないなら、見ないで欲しい」と、まるで独裁者のように服従を強いる高慢な態度こそが、問題であって、大下氏の発言のどこに、「テレビ朝日の正義」を見出せばいいのか、理解に苦しみます。

テレビ朝日の報道姿勢に賛成の視聴者もいれば、反対の試聴者もいるのは、民主主義国家なら当たり前であって、だからこそ、反対意見にも、より一層真摯に耳を傾けるのが、成熟した民主主義国家に生きるマスコミ人の在るべき姿ではないでしょうか?

政府に都合のよい事実や情報しか報道しない、報道出来ない共産主義国家のマスコミならいざ知らず、自由に発信できる民主主義国家のマスコミに籍を置く大下氏の発言を聞いていると、まるで共産主義国家のマスコミ人の発言を聞いているような錯覚さえ覚えます。

偏向報道が当たり前の共産主義国家のマスコミと同じ報道姿勢に終始する一部マスコミの現状を見れば見るほど、その行動に疑問を抱き、将来に不安を抱く人が出てくるのは当たり前で、それが、平和を願う民主主義国家の国民の在るべき姿ではないかと思います。

その意味で、「蓮舫二重国籍問題を一切報道しないのは何故ですか?」 という視聴者の疑問は至極尤もであり、テレビ朝日には、「何故報道しないのか?」という疑問に真摯に答える責任があります。

民主主義国家であればこそ、マスコミといえども、国民の疑問や批判の眼から逃れる事は出来ないのです。

にも拘わらず、疑問には一切答えず、「文句があるなら日本人として恥だ。今後は一切見ないで欲しい」と突き放す態度は、とても「事実に基づく公平公正なる報道」を旨とする公共の電波を預かるマスコミ人の姿勢とは思えません。

たとえ自社の主義主張に添わなくても、否、自社の主義主張に添わない意見であればなおさら、どのような疑問にも真摯に向き合い、丁寧に説明していく責任があるのではないかと思います。

野党議員が、盛んに口にする「説明責任を果す」事の使命の重さを自覚しなければならないのは、実はマスコミ自身なのです。

国民は、信頼するに足るマスコミか否かを、絶えず注視して見守っている事を、決して忘れてはならないでしょう。

偏向報道の先にある悲惨な未来

いくらマスコミといえども、有った事を無かった事に、無かった事を有った事には出来ません。否、「国民の知る権利」を守るべき立場にあるマスコミだからこそ、有ったことを無かった事に、無かった事を有った事にしてはならないのです。

我々国民が、一部マスコミの報道姿勢に不安を覚えるのは、有った事を無かった事に、無かった事を有った事にしようとする偏向報道の中に、国民を再び戦争の惨禍に巻き込む危険性の萌芽を見る思いがするからです。

例えば、自社の主義主張に添わない政権を倒すため、手段を選ばぬ偏向報道姿勢をとる朝日、毎日ですが、自社の主張に添った政権が誕生した時、どのような報道姿勢を取るのでしょうか?

恐らく、政権にとって不都合な事はひたすら隠し、都合のよい事実だけしか報道しない偏向姿勢を貫くでしょう。

その先に待っているのは、「報道しない自由」を盾にして、自社に都合のよい政権を擁護する情報だけを流し、国民を誤った方向に誘導し、戦時中にあったような滅亡の道へと突き進む暗黒の未来ではないでしょうか?

御承知のように、朝日新聞は、戦時中、当時の政府の対応を弱腰と批判して戦争を煽り、国民を徹底的にたきつけて戦争を賛美し続け、日本の軍国主義化に協力して日本を破滅に導いた過去を背負っています。

戦後、朝日新聞は、その反省の下に生まれ変わり再出発をしたと言われていますが、戦時中に見られた偏向報道姿勢は本当に改まったのでしょうか?

残念ながら、朝日新聞の言う過去の反省は、「珊瑚礁記事捏造事件」「慰安婦強制連行捏造事件」「吉田調書誤報事件」など、その後の一連の捏造事件を見る限り、報道姿勢に活かされているとは到底思えません。それどころか、偏向報道は、戦時中にもましてエスカレートしているのではないでしょうか?

マスコミが恣意的な判断で、偏った情報しか報道しない姿勢をとり続ければ、どれほどの不利益を被るかを、我々国民は、戦時中は無論の事、これまでの一連の捏造事件によって痛いほど思い知らされてきました。

我々が、偏向報道姿勢に真っ向から反対するのは、再びマスコミの偏向報道によってもたらされる様々な不利益や、その最悪のシナリオとも言うべき戦時中の日本のような悲惨な状況になる事を懸念しているからです。

もしこのまま偏った報道姿勢に沈黙すれば、日本は再び、滅びの道へ進んでいく事になるかも知れません。

杞憂である事を祈らずにはいられませんが、今回の加計学園問題で示された手段を選ばぬ偏向報道は、一部マスコミの報道姿勢の中に、いまなおそのような危険性の萌芽が見え隠れしている事を、改めて我々国民に強く印象付けたのです。

合掌

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「福は内、鬼も内」に込められた願い(4)

第二の矢を受けず

「福は内、鬼も内」に込められた願いに応える為に、いつも心に刻んでいるのが、お釈迦様の「第二の矢を受けず」という教えです。

お釈迦様は、或る日、弟子たちにこう尋ねられました。

まだ私の教えを聞いていない人たちは、楽受を受け、苦受を受け、非苦非楽受を受ける。すでに私の教えを聞いた弟子のあなたたちも、楽受を受け、苦受を受け、非苦非楽受を受ける。では、私の教えを聞いたあなたたちと、まだ私の教えを聞いていない一般の人たちは、どこが違うのか?

楽受とは、自分にとって好都合な事、苦受とは、自分にとって不都合な事、非苦非楽受とは、どちらでもない一般的な事柄を指しますが、人生を生きていますと、好都合な事だけでなく、不都合な事にも度々遭遇します。

その時、どのように思い開きをすればよいかを教えられたのが、「第二の矢を受けず」という教えです。

弟子たちよ、まだ私の教えを聞いていない人々は、苦受をうけると、嘆き悲しんで、益々混迷を深くする。それは、ちょうど第一の矢を受け、さらに第二の矢を受けるようなものである。それに対して、すでに教えを聞いた人々は、苦受をうけても、いたずらに嘆き悲しんで、混迷を深くする事がない。それを、「第二の矢を受けず」というのである。

法徳寺は、八ヶ岳の南麓に位置し、標高六百メートルの山上にあるため、冬になると、「八ヶ岳降ろし」の異名をとる強風が境内を吹き抜けます。

体の芯まで堪える厳寒の強風の中を、毎日、夢殿の御回廊廻りの行をさせて頂いていますと、手袋をはめていても、手が凍るほどの冷たさです。

寒い時は寒く、暑い時は暑く感じるのは、肉体がある以上、避けられませんが、これは、お釈迦様やお大師様や菩薩様のように悟られたお方であっても同じで、悟っておられるからと言って、寒さや暑さを感じない訳ではありません。

では、悟りを開かれたお方と、まだ教えを知らない、悟りを開いていない人々とではどこが違うのかと言えば、悟りを開かれたお方は、そういう不都合な出来事に遭遇しても、愚痴をこぼしたり、怒りの心に染まる事がありません。

何故かと言えば、どんなに不都合な事があっても、それを悟って不都合を好都合に変え、決して動じる事がないからです。

願いを運んでくれる清風

冬になると、身も凍る強風を運んでくる「八ヶ岳降ろし」は、一見不都合な風のように見えますが、実は法徳寺にとって、この上なく有り難い風でもあります。

チベット仏教が盛んなチベットやブータンでは、経文が書かれたタルチョと呼ばれる五色(青、白、赤、緑、黄)の旗や、ダルシンと呼ばれる白い旗が、谷間や建物の屋根に結ばれ、風に揺らめいている光景をよく見かけますが、何故タルチョやダルシンが風の通り道に掛けられているのかと言えば、み仏(経文)の功徳が風に乗って世界中に伝わっていくようにとのチベットやブータンの人々の願いが込められているからです。

ご承知のように、チベットは、共産党による一党独裁政権下の中国によって一方的に侵略され、数百万人と言われる無辜(むこ)の人々が虐殺され、民族浄化政策や伝統文化の破壊などによって、今も悲惨な状況に置かれています。

またブータンも、領土の一部がいつの間にか中国領に編入されるなど、強大な軍事力を背景とした中国の侵略の前に、為す術もない状況におかれています。

タルチョ

タルチョやダルシンには、み仏の功徳を世界中に伝え、一日も早く平和な祖国を取り戻したいというチベットやブータンの人々の、切実な願いが込められているのです。

世界中が、貪(貪り)、瞋(怒り)痴(妬み)の三毒煩悩に蝕まれ、憎しみと争いと恐怖の修羅場と化している状況にあるからこそ、一刻も早く三毒煩悩を清め、心の闇を照らす仏法が、苦しむ人々の下に届けられなければなりません。

法徳寺の境内には、ご縁の皆様からご奉納していただいた幟(のぼり)が立っていますが、この幟は、チベット仏教のタルチョやダルシンに由来しています。

つまり、 ご奉納して頂いた幟には、チベットやブータンの人々がタルチョやダルシンに願いを込めているのと同じように、弘法大師様、法舟菩薩様、身代り升地蔵菩薩様の御高徳(法の功徳)が、風に乗って一人でも多くの人々の下に届けられるようにとの願いが込められているのです。

強風のため、一年ほどでボロボロになってしまいますが、幟に染め抜かれたみ仏の御宝号の文字が薄れ、生地がボロボロになればなるほど、それは、み仏の功徳(仏法)が風に乗って、世界中に運ばれていった証でもあるのです。

一見不都合な風としか思えない「八ヶ岳降ろし」ですが、実は、み仏の救いの光明を、苦しむ人々の下へ運んでくれる、法徳寺にとって無くてはならない慈悲の清風でもあるのです。

先覚者の不都合な最期

お釈迦様、お大師様、菩薩様をはじめとして、ご生涯を衆生済度の使命にささげられた先覚者の方々には、或る共通点があります。

それは、どなたの最期もみな、一般の人々が願うような極楽往生ではなかったという事です。

十字架刑に処せられたイエス・キリストは言うに及ばず、お釈迦様にしても、お大師様、菩薩様にしても、親鸞、道元、日蓮にしても、最期は、病気で亡くなられたり、様々な試練の中で生涯を閉じておられます。

ところが、そんな状況に置かれた先覚者の方々に共通しているのが、どんなに不都合な最期であっても、その心(信心)はまったく揺れ動かなかったという事実です。

例えば、お釈迦様は、鍛冶職人のチュンダが供養した茸料理を食べ、激しい下痢を起こして亡くなられたと言われています。

自らが出した食事が原因で、尊敬するお釈迦様を死に追いやったチュンダの胸中は察するに余りありますが、お釈迦様は、嘆き悲しむチュンダの行いを責めるどころか、その功徳を讃え、労をねぎらわれたのです。

このような状況に置かれれば、人は誰でも、チュンダを責め、恨み言を言うに違いありませんが、お釈迦様の慈愛の心は全く変わりませんでした。

心が変わらなかったのは、お釈迦様がすでに、悟りの境地に到達しておられたからです。

いま思えば、チュンダが積んだ本当の功徳は、お釈迦様を供養した事よりも、その事によって、いかなる不都合な事が身に降りかかっても微動だにしないお釈迦様の心の奥底を、後世の私たちにハッキリ示してくれた事だったと言っていいでしょう。

いま私たちが、お釈迦様は、間違いなく悟り(仏)の境地に到達しておられたと、確信をもって断言出来るのは、不都合な状況の中で最期を迎えられたにも拘わらず、その心が微動だにしなかった事実を知る事が出来るからです。

お釈迦様を守った悟りの智慧

死という人生最期の瞬間を、平常心で迎えられるお方は少なく、ましてやその最期が、自分にとって甚だ不都合な状況であれば、平常心でいられるお方は稀と言っていいでしょう。

しかし、これは、お釈迦様とて同じで、もしお釈迦様にお悟りの智慧がなければ、私たちと同じように、不都合な人生最期の瞬間を平常心で迎える事は難しかったのではないでしょうか?

お釈迦様が人生最期の瞬間を平常心で迎えられたのは、悟りの智慧がお釈迦様を守ったからです。

この事実から、私達は、お釈迦様と私達の違いが、悟りの智慧を得ているか得ていないかの違いに過ぎない事を学ばなければなりません。

勿論、この違いは、人生を百八十度変えるほど大きなものですが、そうであったとしても、違いはたったそれだけと言っていいでしょう。

つまり、私達もまた、悟りの智慧を磨きさえすれば、お釈迦様と同じように、どんなに不都合な人生最期の瞬間がやってきても、平常心で迎える事が出来るという事です。

但し、悟りの智慧を磨くと言いましても、すぐに悟りの智慧が磨ける訳ではなく、やはり毎日毎日の精進が欠かせません。

今ここでハッキリ申し上げられる事は、不都合な出来事の中にこそ、私たちの信心を育み、悟りの智慧を磨いてくれるみ仏の慈悲心が注がれているという事です。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
 よきことも 悪しきことをもみ仏の
   慈悲と思えば ありがたきかな
 苦しみが あるから菩提の花が咲く
   苦をもつ人こそ しあわせなりけり
 苦しみを 悲しむことより喜べよ
   深き悩みが 菩提となるなり

と詠っておられるように、不都合な出来事に遭遇した時こそ、そのご縁に手を合わせ、一日も早く悟りの智慧を磨かせていただけるよう、感謝の心で精進させて頂かなければならないのです。

 人はみな 仏の慈悲にと育てられ
   苦楽の中で 人となりゆく
 人になれ 人になれよとみ仏は
   心苦しめ 人とならしむ

変らなかった菩薩様の信心

菩薩様が代受苦行の中で人生最期の時を迎えられ時、おっしゃった言葉があります。

当時、私たちはまだ信心も浅く、菩薩様のみ心も分っていなかったため、 「菩薩様ほど、お大師様を深く信仰しておられるお方は居ないのに、何故お大師様は、菩薩様をもっと楽にして下さらないのか?」と、お大師様を仇に思った事があります。

その時、誰よりもお辛い筈の菩薩様が、お大師様に恨み心を抱いた私たちを諭し、「この子たちはまだ何も分っておりません。大変な思い違いをしております。申し訳ありません」と言って、お大師様にご懺悔して下さったのです。

私達から見れば、甚だ不都合に見えた代受苦行でしたが、菩薩様にとっては、お大師様と不二一体の生き仏となる為には、どうしても乗り越えなければならない道のりであり、その事を深く悟っておられたからこそ、思い違いをしている私達に代わって、ご懺悔をして下さったのだと思います。

菩薩様の心は、どんなに辛い状況にあっても、微動だにせず、第二の矢を受けておられなかった事は明らかです。第二の矢を受けていたのは、私達でした。そして、こうおっしゃったのです。

「お大師様をただ信じるのではない。信じ切らなければいけない」

恐らく菩薩様は、私たちが、お大師様の事を、まだそこまで信じ切れていない事を見抜いておられたのでしょう。

だからこそ、最期を迎えるに当り、揺るぎ無い不動の信心とはいかなる心かを、身を以て示して下さったのです。

菩薩様はよく、「私の心がどうなっているか、心の中を切り開いて見せられるものなら見せたい」とおっしゃっておられましたが、今思えば、どんな事があっても揺るぎない不動の信心とは何かを、私たちに教えようとしておられたに違いありません。

信心の鎧兜で身を守る毘沙門天

仏法の守護神として知られる四天王の中でも、北方の守護神である毘沙門天は、特にそのお力に優れていると言われています。

その象徴とも言えるのが、全身を包んでいる鎧兜ですが、この鎧兜は、決して外敵に打ち勝つ為のものではありません。

心の中にある様々な迷いや分別心や執着心に打ち勝つ為の、信心の鎧であり、智慧の兜なのです。

この信心の鎧、智慧の鎧を身にまとっていれば、もはや鬼に金棒で、どんなに不都合な出来事に遭遇しても、その心が揺れ動く事はありません。

都合の好い事があれば、「有り難い、有り難い」と言っていられても、不都合な事があれば、「有り難い」とは言っていられなくなり、み仏に不信感を抱くようになるのが、大部分の人々ですが、その不都合な事さえも、み仏のお慈悲と受け止められる不動の信心と悟りの智慧を成就しておられるのが、毘沙門様です。

勿論、毘沙門様といえども、不都合な出来事(疫病神)の裏に隠された好都合な側面(福の神)を見る信心の鎧と、その真相を悟る智慧の兜をまとっていなければ、心の底から有り難く感謝して受け入れる事は難しいでしょう。

真相を見る眼を持ち、不動の信心を成就する為には、どうしても不都合を好都合に変える悟りの智慧が欠かせないのです。

合掌

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「福は内、鬼も内」に込められた願い(3)

不都合を避けたい人間の本性

そもそも何故、人間は様々な事柄について分別をするのかと言えば、やはり不都合な事を避け、苦しみを逃れたいからです。

自分にとって好都合と不都合を分別し、不都合な事を避けようとするのは、まさに人間の本性と言ってもいいでしょうが、何故人間の本性に反してまで不都合な事を在るがまま受け入れなければいけないのかと言えば、そこに、縁起というものが深く関わっているからです。

お釈迦様は、「一切諸法は因縁より生ず」と説いておられますが、どんなに不都合な境遇や出来事であっても、結果としてわが身に降りかかってきたからには、必ず過去にその原因を作っていると、悟らなければなりません。

「火のないところに煙は立たず」という諺があるように、何の原因もなしに、不都合な事がわが身に降りかかってくる事は決してありません。

「好都合な事は受け入れられるが、不都合な事は受け入れられないのが、人間の本性である」と申しましたが、これは、裏を返せば、自分が作ってきた因縁を否定するという事であり、縁起の理法に反していますから、根本的な解決にはなりません。

不都合な因縁を解く道

好都合な事だけでなく、不都合な事もすべて、縁起の結果であるという事は、言い換えれば、その縁起から逃れる事が出来ないという事です。

自らが過去にその原因を作っている以上、もう一度、自らの手でその因縁を解かない限り、因縁は、形を変えてどこまでも後を追いかけてきます。

古歌に、
 浪の音 嫌じゃと思うて山ごもり
   声色変えて 松風ぞ吹く
と詠われているように、波の音が煩くて不都合だから、海を避けて山奥へ入っても、自らが背負う因縁を解かない限り、波の音が松風の音に変わるだけで、問題は何も解決されていません。

ですから、先ずすべての縁起を在るがまま受け入れた上で、不都合な因縁を解いていかなければいけないのです。

因縁を解くという事は、不都合な因縁(疫病神)を、悟りの智慧によって好都合な因縁(福の神)に変えていくという事です。

不都合を好都合に変えるためには、自分の立ち位置、物の見方、考え方を変える以外にありません。

立ち位置が変われば、今まで不都合としか見えなかった因縁が、実は好都合な因縁であったという事の真相が見えてきます。

つまり、今まで不都合な因縁を拒み、「福は内、鬼は外」としか思えなかった心が、すべてを在るがまま受け入れ、「福は内、鬼も内」と思える心に変わるのです。

良寛さんのお悟り

物事の好都合、不都合を分別しているのが、他の誰でもなく、自分自身であるという事は、自分の立ち位置さえ変われば、不都合が好都合に変るかも知れない可能性を秘めているという事です。

つまり、まだ真相を見極める悟りの眼が開けていないから、好都合な部分が見えていないだけで、悟りの眼が開ければ、不都合が好都合に変りうるという事です。

良寛さんの言葉に、こんな言葉があります。

災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候」

「災難に遭わなければいけない時には、災難に遭いなさい。死ななければいけない時が来たら、素直に死を受け入れなさい。それが災難を逃れる不可思議な法(教え)ですよ」とおっしゃっておられるのですが、良寛さんとて、災難に遭いたくないし、死にたくはない筈です。

にも拘わらず、あえて良寛さんが、災難や死を在るがまま受け入れなさいと、おっしゃったのは、何故でしょうか?

先ほども言ったように、いくら不都合な事であっても、それが縁起の結果である以上、逃げたり避けたりしているだけでは、問題は何も解決しないからです。

不都合な事だからこそ、それから目を背けるのではなく、先ずそれを在るがまま受け入れて、不都合な因縁の裏に隠されている真相を悟り、不都合な因縁を解いていく事が大切なのです。

そうすれば、不都合な因縁が実は不都合ではなかったという事が分かってきます。

そう納得出来た時、「不都合な因縁が解けた」と言い、「心が救われた」と言い、菩薩様の言う「福は内、鬼も内」の心が成就出来た、と言うのです。

味方につけるか、敵に回すか

要するに、「不都合な相手を味方につけるか、敵に回すか」という事です。

先にお話した吉祥天と黒闇天の例で言えば、誰もが福の神である吉祥天を味方につけたいのです。しかし、吉祥天を味方につけたければ、一心同体の黒闇天も一緒に受け入れなければなりません。黒闇天を受け入れなければ、吉祥天を味方にする事は出来ません。

不都合な黒闇天を味方につけるか、敵に回すかの決断一つで、都合のよい吉祥天を味方につけるか、敵に回すかが決まるのですから、まさに人生の幸不幸を左右するほどの大きな決断と言ってもいいでしょう。

敵に回すという事は、不都合な相手を拒絶するという事です。「不都合なあなた(黒闇天)を受け入れる事は出来ません。私にとって、あなたは敵です」と言っているのと同じです。

味方につけるという事は、「あなたを受け入れます。あなたは私の仲間です」という事です。

不都合な黒闇天を不都合なまま拒絶して敵に回すか、それとも、悟りの智慧を開いて味方につけるかですが、黒闇天(鬼)の立場に立てば、誰からも嫌われている黒闇天を敵に回すより、味方に付けた方が得策である事が分ります。

黒闇天を味方につければ、吉祥天を味方につける事が出来るからです。

勿論、都合の悪い黒闇天を受け入れると言っても、嫌々受け入れたのでは、受け入れた事にはなりません。受け入れる以上は、有り難く、納得して、感謝の心で受け入れさせていただかなければなりません。

「災難が来てもこれでよし。お迎えが来てもこれでよし。どんな不都合な事に遭遇してもこれでよし」と頷けるようになって初めて、良寛さんがおっしゃるように、一切を在るがまま感謝して受け入れられるようになるのです。

「どうすれば一切を在るがまま、有り難く、納得して、感謝の心で受け入れられるか」と言えば、やはり不都合な因縁の裏に隠されているみ仏の本心を悟り、自分自身が「これでよし」と納得する以外にありません。

死もまた好(よ)きかな桜花

菩薩様が、こんな歌を遺しておられます。
 生も好し 死もまた好きかな桜花
   散れば咲きにと また帰りくる

「生だけではなく、不都合な死をも、在るがまま受け入れていこう」という事ですが、人間を含め、森羅万象(生きとし生けるもの)はすべて、生まれては死に、死んでは生まれ、咲いては散り、散っては咲きながら、流転生死を繰り返しています。

生も死も、止まる事のない時間の流れの一こまに過ぎませんが、その一コマに過ぎない生と死を分別し、生は都合がよいが、死は都合が悪いと言って拒んでいるのが、世間の人々であり、「福は内、鬼は外」としか思えない心なのです。

しかし、切り離すことの出来ない生と死を分別して、一方だけを不都合だと言うのは筋が通りませんし、不都合な因縁も解けていきません。

不都合な因縁を解くためには、どうしても菩薩様の言われる「福は内、鬼も内」と思える心を成就しなければならないのです。

地獄の中に仏あれば地獄なし

道元禅師も、分別心を離れる事の大切さを、次のように説いておられます。

生死(しょうじ)の中に仏あれば生死なし。ただ生死即ち涅槃と心得て、生死として厭(いと)うべくもなく、涅槃としてねがうべきもなし。この時初めて生死を離るる分あり

ここにいう「生死」とは、私たちにとって不都合な事柄、例えば、「鬼」「黒闇天」「地獄」「災難」「不幸」「苦しみ」などを象徴的に表現したもので、また「涅槃」とは、その反対に都合のよい事柄、例えば、「仏」「吉祥天」「極楽」「幸福」「喜び」などを現わしています。

この「生死」を「地獄」に置き換えてみると、こうなります。

地獄の中に仏あれば地獄なり、ただ地獄即ち涅槃と心得て、地獄として厭うべくもなく、涅槃としてねがうべきもなし。この時初めて地獄を離れる分あり。

誰も地獄へなど行きたくありませんし、極楽へ行きたいのが、万人共通の思いですが、実は、その「極楽へ行きたいが、地獄へ行きたくない」という分別心こそが、私たちを地獄へ引っ張っていく張本人である事に誰も気付いていません。

極楽へ行きたければ、その分別心を離れなければなりません。悟りの智慧を磨き、不都合な事をも在るがまま受け入れられる心を成就しなければならないのです。

これが、良寛さんの言う「災難を逃れる妙法」であり、道元禅師の言う「生死を離るる分」であり、菩薩様の言う「死もまた好きかな桜花」であり、「福は内、鬼も内」の心です。

道は二つに一つ

こうして見てくると、お釈迦様もお大師様も菩薩様も、良寛さんも道元禅師も、みな同じ事をおっしゃっておられる事が分かりますが、もしお釈迦様やお大師様から、「私と一緒に地獄へ行ってくれないか。地獄には、苦しむ人々が大勢いる。その人々を救う為に地獄へ行かなければいけない。私の手足となって、一緒に地獄へ行ってくれないか」と言われたら、皆さんはどう答えられるでしょうか?

「地獄へは行きたくありません」と答えるか、それとも「お釈迦様のお手伝いをさせて頂けるのであれば、喜んでお供をさせて頂きます」と答えるか?

それによって、自分が地獄と極楽のどちらへ行けるかが決まると言ってもいいでしょうが、地獄へ行きたい人は一人もいませんし、誰もが極楽へ導いて欲しい筈ですから、殆どの皆さんが、「地獄へは行きたくありません」と答えるのではないかと思います。

では、その逆に、「今から極楽へ行くけれども、一緒に来ますか?」と言われたらどうでしょうか?

今度は、殆どの皆さんが、「はい、喜んでお供します」と答える筈です。何故なら、極楽はよいが、地獄は嫌だという分別心が働いているからです。

「地獄へついてきて欲しい」と言われて、「はい」と答えられないのも、同じ理由からです。

しかし、その分別心に執着している限り、本当の極楽は見えてきません。求める極楽は、その分別心を超えたところにあるからです。

菩薩様の言われる「福は内、鬼も内」という言葉には、その分別心を超えて、本当の極楽を見て欲しいという願いが込められているのです。

合掌

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「福は内、鬼も内」に込められた願い(2)

戦わずして勝つ

「福は内、鬼は外」の世界は、私たちの立場から見ると、とても都合の良い世界ですが、では鬼の立場から見ると、どうなのでしょうか?

「鬼は外」と言って豆を投げられる鬼は、自分が誰からも嫌われ、攻撃すべき敵であると思われている事を知り、悲しい気持ちになるのではないでしょうか?

私たちが自分の事を誰よりも大事に思うように、鬼も自分自身を大切に思っている筈です。

ですから、もし自分が誰からも嫌われ、いつ攻撃されるかも分からない事を知れば、いつ攻撃されても反撃出来るよう、万全の準備を整えて待ち構えようとするに違いありまん。

そんな時、「あなたは私たちの敵ではありません。あなたも私たちの仲間です。どうか安心して仲間に入って下さい」と言われたらどうでしょうか?

もう攻撃してくる相手が居ないのですから、自分を守る必要がありません。今まで敵だと思っていた相手から、仲間だと言われた鬼は、攻撃(反撃)しようとする心を捨て、私たちの為に働いてくれるようになるでしょう。

『孫子』の兵法に、「戦わずして勝つ」という言葉がありますが、まさに敵であった鬼を味方につければ、勝ったも同然です。

否、そもそも鬼を敵(不都合な相手)としてしか見ることの出来ない心は、まだ悟りの智慧が開けていない証拠であり、これではいくら待っても、争いの種を摘む事は出来ず、戦っても勝てる道理がありません。

鬼は戦うべき敵ではなく、仲間に入ってもらい、福の神に生まれ変わってもらわなければならない相手なのです。

仏教に帰依した守護神たち

仏教には、大勢のみ仏や菩薩がおられますが、大別すれば、四つに分類する事が出来ます。

先ず、大日如来、阿弥陀如来、薬師如来、釈迦如来等の、如来と言われるみ仏です。

次に、観自在菩薩、地蔵菩薩、文殊菩薩、勢至菩薩、普賢菩薩等の菩薩と呼ばれるみ仏です。

更に不動明王、愛染明王、孔雀明王などの明王と呼ばれるみ仏がおられます。

そして、毘沙門天、大黒天、吉祥天、弁財天、帝釈天などの、天部(てんぶ)と呼ばれる神々がおられますが、この天部の神々は、仏教本来の神々ではなく、実はインドの国教であるヒンドゥ教から、仏教に帰依して守護神となられた異教の神々なのです。

つまり、最初は仏教の敵とも言うべき立場におられた異教の神々が、仏教に帰依して仏法を守る守護神となり、み仏の仲間入りをされたのです。

まさに「戦わずして勝つ」の兵法通り、異教の神々までをも受けいれ、味方につけてしまった好例と言っていいでしょう。

不都合な相手をも受け入れ、いかなる者をも漏らさず救いの御手を差し伸べ給うお釈迦様の大慈悲心が、仏教の敵ともいうべき異教の神々を味方につけ、新たな守護神としての使命を与えられたのです。

菩薩様がおっしゃった「福は内、鬼も内」という言葉にも、お釈迦様の慈悲の精神が脈々と流れている事は言うまでもありません。

分別心の罠

それにしても何故私たちは、「福は内、鬼は外」と言って、鬼を忌み嫌うのでしょうか?

それは、自分にとって都合の善い事と不都合な事を分別する心があるからです。

自分の立ち位置から、好都合と不都合を色分けし、好都合な事を福とし、不都合な事を鬼として分別しているのですが、この分別心は、自分中心の世界に生きている限り、なくなりません。

つまり、自己中心の世界に出現する福や鬼は、本当の福や鬼ではなく、自分にとって都合が善いか悪いかの基準で色分けされた福や鬼に過ぎないという事です。

言い換えれば、自分にとって不都合だから今は鬼になっているけれども、自分にとって好都合になれば、いつでも福に変わる鬼なのです。

逆に、もしこの福が自分にとって不都合なものになれば、いつでも鬼に変わってしまう福に過ぎません。

福はどこまで行っても福、鬼はどこまで行っても鬼と思いがちですが、迷いの人間が考える福や鬼は、決してそうではありません。

自分自身が福や鬼を決めている基準なのですから、これほどあいまい模糊とした基準はありません。

このあいまいな基準を元として、物事を分別している限り、本当の福も本当の幸せも永遠に訪れないでしょう。

本当の福の神は誰か?

では、私たちが求めている本当の福の神はどこにいるのでしょうか?

その福の神に逢う為には、不都合な事をも含めて一切を在るがまま受け入れる心を成就しなければなりません。

しかし、この「一切を在るがまま受け入れる心」とは、受け入れたくないけれども、やむを得ないから受け入れようという消極的、受動的な気持ちではありません。

受け入れるからには、有り難く受け入れさせていただこうという、もっと積極的で能動的な心なのです。

勿論、不都合な事を有り難く受け入れなさいと言っても、不都合のまま受け入れるのは難しいでしょう。

ですから、不都合のまま受け入れるのではなく、不都合だと思っていた事が実は不都合ではなく、好都合だったのだと納得し確信できるまで、悟りの智慧を磨かなければなりません。

福の神と疫病神の例で言えば、今まで疫病神だと思っていた黒闇天のもう一つの顔が、福の神の吉祥天だという事を、心の底から納得できるまで、悟りの智慧を磨こうという事です。

そこまで悟りの智慧が磨かれれば、もう福の神を外に求める必要はありません。何故なら、あなた自身がすでに福の神になっているからです。

つまり、真の福の神は、あなた自身なのです。

残念ながら、世間では、福や鬼を心の外に見て、「福は内、鬼は外」と唱えながら豆まきをしていますが、不都合な事をも在るがまま受け入れる心に目覚め、「福は内、鬼も内」と唱えられるようになった時、自分が本当の福の神だったのだという事が分かってきます。

「福は内、鬼も内」という掛け声には、自らの内に眠る福の神を呼び覚まし、他の人々に福を授けられる人間になって欲しいという願いが込められているのです。

善分別と悪分別

分別心が救いの邪魔をしていると申しましたが、ではどんな分別もしてはいけないのかと言えば、分別心がすべて悪い訳ではありません。

正しい教え(仏法)と間違った教え(邪教)を見極める分別心は、善分別であり、大いに推奨されています。

例えば、テロリストの背後にいるISILやアルカイダなどのイスラム過激派組織は、自分たちをイスラム教徒と名乗っていますが、敬虔なイスラム教徒たちは、「彼らは真のイスラム教徒ではない。ただイスラム教の皮を被っている狼に過ぎない」と言って、イスラム過激派を真のイスラム教徒とは認めていません。

勿論、イスラム教徒がすべてテロリストではありませんし、テロリストになる訳でもありませんから、真のイスラム教徒と、イスラム教徒の皮を被っているにすぎないテロリストをはっきり分別し、見極める眼を持つ事が大切です。

しかし、それを混同して、イスラム教徒はすべてテロリストだと決めつけるのは、明らかに自分たちの立ち位置から好都合、不都合を色分けし、分別しようとする悪分別と言わねばなりません。

その意味で、中東やアフリカの一部の国々からの流入を禁止するためトランプ大統領が署名した大統領令は、明らかに悪分別によって出された大統領令と言わざるを得ないでしょう。

シリア移民の子・スティーブ・ジョブズ

トランプ大統領の政策は、イスラム教徒を差別する為ではなく、あくまでイスラム教過激派組織を信奉する一部のテロリストが流入してこないよう、入り口で食い止める為の施策でしょうが、だからと言って、自分たちの立ち位置だけから好都合、不都合を判断するのは、やはり悪分別と言わざるを得ません。

難民と言われる人々の中には、テロの脅威から家族を守るため、やむを得ず祖国を棄てて逃れてきた敬虔なイスラム教徒や、アメリカの発展の為に有用な人物も大勢います。

例えば、iMacやiPhoneやiPadでIT革命を起こしたアップルコンピューターの創業者であるスティーブ・ジョブズの父親は、アブドゥルファター・ジャンダーリというシリアからの留学生でした。

アメリカ人の女性と恋に落ち、ジョブズが生まれますが、女性の父親の猛反対で、自ら育てる事が出来ず、ジョブズは生まれる前から、ポール・ジョブズ、クララ・ジョブズ夫妻の下へ、養子に出される事が決まっていました。

ジョブズにしてみれば、母親の両親はまさに鬼とも言うべき人物だったかも知れませんが、彼は、その逆境を福に変え、「アメリカンドリーム」を実現して大成功を修めました。

彼の成功は、アメリカという国をも大きく発展させた事は言うまでもありませんが、もしアメリカ合衆国が、シリア人の流入を一切受け入れていなければ、アップルという会社は、この世に存在していなかったかも知れませんし、iMacもiPhoneも誕生していなかったかも知れません。

勿論、テロリストがシリアからの難民に紛れ込んでアメリカに入ってくる可能性は否定できませんが、だからといって、有能な人たちや、難を逃れてきた人々まで締め出すのは、本末転倒と言わねばならず、悪分別の何ものでもないでしょう。

合掌

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「福は内、鬼も内」に込められた願い(1)

「アメリカ第一主義」は成功するか!

最近、テレビのニュース番組に必ずと言っていいほど登場するのが、アメリカのトランプ大統領です。

大統領選挙の期間中から、過激な発言で注目を集め、一部には、選挙の為のパフォーマンスに過ぎないという意見もありましたが、いざ蓋を開けてみれば、大統領に就任するや否や、発言通りの行動を次々と実行に移し、強引とも言える行動への賛否両論が沸騰して、今やアメリカ国内の世論を二分する事態にまで発展しています。

メキシコからの不法移民を取り締まるためメキシコとの国境に壁を造ろうとしたり、テロリストがアメリカ国内に入り込まないよう、中東やアフリカの一部の国々からの渡航を一時的に禁止したり、批准を待つばかりになっていた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を一方的に破棄するなど、矢継ぎ早に大統領令に署名する一方、選挙期間中から物議をかもしていた言動も過激さを増し、一向に衰える気配がありません。

「アメリカ第一主義」を掲げ、国内の雇用や国の安全を守りたいというトランプ大統領の思いは分からないでもありませんが、その願いとは裏腹に、アメリカの抱える数々の難問が、一連の大統領令によって解決するとは思えません。

れらの問題には様々な人々や国が関わっており、人々の心が変わらなければ、問題は何も解決しませんが、一連の大統領令が、それらの人々の心を変えるとは到底思えないからです。

メキシコからの不法移民にしても、テロリストの流入にしても、彼らには、彼らなりの言い分(大義名分)があるでしょうから、こちらが一方的に門戸を閉ざしても、彼らの心を変える事はまず不可能でしょう。

争わずにはいられない悲しい人間の性

今も中東やアフリカを始め、世界各地で様々な紛争が起きている状況を見ると、争わずには生きていけない人間の罪深い性(さが)というものを、まざまざと見せつけられているようで、つくづく人間という生き物が、愚かで罪深い生き物である事を痛感せずにはいられません。

少し考え方や見方を変えれば、お互いが仲良く付き合っていける筈なのですが、様々な利害関係や宗教や思想信条が絡んでいるため、いまもって解決の兆しは見えてきません。

狭い家庭の中でさえ、親子夫婦兄弟がいがみ合っている現実がある以上、国と国との紛争ともなれば、その解決がいかに困難であるかは想像に難くありません。

しかし、たとえそうであったとしても、否、そうであるからこそ尚更、お互いが智慧を出し合って困難な問題を乗り越えていかなければ、子々孫々に禍根を残すだけとなりましょう。

「福は内、鬼も内」

私たち人間は、日々、身と口と心とに様々な罪業を作り、いつ終わるとも知れない六道輪廻の迷い旅を繰り返しているというのが仏教の世界観ですが、輪廻の人生に終止符を打ち、迷いの旅を終わらせる為には、どうしても私たち自身が生まれ変わらなければなりません。

生まれ変わる為には、どんな事があろうと動じない不動の心を養い、確立する必要があります。

汚れた水の中に、綺麗な水を注げば次第に綺麗になっていくように、不動の心を確立した人が、一人、二人と増えていけば、争いのない世界の実現に少しずつ近づいていく筈です。

大切な事は、「その為に何をすればよいか」という事ですが、仏教には、そのヒントが沢山あります。

例えば、二月三日に行われる節分の行事も、その一つと言えましょう。

福升

私たちのご先祖は、季節が大きく変わる立春、立夏、立秋、立冬の前日を節分とし、新しい年を無事に暮らせるようにという願いの下、様々な厄除け、厄払いをしてきましたが、節分の行事で、すぐに脳裏に浮かんでくるのは、やはり豆まきではないでしょうか。

最近は、関西で始まった恵方巻と呼ばれる巻きずしを食べる習慣が話題を集め、全国的な広がりを見せていますが、やはり節分の行事といえば、豆まきの右に出るものはありません。

古来から行われてきた豆まきの方法は、先ずその年の縁起の良い方角(恵方)に向かって「福は内」と連呼しながら豆を撒き、次に、恵方に背を向け、「鬼は外」と唱えながら豆を撒くのが一般的ですが、その点から言えば、法徳寺で行う豆まきは、少し変っています。

驚かれるかも知れませんが、法徳寺では、毎年「福は内、鬼も内」と唱えながら豆を撒くのが恒例となっています。

これは、常々菩薩様が、「法徳寺は《福は内、鬼も内》でなければいけない」とおっしゃっておられたからですが、福だけを招き入れたい世間の皆さんから見れば、鬼まで招く事には異論もあるでしょう。

しかし、菩薩様が、「福は内、鬼も内」と言いながら豆まきをされたのには、深い意味があります。この言葉の中には、衆生の救いを願う菩薩様の大慈悲心が込められているのです。

救いを必要としているのは誰か

豆まきで退治する鬼は、私たちがイメージしている鬼(餓鬼)ばかりではなく、私たちにとって好ましくない病気や怪我や事故や様々な災難等も含まれています。

その意味で、人間を苦しめる死もまた、鬼の一種と考えていいでしょう。

中国では死んだ人の事を餓鬼(鬼)と言って、死をとても忌み嫌いますが、「鬼は外」という言葉には、やはり死という鬼を家の中に招きたくないという人々の切実な気持ちが込められているのではないでしょうか。

そういう様々な災難や死の鬼が家の中に入ってこないようにという願いを込めて、先人たちは、「福は内、鬼は外」と唱えながら豆まきをしてきたのですが、菩薩様は、誰もが忌み嫌うそれらの鬼をも家の中に招き入れてあげなさいとおっしゃったのです。

何故でしょうか?

節分に豆をまくのは、誰もが災難や死という鬼を家の中に招きたくないという思いからであり、救われたいと願っているからでしょうが、だからこそ、まず考えなければならないのは、「最も救いを必要としているのは誰か?」という事です。

鬼は、まだ救われていない生類ですから、誰よりも救いを必要としています。法徳寺は衆生済度をするお寺ですから、最も救いを必要としている鬼を、真っ先に招いてあげなければいけないのです。

「福は入ってきて下さい。鬼は出て行って下さい」というのでは、衆生済度の使命を寺院自ら放棄している事になり、本末転倒と言わねばなりません。

菩薩様が常々「法徳寺にご縁があった方々はすべて救われなければならない衆生だ。鬼も衆生の一人だから、鬼であろうが蛇であろうが、救いを必要としている生類は、すべてお寺に招いて、法を説いて救ってあげなければいけない」と仰っておられましたが、「福は内、鬼も内」という言葉には、苦しむ生類を分け隔てなく救いたいという菩薩様の深い慈悲心が込められている事がお分かり頂けると思います。

ご承知のように、お大師様は、
 虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば
   わが願いも 尽きなん
というお誓いを立てて御入定なさいましたが、鬼も餓鬼もみな衆生の一人ですから、鬼を追い出していては、お大師様の御誓願も成就しません。

鬼も餓鬼も分け隔てなく招き入れて救いの御手を差し伸べたいというのが、「福は内、鬼も内」という言葉に込められたお大師様、菩薩様の願いなのです。

吉凶禍福は一体なり

「福は内、鬼も内」と唱える二つ目の理由は、福も鬼も、別々の存在ではなく、一心同体の関係にあるという事です。

菩薩様の道歌の中に、
 問うてみよ 己が心の奥底に
   仏もいれば 鬼もいるなり
という歌があるように、鬼と仏は表裏一体の関係にあります。鬼が居るから仏が居て、仏が居るから鬼が居るのです。

人間を苦しめる死という鬼もまた、生と一体のものであり、生がなければ死もありません。もし死ぬのが嫌なら、この世に生まれて来なければいいのです。

お葬式などに行くと、家の門口に塩が撒かれ、塩を踏んでから中に入るようになっていますが、これは、昔から死を汚れたものとして、忌み嫌ってきたからです。

しかし、死が汚れたものなら、死と一体である生もまた汚れたものと言わなければなりません。

表裏一体の死だけを汚れたものと見做し、死と一体の生だけを好ましいものと見做すのは、生死の真相を知らない人間の迷い以外の何ものでもないでしょう。

このような事例を見れば分かるように、自分にとって何を好ましく思い、何を不都合と感じるかによって、一つの事柄が福になったり鬼になったりするのです。

吉祥天と黒闇天

以前お話しした福の神(吉祥天)と疫病神(黒闇天)の話を覚えておられるでしょうか。

この二人は姉妹で、どこへ行くのも一緒です。一心同体ですから、離れる事がありません。

或る日、一軒の家に美しい女性が訪ねてこられ、「私は吉祥天と言う福の神です。お宅に、福を授けにまいりました」と言われたので、家人は大いに喜び、「それは有り難い事です。どうぞ中へお入り下さい」と言って、招き入れようとすると、その後ろから、みすぼらしい姿をした女性が入ってこようとするので、「あなたはどなたですか?」と尋ねると、「私は、黒闇天という疫病神です」と名乗ったので、「疫病神に入ってもらっては困ります。どうぞお帰り下さい」と言って追い出そうとしました。

すると黒闇天は大笑いしながら、「先ほど入っていった吉祥天は私の姉です。私達二人は一心同体で、どこへ行くのもいつも一緒です。ですから、もし私を追い出せば、姉も一緒に出て行かねばなりません」と言って、黒闇天を追い出したら、吉祥天も一緒に出て行かれたというのです。

「吉凶禍福はあざなえる縄の如し」と申しますが、吉も凶も禍も福も、仏も鬼も、生も死も、すべて表裏一体の関係にありますから、もし吉祥天を招きたければ、吉祥天の妹である黒闇天も一緒に招かなければなりません。福の神だけを招き入れる事は出来ないのです。

おめでたい吉だけを招きたいと思っても、吉の裏には、いつも必ず凶が付いています。吉は有り難いが、凶は嫌だというのが、世間の常識でしょうが、吉も凶も分け隔てなく受け入れる心にならなければ、いつまで経っても本当の福の神はやって来ません。

凶と正反対の福が、本当の福ではありません。この福は、あくまで禍と一体になった仮の福に過ぎません。本当の福は、吉を招き、凶を遠ざけようとする分別心を越えたところにあります。

吉凶禍福をすべて受け入れる心を成就した時、初めてそこに本当の福の神が顔を出すのです。菩薩様が、「《鬼も内》でなければいけない。それが法徳寺の豆まきだ」とおっしゃった理由がそこにあります。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(6)

維摩居士の病気見舞い

前回、「福の神と親しくなりたければ、邪魔者の疫病神をも受け入れる心にならなければならない」と申しましたが、何故福の神は受け入られても疫病神は受け入れられないのでしょうか?

それは、私たちの分別心がそうさせているからです。

分別心とは、自分にとって好都合なものと不都合なものを色分けし、不都合なものを排除し拒絶する心ですが、この心を退治しなければ、いつまで経っても福の神の顔を拝む事は出来ません。

何故なら、私たちにとって本当の不幸とは、疫病神(苦しみ)の存在ではなく、自分にとって好都合(福の神)と不都合(疫病神)を色分けし、不都合なものだけを排除しようとする心(分別心)だからです。

分別心について詳しく説かれた『維摩経』というお経があります。

在家の身でありながらお釈迦様の弟子たちも太刀打ちできないほどの智慧を持つ在家の信者・維摩居士(ゆいまこじ)を主人公にした経典で、大乗仏教経典の中でも代表的な経典の一つですが、或る日、維摩居士が病気になります。

病気と言っても肉体の病気ではなく、已むに已まれぬ大慈悲心によって起こる病でない疾いなのですが、お釈迦様は、それを承知で、弟子たちに「誰か、維摩居士の病気見舞いに行ってくれませんか?」と尋ねます。

どころが、見舞いに行こうと申し出る弟子は一人もいません。

と言うのも、以前、維摩居士から、修行の在り方や説法の内容について忠告されたり、注意されたりして、やり込められた経験があるため、見舞いに行けば、またやり込められるのではないかと不安になり、行きたくても行けないのです。

例えば、釈迦十大弟子の中で「智慧第一」と言われる舎利弗(しゃりほつ)尊者は、悟りを開くには心を鎮めて瞑想するのが最も優れた修行だと信じていたので、ある日、静かに坐禅していました。すると、そこへ維摩居士が通りかかり、「舎利弗さん、何をしているのですか?本当の坐禅とは、ただ一人座って瞑想する事ではありませんよ。日常生活の中に、本当の坐禅があるのですよ」と諭された事があったので、素直に「病気見舞いに行きます」とは答えられないのです。

菩薩様は、『道歌集』の中に、
 へだてなく ひとりびとりが仏行を
   人に示すを 坐禅というなり

と詠っておられますが、維摩居士もまた「真の坐禅とは何か」を、舎利弗に問うたのです。

また「論議第一」と言われた迦栴廷(かせんねん)や、その他の弟子たちも、舎利弗と同様、維摩居士にやり込められた経験があるため、「そのようなお方のお見舞いはとても荷が重すぎます」と言って、みんな病気見舞いに行こうとはしないのです。

申し出る者が一人もいないので、お釈迦様は文殊菩薩を名代として見舞いに行かせるのですが、文殊菩薩が訪ねていくと、維摩居士は、がらんとした部屋にベッドをおいて休んでいました。

文殊菩薩の姿を見ると、「文殊菩薩、よく来てくれました。去るものにも来るものにも執着することなく、また見るものに拘ることなく、在るがままを観ずる不動の境地におられる文殊菩薩に来て戴いて、有り難く思います」と言って、御礼を述べます。

文殊菩薩も、「丁重にお見舞いするようにというお釈迦様の心遣いを伝えるため、私が代表してお見舞いにまいりました」と答え、「居士の病の原因は何ですか?」と尋ねると、維摩居士は、「愚痴により道に迷い、愛着のために病は生じます。世間の人々が執着のために道に迷い、病んでいるために私も病むのです。人々の病が消滅すれば、私の病も消滅します。菩薩道を歩む者は、人々をこの愚痴から救い出すために生死の輪廻の世界へ生まれてきました。生や死にこだわれば病になります。人々が生死の病から離れることができれば、菩薩もまた病を離れられます。子供が病気になれば、両親も病むようなものです。その病気の原因は何かと言われれば、菩薩道を歩む者の病とは、大悲のもたらすものです」と答えます。

維摩居士はここで、「病気の原因は二つあります。一つは、煩悩から来る分別と執着(愛着)、もう一つは、衆生を救いたいという大慈悲心です。菩薩は、衆生を救わずにはいられないという大慈悲心に病むのです」と言っているのですが、代苦者となられた菩薩様が残された御法歌も、同じ境地を詠まれたものと言えましょう。
(普門法舟)
 代苦者と なりて衆生の苦を背負う
   これぞ菩薩の 悲願なりけり
 衆苦をば 背負う病の身なれど
   己が心を 知る人ぞなし
 人思い 汝が疾めばわれも疾む
   われ疾むゆえに 汝疾むなり

舎利弗尊者と花びら

この後、凡夫の病の原因である煩悩(分別と執着)について、舎利弗尊者が天女に諭される場面が出てきます。

六道(迷いの世界)の中の天上界に住む天女は、お釈迦様の弟子の中で最高位である阿羅漢(あらかん)となった舎利弗よりも低い位にいますから、本来なら上の位にいる舎利弗が天女から諭される筈はないのです。

ところが、天女は仮の姿で、本当の正体は、人々を救う為に姿を変えた菩薩であるため、阿羅漢に過ぎない舎利弗は、天女の前にたじたじとなってしまうのです。

この菩薩は、いつでも維摩居士の教えが聞けるようにと、以前から天女に姿を変えて維摩居士の家に住み着いていたのですが、文殊菩薩と維摩居士の問答を聞いて感動し、天空から蓮の花びらを撒くのです。

ところが、この時、不思議な事が起こります。

撒かれた花びらは、文殊菩薩や維摩居士の体には一枚も付着せず、そのまま地面に落ちていくのに、お釈迦様の弟子たちには付着して離れないのです。

文殊菩薩や維摩居士に付着しなかった花びらが、自分たちの体に付着し、どんどん増えていくため、舎利弗たちは花びらを振り落とそうと焦り始めます。

その光景を見ていた天女は、笑いながらこう尋ねるのです。

天女ー舎利弗尊者、いかがなさいましたか?
舎利弗ーいや、この花びらがくっついて離れないのです。
天女ーなぜ、花びらを振り落とそうとなさるのですか?
舎利弗ー出家者に花びらは相応しくありません。出家者は身を飾ってはいけないのです。
天女ー舎利弗尊者、それはおかしいですね。
舎利弗ーなぜですか。出家者は身を飾らぬのが戒律です。
天女ー舎利弗尊者、この花びらは花びらに見えますが、真理そのものなのです。飾りではありません。
舎利弗ーこの花びらが真理そのもの?
天女ーそうです。この花びらは真理そのものです。花びらは、あなたにくっつこうなどとは考えていません。ただあるようにあるだけなのです。
舎利弗尊者、あなたの方が「この花びらは出家者に相応しいか相応しくないか」などと分別をしているだけなのです。
あなたたちが、勝手に良し悪しを判断しているから、花びらがくっつくのです。
舎利弗尊者、ただ在るがままに在るだけの世界を勝手に判断し、勝手に分類し区別することを、分別といいます。
分別は妄想です。したがって、分別は真理から外れた行為です。
そんな分別は捨てるべきです。見てごらんなさい。分別を捨て去った菩薩には花びらはつきませんよ。
花びらだけではありません。恐怖は、ありもしない不安を抱えている人につくものであり、苦しみを恐れる人ほど快楽におぼれます
分別から離れれば、美しいも醜いもなく、恐怖も安心もなく、苦も快楽もなく、おいしいもまずいもありません。すべては平等です。
すべてを受け入れられれば、何の禍も恐怖もありません。
この花びらは、物事をあるがままに見られず、分別し、執着する人にくっつき離れないのです。分別を去り、在るがままに物事を見ることができる人にはくっつかないのです。

欲も苦もなく我もなし

こう言って天女に姿を変えた菩薩は、あれこれと分別している舎利弗を諭し、分別や執着から離れる事の大切さを説いたのです。

先ほどもお話したように、分別するという事は、自分の立場から好都合と不都合を分別し、好ましくないものを否定し排除する事ですが、悟りの世界には、このような分別が一切ありません。在るがままの世界ですから、あれが良い、これが悪いというような分け隔てがないのは当然です。

そこにあるのは、苦もなければ楽もなく、生もなければ死もなく、一切を超越した世界と言っていいでしょう。

分別を離れた世界は、一切の執着がなく、在るがままの世界ですから、病んでいても、どんな不都合な状況にあっても、そのままが極楽となるのです。

菩薩様が、
 生死なく 欲も苦もなく我もなく
   無常悟れば 涅槃に帰る

と詠っておられるように、一切の分別心を離れ、執着を捨てれば、涅槃(彼岸)の世界に帰る事が出来るのです。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(5)

苦しみを悲しむことより喜べよ

「苦しみがある人生と無い人生のどちらがいいですか?」と尋ねられたら、皆さんは何と答えるでしょうか?

恐らく、大多数の方が、「苦しみがない人生の方がいいに決まっています」と答えられるでしょう。

しかし、この答えは、半分正しく、半分間違っています。

この世には、幸せを願わない人など一人もいませんから、苦しみがない人生の方がいいに決まっている筈ですが、そう断言できないのは、苦しみのある方がいい場合もあるからです。

何度もお話しているように、救いを求めて発心する為には、どうしても苦しみが欠かせません。

六道の中で人間界の上にある天上界より、人間界の方が優れていると言われるのは、苦しみがなく楽ばかりの天上界より、苦楽幸不幸のある人間界の方が、発心するのに適しているからです。

という事は、苦しみのない天上界より、苦しみがある人間界の方が彼岸に近く、同じ人間界の中でも、苦しみのない人より、苦しみのある人の方が、より彼岸に近い場所に居る事になります。

苦しみのない人より、苦しみのある人の方が幸せだと言われる所以です。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
  苦しみを 悲しむことより喜べよ
    深き悩みが 菩提(さとり)となるなり
  人の世は 苦こそ菩提(さとり)の道しるべ
    楽に仏を みる人ぞなし
  苦しみが あるから菩提(ぼだい)の花が咲く
    苦をもつ人こそ しあわせなりけり

と詠っておられるように、苦しみは、悟りへの道しるべであり、菩提の花を咲かせる為に欠かせない肥料なのです。

苦しむ事には何の意味もないように思われるかも知れませんが、苦しみの中には、人生をより良く生きる上で必要な栄養素がいっぱい含まれています。

苦しみという疫病神は、一見邪魔者のように見えますが、その疫病神は福の神と一心同体であり、常に福の神と行動を共にしています。

二人は姉妹ですから、私たちにとって都合の好い姉の福の神だけと親しくなる事は出来ません。

勿論、どちらと親しくなった方がいいかと言えば、疫病神より、福の神の方がいいに決まっていますが、福の神と親しくなりたければ、疫病神をも受け入れる心にならなければなりません。

疫病神を邪魔者扱いしている内は、福の神とも親しくなれないのです。

福の神の顔を見られる観の眼、智慧の眼、悟りの眼を磨かなければ、いつまで経っても、福の神とは親しくなれません。

福の神と親しくなる観の眼、智慧の眼を磨く為には、まず邪魔者の疫病神の存在を受け入れ、その助けを乞う事が必要なのです。

渋を甘味に変える仏法

勿論、苦しみのある方がいいとばかりも言えません。

世の中には、苦しみや精神的ストレスから、うつ病を発症したり、苦しみに耐え切れずに自殺するお方さえいます。

この方たちの立場に立てば、苦しみがない方がいいに決まっていますが、何故この方たちは、苦しみのある方が幸せだという逆の結論には到らなかったのでしょうか?

菩薩様のように、「苦をもつ人こそしあわせなりけり」と詠っておられるお方もいるにも拘わらず、この方たちは、苦を幸せとは思えなかったのですから、その違いは決して小さくありません。

この違いはどこから来ているのかと言えば、やはり前回述べたように、仏法に出会えたか否かの違いなのです。

もしこの方たちが仏法に出会っていれば、救われた可能性が非常に大きく、うつ病を発症する事も、自殺する事も避けられたかも知れません。

そう考えると、仏法に出会えるか否かが、人生の幸不幸を左右する大きな鍵を握っている事になります。

何が言いたいのかと申しますと、救われる為には苦しみが欠かせないけれども、何もしなければ、苦しみは苦しみのままで終わり、救いに変わる事はないという事です。

渋柿を寒風にさらして干すと、渋が甘味に変わって、甘柿よりも美味しくなるように、苦しみがあった方がよいと言えるのは、苦しみが悟り(救い)に変わった時です。

その時、初めて「苦しみが必要だった」と心の底から納得でき、苦しみに合掌する事も出来るでしょうが、渋柿の渋がそのままでは食べられないのと同様、苦しみという渋が悟り(救い)という甘味に変わらなければ、苦しみは不必要な邪魔者であり続けるのです。

その渋を甘味に変えてくれるのが、まさに仏法なのです。

だからこそ、もし仏法に遇わせて頂けたならば、そのご縁を徒疎かにせず、二度と巡ってこないかも知れない千載一遇の好機を逃してはならないのです。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(4)

人間に生まれた事の意味

三途の川を渡って此岸から彼岸へ渡る上で、どうしても欠かせない条件が二つあります。

一つは、人間の身を与えられなければならないという事です。

皆さんは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの迷いの世界(六道)の中で最も彼岸に近いのはどの世界だと思われますか?

一見、人間界の上にある天上界の方が近いように見えますが、実は人間界の方が彼岸に近いのです。

天上界は苦しみがなく、楽ばかりの世界である為、苦しみを克服し、彼岸に渡りたいという心を起こす事が出来ません。

悩み苦しみがあればこそ、苦しみから救われたいという気持ちも、今よりもっと向上したいという心も起きるのですが、 天上界は楽ばかりの世界である為、道を求めて発心するのが非常に難しいのです。

他方、地獄、餓鬼、畜生、修羅の世界(四悪道)は、天上界とは逆に、楽がなく苦しみばかりの世界である為、こちらも発心するのが非常に難しいと言わざるを得ません。

要するに、苦もあり楽もある人間界が、発心するには最も優れた世界であり、六道の中では彼岸に最も近い世界なのです。

彼岸に渡る為には、どうしても人間に生まれてくる必要があると言ったのはその為ですが、残念ながら、人間に生まれてくる事は、そう簡単ではありません。

すでに人間の身を与えられている私たちにとっては当たり前の事実かも知れませんが、経典に「万劫(まんごう)にも得難きは人身なり」と説かれているように、人間以外の生き物たちから見れば、人間に生まれてくる事は決して当たり前ではないのです。

私たちは、ありとあらゆる生き物がいるこの地上に、人の身を与えられたという厳粛なる事実を当たり前と受け止めず、深く噛み締めなければなりません。

ここに言う「万劫」とは、時間の長さを現わす言葉で、四十里四方の大きな岩を百年に一度、天女様がこの世へ降りて来られ、薄い羽衣の袖で一回拭い、それを百年毎に繰り返し、巨大な岩が擦り切れて無くなるのに要する期間を一劫と言います。

人の身に生まれてくる事がいかに至難の業であるかが分かりますが、いま私たちは万劫にも得難い人の身を与えられているのです。

この事実だけを見ても有り難さが込み上げてきますが、人の身を与えられた本当の有り難さは、人間に生まれて来れたお陰で、六道輪廻の人生を終わらせる機会が巡ってきた事です。

六道輪廻の人生に終止符を打つ千載一遇の好機は、人の身を与えられた時にしか巡って来ません。

まさに私たちは、二度と巡ってくる事のない奇跡に遭遇していると言っても過言ではありませんが、それだけに、もしこの好機を逃すような事があれば、末代までの悔いを残す事は間違いないでしょう。

億劫にも遇い難きは仏法なり

もう一つは、仏法とのご縁を頂かなければならないという事です。

いまお話したように、道を求めて発心出来るのは、六道の内で、苦楽幸不幸のある人間界だけですが、では人間に生まれさえすれば、誰もが分け隔てなく彼岸へ渡れるのかと言えば、残念ながらそうではありません。

人間の身を与えられても、全ての人が彼岸へ渡れるとは限らないのです。

彼岸へ渡るには、此岸と彼岸の間を流れる三途の川を安全に渡してくれる乗り物と、彼岸へ導いてくれる水先案内人が必要ですが、全ての人が平等にご縁を頂ける訳ではないからです。

乗り物とは、法ぶねとなる仏法であり、水先案内人とは、法ぶねに乗せて彼岸へ渡して下さるみ仏です。

真っ暗闇の中で、灯りも持たずに歩いて行くほど、物騒なことはありません。何処に石ころが落ちているか、何処に穴が開いているか、分からない道を安心して歩いていけるのは、足元を照らしてくれる灯りがあるからです。

その灯りが仏法であり、灯りを持って足元を照らして下さるお方がみ仏です。

勿論、仏法に遇わせて頂けるのも、み仏にご縁を結ばせて頂けるのも、ただの偶然ではありません。

過去に積んだ善根功徳のお蔭で、この世に人の身を与えられたのみならず、億劫にも遇う事の難しい仏法に遇わせて頂けたのです。

み仏とのご縁は、まさに善根功徳の果報であり、「宿善の助け」と言えましょうが、だからこそ、今の世で善根功徳を積ませて頂いて来世の宿善とし、来世での仏法とのご縁を深めておかなければならないのです。この世での仏法とのご縁を、決して徒疎(あだおろそ)かにしてはならないのです。
(普門法舟)
  法縁に あえしわが身をよろこべよ
    あわずにすごす 人もあるのに
  法縁の 糸のむすびは神むすび
    徒疎かに 思うなよ人

福の神と疫病神

皆さんの中には、此岸と彼岸を別々の世界と誤解されているお方もおられるかも知れませんが、此岸と彼岸は、決して別々に存在する二つの世界ではなく、一つの世界の見方の違いに過ぎません。

吉凶禍福(きっきょうかふく)、苦楽幸不幸というものは、紙の表裏ですから、物事をどちら側から見るかによって、吉にもなれば凶にもなります。

吉も凶も禍も福も、幸も不幸も苦も楽も、同じものを、どちら側から見るかの違いに過ぎません。

例えば、「病気をするのと、健康であるのとどちらがいいですか?」と問われたら、誰もが「健康の方がいいに決まっている」と答えられるでしょう。

しかし、だからと言って、健康な人がみな幸せで、病気の人がみな不幸だとは決まっていません。

健康でありながら、毎日不平不満の心で暮している人や、お互いに傷つけ合いながら生きている人もいれば、病気をしていても、感謝の気持ちを忘れず、心豊かに暮らしている人も大勢います。

何故かと言えば、吉凶禍福、幸不幸を決めるのは、健康か病気かではなく、自分自身だからです。

どちら側から見るか、どのように受け止めるかによって、健康が不幸になったり、病気が幸せになったりするのは、その為です。自分以外に幸不幸を決められる人など一人もいません。

病気という一つの出来事の中にさえ、悪い面と良い面が共存しています。そのどちらの顔を見ていくか、それによって幸不幸がハッキリ分かれます。疫病神の顔だけを見ていては、福の神の顔は見えて来ません。

まず病気を在るがまま受け止め、病気の中に居る福の神の顔を観察する心(観の眼)を養わなければ、六尺病床が極楽に変わる事はありません。

地獄極楽の在り処

「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」の六道は、心で作る世界ですから、自分が行く所にどこまでも付いてきます。

六道の世界は本来どこにもありませんが、わが心で作る架空の世界だからこそ、心が迷っている限り、何処にでも存在します。いま自分の座っている場所が極楽にもなれば地獄にもなるのです。

苦しみだけしかない世界、救いしかない世界というものはありません。あるのは、苦しみと救いが並存する世界です。

仏教では、この世を「四苦八苦」の世と捉えていますが、この世が苦しみの世界であるなら、苦しみから救われる世界も必ずこの世にあります。

もしあの世に極楽(彼岸)があるなら、地獄(此岸)もあの世にあります。この世に地獄があるなら、極楽もこの世にあります。

この世は苦しみの世界だから、あの世へ行かないと救い(極楽)はないと言うお方もいれば、この世を此岸、あの世を彼岸と考えているお方もいますが、いずれも間違いです。

地獄も極楽も、自分の心の外に存在する世界ではなく、自らが迷いの心で作り出す架空の世界ですから、迷いの夢から目覚めない限り、地獄も極楽も自分と共に存在し続けます。

この道理が分かれば、迷いの夢から目覚める事が何より大切であり、迷いから目覚める為には仏法に頼る以外に道がない事も、自ずと分ってきます。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(3)

何をしなければいけないか

芽の出る春と散ってゆく秋にお彼岸が設けられているのは、諸行無常と諸法無我の真理を教え、真理に従って生きる事の大切さを教えんが為ですが、世の中には、「限りある人生だから、好き勝手に生きなければ損だ。自分が幸せになる為であれば、人を苦しめ、傷つけても構わない。自分さえよければいいのだ」と言わんばかりの生き方をしている人もいます。

生き方は人それぞれでしょうが、大切なのは、すべてが移り変わっていく限りある人生だからこそ、どのような生き方をしなければいけないのかという事です。

振り込め詐欺被害は一向に減少する気配を見せず、巧妙な手口による新たな振り込め詐欺被害も増えていますが、限りある人生だから、人を騙してお金を奪い取ってもいいという理屈にはなりません。

一度しかないかけがえのない人生を、末代までも続く悪業、罪業を作る為に費やすほど愚かな事はないでしょう。

前回も述べたように、私たちは、一人では生きていけません。どんな時でも、知らない誰かに助けられ、支えられているのです。

騙そうとしている相手が、ご縁の糸を辿っていけば、自分を支えてくれているかけがえのない一人かも知れません。その相手を騙し、お金を奪い取る事は、自分自身の首を絞めているのも同然です。

「人生はこだまなり」と言われるように、人を助け人に親切を施す事は、わが身を助け、人を騙し傷つける事は、わが身に唾し、傷つけているのと同じなのです。
 (普門法舟)
  お互いに 人のお蔭をうける身は
    人を忘れず 共に極楽
  極楽に 往くも地獄に堕つるにも
    己が所業が もととなるなり
  人の身は 死しても残る業のあと
    善悪報いは 後の世までも

蒔かねば実らぬ菩提の種

お彼岸を詠った有名な俳句があります。
  今日彼岸 菩提の種を蒔く日かな

作者は不明ですが、お彼岸の趣旨を非常に上手く表現しています。

菩提の種を蒔くとは、人を思う心(菩提心)を発しなさいという事です。

私たちはみな、生まれた時から例外なく、仏となるべき種(仏性)を授かっています。しかし、種を蒔かなければ、いくら肥料をやり、水をやり、お天道様の恵みを頂いても、果実は実りません。まず菩提の種を蒔き、仏性の扉を開く事が大切なのです。

人間は、誰しも自分が可愛いものですが、だからこそ、お互いが相手を思いやる心を忘れてはなりません。その心が、菩提の種である菩提心です。

こんな譬え話をご存じでしょうか。

ある人が、地獄と極楽の食事風景を見に行ったところ、極楽では、みんな和気藹々と笑いながら楽しそうに食事をしているのに、地獄では、誰もが腹を空かせてやせ細り、目を吊り上げて罵り合っていました。

どちらの食卓にも、美味しそうな食事と、1メートルもある大きな箸が用意されていましたが、同じ物を使っているのに、何故こんなに違うのだろうと不思議に思い、よく見ると、地獄では、その箸を使って自分の目の前に置かれた食物を挟もうとしているのに対し、極楽では、その箸で、自分の前に座っている人の前に置かれた食物を挟み、その人の口に入れてあげていたのです。

地獄と極楽を分けていたのは、1メートルの箸を自分の為に使うか、相手の為に使うか、その使い方の違いでした。

その1メートルの箸は、目の前にいる人の口に入れてあげるのに丁度いい長さだったのですが、何故地獄へ堕ちた人々は、その事に気付かなかったのでしょうか?

哀しいかな、地獄へ堕ちた人々には、相手の事を思いやる心(菩提心)も、お互いを信頼し合う心もありません。

極楽に居る人たちは、つねに菩提心を忘れず、相手の身になって考える心を持っていますから、目の前の箸を見て、すぐに前に座っている人の口に入れてあげようという心を起こせたのです。

お互いがお互いを支え合っている極楽の世界では、すでに信頼し合う関係が築かれていますから、そうする事が当たり前に出来たのです。

ところが、地獄へ堕ちた人々は、菩提心を忘れ、自分の事しか頭にありませんから、目の前に座っている人の事が全く目に入りません。前に置かれている1メートルの箸を見ても、自分の為に使うという発想しか浮かばないのです。

その箸は自分の口に入れるには長すぎて使えないのですが、菩提心を忘れている地獄の人たちには、箸の正しい使い方が分りません。当然、相互の信頼関係も築けていませんから、お互いに食べさせ合う事も出来ません。

結局、地獄と極楽を分けていたのは、住む世界の違いではなく、そこにある同じ物を誰のために使うか、たったそれだけの違いに過ぎなかったのです。

同じ箸であっても、使い方次第で、お互いを生かす箸にもなれば、お互いを傷つけあう凶器にもなり得るように、心もまた相手を思いやる心(菩提心)として使うか、自分さえよければ相手が苦しんでも傷ついても構わないという自我我執の心として使うかによって、人生は大きく変わっていくのです。

これを見れば、極楽も、地獄、餓鬼、畜生の世界も、決してあの世の事ではない事が分かります。

相互供養、相互礼拝

「相互供養、相互礼拝」という言葉があります。

「お互いを供養し、拝み合って行きましょう」という意味ですが、いまお話した極楽の食事風景は、まさに相互供養、相互礼拝の世界をよく現わしていると言っていいでしょう。

供養とは、文字通り、養ったものを供える事ですが、養い供えるものは、菩提心以外にはありません。この事から、「相互供養、相互礼拝」とは、菩提心を養い、お互いに供え合いましょうという意味である事がお分かり頂けると思います。

お彼岸はご先祖様を供養する日というイメージを抱いておられるお方も大勢おられると思いますが、菩提心を養い供える事が供養ですから、供養すべき相手は、決して亡くなったご先祖様だけではありません。

生きている者同士が、お互いに菩提心を養い、供え合う事も立派な供養であって、むしろ生きている人の供養こそが、真の生き供養と言っていいでしょう。

要するに、相手に親切な心を供え、優しい言葉を掛け、お互いが相手を労わり合い、言行想(身口意)、言葉と行いと思いを養って供え合う事が、生き供養なのです。

お彼岸は、ご先祖を供養する為だけの日ではなく、自分の中にある仏性に目覚め、菩提心を養い、相互に供え合う日でもあるのです。

「今日彼岸 菩提の種を蒔く日かな」と詠われている所以ですが、そうだとすれば、お彼岸中の一週間だけ菩提心を養い、あとは知らぬ顔では本末転倒であって、一年365日毎日が、菩提心の種を蒔くお彼岸でなければなりません。

み仏が、私たちに教えて下さっているお彼岸の心をしっかり心に刻み、お互いが怖い顔をして角を突き合わせ、睨み合うのではなく、和顔愛語で暮らしていけるよう、家庭でも、職場でも、地域社会でも、お互いが相互に供養し、礼拝し合っていかなければならないのです。

三途の川を渡るとは

お彼岸の反対側を此の岸と書いて、此岸(しがん)と言いますが、昔から、「亡くなった人は、三途の川を渡ってあの世へ行く」と言われるように、此岸から彼岸へ行くには、三途の川を渡らなければなりません。

しかし、三途の川とは譬えであって、この世とあの世の間に、三途の川と名付けられた川が流れている訳ではありません。

三途とは、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」(六道)の中の「地獄、餓鬼、畜生」の事で、三悪道とも言います。

「地獄、餓鬼、畜生」の三途は何処にあるのかと言いますと、私たちの心の中にあります。あると言いましても、心で作る架空の世界ですから、本来はないのですが、迷っている内は、間違いなく夢の中に存在し、私たちを苦しめ続けます。

その為、六道は、よく夢に譬えられます。恐ろしい怪物に襲われる夢を見ている人にとっては間違いなく現実であっても、夢から目覚めた人にとっては、夢の中にだけ存在する架空の怪物に過ぎません。

それと同じように、六道の世界も、夢の中にだけ存在する世界ですから、目覚めれば、いつでも消えてなくなるのです。

つまり、三途の川を渡るとは、迷いの夢から目を覚まし、「地獄、餓鬼、畜生」の世界を作らない本来の自分に戻る事なのです。

心で作る迷いの世界

御法歌『頼め彼岸へ法のふね』の中に、
  六つの道を めぐるから
    しあわせばかりと 思うなよ
    人生廻り舞台なり
と詠われているように、六つの世界(六道)を作って輪廻しているのが、此岸に居る今の私たちです。

この此岸から三途の川を渡って彼岸へ行く事を、「解脱する」「成仏する」「往生する」「到彼岸」等と言いますが、要するに、一切の分別心と執着心から自由になり、「涅槃寂静」の境地に到達する事です。

地獄とは、怒りの心で作る世界です。怒りの心を起こすと、地獄の世界に堕ちなければなりません。

餓鬼とは、貪りの心で作る世界です。貪りの心を起こすと、餓鬼の世界に堕ちなければなりません。

餓鬼にも二種類あり、無いから欲しい貪りの心を「無財餓鬼」と言い、有り余るほど財が有るのに人に施すのが惜しいという物惜しみの強い心を「有財餓鬼」と言います。

畜生とは、自我我執の心で作る世界です。自我我執とは、他人が苦しもうが傷つこうが、自分さえ幸せになれればそれでいいという利己主義の心で、この心を起こすと、畜生の世界に堕ちなければなりません。

修羅とは、愚痴嫉妬の心で作る世界です。妬みの心を起こすと、修羅の世界に堕ちなければなりません。

人間界は、苦もあれば楽もある世界、天上界は、苦しみを知らない楽ばかりの世界です。

貪欲(貪り)、瞋恚(怒り)、愚痴嫉妬の三つは、三毒煩悩と言って、身も心も滅ぼす恐ろしい猛毒に譬えられますが、心がこの三毒煩悩に侵されると、三途の世界へ真っ逆さまに堕ちてゆかなければなりません。

だからこそ、三毒煩悩の毒牙にかからないよう、日々、菩提心を養い、供養し合い、仏性を覚醒しておかなければいけないのですが、その心を教えているのが、まさに春と秋のお彼岸なのです。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(2)

決まっている事と決まっていない事

彼岸花は、秋のお彼岸が近づいてくると、まるでそれが自分の役目と自覚しているかのように、真っ赤な花を咲かせ、お彼岸の到来を知らせてくれますが、何故彼岸花は、自分の咲くべき時を忘れないのでしょうか?

それは、桜が春になると咲くのと同様、彼岸花にとっての約束事だからです。

決まっている事ですから、去年は咲いたけれど、今年は忘れて咲かなかったという事は決してありません。

時には、春先に咲くべき桜の花が、晩秋に開花したという珍現象が起きたりしますが、それは、春のような陽気が続き、春が来たと思い違いをするからで、春のような陽気が続けば咲くという決まり自体が変わった訳ではありません。

彼岸花が秋のお彼岸にしか咲かないのは、春のお彼岸に咲くという決まりがないからであり、春に咲く桜が秋に咲かないのも、秋に咲くという決まりがないからです。

もし桜の人生に秋に咲くという決まりが加われば、桜は春だけでなく秋にも咲くようになるでしょう。一年中咲くと決められていれば、一年中、桜の花を楽しむことができます。

大自然の中で生きている草花たちはみなそうして、決まりに従って咲くべき時に咲き、散るべき時に散っているのです。決まりに逆らっている草花は一つもありません。

三法印

すでに決まっている事ですから、そのこと自体には、幸不幸の概念も吉凶禍福も、縁起の良し悪しもありません。

春に咲くと決められている桜は幸せで、秋に咲くと決まっている彼岸花は不幸などという事は決してありません。

決まり事である以上、私たちは、ただそう決まっているものと受け止め、素直に頷くしかありません。大自然の草花たちはみな、そうした生き方をしているのです。

勿論、この世には、すでに決まっている事だけでなく、まだ決まっていない事も多々あります。

すでに決まっている事は何をしても変える事は出来ませんが、まだ決まっていない事は幾らでも変える事が出来ます。

大切な事は、変えられる事と変えられない事をしっかり見極め、生き方を間違えてはならないという事です。

例えば、大乗仏教の根本思想である「三法印」(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)は、この世の真理としてすでに決まっている事ですから、お釈迦様といえども、変える事は出来ません。

「諸行無常」とは、一切は絶えず変化し続け、変わらないものは何一つないというこの世の真理ですが、無常の中にいる以上、私たちもその真理に逆らう事は出来ません。

例えば、一秒前の私と今の私と一秒後の私は、外見上は何も変わっていないように見えますが、今の私から見れば、一秒前の私は常に一秒だけ若い私であり、一秒後の私は常に一秒だけ老いた私です。

自分と思っている私は、常に変化し続けていますから、変わらない固定的な私というものは存在しません。

これが、二つ目の「諸法無我」で、私は固定的な存在ではなく、常に流動的な私としてのみ存在しているに過ぎないのです。

まさに「有るようで無く、無いようで有る」存在と言っていいでしょうが、「諸法無我」には、流動性の他に、相互依存性という意味も含まれています。

相互依存性とは、自分ひとりで存在しているのではなく、他のすべてとつながって生きているという意味です。

私は自立して生きているように見えますが、実は他とつながって生かされている存在でもあります。

例えば、食べているもの、着ているものなど、私の周囲にあるものは、他の誰かの手によって作られ、運ばれてきたものです。

私はただそれらを譲ってもらい、食べたり、身に着けたり、利用したりしているに過ぎません。それらのすべてを、私一人の力で作らなければならないとすれば、私は生きていけません。

要するに、私は、私以外のすべての存在と密接につながって生きており、そのつながりを否定しては生きていけない相互依存的な存在でもあるのです。

この「諸行無常」「諸法無我」の真理を在るがまま受け入れて生きてゆくか、逆らって生きていくかは、人それぞれですが、真理に従って生きていくところに開けるのが、三つ目の「涅槃寂静」の世界です。

変えられない世界と変えられる世界

「涅槃寂静」も決まりですから、在るがまま真理に従って生きていくところに、自ずと開かれる世界ですが、だからと言って、誰も彼もがその境地に到達できる訳ではありません。

誰もが、真理を在るがまま受け入れ、従って生きていけるとは限らず、真理に逆らって生きようとする人々もいるからです。

真理に逆らって生きようとする人々が到達する世界が、お釈迦様の説かれた四苦八苦の世界です。

四苦八苦とは、生老病死苦(しょうろうびょうしく)の四苦に、愛する人と別れなければならない愛別離苦(あいべつりく)、会いたくない人と会わねばならない怨憎会苦(おんぞうえく)、求めても得られない求不得苦(ぐふとっく)、限りない煩悩から沸き起こる様々な苦しみである五陰盛苦(ごおんじょうく)の四苦を加えたものですが、これらはすべて、変えられない真理に抗おうとして作り出された苦しみの世界です。

つまり、四苦八苦の人生は、逆らえない真理でも、避けられない運命でもなく、この世の決まりに逆らい、在るがまま受け入れようとしない心が作り出した架空の産物に過ぎませんから、苦しみの人生はいくらでも変える事が出来るのです。

それに対し、諸行無常、諸法無我の真理は、この世での約束事ですから、幾ら老いたくない、死にたくないと願い、どれほど生に執着しても、逆らう事は出来ません。

中国全土を統一した秦の始皇帝が、徐福という道士に命じて、不老不死の仙薬を探し求めたと言う話は有名ですが、徐福はついに始皇帝の下に帰りませんでした。

帰らなかったのは、不老不死の仙薬を独り占めしたかったからではありません。不老不死の仙薬など有る筈がなく、もし手ぶらで帰れば命のない事が分っていますから、徐福は帰りたくても帰れなかったのです。

生に執着し、不老不死の仙薬を探し求めた秦の始皇帝は、結局、自らが作った生老病死の苦しみを乗り越えられぬまま亡くなりました。

万里の長城を築き、頂点に上り詰めた権力者でさえ、真理の前には、朝露よりも儚い存在に過ぎなかったのです。

合掌

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菩提の種を蒔く日かな(1)

彼岸を告げる花

お彼岸になると何処へ行っても目にするのが、彼岸花です。

法徳寺の境内の一角にも、ご同行のお方から頂いた彼岸花が、毎年綺麗な花を咲かせ、お参りの皆様の目を楽しませてくれています。

学名の「リコリス」は、ギリシャ神話の女神の「リコリアス」に由来する名前で、サンスクリット語の「manjusaka」を音写して「曼珠沙華」とも呼ばれています。

お彼岸が近づいてくると、田んぼの畦道や土手などでよく見かけますが、お墓の周辺に植えられている事も多い為、「死人花」「地獄花」「幽霊花」などと呼ばれて忌み嫌われたり、食べるとアルカロイドという有毒成分が吐き気や下痢を引き起こし、悪化すると中枢神経が麻痺して死に至る場合もある事から、不吉な花というイメージを抱いているお方もおられるのではないかと思います。

しかし、田んぼの畦道や土手に植えられているのは、穴を掘るモグラや野ネズミが、彼岸花に含まれる有毒成分を嫌って近づかないようにする為であり、また水にさらして有毒成分を抜けば、葛粉や片栗粉と同じ良質なデンプンが採れる為、食べるものがなくなった時の非常食にもなります。

仏教には、縁起の良い事が起こる前には赤い花が天から降ってくるという教えがあり、真っ赤な花を咲かせる彼岸花は、とてもお目出度い花とされています。

このように人間の役に立ち、お目出度い花とされている彼岸花が、不吉な花と思われているのは、私たち人間が、彼岸花の特徴の一面だけを見て、そのようなレッテルを貼っているからに他なりません。

これは何も彼岸花に限った事ではなく、人間が、吉凶禍福や縁起の良し悪しを分別し、嫌っているものは他にも沢山あります。

数字の吉凶

例えば、日本人は、数字の九を、苦につながるという理由から不吉な数字と見做し、避けようとします。

法徳寺では毎年十二月二十九日にお餅つきをしますが、その日にお餅つきをしない家が多いのは、二十九日についたお餅は「苦餅」と呼ばれ、縁起が悪いと考えられているからです。

しかし、二十九日についたお餅を食べて不吉な事に見舞われた経験はまだ一度もありませんし、そのような話を聞いた事もありません。

「九(苦)が付く」という語呂合わせから、二十九日を避けるのかも知れませんが、「九(苦)が尽く」(苦しみが尽きる)という語呂合わせなら、全く逆の意味になります。

更に二十九日を「ふくび(福日)」と読めば、その日に付いたお餅は、「苦餅」ではなく、福を招く「福餅」となり、二十九日は、お餅つきには又とないお目出度い日という事になります。

これを見れば、私たちが、語呂合わせや迷信によって、様々な出来事を吉凶禍福に色分けし、縁起の良し悪しを分別して、自由で在るべき人生を不自由なものにしている事がよく分ります。

これでは、わざわざ自らの手で苦楽幸不幸の原因を作っているようなもので、全く割に合わない話と言わねばなりません。

ラッキーセブンか、ワーストセブンか?

ご承知のように、数字の七は、「ラッキーセブン」と呼ばれ、世間では縁起の良い数字と考えられています。

しかし、菩薩様がまだ信仰の道に入られる前、経営しておられた会社が倒産し、その日が七月七日の七夕だった為、数字の七は縁起が悪いと言って、とても嫌っておられました。

七という数字そのものには、元々縁起が良いも悪いもないのですが、七が重なる七夕に倒産した為、そう思い込んでおられたのです。

ところが、信仰の道に入られ、倒産の真相が明らかになってから、七に対する思いが逆転したのです。

もし会社が倒産していなければ、信仰の道に目覚める事も、自己の使命に目覚める事もなかったでしょう。

信仰に目覚める事が出来たのは、偏に会社が倒産したお陰であり、倒産は菩薩様を信仰に導く為のみ仏の手立て(方便)だったのです。

倒産の真相が明らかになり、それまで縁起が悪いと思い込んでいた七月七日は、信仰に導いてくれた縁起の良い日であった事を悟られた菩薩様は、「七月七日の倒産がなければ、今の私はいなかった。倒産したお陰だ」と言って、手を合わせておられました。

どちら側から見るか

私たちは、苦楽幸不幸、吉凶禍福、縁起の良し悪しを分別判断し、不吉な日や不都合な出来事を避けようとします。

その為に考え出されたのが様々な占いであり、未来を予知する霊感や予知能力と言われるものですが、実のところ、何が不吉で何が吉祥か、何が幸せで何が不幸か、何が縁起が悪くて何が縁起が良いのかは誰にも分りません。

何故なら、幸不幸も吉凶禍福も、未来の事はまだ何も決まっていないからです。

分るのは、すでに過ぎ去った過去の事だけで、未来はまだ何も書かれていない白紙と同じなのです。

しかも、立ち位置が変われば、吉凶禍福も自ずと変わってきます。いまお話した菩薩様の例で言えば、七月七日は、会社が倒産した側面から見れば、縁起の悪い日となりますが、信仰に目覚めるきっかけという側面から見れば、これほど縁起の良い日はない事になります。

つまり、縁起の良し悪しは、どちら側から見るかによって逆転する事になるのです。

何故そんな事が起きるのかと言えば、吉凶禍福や縁起の良し悪しというものは、すでに決まったものではなく、立ち位置の違いによって、幾らでも変わり得る流動的なものに過ぎないからです。

私たちは、その時々の自分の立ち位置から、好都合と不都合を分別し、これは不幸だ、これは縁起が悪いと言っているに過ぎません。

言い換えれば、幸不幸も吉凶禍福も、縁起の良し悪しも、自らの分別心によって作り出した架空の産物に過ぎないという事です。

勿論、そこにあるのは、自己の立ち位置から見た吉凶禍福であって、他人の立ち位置や他の側面から見たものではありません。

しかし、自分から見て不吉であっても、他人の立ち位置や他の側面から見てお目出度い事は幾らでもありますし、その逆もあり得ます。

心の眼、悟りの眼を養おう

要するに、迷える人々は、自分が作り出した吉凶禍福や縁起の良し悪しに振り回されて自らを苦しめ、その人生を不自由なものにしているのです。

世間にはよく、自分の不幸の責任を、他人や社会や他の何かに押し付けようとする人がいますが、まさに本末転倒と言わねばなりません。

もし苦しみたくなければ、苦しみの原因を作らなければいいのであって、そうする以外に道はないのです。

その為には、分別心を捨て、あらゆる立ち位置から物事を在るがまま見極められる心の眼、悟りの眼を養わなければなりません。

その心の眼、悟りの眼を養う道を説くのがまさしく仏法であり、仏法以外に心の眼を養う事の出来るものはありません。

ただ不都合な面だけを見て、忌み嫌ったり避けたりしているだけでは、物事の真相は見えてきませんし、問題は解決しません。

もし占いや霊感で人生が上手くいっているように見えても、一時的に川の流れをせき止めているだけで、大難の前兆と言わねばなりません。

問題は何も解決していませんから、ひとたび無常の縁起に遇えば、たちまち堰は崩れ、瞬く間に藻屑と化す砂上の楼閣に過ぎないのです。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(6)

欠かせない信心

「病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(4)」で、「み仏とご一緒なら地獄へさえも行かせて頂けるようになります」と言いましたが、何故そんな事が出来るようになるのでしょうか?

例えば、お大師様、菩薩様から「苦労をかけますが、私と一緒に地獄へ行ってくれませんか」と言われた時、殆どのお方が、「極楽へならお供しますが、地獄行きはお断りします」と答えるでしょう。

何故なら、苦しみに苛まれる地獄へなど誰も行きたくないからです。

そこで「はい、行かせて頂きます」と即答できるお方は、お大師様、菩薩様を信じておられるお方だけです。

何が言いたいかと言いますと、「お大師様、菩薩様とご一緒なら喜んで地獄へお供させて頂きます」という言葉は、お大師様、菩薩様に対する信心に裏付けられて初めて出てくる言葉だという事です。

勿論、その信心は、好都合な事だけを受け入れる自分本位の信心ではなく、不都合な事を在るがまま受け入れ、何があっても決して揺るぐ事のない不動の信心でなければなりません。

菩薩様が、「お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。み仏はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。」とおっしゃった意味が、そこにあります。

「救われたいが、信仰はしたくない」という考え方

世の中には、よく「死の恐怖や苦しみからは救われたいが、信仰はしたくない」と言われるお方がいます。

それも一つの考え方、生き方であり、信仰がなくても、死の恐怖や死の苦しみを克服できるお方は、それでも構わないと思います。

大切な事は、死の恐怖を克服し、死の苦しみから救われる事であり、不都合な死を在るがまま受け入れられる全肯定の心を成就する事です。

信仰はあくまでその目的を達成する一手段に過ぎません。

信仰しなければ死の苦しみを克服出来ない訳ではありませんから、信仰の力を借りなくても苦しみを乗り越えられるお方はそれでいいのです。

問題は、自分の力だけでは死の恐怖や苦しみを克服できないお方です。

その方たちにとって、信仰が、苦しみを克服する大きな力と勇気と安心を与えてくれる頼もしい味方となり得る事は間違いありません。

私の拙い体験から申し上げれば、死の恐怖、死の苦しみを克服する道と、信仰とは切っても切れない関係にあります。

死の苦しみを克服する上について、お釈迦様もお大師様も道元禅師も良寛さんも菩薩様も、みな同じ事をおっしゃっておられるのは、不都合な死を在るがまま受けいれられる全肯定の心を養う上で、信仰の果たす役割が非常に大きいからです。

信仰は、全肯定の不動心を養う上で、心の支えとなるかけがえのないものであると言っても過言ではないでしょう。

信じるに値する心の依りどころ

勿論、ここにいう信仰とは、ある特定の宗教宗派の信者になるとか、特定の御本尊を信じるという意味ではありません。

あくまで、「これは好いが、あれは嫌いだ。極楽には行きたいが、地獄には行きたくない」という分別心や執着心を離れ、何事も在るがまま受け入れさせて頂ける全肯定の心を作らせて頂く為の信仰です。

言い換えれば、自らが心の依りどころとするに値するものを持つという意味での信仰です。

先ほど、「信仰がなくても、死の恐怖や死の苦しみを克服できるお方は、それでも構わない」と言いましたが、実は信仰をしないと言われるお方も、すでに依りどころとなるものを持っておられる筈なのです。

違うのは、その依りどころが、神仏への信仰ではなく、それ以外の何かであるという点です。

例えば、「お金しか頼れない」というお方は、お金を依りどころとし、信仰の対象として拝んでいるのです。

「家族しか頼れない」お方は、家族が信仰の対象であり、「わが子だけが頼りだ」というお方は、子供を心の依りどころとしているのです。

「信じるものも、心の依りどころも何も持たない」と言われるお方もまた、「信じるものも、心の依りどころも持たない」事を自己の信条とし、自己の判断を信じて生きている事に変わりはなく、何も信じていない訳ではありません。

こうして見てくると、信じるものも、心の依りどころも何も持たないというお方は、一人もいないと言っていいでしょう

要するに、お金であれ、家族であれ、子供であれ、自分自身であれ、他の何かであれ、神仏以外の何かを信じ、心の依りどころとして生きている事に変わりはないのです。

世間虚仮、唯仏是真

そうだとすれば、残る問題は、「果たしてそれらが心の依りどころとして信ずるに値するか?信じるに値する心の依りどころとは何か?」という事ですが、残念ながら、いま挙げたものはいずれも、心の依りどころとして信じるに値するものとは言えません。何故なら、それらはみな、移ろい易く、崩れ易いものだからです。

諸行無常の世の中にあって、形あるものは、自分であれ、お金であれ、家族であれ、子供であれ、親であれ、すべて移ろい易いものであり、真に信じるに値するものとはなり得ないのです。

例えば、子供を心の依りどころとしていても、親より先に死ぬかも知れませんし、親の面倒を見てくれるという保証もありません。

日蓮聖人は、「父母は常に子を念(おも)えども、子は父母を思わず、親は十人の子を養えども、子は一人の母を養うことなし」と嘆いておられますが、現代においても、頼りとしていた子供に裏切られ、泣いている親は数知れません。

その逆もしかりで、親に虐待されて亡くなったり大けがをする児童が後を絶たない現状を見れば、肉親といえども、信じるに値しない事が分ります。

ましてやお金が信頼できる筈もなく、遺産相続をめぐって、家族同士が醜い争いを繰り広げたり、お金にまつわる殺傷事件が日常茶飯事である事を見ても明らかでしょう。

勿論、自分以外に何も信じるものを持たないと言われるお方も例外ではありません。その自分もまた、一寸先も分らない迷い人であり、ひとたび無常の嵐が吹けば、為す術もなく消え去る朝露のような存在に過ぎないのです。

聖徳太子が「世間虚仮、唯仏是真(せけんこけ、ゆいぶつぜしん)」とおっしゃっておられるように、諸行無常の中にあって変わらないものは、仏(仏法)しかなく、真に心の依りどころとして信じるに値するものは、仏(仏法)以外にはあり得ません。

病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し

菩薩様が詠まれた道歌に、
 病むも好し 生きるも死ぬもみんな好し
   弥陀の救いの 中なればこそ

という歌がありますが、何故「病むも生きるも死ぬもみんな好し」と頷けるのかと言えば、み仏の救いの中にいるからです。

今まで何度もお話しているように、地獄が地獄、極楽が極楽なのではありません。

「極楽は好いが、地獄は嫌だ」という分別心が地獄を作り、「地獄でも喜んで行かせて頂きます」という不動の信心が、極楽を見せてくれるのです。

地獄が極楽になったり、極楽が地獄になったりするのは、幸不幸というものが、私たちの思い方、受け止め方一つにかかっているからです。

私たちの心をおいて他に、地獄も極楽もありません。

お経には、「十万億土(じゅうまんおくど)彼方に行かなければ極楽はない」と説かれていますが、何故そんな気の遠くなるような彼方まで行かなければいけないのでしょうか?

仮に宇宙の果てまで行けたとしても、残念ながらそこに極楽はありません。何故なら、極楽は、自分の中にあるからです。

お大師様が、『般若心経秘鍵』の中で、
 それ仏法 遥かに非ず 心中にして 即ち近し
 真如 外にあらず 身を棄てて 何んか求めん
   迷悟 我にあり 発心すれば 即ち到る
   明暗 他に非ず 信修すれば 忽ちに証す

と説いておられるように、わが身を棄てて、極楽(悟り、光明、救いの世界)を求めても、そんな理想郷はどこにもありません。   

自分の居る場所が、そのまま極楽になり、病気をしても、病気をしている六尺病床が、極楽になるのです。

地獄も極楽も、幸も不幸も、何処からもやって来ません。全て自分自身の中にあります。

菩薩様が代受苦行という苦しみの極みの中でおっしゃった「有り難い」というお言葉、そして、「お大師様は、ただ信じるのではなく、信じ切らなければいけない」というお言葉を見れば、何が地獄で、何が極楽であるかがよく分ります。

地獄極楽は己が心次第

「一緒に極楽へ行ってくれますか?」と言われたら、誰でも「はい」と答えます。極楽は好都合な所ですから、素直に「はい」と答えられるのです。

では、「一緒に地獄へ行ってくれませんか?」と言われたらどうでしょうか?誰も地獄へなど行きたくありませんから、素直に「はい」とは答えられません。

そこで「はい」と答えられるようになるには、誰も行きたくない地獄へ行ける心に変わらなければなりません。

つまり、「お大師様、菩薩様のお指図であれば、喜んで地獄へご一緒させて頂きます」と答えられるまで深く信じる心にならなければ、地獄へは行けないのです。

ここで大切な事は、「極楽へ行ってくれますか?」と言われ、「はい」と答えて行く極楽が本当の極楽ではなく、また「地獄へ行ってくれますか?」と言われ、「はい」と答えて行く地獄が本当の地獄ではないという事です。

何故なら、極楽へは、不動の信心がなくても行けますが、地獄へは、不動の信心がなければ行けないからです。

不動の信心を成就して行く地獄は、もはや地獄ではありません。譬え地獄の鬼であっても、不動の信心を成就したお方の心を苦しめたり、迷わせたりする事は出来ないからです。

お大師様、菩薩様の救いの御手の中にいれば、お大師様、菩薩様を信じ切っていれば、病む事も老いる事も、生きる事も死ぬ事もすべて好しと頷けるのはその為です。

「地獄へ行ってくれますか?」と言われて「はい」と答えられたあなたは、すでにみ仏と一体であり、極楽に居るお方です。

勿論、その反対もしかりで、お大師様、菩薩様を信じ切る心がなければ、極楽も地獄と何ら変わりありません。

地獄、極楽は私たちの心が作り出す世界であり、心と離れて地獄極楽がある訳ではない事がお分かり頂けたと思います。

地獄を見るか、極楽を見るかは、ひとえに私たちの心一つにかかっているのです。

かけがえのない糧

お大師様、菩薩様、み仏様のお指図に素直に従えるか否か、その心に到達しているか否かを自らの心に問い、その心が出来ていれば、あなたはすでに死の恐怖を克服しておられるお方と言っていいでしょう。

しかし、仮にまだその心に到達出来ていないとしても、がっかりする必要はありません。一日も早くその心に到達出来るよう、日々精進をしてゆけばよいのですから。

大切な事は、まず今の自分の姿を在りのままに知る事であり、それを認めた上で不動の信心を確立できるよう、自らを高めていく事です。

勿論、不動の信心を確立する道は、決して平坦な道のりではありません。

しかし、ただの原石が、磨き上げられて光り輝く宝石に生まれ変わるように、不動の信心も、様々な試練や、不都合な出来事に遭遇する中で培われていくものであり、ただ好都合な事だけを求め、不動の信心に到達できる日が来るのを何もせずに待っているだけでは、その日は永遠に訪れません。

不都合な不治の病も、不都合な出来事も、自らを高め、不動の信心を確立する為に与えられたかけがえのない糧であり、魂の研磨剤なのです。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
 いつの日か 苦難な縁起にあうときは
   苦しむことが 菩提(ぼだい)への道
 苦しみを 悲しむことより喜べよ
   深き悩みが 菩提(さとり)となるなり
 人になれ 人になれよとみ仏は
   心苦しめ 人とならしむ
 苦しみに あいてこそ知るみ仏の
   法(のり)のみちびき 慈悲の深さよ
 苦しみが あるから菩提(ぼだい)の花が咲く
   苦をもつ人こそ しあわせなりけり

と詠っておられるように、好都合で楽な道からは、不動の信心も死の恐怖を克服する力も勇気も安心も生まれません。

不都合極まりない、様々な悩み苦しみが待ち受けている道にこそ、美しい菩提(信心、悟り)の花は咲くのです。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(5)

裸で生まれて裸で帰る

菩薩様は常々「無常の域という終着駅に到達しなければ救いはありません」とおっしゃっておられましたが、無常の域とは、真実の自己に目覚め、不都合な出来事を悟りに変え、死の恐怖や様々な人生苦を克服した大安心の境地と言い換えてもいいでしょう。

何故人は死ぬのか?何故私たちに死が与えられているのか?

これは非常に難しい問いですが、少なくとも、死が苦しむ為に与えられているのでない事だけは確かです。

何度もお話しているように、生も死も諸行無常の真理の中のひとこまに過ぎず、そこに苦の概念はありません。にも拘わらず、私たちはその死を苦しみと感じています。

死が、好都合な生を終わらせる不都合極まりないものだからですが、御法歌『無常教える花仏』の一番の歌詞に、
  どこから来るか 桜の花は
  春の縁で 咲くという
    裸で生まれて 裸で帰る
    無常教える花吹雪 花吹雪
と詠われているように、死は、地位や名誉や財産の有無に拘わりなく、万人平等に訪れ、すべてをリセットし、裸で生まれてきた時と同じ状態に戻してくれます。

この世で見上げるような財の山を築いても、所詮、無常の風が吹けば、たちどころに崩れ去る砂上の楼閣に過ぎません。

目に見えない様々な功徳や数々の罪業を除き、この世で築いてきた形あるものは何ひとつ持っていけないというこの厳粛な事実こそ、死が与えられている意味を象徴する何よりの証と言っていいでしょう。

死を知っている草花たち

それだけではありません。死は、表裏一体である生を輝かしいものとしてくれるかけがえのない存在でもあります。

例えば、野辺に咲いている草花や、仏壇にお供えしてある生花は、やがて何日かすれば萎れ、枯れてゆきます。

何故枯れるのかと言えば、いのちがあるからです。生きているから、萎れ、枯れ、散ってゆくのです。

しかし、この草花たちは、ただ咲いているのではありません。やがて萎れ、枯れ、散ってゆかなければならない事を知って咲いているのです。

自らの死を知っているからこそ、限られた一瞬一瞬のいのちを懸命に生き、その晴れ姿を見せてくれているのです。

もしこの草花たちが、造花だったらどうでしょうか?

造花は萎れも、枯れも、散りもしません。造花にはいのちがありませんから、当たり前です。ですから、いのちのない造花にとって、死は何の意味も持ちません。これも当たり前です。

それに対し、限りあるいのちを生きる草花たちは、やがて萎れ、枯れ、散ってゆかねばなりませんから、死は草花たちにとって、とても大きな意味を持っています。

生花と造花の違い

その違いは、生花と造花の美しさの違いを比べてみれば、よく分かります。

私たちが野辺に咲く草花や仏壇にお供えしてある生花を見て、その美しさに心を癒されるのは、やがて萎れ、枯れ、散ってゆかねばならない限りある刹那のいのちを、精一杯生きているからです。

その美しさは、単なる草花の美しさと言うより、生きとし生けるものが持ついのちの美しさと言ってもいいでしょう。

勿論、造花には造花の美しさがあります。しかし、造花が草花や生花に及ばないのは、いのちの美しさを持っていないという事です。

造花が持つ美しさは、あくまで人間が人工的に作った、いのちのないものの美しさに過ぎません。

いのちのない造花は、どれほど美しく作られていても、所詮、いのちのある生花の美しさにはかなわないのです。

その代わり、造花は、病気もしないし、萎れも枯れも死にもしません。命がないのですから当たり前です。

しかし、いのちある草花や生花は、生きているからこそ、萎れ、枯れ、散ってゆかねばなりません。私たち人間も、生きているからこそ、病み、老い、死んでゆかねばならないのです。

それが、生きとし生けるものが必ず従わねばならない諸行無常(万物流転)の大原則です。

いのちある者だけが生き方を選べる

いのちあるものと、いのちなきもののこの決定的な違いは、美しさだけでなく、その生き方にも大きく影響します。

いのちのない造花は、どのように生きようとか、どのように生きれば美しくなれるかという事を考える必要がありませんし、考えても意味がありません。もうこれ以上、変りようがないからです。

しかし、草花や生花や私たち人間は、いのちがある故に、どのような姿にも変わり得る可能性を秘めています。美しくなる事もできれば、醜くもなる事もできるのです。

そして、より美しく咲きたい、より好く生きたいと願うなら、限りあるいのちをどのように生きれば、より美しく咲かせる事が出来るか、この世に生まれてきた目的は何なのかを考え、そのように生きようと努力しなければなりません。

日々刻々と変化し続けるいのちだからこそ、より好く生きる道をさがし求めなければならないのです。

これは、いのちある者の宿命であり、避けて通れない道なのです。

生と死は表裏一体ですから、より好く生きる道を求める事は、より好く死ぬ道を求める事でもあります。

その逆もまた然りで、生きている者が避けて通れない死を見つめる事は、より好く生きる道を見出す事にも通じています。

「そんな難しい事を考えなくても、生きてゆく事は出来ますよ」と言われるかも知れませんが、確かに生きてゆく事は出来るでしょう。

しかし、かけがえのない人生をより好く生きたいと思えば、ただ時間の流れるままに身を任せているだけでは、より好く生きる事は出来ません。

いのちあるものには必ず死があるからこそ、限られたいのちをいかに生きるかが、常に問われているのです。

死刑囚と無期囚

いのちの生き方、生かし方を考える上で決定的に重要な事は何でしょうか?

私は、いのちあるものには必ず死があるという当たり前の事実を自覚する事ではないかと思います。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
 人よ人 死を見て悲しむことよりも
  死のあることを 忘れるな人

と詠っておられるのは、自己の死に直面する事が、より好く生きる上で何よりも大切だからです。

死がまだ漠然としている状態で生きるいのちと、死を自覚して生きるいのちとでは、生きる意味が根本的に違ってきます。

生だけを見つめていては、生きる事の意味も、いのちの本当の尊さも分かりません。

死を自覚して初めて、生きる事の意味も尊さも、生かされている事の有難さも、身に沁みて分ってくるのです。

よく、死期がはっきり見えている末期がん患者は死刑囚に、まだ死期が見えていない一般人は無期囚に譬えられますが、死刑囚と無期囚のどちらが刑務所の中で生き生きとした生活をしているかと言えば、意外にも死刑囚なのだそうです。

何故かといえば、死期が確実に迫っている死刑囚は、残されたいのちを精一杯生きようとするのに対し、刑務所へ何年入っていなければならないかが決まっていない無期囚は、どうしても緊迫感がないため、生き生きとした生活が出来ない為です。

この事実を見ても、自己の死を自覚する事が、より好く生きていく上においていかに大切であるかがよく分ります。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(4)

生死の中に仏あれば生死なし

曹洞宗を開かれた道元禅師は、死の苦しみを克服する上で大切な事は何かについて、次のように述べておられます。

生死(しょうじ)の中に佛あれば生死なし。但、生死即ち涅槃(ねはん)と心得て、生死として厭(いと)ふべきもなく、涅槃として欣(ねが)ふべきもなし。この時初めて生死を離るる分(ぶん)あり。

つまり、「苦しみの中にみ佛がいれば、もうそこに苦しみはない。苦しみこそが救いだと悟る事が出来れば、もはや苦しみを厭ふ事も、救いを願う事もない。この境地に到達した時、初めて苦しみを乗り越える事が出来る」と言う事です。

私たちはみな、苦しみと救い、地獄と極楽、不都合と好都合を分別し、苦しみをもたらす不都合な地獄を恐れ、救いをもたらす好都合な極楽へ往きたいと願っています。

しかし、そのような分別心がある内は、地獄の苦しみを克服する事も、極楽の救いを手に入れる事も出来ません。

何故なら、地獄と極楽を分別し、自分にとって不都合な地獄を忌み嫌い、好都合な極楽を願うその心が、実は地獄、極楽を作り出している張本人だからです。

そうならない為には、不都合と好都合を分別する事を止め、いかなる出来事であっても、在るがまま受け止められる全肯定の心を養わなければなりません。

不都合な生死の苦しみを忌み嫌う心にも、好都合な涅槃の救いを願う心にも執着せず、すべてを在るがまま受け入れられる全肯定の心が確立出来た時、初めて不都合な生死の苦しみを克服する事が出来るのです。

災難をのがるる妙法

良寛和尚も、同じ事をおっしゃっておられます。

災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。

「災難に遭う時は災難に遭いなさい。お迎えが来た時は、素直にお迎えに従いなさい。それが災難を逃れる唯一の方法です」とは、いかにも良寛さんらしい言い方ですが、要するに、災難や死そのものが災難ではなく、災難や死を恐れ、忌み嫌う分別心こそが、わが身に災いを及ぼす本当の災難であるという事です。

勿論、災難に遭いたい人など一人もいません。誰だって災難は避けたいし、死にたくないのです。これが人情であり、そう願ったとしても、誰からも責められる筋合いはありません。

誰もが災難に遭わずに暮らせたら、それに越した事はなく、それは良寛さんとて同じです。いくら良寛さんでも、自ら進んで災難に遭いたいとは思わないでしょう。

しかし、いくらそう思っていても、避けられないのが災難というものです。ましてや、必ずやってくる死は、避けようがありません。

良寛さんが説いておられるのは、もし不幸にして災難に遭ってしまった時や、死に直面した時の心構えです。

「無難に生きるのは良いが、災難に遭うのは嫌だ。長生きするのは良いが、死ぬのは嫌だ」という分別心があると、不都合な災難や死を前にして、在るがまま受け入れる事が出来ず、死の恐怖を克服する事も難しくなります。

私たちの思い方一つ、受け止め方一つで、地獄が極楽にもなれば、極楽が地獄にもなるからこそ、不都合な災難や不都合な死を、一切在るがまま受け入れられる全肯定の心を養い、思い方、受け止め方を変えてゆく事が大切なのです。

地獄の苦しみを克服された菩薩様の言葉

人々の罪や苦しみを代って背負う代受苦行(だいじゅくぎょう)は、様々な修行の中でも、難行中の難行と言われる修行で、お地蔵さまが、この代受苦行を誓っておられる事はよく知られていますが、その代受苦行の真っ只中で法舟菩薩様がおっしゃった言葉があります。

それは、「お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。み仏はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」「有り難い」という二つの言葉ですが、何故、地獄のような苦しみの中におられた菩薩様の口から、「有り難い」という言葉が出てきたのでしょうか?

このような状況に置かれた時、私たちの口から出てくるのは、「有り難い」という感謝の言葉ではなく、み仏に対する不信感や怒りの言葉です。

有り難い」という言葉は、そのような好ましくない状況からは、決して出て来ません。

では何故、代受苦行の真っ只中におられた菩薩様の口から、感謝の言葉が出てきたのでしょうか?

その疑問を解く鍵が、「お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。み仏はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」というもう一つの言葉です。

菩薩様がおっしゃった「有り難い」という言葉と、「お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」という言葉は表裏一体であり、どちらかが欠けても、菩薩様の真意を理解する事は出来ません。

菩薩様は、この言葉によって、「み仏を信じ、お大師様を信じ切っていれば、たとえ地獄のような苦しみであっても、どんな不都合な状況であっても、在るがまま受け入れさせて頂ける」事をはっきり示されたのです。

この言葉を見れば、菩薩様が、すべてを見抜き見通しておられるみ仏のお計らいに全幅の信頼を置き、在るがままを受け入れておられた事がよく分ります。

み仏を信じ切っておられたのは、み仏のお計らいに万が一の狂いも間違いもない事を確信しておられたからです。

ですから、お大師様と一体であった菩薩様にとっては、たとえ地獄のような苦しみの中にあっても、そこはもう地獄ではなく、極楽だったのです。

良寛さんが、「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候」と喝破されたのも同じで、ただの痩せ我慢でおっしゃった言葉ではありません。

逆に言えば、お大師様を信じ切る心も、み仏を信じ切る心もなければ、たとえ極楽であっても、そこはもはや地獄と何ら変わりないという事です。

分別心を無くせ

何度もお話しているように、死そのものは、生と表裏一体の関係にある大自然の摂理であり、諸行無常の真理のひとこまに過ぎません。

にも拘わらず、私たちが、その死を苦しみと感じるのは、好都合な生と不都合な死を分別し、好都合な生に執着しているからです。その分別心、執着心がある内は、本当の極楽は決して見えてきません。

例えば、もしみ仏から、「一緒に地獄へ行って、苦しむ人々を救う手助けをしてくれませんか」と言われたら、あなたはどうされますか?

「はい、分りました。み仏とご一緒なら、喜んで地獄へお供させて頂きます」と答えますか?それとも、「極楽ならお供しますが、地獄はどうかご勘弁下さい」と答えますか?

もし前者であれば、み仏と共に行く地獄は、もはや地獄ではありません。

道元禅師がおっしゃった「生死の中に佛あれば生死なし。地獄の中に佛あれば地獄なし」です。

しかし、心の中に「極楽へは行きたいが、地獄は嫌だ」という分別心がある限り、み仏のお指図には素直に従えないのです。

ここで私たちに必要なのは、幸不幸、好都合と不都合を色分けする分別心ではなく、み仏に対する信仰心なのです。

地獄・極楽の在り処

「み仏を信じれば、あの世の極楽浄土へ往生出来ます」と説く宗派もありますが、そんな理想郷を未来の彼方に描いてみても、極楽の扉は開かれません。

何故なら、地獄、極楽は一体であり、紙の裏表ですから、極楽があるところには、必ず地獄もあるからです。

もしあの世に極楽があれば、地獄もあの世にあります。この世が地獄なら、極楽もこの世にあります。

この世が地獄の世界だから、あの世に行かないと極楽の世界がないなどという事は断じてありません。

この世であろうと、あの世であろうと、地獄、極楽は、私たちの居るところにあります。何故なら、地獄も極楽も、自らが作り出す世界だからです。

この世にいる内は、この世の自分が地獄にもなれば、極楽にもなります。あの世へ行けば、あの世の自分が地獄にも極楽にもなるのです。

『道歌集』の中に、
 問うてみよ 己が心の奥底に
   仏もいれば 鬼もいるなり
という道歌があるように、己が心が地獄(鬼)を作り、極楽(仏)を作るからこそ、その心を変えなければ、この世に居ても、あの世へ行っても、何も変わらないのです。

すべては自分次第であり、思い方、受け止め方ひとつにかかっているのです。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(3)

法則に有る事と無い事

諸行無常(万物流転)の真理の下では、すべてが移ろいゆく仮の存在に過ぎず、咲いた花が散り、生まれた者が滅するのも、散った花が再び咲き、滅した者が再び生まれるのもすべて約束事(決まり)であり、何の不思議もありません。

太陽が東から昇って西に沈み、水が高きから低きに流れるのと同じで、すでに決まっているこの世の法則なのです。太陽が西から昇り、水が低きから高きに流れないのは、この世の法則にないからです。

真理(天地の法則)というものは、全体の調和を保つ為にあります。

この世に諸行無常という天地の法則があるのは、その法則が人間を含め森羅万象にとって最も好都合だからです。

四季の移り変わりや、天候の移り変わりのない方が好都合なら、真理は必ずそうなっています。その代わり、移り変わりのない世界には、生も死もありませんから、私たちもこの世には生まれていません。

私たちが今こうして生きていられるのは、諸行無常という真理のお陰です。その代わり、その真理は、同時に死をも併せ持っています。

生だけでは、すべての調和を保つのに不都合だから、そうなっているのです。

諸行無常の真理は、すべての調和を保つ為に最も都合良く作られている法則ですから、例えば不老不死の仙薬を求めた秦の始皇帝のように、法則にない永遠の命を願っても、法則に逆らって死を拒絶しようとしても、そのような調和を乱す行為は、一切認められません。

それどころか、諸行無常の真理に逆らえば逆らうほど、どうにかしたいという気持ちと、どうにもならない現実の狭間で、自らを苦しめる事になります。

所詮私たちは、お釈迦様の掌から一歩も抜け出せなかった孫悟空と同じで、諸行無常の真理に逆らって生きられる者など一人もいないのです。

すでにそうなると決まっている以上、好むと好まざるとに拘らず、その法則を在るがまま受け入れ、有る事は有る、無い事は無いとうなづく他はありません。

死に苦しみの概念はない

この当たり前の事実から分る事が一つあります。

それは、生死そのもの、諸行無常の真理(変化の法則)そのものには、いかなる苦しみの概念も含まれていないという事です。

決められているのは、「全ては変化する」という天地の仕組みだけであって、「全てが変化する事は苦しい」という感情ではありません。

もし生死そのもの、諸行無常の真理そのものに苦しみの概念が含まれ、死が苦しみを伴うものであるなら、死を苦しいと感じているのは、私たち人間だけではない事になります。

果たしてこの世界に生息するあらゆる生き物たちもみな、死を迎える時、人間が感じているのと同じ苦しみを感じているのでしょうか?

陸海空に生きる犬や猫や野生の動物をはじめ、鳥や魚に至るまで、死を苦しみと感じているのでしょうか?

私たちが毎日頂いているお野菜や、野に咲く草花はどうでしょうか?

もし生死そのもの、諸行無常の真理そのものに苦しみの概念が含まれているなら、野菜や草花たちもみな、死を迎える時、私たちと同じ苦しみを感じている筈です。

勿論、お肉であれお魚であれお野菜であれ、いのちあるものを頂く以上、感謝の念をもって頂くのは当然ですが、人間と同じように、死に対し苦しみを感じているとすれば、今までのように何の抵抗もなくお肉やお魚やお野菜を頂く事は難しくなります。

雑草を引いたり、除草剤や防虫剤を散布する事も出来なくなるでしょう。

それだけではなく、もし諸行無常の真理そのものに苦の概念が含まれているなら、苦しみから救われる道は絶たれ、人類をはじめ、生きとし生けるものはすべて、永遠に死の苦しみを受け続けなければならなくなります。

お釈迦様やイエス・キリストといえども、諸行無常の真理を曲げたり、そこに含まれている死の苦しみを取り除く事は不可能ですから、お釈迦様やイエス・キリストが人類を救済する為にこの世に出られた事も無意味になってしまいます。

勿論、これは仮定の話で、お釈迦様やイエス・キリストが人類を救済する為に出世された事が無意味である筈がありません。

つまり、お釈迦様が、四苦八苦の人生から救われる道を示され、イエス・キリストが、自ら十字架を背負い、人類の罪をあがなわれたのは、死そのもの、諸行無常の真理そのものに苦しみの概念が含まれていないからです。

お釈迦様やイエス・キリストの出世は、救いの道が絶たれる事は決してない何よりの証と言っていいでしょう。

死の苦しみは作られたもの

多くの人々はみな、死に対し恐れや苦しみを抱いていますが、お気付きのように、恐れを抱かせたり、苦しめたりしているのは、死そのものではありません。

お釈迦様が四苦八苦として説かれた、生きる事、老いる事、病む事、死ぬ事、そして愛する人と別れる事、会いたくない人と会う事、求めても得られない事、欲望が盛んである事と苦しみとは何の関係もありません。

生まれた者が、やがて老い、病み、死んでゆくのは、諸行無常の世の決まりであり、大自然の摂理に過ぎません。生老病死は、諸行無常の真理の中に組み込まれている仕組みに過ぎませんから、本来、そこに苦というものはありません。

にも拘らず、人間は、それを苦と感じるのです。

まさに、ここが最大の問題と言っていいでしょうが、何故でしょうか?

しかも、苦と感じる生老病死は、肉眼には見えない細胞レベルでは、日常茶飯事に行われているにも拘らずです。

もし人間が、細胞レベルの死に対し恐怖を感じるようになれば、安らかな日常生活を送る事は不可能になるでしょうが、幸いな事に、恐怖を感じているのは、肉体と言う目に見える表面的な部分の死に対してだけです。

何故、目に見える肉体の死には恐怖を感じるのに、目に見えない細胞レベルの死には恐怖を感じないのでしょうか?

恐らく、眼に見えない細胞レベルでの死は、肉体を維持し、健康を維持していく為に欠かせない新陳代謝であるのに対し、肉体そのものの死は、自分という存在そのものの消滅を意味するからでしょう。

つまり、健康を維持する為の新陳代謝としての死は好都合であるけれども、自分という存在そのものの消滅は不都合だから、その生を終わらせる肉体の死だけを恐れ、忌み嫌うのです。

死は忌み嫌うべきものか?

お葬式から家に帰り、玄関先に撒かれた塩を踏み、身を清めてから家の中に入る光景をよく見かけますが、何故そんな事をするのかと言えば、死を汚れたものと考えているからです。

しかし、この考え方は矛盾しています。

もし死が汚れたものなら、死と表裏一体である生も汚れたものとなり、赤ちゃんが生まれた時も、玄関先に塩を撒いて清めなければならなくなります。

勿論、そんな事をする人は一人もいません。赤ちゃんが生まれる事は好都合ですから、誰もそんな事はしないのです。

こうして私たちの周囲を見渡すと、至る所で、人間にとって好都合と不都合を分別する心が暗い影を落としているのが分ります。

本来、死そのものは、汚れた事でも、不幸な事でも、忌むべき事でもありません。何度もお話しているように、生ある者が滅するのは、当たり前の事であり、生まれてきた時からの約束事に過ぎません。

この世に生まれてくる時、私達は、「老いる事も、病む事も、死んでゆく事もすべて受け入れる事を誓います」と宣誓してきたのかどうかは知りませんが、その事を承知してこの世に生まれてきたのです。

天地は、人間を苦しめる為に、老いや病や死を与えているのではありません。それが、人類にとって一番よい方法だから、そういう法則を作っているのです。

ところが、私たちは、いつしか天地との約束を忘れ、好都合な生に執着し、不都合な死を忌み嫌い、自らの手で苦しみの原因を作っているのです。

死を恐れるのも、死を汚れたものと見なすのも、結局、好都合な生に執着し、不都合な死を忌み嫌う心によって作り出された架空の産物に過ぎません。

分別心の罠

もうお気付きのように、死に対する恐れや苦しみは、死そのものによってではなく、死を受け入れようとしない私たち自身の心によって作り出されたものです。

何故老いや病や死が不都合なのかと言えば、いつまでも若くありたい、いつまでも健康でいたい、いつまでも生きていたいという思いに執着しているからです。

若さや健康や生への執着心が強ければ強いほど、それと相反する老いや病や死を不都合と感じる心も強くなります。

自分の立場から、物事を好都合と不都合に色分けする分別心と、好都合な事がいつまでも続くようにという執着心が、老いや病いや死を苦と感じさせているのです。

四苦八苦に数えられる、愛する人と別れなければならない苦しみ(愛別離苦)や、会いたくない人と会わなければならない苦しみ(怨憎会苦)も同じで、愛する人といつまでも一緒にいられる事や、会いたくない人と会わなくていい事は、甚だ好都合です。ですから、苦しみにはなりません。

その反対に、愛する人と別れる事や、会いたくない人と会わなければいけない事は不都合ですから、苦しいのです。

死も同じで、長く生きたいと思っている人にとって、これほど不都合なものはありません。一日でも長く生きられる事は好都合ですから、好都合な生を終わらせる死は、不都合極まりない存在という事になります。

この好都合と不都合が逆転するのが自殺で、生きていく事が大きな苦しみとなり、その苦しみを終わらせてくれる死が好都合となった人は、不都合な生を捨て、好都合な死を選ぼうとします。

いずれにしても、好都合と不都合を分別し、好都合な出来事に執着し、不都合な出来事を忌み嫌う心が苦しみの元凶である事は間違いありません。

生も死も、諸行無常の真理そのものですから、避ける事も逃げる事も、拒絶する事も出来ません。

死の苦しみは、死そのものに付随したものではなく、その死を在るがまま受け入れられない心が作り出した架空の産物ですから、作り出した本人以外にその苦しみを取り除ける者はいません。

死を不都合だと感じるのも、苦しいと感じるのもみなわが心ですから、その心を変える以外に苦しみを乗り越える道はないのです。

勿論、その道は決して平坦ではありませんが、有り難い事に、すでにお釈迦様をはじめ、先覚者と言われる方々が、その道を歩まれ、心を変える手本を示して下さっています。

次回は、叡智の結晶とも言うべき先人の教えをご紹介しながら、どうすれば死の苦しみを克服出来るのかについて、お話ししたいと思います。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(2)

諸行無常とは

この世に生きている限り、私たちが必ず従わなければならない法則があります。

宗教人種の違いも、貧富の差も、老若男女の別もなく、万人がいついかなる時も必ず従わなければならない法則とは、諸行無常と呼ばれるこの世の真理です。

諸行無常の理法(大法)を悟られ、仏教を開かれたのがお釈迦様ですが、「八万四千の法門」と言われる仏教を大木に譬えるなら、諸行無常の真理は、大木を支える根に相当します。

「諸行」とは、この世に存在する一切のもの、つまり万物を意味します。ですから、諸行無常とは「万物は無常である」という意味ですが、人間を含め万物が従わねばならない無常の真理とは何でしょうか?

よく「無常とは死ぬ事だ」と言われるお方がいますが、死ぬ事が無常ではありません。否、正確には「死ぬ事だけが無常ではない」と言った方がいいでしょう。

無常とは、文字通り移り変わる事、つまり変化する事です。

即ち、万物は一つの例外もなく変化し続け、それを否定する事も拒む事も曲げる事も逃げる事も出来ないこの世の決まり(法則)、これが諸行無常です。

死だけが無常ではない

菩薩様が、『道歌集』の中で、
  無常とは なくなるものと思うなよ
   春夏秋冬 めぐり来るのに

と詠っておられるように、ただ死ぬ事だけが無常ではなく、この世にオギャーと生まれてくる事も諸行無常です。

諸行無常と言う真理がなければ、私たちはこの世へ生まれて来れませんでした。生まれて来れたのは、諸行無常の真理のお陰です。

オギャーと生まれた赤ちゃんが、次第に成長していくのも、健康な人が病むのも、病んだ人が健康を取り戻すのも、老い、やがて死んでいくのも、すべて諸行無常という真理の中で生かされているからです。

生きとし生けるものはみな、諸行無常の真理の中で、この世に生まれる縁起によって生まれ、死ぬ縁起によって死を迎えますが、それで終わりではありません。

一度死んでも、再び生まれ変わる縁起によって生まれ変わり、死ぬ縁起によって死を迎え、その後も繰り返し訪れる生の縁起と死の縁起によって、果てしない生死の旅を続けているのです。

生まれてから死ぬまでの人生を「阿吽(あうん)の人生」と言いますが、「阿吽の人生」は、今生の一度限りではありません。

無始以来、幾多の「阿吽の人生」が繰り返され、今生に受け継がれ、更に果てしない未来へと引き継がれていくのです。

私が生まれてくる為には、私の両親がこの世に生まれて来なければなりません。私の両親が生まれる為には、更にその両親(四人の祖父母)が生まれて来なければなりません。

こうして十代遡れば、1024人の父母が、二十代遡れば、104万8576人の父母が、三十代遡れば、10億 7374万1824人の父母がいた事になりますが、そのすべての父母が、諸行無常の真理によってこの世に生を受け、「阿吽の人生」を生きてきたのです。

このように過去から悠久の未来にかけて、命の営みが一度も途切れる事なく脈々と受け継がれ、繰り返されているこの世の有り様を、諸行無常と言うのです。

在るのは流れる時間の変化だけ

諸行無常の真理の中で、過去から受け継がれ、未来へと受け継がれていく「阿吽の人生」は数知れませんが、「阿吽の人生」と言われる生から死までの人生の正体は一体何でしょうか?

例えば、私達は、四季折々の移り変わりを、春夏秋冬と呼んでいますが、春や夏と名付けられた実体を持ったものが存在する訳ではありません。

刻一刻と流れている時間のひとこま、季節のひとこまを切り取って、仮に春と名付け、夏や秋や冬と呼んでいるに過ぎません。

「季節が春から夏に変わりました」と言うと、いかにも春と言う実体のあるものから、夏と言う実体のあるものに変わったようにみえますが、春や夏と呼ばれているものはどこにも存在しません。

そこにあるのは、ただ時間の流れだけです。

その流れている時間のひとこまを、仮に春と呼び、夏と名付けているに過ぎませんから、春という実体を持ったものが死んで、夏という実体を持ったものが新たに生まれた訳ではありません。

それは人間の生死も同じです。

流れている時間のひとこまを捉えて、生と呼び、死と呼んでいるだけで、生と呼ばれ、死と呼ばれているものの実体がそこに在る訳ではありません。

そこに一貫して在るのは、絶えず流れている時間の変化だけです。

生死一如

よく「生は有限であるが、死は無限(永遠)である」と言われるお方がいますが、これは間違いです。もし生が有限なら、死もまた有限なものと言わねばなりません。

何故なら、仏教に「生死一如」(しょうじいちにょ)という言葉があるように、生と死は、切り離す事の出来ない表裏一体のものだからです。

別々のものが二つあるように見えますが、実は一枚の紙をどちら側から見ているかの違いに過ぎません。

生の裏には必ず死が、死の裏には必ず生があり、死の無い生も、生の無い死もありません。

生が流れる時間のひとこまなら、その裏にある死もまた流れる時間のひとこまに過ぎません。

ですから、仮にこの肉体が灰になっても、ただ時間の流れのひとこまを切り取って死と呼んでいるに過ぎません。

よく「肉体は土に帰る」と言われますが、まさにその通りで、肉体を組成していた縁起が、肉体を消滅させる縁起に変わって土に帰っていくだけです。

時間の流れが止まる事はありませんから、死んで土に帰っても、再び生の縁起によって、新たないのちが肉体を与えられ、この世へ生まれてきます。

有るようで無く、無いようで有る存在

私たち人間を含め、森羅万象を形作っている縁起は、諸行無常の真理の中で刻一刻と変化し続けています。

私たちは、固定的な実体を持った存在として生きているのではなく、様々な縁起によって変化し続け、「有るようで無く、無いようで有る」存在としてのみ生きる事を許されているのです。

般若心経の中に、「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」(注1)と説かれているように、万物は、固定的に存在しているように見えるけれども、実は絶えず変化しながら移り変わってゆく仮の存在として生きているに過ぎません。

例えば、一時間前の私と今の私は、外見上は全く変っていないように見えますが、私の肉体細胞は間違いなく変化し続け、一時間だけ老化し、死の縁起に近づいています。

刻一刻と変化している諸行無常の真理の中では、変わらないと言える固定的な実体を持ったものは、私を含め一切存在しません。

ですから、一時間前の私はもうここにはいません。ここにいる私は、一時間前とは別の私です。

否、一時間どころか、一秒前の私と、今の私と、一秒後の私でさえ、みな別人です。

別人と言われて驚かれたかも知れませんが、人間を形作っている約60兆個の細胞は、諸行無常という真理の中で、刻一刻と変化し続け、絶えず新陳代謝を繰り返しており、別人であるのが当然なのです。

こうしている間も、古い細胞は、常に新しい細胞と入れ替わっています。

胃の細胞は五日、肌の細胞は二十八日、筋肉や肝臓は六十日、血液は四ヶ月、骨は三年周期で新しく生まれ変わり、細胞レベルでは、五~七年の周期で、すっかり生まれ変わっているのです。

宇宙生命の新陳代謝

目に見えないところで行われている為に気付いていないだけで、肉体を組成している細胞は、毎日一瞬の休みもなく新陳代謝(生死)を繰り返し、全体としての肉体を生かし続けているのです。

肉体の死によって、初めて死を迎えているように見えますが、肉体を形成している60兆個の細胞は、片時も休み無く生死を繰り返しています。決して、肉体の死によって初めて死を迎える訳ではありません。

宇宙の隅々にまで普く遍満し、果てしなく続く命の時間の流れ(宇宙生命)を、小宇宙と言われる私たちの肉体に譬えるなら、私たち一人一人は、肉体を形作っている一つ一つの細胞です。

60兆個の細胞が、肉体の中で絶えず変化しながら、新陳代謝(生死)を繰り返しているように、私たちもまた、果てしない命の時間の流れ(宇宙生命)の中で、絶えず変化してやまない細胞の一つとして生存しているに過ぎません。

私たちの生死は、宇宙全体から見れば、絶え間なく繰り返されている生命活動の現われであり、宇宙生命の新陳代謝そのものと言っていいでしょう。

これが、生死の正体であり、諸行無常の真理の下で生きる事を選んだ私たちが守らなければならない法則です。

刹那の中の人生

仮に一秒毎に今の私が新しい私に生まれ変わっているとすれば、僅か一分間の内にさえ、六十人もの私が生まれ、死んでいる事になります。

その六十人の私の内、どの私が本当の私なのでしょうか?

勿論、どの私も正真正銘の私であり、私でない私は一人もいません。

しかし、その六十人の中で同じ私は一人もいないのです。

これが、諸行無常という真理の下で、「有るようで無く、無いようで有る」存在としてのみ生きる事を許されている私たちの姿です。

言い換えれば、そこに居る私は、私であるように見えて、どの私も私でない私であり、同時に私でないように見えて、どの私も私である私なのです。

いま「一分間の中にさえ六十人もの私が居て、しかも、同じ私は一人も居ません」と言いましたが、諸行無常という真理の中では、一秒どころか、一瞬(刹那)の中に私の生死があり、「阿吽の人生」があります。

変化するものには、一瞬という刹那の中にさえ必ず生死があります。生死がないものには、変化も命もありません。

変化こそが、生きている何よりの証なのです。

生まれてから死ぬまでの七十年、八十年余りの人生を、「阿吽の人生」と呼ぶなら、「阿吽の人生」は、一瞬(刹那)の中にあると言っていいでしょう。

まさに「一瞬(刹那)の人生」です。

今の一瞬(刹那)の中にも、次の一瞬(刹那)の中にも、その次の一瞬(刹那)の中にも、違う私の「刹那の人生」があります。

こうして私たちは、無始以来、一瞬一瞬の生死を繰り返しながら、数限りない「刹那の人生」「阿吽の人生」を生きてきたのです。

合掌

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病むも好し、生きるも死ぬもみんな好し(1)

スピリチュアルケアの必要性

先日、某テレビを見ていたら、末期がんで闘病中のご住職を紹介する映像が流れていました。

このお方は、真言宗豊山派に属する栃木県益子町にある西明寺(さいみょうじ)のご住職で、かつて東京都中央区築地にある国立がん研究センターで、進行がんの専門医を務めておられた田中雅博さんというお方です。

前住職が亡くなられた後、がんセンターを退職して西明寺の住職となられ、「普門院診療所」という名前の診療所を寺内に開設して、地域医療に携わってこられましたが、昨年10月、末期のすい臓がんが見つかり、余命宣告を受けられました。

現在、抗がん剤治療を受けておられますが、来年3月の誕生日を迎えるのは、非常に厳しい状況にあるとのお話でした。

長年、僧侶と医師の一人二役で、末期がんの患者さんの心のケアにも取り組んでこられ、その体験を活かしながら、ご自身の末期がんとも向き合いつつ、患者さんの心のケアを続けておられますが、国立がんセンターに務めておられた時、よく患者さんから「私は治りますか?」と尋ねられたそうです。

進行がんは治すのが非常に難しく、「残念ながら治す事は出来ません」と答えるしかない虚しさ、悔しさを味わうと共に、モルヒネなどで痛みは抑えられても、死の恐怖や死の苦しみを取り除く事の出来ない医学の限界を思い知らされたそうです。

自宅で死を迎えるのが当たり前だった昔とは違い、現在は病院で死を迎えるお方が大勢おられ、死と向き合わざるを得ない患者さんの心のケアが求められているにも拘らず、医学的知識だけでは、死に直面している人たちの心を和らげられないばかりか、医師や看護師の仕事が余りにも多忙なため、「いのちの苦しみ」「死の苦しみ」を緩和する「スピリチュアルケア」に時間を割いている余裕も無い現状に、長年疑問を抱いてこられました。

確かに今までの医学は、いのちをどう延ばすかという延命治療ばかりに関心が集まり、いのちをどう生き、死とどう向き合うかという心のケアには全く無関心であったような気がします。

そんな中、自らも末期がんを患い、今まで取り組んでこられた「死の苦しみ」「死の恐怖」を緩和する「スピリチュアルケア」を一層推し進める必要性を痛感しておられるというお話でしたが、僧侶の一人として深く考えさせられました。

健康な内にこそ心の準備を

死とどう向き合い、「死の苦しみ」「死の恐怖」をどう乗り越えるかは、お釈迦様が2500年以上も前に出家を決意された動機(注1)の一つですが、お釈迦様ならずとも、この世に生を受けた者にとって、「死の苦しみの克服」は永遠に付いて回る人生最大の課題と言っていいでしょう。

お釈迦様の時代とは比較にならないほど驚異的な発展を遂げている現代ですが、残念ながら、私たちの前に立ちはだかる「死の苦しみ」「死の恐怖」という巨大な壁は、今も2500年前も全く変わっていません。

当たり前と言えば当たり前かも知れませんが、「死の恐怖の克服」は、一人一人が自らの問題として、一刻も早く解決の道を見出しておかなければいけない喫緊の課題である事は言うまでもありません。

誰もが遅かれ早かれ必ず死という現実に向き合わなければならない以上、「死の恐怖の克服」は早いに越した事はありませんが、末期がんにでもならない限り、自己の死と向き合うのは、口で言うほど容易ではありません。

ご承知のように、シリアやイラクでは、毎日のように無差別テロで多くの人々が犠牲になっていますが、テレビに映し出される映像を見ていても、まるで戦争映画でも見ているかのような錯覚さえ覚えるのは、死というものが、自己の死と直結せず、まだどこか他人事のようにしか感じられないからではないでしょうか。

必ずやってくる死と向き合い、その苦しみを克服する道を模索しておかなければいけない事はみんな分っている筈ですが、頭で分っているからと言って、現実に死と向き合える訳ではなく、健康な人にとっては、まだまだ遠い未来のいつかに過ぎないのが現実です。

しかし、余命あと数ヶ月と言われてから、死と向き合い、死の恐怖を克服する道を模索していては、やはり遅いのです。

「死の恐怖の克服」は幾ら早くても早すぎる事はありませんし、決して無駄にはなりません。

まだ健康だからではなく、いま健康だからこそ、健康な内に、その日の為の心の準備をしておく事が肝要ではないかと思います。

仏縁を頂く有り難さ

有難い事に、私は、僧侶という立場上、常に死というものについて考えさせられる仏縁を頂き、また死について法話をする機会も少なくありません。

先ほどもお話したように、お釈迦様が出家を決意されたのは、死を前にして為す術もなく翻弄され、「死の苦しみ」「死の恐怖」に慄いている人々の有様をご覧になった事が動機の一つだと言われています。

菩薩様の『道歌集』の中に
 人よ人 死を見て悲しむことよりも
   死のあることを 忘れるな人

という法歌がありますが、死が必ず有る事の現実を直視され、死の恐怖や苦しみを克服する道を求め、あらゆる難行苦行に挑まれたのが、お釈迦様でした。

そして、ついに「死の苦しみ」「死の恐怖」を克服する道を悟られ、当時としては宗教革命と言っても過言ではない仏教を開かれたのです。

仏縁を頂くという事は、取りも直さず、死の苦しみを克服されたお釈迦様のお悟り(仏法)に触れるご縁を頂くという事であり、私を含め、いま仏縁を頂いておられるお方は、まだ仏縁を頂いておられないお方に比べ、死の問題と向き合える機会も、死の苦しみを克服する機会にも恵まれていると言っていいでしょう。

今わが国では、29秒に一人が生まれ、26秒に一人が亡くなっています。

少子化が加速度的に進んでいる事はこの数字を見ても明らかですが、いずれにしても、29秒の中に入っている私たちにとって、死は決して他人事ではありません。

今まで医師であり僧侶でもあるという立場から、多くの末期がんの患者さんの死と向き合い、心のケアを続けてこられた西明寺のご住職も、いまご自分の死が間近に迫ってきている状況の中で、「死の苦しみ」をどう克服するかと言う人生最大の難問に直面しておられる訳ですが、これは、ご住職だけの問題ではなく、私たち一人一人が克服しなければならない問題でもある事を深く心に刻んでおかなければなりません。

臨死体験から得た結論

ジャーナリストの立花隆氏は、医師から死を宣告されたにも拘らず、再び息を吹き返した数多くの臨死体験者を取材され、死後の世界の解明に挑まれましたが、その結果、「あの世が有るのか無いのか結局のところはよく分からないという結論に到達した」と、その著書『臨死体験』に書いておられます。

しかし、同時に分った事が二つあるとも書いておられます。

一つは、死ぬ事が怖くなくなった事、もう一つは、死はいつか必ず来るのだから、生きている内はそんな事を考えずに、いかに生きるかを考えなければいけないという事です。

その境地に到達されたのは、体験者の取材を続け、体験者がほとんど異口同音に、死ぬのが恐くなくなったと言うのを聞いている内に、死というものの正体が、それほど恐怖に満ちたものではない事が分ってきたからですが、これは、死に対する恐怖心を克服する上で、非常に興味深い話だと思います。

何故なら、結局、死への恐怖心を克服する為には、死の正体を見極め、その上で自分自身を納得させる以外にはないからです。

立花氏が「いつの間にか私も死が恐くなくなってしまった」と書いておられるのは、数多くの臨死体験者の体験談を聞いている内に、自らもその体験談に納得出来たからに違いありません。

言い方を換えれば、『臨死体験』は、立花氏自身が死に対する恐怖心を克服する為に書いた書であり、死の恐怖を克服するまでに辿った道のりを綴った求道の書と言ってもいいでしょう。

勿論、立花氏が納得出来たから、私たちも『臨死体験』を読めば納得出来るようになるのかと言われれば、そう簡単ではありません。

しかし、少なくとも同氏の体験が、死を克服する上で、一つの示唆を与えてくれている事だけは間違いないでしょう。

死とは何か?

お釈迦様は、「人生は苦である」と説かれ、その苦を「四苦八苦」という言葉で表現されました。

「四苦八苦」の「四苦」とは、「生・老・病・死」という四つの苦しみの事です。

「八苦」とは「八つの苦しみ」ではなく、生老病死の「四苦」に、愛する人と別れなければならない愛別離苦(あいべつりく)、会いたくない人と会わなければならない怨憎会苦(おんぞうえく)、欲しても思うように得られない求不得苦(ぐふとっく)、様々な欲望に縛られて生きなければならない五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えたものです。

この中で最大の苦しみが、自分と言う存在が無くなる死の苦しみで、お釈迦様が出家を決意をされた動機の一つでもあります。

しかし、「では人生最大の苦しみである死の正体について、どこまで知っておられますか?」と問われ、即座に答えられるお方が果たして何人おられるでしょうか?

恐らく殆どの方が、肝心の「死の正体」を知らないまま、ただ漠然と「死に対する恐怖心」を抱き、「死とは怖いものだ」と思い込んでおられるのではないでしょうか?

化け物の 正体見たり枯れ尾花

この俳句のように、怖い、恐ろしいというイメージを持っていると、何でもない事まで恐ろしいものに見えてきます。

死も同じで、その正体を知らないまま、「怖い、恐ろしい」というイメージだけが先行してしまっているような気がしてなりません。

勿論、臨死体験者を除き、死は一度きりの体験であり、その正体は体験してみなければ分りませんが、いずれにしても、死の正体が分らなければ、死の恐怖を克服する道も見えてきません。

そこで次回は、お釈迦様のお悟りから見えて来る「死とは何か」「死の正体」について考えてみたいと思います。

合掌

平成28年6月3日

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生きる目的を見失っているあなたへ(7)

一切諸法は因縁より生ず

前々回と前回、進むべき進路に迷い、判断を求める電話をしてこられた女性の話や、二つ道のどちらへ行くべきか迷っている極楽望氏の例え話、そして出家すべきか結婚すべきかで悩んでいる女のお遍路さんの事例を挙げ、「自分自身が変わらない限り、右へ行っても左へ行っても、出家しても結婚しても、何も変わらない」「将来の事は誰にも分らないが、苦楽幸不幸があるのは、どちらの道も同じだ」と申しました。

また「仮に理想郷としての極楽浄土が有ったとしても、そこへ行けば、全ての悩み苦しみから解放される訳ではない」とも言いました。

何故そんな事が言えるのかと言いますと、私たちはみな、一人の例外もなく、過去に作ってきた様々な因縁を背負っているからです。

お釈迦様が「一切諸法は因縁より生ず」と説いておられるように、私たちが作ってきた因縁は、私たちの人生において、様々な結果となって現れてきます。

因縁生起(いんねんしょうき)とも、略して縁起(えんぎ)とも言いますが、一口に縁起と言っても、自分にとって都合の良い縁起もあれば、不都合な縁起もあります。

しかし、自分が作った因縁は、わが身に付いたものですから、好都合な因縁も不都合な因縁もすべて、自分が行くところへ持っていかねばなりません。

右へ行けば右へ、左へ行けば左へ、出家しても結婚しても、自分が行くところへどこまでも付いてくるのです。

例えば、東京から大阪へ引越しをする際、不都合な因縁だけを東京に置いて来るという訳にはいきません。

もしそれが可能なら、自分に都合の良い因縁だけを持って引っ越せばいいのですから、これほど好都合な事はありませんが、そうはいかないのです。

外の相に迷ってはならない

古歌に、
  浪の音 嫌じゃと思うて山ごもり
    声色変えて 松風ぞ吹く
 と詠われているように、海岸の近くへ家を建てたら、打ち寄せる波の音が喧しくて眠れないので、海岸から離れれば静かだろうと山奥へ移ったら、今度は松を吹き抜ける風の音が騒がしくてやはり眠れないのです。

要するに、場所を変えても、進むべき道を変えても、相手を変えても、不都合な何かを変えても、自分自身が変わらない限り、何も変わらないという事です。

しかし、世間には、自分以外の不都合な何かを変えれば人生が好転すると考え、益々迷いを深めている人々も大勢おられます。

ご承知のように、手相、人相、家相、骨相、印相、墓相、風水、四柱推命、六星占術、易、姓名判断、西洋占星術、水晶占い、霊感占い等々、ありとあらゆる占いに関する解説書が巷に溢れていますが、私自身もかつて、仏法を知るまでは、自分が背負っている因縁に気付かず、自分以外の不都合な何かを変えれば救われるだろうと考え、占いの世界に興味を持った時期がありました。

菩薩様を通じて仏法の真髄に触れてからは、いかに自分の考え方が短絡的で浅はかだったかを知り、占いへの興味もなくなりましたが、もし仏法というものに触れていなければ、益々迷いを深め、どこまで行っても先の見えない真っ暗闇の中を当てもなく彷徨っていたに違いありません。

菩薩様の『道歌集』の中に、
  相(そう)相と 外の相にと迷うより
    変えてうれしや わが心(うち)の相
  さとりなき 人の霊感はからいは
    衆生(ひと)も己れも 破滅にみちびく
  外面(そとづら)を 変えて人生変わるなら
    この世に苦しむ 人なきものを
 と詠われているように、自分の心が変わらない内に人生が好転したとすれば、それは大難、大病の前兆と言っていいでしょう。

家相や墓相はお金を出せば変えられますし、人相は整形手術をすれば何とか変えられるかも知れませんが、世相という相はどうして変えるのでしょうか?

世相を変えようと思えば、人の心を変える以外に方法はありません。

そして人の心を変える道を説くのが仏法であり、心の外にある不都合なものを変えれば人生も好転すると考える占いや霊感とは根本的に違うところです。

変わらない縁起の法則

自らが作った因縁は、死によっても消滅する事はありません。結果となって現れるまでは、後の世までも相続していかなければならないのです。

因縁の現れ方について、道元禅師は、「善悪の報に三時あり。一つには順現報受(じゅんげんほうじゅ)、二つには順次生受(じゅんじしょうじゅ)、三つには順後次受(じゅんごじじゅ)、これを三時と言う」と説いておられます。

順現報受とは、この世で作った行いの結果(果報、業報)を生きている間に受けなければならない場合、順次生受とは、この世で報いを受けなくても、次の世で受けなければならない場合、順後次受とは、この世や来世で受けなくても、更に後の世で報いをうけなければならない場合を言います。

あの世や次の世と言っても抽象的で分り難いので、菩薩様は、「行いの結果がすぐに現れてくるのが順現報受、徐々に現れてくるのが順次生受、忘れた頃に現れてくるのが順後次受と考えればよい」とおっしゃっておられましたが、例えば、電車の中でお年寄りに席を譲ってあげた時、すぐに「有り難うございます」というお礼の言葉が返ってきたり、譲った自分も清々しい気持ちになれるのは、結果がすぐに現れる順現報受業を積んだからです。

また、昨年、ノーベル医学生理学賞を受賞された北里大学の大村智栄誉教授や、ノーベル物理学賞を受賞された東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章氏は、長年続けてきた研究が徐々に実を結び、大きな成果となって現れた順次生受業と言えましょう。

いずれにしても、自ら作った因縁は、善悪の結果となって実を結ぶまでは永遠永劫、相続していかなければならないのです。

極楽望氏が、占い師の翁の言葉を信じて右の道へ行こうが、霊感者の老婆の言葉を信じて左の道へ進もうが、また女のお遍路さんが、出家の道を選ぼうが、結婚の道を選ぼうが何も変わらないのは、背負っている因縁がどこまでも付いてくるからであり、因縁を解かない限り、何も変わらないのです。

ですから、右の道を選んで不幸になったとしても、結婚して不幸になったとしても、その道を選んだから不幸になったのではありません。また右の道や出家の道を選んでいれば、幸せになった訳でもありません。

自分が背負っている因縁が、右の道を選べば右へ、左の道を選べば左へ、結婚の道を選んでも、出家の道を選んでも、選んだ方へ付いてくるから、自ら背負っている因縁が幸不幸の結果となって現れてきたに過ぎません。

左と右、出家と結婚とでは現れ方が違うだけで、幸不幸の結果となって現れてくるという縁起の法則自体は何も変わらないのです。

「因縁を解く」と「因縁を切る」の違い

先ほどお話したように、自らが蒔いた種である以上、自分に都合の良い果実だけを収穫し、不都合な果実を排除したり拒否したりする事は出来ませんが、不都合な結果を運命と受け止め、幸せになる事を諦めなければならない訳ではありません。

何故なら、一旦結果となって現れた不都合な因縁であっても、悟りによって幾らでも都合の良い因縁に変えていく事が出来るからです。

つまり、絡まった糸を解きほぐすように因縁を解き、汚れた泥の中から清らかな花を咲かせる蓮華のように因縁を清める事が出来るのです。

縁起とは変えられるものであり、この点が、変えられない運命と根本的に違うところですが、自分にとって不都合な縁起を好都合な縁起に変えていく事を、「因縁を解く」「因縁を清める」と言います。

この「因縁を解く」「因縁を清める」という仏法の考え方と似て非なるものが、占い師や霊感者がよく使う「因縁を切る」と言う考え方です。

仏法では、因縁は切るものではなく、解くもの、清めるものと考えます。何故なら、因縁を切る事は出来ず、切る必要もないからです。切ってよい因縁も、切らなければならない因縁もありません。

「因縁を切る」という考え方の根底にあるのは、都合のよい因縁はそのままに、都合の悪い因縁だけを断ち切ってしまえばいいという心(分別心)ですが、そもそも都合のよい因縁と、都合の悪い因縁を、何を基準にして分けるのでしょうか?

例えば、自分は、どうしてもお天気になって欲しいと思っていても、他方で雨が降らなければ困る人もいます。自分の立場から言えば、お天気になる縁起は好都合で、雨を降らす縁起は不都合になりますが、雨が降って欲しい方の立場に立てば、不都合な雨が好都合に変わるのです。

そうなれば、好都合と不都合が立ち位置によって、めまぐるしく変わる事になり、何が好都合で何が不都合なのか、分からなくなってしまいます。

また仮に善悪縁起の判断が出来たとしても、今度は、不都合な縁起だけをどのようにして断ち切るのかという新たな難問が出てきます。

例えば、死という因縁は、生という因縁があって初めて生まれたものです。生という因縁がなければ、死という因縁もありません。

死という因縁は、私たちにとって甚だ都合の悪い因縁ですが、不都合だからと言って、生という因縁と一体である不都合な死の因縁だけを断ち切る事など不可能です。

ここに言う不可能とは、もちろん、断ち切る事が出来るのに断ち切れないという意味ではありません。生と死がそうであるように、元々断ち切れない不可分の関係にあるから断ち切れないのです。

要するに、「不都合な悪因縁だけを断ち切る」という発想そのものが矛盾しており、この世の真理に反していると言わざるを得ないのです。

吉祥天と黒闇天

以前、吉祥天と黒闇天のお話をしたのを覚えておられるでしょうか。

或る日、気品ただよう美しい女性が訪ねて来られ、「私は吉祥天という福の神です。お宅に、福徳を授けにまいりました」と言って、家の中に入って来られました。

ところが、吉祥天の後から、見るからにみすぼらしい女性が入って来ようとしているので、家人が「どなたですか?」と尋ねると、「私は黒闇天(こくあんてん)という疫病神です」と名乗ったので、「疫病神に入ってもらっては困ります。どうぞお帰り下さい」と言って、追い返そうとしました。

すると、黒闇天は大笑いして、「先ほど入って行った吉祥天は、わたしの姉です。わたしたちはいつも一心同体ですから、わたしを追い出せば、姉の吉祥天も一緒に出て行かねばなりません」と言って、黒闇天を追い出したら、せっかく入って来られた吉祥天も黒闇天と一緒に出て行ってしまったのです。

「吉凶禍福はあざなえる縄の如し」という諺があるように、幸不幸というものは、紙の裏表のようなもので、同じものをどちら側から見るかの違いに過ぎません。

表裏一体の関係にありますから、不都合な悪因縁を断ち切ろうと思えば、都合のよい善因縁も一緒に断ち切らなければならなくなります。

死という因縁が嫌なら、生という因縁も断ち切らなければなりません。

ましてや自分にとって不都合な因縁もみな、自分が作ってきたものですから、因縁を作った自分自身が変わらない限り何も変わらないし、変わりようがないのです。

合掌

平成28年5月8日

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生きる目的を見失っているあなたへ(6)

菩薩様のご説法

仏法による救済とはいかなるものか、占い・霊感による判断と何が根本的に違うのかについて、一つの事例を挙げてお話したいと思います。

もう二十五年以上も前になりますが、菩薩様が高知県窪川町にお住まいのご同行、S・Fさんのお宅にご説法に行かれた折の事です。

ご説法の後、菩薩様は、お参りされた皆様の様々な悩み事の相談に乗っておられましたが、その中に、若い女のお遍路さんが一人おられました。

四国霊場を巡拝している途中、たまたま善根宿のお接待をしておられたS・Fさんと知り合い、菩薩様が法話に来られる事を知り、悩み事の相談をしたいと、菩薩様が来られるのを待っておられたのです。

そのお遍路さんは、出家して尼僧になるべきか、出家を諦めて結婚すべきか、自ら決断出来ずに迷っておられ、どちらに進んだらよいかの判断をしてもらいたいと、菩薩様にご相談されたのですが、菩薩様の説法は、厳しさの中にも、その方を救わんが為の慈悲心あふれる非常に感銘深いものでした。

遍路─私は今結婚するべきか尼僧になるべきか分からなくて迷っているんです。

菩薩─結婚とか色々な問題は私が判定するんじゃなくて、行ってもいいでしょうか、この結婚はしてもいいでしょうか、そういう事の判定はいろいろありますが、そういう判定は仏法の中にはないという事です。
 それは大きな大日如来のみ心の中にすべてがあるということです。その大日如来のみ心の中まで心が及ばないでしょう。人間というものは一寸先も分からないのです。
 もしそれに対し判定を下したら、あなたの心が出来た心であれば、超えた心であれば私はいつでも判定を下してあげましょう。その結婚はやめておきなさいとか、その結婚はしてもいいとか、そこまでの心になっていれば、いくらでも判定を下してあげます。
 でもあなたの心がまだ出来ていないから判定は出来ないんです。何故かというと、私が判定を下したときに、もしあなたが不幸になったら、何だという事になるでしょう。

遍路─いいえ、私は思いません。それがやはり仏さまの試練だと思います。

菩薩─試練というか何もかもが慈悲と思える心にならなければいけないのです。

遍路─そうでも。私もうそうなっています。

菩薩─交通事故にあってもこれが慈悲だと、寒い雪が降ってきても、その雪が人間に都合の悪い雪であっても、あーこれもあり難い、私はこの雪で悟らせていただけるんだと、その雪で悟っていくということです。そこまでの心が出来ていれば、あなたに対し…。

遍路─そう、私そこまで悟れています。

菩薩─そこまで悟れているのであれば、あなた自身で決められるはずですよ。

遍路─私自身が自分で決められると言われるのですか?

菩薩─そう。そこまであなた自身の心が出来ているのであれば、私に相談することはありません。

遍路─沈黙

菩薩─相談するということは、まだその心が出来ていないという事です。自分で即決出来ないという心は、私はそこまで行っていますと言っていても、まだ心がそこまで行っていないという事です。あなたはもう心が出来ていますと言われるが、出来ていれば自分で決められる筈でしょう。

遍路─そうですね。仏さまにお任せしているんですから。

菩薩─仏さまというより、自分の心の仏さまにね。そうしたら、その仏が答えを出すでしょう。その結婚はやめなさい、その結婚はよろしいという答えが出るでしょう。
 そうしたら私に聞く必要はないという事です。あなたがそこまでの心になっているなら私に聞く必要はありません。だからまだ 超えた心になっていないという事です。

遍路─長い沈黙

目の当たりにした仏法の厳しさ

「どんな不都合なお計らいであっても、み仏のお慈悲と思える心になっていれば、答えを出してあげましょう」という菩薩様の問いかけに対し、彼女は、「もうその心になっています」とハッキリ答えられましたが、その言葉は、「すでにその心は出来ています」と言わんばかりの自信に満ち溢れていました。

ところが、菩薩様から、「その心になっているのであれば、私に答えを求める必要はありませんよ。あなた自身で答えを出せる筈ですよ」と言われ、一言も返答出来なくなってしまったのです。

どんな結果になろうと、不都合なお計らいであろうと、み仏のお慈悲と思える心が成就出来ていれば、人に道を求める必要はありません。人にどうすればよいかの判断を求めなければならないという事は、まだその心が出来ていない何よりの証です。

返答出来なくなったのは、その事に気付いたからでしょう。それまで多弁だった彼女が急に寡黙となり、一回りも二回りも小さく見えたのがとても印象的でした。

菩薩様の説法を聞きながら、彼女を救わんが為には有無を言わせぬ仏法の厳しさと、菩薩様の大いなる慈悲心に触れ、深い感銘を受けた事は言うまでもありません。

仏法による救済とはいかなるものか、占い・霊感による判断と何が違うのかを、これほど分りやすく説かれた説法を聞いたのは初めてでしたので、私の心にも、非常に印象深く残りました。

たまたまこの時のご説法を、S・Fさんがテープに録音しておられたので、コピーして頂き、何度も何度も繰り返し聞いた事を、昨日の出来事のように思い出します。

何故前に進めなかったのか?

前回、極楽浄土を目指して旅をしている極楽望氏が、道が二股に分かれている所で出会った占い師の翁と霊感者の老婆から、それぞれ相反する事を言われて益々迷いを深め、一歩も前へ進めなくなったという例え話をしました。

極楽望氏が前に進めなくなったのは、右へ行けば、恐ろしい化け物に遭遇し、左へ行けば、落とし穴に落ちて命を落とすかも知れないと言われたからですが、何故彼はそう言われて一歩も進めなくなったのでしょうか?

二人の言った事が正しいとは限らず、その正否は、実際に行ってみなければ分りません。

また仮に正しかったとしても、それぞれに危険箇所のある事が前もって分っているのですから、細心の注意を払いながら先へ進めば、難を避ける事も出来ます。

極楽望氏が、本心から極楽を望んでいるのであれば、翁と老婆にそう言われたからといって立ち止まる必要はなく、むしろある程度の危険を覚悟してでも、一刻も早く極楽を目指すべきでしょう。

しかし、彼は、そう言われただけで一歩も前に進めなくなってしまったのです。何故でしょうか?

それは、最終的な判断を下す事が出来なかったからです。

彼が前へ進むためには、先ず二人の言葉を信じるか信じないかの判断をしなければなりません。どちらへ進むか迷っている彼には酷かも知れませんが、二人の言葉を信じるか否かを彼自身が判断しなければ、一歩も先には進めないのです。

その判断をしてようやく先に進めても、それで終わりではありません。

彼が二人の言葉を信じる道を選んだとすれば、化け物に遭遇するか、落とし穴に落ちるかの危険性を覚悟しなければなりません。

また信じない道を選んだとしても、その道を選んだ自分の判断が正しかったか否かという新たな不安を抱きながら、前に進まなければなりません。

つまり、いずれの道を選んでも、彼の前には、自ら判断しなければ解決出来ない難問や、乗り越えなければならない様々な試練が待ち構えているのです。

問題は、人に道を尋ねなければならない彼に、その判断が出来るのかという事ですが、今の彼には難しいと言わざるを得ないでしょう。だから、進めなくなったのです。

彼が目指す極楽浄土の正体

彼が、化け物が出る右の道へも、落とし穴のある左の道へも進めなくなってしまったのは、二人の言葉を信じるか否か、そして先へ進むべきか否かの判断が出来なかったからだと言いましたが、その心の裏に潜んでいるのは、「自分にとって好都合な道はどちらかを知りたい。不都合な出来事に遭遇する恐れのある方には行きたくない」という思い(分別心)です。

実を言えば、不都合な事を避け、拒否し、排除したいというその思いが、進むべき道の判断を誤らせ、化け物や落とし穴を乗り越える勇気を奪い去り、極楽浄土を遠ざけている張本人なのですが、彼はその事に全く気付いていません。

何故なら、彼が目指す極楽浄土とは、自分にとって不都合な事の一切起らない、不幸も苦しみも悲しみもなく、いかなる難問もない幸せばかりの世界だからです。

つまり、彼は、幸せになりたいという願いが叶えられ、その願いを妨げるいかなる障害も難問も試練も苦難もない理想郷を、極楽浄土としてイメージしているのです。

勿論、これは彼だけではなく、世間の大多数の人々が思い描いている極楽浄土のイメージでもありますが、少なくとも私が考える真の極楽浄土とは、彼がイメージしているような何もかも自分の思い通りにいく世界でもなければ、美しい蓮の花が咲き乱れ、透き通るような小川が流れ、清々しい香りに満たされ、清らかな調べが聞えてくる理想郷でもありません。

勿論、私自身、まだ一度もそのような理想郷へ行った事も見た事もないので、そんな世界が有るのか無いのか分りません。

ただ仮に有ったとしても、その世界へ行けば、全ての悩み苦しみから解決されるとは思いません。

少なくとも仏法が説く極楽浄土は、そのような世界でない事だけは確かです。何故なら、仏法で説く極楽浄土は、私たち自身の中にあるからです。

極楽望氏が、自分の中にある極楽浄土に気付けないのは、化け物も出ず、落とし穴もなく、自分にとって不都合な事が何も起らない理想郷を思い描き、その世界が自分以外のところにあると思い込んでいるからです。

「灯台下暗し」とはまさにこの事で、彼自身が変わらなければ、目指している極楽浄土へ到達する事は非常に難しいと言わねばなりません。

迷う人・迷わせる人・迷わされる人

もうお気付きだと思いますが、極楽望という人物は、幸せを願い、理想郷としての極楽浄土を目指し旅をしている私たちの姿であり、迷える人々の代表者でもあります。

ご承知のように、この世で幸せを願わない人は一人もいません。万人が万人ともみな等しく幸せな人生を望み、極楽浄土へ行きたいと願っています。

にも拘らず、万人がみな平等に極楽浄土へ行ける訳ではありません。

どの道を行けば極楽へたどり着けるのか、どう生きれば幸せになれるのかを知らなければ行ける筈もありませんが、そう言う私自身も、かつてはその一人でしたので、偉そうな事は言えません。

最初にご紹介した女のお遍路さんも同じで、彼女は、尼僧になるべきか、結婚するべきかで迷い、菩薩様に進むべき道を尋ねたのですが、それは、真の幸せ、本当の極楽がどこにあるかを知らなかったからです。

いずれにせよ、人間という生き物は、幸せになりたいと願い、救われる事を望み、極楽を目指して旅をしている生き物でありながら、同時に、どう生きれば幸せになれるか、どの道を行けば極楽へ到達できるかを知らない生き物でもあるという事です。

そのジレンマを抱えながら生きていかなければならないところに、人間の悩み苦しみの原因があると言ってもいいでしょうが、そのジレンマを解決しようと、多くの人々が、幸せになる最良の道を占って貰うため、占い師や霊感者を尋ね歩いている姿をよく見かけます。

しかし、尋ねたのはいいけれど、返ってくる答えがみな違うため、益々迷いを深め右往左往している人々の姿を見ていると、真の極楽の在り処を知る事がいかに大切かを痛感いたします。

真の極楽浄土の在り処

ここまで読まれたお方は、どうすれば無事に極楽へ到達出来るのという難問を解決するヒントが、先ほどの菩薩様の説法の中に示されている事にお気付きだと思いますが、菩薩様はこう説いておられます。

何もかもが慈悲と思える心にならなければいけないのです。交通事故にあってもこれが慈悲だと、寒い雪が降ってきても、その雪が人間に都合の悪い雪であっても、あーこれもあり難い、私はこの雪で悟らせていただけるんだと、その雪で悟っていくということです。

何故彼女が菩薩様に進むべき道を尋ねたかと言えば、尼僧になった方が幸せか、それとも結婚した方が幸せかを知りたかったからですが、菩薩様は、そうではないとハッキリ釘を刺されました。

それは、彼女が求める本当の幸せ(真の極楽浄土)は、彼女が迷っているどちらかの道にではなく、彼女自身の中にある事を悟って欲しかったからです。

尼僧の道に進んでも、結婚する道を選んでも、そこには様々な試練が待っています。不都合な事にも遭遇します。楽しい事ばかりではなく、苦しい事や悲しい事や辛い事も多々あります。苦楽幸不幸があるのは、どちらの道を選んでも同じなのです。

尼僧の道が幸せばかりの道で、結婚する道が不幸ばかりの道でもなければ、その逆でもありません。どちらの道に進んでも、その現れ方が異なるだけで、幸せもあれば、不幸せも必ずあるのです。

「何故そんな事が言えるのか?もしかすると右の道より左の道の方が幸せかも知れないし、その逆もあり得るではないか。先の事は誰にも分らない」と言われるかも知れませんが、確かに将来の事は誰にも分りません。

しかし、どちらへ行っても同じである事に間違いはありません。その理由については次回お話したいと思います。

自己を変えられるか

大切な事は、どちらの道へ進めば極楽に行けるかではなく、どちらに進もうかと悩み、迷っている今の自分自身が変わらない限り、極楽へは行けない事に気付くという事です。

道に迷っている彼女が尼僧になる道を決断したとしましょう。彼女の未来には、バラ色の人生が約束されているのでしょうか。

残念ながら、そうではありません。やがていつか自分の思い通りに行かない事や、苦しみや悲しみにも遭遇します。その時、今のままの彼女なら、結婚する道を選んでおけばよかったと後悔するでしょう。

また結婚する道を選んだとしても、やはり違った苦しみや試練に遭遇します。その時もきっと、尼僧になっていれば違う人生があったに違いないと、結婚した事を後悔するに違いありません。

何故なら、尼僧になるにせよ、結婚するにせよ、彼女自身が変わらなければ何も変わらないからです。

菩薩様は、どちらに進めば幸せになれるか迷っている彼女自身が変わらない限り、どちらの道を選んでも、結果は同じである事を見通しておられたのです。

だからこそ、「今のあなたの心では、進むべき道を判断し、答えてあげる事は出来ません」と厳しい口調でおっしゃったのです。

占い師や霊感者のように、ただ進むべき最善の道を占い、判断するだけでは、彼女を救うどころか、益々迷いを深めるだけである事が分っていたから、敢えて「そこまであなた自身の心が出来ているのであれば、私に相談することはありませんよ」と厳しく突き放されたのです。

合掌

平成28年4月26日

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生きる目的を見失っているあなたへ(5)

判断を求める人々

法徳寺のWebsiteをご覧になった皆様から、よく人生相談メールやお電話を頂きますが、それらの皆様にほぼ共通している事があります。

それは、何らかの判断を求め、答えを期待してメールやお電話をして来られるという事です。

先日も、進むべき幾つもの選択肢に迷われ、電話をして来られた女性がおられましたが、若い頃の私も同じでしたので、迷いに迷った挙句、藁にもすがる思いでメールや電話をして来られるお気持ちはよく分ります。

しかし、仏法には、幾つもの選択肢の中から最良の道を選び、どの道を進めばよいかを判断するという概念がありません。何故かと言えば、進むべき道を指し示してもその方を救う事は出来ず、根本的な解決にはならないからです。

その事が分っていながら、あえて判断を下す事は、その方の迷いを更に深め、救いから遠ざける事になります。

道に迷っている方に、進むべき道を示す事がその方の救いにつながるなら、喜んでそうしたいといつも思いますが、その方の根本的な救いにつながらない以上、幾ら判断を求められても、判断を下す事は出来ないのです。

迷いがない草花

何故人は道に迷うのでしょうか?それは、進むべき道が幾つもあるからです。

先日電話をして来られた女性も、進むべき道が一つしかなければ迷わなかったでしょうし、電話もして来られなかったでしょう。

様々な事に迷う人間と対照的なのが大自然の草花たちです。

草花は、どんなに厳しい冬であっても、春になれば忘れずにちゃんと芽を出します。一見可憐でひ弱そうに見えますが、その生き方はたくましく、筋が通っています。

何故ひ弱そうに見える草花が、たくましく生きていけるのかと言えば、草花には生きる事への迷いが一切ないからです。

草花たちは、生まれながらにして、生きるべき道を知っています。

ご承知のように、草花には、太陽の光に向かおうとする「向日性」(こうじつせい)と言う本能的性質が具わっています。この性質がないと草花たちは生きていけません。

今日は太陽に顔を向けようか、それとも背を向けようか、どちらに向こうかと迷っている草花は一つもありません。

どんな暗闇の中に置かれても、必ず光を探し、光が射す方向へ顔を向けようとします。光の方向に顔を向ける事にかけては、一切の迷いがありません。

どんなにひ弱く見える草花でも、たくましく生きてゆけるのは、その本能のお陰ですが、それに比べ、人間はどうでしょうか。

今日はどう生きようか、明日はどう生きようか、あっちにフラフラ、こちらにフラフラと絶えず揺れ動き、迷いっぱなしです。

心が定まらず、様々な計らいや分別をして自ら作らなくてもよい不安を作り、迷いの輪を際限なく拡げているのが、人間という生き物なのです。

迷いを深める占い・霊感の判断

先日電話して来られた女性も、進むべき道が幾つもあり、自分では答えが出せないため、判断を求めて電話をして来られたのですが、先ほどもお話したように、仏法には、進むべき道を判断するという概念がありません。

この点が占い、霊感と根本的に違うところと言っていいでしょうが、何故仏法では、占いや霊感のような判断をしないのか、例を挙げてお話しましょう。

極楽浄土を目指して旅をしている「極楽望(ごくらくのぞむ)」という名の男がいました。ふと前方を見ると、道が二つに分かれています。右へ行くべきか、左へ行くべきか、迷っていると、そこに占い師の翁と霊感者の老婆がやってきました。

極楽望氏が、二人に、どちらの道を行けば極楽へたどり着けるかと尋ねたところ、占い師の翁は、「極楽へ行きたければ、右の道を行きなさい。左へ行けば、大きな落とし穴があるから止めた方がよい」と教えてくれました。

ところが、霊感者の老婆に尋ねると、「いや、極楽へ行きたいなら、左の道を行きなさい。右へ行けば、恐ろしい化け物がいるから、命を落とすかも知れん」と教えてくれました。

翁の言葉を信じて右へ行けば、落とし穴に落ちる危険性はない代わりに、化け物に遭遇する恐れがあり、老婆の言葉を信じて左へ行けば、化け物には遇わないものの、落とし穴に落ちて命を落とすかも知れません。

どちらの言葉を信じても、落とし穴に落ちるか、恐ろしい化け物に命をとられるか、道は二つに一つしかありません。

落とし穴に落ちたくありませんし、化け物に命を取られるのも嫌です。しかし、極楽浄土への道も諦めたくありません。

結局、極楽望氏は、どちらへ行けばよいのか益々分からなくなり、以前にも増して迷いを深める結果になってしまったのです。

大切な事は何か

この例え話は、幾つかの選択肢の中から最良の道を選ぼうとする占いや霊感による判断が、真の救い(極楽浄土)につながらぬばかりか、一層迷いを深める恐れがある事を示唆しています。

先日電話をして来られた女性も、実は極楽望氏と同じ状況におられたのです。

私が求められた判断をしなかったのは、極楽望氏と同じように、迷いを更に深める恐れがあったからですが、仮に私がその女性の求めに応じて進むべき道を判断したとしたら、どうだったでしょうか?その女性は私の判断に納得されたでしょうか?

恐らく納得されなかったでしょう。

極楽望氏が前に進めなくなったのは、翁の占いが正しいという確証もなければ、老婆の霊感が正しいという確信もなかったからです。

それと同様、私の判断が正しいという確証もありませんから、その女性は私が出した判断に納得出来る筈がありません。

ましてや、私の判断に従った結果、思い通りにゆけばいいけれども、思い通りにいくとは限りません。

思い通りにいかなかった時、この女性は、きっと私の判断に従った事を後悔されるでしょう。それだけでなく、神仏を仇に思い、益々迷いを深めていかれるに違いありません。それでは、その女性にとって「百害あって一利なし」です。

そもそも、他人の判断に納得出来るお方なら、最初から相談の電話などしてきておられません。

納得出来るお方は、すでに求める答えを持っておられ、自分で判断出来るお方だからです。

判断してその女性が迷いから救われるのであれば、幾らでも判断させて頂きたいと思いますが、そうならない事が明らかである以上、薄情のようですが、その救いを妨げるような判断をして迷いを深めさせる訳にはいきません。

ですから、敢えて判断をしなかったのです。

大切な事は、他人の私が女性の進むべき道を判断する事ではなく、その女性が迷いの夢から目覚める事であり、救われる事です。

毒矢の喩え

お釈迦様の弟子の中に、マールンクヤというお弟子さんがいました。

前々から、お釈迦様が様々な疑問に対しハッキリした答えを出して下さらない事に不満を抱いていたマールンクヤは、「今日こそ、私が思っている疑問にハッキリお答え下さい。疑問が晴れない限り、これ以上修行を続ける事は出来ません」と、お釈迦様に疑問をぶつけました。

お釈迦様は、次のように説いてマールンクヤを諭されました。

マールンクヤよ。よく聞くがよい。ここに毒矢に射られて今にも命を落とそうになっている男がいるとしよう。
その男が、毒矢を射た者はどこの出身で何と言う名前か、背丈は高いか低いか、肌の色は何色か、弓の材質は何か、弓の弦や矢の羽は何で出来ているのか、矢じりは何で出来ているのか。自分が疑問に思っている事が明らかにならない内は治療をしてはならないと言ったら、その男の命はどうなるであろうか。
恐らく疑問が一つも解けないうちに、その男は毒が回って死んでしまうであろう。いまお前が私に尋ねようとしていることは、それと同じなのである。お前が私に問い掛けている疑いの一つも分からないうちに、お前のいのちが尽きてしまう。
お前がいま考えなければならない事は、人生の苦しみから解脱するにはどうしたらいいか、自分の悩み苦しみを解決するにはどうしたらいいか、その手立てを知る事である。私はその手立てをお前に説いているのである。
だから、私の言う事だけを信じて精進をしなさい。私が言わない事は言わないままにしておきなさい。

これは、『箭喩経(せんゆきょう)』というお経に出てくる有名な「毒矢の喩え」というお話ですが、お釈迦様があえて明らかにされなかった事を「無記」と言い、明らかにされた事を「授記」と言います。

例えば、この宇宙は有限なのか無限なのか、霊魂があるのか無いのかというような疑問には、一切答えられませんでした。何故なら、救いにとって全く意味のない事だからです。

宇宙が有限か無限か、霊魂は有るのか無いのかが仮に明らかになったとしても、悩み苦しみから救われる訳ではありません。

多くの皆様からご相談を受ける度にいつも脳裏に浮かぶのが、この毒矢の喩えです。

どの道を進めばよいのか知りたいと判断を求めて来られる皆様も、煎じ詰めれば、このマールンクヤと同じなのです。

お釈迦様が、救いに関係のない事には一切判断を示されなかったように、救いにつながらない判断をしないのは、その為です。

と言うより、判断すれば益々その方の迷いを深める恐れがあるから、そのような判断は出来ないのです。

合掌

平成28年4月19日

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涅槃について(6)─ 常楽会に寄せて ─

地獄と極楽を見た奥野大阿闍梨

五分足らずという僅かな時間の中で、体験した事の真髄を人々に伝えるという事は至難の業であり、奥野大阿闍梨の講演は、それを実現した稀有な事例と言っていいでしょうが、何故このような前代未聞の講演が生まれたのでしょうか?

思うに、奥野大阿闍梨ご自身が、九日間の「堂入り」を通じ、地獄と極楽を体験されたからではないでしょうか。

奥野大阿闍梨にとって、口を漱ぐはずの水が喉を通ってしまった事は、痛恨の極みであり、地獄に堕されるほどの衝撃を受けられたであろう事は容易に想像出来ます。

勿論、喉を通った水は、たった一滴に過ぎません。その気になれば、「一滴くらいいいだろう」と妥協し、自分を納得させる事も出来ます。

しかし、奥野大阿闍梨は、妥協しませんでした。否、妥協出来なかったと言った方がいいでしょう。

三回も千日回峰行を成満なさった程のお方ですから、自己に対する厳しさも、行に対する真剣さも尋常ではありません。

だからこそ、僅か一滴の水が喉を通ってしまった事にさえ妥協出来ず、悔やみ、生涯をかけて、お不動様にご懺悔していくと言い切られたのです。

しかし、喉を通った一滴の水の味わいが、極楽の味と言ってよいほどの味わいだった事も、想像に難くありません。

「そのお水の味わいは、生涯忘れる事はないでしょう」と言い切られた言葉は、決して誇張ではないでしょう。

「一滴くらいいいだろう」と妥協する気持ちがあれば、お不動様に対するご懺悔の心も、水の味わいも、生涯忘れられないほどにはならなかったでしょうが、喉を通った僅か一滴の水にさえ、自責の念を覚え、生涯をかけて懺悔する事を自らに課す厳しさを持っておられるお方だからこそ、僅か一滴の水の味わいが、生涯忘れられない極楽の味わいにまで高められていったのです。

恐らく、奥野大阿闍梨は、九日間の「堂入り」で、地獄を体験すると同時に極楽(涅槃)をも体験されたのではないでしょうか。

地獄を体験されたからこそ、極楽が見えてきたと言ってもいいでしょうが、そうだとすれば、地獄と極楽を同時に味わった稀有な体験が、僅か五分足らずの言葉の中に凝縮され、言葉を超えた言霊(真言)となって、聴衆の心に飛び込んできたとしても、何ら不思議はありません。

まさにこの講演は、生まれるべくして生まれ、語られるべくして語られ、奥野大阿闍梨だからこそ為し得た講演だったのです。

無常悟れば涅槃に帰る

菩薩様の『道歌集』の中には、三百首余りの法歌(道歌)が収められていますが、私がいつも心に念じている歌があります。

生死なく 欲も苦もなく我もなく
 無常悟れば 涅槃に帰る

お釈迦様のお悟りも、お大師様のお悟りも、道元禅師のお悟りも、菩薩様のお悟りも、そして、奥野大阿闍梨のお悟りも、すべてこの法歌の中に込められていると言っても過言ではないでしょう。

無常の域に到達すれば、そこにはもはや生も死もありません。欲も苦も、個としての我の存在すらありません。

移り変わり行く森羅万象の姿を在るがまま受け止め、当たり前と頷く事が出来れば、自他を隔てている垣根もありません。

もはやそこには、場所という空間的概念もなければ、過去、現在、未来という時間的概念もありません。

在るのは、ただ「一切が我である」と悟り切った涅槃の境地であり、「今ここ」に開かれている極楽(真相)の世界です。

勿論、その世界は今まで存在していなかった訳ではありません。無始以来、ここに存在し続けていたにも拘らず、私たちは、今までその世界に気付かなかったのです。否、気付けなかったのです。

何故なら、心の眼が様々な計らいによって曇らされていたからです。

私たちは、何かを見たり、判断したりする時、知らず知らずの内に計らいや執着、分別などという色眼鏡をかけて見ています。

私たちが見ているのは、物事の在りのままの姿(真相)ではなく、心の色眼鏡を通して見た偽りの姿(仮相)に過ぎません。

お悟りを開かれるまでお釈迦様が見てこられた明けの明星も、お大師様が虚空蔵求聞持法を成就するまで見てこられた室戸岬も、宋へ行くまで道元禅師が見てこられた眼や鼻も、奥野大阿闍梨が今まで口にしてこられた一滴の水さえも、すべて様々な思いや計らい、執着、分別という色眼鏡(フィルター)を通して見たり味わっていたものに過ぎなかったのです。

ところが、六年間に及ぶ苦行、お四国での虚空蔵求聞持法の修行、宋での禅修行、そして九日間に及ぶ断食・断水・断眠・断臥の行によって、その色眼鏡が外れ、今まで見えていなかった物事の真相が在りのままに見えてきたのです。

お釈迦様が、明けの明星と一体であると悟られ、お大師様が、「有為の波風」も自分も同じだと悟られ、道元禅師が、「伝える仏法など何もありません」と喝破され、奥野大阿闍梨が喉を通った一滴の水の中に地獄と極楽を味わったのは、その為です。

何のための信仰か!

よく「信仰とは何の為にするのですか?」と尋ねられる事があります。

世の中には、「信仰は願いを叶える為にするものだ。願いが叶えられなければ信仰する意味がない」と考えておられるお方もおられます。

その方にとって信仰とは、何か満たされないものがあるから、それを神仏の力によって叶えてもらう為の手段に過ぎないのでしょう。

しかし、奥野大阿闍梨の八万枚の護摩行(堂入り)がそうであるように、また私の拙い断食体験がそうであるように、信仰とは、何かを手に入れたり、願いを叶える為の手段ではありません。神仏との取引でもありませせん。

信仰の真髄は、神仏のみ心とわが心を通わせ、神仏に一歩でも二歩でも近づかせて頂きたいと願い、不断の努力を積み重ねながら神仏と合一していくところにあります。

そこにあるのは、神仏に何かを求める心ではなく、神仏のみ心を悟り、その願いに応えてゆく姿勢であり、神仏への懺悔と感謝と祈りの心です。

奥野大阿闍梨が、わずか一滴の水が喉を通った事を悔い、生涯かけてお不動様にご懺悔していくと誓われた背景にあるのは、まさにお不動様へのご懺悔と感謝と祈りの心であり、この言葉を見れば、何かを求めて始められた行ではなく、お不動様にすべてを捧げ、そのみ心に応えんが為の修行だった事が分かります。

一滴の水でさえ「申し訳ない」と悔い、生涯かけてご懺悔していくと誓われたのは、お不動様のみ心に応えんが為の行であったにも拘らず、そのみ心に応えられなかった事への痛恨の思いからなのです。

しかし、その思いが、一滴の水の味わいを極楽の味わいにまで高めた事も間違いありません。

奥野大阿闍梨は、その稀有な体験を通して、我々が願ってやまない極楽とは何か、涅槃(悟り)の境地に通じる道とは何かを示唆してくれているのかも知れません。

合掌

平成28年4月5日

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涅槃について(5)─ 常楽会に寄せて ─

体験を超えるものはない

何万冊の書物を読もうが、どれほどの知識を得ようが、どうしても伝えられない事があります。例えば、真夏の暑い日差しの中で口にした一杯の水の味わいです。

古歌に、
 いっぱいの 飲みたる水の味わいを
   問う人あらば 何と答えん
と詠われているように、「どんな味わいでしたか?」と尋ねる相手に対し、答えられるのはせいぜい「こんな味わいでした」という感想だけです。

そして、「どうしても知りたければ一度飲んでみて下さい。飲めばすぐに分ります」と答えるしかありません。

体験は、未体験者には、いかなる知識や言葉を以てしても絶対に伝える事の出来ない未知なる領域であり、知りたければ、自ら体験してみる以外に方法はありません。

その代わり、体験の世界は、体験した全ての人に、その答えを平等に与えてくれます。水を飲んだ十人の内、五人しか水の味わいが分らないというような事はなく、水を飲んだ十人全員が水の味わいを知る事が出来ます。

一口飲めば、天才も凡才も、老若男女、上下貧富の隔てなく、全ての人が平等に理解し合え、水の美味しさを分かち合えるのです。

残念ながら、知識の世界では、そうはいきません。天才と凡才の間には、知識量や理解力の点で大きな差があり、十人の内、五人にしか理解出来ないという事は決して珍しくありません。

当然、知識の量と質による優劣関係や情報格差も生まれます。

体験の世界には、そのような優劣関係や情報格差はありません。体験した人に与えられる情報は、すべて平等です。

また、知識は知識を超えられますが、体験を超える事は出来ません。

知識は、人から聞いたり自ら学べば得られますが、体験は、人から聞いても、自ら学んでも得られません。自ら体験して知る以外にはないのです。

勿論、知識には、その持てる力を存分に発揮できる分野があり、その分野では、その力を最大限に発揮します。知識の果たす役割を過小評価すべきではありません。

しかし、知識には限界がある事も事実で、知識は体験を超えられない事も知っておく必要があります。

千日回峰行

天台宗に伝わる千日回峯行と言われる修行があります。

千日回峯行とは、十年間比叡山に籠もる修行(籠山行)の中で行われる修行で、七年の間に千日、ひたすら比叡山の峰々を歩きながら、二百六十ヶ所余りに祀られている仏様を拝み続ける修行です。

30キロの道のりを、平均6時間かけて廻るそうですが、一年目から三年目までは一年に百日、四年目と五年目は一年に二百日、つまり五年間で七百日かけて、30キロの比叡の峰々を歩き続けるのです。

それが終わると、九日間にわたる断食・断水・断眠・断臥の苦行「堂入り」に入ります。

六年目は、京都までの道のりが加わり、60キロの道のりを百日間歩き続けなければなりません。

七年目は倍の二百日になり、前半の百日間は、「京都大回り」と呼ばれる83キロの道のりを、後半の百日間は、再び比叡山中の30キロの道のりを歩き続けます。

こうして、七年かけて千日間歩きながら、み仏を拝み続けるのが千日回峰行ですが、その中で最も苦しく厳しい修行が、九日間に及ぶ「堂入り」です。

九日間ぶっ通しで、昼夜の別なく護摩を焚きながら、ただ黙々とお不動様を拝み続けるのですから、まさに死を覚悟した決死の修行と言えましょうが、何日目かに口を漱ぐだけのお水が頂けるそうです。

勿論、飲めませんし、飲んではいけません。ただ口を漱ぐだけのお水です。

今日まで四十七名の方が、千日回峯行を成し遂げられ、戦後は、酒井雄哉というお方が二回成満しておられますが、実は昭和の初めに、千日回峯行を三度成満なさったお方がおられるのです。

伝説となった講演

奥野玄順というお方で、いまや伝説上のお方と言っていいでしょうが、ある時、奥野大阿闍梨の講演会が催されたのです。

集まった聴衆が見守る中、奥野大阿闍梨が、しずしずと講演会場に入って来られると、体の小さなお方なのに、とても大きく見えたそうですが、千日回峯行を成満なさったお方の第一声を聞き逃すまいと、聴衆の誰もが固唾を呑んで見守っていたに違いありません。

演壇の前に立たれた奥野大阿闍梨は、暫く瞑目して合掌し、心静かに祈っておられましたが、おもむろに口を開かれ、こう仰ったそうです。

「私は今、お不動様にご懺悔(さんげ)の気持ちで一杯です」

九日間に及ぶ八万枚の護摩行(堂入り)を成満され、お不動様を拝み抜かれたお方が、開口一番、「お不動様にご懺悔の気持ちで一杯です」と仰ったのですから、誰もが唖然とした事でしょう。「何があったのだろう?」と、次の言葉を待っていると、おもむろにこう仰ったのです。

九日間、不眠不休で八万枚のお護摩を焚いている最中、たまたま口を漱ぐのに頂いたお水の一滴が喉を通ってしまいました。飲もうと思って口に含んだお水ではありませんが、喉を通ってしまいました。その事を私は今でも悔やんでおります。お不動様に申し訳ないと、今でもご懺悔しております、これから一生かけてお不動様にその事をご懺悔し続けていくでしょう。しかし、その時、喉を通ったお水の味わいは、今でも忘れません。その味わいは、一生忘れる事がないでしょう。それではこれで私の話を終わります

そう言って僅か五分余りの講演を終え、しずしずと会場を出ていかれたそうです。

聴衆の誰もが、ただ呆然と奥野大阿闍梨を見送っている様子が目に浮かぶようですが、まさに前代未聞の講演と言っていいでしょう。

先ず驚かされるのは、僅か五分余りという講演時間の短さです。

僅か五分余りの中で、伝えたい事のすべてを、余すところ無く語り尽くす事は、まず不可能でしょうが、奥野大阿闍梨は、その不可能とも思える難行を見事に成し遂げられたのではないでしょうか。

京仏師の松久朋琳師は、『仏の声を彫る』の中で、次のように書いておられます。

雑物を払う、煩悩を払うといういき方は、いきおい、もうこれ以上削ったらみ仏の頬辺(ほっぺ)に傷がつく、み仏の肌に傷がつくという所まで鑿を入れてゆくことになります。とことんまで押しつめてゆきます。そして余分を全部払って、一つも残しまへん。余分というものを全部取ってしまいます。そして、そのエキスだけを残す──という手法になるのですな。
 目方でいきますと、出来上がったみ仏は、原木の四分の一から五分の一位になってしまうのですな。もうこれ以上減らせないという、ギリギリのところまで取ってしまわないことには、無垢な仏性はあらわれないのです。そこまで推し進めないと、拝む対象にはならしません。煩悩や俗心を残した仏なんて、いやはらしまへんのです。仏師の彫りまいらせるみ仏は、そういう生粋のところまでいかな、礼拝の対象にならんのやないか、わたしは、そない思うていますのや。

松久師の言葉を借りれば、奥野大阿闍梨にとって五分余りという時間は、究極の体験を、これより多くても少なくてもその体験を正しく伝えられないギリギリのところまで削り取り、余分な言葉をすべて取り払うのに必要にして十分な時間だったのではないでしょうか。

奥野大阿闍梨の講演は、聴衆に強烈な印象を与え、魂の奥底にまで刻み込まれたに違いありません。

恐らくこの講演を聞いた人々は、極限まで削り取られた言葉の中に、奥野大阿闍梨の深い信仰心や懺悔の心、喉を通った一滴の水の味わいまでも汲み取ろうと、何度も何度もその言葉を反芻し、咀嚼し、熟考した事でしょう。

言葉を超えた言葉の力

それは、お護摩を焚く火の熱気が全身を覆い、体内から滲み出た汗が流れ落ち、飲まず食わず休まず眠らず、一心にお不動様を拝み続けている護摩行の真っ只中で起きた予期せぬ出来事でした。

体内から水分が失われ、断食・断水・断眠・断臥という、まさに肉体的極限状態に置かれた奥野大阿闍梨の喉を通ったのは、たった一滴の水でした。

奥野大阿闍梨にとっては痛恨の一滴ですが、その一滴が、全身の活力をみなぎらせるほどの味わいだった事も、想像に難くありません。

奥野大阿闍梨のこの体験は、体験した者にしか分らない、言葉では絶対に伝えられない究極の体験である事は言うまでもありません。

しかし、松久師が言われるように、もうこれ以上は減らせないというギリギリのところまで削り取られた言葉が言葉以上の力を持ち、言霊(ことだま)として新たな命が吹き込まれたとすれば、奥野大阿闍梨の講演は、奇跡を起こした稀有な事例と言っていいでしょう。

奇跡とは、言葉では伝えられない筈の体験が、言葉を超えた言葉の力によって聴衆に伝えられる事ですが、今までお話してきたように、言葉や知識には限界があり、体験を在るがまま伝える事は出来ません。

しかし、私が初めてこの話を聞いた時、まるで自分が同じ体験をしているかのような不思議な感覚に包まれたのを、今でも覚えています。

この逸話は、平成九年八月に御遷化された信貴山(しぎさん)玉蔵院の野澤密厳管長猊下が、玉蔵院の浴油講の集まりで話されたご法話を通じて知ったのですが、九日間にも及ぶ断食・断水・断眠・断臥の行の中で喉を通った一滴の水の味わいが、私にも伝わってきたのです。

勿論、奥野大阿闍梨が、「一生忘れない」と言われた味わいが分った訳ではありません。しかし、分らない味わいである筈なのに、分ったように感じたのです。

そう感じたのは、私が断食をした経験があるからかも知れません。

奥野大阿闍梨の断食・断水・断眠・断臥の行にはとても及びませんが、断食を終えて、最初に口にした重湯の味わいは、とても言葉にはなりません。

カラカラに乾き切ったスポンジが見る見る内に水分を吸収していくように、細胞という細胞が瞬時に目覚め、体中に活力がみなぎってくるのが、手に取るように分るこの感覚は、やはり体験してみなければ分りません。

しかし、幾ら断食の体験があるからと言って、奥野大阿闍梨の体験した一滴の水の味わいまで分るものではありません。

にも拘らず、分ったような感覚に包まれたのは、やはり奥野大阿闍梨が講演で述べられた、極限にまで削り取られた言葉の力(言霊)によるものと考えざるを得ません。

お大師様が開かれた真言宗は、言葉に大いなる霊力を認め、真言と名付けられた、極限まで削り取られたエキスとしての言葉を読誦する事により、言葉では超えられない体験世界に合一しようとする教えですが、体験した事のない私が、一滴の水の味わいまで分ったような不思議な感覚に包まれたのは、奥野大阿闍梨が述べられた言葉の一つ一つに、奥野大阿闍梨の仏性が乗り移り、これ以上は削れないというギリギリのところまで削り取られた言霊となり、真言(仏の言葉)そのものと化していたからではないでしょうか。

直接その場で奥野大阿闍梨の生の声を聴かせて頂いた訳ではありませんが、私までもが稀有な体験をさせて頂けたとすれば、有り難い限りです。

合掌

平成28年4月1日

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涅槃について(4)─ 常楽会に寄せて ─

空手にして郷に還る─道元禅師のお悟り

お大師様が追体験されたお釈迦様の神秘体験を、禅の道から追体験されたお方が、曹洞宗を開かれた道元禅師です。

海を越えて宋に渡られた道元禅師が、禅の奥義を窮めて帰郷され、禅の道場を開設された時におっしゃった言葉があります。

只だ是れ等閑(とうかん)に天童先師(てんどうせんし)にまみえて、当下(とうげ)に眼横鼻直(げんのうびちょく)なることを認得して、人に瞞(まん)せられず。すなわち、空手(くうしゅ)にして郷に還(かえ)る。所以に一毫(いちごう)も仏法無し。

「不思議なご縁によって天童禅師にお逢いし、眼は横に、鼻は真直ぐ付いている事を在るがまま悟って帰ってきました。お陰でもう他人の言説に惑わされる事もなくなりました。それ故、手土産は何もなく、伝えるべき仏法もありません。」

海を渡って宋の国まで行き、禅の奥義を窮めてこられたお方のお悟りを聞かせて頂けると、その場に集まった誰もが大きな期待をもって耳を傾けていた事でしょう。

ところが、開口一番、「私はただ、眼が横に付いていて、鼻が真っ直ぐ縦に付いている事だけを悟って帰って来ました」とおっしゃったのですから、聴衆はみな、唖然としたのではないでしょうか。

「そんな事は分かっています。そんな当たり前の事をお聞きしに来た訳ではありません」と言いたそうにしている聴衆の顔が目に浮かぶようですが、道元禅師とて、眼が横に、鼻が真直ぐ縦に付いている事くらい百も承知です。

宋に行く前から知っていた当たり前の事実を、あえて「宋へ行って、その事を悟ってきました」とおっしゃったのですから、道元禅師の心に大きな変化があった事は間違いありません。

宋へ行く前と後とで、道元禅師の心の中にどんな変化が起こったのでしょうか?

その変化は、道元禅師にとってまさに「生まれ変わり」とも言うべき大きな変化だったに相違ありません。

当下に眼横鼻直なることを認得して、人に瞞せられずすなわち、空手にして郷に還る。所以に一毫も仏法無し」という言葉を見れば、道元禅師の並々ならぬ自信の程が伺えます。

当り前の事を当り前とうなずく

眼が横に付いていて、鼻が真っ直ぐ縦に付いている事は、誰でも知っている当たり前の事実です。

しかし、その当たり前の事実を、在るがまま当たり前とうなずき、心の底から納得し、全身全霊で受け止めているかと問われ、「はい、在るがまま当たり前と受け止め、心の底から納得しています」と即答出来るお方が、果たして何人いるでしょうか?

在るがままを受け入れ、納得しているという事は、物事の真相を計らいという色眼鏡で曇らせる事なく、在りのままに観ているという事です。

その納得を裏付けているのは、薄っぺらな知識ではありません。体験であり、お悟りです。

知識を得る事も大切ですが、ただの知識からは、いかなるお悟りも納得も生まれません。知識と体験(お悟り)とは、根本的に違うからです。

当たり前の事実を当たり前と頷き、在るがまま受け止め、納得するという心の変化をもたらすものは、実体験であり、お悟りですから、それを言葉で説明する事は容易ではありません。

「この世は無常であり、すべては移り変わり、やがて消えてゆく。生まれた者も、老い、病み、やがて死んで行かなければならない。しかし、死んで終わりではなく、巡り巡って再び帰って来る。帰ってきても再び死に赴かなければならない。こうして森羅万象全てが、一瞬も留まることなく移り変わっているのだ」という当たり前の真理を、私たちは在るがまま受け入れ、己が細胞の隅々まで刻み込み、納得しているでしょうか?

もし納得出来ているのであれば、道元禅師が、「当下に眼横鼻直なることを認得して、人に瞞せられず」とおっしゃった言葉が、心の中にストンと落ちて来る筈です。

そうなれば、もはやこの世に恐いものなどありません。いかなる不都合な出来事も、不幸な境遇も、私たちを迷わせ、悩ませ、苦しめる事は出来ないでしょう。

しかし、もしまだ迷いや苦しみがわが身を苛み続けているのであれば、その事をただ知識として理解しているだけで、まだ納得出来ていない証だと受け止めなければなりません。

道元禅師の自信

「眼が横に付いていて、鼻が真っ直ぐ縦に付いているという事を在るがまま悟って帰ってきました」という道元禅師の言葉は、ただ「眼が横に付いていて、鼻が真っ直ぐ縦に付いている事を改めて知りました」という意味ではありません。

禅師は、「私自身が悟りそのものです」と言っているのです。

「私の中にすべての悟りがあります。経典を持って帰って来なくても、私自身が経典です。私をよく見て下さい。私が全てです。ですから、私を見て頂く以外に、伝えるべき真理(仏法)などどこにもありません。」とおっしゃっているのですから、凄い自信です。

何故このような自信溢れる言葉が出てきたのかと言えば、当たり前の事実を当たり前とうなずき、悟る事が出来たからです。勿論、その心境は、数々の体験の中から生まれたものであって、知識から得られたものではありません。

厳しい禅の修行(体験)を通して、無常の域に到達し、一切の計らい心を離れ、いかなる分別心や執着心にも縛られない自由な心を成就出来たからこそ、そう言い切る事が出来たのです。

一休禅師の逸話

一休禅師に面白い逸話があります。

ある日、一休禅師が、曲がりくねった松の盆栽を家の前に置き、「この松が真っ直ぐ見えた人には褒美を差し上げます」という小さな立て札を懸けたところ、多くの人が集まり、曲った松を前にして、何とか真っ直ぐに見えないかと思案しましたが、曲がった松が真っ直ぐに見えた人は一人もいませでした。

ところが、一人の旅人が通りかかり、その盆栽を見て、「この松は本当によく曲りくねっていますね」と言ったので、それを聞いた一休禅師は、急いで家の中から飛んできて、その旅人に約束の褒美を与えたと言うのです。

一休禅師が「この松が真っ直ぐに見えた人」と言ったのは、「この松の姿が素直に在るがまま見えた人」という意味なのですが、人々は、「真っ直ぐ見えた人には褒美を差し上げます」という一休禅師の言葉に惑わされ、「曲がった松の木が真っ直ぐに見えたら褒美が貰える」と、欲な心を起こし、在るがままの姿を見る目を曇らせてしまった為に、誰も松の在りのままの姿を見る事が出来なかったのです。

ところが、通りがかった旅人は、己が計らいや分別をせず、欲心を起こさず、色眼鏡をかけずに松の木を見る事が出来たため、「よく曲がっていますね」と、在るがまま答えられたのです。

残念ながら、私たちは、知らず知らずの内に、「計らい、欲、執着、分別」という名の、真相を見る眼を曇らせる色眼鏡をかけて物事を見る習性を持っています。

道端にひっそりと咲く一輪の花の美しさも、本当の美しさではなく、色眼鏡を通して見ている偽りの美しさに過ぎません。

怒りの心で見れば、怒りの色が見えるでしょうし、妬みや憎しみの心で見れば、妬みや憎しみの色が見えているに違いありません。

その時、私たちは、花の本当の美しさを見ているのではなく、わが心を花に映して見ているのです。

野辺に咲く花の本当の美しさが分れば、道元禅師がおっしゃった「当下に眼横鼻直なることを認得して、人に瞞せられず」という言葉ほど的を得た言葉はない事も分ってくるでしょう。

合掌

平成28年3月25日

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涅槃について(3)ー常楽会に寄せてー

お釈迦様のお悟り

ご承知のように、お釈迦様は二十九歳で出家され、六年間の苦行の末、三十五歳で真理を悟り仏陀と成られましたが、それまでの六年間の苦行は、凄まじいものだったといわれています。

ガンダーラ美術の最高傑作と言われる釈迦苦行像を、実際にご覧になったお方もおられると思いますが、痩せ衰えて、肋骨も露わになったお姿は、余りにも痛々しく、見る者を圧倒せずにはおきません。

あの痩せ衰えた苦行像は、決して誇張ではなく、かつてこれほどの苦行をした人はいないと言われる程の苦行をなさったお釈迦様ですから、あのお姿に近かったのではないかと思います。

しかし、それほどの苦行体験をされたにも拘らず、お釈迦様の心の中に真の安らぎは得られませんでした。

ただ肉体を傷つけ、苦しめるだけの苦行では真の安らぎは得られないことを悟られたお釈迦様は、苦行で傷ついた肉体をガンジス川の水で清められ、村の娘スジャータが差し出す乳粥の供養を受けられました。

その後、菩提樹の下に結跏趺坐して、四十九日間の瞑想に入られ、十二月八日未明、東の空に輝く明けの明星(金星)をご覧になり、忽然と悟りを開かれたのですが、「明けの明星を見たくらいで何故悟りが開けるのか」と、疑問に思われるお方もおられるでしょう。

お釈迦様が瞑想の中で何を念じ、何を観じられたかは知る由もありませんが、何かを心の中に思い描かれたというより、お釈迦様の心は、もはや自我も欲も恥も外聞も地位も名誉も何もない、まさに澄み切った湖面のような状態だったのではないでしょうか。

それまでお釈迦様は、様々な思いの中で生きてこられました。

王族である釈迦族の世継ぎに生まれながら、親や妻子を残して出家なさったお釈迦様にとって、釈迦族の人々や家族の行く末は何よりも案じられたでしょうし、人々の様々な悩み苦しみにも心を痛めておられたに違いありません。また様々な煩悩によって悶々となさった日々もあった筈です。

今までは、そうした様々な思いや計らいに曇らされた眼で、この世界をご覧になり、明けの明星をご覧になってきたのです。

つまり、それまでお釈迦様がご覧になった明けの明星は、在りのままの明けの明星の姿ではなく、お釈迦様の様々な計らいの心を通して見た明けの明星であり、悩み苦しみというフィルターを通して見た明けの明星に過ぎなかったのです。

しかし、六年間の苦行の末にご覧になった明けの明星は、お釈迦様の澄み切った心の鏡に、今まで見たこともないような明けの明星として映し出されたに違いありません。

有るようで無く、無いようで有る世界

太陽が出ている内は、太陽という縁で明けの明星は見えません。

しかし、太陽が沈み、夜という縁によって再びその姿を現す有様は、まさに般若心経に説かれる「色即是空、空即是色」の世界であり、お釈迦様の心眼には、「有るようで無く、無いようで有る」存在としての明けの明星の真の姿がくっきりと映し出されていたのではないでしょうか。

その時、お釈迦様は、この世の真理を説法する明けの明星の声なき声を、ハッキリお聞きになられたに違いありません。

「そうか。私も明けの明星も、同じなのだ。有るようで無く、無いようで有る存在なのだ。みんな移り変わっていく無常の中にいるのだ」

その体験は、お釈迦様にとって、天地が逆転するほどの大きな衝撃をもたらしたことでしょう。

勿論、それまでもお釈迦様は、すべてが無常の中にあり、移り変わっていく存在だということを、知識として知っておられましたが、その時お釈迦様が体得されたのは、知識としての無常ではなく、心の底から湧き上がってくる悟りの智慧としての無常であり、明けの明星が発する天の声だったのです。

勿論、明けの明星は、その時初めてお釈迦様に真理を説法した訳ではありません。

永遠の昔から、真理を説法し続けているのですが、お釈迦様には、今までその説法が聞こえなかったのです。

何故なら、お釈迦様の心の中には、様々な煩悩や計らいや不安や執着が錯綜し、説法を聞く耳を閉ざしていたからです。

今までは、様々な思いや計らいや分別心が邪魔をして、明けの明星の真の姿を見ることも、その説法を聞くことも出来なかったのです。

ところが、六年間の苦行の末に、心が澄み切った湖面の如く無垢の状態になったため、明けの明星の説法が、お釈迦様の心に在るがまま聞えてくるようになったのです。

真理の声が聞こえるようになったのは、明けの明星が変ったからではなく、お釈迦様が変ったからです。

真理の声が聞こえた時、お釈迦様は、「私も明けの明星と同じなのだ。これが宇宙の真の姿(実相)なのだ」という衝撃と、お釈迦様が明けの明星なのか、明けの明星がお釈迦様なのか分からない一体感に包まれていたに違いありません。

虚空蔵求聞持法とは

明けの明星をご覧になり、この世の真理を悟られたお釈迦様の瞑想体験を、真言密教に伝わる虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)と呼ばれる秘法によって追体験なさったのがお大師様です。

虚空蔵求聞持法とは、虚空蔵菩薩の御真言(ノウボーアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ)を百日間で百万遍唱えながら、ひたすら虚空蔵菩薩の化身である明けの明星を拝む修行法で、この修行を成就すれば、一切の経文を暗記することが出来ると言われています。

その事から、記憶力を増進させる秘法であるとも解釈されていますが、常々菩薩様は、「この行を成就すれば一切の経文を暗記出来るという事は、記憶力が増して経文を暗記出来るようになるという意味ではない。お釈迦様が得られたお悟りの境地を追体験出来るという意味に解釈しなければ、経典の真意を誤解する恐れがある。追体験できれば、八万四千の法門と言われるお釈迦様の教え(一切経文)を暗記したのと同じ事だ」とおっしゃっておられました。

菩薩様がおっしゃるように、お釈迦様の神秘体験を追体験する秘法だからこそ、お釈迦様がお悟りを開かれた明けの明星を虚空蔵菩薩の化身として拝むのであり、経文を暗記する記憶術を磨くのが修行の目的なら、明けの明星を拝む意味がありません。

谷響を惜しまず明星来影す

お大師様が、難行中の難行といわれる虚空蔵求聞持法に挑まれた目的が、お釈迦様のお悟りの境地を追体験する為であった事は間違いありませんが、その修行の場所として選ばれたのが、阿波の太龍寺や土佐の室戸岬など、生まれ故郷のお四国の地でした。

室戸岬に、お大師様が虚空蔵求聞持法を修行された御厨人窟(みくろど)という洞窟がありますが、洞窟の中から外界を見ると、青い空と、打ち寄せては引く太平洋の広い海原が視界に飛び込んできます。

その光景を見ていると、「空海」という名前を付けられたお大師様のお気持ちが分るような気がしますが、虚空蔵菩薩の御真言を一心不乱に唱えながら、明けの明星を拝まれたお大師様の心境がどのようなものだったのかは知る由もありません。

しかし、恐らく、お大師様の心の耳には、「空も海も波も風も、山も岩も、木々も草花も、あなたも私も、すべて移り変わっていくのだよ。無常という真理の中の儚い存在に過ぎないのだよ」と語りかけてくる明けの明星の声なき声が聞こえてきたのではないでしょうか。

勿論、お大師様は、それまでも諸行無常というこの世の真理を知っておられました。

しかし、この時、明けの明星が語りかけてきたのは、知識として知っている無常の真理ではありませんでした。

その事を、お大師様は、『三教指帰』(さんごうしいき)という書物の中で、次のように書いておられます。

ここに一人の沙門(しゃもん)あり。余(よ)に虚空蔵聞持の法を呈(しめ)す。その経に説かく。「もし人、法によってこの真言一百万遍を誦ずれば、即ち一切の教法の文義(もんぎ)、暗記することを得」と。ここに大聖(だいしょう)の誠言(じょうごん)を信じて飛焔(ひえん)を鑚燧(さんすい)に望み、阿国(あこく)大滝の嶽(たいりょうのたけ)にのぼりよじ、土州(としゅう)室戸崎(むろとのさき)に勤念(ごんねん)す。谷響(ひびき)を惜しまず、明星来影(らいえい)す。

ここに一人の修行僧がいて、私に虚空蔵求聞持の法を教えてくれた。経典によれば、「もしこの経典に説いてある通りに虚空蔵菩薩の御真言を百万遍唱えれば、すべての経典の文句を暗記する事が出来る」と。そこで、嘘偽りのないみ仏の言葉を信じて、木の棒で火を起こすように努力精進し、阿波の国の太龍寺や、土佐の室戸岬において、一心不乱に修行をしたところ、太龍寺の山谷は霊験を以て応え、室戸岬の明けの明星は、その真実の姿を示現してくれた。

「谷響を惜しまず、明星来影す」とは、太龍寺の山や谷がお大師様の祈りに応えて、あらたかな霊験を示し、室戸岬から拝む明けの明星が、心の奥底にその影を映し、この世の真相を示現したという意味ですが、この言葉を見れば、お大師様が、虚空蔵菩薩の化身ある明けの明星と一体になられ、その真理の説法を心の奥底にしっかり刻まれた事が分ります。

この時お大師様は、明けの明星を通して、無常の大法を悟られたお釈迦様の神秘体験を、身を以て追体験されたに違いありません。

お大師様が詠まれた法歌

お釈迦様のお悟りを追体験されたお大師様が、室戸岬で詠まれた法歌が、今に伝えられています。

 法性の 室戸といえどわが住めば
   有為の波風 寄せぬ日ぞなし

この法歌は、文字通り、室戸岬において虚空蔵求聞持法を成就され、この世の真理を悟られた境地を在りのまま詠まれたものです。

法歌にある「法性(ほっしょう)」とは、虚空蔵求聞持法の御本尊である虚空蔵菩薩の事であり、真言密教の根本仏である大日如来の事であり、永遠の真理を現す言葉と言ってもいいでしょう。

また「有為(うい)」とは有為転変の有為で、「すべてが移り変わり一瞬たりとも止まっていない」という意味です。

従って、この法歌をそのまま解釈すれば、「無常という永遠の真理(み仏)の中にある室戸岬ではあるけれども、私(お大師様)が来てみれば、無常の波風が押し寄せぬ日はなかった」という意味になりますが、お大師様は、この法歌を通して何を伝えようとしておられるのでしょうか?

矛盾しているように見える法歌

もしこの法歌を私たちが詠めば、どんな歌になったでしょうか。恐らく次のように詠んだのではないでしょうか?

 法性の 室戸なるゆえ我が住めば
    有為の波風 寄せぬ日ぞなし

私たちなら、「無常という永遠の真理の中にある室戸岬であるから、私の眼に映る波も風も、空も海も、山も草木もすべてが移り変わり(有為)の中にある事を教えてきた。その事を説法してこない日はなかった」と詠み、上の句で詠んだ「法性の室戸」(無常の真理の中にある室戸)を、更に下の句で強調したに違いありません。

無常というこの世の真理を歌に詠むなら、そう詠むのが自然でしょうし、誰でもそう詠みたくなります。

ところが、お大師様は、
 法性の 室戸なれども我が住めば
   有為の波風 寄せぬ日ぞなし
と詠まれたのです。

つまり、「無常という永遠の真理の中にある室戸岬ではあるけれども、私の眼に映る波も風も、空も海も、山も草木もすべてが移り変わり(有為)の中にある事を教えてきた。その事を説法してこない日はなかった」と詠み、上の句で詠んだ「法性の室戸」を下の句で否定されたのです。

これでは、「無常の中にある室戸ではあるけれども、眼に映るすべてのものが無常を説法してきた」という意味になり、明らかに矛盾しています。

しかし、一見矛盾しているように見える中に、お大師様のお悟りの境地が在りのまま詠み込まれているとすればどうでしょうか。

もしそうだとすれば、上の句にある「法性の室戸」(無常の真理の中にある室戸)と、下の句にある「有為の波風」(無常の波風)は、同じ意味の「無常」ではない事になります。

知識としての無常と悟りとしての無常

同じ意味の「無常」でないとすれば、何がどう違うのでしょうか?

思うに、上の句にある「法性の室戸」は、私たちが知識で知っている無常の真理を詠っているのに対し、下の句にある「有為の波風」は、誰もが知識で知っている無常ではなく、お大師様が身を以て悟られた在るがままの無常の真理を詠っておられるのではないでしょうか。

「法性の室戸なれども」という上の句は、もしかすると、まだ無常の真理を知識でしか理解していなかった若かりし頃のお大師様の心境を詠われたものかも知れません。

いずれにせよ、「わが住めば有為の波風寄せぬ日ぞなし」という下の句は、知識で知っている無常の真理を否定し、自ら身を以て悟った在るがままの無常の真理を詠われたものだと思います。

お大師様は、この法歌を通して、「この世が無常の世である事は、予てより知識(学問)で知っていたけれども、虚空蔵求聞持法を一心不乱に修行した結果、その事を頭(知識)ではなく、この身を以て悟る事が出来た。私の眼に映る波も、肌に感じる風も、空も海も山も草木もすべてが、今まで一度も聞いた事のない無常の真理を説法してきた。それは知識で知っていた無常の真理とは、根本的に違うものであった」というお悟りの境地を詠われたのです。

だからこそ、「法性の室戸なるゆえ我が住めば」ではなく、「法性の室戸なれども我が住めば」でなければならなかったのです。

法歌に込められた悟りの境地

もしお大師様が、「法性の室戸なるゆえ我が住めば」と詠んでおられたら、私たちは、「お大師様が、お釈迦様のお悟りを追体験された事は間違いない」と断言する事が出来たでしょうか?

恐らく、知識として無常の真理を知っている人なら、誰でも「法性の室戸なるゆえ我が住めば」と詠むでしょうから、そう断言するのは無理だったでしょう。

しかし、お大師様は、「法性の室戸なれども我が住めば」と詠まれたのです。

この言葉は、無常の真理をただ知識で知っているだけでは出てきません。これは、お悟りと言う体験の裏付けがあって、初めて出てくる言葉なのです。

現代に生きる私たちが、千年以上も前にお大師様が残された歌を通して、「お大師様が、お釈迦様のお悟りを追体験された事は間違いない。お大師様は、室戸で確かに仏の境地に到達しておられる」と断言出来るのは、まさにこの言葉が生きているからです。

重ねて申しますが、お釈迦様が、明けの明星と一体になり、この世の真理を悟られ、仏陀と成られたように、お大師様も、室戸の地で明けの明星と一体になり、この世の真理を悟られたお釈迦様の神秘体験を追体験なさった事は間違いありません。

この歌が、その事を如実に物語っています。

勿論、お大師様が、お釈迦様と同じお悟りの境地に到達された後に室戸岬へ来られ、この法歌を詠まれたのか、それともこの地でお悟りの境地に到達されて、この法歌を残されたのかは分りません。

しかし、少なくとも、この法歌を詠まれた時のお大師様が、お釈迦様と同じ境地に到達しておられた事は間違いありません。

菩薩様は、この歌をご覧になり、「こんな凄い歌は他にない。お大師様は、間違いなく室戸で、生きたまま仏に成っておられる。即身成仏しておられる」とおっしゃっておられましたが、いま思えば、この法歌に込められたお大師様の真意をそこまで深く悟られた菩薩様もまた、お釈迦様やお大師様と同じ涅槃の境地に到達しておられたに違いありません。

合掌

平成28年3月10日

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涅槃について(2)ー常楽会に寄せてー

涅槃でお聞きなさい

涅槃という言葉でいつも思い出すのは、菩薩様が人生のどん底から救いを求めて、四国霊場へ行かれた時の体験談です。

四国第二十一番札所・太龍寺で出会った旅の御僧に、救いの道を求められたところ、「分らない事や、苦しい事があったら、涅槃でお聞きなさい。涅槃が何もかも教えてくれます」と言われたので、「涅槃というのは何処にあるのでしょうか?」と尋ねると、「何処にでもございます」と言われ、「次の札所にもありますでしょうか?」と尋ねると、「ございます」とのお返事でした。

太龍寺

そこで、お参りした札所で涅槃について尋ねたところ、「涅槃というのは、ここにはありません」という札所もあれば、「涅槃というのは、お釈迦様が死んだ事だ」という札所もあり、その言葉を聞いた時は、「涅槃で聞けという事は、あの世へ行って、お釈迦様に聞きなさいという暗示なのか?」と思い、背筋が冷水を浴びたようにゾッとしたと仰っておられました。

結局、涅槃で聞けという言葉の意味が分らぬまま、巡り巡って四国八十八番札所・大窪寺に着くと、三月末というのに、かなりの冷え込みでした。

みやげ物店の店先を借りて休んでいると、見る見るうちに、あたり一面積雪となり、まるで真昼を思わせるような明るさでしたが、涅槃の事が気になり、まんじりともせぬまま夜明けを迎えると、昨日から降り続いていた雪もすっかりやみ、あたり一面が真っ白な銀世界となっていました。

誰も踏みしめていない大窪寺の雪の階段を登ってゆくと、奥の方から、70才近いと思われる遍路姿の正装をした、背の低い女のお遍路さんが降りて来られました。

大窪寺

「このお方に、気がかりになっている涅槃の事を尋ねてみよう。このお方にお尋ねして分らなければ、”涅槃はどこにでもあります”とおっしゃった御僧の言葉は何だったのかという事になるが…」と思いながら、「お尋ねいたしますが、このお寺には涅槃というのがございますでしょうか。私は、人生のどん底から、四国霊場に救いを求めて巡拝して来た者ですが、実は二十一番札所・太龍寺で、旅の御僧様にお会いして救いを求めたのですが、苦しいことや、わからないことがあれば涅槃でお聞きなさいと教えられ、何ヶ所かの札所で涅槃というのはございますかとお聞きしたところ、こちらには涅槃というのはないというお寺もあれば、涅槃というのは、お釈迦様が死んだ事だというお寺もあり、この八十八番札所に着くまでに、私のいのちが終わるのではないかと思いながら、ようやく大窪寺に着かせていただく事が出来たのです」と尋ねると、お遍路さんは、「涅槃で聞けということは、あなたに悟れという事です。苦とか楽とかは、みんな心の動き次第なのですよ」とおっしゃいました。

そこで、「御僧様は、涅槃はどこにでもあると申されましたが?」と問うと、「涅槃はどこにでもございます。このきれいな雪景色も、みんな涅槃のすがたなのですよ。あなたもご信仰を深めてゆかれますと、この世一切が涅槃の姿と心に映るのです。その御僧様は、きっとお大師様でしたね。この大雪では、高野山も雪でしょう」と言って、去って行かれました。

降る雪も悟れば涅槃のすがたかな

無事結願を済ませ、御礼詣りに高野山に登ると、案の定、四月初めというのに、山もお寺も一面の銀世界でした。

高野山

 四国霊場を 巡りつつ
 仏縁奇縁に 助けられ
    大師みもとに 帰り来りゃ
    雪降りしきる 高野山(こうやさん)

お大師様に結願の御礼を済ませ、雪の参道を踏みしめながら御廟橋まで戻って来た時の様子を、菩薩様は、「奥の院の大師御廟に、結願の御礼と、菩薩行の誓いを立ててお詣りをすませ、白雪に覆われた、山やお寺の有様を眺めていたとき、今まで閉ざされていた無明の心が、いっぱいに開かれて、これが涅槃のすがたか、極楽の様かと、思わず歓喜せずにはいられなかった」と述懐しておられますが、その時、口を突いて出てきたのが、次の歌でした。

 降る雪も 悟れば涅槃の すがたかな
    山もお寺も 法衣(ほうえ)まといて

きっと菩薩様には、「やがて溶けてゆくこの白雪もあなたも、同じなのですよ。有るようで無く、無いようで有る、移り変わりゆく儚い存在なのですよ」と語りかけるお大師様の声なき声が聞えてきたに違いありません。

降る雪も、肉眼で見れば、ただの溶けてゆく儚い雪でしかありません。

しかし、悟りの眼(心眼)を開けて見れば、無常の真理を説法してくれている真理の雪(法雪)そのものとして鮮やかに映し出されてくるのです。

全山白雪に覆われた有様も、悟ってみれば、真理の衣(法衣)をまとった涅槃・極楽の姿そのものであったと詠われた菩薩様の心は、無明の闇も消え、一点の曇りも迷いもない、まさに晴れ渡った快晴の青空の如く、どこまでも澄み切った境地だったのではないでしょうか。

後日、菩薩様は当時を振り返り、「大窪寺に来るまで、涅槃の意味を教えられなかったのも、すべてお大師様のお計らいだ。そのお陰で、修行の大切さを悟る事が出来た。涅槃の意味を教えるため、あのお遍路さんが、凍てつく大窪寺で、私の来るのを待っていて下さったのだと思うと、有り難いやら、勿体ないやらで、胸がいっぱいになった。旅の御僧様と別れる時、”あなたが帰られる頃は、高野山も雪でしょう”と言われたが、お遍路さんも同じ事を言われた。お二人は、私を導く為に待っていて下さったお大師様の変化身だったに違いない」とおっしゃっておられましたが、涅槃という言葉を聞く度に、菩薩様の体験談が今でも脳裏に蘇ってきます。

「汚れた」という意味のお袈裟

菩薩様が法歌に詠まれた「降る雪」と同様、一切が移り変わるという狂いの無い無常の真理を教えてくれているのが、皆さんもよくご存じのお袈裟です。

昔から僧侶が持つべき必需品とされているのが、「三衣一鉢(さんねいっぱつ)」と言われるお袈裟で、「三衣」とは、大衣(僧伽梨・ソウギャリ、晴着のこと)、中衣(鬱多羅僧・ウッタラソウ、普段着のこと)、小衣(安陀会・アンダエ、作業着のこと)の三つの衣を意味し、また「一鉢」とは、托鉢用の鉄鉢のことです。

お袈裟は、一枚一枚の小さな布切れをつなぎあわせて、大きな一枚の布にしたもので、阿弥陀くじのような形をしていますが、その一枚一枚の小さな布切れの縦のすじを「条」と言い、条の数が五つあるものが五条(五条袈裟)で「小衣」と言い、七つあるものが七条(七条袈裟)で「中衣」と言い、九本から二十五本あるのが九条(九条袈裟)、二十五条(二十五条袈裟)で「大衣」と言います。

お袈裟は、私たち僧侶が身に付ける衣装の中で、法衣と共に大切なものですが、元々このお袈裟は、インドの猟師が着ていた衣服で、カサーヤ(Kasaya)と呼ばれていました。

カサーヤを音写して「袈裟」という漢字を当てはめたのですが、カサーヤの本来の意味は、「汚れた」「壊色(えじき)」「濁色(じょくしょく)」という意味で、いま私達がお袈裟に抱いている「尊いもの」「清らかなもの」「きらびやかなもの」というイメージはまったくありません。

ご存知のように、お釈迦様は、出家するため、お城を出て修行者の森に行かれたのですが、その時、身に付けておられたきらびやかな衣服は、これから出家するお釈迦様には相応しくありませんでした。そこで、たまたま通りかかった猟師の衣服と、ご自身の衣服を交換なさったのです。

お袈裟が教える無常の真理

自分が着ていたきらびやかな衣服を猟師に与え、ご自分は猟師が着ていた粗末で汚れた衣服(カサーヤ)を身に着けて修行の衣とされ、それ以来、カサーヤが出家者の衣となったのですが、本来「汚れた」という意味しかないカサーヤが、何故僧侶が身にまとうこの世で最も尊いお袈裟に変わったのでしょうか?

今も言ったように、カサーヤの本来の意味は、「汚れた」「壊色」「濁色」という意味で、私たちが抱いているような「この世で最も尊い衣」という概念はありません。

お袈裟は、別名「糞掃衣(ふんぞうえ)」とも呼ばれ、文字どおり、糞を掃く衣で、この世で最も汚れ、使い捨ててもいいようなボロボロの衣という意味ですが、仏教では、この糞掃衣が、この世で最も尊い衣と言われているのです。

お袈裟には、人に菩提心を起させる功徳、自分が菩提心を起す功徳、魔を除く功徳など、十種の功徳があると言われていますが、何故元々猟師が着ていた汚れた衣であり、糞を掃く衣という別名まであるお袈裟が、十種の功徳があると言われるほど尊い衣に変わったのでしょうか?

それは、この衣が真理を説法する衣に変わったからです。

私も、紀州高野山で修行している時、如法衣(にょほうえ)と呼ばれるお袈裟を自分で縫って作ったことがあり、今でも毎日の修法に着用していますが、この一枚一枚の布切れは、買ったばかりの時は、新しく綺麗でし た。

しかし、今は少しずつ変色し、擦り切れている箇所もあります。これから何十年と使ってゆけば、次第に擦り切れてボロボロになってゆく事は間違いありません。

如法衣

幾ら新しく綺麗な布であっても、やがて古くなり、汚れたものへと変わってゆかねばなりません。何故なら、それがこの世の真理だからです。

このお袈裟を私たち僧侶が身に着けるのは、着飾って美しく見せる為でも、尊く見せる為でもありません。

このお袈裟を形作る一枚一枚の布切れが、無常の真理を説法している事を、一人でも多くの皆様に悟って頂きたいからです。

「あなたも私たちと同じ無常の中にある身なのですよ。最初はみな若くてたくましい若者であり、麗しい乙女かも知れませんが、やがて年をとり、皺も増え、白髪も増えて、ボロボロになっていくのですよ。ボロボロになってゆく布切れの私達とあなたと、一体どこが違うのですか!」

そう言って、お袈裟を作っている一枚一枚の布切れが、移り変わり行くこの世の真理を私達に説法してくれているのです。

この世で最も汚れ、使い捨ててもいいようなボロボロの布切れをつなぎ合わせて作られた糞掃衣が、この世で最も尊い衣と呼ばれているのは、その為です。

お袈裟を形作っている一枚一枚の布切れは、もはやただの布切れではありません。

まさに菩薩様が法歌に詠われた「降る雪」であり、限りある命を生き、老い、病み、やがて死んでゆかねばならない私たち一人一人の姿でもあるのです。

合掌

平成28年2月28日

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生きる目的を見失っているあなたへ(4)

奇跡を起す為に欠かせないものー菩提心

六道輪廻の人生に終止符を打ち、仏(お悟り)の世界に生まれ変わるという奇跡を起こす為には、どうしても欠かせないものが二つあります。

一つは、前回お話した菩提心(お悟りを求める心)です。

但し、この菩提心を発す為には、どうしても避けて通れない道があります。

それは、楽ばかりで苦しみのない天上界では菩提心を発す事が非常に難しいように、菩提心を発す為には、人生における様々な試練が欠かせないという事です。

苦しみや挫折、絶望などと言うものは、私達にとっては甚だ不都合ですが、菩提心を発す為には、どうしても必要不可欠なものなのです。

あなたは、自分の思い通りに行かなかったり、夢に挫折したり、絶望して、「生きる目的」が分らなくなったと思い込んでおられるかも知れませんが、「生きる目的」を見失ったのではなく、ただ目前の苦しみに嫌気が差し、逃避しようとしているだけです。

「生きる目的」は、あなたがどんなに苦しく困難な立場に置かれようとも、あなたから離れる事はありません。

離れるどころか、菩提心を発し、「生きる目的」を成就して欲しいが為に、あなたを更なる窮地に陥れるでしょう。

お釈迦様が説かれたように、この世は「四苦八苦」に満ち満ちた世界です。

しかし、もしこの世に「四苦八苦」がなかったとすれば、私達は永遠にお悟りの世界に生まれ変わる事など出来なかったでしょう。

私達が遠ざけたい「四苦八苦」は、実は、私達をお悟りの世界に導いてくれる、かけがえのない導き手であり、手引き仏でもあるのです。

でずから、仏の世界に生まれ変わるという奇跡を起すまでは、どこまでもあなたの後を追いかけてきます。

勿論、それは、あなたを苦しめたいからではなく、苦しみを救いに変える悟りの智慧を磨き、六道輪廻の人生に終止符を打って欲しいからです。

それが、六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟りの世界に生まれ変わる為に人間の身を与えられた私達の宿命なのです。

ですから、絶対に逃げてはいけません。逃げれば逃げるほど、様々な試練はあなたの後を追いかけてきます。

大切な事は、逃げるのではなく、在るがままを受け入れ、それを悟りに変える智慧を磨く事です。

例えば、女性の誰もが憧れる宝石も、元はただの石に過ぎません。その原石が何度も磨き上げられ、様々な加工を施されて、ようやく光り輝く宝石として生まれ変わるのです。

それと同じように、人間に生まれた者にしか起せない奇跡を起こす為には、悩み苦しみや挫折や絶望と言った心の研磨剤が欠かせません。

様々な試練は、私達の智慧を磨き上げる心の研磨剤なのです。

もし「これほどの悩み苦しみがあるなら、人間になど生まれなければよかった」と本気で考えておられるなら、それは間違いです。

それはまるで、「研磨されて宝石になるのが嫌だから、原石になどならなければよかった」と言っているようなもので、本末転倒と言わねばなりません。

人間に生まれたくてもなれず、見向きもされない生類が数多いる中で、六道輪廻の人生に終止符を打てる人間として生まれて来れた事が、どれほど有り難いかを考えてみて下さい。

たとえ今どんなに苦しい境遇にいても、どんな苦境に立たされていても、六道輪廻の人生に終止符を打てる又とない機会を与えられた事に自信と誇りを持ち、先ず一歩を踏み出して頂きたいと思います。

奇跡を起す為に欠かせないものー仏法

いま菩提心を発す為には様々な試練が欠かせないと申しましたが、欠かせないものが、もう一つあります。

挫折や絶望や様々な悩み苦しみを味わったお方は、誰でもみな菩提心を発し、お悟りの世界に生まれ変われるかと言うと、そんな保証はどこにもありません。

人生における様々な苦しみは、お悟りの世界に生まれ変わる為に必要不可欠なものですが、だからと言って、苦しみを頂いたお方がすべてお悟りの世界に生まれ変われる訳ではないのです。

その証拠に、悩み苦しみを背負っていない人などこの世に一人もいませんが、悩み苦しみを背負ったまま、菩提心を発す事も、お悟りの世界を知る事もなく、生涯を閉じるお方も決して少なくありません。

挫折や絶望や様々な悩み苦しみを頂いても、それだけでは、人生を変える事は出来ないのです。

それは、譬えれば、原料のお野菜やお肉や様々な調味料を揃えただけでは、美味しい料理にはならず、それらを調理して美味しい料理に仕上げる手間隙をかけなければいけないのと同じです。

つまり、原材料(挫折、絶望、苦しみという不都合な事柄)を、美味しい料理(成功、希望、幸せという好都合な事柄)に作り変えてくれるシェフの智慧(お悟りの智慧)が必要なのです。

このシェフの智慧こそ、奇跡を起す為に欠かせない二つ目の仏法です。

億劫にも遇い難きは仏法なり

しかし、ここに一つ問題があります。

それは、奇跡を起す為に欠かせない仏法に遇わせて頂く事が、至難の業だという事です。

苦しみを頂いたお方がすべてお悟りの世界に生まれ変われる訳ではないと申し上げたのは、その為です。

「万劫にも受け難きは人身なり。億劫にも遇い難きは仏法なり」と言われるように、人間の身に生まれさせて頂く事は、奇跡と言っても過言ではありませんが、仏法に遇わせて頂く事は、人間に生まれてくるよりも遥かに難しい、まさに奇跡の中の奇跡なのです。

ありとあらゆる生類がいるこの世界に、人間の身を与えられただけでも奇跡と言わねばなりませんが、同じ人間の身を与えられても、誰も彼もが等しく仏法にご縁を頂ける訳ではありません。

何故かと言えば、お悟りを開かれるお方が滅多に出られないばかりか、世に出られても、そのお方に遇わせて頂ける事が容易ではないからです。

例えば、お釈迦様やお大師様が出られた時代は、まさに奇跡の時代と言ってもいいでしょうが、そのようなお方は、数百年に一人か、千年に一人しか世に出られません。

仮に同じ時代に生まれさせて頂けたとしても、そのお方にご縁を頂けるとは決まっていません。

現に、お釈迦様やお大師様が出られた時代においても、ご縁を頂けたお方より、頂けなかったお方の方が多かったでしょうから、「億劫にも遇い難きは仏法なり」という言葉は決して誇張ではないのです。

その当時でさえそうなのです。現代ではむしろ、仏法に遇う事もなく、お悟りの世界を知らぬまま生涯を終えるお方の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

勿論、お正月になれば、大勢の皆様が、全国の神社仏閣に初詣に行かれます。それぞれの御家庭には神棚や仏壇があり、ご先祖への供養がなされています。

しかし、それだけでは、仏法(覚者)とのご縁を頂けた事にはならないのです。

正像末三時説

仏教に「正像末三時説(しょうぞうまつさんじせつ)」と言う教えがあります。

お釈迦様が御入滅なさった後の仏教の姿を予言したもので、仏教は正法(しょうぼう)、像法(ぞうほう)、末法(まっぽう)という三つの時代を経て、衰退していくと言う予言です。

お釈迦様が亡くなられてから五百年間を正法の世と言い、お釈迦様の教え(教)も、お釈迦様の教えを実践する修行者(行)も、悟りを開く者(証)もまだ存在する時代で、お悟りを開くには勝れた時代であったと言われています。

次の千年を像法の世と言い、お釈迦様の教えと、教えを修行する修行者はいるけれども、お悟りを開く者は稀になると言われています。

次の一万年を末法の世と言い、お釈迦様の教えが残っているだけで、お悟りを開く者はおろか、修行する者さえいなくなると言われています。

更に末法の一万年が終わると、お釈迦様の教えさえも残らない法滅の世が到来し、その時代が永遠に続くと言うのが、「正像末三時説」と言われる予言的思想です。

この教えが、正しいかどうかは別として、平安末期の永承7年(1052)から末法の世に入ると信じられ、末法思想を取り入れた鎌倉仏教が誕生する契機となった事は周知の通りです。

末世というもみな心

1052年から末法の世に入ったと仮定すれば、現代はまさに末法の渦中にある事になりますが、果たして今の世は、教えだけが残り、修行するものも、お悟りを開く者(覚者)も居ない末法の世なのでしょうか?

私達が仏法(覚者)とのご縁を頂く事は、今の世ではもはや不可能なのでしょうか?

もし不可能だとすれば、私達の「生きる目的」である六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟りの世界に生まれ変わる事を断念しなければならない事になります。

その時は、「もう生きる目的も、生きる希望もなくなりました」という嘆きの声が巷に溢れ、末法の世である事が現実味を帯びてくるでしょう。

しかし、菩薩様は、『涙の渇くひまもなし』の中で、「末世というもみな心」と題して次のように説かれ、その事を否定しておられます。

現代は、末法末世の時代だといわれておりますが、それよりも正法によって支えられていかなければならない人間の心が末の末であって、釈尊をはじめ、多くの先覚者が残された法(おしえ)は少しも衰えることなく、燦然と光りかがやいています。

そして罪深きわたくしたち人間の魂を浄め、苦悩を救い、正しい人生の道しるべを示していて下さるのです。

しかし、人間の心が衰え世の中が乱れてくると、すべて法が衰えて来たかのように思うのですが、法とは狂いのないさとりであり、未来永劫衰えることも滅びることもないのです。

もし、末法末世と感じることがあれば、それはみ仏の思召しによって、感じさせられるのであって、正法に目覚めよ、正法(おしえ)を知れということのお諭しであると思わせていただかなければなりません。

み仏はつねに苦しむ衆生を救わんとして、あの手この手で一生懸命ご苦心をしていて下さるのでありますから、末法の世だと感じれば己が心の愚かさと信心の浅きを悟り、急いで法を求め教えをうけなければなりません。

正像末の三時説というのがありますが、正法の世とは釈尊滅後五百年といわれ、その仏陀の余光が強く、修行する者にとって証果を得るには、まさにすぐれた時代であったといわれております。また、像法の世とは次の一千年をいわれており、釈尊の示されたきびしい菩薩道より外れた甘い修行であるため、真実の修行が出来ず、そのため証果を得る者は極めて稀であるといわれております。

末法の世とは、さらに次の一万年といわれており、それが現代であって、正法はあってもこれを求めようとする者は少なく、修行はしていても、その証果を得る者はないとさえいわれております。

しかし、こうした正像末の三時説もすべてはみ仏のはからいであって、後の世までも仏法の衰退を来たすことのないようにと、わたくしたち人間に対して警告の意味に於いて示されていると思うのであります。

道元禅師さまは、「末法の世であるから真実の修行が出来ないとか、証果を得られないということはない。証果を得るも得られないも、その時代で論ずべきものではなく、むしろ人によって論ずべきものである。正法時代に遇っても、法を求めない愚かな人間ならば証果を得ることは出来ないし、末法時代であっても求道の精神に燃え菩薩道を極めんと欲する人ならば必ず証果を得る」と、教えておられます。

従って、末法末世というも、みんな己が心で感じとることであって、正しく生きる法を知れば、そこには正法のみで末法はなく、人の心の衰えと愚かさを知ることが出来るのであります

釈尊滅後二千五百年以上過ぎた今日、仏教は驚くべき発達をしていることは事実であります。

しかし、それにもかかわらず、人の心が衰えて世の中が乱れていくということは、何といっても、それぞれの人間が法があっても法を求めず、法の尊さを知らないという余りの無関心さが大きな原因といえましょう。

また、せっかく法の縁の導きがあっても疑い深くて信じることの出来ない人があり、寄せ集めの知識を以て法を批判する人あり、理屈をいっては法を聴けない人ありで、み仏の救いもないままに業をつくって業を背負い、かけがえのない人生を流されてゆくのが、強情傲慢で気の毒な人間の哀れな姿であります。

末法末世と いうけれど
  人の心が 末の末
  正しく生きる 法を知れ

要するに、世が乱れ、人の心が失われている今の世にこそ、六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟りの世界に生まれ変わる為の智慧(仏法)が必要とされ、仏法が衰える事などあり得ないのです。

しかし、菩薩様が述べておられるように、幾ら菩提心を発す事の大切さを説き、迷える人々を導くべく法を説いても、聞く耳を持たず、信じようとせず、法に反発して、折角頂いた仏法とのご縁を、自ら断ち切っている人々がいる事も事実です。

たとえお釈迦様でも、縁なき衆生を救うのは難しいとの道理を示した「縁なき衆生は度し難し」という言葉がありますが、残念ながら、「縁なき衆生」は、お釈迦様御在世中だけではないのです。

合掌

平成28年2月24日

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涅槃について(1)ー常楽会に寄せてー

お釈迦様が御入滅された日

節分と共に、2月に行われる大切な仏教行事が、常楽会(じょうらくえ)です。

2月15日に御入滅されたお釈迦様のご苦労を偲び、ご遺徳を讃え、報恩の誠を捧げるのが常楽会で、涅槃会(ねはんえ)とも言いますが、お釈迦様のお誕生をお祝いする4月8日の仏生会(ぶっしょうえ)、お悟りを開かれた日をお祝いする12月8日の成道会(じょうどうえ)と共に、仏教の三大法要と言われています。

言い伝えによれば、お釈迦様は、生まれ故郷のカピラヴァストゥへ向かう旅の途中、鍛冶職人のチュンダの家に立ち寄られ、食事の供養を受けられましたが、チュンダが供した「スーカラ・マッダヴァ」という食事が原因で、激しい腹痛や嘔吐、下痢を起こされたと言われています。

「スーカラ・マッダヴァ」は、「野生豚の柔らかい肉料理」とも「野生豚が好むキノコ類の料理」とも言われていますが、実のところはよく分りません。

いずれにせよ、お釈迦様が激しい食中毒に罹られた事は間違いなく、衰弱した体を労わりながらクシナガラに到着されたお釈迦様は、2本の沙羅の樹(サーラ樹)の間に疲れた体を横たえながら、弟子たちが見守る中、最後の教えを説かれました。

さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させなさい」

最後に説かれた教えも、やはりすべては移り変わり、永遠なるものはないという、八十年のご生涯を通して説き続けてこられた無常の真理でした。

涅槃と御入滅の違い

世間には、「涅槃とは、お釈迦様が亡くなった事だ」と誤解しておられるお方も少なくありませんが、死ぬ事が涅槃に入る事ではありません。

涅槃とは、梵語の「ニルバーナ」を音写したもので、「滅する」という意味ですが、ここに言う「滅する」とは、肉体が滅する、命が滅するという意味ではなく、私たちを苦しめている煩悩が悟りの智慧によって滅する事を意味します。

つまり、「涅槃に入る」とは、死ぬ事ではなく、悟りの世界に入る事なのです。

では、お釈迦様はいつ涅槃に入られたのでしょうか?

もし80歳で亡くなられ時に涅槃に入られたのであれば、お釈迦様は、80歳までお悟りを開いておられなかった事になります。

しかし、お釈迦様が、菩提樹の下でお悟りを開かれ仏陀の位に就かれた事は疑いようがなく、涅槃に入られたのは、菩提樹の下でお悟りを開かれた35歳の時なのです。

では何故、お釈迦様の御入滅を、「涅槃」と言ったのでしょうか?

後世の弟子たちは、お釈迦様が菩提樹の下でお悟りを開かれた時は、まだ肉体(余)という煩悩の火種が残っている状態でのお悟りであり、煩悩の火種はまだ完全に消えてはいないと考え、これを「有余涅槃(うよねはん)」と名付けました。

そして、80歳で御入滅された時は、肉体(余)も完全に消滅し、煩悩の火種が完全に消えた状態でのお悟りの姿であると考え、これを「無余涅槃(むよねはん)」と名付けたのです。

肉体(余)の有無によってお釈迦様のお悟りの姿(涅槃)を分けて考えたのですが、涅槃の意味から言えば、この分け方には少し疑問が残ります。

何故なら、「煩悩即菩提」という言葉があるように、肉体と言う煩悩の火種があるからこそ、お悟りの境地が開けるのであり、肉体が消滅し、煩悩の火種が無くなれば、お悟りそのものがもはや無意味になるからです。

四苦八苦の人生があるからこそ、四苦八苦を超えるお悟りの智慧が求められ、その求めに応じて、覚者が出世されるのであり、肉体と言う煩悩の火種そのものが無くなれば、お悟りの智慧も覚者も必要ありません。

つまり、無余涅槃と名付けられた、肉体という煩悩の火種が消滅した状態は、そもそも涅槃とは本来何の関係もなく、有余涅槃と名付けられた、煩悩の火種を残したままの状態でのお悟りの姿こそが、真の涅槃の姿であり、それ以外に涅槃と呼ぶべきものはありえないという事です。

その意味で、お釈迦様の御入滅(死)を涅槃と呼ぶのは、涅槃の真の意味を誤解させる恐れがあります。

お釈迦様は35歳でお悟りを開かれ、仏陀と成られてからは、いかなる事があっても微動だにしない安楽の境地に住しておられた筈であり、決して御入滅によって完全なる安楽の境地に到達された訳ではありませんから、2月15日の法要も、「涅槃会」ではなく「常楽会」と呼ぶべきではないかと思います。

勿論、だからと言って、お釈迦様の御入滅に何の意味もないと言っているのではありません。

むしろその逆で、お釈迦様の御入滅のお姿は、35歳でお悟りを開かれたお釈迦様の仏陀たる真のお姿を、誰の目にも分るような形で示された最後の大説法であり、仏陀として生きてこられた80年の人生の集大成と言っても過言ではありません。

釈迦御入滅図に隠された秘密

お釈迦様の御入滅のお姿を描いたのが、「釈迦涅槃図」と言われるものですが、今お話したように、お釈迦様の御入滅を涅槃と呼ぶのは、涅槃の真の意味を誤解させる恐れがあるので、ここでは、あえて「釈迦御入滅図」と呼ぶ事にします。

御入滅図の中心には、頭を北に向け、右脇を下にして、静かに横たわっておられるお釈迦様が描かれ、諸菩薩や十大弟子をはじめあらゆる生類が、御入滅されたお釈迦様を囲み、慟哭している情景が描かれています。

無常の世であり、愛する者とも、親しい者とも、尊敬する者とも分かれなければならない事は、理屈では分っていても、やはり悲しいものは悲しいのです。

私自身、菩薩様とお別れした時の事が今でも脳裏に焼きついていますので、お釈迦様の死を受け入れられない十大弟子や他の生類たちの気持ちは、痛いほど分ります。

しかし、それと対照的なのが、お釈迦様の安らかな表情で、その表情を見れば、一切が移り変わっていく諸行無常の真理を悟られ、自らの死を在るがまま受け入れておられる事がよく分ります。

しかし、お釈迦様の表情が安らかな理由は、それだけではありません。

御入滅される前、お釈迦様には、大きな試練が与えられていました。

チュンダが供養した食事によって激しい腹痛や嘔吐、下痢を起こされ、やがて死を迎えるという、仏陀と成られたお釈迦様には相応しくない最後を迎えようとしておられたのです。

もし私達が、お釈迦様と同じ立場に立たされたら、どんな態度をとったでしょうか。

恐らく、料理を出したチュンダに恨み言の一つも言ったでしょうし、まだやるべき事が残っていると、この世への未練を口にしていたに違いありません。

しかし、お釈迦様の口からは、一言の恨みも、未練の言葉も出てきませんでした。それどころか、チュンダを諭し、その功徳を讃えられたのです。

チュンダが食事の供養をした事を非常に悔いていると知らされたお釈迦様は、阿難尊者を呼び、「私は悟りを開く時に、スジャータという牧場の娘から、乳粥の供養を受けた。そして今またチュンダが、涅槃に入ろうとする私に食事の供養をしてくれた。スジャータの功徳も尊いが、チュンダが積んだ功徳は、それに勝るとも劣らぬほど尊いのだよ。そうチュンダに伝えなさい」と命じられました。

御入滅図に描かれたお釈迦様の表情が安らかなのは、その心が、すでにどんな不都合な事をもすべて在るがまま受け入れ、一切を許し、その救いを祈れるまでの境地(涅槃)に到達しておられたからです。

天地の大いなる計らい

誤解を恐れずに言えば、この食中毒による死こそ、八十年のご生涯を閉じられるお釈迦様の最後に相応しい天地のお計らいと言ってもいいのではないでしょうか。

何故なら、お釈迦様が仏陀に相応しいお悟りの境地に到達しておられる事が、チュンダに対する態度によって、ハッキリ示されたからです。

もしお釈迦様が、誰もが願う大往生を遂げておられたとしたら、どうだったでしょうか?

恐らく、本当に涅槃(お悟りの境地)に到達しておられたのかどうか、後世の私達には、想像はできても、「間違いなく仏陀となっておられた」と断言する事は出来なかったのではないでしょうか。

大往生の死なら、仏陀となっていなくとも、在るがまま受け入れられるからです。

しかし、激しい食中毒による衰弱死という、一見、仏陀としてのご生涯に相応しからぬ最後を迎えられたからこそ、お釈迦様の心の奥底までハッキリと知る事が出来たのです。

御入滅から2,500年もの歳月が経った今、私たち仏教徒が、「このお方は、間違いなく仏陀となられたお方である」と確信を持って言えるのは、最後のお計らいがあったからこそです。

「よくぞお釈迦様に食事の供養をしてくれました」と、チュンダにお礼を言いたい気持ちでいっぱいですが、そのようなお計らいが人生の幕を閉じる最後の最後に訪れた事に、大いなる天地の慈悲心を感じないではいられません。

お釈迦様が、「スジャータの功徳も尊いが、チュンダが積んだ功徳は、それに勝るとも劣らぬほど尊いのだ」とおっしゃったのは、お釈迦様ご自身が、後の世までも、仏陀であった事に微塵の疑いも起こらぬようにという天地のお計らいを強く感じ取っておられたからに違いありません。

「チュンダは、大いなる天地のみ心によって、私に激しい下痢を起させるような食事を供養させられたのだ。」というお釈迦様の深いお悟りがなければ、その口から「チュンダの功徳は計り知れない」という言葉が出て来る筈がありません。

御入滅図に描かれたお釈迦様の安らかな表情の裏には、後の世の事まで考え、チュンダに供養をさせた天地の深いみ心を悟り切っておられたお釈迦様の確信が秘められているのです。

合掌

平成28年2月15日

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生きる目的を見失っているあなたへ(3)

人間として生きる意味

「人間に生まれて来れた事は、奇跡と言っても過言ではない」と申し上げましたが、実は、あなたに知って頂きたい本当の奇跡とは、この事ではありません。

人間に生まれて来れた事も奇跡には違いありませんが、本当の奇跡は、生まれた後に待っています。

人間に生まれて来れた奇跡が、私達の力の及ばない奇跡とすれば、生まれた後に待っている奇跡は、自らの意志で成し遂げられる奇跡と言っていいでしょう。

しかも、この奇跡は人間に生まれた時にしか起せません。人間に生まれた時にだけ巡って来るチャンスなのです。

大袈裟な言い方をすれば、最初で最後のチャンスと言ってもいいでしょう。

もう一度人間に生まれて来れるという保証はありませんから、最後のチャンスと言っても過言ではないと思います。

奇跡と言っても、箱の中の人間が消えたり、空中に浮いたり、真っ二つに切り裂かれた胴体が元に戻ったりするような、マジックまがいの話ではありません。

種も仕掛けもなく、その心を発しさえすれば誰でも叶えられる奇跡です。

もしあなたが、普遍的な生き方(生きる目的)について知りたいと思えば、人間にしか起こせない奇跡とは何かを知らなければなりません。

その奇跡が何かを知る事が出来れば、「生きる目的」も自ずと見えてきます。

但し、一つだけ心の中に刻んでおいて頂きたい事があります。

それは、いくらチャンスに巡りあえたとしても、その心を発さなければ、奇跡は永遠に起こせないという事です。

しかも、人間の命は朝露の如くはかなく、限りがあります。奇跡を起せるチャンスは人間に生まれて来れた今生のたった一度きりであり、残された時間も決して長くはない事を、どうか忘れないで頂きたいと思います。

人間と他の生類との違い

あなたの周囲を見渡してみて下さい。何が見えますか?

大地と空と海があり、そこには様々な生き物が生息しています。

空を見上げれば鳥が自由に飛びまわり、大地には草花が咲き、犬や猫をはじめ、様々な生き物が生きています。地下には、目に見えないありとあらゆる微生物もいます。

人間のような高等な生き物もいれば、アメーバのような下等な単細胞生物もいて、共存しながら生きています。

勿論、人間であろうが、アメーバであろうが、犬や猫であろうが、野辺に咲く草花であろうが、空に舞う鳥であろうが、海に泳ぐ魚であろうが、産みの苦しみと様々な試練を乗り越えて誕生した一つの生命体であり、地球というかけがえのない家に住む運命共同体である事に変わりはありません。

しかし、同じ生命体であり運命共同体であっても、人間として生まれた者と、その他の生類として生まれた者とでは、生きる目的も意味も全く違います。

決定的に違う点は、人間以外の生類は、いくら逆立ちしても、人間に生まれた者が起こせる奇跡を起こせないという事です。

生死の中の善生、最勝の生なるべし

人間に起こせて、他の生類には起こせない奇跡とは何でしょうか?そもそも、人間として生きるのと、犬や猫として生きるのとでは何が違うのでしょうか?

仏教では、あらゆる生類が生きる世界を、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩、仏」(注1)の十界に大別し、人間を人間界に、犬猫を畜生界に配しています。

人間界も畜生界も、仏教では迷いの世界の一つに過ぎませんが、同じ迷いの世界であっても根本的に違う点があります。

道元禅師が、「生死の中の善生、最勝の生なるべし」(注2)と説いておられるように、人間の身は、六道(迷いの世界)の中で最も勝れた命であるという点です。

何故かと言えば、人間に生まれた者だけが、先ほどからお話している奇跡を発す心を発せるからです。

仏教では、その心を菩提心(注3)と言いますが、残念ながら、菩提心は慈悲心とも言い、信心とも言い、良心とも言い、お悟りを求める心でもあり、自己を捨てて他人を救おうとする心でもあり、金剛石の如く壊れる事のない心でもあり、覚者の如く恐れなき心でもある為に、これを一言で説明する事は大変難しいのです。

いまここで申し上げられる事は、菩提心を発せるのは人間だけであり、人間に生まれて来れた者だけが、果てしない生死の苦しみに翻弄されている六道(迷い)輪廻の世界に終止符を打ち、お悟り(涅槃、極楽、仏)の世界に生まれ変われるという事です。

六道の内、地獄、餓鬼、畜生、修羅の世界は、四悪道(四悪趣)とも言われているように、苦しみばかりの世界であるため、菩提心を発す心の余裕がありません。

一方、自分の欲望がすべて満たされ、楽しか知らない天上界は苦しみがないため、この世界も、四悪道と同様、菩提心を発す事が非常に難しいのです。

つまり、苦もあり楽もある人間界だけが、お悟りの世界に生まれ変わりたいという菩提心を発すには、最も勝れた世界であり、道元禅師が、「生死の中の善生、最勝の生なるべし」と言われる所以もそこにあります。

様々な苦しみや挫折の苦汁を味わい、自分の人生に失望しているお方も大勢おられると思いますが、知っておいて頂きたいのは、苦しみや挫折や失望があるからこそ、お悟りの世界に生まれ変わりたいという菩提心を発す事も出来るという事です。

今まで苦しいだけだった悩みや挫折や様々な試練も、菩提心を発す為に与えられたものと分れば、かけがえのないものに変わります。

そして、それが出来るのは、人間だけなのです。あなたが感じている苦しみや試練は、あなたにしか変えられません。

結局、菩提心を発す為に与えられた苦しみや様々な試練を悟りに変え、六道輪廻の人生に終止符を打つか、それとも、苦しいままで人生を終え、果てしない六道輪廻の旅をこれからも続けていくか、道は二つに一つしかありません。

そして、それを決めるのはあなた自身なのです。

人間の本当の幸せ

あなたは、人間に生まれて何が最も幸せで有り難い事だと思いますか?

雨露がしのげる家屋敷に住める事でしょうか、それとも、好きな所へ旅行したり、美味しい料理を食べたり、衣装や化粧で着飾ったり、暖かい布団で眠れる事でしょうか?

確かにそれも幸せな事には違いありません。人間と他の生類を比べた場合、あらゆる面において、人間ほど恵まれている生類は他にいないでしょう。

しかし、立派な家屋敷に住んだり、好きな所へ旅行したり、美味しいものを食べたり、綺麗な洋服や化粧で着飾ったり、暖かい布団で眠れる事が人間の本当の幸せではありません。

人間に生まれた者にとって最も有り難い本当の幸せとは、人間に生まれて来れたお陰で、六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟り(仏)の世界に生まれ変われる事です。

これ以外に、人間に生まれて来れた最高の幸せなどあろう筈がありません。

言い換えれば、いま私達は、そのお悟りの世界に生まれ変われる千載一遇の好機を頂いているという事です。

この世の中には様々な損得といわれる出来事がありますが、この世の中で最大の損失とは何でしょうか?

株を買って大損をする事でしょうか、それとも、振り込め詐欺にあって大金を騙し取られる事でしょうか?

先日も、資産家の女性が息子を名乗る男に1億円を騙し取られる事件がありましたが、これも確かに大損かも知れません。

しかし、本当の大損とは、六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟り(仏)の世界に生まれ変われる千載一遇の好機を頂いておりながら、そのチャンスをみすみす逃してしまう事です。

生きる目的とは

もうお分かりでしょう。

私達の「生きる目的」とは、この千載一遇の好機を逃さず、六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟りの世界に生まれ変わる事であり、これこそが、人間の身を与えられた私達が発すべき本当の奇跡なのです。

これ以外に「生きる目的」などありませんし、起こすべき奇跡もありません。

法徳寺の御開創を例にお話すれば、私達は菩薩様が御入定されてから、「我は先に法徳寺へ行き、みんなが来るのを待つ」と仰せになった法徳寺御開創の聖地を探し求めて精進してきました。

御入定から10年後の平成12年12月13日、ようやくご開創の聖地が見つかり、平成16年4月に悲願であった御開創が実現しましたが、法徳寺の御開創は、決して「生きる目的」でも、起こすべき奇跡でもなく、一つの夢が実現したに過ぎません。

「生きる目的」は、あくまで六道輪廻の人生に終止符を打ち、菩薩様がおられるお悟りの世界に生まれ変わる事であり、法徳寺のご開創は、その為の大切な一つのステップに過ぎないのです。

法徳寺の御開創という夢は、実現した時点で消えてなくなりましたが、「生きる目的」というともし火は、夢が実現しても消える事はありません。

六道輪廻の人生に終止符を打ち、お悟りの世界に生まれ変わるという「人生の目的」は、いついかなる時も目の前に存在し、今もこれからも私たちを導き、進むべき道を示し続けてくれるのです。

合掌

平成28年2月8日

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法徳寺の節分

法徳寺の豆まき

2月と言いますと、大きな仏教行事が二つあります。一つは2月3日の節分、もう一つは2月15日の涅槃会(ねはんえ)です。

ご承知のように、立春、立夏、立秋、立冬という大きな季節の節目の前日を、節分と言います。

ですから、本来、節分は年に四回ある訳ですが、現在は、一年の節目という意味合いから、立春の前日だけを節分と言っています。

季節の節目は、人間の体にとっても大きな節目となるため、昔から私達のご先祖は、一年間の無病息災を祈って、様々な厄除け行事を行ってきました。

その一つが節分の豆まきですが、どのお宅でも、今日は恒例の豆まきをされる事でしょう。

昔からの慣わしに従えば、その年の恵方(縁起の良い方角)向かって「福は内」と唱え、次に恵方に背を向けて、「鬼は外」と言いながら豆まきをする事になりますが、勿論、それも間違ってはいません。

「鬼」や「魔」というのは、人間のいのちを脅かす様々な禍や病気、災難の事(外魔)であり、人間の心に巣食う執着や貪り、怒りの心(内魔)でもあります。

「鬼は外」と言う呼びかけには、様々な禍や災難を追い払い、「心の中に巣食う執着や貪り、怒りという悪魔を追い出して、福の心(慈悲心)を呼び覚まそう」という祈りが込められているのです。

「鬼も内」とお唱えする理由

しかし、法徳寺では、あえて「福は内、鬼は外」とは唱えず、「福は内、鬼も内」とお唱えしながら豆まきをします。

「鬼に入って来られては困ります」と言われるお方もいるでしょうが、困る事など何もありません。

「福は内、鬼も内」と言って豆をまく理由は、二つあります。

一つは、鬼も衆生の一人だという事です。

衆生済度をしなければならない使命のあるお寺にとって、救われなくてもよい衆生など一人もいません。

たとえ鬼であっても悪魔であっても、法徳寺に救いを求めてくる者は、すべて救わなければならない衆生です。

鬼だ、悪魔だと言って分け隔てしていては、衆生済度は出来ません。

それでは、お寺の使命を自ら放棄しているようなものですから、本末転倒です。

むしろ鬼や悪魔ほど救いを求める心が強く、一刻も早く鬼や悪魔を呼ばれる身分から救われたいと願っている筈です。

菩薩さまも常々、「すべてが救わなければならない衆生だ。鬼も悪魔も衆生の一人だから、分け隔てなくお寺に招いてあげなさい。仏法を施し、救ってあげなければいけない」と仰っておられましたが、節分が来るといつも、この言葉が脳裏に蘇ってきます。

お大師様は、
 虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば
  わが願いも 尽きなん
というお誓いを立てておられますが、鬼も餓鬼も悪魔もみな衆生の一人ですから、鬼だけを追い出していては、お大師様の御誓願も成就しません。

福と禍は表裏一体である

二つ目は、福と鬼は別々のものではないという事です。

吉祥天と黒闇天(こくあんてん)の話をご存じでしょうか。

吉祥天は福の神、黒闇天は厄病神ですが、全く敵対しているように見えるこの二人は、実は姉妹でもあります。

吉祥天が姉、黒闇天が妹で、一心同体ですから、どこへ行くのもいつも一緒です。

こんな話があります。或る日、美しい女性がやって来られ、「私は吉祥天と言う福の神です。お宅に福を授けにまいりました」と言ったので、家人は大そう喜び、「有り難うございます。どうぞお入り下さい」と言って招き入れました。

すると、その後ろから、みすぼらしい姿をした女性が入って来ようとするので、「あなたはどなたですか?」と尋ねると、「私は黒闇天という疫病神です」と名乗ったので、「疫病神に入ってもらっては困ります。どうぞお帰り下さい」と言うと、黒闇天は大笑いしながら、「先ほど入っていった吉祥天は私の姉です。私達はいつも一心同体で、どこへ行くにも一緒なのです。もし私を追い出せば、姉も一緒に出て行かねばなりません」と言って、黒闇天を追い出したら、吉祥天も一緒に出て行かれたというのです。

「吉凶禍福はあざなえる縄の如し」と言う言葉がありますが、吉も凶も禍も福も、すべて表裏一体ですから、福だけを招く事は出来ません。

おめでたい福だけを招きたいと思っても、福の裏にはいつも禍が付いて回っているのです。

福を招きたければ、禍も一緒に招く心にならなければ、本当の福は招けません。

本当の福の神は誰か?

更に深く悟ってゆけば、何が見えてくるでしょうか?

福も鬼も分け隔てなく、すべてを在るがまま受け入れ供養させて頂く心になった時、「本当の福とは何か、本当の福の神は誰か」という事が、少しずつ分ってきます。

あなたは、今まで知らなかった節分の本当の目的に気付かれるでしょう。

禍(黒闇天)と一心同体の福(吉祥天)が、あなたの求める本当の福ではありません。禍(黒闇天)と一体の福(吉祥天)は、まだ借りの福に過ぎません。福と一体の禍(黒闇天)もまた借りの禍に過ぎません。

自分にとって不都合な事も、好都合な事も、禍も福も分け隔てなく、すべてを在るがまま受け入れようという心になった時、本当の吉祥天がそこに現われます。

その吉祥天こそ、実はあなた自身であり、あなたの本当の姿なのです。

その心を成就した時、あなたは、人々に福を授ける福の神として生まれ変わっている事に気づかれるでしょう。

あなたにとって都合の良い吉祥天という福の神も、不都合な黒闇天という疫病神も、実はあなたを福の神に生まれ変わらせる為の借りの姿だったのです。

節分は、あなた自身の中に眠る福の神を目覚めさせるための年に一度の大切な儀式であり、一年が始まる立春の前日こそが、福の神に生まれ変わる日(節が分れる日)に相応しいと考えたからこそ、我々のご先祖は、親から子、子から孫へと、節分の行事を伝え、お祝いし、祈りを捧げてきたのです。

菩薩さまが、あえて「法徳寺は、”鬼も内”だ。鬼もお招きしなければいけない」と仰ったみ心の裏には、深いお悟りと、「節分は福の神に生まれ変わる日である事に気付いて欲しい」という祈りが隠されていた事が、今になればよく分ります。

合掌

平成28年2月3日

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生きる目的を見失っているあなたへ(2)

人間の身を与えられた事の意味

いつの時代であっても、どこに居ても永遠に変わる事のない普遍的な生き方(生きる目的)とは何かを考える上で、どうしても確認しておかなければならない事が一つあります。

それは、ありとあらゆる生き物が生息しているこの世界に、あなたも私も、人の身を与えられて生まれて来れたという事実です。

何故そんな事を聞くのかと言いますと、人間に生まれて来れた事の意味を知る事は、普遍的な生き方(生きる目的)を知る上で避けて通れない道だからです。

更に言うならば、人間に生まれて来れた事の意味が分れば、自ずと自己の正体も、魂の出処も、普遍的な生き方とは何かも見えてきます

ですから、どうしても人間に生まれて来れた事の意味を確認しておかなければならないのです。

万劫にも受け難きは人身なり

人間に生まれて来れた私達にとって、人の身を与えられたという事実は、至極当たり前の既成事実であり、ただの偶然に過ぎないと思われるかも知れませんが、人間に生まれて来れた事は当たり前でも、ただの偶然でもありません。

仏教では、人間に生まれて来れた事は、当たり前でも、ただの偶然でもなく、奇跡とも言うべき稀有な出来事と捉えられています。

それを象徴的に現しているのが、「万劫(まんごう)にも受け難きは人身なり」という言葉です。

「万劫」とは、聞きなれない言葉だと思いますが、時間の長さを現す言葉で、「劫(こう)」とは、梵語のカルパ(kalpa)を音写した「劫波」から来ています。

『大智度論』という書物によれば、一劫(いっこう)というのは、四十里四方の巨大な岩石があると仮定し、百年に一度、天女様がこの地上へ舞い降りて来られ、その岩石を薄い羽衣で一度だけ拭います。百年毎に一度ずつ拭っていって、その岩石が擦り切れて無くなるのに要する期間(磐石劫)を一劫と言います。

或いは、芥子粒を四十里四方の巨大なお城の中に満たし、百年に一粒ずつ取り出して、城に満たされた全ての芥子粒が無くなるのに要する期間(芥子劫)とも言われていますが、これを見れば、一劫という期間が、気の遠くなるほどの悠久の時間を現している事が分かります。

一劫でさえそうなのですから、万劫ともなれば、想像も出来ないほどの無限の時間と言ってもいいでしょう。

それほど気の遠くなる悠久の時間を待っても、人間に生まれてくるのは難しい事を喩えたのが、まさに「万劫にも受け難きは人身なり」という言葉なのです。

いのちの相続という奇跡

しかし、この世に人間として生まれてくる事の難しさは、万劫という気の遠くなるような期間の長さだけではありません。

人間に生まれてくる為には、更に二つの奇跡にめぐり合わなければなりません。

一つは、いのちの相続という奇跡、もう一つは、いのちの淘汰という奇跡です。

私が生まれてくる為には、父母(両親)がいなければなりません。その父母が生まれてくる為にも、またそれぞれ二人ずつの父母がいなければなりません。さらにその父母たちにも、それぞれの父母がいなければなりません。

こうして、過去へ、過去へと遡っていきますと、私という一人の人間が生まれてくる為には、計り知れない数の父母がいなければならなかった事が分ります。

仮に一組の男女が一人の子供を産んだと仮定すると、10代遡れば、1024人の父母が、20代遡れば、104万8576人の父母が、30代遡れば、10億 7374万1824人の父母がいた事になります。

その無数の父母の内、一人でも欠けていれば、私もあなたも今ここには居ません。

親から子、子から孫へと、何世代にも亘って、いのちの相続という奇跡が、一度も途絶える事なく受け継がれてきたお陰で、私もあなたも、いまここに人間として生きていられるのです。

いのちの淘汰という奇跡

私が人間に生まれて来られたもう一つの奇跡は、いのちの淘汰という奇跡です。

人の男子の精巣では、10才くらいから精子が作られ始め、1日に約5千万~1億個ほどの精子が作られていきます。仮に70歳まで生きると仮定すれば、一生のうちに作る精子の数は、約1兆から2兆個もの膨大な数になります。

70年の人生の中で、1人の子供を産んだとすれば、受精して生命として誕生する事のできる精子は、1兆~2兆個のうちの、たった1個に過ぎません。

1回の射精で放出される約1億から4億個の精子が卵子に到達するまでには、更に幾多の試練を乗り越えなければなりません。そして、厳しいいのちのサバイバルレースを勝ち抜いた、たった1個の精子だけが、晴れて受精できるのです。

その1個の精子は、数億個の中から選ばれたエリートと言ってもいいでしょうが、私もあなたも、その数億個の中から選ばれ、この世に生まれてきた、まさにエリート中のエリートなのです。

精子と同じように、女性の卵巣でも、10才くらいから卵子を作り始め、約1か月に1つずつ卵子を輸卵管に放出します。

女性が一生のうちに排卵できる卵子の数は大体決まっていて、約500個程度だそうですが、実際に受精出来るのは、精子と同じように、たった1個の卵子に過ぎません。

一生のうちで、受精できなかった精子の数が1兆9999億9999万9999個、受精できなかった卵子の数が499個もある事を考えると、私やあなたの肉体に脈打ついのちは、いのちの淘汰という幾多の試練の中で、受精できなかった無数の精子と卵子に助けられ、背中を押されて生まれてきた、まさにかけがえのない光り輝くいのちである事が分ります。

何が言いたいのかと言いますと、「自分の生きる目的とは何か」を知りたければ、先ず、人間に生まれて来れた事は当たり前でも、ただの偶然でもなく、この上もなく有り難い奇しきご縁にめぐり逢えた賜物であり、奇跡と言っても過言ではない事を知っておいて頂きたいという事です。

合掌

平成28年2月1日

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生きる目的を見失っているあなたへ(1)

人はパンのみにて生くる者に非ず

法徳寺のWebSite『救いの扉』を訪問して下さった皆様から、よく悩み事に関する人生相談メールを頂きますが、それらのメールには、必ずと言っていいほど「生きる目的が分らなくなりました」「生きる希望を失いました」「人生のどん底に居ます」「万策尽きました。死にたいです」等々の文言が並んでいます。

人生相談メールを送って来られる皆様の多くが、口々に「生きる目的が分らなくなりました」という悲痛な叫びをあげておられるのを見る度に、つくづく人間にとって「生きる目的とは何か」を考えさせられます。

「人はパンのみにて生くる者に非ず」という言葉があるように、人生の目的は、ただ衣食住を満たす為だけにあるのではありません。

しかし、改めて「何の為に生きているのですか?あなたにとって生きる目的とは何ですか?」と問われて即座に答えられるお方も、そう多くはいないだろうと思います。

「生きる目的」の中味が曖昧なまま、いくら「生きる目的」について考えてみても、余り意味がありません。

だからこそ、先ず「生きる目的」の意味を知っておく必要がありますが、実のところ「生きる目的」ほど、曖昧で捉えどころのないものはありません。

人生相談メールを頂く中で気付いた事が一つあります。

それは、多くの皆様が、「生きる目的」と「夢を実現する事」を混同しておられるという事です。

もし夢を実現する事が「生きる目的」であるなら、夢を実現できなかった人は、「生きる目的」を見失う事になります。

そればかりか、実は夢を実現した人でさえ、夢を実現した段階で「生きる目的」を失う事になるのです。

つまり、夢の実現を「生きる目的」と捉えている限り、夢が実現してもしなくても、遅かれ早かれ「生きる目的」を見失ってしまう事は、前もって分っているのです。

人生相談メールの中に書かれている「生きる目的が分らなくなりました」「生きる希望を失いました」等々の言葉は、まさに「生きる目的」と「夢の実現」を混同する中から必然的に出てきた言葉と言っていいでしょう。

夢と「生きる目的」の違い

「生きる目的」については、百人百様の考えがあろうかと思いますが、少なくとも、自分の思い描いた夢が実現するか否かに拘らず、常に目の前にあって、私達を導いてくれるものでなければなりません。

つまり、夢の成否は、実現するか否かによって左右されますが、「生きる目的」は、夢のように、実現の成否によって左右されるよう変転極まりないものでは決してないという事です。

子供の頃は、誰もがみな自分の将来像を思い描きながら、夢の実現に向かって歩んでいこうと考えるものです。

男子は、パイロット、医師、政治家、弁護士、実業家、野球選手、サッカー選手など、女子は、保母さん、看護士さん、モデルやタレントなど、様々な将来像を胸に膨らませながら成長していきますが、いかなる将来像であっても、それは実現したい夢に過ぎません。

それに対し「人生の目的」とは、将来の夢が何であれ、どのような職業に就こうが、どのような人生を歩もうが、その成否に左右される事のない、どんな夢の中にも必ず一貫して流れている普遍的なものです。

就く職業によって変わったり、実現しなかったからと言って無くなってしまうものでは決してなく、そんな変転極まりないものは、「生きる目的」とはなりえません。

夢は、時代や年齢や環境の変化によって次々と変わりうる可能性を秘めていますが、「人生の目的」は、どこに居ても、何年経っても、夢の成否に拘らず、決して変わる事のない普遍性を持っているのです。

そこが、「夢」と「人生の目的」の根本的に違うところで、人生相談メールを送って来られる皆様の多くが、「分らなくなりました」「見失いました」と仰っておられるのは、実は「生きる目的」ではなく、思い描いていた夢が挫折し、これからどんな夢を描いて生きていけばよいのか分らなくなっているだけなのです。

ですから、「生きる目的」を見失ったと思い込み、悲観する必要は全くありませんし、挫折感を味わう事もありません。

たとえ一時的に叶えたい夢が挫折し、将来像が見えなくなったとしても、「生きる目的」は、今も目の前に厳然と存在し、私やあなたを導いてくれているのです。

自分の正体

夢が実現するか否かに拘らず、いつも目の前に存在し、私やあなたを導いてくれている普遍的な生き方(生きる目的)とは何でしょうか?

お大師様は、『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』という書物の中で、
 三界(さんがい)の狂人は狂せることを知らず
 四生(ししょう)の盲者は盲なることを識(さと)らず
 生まれ生まれ生まれ生まれて、生(しょう)の始めに暗く
 死に死に死に死んで、死の終りに冥(くら)し

と説いておられますが、普遍的な生き方(生きる目的)を知る為には、自分の正体を知り、魂の出処を知らなければなりません。

何故なら、自分の正体を知り、魂の出処を知る事が出来れば、普遍的な生き方(生きる目的)も自ずと明らかになり、たとえ夢に挫折しても、いかなる困難に遭遇しても、「生きる目的」を見失う事はないからです。

私達は一体何者なのか?何処から来て、何処へ帰っていくのか?

恐らく大多数の方々が、今日まで、自分の正体について深く考える事もなく過ごして来られたのではないでしょうか。

それは、自分自身と対峙せざるを得ないほどの困難な状況に遭遇して来なかったという意味では、幸せだったと言えるかも知れません。

しかし、自分の正体を知るご縁に恵まれなかったという意味では、不幸だったとも言えます。

その好例が「生きる目的が分からなくなりました」という人生相談メールを送って来られた皆様で、表面的に見れば、不幸な状況に置かれているように見えますが、実はいま自分自身と向き合わなければ前に進めない状況に置かれているという意味では、幸せな皆様でもあるのです。

何故なら、ようやく自分自身と対峙し、その正体を知るご縁が巡ってきたからです。

人生のどん底に墜ちてよかったですね!

多くの皆様が、「生きる目的が分らなくなった」と言って悲観しておられる姿を見る度に残念でならないのは、自己の正体を知る又とないご縁が巡ってきているのに、ご縁を生かすどころか、無にしようとしておられる事です。

「生きる目的」が分らなくなっている今だからこそ、「生きる目的とは何か、自分は一体何者なのか」を深く探求し、自己の正体を知る又とない機会なのです。

ですから、「生きる目的が分らなくなりました」「人生のどん底に居ます」と言われる皆様には、いつもこう申し上げています。

「生きる目的が分らなくなりましたか。結構ではありませんか。人生のどん底に居られますか。よかったですね。これでようやくあなたにも、自分自身と対峙するご縁が巡って来たのです。素晴らしい事です。どうかこのご縁を大切になさって下さい!」

勿論、ご縁が巡ってきたからといって、このご縁を千載一遇の好機と捉え、自らこのご縁を生かしてゆく努力をしなければ、一歩も前には進めませんし、願うような結果など望むべくもありません。

すべては、どこまで真剣に道を求め、現状を打破したいと思っているか、その一念にかかっているのです。

変わるべき千載一遇の好機が到来している今だからこそ、心の扉を開かなければなりませんが、その扉を開ける鍵を握っているのは、あなたなのです。

合掌

平成28年1月27日

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法徳寺のお餅つきは何故29日なのか!

9に対する人間の様々な思い

今日は、毎年恒例の餅つきの日です。

「昔ながらの臼と杵を使って」と言いたいところですが、フル稼働しているのは、二台の餅つき機です。ご本尊様へのお鏡餅を沢山つかないといけないので、この日ばかりは、餅つき機様々です。

さて、29日は「苦餅」につながるからと言って、この日を避けるお宅が多く、世間の一般常識ではそうなっているようですが、法徳寺では、毎年12月29日を餅つき日と決めています。

何故敢えて「苦餅」につながる29日を選ぶのか?

答は簡単です。「9=苦」とは考えていないからです。

例えば、陰陽師・安倍晴明でお馴染みの陰陽道では、万物を奇数(陽)と偶数(陰)に分け、陽の極数(最大奇数)である9は、最も縁起の良い数字と言われています。

相輪

五重塔や三重塔や多宝塔の天辺に、天に向かって立っている相輪(そうりん)に付いている輪も、九つあります。

九輪(くりん)とも言われるのはその為ですが、もし「9=苦」であるなら、み仏をお祀りする塔の天辺に、わざわざ縁起の悪いものを据える道理がありません。

陽の極数が二つも重なる9月9日は、五節句の一つ「重陽の節句」で、古来お目出度い日とされています。

また、「苦餅」につながるという理由で避けられる29日を、「ふくび(福日)」と読み替える事も出来、29日につくお餅は「苦餅」ではなく、逆の「福餅」という事になります。

もし29日は「苦餅」につながるから避けた方がよいと思うなら、29日のお餅つきは、「苦を尽く」、つまり「苦しみを尽きさせるお餅つき」という意味合いを込めて行えばよいのです。

このように、苦につながると考えられている29日が、見方を変えれば、お目出度い数字に大変身するのです。

何故そうなるのかと言えば、「9=苦」とは決まっていないからです。

と言うより、9はただの数字の9に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもありません。

それは、7がただの7であり、8がただの8であるのと同じです。

しかし、世間では、7はラッキーセブン、8は末広がりで、共に縁起がよいとされ、9は苦につながるから縁起が悪いとされているのです。

一体誰が、ただの数字に過ぎない7や8はお目出度くて、9は苦につながるから縁起が悪いと決めたのでしょうか。

勿論、私達人間です。犬や猫が、9を嫌がったり、8を目出度いと言って喜んでいる姿を見た事がありませんから、人間だけと断言してもいいでしょう。

ている訳では、勿論ありません。人間が、勝手に「9=苦」と考えて、忌み嫌っているだけなのです。

幽霊の正体

勿論、苦を避けたいという気持ちは、万人共通の思いであり、それを否定するつもりはありません。そういう私自身が、実は誰よりも苦を避けたいと願っている一人でもあるのです。

しかし、幾ら苦を避けたいと願っても、苦の方から避けて通ってくれる訳ではありません。

もし苦の方から避けてくれるなら、この世で苦しむ人は一人もいないでしょう。

それどころか、現実は、苦を避けたいと思っている人のところにこそ。望まぬ苦が近寄ってきているのではないでしょうか。

お餅つき

その証拠に、長年29日に餅つきをしてきましたが、「9=苦」と思っていない私達のところへは、何故か疫病神も近づいてきてくれません。

何故なのでしょうか?

この答えも簡単です。9という数字が、苦を招いている訳ではないからです。

苦を引き寄せているのは、実は、「9=苦」と考え、9を忌み嫌う私達の気持ちなのです。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という俳句があります。怖い怖いと思っていると、何でも怖いものに見えてくるという譬えです。

「苦でも何でもお越し下さい」と思っている人のところには、苦はやってきたくても来れません。何故なら、その気持ちがある人にとって、苦はもはや苦とはなりえない無害なものとなっているからです。

お化け屋敷に入っても怖がらない人がいますが、幽霊役の人にとって、これほど嫌なお客はいないでしょう。怖がらせなければいけないのに、怖がってくれないのですから、幽霊の出る幕がありません。

「苦でも災難でも、どんなに不都合な事でも全て受け入れます」と腹をくくった人の勝ちです。何事も在るがままを受け入れられる気持ちを持った人ほど、強いものはありません。

疫病神は、そんな人の所にはやってきません。

疫病神に魅入られるのは、それを恐れ、苦を忌み嫌っている人の方なのです。

お鏡餅を供える心構え

ご存じのように、お鏡餅は、三種の神器である鏡を模したもので、年神様(としがみさま)が宿る依り代(よりしろ)です。

年神様は、新しい年の幸福をもたらす福の神様で、その福を頂くという意味から、お正月には、家族揃って、年神様の福が宿る鏡餅をお雑煮にして頂くのが、古くからの慣わしです。

お鏡餅

天照大神の依り代である鏡は、福の神の象徴であると同時に、私達の心をありのままに映し出すものでもありますから、鏡を象徴する鏡餅を作り、お供えする心構えが、とても大切なのです。

つまり、「疫病神はお断りです。福の神様だけお越し下さい」という自己中心の分別心ではなく、「疫病神様も福の神様もすべて受け入れますからどうぞお越し下さい」という大いなる慈悲の心、無分別の心を込めてお供えするのがお鏡餅であり、その心を待っておられるのが年神様なのです。

何故なら、それこそが、福を呼び寄せる心だからです。

29日は、その大切な気持ちを再確認させて頂く日であり、お餅つきは、その気持ちをお鏡餅に込めて、ご本尊様にお供えする準備をする大切な行事なのです。

世間では「苦餅」につながるから避けた方がよいと言われる29日のお餅つきですが、法徳寺では、いまお話した理由から、新しい年を迎える心の準備をする為にも、29日にするのが最も相応しいと考え、毎年この日にお餅つきをしているのです。

合掌

平成27年12月29日

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第二の矢を受けず(3)

信じて行じる事の大切さ

「行信一如(ぎょうしんいちにょ)」という言葉をご存じでしょうか。

これは、文字通り、信心と修行(実践)は一体であり、信心の裏づけのない修行も、修行を離れた信心もないという意味です。

残念ながら、ご相談者の男性が一時間余りかけてされた御回廊廻りの行は、結果を見る限り、ただ廻らされただけで、信心に裏付けられた行ではなかったと言わざるを得ません。

各地の寺院を訪ねて悩み事を相談され、様々な修行もしてこられたようですが、その中で、この男性が藁(わら)をも掴む思いですがった教えが幾つもあった筈です。

しかし、『法句経』に「茅(かや)を掴みそこぬればその手を傷つくるが如く、あやまれる求道は人を破滅にみちびく」と戒められているように、藁をもすがるつもりで掴んだ教えが、この男性にとって藁ではなく、萱だったのかも知れません。

何故なら、自分の思い通りに行く事のみが神仏のご利益であり、思い通りに行かない事は、すべて悪因縁(怨念)の仕業だと思い込んでおられるからです。

信仰は取引ではない

世間には、この男性のように、信仰すれば、その日から何もかも自分の思い通りになり、ばら色の人生が開けると誤解しておられるお方が少なくありません。

信仰とは何の為にするのでしょうか?自分の願いを叶える為でしょうか?それとも、自分にとって不都合な相手や、不都合な出来事を変える為でしょうか?

残念ながら、それは信仰とは言いませんし、修行とは、そんな事をする為のものではありません。

「これだけお布施をしたから、その見返りを下さい。これだけの修行をしますから、願いを叶えて下さい」

百人いれば百通りの願いがあり、千人いれば千通りの期待があり、様々な願いや期待をかけられる神仏のご苦労を思うと、何ともやり切れない気持ちになりますが、願いを叶えたいという期待を持って神仏を拝む行為は、近くのスーパーでお金を払って商品を買うのと同じで、信仰ではなく、ただの取引に過ぎません。

この男性がされた夢殿の御回廊廻りの行も同じで、何らかのご利益を期待した取引であったと言わざるを得ないでしょう。

そのような取引の行では、何時間しても、望むような結果が出る筈はありません。

大切な事は、仮に不都合な結果しか頂けなかったとしても、それをどのように受け止め、悟りに変えさせて頂くか、一時間の御回廊廻りの行を受け止めて下さったからこそ、心を育て、生まれ変わらせたい為に、あえて試練を与えて下さったのだと悟らせて頂くか、それとも、こんなに修行したのに、何のご利益も頂けなかったと言って、神仏を仇敵のように罵るか、進むべき道は一つしかありません。

どちらの道が神仏のみ心に適っているかは明らかですが、その道理が分からなければ、今までと同じ事を繰り返すだけで、次のステップへは一歩も進めません。

厳しい言い方ですが、お釈迦様が説かれた六道輪廻(注1)の世界を果てしなくさまよい続けて、生涯を終えるだけでしょう。

真の信仰とは

何度もお話しているように、信仰とは、み仏を利用して、自分の私利私欲を叶える為の手段(道具)ではありません。

真の信仰とは、み仏の願いを悟り、そのみ心に叶う人間に生まれ変わる事であり、そうなった暁に頂けるのが、救いという本当のご利益なのです。

言うまでもありませんが、その救いを頂く為には、様々な試練を乗り越え、産みの苦しみをしなければならない時もあります。

それらの試練は、今までの生き方、考え方を根本から変えなければ、とても乗り越えられないでしょう。

生き方、考え方を変えなくても乗り越えられる試練は、試練ではありません。

世の中には、信仰にご縁のあるお方もいれば、信仰とは全く無縁のお方もおられますが、信仰とは、生まれ変わる為に与えられる様々な試練を乗り越えさせて頂く上で欠かせないものです。

試練を乗り越えさせて頂く為の道しるべですから、信仰したからと言って、すぐ何もかも思い通りにいく訳ではありません。

むしろ、思い通りに行かない事の方が多く、だからこそ、その中で揉まれ、魂が浄化され、いかなる苦難に遭遇しても動じない不動の心が作られていくのです。

もし信仰してすぐに何もかも思い通りに行ったとすれば、それこそ大難の前兆と受け止めた方がいいでしょう。

二つのグループ

何もかも自分の思い通りに行っている時は、誰でも「有り難い。神仏のお陰だ」と言って、信心深い人間の振りをしていられますが、自分にとって不都合な試練を頂いた時は、そうはいきません。

この男性も、自分の思い通りの結果が出ていれば、「お参りしてよかった」と言っていられたのでしょうが、不都合な結果が出た為に、そうはいかなくなったのです。

この時、人々は二つのグループに分かれます。

一つは、どんなに不都合な結果も在るがまま受け止め、その意味を悟って感謝の誠を捧げ、どんどんみ仏の心に適っていく人です。

つまり、自分にとって不都合な出来事であっても、そこに隠されたみ仏のお計らいの意味を悟り、「尊いお計らいを頂き、感謝いたします」と拝めるまでの心を養ってゆける人です。こちらのグループの人は、悟りと喜びの波紋が次々と広がり、どんどん救われていく人です。

もう一つのグループは、これだけ信仰したのに、これだけ修行したのに、これだけお布施をしたのに、自分の思い通りに行かないと言って信仰不信に陥り、神仏を仇敵のように思い、益々自分を苦しめていく人です。

どちらのグループが多いかと言えば、圧倒的に二番目のグループです。何故なら、信仰を、自分の願いを叶える手段(取引の道具) と勘違いしているからです。

皆さんは、いまどちらの側におられるでしょうか?そして、どちらの側に入りたいと思っておられるでしょうか?

それを決めるのは、神仏ではありません。皆さんご自身です。

自己中心の信仰から仏中心の信仰へ

かつては私もそうでしたが、初詣に行っても、お寺や神社へお参りしても、自分の願いを叶えるための自己中心の信仰でした。

と言うより、それが信仰だと思い込んでいました。

しかし、少しずつ悟りを深めていく内に、真の信仰とは、自分の願いを叶える為ではなく、神仏の願いを悟り、神仏のみ心に適う人間として生まれ変わらせて頂く為にするものだという事が分ってきました。

そうならない事には、本当のご利益はいただけない事も分りました。

世間には、初詣に行って沢山お布施をしたから、商売が繁盛した、子供も授かった、願いも叶ったと言われるお方もおられるでしょうが、確かに神仏が、本当の信仰に目覚めて欲しい為に、方便として一時的に願いを叶えられる事もあります。

人間にはみな欲がありますから、「あそこの神様を信仰すれば商売が繁盛しますよ。こちらの仏様を信仰すれば子供を授けて頂けますよ」と言われれば、信仰心がなくても欲に釣られてお参りします。

お参りしている内に、信仰心に目覚め、悟りも少しずつ深くなり、やがて本当のご利益とは何かに目覚めるご縁もめぐってきます。

欲の深いお婆さんを信仰に導く為、観音様が牛に姿を変えて、お婆さんの大事にしている布を角に引っ掛けて善光寺まで導いたという「牛に引かれて善光寺参り」の諺があるのは、その為です。

しかし、み仏が与えたい本当のご利益は、様々な欲望を満たす事ではなく、それを越えた魂の救済である事を忘れてはなりません。

菩薩様が、『涙の渇くひまもなし』の中で、
阿弥陀・薬師と変われども
  同じ心の 仏なり
  大悲のほかに 何もなし
と詠っておられるように、この願いは、お釈迦様であろうが、阿弥陀様、お薬師様、お地蔵様、観音様であろうが、神様であろうが変わりありません。

お大師様が、「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、わが願いも尽きなん」との御誓願を立てておられるのも、菩薩様が、「われは仏法を根本として無常の道理を納得させ、布施行の実践を教え、導く事を誓うものなり」とのお誓いを立てておられるのもみな同じで、魂を病む衆生を救済する以外にはないのです。

合掌

2017年11月28日

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第二の矢を受けず(2)

変わるべきは相手よりも先ず自分

ご相談者の男性は、ご家族の事で悩みを抱え、ご家族の心を何とか変えたいと、その手立てを求めて、各地の寺院を転々としながら修行を重ねて来られたようですが、恐らく世の中の大多数の方が、この男性と同じように、問題を解決する為には、先ず問題を起している相手の心を変えなければいけないと考えるのではないでしょうか。

しかし、相手に変わって欲しいと願うなら、その前にまず自らが変わる事を考えなければ、問題の根本的解決にはつながりません。

たとえ相手(家族)が自分にとってどんなに不都合な相手(家族)であっても、その不都合な相手(家族)との因縁を解き、拝めるまでの心になる事が先決なのです。

何故なら、不都合な結果も、不都合な相手も、自らが背負っている因縁によってもたらされたものだからです。

不都合な相手と家族にならなければならない因縁を、自らが作ってきている以上、その因縁を棚に上げたまま、いくら相手の非を責め、その心を変えようとしても、何の解決にもなりません。

不都合な因縁は、先ずその因縁を受け入れ、自らが変わっていく事によってのみ解けてゆくのです。

勿論、その道理をただ頭で理解しただけでは、不都合な相手(因縁)を受け入れられるようにはなりません。

その不都合な相手が実は不都合な相手ではない事を悟り、その相手でなければ自分が背負う因縁は解けない事を、心の底から納得し、拝めるまでの心にならなければなりません。

不都合としか思えない相手は、自分が背負う因縁を解く為に欠かせない存在である事が分かれば、自分が相手に苦しめられているのではなく、実は因縁を背負う自分が相手を苦しめているのだという事も分かってきます。

そして、今まで「家族が自分を苦しめているのだ」と誤解していた事への懺悔の気持ちと、「自分が罪深いために、家族みんなに苦労をかけているのだ」と言う家族への感謝の心が、自然に湧いて来るのです。

しかし、真相を悟れなければ、「苦労をさせられているのは自分の方であり、相手(家族)から懺悔と感謝をしてもらわなければいけない」という考え方しか持てません。

常識を超えた世界

これを、病人と病人を介護する人に譬えれば、「介護をされている病人が、介護してくれている人に感謝をするのが当たり前」という世間の常識的な考え方とは全く逆になります。

つまり、病人(介護される人)より病まれる人(介護する人)に因縁があるのだから、病まれる人が病人に懺悔と感謝をしなければ、背負っている因縁は解けていかないという事です。

何故自分は病まれ、介護しなければいけないのかという事の道理(真相)に目覚め、病んで下さっている内に、因縁を解かせて頂かなければならないのです。

病人に対し、懺悔と感謝の心を持って介護する事が出来れば、因縁を解く事も不可能ではありませんが、逆に懺悔と感謝を求める心がある内は、因縁を解く事は難しいでしょう。

そこまでの心に変わらなければ、自ら背負う苦しみの因縁は解けていかないのです。

勿論、これは、真相を悟って初めて見えてくる世界であり、真相を悟るまでは、心の底から納得する事は難しく、納得出来るまで、様々な試練の行が続く事は言うまでもありません。

試練の行である以上、自分の思い通りにいかない事や不都合な結果に見舞われる事も多々あり、その事をしっかり心に留めておかないと、思い通りにいかないと言っては神仏を逆恨みし、更なる罪を重ねていかねばならなくなります。

その試練の行を乗り越えられた人のみが、不都合な相手(家族)を拝めるまでの心を成就し、晴れて苦しみの因縁から救われ、真の勝者となれるのですが、その為には、仏法による導きが欠かせません。

残念ながら、世の中には、折角仏法の導きがあっても、それを受け入れる事が出来ず、法に反発するお方もおられます。

お釈迦様は、それらの人々を、「縁なき衆生は度し難し」とおっしゃっておられますが、改めて、この言葉の持つ意味を噛み締め、深く味わいたいものです。

間違っていた御来山の目的

翌日、ご相談者の男性からメールが送られてきました。お礼のメールと言いたいところですが、そうではありませんでした。

法徳寺からの帰途、早速、試練のお計らいを頂かれたようで、メールには、為す事全てが自分の思い通りにいかなかったと、怒りの言葉が記されていました。

JR中央本線・日野春駅は、法徳寺から車で7~8分、徒歩で40~50分程の所にありますが、どこをどう歩いて帰られたのか、四倍近い3時間もかかった為、楽しみにしていた夕方のイベントに間に合わなかった事、頭痛を発症して他の人の仕事を手伝ったのに周りから非難を浴びた事、買ったばかりのイヤホンが片側聞こえず不良品だった事などを列挙され、一時間かけた回廊廻りの行が無駄だったと結論付けておられます。

「苦しめているご家族を拝めるまでの心になって下さい。ご家族の心を変えたければ、まず自分が変わらなければいけません」とお話した事も、全て綺麗事に過ぎないと感じられたようです。

恐らくこの男性は、法徳寺にお参りし、御回廊廻りの行をすれば、すべてが自分の思い通りになると期待しておられたのでしょう。

しかし、その期待は見事に裏切られ、すべてが正反対の結果となった為、御回廊廻りの行は無駄だったと、怒りのメールを送って来られたのですが、これでは元の木阿弥で、法徳寺へ来られる前と何も変わっていません。

何故変わらなかったのでしょうか?

その理由は、お参りの目的にありました。

法徳寺へ帰郷されるご同行の皆様は、みなご自分を変える為に来ておられます。恐らくこの男性も、その目的で来られたのだろうと思い、自分を変えるにはどうすればよいかについて、詳しくお話させて頂いたのですが、送られてきたメールを拝見する限り、ご自分を変える為ではなく、不都合なご家族や不都合な環境を変えたい為のお参りだったようです。

ところが、法徳寺からの帰途、不都合な出来事ばかり起こり、自分が期待した結果にならなかった事から、怒りのメールを送って来られたのですが、残念ながら、これでは、期待したご利益が頂ける筈がありません。

この男性が法徳寺へ来られた目的が、最初から間違っていたのです。

思い通りにいかなかった本当の理由

もしこの男性がご自分を変える為に来られたのであれば、為すべき事は一つしかありません。即ち、自分の思い通りにいかなかった時、それをどのように受け止め、どう悟っていくかという事です。

お参りされた当日、乗る予定だった30分前の電車に乗り遅れた事を、悪因縁や怨念の仕業と捉えておられましたが、法徳寺からの帰途、全てがご自分の思い通りに行かなかった事も、電車に乗り遅れた事と全く同じです。

ご相談者の男性は、夢殿の御回廊廻りの行をしたのに、思い通りにいかなかったから、無駄だったと結論付けられたのですが、菩薩様の教えを受けているお方は、このような場合、この男性とは正反対に、「御回廊廻りの行をしたからこそ、何もかも思い通りに行かなかったのだ。早速、菩薩様から試練のお計らいを頂いたのだ」と悟っていかれます。

夢殿

何故なら、思い通りにいかなかった事をどのように受け止め、心の中で消化し、悟りに変えていくかを学ぶ事が、自分を変える為には避けて通れない道である事を知っておられるからです。

そもそも信仰のご利益とは、何もかも自分の思い通りになる事ではありません。

勿論、たった一度御回廊廻りの行をしただけで、人生がばら色に変るものでもありません。もしそうであるなら、この世に苦しむ人など一人もいないでしょう。

神仏を信仰する上で大切な事は、思い通りに行かなかった時、心がどのように動くかという事です。

本当の信仰が成就出来るか否か、救われるか否かは、思い通りに行かなかった時、それをどのように受け止め、自らの悟りに結び付けていくか、そして、どんな事があっても動じない不動の信心を確立する為にそれを生かせるか否かにかかっています。

そこを乗り越えない限り、不動の信心は確立できませんし、人生も好転しません。ましてや、自分が背負っている因縁が解ける筈はありません。

合掌

2017年11月28日

mixiチェック

第二の矢を受けず(1)

お釈迦様と男の対話

或る日、多くの人々から尊敬を集めているお釈迦様の事を妬ましく思う男が、お釈迦様に恥をかかせようと、人々が見ている前で罵詈雑言を浴びせかけました。

「罵詈雑言を浴びせれば、腹を立てて罵詈雑言を返してくるに違いない。そうすれば、お釈迦様を尊敬している人々も見捨てて去っていくだろう」と思ったのです。

ところが、お釈迦様は、腹を立てるどころか、ただ心静かに聞いておられるだけでした。

その内、罵詈雑言を浴びせていた男の方が疲れ果ててしまい、「これだけ言っても、何故腹を立てないのだ」と言って、その場に座り込んでしまいました。

お釈迦様は、その男にこうおっしゃいました。

「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は一体誰のものであろうか」

その男は、 「言うまでもないだろう。相手が受け取らなかったら、贈ろうとした者のものだ。分り切った事を聞くな!」 と答えましたが、そう言った瞬間、ハッと気が付いたのです。

間髪入れず、お釈迦様は、こうおっしゃいました。

「その通りだよ。今、あなたは私のことをひどく罵った。でも、私はその罵りを少しも受け取らなかった。だから、あなたが言った言葉はすべて、あなた自身が受け取ることになるのだよ」

仏教に、「第二の矢を受けず」という言葉があります。

男から浴びせられた罵詈雑言は、第一の矢です。もしお釈迦様が、「目には目、歯には歯」とばかりに、その罵詈雑言に対し、同じように罵詈雑言を返していれば、第二の矢を受けた事になります。

しかし、お釈迦様は、第二の矢を受けませんでした。その罵詈雑言をそのまま腹に収め、悟りに変えて、浄化されたのです。

お釈迦様が受け取らなかったその罵詈雑言は誰のものになるのでしょうか?

言うまでもありません。そのまま、その男に返っていくのです。

以前、お四国霊場へ行った時、同じような体験をした事があります。

托鉢姿で宇和島市内の国道を歩いていると、対向車線を走ってきた一台の車が私の側に横付けし、いきなり「真言亡国、四国へ来るな!」と叫びながら絡んで来たのです。

少しお酒を飲んでいる様子で、赤ら顔の男性を、助手席の女性が懸命になだめていましたが、なにやら訳の分らない事を言いながら、走り去って行きました。

「真言亡国、四国へ来るな!」という言葉が、まさに「第一の矢」です。

しかし、私は、「真言亡国、四国へ来るな!」と言われても、その言葉を受け取りませんでした。「第二の矢」を受けなかったのです。

菩薩様が残されたお悟りの歌を集めた『道歌集』の中に、
 わが意には 添わぬと法に弓引けば
   業の毒矢は 己れを射(いっ)す
という歌がありますが、まさにその男性が私に放った第一の矢は、私に当らず、矢を放ったその男性に跳ね返っていったのです。

み仏の心を象徴する蓮華

「第二の矢を受けず」という教えを象徴しているのが、み仏が台座としておられる蓮華です。

蓮華は、汚れた泥沼に根を張りながら一切染まらず、世にも綺麗な花を咲かせます。それは、蓮華自体が、あらゆる汚れを濾過する力を持っているからです。

蓮華が根を張る泥沼は、譬えれば、お釈迦様や私が浴びせられた罵詈雑言です。蓮華がいかなる汚れにも染まらないように、どんなに罵詈雑言を浴びせられても、どんな憎しみの言葉をかけられても、それに染まらず、浄化して世にも綺麗な菩提(悟り)の花を咲かせるのが、み仏の心です。

目には目、歯には歯、仇には仇を返していては、菩提(悟り)の花は永遠に咲きません。

蓮華は、どんな穢れにも染まらず浄化し、その相手さえも包み込み、怒りや憎しみを浄化し、憎い相手を拝めるまでの慈悲の心を養う事の大切さを教えているのです。

これは、菩薩様が説かれた「因縁を解く」道でもあります。

様々な因縁が絡み合って出逢った相手だからこそ、たとえどんなに不都合な相手であっても、どんなに罵詈雑言を浴びせてくる相手であっても、「第二の矢」を受けてはならないし、「第二の矢」を返してはならないのです。

罵詈雑言を浴びせられれば、罵詈雑言ではなく、祈りの心、慈悲の心を返さなければなりません。それによって、受けた汚れ(罵詈雑言)は浄化され、「第二の矢」は消えてゆくのです。仇に仇を返していては、背負っている因縁は解けませんし、自ら「第二の矢」を受け止めなければなりません。

憎しみに憎しみを返す心は新たな因縁を作り、更なる憎しみを量産するだけですが、憎しみを祈りに変える心は、因縁を解き、福の神を招いてくれます。

私達が毎日させて頂いている夢殿の御回廊廻りの行は、その心を作らせて頂く為の行と言っても過言ではありません。

罵詈雑言を浴びせられても、憎しみの言葉をかけられても、憎しみの心を返すのではなく、それを悟りに変え、相手の救いを祈らせて頂くまでの心を成就すれば、必ず相手との因縁も解け、自他共に救われていくのです。

或る男性からのご相談

先般、東京近郊に住む男性から、「ご相談したい事があるのでお参りさせて下さい」とのメールを頂きました。お参りの当日、次のようなメールが送られてきました。

30分前の特急に乗れるはずでしたが、早速悪因縁が出てしまい乗れませんでした。
こうした事はいつもで、何とか不幸のままでいさせたいといった怨念が因縁解消の邪魔をします。
無事たどり着けるか…。悪因縁に苦しめられて辛いです。

この男性は、電車に乗り遅れた事を悪因縁と捉え、怨念の仕業と考える霊感的な考え方に執われておられるようなので、次のメールを差し上げました。

メールを読ませて頂きましたが、このメールに、私と貴方の考え方の違いがよく現れていると思います。
貴方は、30分前の特急に乗り遅れた事を、悪因縁の仕業だと仰っていますが、私は全く逆です。
30分前の電車に乗っては、貴方にとって都合の悪い事があるから、見えぬ力が働いて、その特急に乗り遅れさせたのです。乗り遅れてよかったのです。
私から見れば、これは悪因縁どころか、善因縁そのものです。
私だったら、30分前の特急に乗れなかった事に感謝します。
自分の都合どおりに行く事が善因縁で、都合どおりに行かない事が悪因縁ではありません。「悪因縁に苦しめられて辛いです」と仰っておられますが、これも大きな思い違いです。
貴方は、自分で自分を苦しめているだけで、誰もあなたを苦しめてなどいません。その事を、肝に銘じておいて下さい。詳しい事は、逢ってお話したいと思います。

幸不幸は誰が決めるのか?

この男性のように、「30分前の電車に乗り遅れたのは、悪因縁の仕業だ」と受け止めるか、それとも「いや、乗り遅れて良かったのだ」と受け止めるか、受け止め方は人それぞれですが、受け止め方次第で私達が生きる世界も大きく変わっていく事だけは、心得ておかねばなりません。

御巣鷹山に墜落した日航機に乗る予定だったお笑いタレントの明石家さんまさんが、たまたま仕事が早く終わったため、その前の便に乗り換えて九死に一生を得た話は有名ですが、自分の予定通りにいく事が善い結果になるとは限りませんし、予定通りにいかない事が悪い結果を招くとも決まっていません。

この相談者の男性は、電車に乗り遅れ、予定通りに行かなかった事を悪因縁と捉え、「怨念に祟られているのだ」と思い込んでおられるのですが、乗り遅れない方が良かったのか、乗り遅れた方が良かったのかは、誰にも分りません。

分らないからこそ、どのような不都合な結果であっても、その事実を前向きに受け止め、これからの人生に活かしていく事が大切ではないかと思います。

「また悪因縁に祟られた」と受け止め、正体の分らない怨念のせいにするのか、それとも、「乗り遅れて良かったのだ」と前向きに受け止め、感謝していくのか、それを決めるのは自分自身です。

将来の自分の人生を決められるのは、自分しかいません。

どのように不都合な事があっても、予定通りに行かなくても、物事を前向きに受け止め、感謝していく姿勢がなければ、福を招き入れる事はできません。

「第二の矢を受けず」という教えに照らせば、男性が電車に乗り遅れたのは、第一の矢です。

この男性は、それを「悪因縁の仕業だ」と決め付け、自ら新たな苦しみの原因を作っているのですが、男性が受けている苦しみは、受けなくてもよい第二の矢なのです。

もし第二の矢を受けたくなければ、電車に乗り遅れた事を前向きに受け止め、悟りに変えていくしかありません。

そうすれば「これでよかったのだ」という納得が生まれ、人生も自ずと好転していくのです。

合掌

2017年11月18日

mixiチェック

悟り(仏法)こそ救いなり(6)

因縁を解く以外に道はない

「内なる仏に目覚め、生まれ変わらなければ、彼女の人生は変わらないし、変えられない。変えられるのは彼女しかいない」と申しましたが、自分を変える為には、どうしても避けて通れない道があります。

それは、彼女自身が背負う因縁(縁起)です。

因縁とは、原因(因)と条件(縁)の事で、例えば、一粒の種(原因)があっても、そのままでは芽も出ませんし、実も結びません。

土や太陽や水や、様々な条件が整って初めて花を咲かせ、実を結ぶように、彼女という原因に、様々な条件(因縁)が積み重さなって、今の彼女があります。

御法歌『頼め彼岸へ法のふね』の中に、
  昨日を背負った 今日の日は
    明日を孕んで 過ぎてゆく
    大事にしよう 今日の日を
 という法歌がありますが、私達はみな、昨日という過去を背負いながら、二度とめぐり合う事の出来ない今という一瞬を、明日の未来に向かって生きているのです。

誰もがみな、過去に作ってきた様々な因縁を背負って生きているのであり、過去の因縁から逃れられる人など一人もいません。

これが、生きる時代と生きる世界の如何に拘らず、誰もが必ず認めなければならない縁起(因縁生起)の理法であり、お釈迦さまが悟られたこの世の普遍的真理です。

お釈迦さまは、
  過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ
  未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ
 と説いておられますが、もし今のわが身やわが人生に不満があり、今の境遇が自分にとって不都合であるなら、それは、自分が背負っている因縁によってもたらされた結果(縁起)ですから、その因縁を解く以外に救われる道はありません。

「因縁を切る」という考え方

因縁(縁起)を糸に譬えれば、自分にとって不都合な今という結果は、因縁の糸が絡まっている状態と言っていいでしょう。

その絡まった因縁の糸を解きほぐし、本来の在るべき姿に戻す事を「因縁を解く」と言いますが、よく似た言葉に「因縁を切る」という言葉があります。

「因縁を解く」も「因縁を切る」も余り違いはないように見えますが、この二つは根本的に違います。

そもそも因縁というものは、解く事は出来ても、切る事は出来ません。何故なら、私たちはみな、因縁によって生かされているからです。

太陽とも地球とも、空とも海とも空気とも風とも、花とも緑とも水とも土とも、すべて因縁によって結ばれています。因縁によって生かされ、因縁によって支えられているのです。

因縁によって親子、夫婦、兄弟姉妹となっているのですから、その因縁が切れる筈がありませんし、切っていい筈もありません。

よくテレビドラマなどで、親の反対を押し切って結婚しようとする娘に対し、父親が「どうしても結婚したければ、親子の縁を切る」と云って反対する場面を見かけますが、親子の因縁は決して切れるものではありません。

オギャーと生まれてくるのも因縁、死んでいくのも因縁です。生まれてくる因縁は好都合、死んでゆく因縁は不都合だと考えるお方が殆どだろうと思いますが、だからと言って、不都合な因縁だけを切り取る事が出来るでしょうか?

都合の悪い方を切り捨て、都合の良いものだけを取り上げようとするのが、「因縁を切る」という考え方で、占い師や霊感者や占星術師がよく使う言葉ですが、言うまでもなく生と死は一体であり、切り離す事など不可能です。

ですから、もし不都合な死という因縁を切りたいなら、好都合な生という因縁も一緒に切らねばなりません。この世へ生まれてこなければ、問題はすべて解決するのです。

しかし、そんな都合の良い事が出来る筈もありません。だとすれば、何度もお話しているように、死という因縁が不都合なら、好都合な因縁に変わるよう、死に対する自分の受け止め方を変える以外にありません。それが、「因縁を解く」という仏法の考え方です。

世間には、親子、夫婦、兄弟姉妹でありながら、憎しみ合い、傷つけ合いながら生きている人々もいますが、何故、縁あって親子、夫婦、兄弟姉妹となった者同士が、憎しみ合い、傷つけ合わねばならないのかと言えば、お互いが背負っている因縁の糸が絡み合って、どうにもならなくなっているからです。

夫婦としての因縁は、離婚すれば切れるかも知れませんが、親子、兄弟姉妹の因縁は、気に入らないからと言って簡単に切れるものではありません。

その絡まっている因縁の糸を解きほぐし、本来の在るべき姿に戻さなければ、根本的な解決にはならないのです。

因縁を解くとは?

例えば、相談者の彼女がAさんとBさんの二人から求婚されたとしましょう。

「整形手術をすべきか否か」で迷っている今の彼女なら、どちらの男性と結婚すれば幸せになれるかを知りたいと思うでしょうが、大切なのは、どちらの男性と結婚すれば幸せになれるかを知る事ではありません。

何故かと言えば、自分が背負っている因縁を抜きにして、どちらの男性と結婚すべきかを判断しても無意味だからです。

彼女がいま自らに問わねばならないのは、「自分の心はいま、どんな不都合な結果をも在るがまま受け入れられる心なのか。それとも不都合な結果は受け入れられない心なのか」という事です。

もし後者の心なら、残念ながら、Aさんと結婚しても、Bさんと結婚しても、幸せになれるという保証はありません。幸せになれるかも知れませんが、なれないかも知れません。

つまり、「当るも八卦、当らぬも八卦」で、結婚は彼女にとって、まさに賭け事と同じになってしまいます。

しかし、前者の心なら、どちらの男性と結婚しても、間違いなく幸せになれるでしょう。何故なら、彼女には自分が進むべき道、結婚すべき相手がハッキリ見えている筈だからです。

進むべき道がハッキリ見えているという事は、自分が背負う因縁が解けているという事です。

「整形手術をした方がよいか、しない方がよいか」「Aさんと結婚した方がよいか、Bさんと結婚した方がよいか」で迷うのは、まだ因縁が解けていないからです。

前にも言ったように、大切な事は、誰と結婚すれば幸せになれるかではなく、誰と結婚しても在るがままを受入れられる心を養い、背負っている因縁を解く事です。

それが、彼女が「生まれ変わる」という意味であり、「内なる仏が目覚める」という事です。

もし生まれ変わる事が出来れば、彼女の人生は大きく変わってゆきます。因縁が解ければ、Aさんと結婚しても、Bさんと結婚しても、間違いなく幸せになれるでしょう。

しかし、変わらなければ、どちらの道を選んでも、どちらの男性と結婚しても、結果は同じで、何も変わらないでしょう。

付くも因縁付かれるも因縁

「人生は重き荷を背負うて遠き道を行くが如し」と言われるように、私達はみな、目に見えない因縁という重き荷物をその肩に背負いながら、人生という遠き道のりを、死と言うゴールに向かって歩いている旅人です。

その因縁という荷物は、自分の身に付いているものですから、自分の行く所へどこまでも付いてきます。自分が右へ行けば右へ、左へ行けば左へ付いて来るのです。

『道歌集』の中に、
  人の世は 付かれる因縁付く因縁
    みんな前生の 因縁なりけり
  人はみな 己がつくりし因縁の
    あとをたずねて 道行く如し
 という法歌がありますが、因縁を背負ったまま、右の道を選んでも、左の道を選んでも、Aさんを選んでも、Bさんを選んでも、結果は同じなのです。

ですから、仏法には、右へ行きなさい、左へ行きなさい、Aさんと結婚しなさい、Bさんと結婚しなさいというような判断はありません。

古歌に、
  波の音 嫌じゃと思うて山ごもり
    声色変えて 松風ぞ吹く
 と詠われているように、波の音が耳障りだと言って山にこもっても、今度は松風の音に悩まされなければならないのです。

先ず自分自身が背負っている絡みついた因縁を解き、生まれ変わらない限り、結局どちらの道を選んでも、相手を変えても、場所を変えても、同じなのです。

自分を救えるのは自分しかいない

彼女が背負っている因縁は、Aさんと結婚すればAさんとの人生に、Bさんと結婚すればBさんとの人生に付いてきます。

ですから、Aさんと結婚するから幸せになり、Bさんと結婚するから不幸になるのでも、その反対でもありません。自分が生まれ変われるか否か、背負っている因縁を解けるか否かで、幸不幸が決まるのです。

因縁を解いて生まれ変わらなければ、整形しても、しなくても、結婚しても、しなくても、今までと同じ道をたどるだけです。

これからの人生がかかっていますから、彼女が悩むのも無理はなく、それを他人が責める事など出来ません。

しかし、だからと言って、どちらの道へ進めばよいかという二者択一的判断を求めている限り、彼女の人生は何も変わりませんから、変えたいなら、まず背負っている因縁を解いて、生まれ変わらなければならないのです。

自分を救えるのは、自分しかいませんし、最後の決断が出来るのも、自分しかいないのです。

彼女には、一刻も早くその事に気付いて頂きたいと願わずにはいられません。

合掌

平成26年12月17日

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悟り(仏法)こそ救いなり(5)

自らの道は自らで決める

繰り返しお話しているように、島田紳助氏の『お坊さんがズバリ解決・紳助の駆け込み寺!』という番組に出演した相談者の女性が最優先に取り組まねばならない事は、「今のままで良いのか、整形手術をした方が良いのか」を判断する事でも、その判断を他人に委ねる事でもありません。

その判断をする前に、いかなる不都合な結果をも在るがまま受け止められる人間に生まれ変わる事が先決であり、その心が出来た時、初めて自分の進むべき道がハッキリ見えてきます。

自分が生まれ変われば、他人に相談しなくても、進むべき道を自分で決断出来るようになるのです。何故なら、彼女の心の奥底に眠る内なる仏が目覚め、進むべき道をハッキリ示してくれるからです。

進むべき道を指し示してくれるこの内なる仏こそ、生まれ変わった彼女の本当の姿です。

他人に相談しなければ決断出来ないのは、まだいかなる結果をも在るがまま受け入れられる心になっていないからであり、内なる仏が目覚めていないからです。

今の彼女は、まだ自分の本当の姿を知りませんし、自分の本来の立ち位置にも気付いていません。

そんな状態ですから、進むべき道に迷うのが当たり前で、今のままで在り続ける限り、彼女の迷いはいつまで経っても消えません。

要するに、彼女の迷いは、自分の本当の姿にも、本来の立ち位置にも全く気付いていない事が原因ですから、彼女自身が変わらなければ問題は何も解決しないのです。

他人が「今のままで良いのか、整形手術をした方が良いのか」を判断してあげれば解決出来る問題ではないのです。

内なる仏への目覚め

「内なる仏に目覚める」とは、自分自身の本当の姿に目覚める事であり、自分の在るべき姿に立ちかえる事ですが、ご存知のように、世間では、亡くなった人の事を「仏」と言います。

これほど誤解されている言葉は他にありませんが、亡くなる事が仏になる事では決してありません。

「仏」とは「自己の本当の姿に目覚めた人」の事で、仏の事を別名「覚者(目覚めた者)」と言うのは、その為です。

お釈迦さまやお大師さまのような、すでに目覚められたお方の事を、「先覚者」と言いますが、私達が迷いから目覚める事が出来るのは、先覚者が残して下さった仏法という道しるべがあるお陰です。

彼女が内なる仏に目覚め、本当の姿に立ちかえる為には、先覚者が残して下さった仏法とのご縁(法縁)が欠かせません。

仏法がなければ、この迷いが何を意味するのか、迷路を抜け出すにはどうすればよいのかが分らないからです。

内なる仏に目覚めた多くの先覚者が説かれた仏法という宝の山に触れて初めて、彼女の大いなる第一歩が始まるのです。

その意味で、彼女が迷いの袋小路に入ったのは、ただの偶然でも、運が悪かったからでもありません。

彼女の内なる仏(本当の自分)に目覚める千載一遇の好機が訪れたからこそ、そのようなお計らいを頂いたのです。彼女にとって、まさに内なる仏が目覚めるチャンス到来です。

そう悟っていく事が、内なる仏に目覚める大いなる第一歩となるのです。

知識と悟り(体験)の違い

迷いから抜け出し、進むべき道を自ら判断出来るようになるには、他人に判断を求めるのではなく、彼女自身が生まれ変わる事が先決であり、生まれ変われば自ら判断出来るようになると申しましたが、彼女が忘れてはならない事があります。

それは、自ら進むべき道を判断出来るようになるのは、あくまで内なる仏に目覚め、どのような不都合な結果をも在るがまま受け入れられる心になった時であり、その事を知識として知った時ではないという事です。

当たり前の事ですが、よく誤解されるお方がおられます。

知った段階で、すでに目的を達成したかのように錯覚されるお方がいますが、様々な体験を通してどんな不都合な事をも在るがまま受け入れられる心になる為には、まだまだ乗り越えなければいけない幾多の試練があります。

その試練を乗り越えた暁に、初めて彼女は生まれ変われるのであって、ただ知識として知っただけでは何も変わりません。

勿論、知る事が、生まれ変わるためのスタートである事は間違いありませんが、スタートはあくまでスタートであって、知る事と、行動して生まれ変わる事とは、根本的に違うのです。

ですから、もし自分で決断できない時は、まだその心に到達していないのだと悟らなければなりません。そして、一日も早くその心に到達出来るよう、精進してゆけばよいのです。

菩薩様とお遍路さんの会話

以前、菩薩様が、四国におられるご同行のお宅に法話に行かれた折の事です。

大勢の皆様が集まっておられる中に、若い女のお遍路さんが一人いました。彼女は、出家して尼僧になりたいという気持ちと、求婚してくれた男性と結婚したいという気持ちの狭間で揺れ動いていました。そこで、菩薩様にその事を相談なさったのです。

法話

 遍路─私はいま、結婚するべきか尼僧になるべきか分からなくて迷っています。
 菩薩─結婚とか色々な問題は私が判定するのではなくて、この結婚はしてもいいでしょうか、いけないでしょうかという判定は色々ありますが、そういう判定は仏法の中にはないという事です。
 すべては、大日如来の大きなみ心の中にあるということです。その大日如来のみ心の中まで心が及ばないでしょう。
 人間というものは一寸先も分からないのです。あなたの心が出来た心であれば、超えた心であれば、私はいつでも判定を下してあげましょう。「その結婚はやめておきなさい」とか、「その結婚はしてもいいですよ」とかね。
 そこまでの心になっていれば、いくらでも判定を下してあげます。でも、まだあなたの心が、そこまで出来ていないから判定は出来ないのです。
 何故かというと、私が判定を下した時に、もしあなたが不幸になったら、「何だ!」という事になるでしょう。
 遍路─いいえ、私は思いません。それがやはり仏さまの試練だと思います。
 菩薩─試練というか、何もかもが、仏様のお慈悲と思える心にならなければいけないのです。
 遍路─そうでも。私、もうそうなっています。
 菩薩─交通事故にあっても、「これがみ仏のお慈悲だ」と、寒い雪が降ってきても、その雪が人間に都合の悪い雪であっても、「あーこれもあり難い。私はこの雪で悟らせていただけるんだ」と、その雪で悟っていくという事です。
その様な心が出来ていれば、あなたに対し…
 遍路─そうです。私、もうそこまで悟れています。
 菩薩─そこまで悟れているのであれば、あなた自身が自分で決められる筈ですよ。
 遍路─私が自分で決められると言われるのですか?
 菩薩─そうです。そこまであなたの心が出来ているのであれば、私に相談することはありません。
 遍路─(沈黙)
 菩薩─相談するということは、まだその心が出来ていないという事です。自分で即決出来ないという心は、「私はもうそこまで行っています」と言っていても、まだ心がそこまで行っていないという事です。あなたは「もう心が出来ています」と言われるが、出来ていれば自分で決められる筈でしょ!
 遍路─そうですね。仏さまにお任せしているんですからね。
 菩薩─仏さまというより、自分の心の仏さまにね。そうしたら、その仏が答えを出すでしょう。その結婚はやめなさい、その結婚はよろしいという答えが出るでしょう。そうしたら私に聞く必要はないという事です。あなたがそこまでの心になっているなら、私に聞く必要はありません。だから、まだ超えた心になっていないという事です。
 遍路─(長い沈黙)

この会話を見れば、頭で理解している事(知識)と、悟っている事(体験)は根本的に違う事がよく分りますが、この説法は、整形手術をすべきか否かで悩んでいる相談者の女性にも、そっくりそのまま当てはまります。

聞法風景

仏法に判断なし

多くの皆様から様々なお悩みの相談を受ける際、いつも自分に言い聞かせている言葉があります。

それは、「仏法に判断なし」という言葉です。この言葉を理解していなければ適切なアドバイスは出来ないと思っているからです。

否、それどころか、知らず知らすの内に、誤ったアドバイスをして、相談者の迷いを益々深める結果を招く恐れさえあります。

繰り返しますが、我々僧侶が、進むべき道に迷う彼女に為すべきアドバイスは、占い師や霊感者のような「今のままで良いのか、整形手術をした方が良いのか」という二者択一的判断ではありません。

彼女が自分の本当の姿に目覚められるよう、そしてそれがいま彼女の進むべき道であり、彼女が救われる唯一の道である事を教え、一日も早くその願いが成就出来るよう手助けする事です。

お遍路さん

どんな不都合な結果をも在るがまま受け入れられる心になるにはどうすればよいかを説き、その険しい道のりを無事に乗り越えられるよう様々な助言を与え、祈りの行によって支えてあげる事です。

要するに、彼女自身が進むべき道を自ら決断できるよう、道すじをつけてあげる事であり、それ以外に、我々僧侶が為すべき事はありません。

「仏法に判断なし」と言ったのは、その為です。

勿論、彼女がその心を成就出来るか否かは分りません。その成否は、ひとえに彼女の想いの深さにかかっているからです。

自分を変えたいと思う彼女の一念がどこまで切実かによって、成否が決まると言っても、過言ではないでしょう。

お芝居で言えば、主役はあくまで彼女自身であり、我々僧侶は脇役に過ぎません。

彼女が幸せになれるか否かの鍵は、彼女自身が握っており、彼女にしか自分を変えられないし、救えないのです。ですから、最後の決め手は、どこまで真剣に取り組もうとしているかという彼女の強い一念と不退転の決意にかかっています。

私は常々、ご同行の皆様に、「信仰は遊びではありません。真剣に法を聞いて実践して下さい」とお話していますが、彼女が生まれ変われるか否かは、まさに人生を賭けた真剣勝負であり、遊び半分で取り組んでいては決して成就出来ない人生の一大事なのです。

そんな我々のささやかな願いが彼女に伝われば、必ずや人生はより良き方向に向けて動き出し、大きな変化への第一歩となる筈です。

我田引水と言われるかも知れませんが、そうなれば、我々僧侶が為すべき衆生済度というお役目の一つは果たせたと思っています。

合掌

平成26年12月7日

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悟り(仏法)こそ救いなり(4)

五人の僧侶の解答

2011年に芸能界を引退した島田紳助氏が司会をする『お坊さんがズバリ解決・紳助の駆け込み寺!』という番組がありました。

覚えておられるお方もいると思いますが、熱血和尚、やんちゃ和尚、おねぇ和尚、東大卒和尚、癒し系僧侶(尼僧)と名付けられた男女五人の僧侶が、相談者の悩みに回答するという内容の番組で、私が見た時は、整形手術に踏み切れない一人の女性からの相談でした。

先ず相談者の話を聞いたタレントさんたちが、「今のままで良い」と言うグループと、「整形した方が良い」と言うグループに分かれ、司会者が、その回答を選んだ理由を聞いていきます。

その後で、五人の僧侶にも同じ質問をするのですが、その時は、四人が「今のままで良い」という回答、一人が「整形した方が良い」という回答でした。

この相談者の女性は、小さい頃から、容姿に劣等感を抱き、彼氏も全く出来ず、思い切って整形手術をすれば人生が変わるのではないかと考えたものの、どうしても最後の決心がつかないので、この番組に出演したのですが、相談の結果は、出演しているタレントさんたちも五人の僧侶も、「今のままで良い」という意見と、「整形した方が良い」という意見に分かれたのです。

最終的にどちらが良いかを決めたいと思い相談にやって来たのに、相談を受けた出演者の意見が再び二つに分かれたのですから、この女性の迷いは益々深まったのではないでしょうか?

皆さんが回答者だったら、何と答えられたでしょうか?

問題はどこにあるのか?

この女性には、解決しなければならない問題が二つあります。

一つ目は、進むべき道が二つあるという事です。今のままで生きるか、整形するか、道は二つに一つですが、今の彼女にとって決断するのは至難の業と言えましょう。

これからの人生がかかっている以上、先の見えない彼女に、迷うなという方が無理な話で、本人にとってこれほど深刻な問題はありません。

しかし、一つだけ確かな事があります。それは、今のままでいる限り、彼女はいつまで経っても迷い続けなければならないという事です。

二つ目は、この女性が、自分で結論を出せない事です。こちらの方がより深刻で、彼女が真っ先に解決しなければならない根本的な問題と言っていいでしょう。

何故他人に相談しなければ結論が出せないのかと言えば、自分の決断に自信がもてないからですが、自分の決断に自信が持てない人が、果たして他人に相談して決断出来るでしょうか?

結果は明らかです。他人に相談しても、結局最後の決断は自分がしなければなりませんから、自分で決断出来ないお方は、他人に相談しても、やはり決断出来ないのです。

相談して決断出来るお方は、他人に相談しなくても決断出来ます。しかし、この女性は、まだそこまでの心が出来ていませんから、他人に相談しても、最後の決断が出来ません。

ですから、自分で決断出来ない今のままで良い筈がありません。彼女は変わらなければならないのです。

問題はどう変わるかですが、残念ながら、整形手術が絶対成功するという保証がない以上、いまの状況で彼女に整形手術を勧める事は出来ません。

もし失敗した時、自分の決断に自信が持てない彼女は、間違いなく後悔の念に苛まれます。

「取り返しの付かない事をしてしまった。整形などしなければよかった」と自分を責め、今まで以上に劣等感を抱くようになるでしょう。

それどころか、「整形した方が良い」と回答した人を逆恨みし、新たな罪を作るかも知れません。

自分で決断出来ない今の彼女に、「整形手術をした方が良い」と言うのは、余りにも無責任と言わざるを得ません。

占いや霊感の限界

彼女は、「今のままでいた方がよいか、整形手術をした方がよいか」という二つの道に迷い、自分一人では決断出来ないため、この番組に出演して回答を求めたのですが、相談を受けた五人の僧侶の回答もまた二つに分かれたのですから、まさに元の木阿弥と言っていいでしょう。

彼女の迷いは一層深まったのではないかと思いますが、実はこのような結果になる事は、最初から分っていました。何故なら、これが占いや霊感的判断の特徴だからです。

占いや霊感では、「今のままで良い」という選択肢と、「整形をした方が良い」という選択肢の二者択一しかありませんから、必ず結果が分れます。

仏法では、このように意見が分れる事はありません。仏法にはこのようは判断がありませんから、分かれようがないのです。

他の寺院の事は分りませんが、少なくとも、法徳寺ではこのような判断はいたしません。

様々な悩みを抱いて相談に来られるお方の殆どが、進むべき道に迷い、占いや霊感的判断を求めて訪ねて来られますが、「そのような判断は、ここではしておりません」とお答えすると、不思議な顔をされます。

どちらにすればよいかを判断してくれると期待して来たのに、「そのような判断はしません」と言われれば、「何故?」という気持ちになるのも無理はありませんが、そのような占いや霊感的判断をしないのは、二者択一的判断を求めている限り、正しい答えが出せず、いつまで経っても決断出来ない袋小路に入ってしまうからです。

島田紳助氏の番組に出演したこの女性も、まさにそのお一人と言っていいでしょう。

「整形手術をした方が良いか、しない方が良いか」という二者択一的判断を求めている限り、迷いを根本的に解決する事は難しいのです。

勿論、いずれか一つを単純に選ぶだけでよいのであれば、占いや霊感的判断を下せない事はありませんが、この女性にとって、整形手術をした方が良いのか、しない方が良いのかは、実のところ誰にも分りません。

整形手術をした方が良いのかも知れませんし、しない方が良いのかも知れません。つまり、どちらにも為り得る可能性がある以上、どちらが良いという判断は出来ないのです。

もし判断出来ると言われるお方がいるとすれば、甚だ無責任なお方と断言していいでしょう。判断した事と異なる結果が出た場合、そのお方は責任を負えません。

「整形手術をした方がよい」と回答した僧侶は、もし彼女が手術に失敗して、いまよりもっと劣等感を頂くようになった時、どう責任を負うのでしょうか?

また整形手術をすれば人生が変わるかも知れませんから、「今のままでよい」という回答も、無責任と言わざるをえません。

要するに、占いや霊感による二者択一的判断では、問題を根本的に解決する狂いのない正しい答えを導き出す事は出来ないのです。

ですから、彼女が占いや霊感に頼って、何らかの判断を求めている限り、問題の根本的解決にはほど遠く、彼女の迷いは果てしなく続いていかざるを得ないのです。

彼女が進むべき正しい道

「人間万事塞翁が馬」という諺があるように、彼女にとって、整形手術をした方がよいのか、しない方がよいのかは誰にも分りません。

分りませんから、判断した結果に対し、誰も責任を負えません。

ですから、「整形手術をした方がよいか否か」の判断を、軽々しくすべきではないのです。

彼女に対し責任を負えるのは彼女だけで、判断を下せるのも彼女しかいません。

しかし、自分で判断出来ないため、彼女は、『お坊さんがズバリ解決・紳助の駆け込み寺!』という番組に出演して、五人の僧侶に判断を仰いだのですが、残念ながら、僧侶の回答も、占い師や霊感者の判断と何ら変わらず、彼女の迷いを解くには程遠いものでした。

彼女の悩みは益々深まったに違いありませんが、彼女は一体どうすればよいのでしょうか?

思うに、彼女には「整形手術をした方がよいか、しない方がよいか」の判断を求める前に、しなければならない事があります。

それは、他人に頼らず、自分で判断出来る人間に生まれ変わる事です。先ずそれをしなければ、いつまで経っても前には進めません。それ以外に、彼女が迷いから抜け出す道はないのです。

判断を他人に委ねている限り、彼女が悩みから解放される事は絶対にありえません。

では、どう生まれ変わればよいのでしょうか?

私がいまここで申し上げられるのは、どちらの道を選んでも、”これで好し”と頷ける心、どのような結果が待っていても、在るがままを受け入れられる心を養うという事です。

整形手術が失敗しても「これで好し」、人から容姿について蔑まれても「これで好し」、彼氏が出来なくても「これで好し」、どんな不都合な結果になっても「これで好し」と、心の底から頷ける心になる事です。

彼女が迷うのは、整形手術に失敗したり、不都合な結果が降りかかってきた場合の様々な不安が拭い切れないからでしょうが、そのような分別心がある内は、悩みや不安を取り除く事は出来ません。

分別心を捨て、不都合な事もすべて在るがまま受け入れられる人間に生まれ変わらなければ、整形手術をしても、しなくても、結果は同じなのです。

合掌

平成26年12月2日

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悟り(仏法)こそ救いなり(3)

災い(禍)転じて福と為す

「人間万事塞翁が馬」という諺があります。

中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれている故事ですが、辺境の城塞に住む一人のお爺さん(塞翁)が持っていた立派な馬が、どこかへ逃げてしまいました。

それを悲しんだ人々が、「お爺さん、立派な馬に逃げられて、お気の毒ですね」と言うと、お爺さんは、「いやいや、世の中は、何が幸いし、何が災い(禍)するか分かりませんよ」と言って、あっけらかんと笑っていました。

すると或る日、いなくなった馬が、もう一頭の立派な馬を連れて戻って来たので、人々が「お爺さん、立派な馬が一頭増えて良かったですね」と言うと、お爺さんは、「いいえ、これが幸いかどうかも分りません」と言って、喜ぶ様子はありませんでした。

すると、今度はお爺さんの息子が、その馬から落ちて大怪我をしたので、人々が、「立派に育てられた息子さんがこんな事になってしまい、お気の毒です」と言うと、相変わらずお爺さんは「いやいや、世の中は、何が幸いするか分かりません」と言って、苦にする様子もありませんでした。

やがて戦争が起こり、戦場に駆り出された多くの若者が命を落とし、遺骨となって帰ってきましたが、お爺さんの息子は、大怪我をしたため、戦争で命を落とさずに済んだのです。

まさに「人生はあざなえる縄の如し」で、何が幸いし、何が災い(禍)となるかは、誰にも分りません。

だからこそ、幸せだと言って有頂天になったり、不幸だと言って嘆き悲しむのではなく、どんな不都合な出来事や、不幸な試練に遭遇しても、それを幸せに変えていける智慧を養う事が大切なのです。

弁慶

言うまでもありませんが、自分を幸せにするのも、不幸にするのも、みな自分です。不幸を幸せに変えてくれるのも、すべてわが心です。

自らが、災い(禍)を転じて福と為さなければ、誰も変えてはくれません。

幸不幸、吉凶禍福は紙の裏表のようなもので、どちら側から物事を見るかの違いに過ぎません。

もしあなたが災い(禍)を転じて福と為す事が出来るなら、それは、今まで災い(禍)を転じて福と為す悟りの眼が開けていなかっただけで、不幸な星の下に生まれた訳でも、運が悪かった訳でもありません。

いかなる人生であっても、災い(禍)を福に変えていく悟りの眼を磨かなければ、人生は好転しませんし、真の救いも得られません。

災い(禍)を転じて福と為す悟りの眼さえ開ければ、もはや誰もあなたを不幸のどん底に陥れる事など出来ません。

悟りの智慧に守られたあなたは、まさに「鬼に金棒、弁慶に薙刀」と言っていいでしょうが、その為には、常に仏法に触れ、悟りの智慧を磨いて、み仏の本心を悟らせて頂けるよう、心のアンテナを張り巡らせておく事を忘れてはなりません。

無明橋を彼岸橋に

紀州高野山の奥の院に流れる玉川に、一本の橋が架かっています。橋の名前は、「御廟橋」と言い、別名「無明橋」とも言います。

無明とは、文字通り「明かりが無い」心の状態、つまり迷いを意味します。

無明煩悩という言葉があるように、真理に背を向けた状態が無明であり、貪り(貪)、怒り(瞋)、愚痴嫉妬(痴)という三毒煩悩が渦巻いている心の有様を言います。

ですから、「無明橋」は、「迷い橋」「三毒煩悩橋」という事になりますが、この「無明橋」を渡らなければ、お大師様の御廟へはお詣り出来ません。

彼岸橋

玉川を境として、お大師様の御廟のある聖地を彼岸(極楽)、お悟りの世界とすれば、玉川の手前は、此岸(六道)、迷いの世界です。

お大師様の居られるこの世の彼岸(極楽)である御廟へお詣りするには、この無明橋を越えていかなければなりません。

この橋が「無明橋」と名付けられているのは、無明を越えなければ、彼岸へは往けない事を教える為ですが、今もお話ししたように、「無明橋」は、「迷い橋」「三毒煩悩橋」ですから、このままでは余り渡りたい橋とは言えません。

では、どうすればよいのか?

簡単です。迷いを悟りに変えればいいのです。「無明橋」「迷い橋」を「悟り橋」に変えればいいのです。

菩薩様は、この橋を「彼岸橋」と名付けておられました。

つまり、菩薩様は、他の人々がみな「無明橋」と名付けられたこの橋を渡っている時、感謝の気持ちを込めて、「彼岸橋」を渡っておられたのです。

何故かと言えば、「無明」を悟りに変えておられたからです。「災い(禍)転じて福と為す」とは、まさにこの事です。

菩薩様は常々、「思い方を変えるだけで、人生が根本から変わる」と、おっしゃっておられましたが、「無明橋」を渡るか、「彼岸橋(極楽橋)」を渡るか、わずかそれだけの違いで、心の世界が百八十度変わることさえあり得るのです。

ご本尊様のご分身をお迎えする

神社仏閣にお参りしますと、ご本尊様のお札や様々なお守りが、所狭しと置かれています。

法徳寺にも、ご家庭でお祀りして頂くご本尊・身代り升地蔵菩薩様のご守護札や、玄関に貼っていただく魔除け札などがありますが、これらのお札やお守りには、どういう意味があるのかご存じでしょうか?

お札

ご本尊様のお札であれ、お守りであれ、全てご本尊様のご分身です。

ですから、お札を頂いて家にお祀りするという事は、ご本尊様を家にお迎えする事を意味します。

交通安全のお守りを頂いて自動車に付けるのも同じで、ご本尊様のご分身を自動車にお迎えするという事です。

日本では、交通事故で死亡する人が、毎年4,000人以上います。昨年の死者数は、4,373人で、一日12人、2時間に一人が交通事故で亡くなっているのです。

死者数が最も多かったのは、昭和45年の16,765人で、その年と比較すれば4分の1にまで減少していますが、それでも4,000人以上の方が犠牲になっている現実は、決して他人事では済まされません。

車なしでは暮らせない現代社会に生きていかねばならない以上、常に交通事故と隣り合わせの生活を強いられていると言っても過言ではないでしょう。

「自分は絶対4,000人の中には入らない」という保証はどこにもありませんから、どうすれば交通事故から身を守れるかを日頃から考えておかねばなりません。

お札やお守りは免罪符ではない

交通安全のお札やお守りを一度も頂いた事が無いというお方は、恐らくいないと思いますが、にも拘わらず交通事故が無くならないのは何故なのでしょうか?

世の中には、「交通安全のご祈祷をしてもらい、お守りを頂いたのだから、もう安心だ。どんな運転をしても大丈夫だ」というような誤解をしておられるお方がいますが、お札やお守りは、どんな危険な運転をしても守ってくれる免罪符ではありません。

今もお話ししたように、交通安全のお守りを自動車に付けるという事は、私達にとって、最も大切なお方をお迎えするという事です。

例えば、外国から来られた国賓を車で送迎しなければならなくなった時、皆さんだったらどのような運転をされるでしょうか?

国賓を無事に目的地までお送りしなければならない大きな責任を負う訳ですから、無謀な運転や乱暴な運転は出来ません。細心の注意を払って安全運転を心がける事が求められます。

つまり、大切なお方を車にお乗せするという事は、細心の注意を払って運転しなければならない責任と義務を負うという事であり、この心配りが、自ずと交通安全へとつながっていくのです。

交通安全のご祈祷をしてもらい、お札やお守りを頂いたからといって、それで、交通安全が叶えられる訳では決してありません。

ご本尊様のご分身を車にお迎えする事によって、「大切なご本尊様をお迎えしたのだから、目的地まで無事にお送りできるよう、安全運転を心がけなければいけない」という心配りが出来るようになるから、自ずと交通安全が叶えられるのです。

交通安全のお札を付けただけで、交通安全の願いが叶うなら、とうの昔に、世の中から交通事故は無くなっている筈であり、毎年4,000人以上もの方が犠牲になる必要はありません。

菩薩様の法歌に、
  この車 親と敬え妻子と思え
    荷物背負わせ われが舵とる
という歌がありますが、「この自動車は、わが親だ、わが妻子だ、わが家族だ」と思えば、命を危険にさらすような無謀な運転は出来ません。

「親や家族の命を預かっているのは、運転する私なのだ。自宅まで、家族を無事に送り届けられるよう安全運転に心がけなければいけない」という家族への想いが、自ずと安全運転へつながっていくのです。

私は今まで何十年もの間、車を運転して来ましたが、「どうかお守り下さい」とお願いして車を運転した事は一度もありません。

車を運転する時は、いつも「どうか私に、この車をお守りさせて下さい」とお祈りしてから乗るように心がけています。

何故かと言えば、自分以外に自分や家族を守れる者はいないと思っているからです。またそのような想いで運転させて頂くからこそ、神仏のお守りがあり、万が一の時にも救いの御手を差し伸べて頂けるのです。

要するに、お札やお守りは、運転する人に、安全運転への細心の注意を促す為に頂くものであって、「お守りを吊っておれば、交通安全の願いが叶いますよ」と言うような、ただの気休めではないという事です。

お守りを頂いた人が、その想いになって車を運転しない限り、交通事故はなくなりません。

お札もお守りも、その想いに目覚めて頂く為の方便である事を忘れてはなりません。

目的と手段をはき違えてはいけない

四国八十八ヶ所霊場や西国三十三ヶ所霊場へ行きますと、お参りした記念に、御朱印帳や掛け軸や笈摺(白い布地で作った袢天)に御朱印を押して頂くのが、昔からの習わしです。何回もお参りしているお方の御朱印帳や笈摺は、重ね印で真っ赤になっています。

法徳寺にも、御本尊様の御朱印があり、帰郷された御同行の皆様は、帰郷された記念に御朱印を受けていかれますが、御朱印を頂くのは何のためでしょうか?

御朱印は、言うまでもなく、お参りした記念として頂くもので、御朱印を押した掛け軸を床の間にお祀りしたり、年忌法要をする時に使ったりしているお方も大勢おられます。

しかし、忘れてはならない事が一つあります。

それは、御朱印もまた、お札やお守りと同じようにご本尊様の御分身であると共に、皆様を救いの門に導く方便(手立て)の一つだという事です。

御朱印を頂く為には、必ず神社仏閣へお参りしなければなりません。

つまり、一人でも多くの皆様にお参りして頂いて、ご本尊様と仏縁を結んで頂き、そのお徳に触れて頂く為の方便(手立て)として作られたのが、御朱印なのです。

ところが、このような方便を作ると、必ず思い違いをするお方が出てきます。方便(手立て)に過ぎない御朱印集めが、いつの間にか目的になり、御本尊様にお参りもせずに御朱印だけを頂いて帰っていかれるお方が出てくるのです。

お四国霊場でも、折角、霊場まで足を運んでおきながら、本堂も大師堂もお参りせず、御朱印だけを貰って慌ただしく次の霊場へ行かれるお方がいますが、目的と方便(手段)をはき違えて、御朱印集めだけが目的になれば、ご利益も何もあったものではありません。まさに、本末転倒と言わねばならないでしょう。

「牛に引かれて善光寺参り」という有名なお話があります。善光寺の観音様が牛に姿を変えて、強欲なお婆さんが大事にしていた布を角に引っ掛けて善光寺まで導き、信仰の心に目覚めさせたという話ですが、御朱印も同じです。

人間には、みな欲があります。誰でもご利益を頂きたいし、幸せになりたいから、ご利益があると聞けば、どこへでも足を運びます。

み仏は、「あの神様は、こんなご利益がありますよ。この仏様は、一つだけ願いを叶えてくれますよ」と、人間の欲を誘い水にして導こうとしておられるのです。

勿論、み仏の本心は、私達の欲を満たす事ではありません。一つの欲を満たしても、また次々と新たな欲が生まれ、欲の充足に執着している限り、本当の救いはないからです。

しかし、初めから「欲を捨てなさい。執着から離れなさい」と難しい事を言っていては、誰も救いの門に入ってきません。

そこで、お札やお守りや御朱印など、あの手この手の方便(手立て)を使って、私達を導こうとしておられるのです。

お札もお守りもご朱印も、有り難いには違いありません。しかし、本当の有り難さは、これらの方便(手立て)を通じて、み仏の本心に触れさせて頂き、救いの門に入らせて頂けるところにある事を忘れないで下さい。

八方塞がりは神仏のお導き

「八方塞がり」という言葉を、よく聞かれると思います。

「或る所で占ってもらったら、今年は八方塞がりだから、何もしてはいけないと言われました。どうしたらいいでしょうか?」と言って相談に来られるお方がいますが、仏法(お悟り)の世界には、「八方塞がり」などというものはありません。

「八方塞がり」と言われたからと言って、悩んだり落ち込んだりする必要は全くありません。何故なら、仮に八方が塞がっていても、天地(神仏)の救いの門は、いつ、いかなる時も開いているからです。

救いの門は、いまだかつて一度も閉ざされた事がありませんし、神仏の救いの門を閉ざせる者など、この世にはいません。

ですから、もし占い師に「八方塞がりだ」と言われたら、「どうしたらいいのか?」と言って迷うのではなく、「信仰の心に目覚めなさいという神仏のお導きだ」と悟ればいいのです。

「八方塞がり」は、本当の信仰に目覚める絶好の機会です。

信仰の心に目覚める事が出来れば、それが何よりの救いとなり、ご先祖への供養となります。

嫌だと思っていた「八方塞がり」も、悟れば、本当の信仰に目覚める有り難いお計らいに変わります。「災い(禍)転じて福と為す」とは、まさにこの事です。

但し、一つだけ御忠告します。

その占い師の所へ行くと、益々迷いが深くなるだけですから、二度とそこへ行ってはいけません。

何度もお話ししてきたように、「災い(禍)転じて福と為す」結果をもたらしてくれるのは、狂いのない仏法(悟り)だけです。

世の中には、占星術や占いや霊感など、人を迷わせるものがあふれていますが、真の救いは、仏法(悟り)でしか得られません。

仏法(悟り)がないと、災い(禍)が福に変わる道理が分りませんから、「今年は八方塞がりだ」「天中殺だ」と言われて、益々迷いを深めなければならなくなります。

様々な占いは、ただの統計学に過ぎず、真理を悟った中から生まれたものではありませんから、迷いから抜け出す事は出来ません。それどころか、益々迷いを深めるだけです。

法舟菩薩様は、「家相が悪いから家の位置を変えた、流しが悪いから流しの位置を変えた、井戸の位置が悪いから井戸を埋めなさいと言われて、井戸を埋めたと言う人もいるんです。長い間ご厄介に成って来た井戸を、まだ水がどんどんと湧いているのに、それを埋めてしまった訳です。そういう敬いを知らない事をするんです。拝み屋さんか霊感者か知りませんが、お伺いを立てて貰ったら、何々が悪いからこうなるんだよと言われたので、言われた通りにしたけど、少しもよくならないと言って、駆け込んでくるんです。そうして益々不幸せな泥沼へ入って行くんです」と言って嘆いておられますが、残念ながら、これが、多くの人々が迷いの泥沼から抜け出せない現実なのです。

以前、四国霊場の或る宿坊で、霊感占いをしているというお方と同宿した際、何かに悩んでおられる様子だったので尋ねると、「相談に来られる人に何と言ったらいいのか、いつもそれで悩むんです」という答えが返ってきて、驚いた事があります。

他にも同じような悩みを訴えるお方がおられましたが、人を導くべき立場にある人もまた迷っているのですから、迷える人々を救える道理がありません。


平成26年11月13日

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悟り(仏法)こそ救いなり(2)

受け止め方の違い

法徳寺のご縁日は、春秋の大法要を含めて、年に十二回ありますが、帰郷して頂く日が、いつもいつも、お天気に恵まれるとは限りません。

帰郷される皆様にとっては、その日が快晴に恵まれ、清々しい一日となれば、これほど好都合な事はありませんが、残念ながら、雨に見舞われる時もあります。

雨になれば、法徳寺から見える富士山の雄姿を見て頂く事も出来ませんし、足下も悪くなり、帰郷される皆様にとっては、余り好都合とは言えません。

しかし、その日、帰郷される皆様は、その日の不都合な雨に、一期一会のご縁を頂かれたのです。

その不都合な雨は、何もしなければ、不都合な雨のままで何も変わりません。その雨を好都合な雨に変えるには、雨に対する思い方を変える他はありません。

不都合な雨を、不都合な雨のままで終わらせるか、それとも好都合な雨に変えるかは、私達次第であり、その雨に対する受け止め方如何にかかっています。

法徳寺の落慶法要の前日も、生憎、台風23号の影響で山梨県内は大荒れの一日でしたが、台風を不都合と決めるのは、私達自身です。

落慶法要

この心を仏教で「分別心」と言いますが、好都合と不都合を色分けし、様々な世界を作り出す心です。

同じ雨でも、「折角明日の落慶法要の為に帰郷させて頂いたのに、嫌な雨だなア」と受け止める事も出来れば、「富士山を拝ませて頂けるまで、何度でも帰郷しなさいというみ仏様のお導きだ」と悟る事も出来ます。

そう悟る事が出来れば、思いもよらぬお計らいが頂ける事もあります。現に、落慶法要当日は台風一過の快晴となり、富士山もその雄姿を見せて、落慶を祝福してくれました。

十人十色百人百様と言われるように、十人の人がいれば十通りの、百人の人がいれば百様の受け止め方がありますが、心の中に様々な世界を作り、泣いたり笑ったりしながら迷いの世界をさまよっているのが、今の私達と言っていいでしょう。

勿論、雨は、私達を困らせようとか、嫌な思いをさせようとか、富士山を見られないようにしようとして降っている訳ではありません。

ただ、その時に降らなければならない理由があるから降っているだけで、晴れなければならない時が来れば、「晴れて下さい」とお願いしなくても、ちゃんと晴れてくれます。

大自然は、人間の都合に合わせて、雨を降らせたり、快晴にしたりしている訳ではなく、あくまで大自然の摂理に従って、降るべき時に降り、晴れるべき時に晴れているだけです。

広島の大規模な土石流も、山裾にある住居を押しつぶそうとして流れてきた訳ではありません。

大量の雨が降れば、水が高きから低きへ流れ、土石流が発生するのは当たり前であり、水はその真理に従って流れているだけです。

このような大災害が起きると、「大自然が牙をむいた」とか「大自然の猛威」などと、いかにも大自然に悪意があるかのような言い方をするお方がいますが、大自然には悪意など全くありません。

過去に崩れた事が何度もある所へ住居を構えた人間の不注意が大災害を招いたのであって、過去の教訓を忘れているところに大きな問題があります。

いずれにせよ、自分にとって不都合な結果を、どのように受け止め、思い開きをしていくかによって、心の中に様々な世界が作られ、自ら作った世界に翻弄されながら生きているのが今の私達であるという事を、肝に銘じておかなければなりません。

三界唯心

言うまでもありませんが、物事をどのように受け止めるかは、まだ何も決まっていません。全くの白紙状態と言っていいでしょう。

干ばつが続いている地方に雨が降れば、そこに住む人々は、「有り難い。恵みの雨だ」と言って、大歓迎します。

しかし、雨ばかり続き、災害の恐れが出てくると、恨みの雨に変わり、迷惑そうな顔をして文句を言います。

同じ雨が、有り難い雨にもなれば、恨めしい雨にもなるのは、その雨に対する受け止め方が違うからです。

雨は大自然の摂理に従って、降る時に降り、晴れる時に晴れているだけですが、その雨を、人間が自分勝手に、「有り難い雨だ」「恨めしい雨だ」と言って分別し、心の中に好都合と不都合を作っているのです。

この受け止め方の違いが大きな違いとなって現れてくるのが、私達の人生です。

仏教に「三界唯心(さんかいゆいしん)」という言葉があります。

三界とは、欲界、色界(しきかい)、無色界(むしきかい)の事で、迷いの世界を意味しますが、その迷いの世界を全て私達の心が作り出しているというのが、「三界唯心」の教えです。

ですから、心の絵筆で、幸せな絵を描くのも、不幸な絵を描くのも自由です。どんな絵を描くかを決めるのは、神仏でも、他の誰でもなく、自分自身です。自分以外に決められる者は一人もいません。

数字のマジック

日本人は、四と九を非常に嫌います。四は死を意味し、九は苦に通じるからです。

しかし、法舟菩薩様は、「四が無かったら、三から五へは行けないし、九が無かったら、八から十へは行けない。四は三と五を繋ぐ架け橋であり、九は八と十を繋ぐ架け橋だ」と、おっしゃっておられました。

虹

四も九も必要だから、存在しているのです。しかし、人間は、自分の都合によって、縁起が良いものと、縁起が悪いものとを色分けします。これが、先ほど言った分別心です。

四も九も、縁起が悪い数字として生まれてきた訳ではなく、人間が勝手に、縁起が悪い数字と決め付けているだけです。

八は、末広がりだから、縁起が良いと言いますが、これも、人間が縁起が良いと勝手に決めているだけで、八は、どこまで行っても只の八に過ぎません。

年末にお正月用のお餅を搗きますが、殆どの家が、二十八日か三十日に搗かれるようです。二十九日に搗くという家は余り聞いた事がありません。九が付く日に搗くと「苦餅」になるからという、ただそれだけの理由で二十九日を避けているのです。

しかし、どうしても二十九日に搗かなければならない場合もあります。その場合はどうするのでしょうか?

お正月を前に、お餅を搗かないという訳にもいきません。ではどうすればいいのか?答えは簡単です。縁起が悪いと思う九を福に変えればいいのです。

法徳寺では毎年、皆さんが避ける二十九日にお餅を搗きます。二十九を「福(29)」に変えれば、苦餅ではなく福餅になるからです。

「縁起が悪い」と思う九を福に変えるには、悟って九を福に変えるしかありません。悟れば、九が福に変わります。

日本人は九を嫌いますが、中国では九は最高の数字と考えられています。

中国は、風水や陰陽道(おんみょうどう)が盛んな国ですが、陰陽道では、偶数が陰、奇数が陽で、九はこれ以上ない最高の数字というので極数とされています。

五重塔や多宝塔の天辺にそびえる相輪(九輪)には、九つの丸い輪が付いていますが、これは、九が無限につながる数字である事に由来しています。

相輪(九輪)

九月九日は、九(陽)が二つ重なるので、特におめでたい日とされ、昔から日本でも、九月九日を「重陽の節句」と言ってお祝いする風習があるのは、この陰陽思想からきています。

中国人が、九が四つ並んだ「9999」という自動車の番号を、大金を出しても欲しがるのはその為ですが、日本人は、こんな番号は絶対に選びません。日本には、九は苦につながるという考え方があるからです。

九という数字は、日本でも中国でも同じなのに、その同じ九が何故縁起のよい数字になったり、縁起の悪い数字になったりするのかと言えば、私達がそう分別するからです。

「無限に通じる最高の数字だから縁起が良い」と思うか、「苦を連想させる数字だから縁起が悪い」と思うかで、同じ九がこれほど大きく変わるのです。

先ほどお話した雨と同じで、九は、人間に苦しみを与えたいとも、喜びを与えたいとも思っていません。九は、あくまで九であり、八と十をつなぐ架け橋であり、それ以上でもそれ以下でもありません。

ところが、その九を、人間が、「縁起が良い」「縁起が悪い」と決めつけ、勝手に分別しているのです。

これを見れば、幸も不幸も苦も楽も、全て受け止め方次第だという事がお分かり頂けると思います。

二十九を苦と読むか、福と読むか、それだけの違いで、縁起の悪い「苦餅」にもなれば、有り難い「福餅」にもなるのです。

皆さんは、ただ受け止め方が違うだけだと思われるかも知れませんが、心は、人生そのものをも根底から変えてしまうほどの大きな力を持っています。

受け止め方によって、私達の住む世界を百八十度変える事だって不可能ではありません。

「苦餅」を「福餅」にするか、それとも「福餅」を「苦餅」にするか、たったそれだけの違いで、人生そのものが百八十度変わっていくのです。

人生を変えるのは、すべて私達の心です。私達の分別心が、住む世界を作り、人生を根本から変えていくのです。

良く変われば、自分の力だと自画自賛し、悪く変われば、あの人が悪い、会社が悪い、社会が悪いと言って他に責任を転嫁している人をよく見かけますが、これでは、益々迷いを深めるだけであって、いつまで経っても救いの灯を見る事は出来ません。

思いも寄らぬ心の力

先にお話したように、心には、人生を根底から変える力があります。私達を幸せにするのも、不幸にするのも、みな心です。

その心は目に見えませんが、目に見えない心が、私達の人生を大きく左右し、引いては国全体をも動かしているのです。

よく不景気とか好景気とか言われますが、何故、景気が良くなったり悪くなったりするのかと言えば、私達の心が経済を操っているからです。

「先行きが不安だから、お金を手元に置いておこう」と思えば、誰もお金を使わなくなり、景気が悪くなります。

反対に、給料が上がり、世の中に明るい兆しが戻ってくれば、お財布の紐もゆるみ、景気は上昇してゆきます。

経済でさえも、人の心が操っているのですから、当然、その心は、私達自身の人生をも大きく左右するほどの大きな影響力を持っています。

だからこそ、その心を如何に制御し、より良き方向へ導いていくかが問われる訳ですが、やっかいなのは、わが心でありながら、中々思い通りになってくれない事です。

ではどうすればよいのか?

思い通りにならない我が心をより良き方向へ導いてゆく為には、仏法に従う以外に道はありません。仏法に従っている限り、心が間違った方向へ進む事はありませんから、いつ如何なる時も、仏法に触れ、迷える心を正しい方向へと導いて行けるよう、心しておかなければなりません。

平成26年11月2日

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悟り(仏法)こそ救いなり(1)

活かされなかった過去の教訓

今年8月20日未明、広島市北部で発生した大規模な土砂災害によって、多くの方が犠牲になられました。

連日、テレビ画面に映し出される被災地の状況を見て、大自然の破壊力の凄まじさを思い知らされた記憶が、いまも生々しく残っています。

被害にあった住宅地の裏山は、花こう岩が風化して堆積した「まさ土」という広島特有のもろい地質で出来ており、大量の雨水を含んでボロボロになった「まさ土」が、土砂と樹木を巻き込みながら、土石流となって山裾の住宅地に流れ込んだのが、被害を大きくした要因ですが、広島では、過去にも今回と同じような土石流が発生して、多くの方々が犠牲になっています。

この時の大災害がきっかけとなり2001年に施行されたのが、『土砂災害防止法』ですが、防止法は、都道府県や市町村に対し、危険箇所を調査した上で、警戒区域や特別警戒区域を指定し、ハザードマップを作製するよう義務付けています。

しかし、特別警戒区域では、宅地開発が規制され、地価が下がるなどの理由から、地元住民の理解が得られないのが実情で、今回も、被災地域の多くがまだ警戒区域に指定されていませんでした。

広島県内の土砂災害危険箇所は三万二千ヶ所にも上り、都道府県の中で突出して多いにも拘らず、広島での災害を契機として施行された防止法がお膝下の広島で十分機能しておらず、過去の教訓が活かされなかった事が、被害を大きくした最大の要因と言っていいでしょう。

明暗を分けたもの

過去の教訓と言えば、三年前の平成23年3月11日、東北地方を襲った東日本大震災で生死を分けたのも、やはり過去の教訓でした。

阪神大震災の犠牲者六千四百三十四名をはるかに上回る一万八千人を越える犠牲者を出した東日本大震災ですが、犠牲者を一人も出さなかった地域がありました。

明暗を分けたのは、やはり過去の震災の教訓を忘れないようにと、代々語り継がれてきた災害伝承・津波伝承でした。

岩手県宮古市の姉吉地区は、明治29年(1896年)と昭和8年(1933年)に発生した二度の三陸大津波で、生存者がそれぞれ二名と四名という壊滅的な被害を受けました。

そこで、住民たちは、昭和八年の大津波の直後に、「大津波記念碑」を建て、全員で高台に家を建てて暮らすようになり、そのお陰で、姉吉地区の十二世帯四十人は全員助かり、家屋もすべて被害を免れました。

また、千二百人を超す死者と行方不明者を出した岩手県釜石市でも、三千人近い小中学生のほとんどが高台に避難して無事でしたが、その背景にあったのは、古くから津波に苦しめられてきた三陸地方の言い伝えである「津波てんでんこ」でした。

「津波てんでんこ」とは、「自分の責任で早く高台に逃げろ」という意味だそうですが、釜石市北部の大槌湾を望む釜石東中学校(生徒数二百二十二人)は、同湾に流れ出る鵜住居川(うのすまいがわ)から数十メートルしか離れていないため、津波が来ればひとたまりもありません。

地震が発生した時は、ちょうど各教室で下校前のホームルームが行われていましたが、揺れが一段落した後、担任教師が「逃げろ」と叫ぶと、みんな一斉に校庭に飛び出し、教師の指示を待たずに、高台に向かって走りだしました。

途中で、隣接する鵜住居小学校の児童三百六十一人も合流し、中学生が小学生の手を引きながら、みんなで高台に向かって走りましたが、いつも防災訓練で集まる高台まで来たものの、誰かが「まだ危ない」と言ったので、さらに高台にある老人施設まで避難しました。

学校から走った距離は、1キロにもなりましたが、教師たちが点呼をとって確認したところ、登校していた両校の児童全員が無事でした。両校の校舎が津波にのみこまれて壊滅したのは、その僅か五分後でした。

生徒全員が助かったのは、まさに奇跡と言っていいでしょうが、全ては、過去の教訓を忘れずに、津波の恐ろしさを語り継いできた努力の成果と言っていいでしょう。

仏法を後世に伝えるには

先人の教訓や叡智を後世に語り継ぐ事の大切さは、災害伝承や津波伝承だけに留まりません。

僧侶の私が申し上げるのは我田引水かも知れませんが、心の闇を照らし、人々を救済へと導く仏法もまた、後世に語り継いでいかなければならない人類の宝であり、これは、命を賭してでもやり遂げねばならない一大事と言っても過言ではありません。

歴史を顧みれば、多くの先覚者が、命がけで仏法の灯を伝えて下さったお陰で、私達はいま、真理の光明に照らされながら、道に迷う事もなく、心安らかに歩ませて頂く事が出来るのです。

だからこそ、私達には、先人があらゆる苦難を乗り越えて伝えて下さった仏法の灯を絶やすことなく、後世に伝えていく大きな責任(使命)がありますが、仏法を伝えるに当り、常日頃から自らに言い聞かせている事があります。

それは、仏法は口で伝えるものでも、言葉で聞くものでもなく、実践を通して伝え、行いを通して聞くものだという事です。

仏法(真理)を説く事を説法と言い、その法を聞く事を聞法と言いますが、法を説いたり、法を聞くだけでは、ただ知識としての教えの貸し借りをしただけに過ぎません。

この段階ではまだ真理(悟り)としての法を伝えた事にも、法を聞いた事にもなりません。

例えば、私が皆さんに「私は、こう悟りました」とお話しても、話を聞いた皆さんは、それで悟り(法)を得た訳ではありません。

ただ私からの借り物である知識(教え)を得たに過ぎないのです。

その借り物に過ぎない知識を、皆さんが自ら実践し、体験し、納得出来た時、初めて借り物であった知識(教え)が、皆さんの身に付いた財産(仏法)となります。

古歌に
 いっぱいの 飲みたる水の味わいを
   問う人あらば 何と答えん
と詠われていますが、法舟菩薩様の代受苦の御汗を意味する汗露水の味わいを幾ら伝えたいと思っても、言葉で伝える事は出来ません。

しかし、飲んでいただけば、すぐに分ります。これが自ら実践し、体験し、確認し、納得して頂くという事であり、行いを通して法を聞くという事です。

飲んでみるまでは、知識(教)として知っているだけで、飲むという実践(体験)を通して、ようやくお悟り(法)に変わるのです。

幾ら法を聞いても、聞いた段階では教え(知識)に過ぎず、その教えを、自らが行いに変えた時、初めて法(お悟り)になるという事だけは、どうか忘れないで頂きたいと思います。

有り難さを知って有り難さを知らず

法徳寺へ帰郷され、同じように説法を聞いておられる皆様の中にも、どんどん救われていくお方もいれば、中々救われていかないお方もおられます。

勿論、私は、帰郷された皆様を分け隔てして説法している訳ではなく、同じように説法しているつもりです。

聞法された皆様も、みな口を揃えて「とても良いお話を聞かせて頂き、有り難うございました」と言って帰って行かれます。

にも拘らず、このような違いが現れてくるのは何故か?

それは、私の説法をただ知識として聞くだけで終わっているお方と、それを実践し、体験し、確認し、納得しているお方がいるからです。

法舟菩薩様が、よく「有り難さを知って、有り難さを知らず」とおっしゃっておられましたが、これは、「説法をただ知識として聞いただけで、有り難がっていては駄目だ」という意味で、有り難いと感じれば、さらにそれを自らが実践し、体験し、納得して、悟りを深めていくことが大切であるとのお諭しです。

そこまで行って初めて、借り物(知識)が自分のものとなり、有り難いと言っていた言葉に血が通うようになるのです。

仏法を頂き、頂いた仏法を伝えていく為には、借り物(教)とお悟り(法)の違いをしっかり見極め、実践を通して借り物(知識)を自らの財産(悟り)としてゆく努力を怠ってはならないのです。

体験し納得する事の大切さ

以前、ご同行の中に、「今まで、あの人を憎いと思っていましたが、相手を拝まなければいけないと言われたので拝んでいたら、その人が変わってきました。自分が変われば、相手も変わると言われた事が、体験を通してようやく納得出来ました」とおっしゃっておられるお方がいましたが、そのお方は、菩薩様の「仇を拝めば冥利に尽きる」という教えを、実践によって確かめられ、教えを法(お悟り)に変えられたのです。

 仇をなす 人は菩提(さとり)の道しるべ
    仇を責めるな 仇でさとれよ
 憎しやと 思う人にぞ慈悲の手を
    かける人をば 仏とぞいう

今までは、仇を拝まなければいけないと、頭では理解しておられたのですが、中々相手を拝む事が出来ませんでした。

しかし、憎い人の救いを祈るようになったら、相手も変わり、「仇を拝めば、自分も救われる」という教えの意味が分ったのです。

分かったという事は、その教えが、その人のお悟りになったという事です。

頭で「仇を拝まなければいけない」と思っている内は、まだ知識(教え)であって、行いを通して体験し、納得して、初めてお悟りになるのです。

これは、体験によって得た悟りですから、永遠に消えることがなく、まさに身に付いた真の財産と言っていいでしょう。

法徳寺で説法を聞く(聞法)という事は、菩薩様から仏法をいただき、その法を実践して頂く為です。

聞法とは、言い換えれば、何をすればよいかを知り、日々の暮らしの中で実践していく為の準備作業に他なりません。

「お水にも手を合わせ、車にも手を合わせ、昇る朝日や沈む夕陽にも、手を合わせて感謝しなければいけない」という事が聞法で分かっても、実践しなければ、何も変わりません。実践をする事によって初めて納得する事ができ、聞法した事が自らの悟りとなって活きていくのです。

説法を聞いた直後、「よく分りました」とおっしゃるお方がおられますが、その時点では、まだ話を聞いて、何をすればよいかが分っただけです。

この段階で、「悟った」と思い違いをするお方が時々おられますが、この方々が陥りやすいのが、先ほどお話した「有り難さを知って、有り難さを知らず」という落とし穴です。

お悟りは、「聞法」によってではなく、「行法(実践)」によって初めて得られるものであるという事を常に忘れず、法を頂く時は、この落とし穴に足をとられぬよう、くれぐれも用心しなければなりません。

平成26年10月23日

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いのちあるうち いのちあるうち─お彼岸に寄せて

お彼岸の意味

9月23日の中日を挟んで一週間が秋のお彼岸になりますが、お彼岸中は、ご先祖を偲んで法要を勤めたり、お墓参りをされる皆様も、大勢おられると思います。

お彼岸とは、「此岸(しがん)」に対する言葉で、救いの世界を現しています。

昔から、此岸と彼岸の間を流れる川を「三途(さんず)の川」と名付け、亡くなられたお方は、みな三途の川を渡って彼岸へ行くと説かれていますが、これは譬えであって、実際にこのような川が、この世とあの世の間に流れている訳ではありません。

仏教を「内道」と言い、仏教以外の教えを「外道(げどう)」と言うように、心の救いを説いているのが仏教ですから、此岸も彼岸も三途の川も、すべて私達の心の中にあります。

三途とは、六道(六つの迷いの世界)の中の「地獄、餓鬼、畜生」の事を言います。

六道とは、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」の六つの世界を指し、三悪道と言われる地獄、餓鬼、畜生の世界から救われる事を譬えて、「三途の川を渡る」と言うのです。

昔から、三途の川を渡る時の為にと、棺に六文銭を入れるのが慣わしになっていますが、この六文銭には、迷いの世界である六道から救われて欲しいという願いが込められています。

お彼岸に込められた願い

お彼岸は、ご先祖供養の為に設けられた行事である事は言うまでもありませんが、それと同時に、生きている私達を彼岸に渡したいという願いの下に作られた行事である事を忘れてはなりません。

地獄は怒りの心、餓鬼は貪りの心、畜生は自分さえよければいいという自我我執の心によって作られる世界で、怒りと貪りと自我我執の心を制御しなければ、彼岸に渡る事は出来ません。

お彼岸と共に大切な仏事であるお盆は、釈迦十大弟子の一人、目連尊者が、餓鬼の世界に堕ちた母親を救った故事に由来しますが、目連の母親は貪りの心が強く、「惜しい欲しい」で生涯を送った為に餓鬼道に堕ちました。

菩薩様が作られた聖歌『救済和讃』の中に、
 この世の業が 分かれ道
 万苦が尽きる 地獄道
 欲しい惜しいが 餓鬼の道
 わが身ばかりが 畜生道
と詠われているように、「欲しい惜しい」という貪りの心で生きた人が堕ちる世界が、餓鬼の世界です。

餓鬼にも、「無財餓鬼」と「有財餓鬼」があります。

「無財餓鬼」は、あれも欲しい、これも欲しいと、飽くなき貪りの心に支配された強欲な人が堕ちる世界です。

「有財餓鬼」は、有り余るほどの財産があるのに、それを人に施すのが惜しいという、自分の財産に対する執着心の強い人が堕ちる世界です。

また貪り、怒り、愚痴嫉妬の三つを「三毒煩悩」と言いますが、仏教では、貪りの心は餓鬼の世界、怒りの心は地獄の世界、愚痴嫉妬の心は修羅の世界へ堕ちてゆくと決まっています。

地獄、餓鬼、畜生の三つに、自我我執の心で作る畜生の世界を加えて、「四悪道」といいますが、要するに地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの世界(六道)を心の中に作って苦しんでいるのが今の私達であり、その迷い苦しみの世界から、救いの世界である彼岸へ渡って欲しいという先人の願いが、お彼岸の行事に込められているのです。

決してご先祖供養の為だけに作られた行事ではないという事を、忘れないで頂きたいと思います。

吉祥天と黒闇天

こんな話が、経典に説かれています。

或るお家に、気品ただよう美しい女性が訪ねて来られ、「私は吉祥天という福の神です。お宅に、福徳を授けにまいりました」と言って、家の中に入って来られました。

ところが、吉祥天の後から、見るからにみすぼらしい女性がもう一人入って来られたので、家人が「どなたですか?」と尋ねると、「私は黒闇天(こくあんてん)という疫病神です」と名乗ったので、「疫病神に入ってもらっては困ります。どうぞお帰り下さい」と言って、追い返そうとしました。

すると、黒闇天は大笑いして、「先ほど入って行った吉祥天は、わたしの姉です。わたしたちはいつも一心同体ですから、わたしを追い出せば、姉の吉祥天も一緒に出て行かねばなりません」と言って、黒闇天を追い出したら、せっかく入って来られた吉祥天も黒闇天と一緒に出て行ってしまったというお話です。

とても示唆深い話ですが、この話が教えようとしているのは、吉も凶も、此岸も彼岸も、地獄も極楽も、幸も不幸も、苦も楽も、結局同じものだという事です。

つまり、吉凶禍福、幸不幸というものは、一枚の紙の裏表のようなもので、同じものを、どちら側から見るかの違いに過ぎないのです。

例えば、東京の空より、山梨の空の方が澄んでいて、空気も綺麗ですが、では、東京に住んでいる人は不幸で、山梨に住んでいる人は幸せだと言えるのでしょうか?

そんな事は断じてありません。

東京は山梨に比べ、都市機能も充実していて、暮らすにはとても便利で、山梨より優れた点が多々ありますが、では、山梨に住んでいる人は不幸で、東京に住んでいる人は幸せだと言えるのでしょうか?

これもまた違います。

東京は空気が汚れているから、山梨へ行けばきっと空気も美味しいし、快適な暮らしが出来るだろうと思って山梨へ来ても、やがて不満が出てくるでしょう。

また山梨は不便だから東京へ行けば便利で快適な毎日を送れるだろうと思って、東京へ引っ越しても、やはり不平をもらすようになるに違いありません。

何故なら、東京にも山梨にも、それぞれ優れた点もあれば、劣った点もあるからです。

私が申し上げたい事は、幸せばかりの世界(彼岸)も、不幸ばかりの世界(此岸)もないという事です。

「吉凶はあざなえる縄の如し」で、幸福のある所には必ず不幸が隠れ、不幸がある所にも必ず幸福が潜んでいます。

お釈迦様が、この世の有様を「四苦八苦」と説かれたように、この世が、苦しみ多き世界(此岸)である事は間違いありません。

しかし、苦しみだけの世界では、決してありません。この世が四苦八苦の世界であるなら、苦しみから救われる世界(彼岸)も、必ずこの世にあるのです。

よく、此岸はこの世、彼岸はあの世の事と誤解し、信心すれば、あの世の極楽浄土へ往生できると信じておられるお方がいます。

これは、先の例でいえば、東京は空気が汚いから、山梨へ行けば幸せに暮らせると言っているのと同じで、間違いではありませんが、正確ではありません。

何故なら、三途の川も彼岸も、地獄も極楽もすべて、この世にあるからです。

何故、この世にあると断言出来るのかといえば、地獄も極楽も、三途も彼岸も、苦しみも幸せも、すべて私達が作りだす世界だからです。

地獄も極楽も、私達が生きている所にしかありません。

ですから、私達が此の世にいれば、地獄、極楽もこの世にありますし、私達があの世に往けば、地獄、極楽もあの世に付いてきます。

地獄のようなこの世だから、あの世へ往けばきっと極楽浄土があるだろうと、信じたくなる気持ちは分かりますが、生きる世界を変えても、場所を変えても、何も変わりません。

苦しみから救われるのに、生きる世界を変える必要などないのです。

 浪の音 嫌じゃと思うて山ごもり
    声色変えて 松風ぞ吹く
という古歌があるように、生きる世界を変えても、場所を変えても、自分が変わらなければ何も変わりません。

もし私達が生きるこの世に苦しみ(地獄)があるなら、苦しみから救われる道(極楽)も必ずこの世にあります。

救いの道もないのに、苦しみだけが与えられる事は絶対にありません。

何が言いたいのかといいますと、いま何らかの苦しみを与えられていても、何ら悲観する必要はないという事です。

苦しみが与えられたという事は、ようやく救われる時期が来たというだからです。

苦しみが与えられた時が、まさに救われる時なのです

ですから、苦しみが与えられた時は、苦しむ為に与えられたのではなく、救われる為に与えられたのだと悟り、苦しみに感謝して、救いの道を求めればいいのです。

救いを求める事を「発心(ほっしん)」と言いますが、発心しなければ、救いの舟に乗って彼岸へ渡る事はできません。

 苦しみが あるから菩提の花が咲く
    苦を持つ人こそ しあわせなりけり
です。

吉祥天と黒闇天の話は、その事を教えてくれているのです。

お彼岸が教える真理とは

さて、われわれ日本人に馴染みの深いお彼岸ですが、数ある仏教国の中で、お彼岸の行事があるのは日本だけです。

一説には、聖徳太子が始められたとも言われていますが、芽の出る春と、散ってゆく秋にお彼岸の行事を作られた先人の叡智には、いつも感心させられます。

ご先祖を敬い、四季折々の美しい大自然に抱かれて生きてきた日本人だからこそ作り得た行事と言っても過言ではありませんが、お彼岸が教えている仏教の真理をご存じでしょうか?

一つは、「諸行無常」です。

「無常とは死ぬ事だ。死んでしまえば全て帳消しになる。だから、好きな事をして生きなければ損だ」とおっしゃるお方もいますが、無常とは、ただ死ぬ事ではありません。

文字通り、無常とは、移り変わる事を意味します。死んで終わりなら無常とは言いません。

 無常とは なくなることと思うなよ
    春夏秋冬 めぐり来るのに
という歌があるように、果てしない生死の繰り返しが無常であり、その中に居るのが私達です

いま私達は、親から子、子から孫へと受け継がれていく命のリレーの真っ只中にいます。

私の命は、無数のご先祖から受け継がれた命であると同時に、無数の子孫へとつながっているかけがえのない命でもあります。

その事を考えると、ご先祖への感謝の念と、後に続く次世代に命を守り伝えていかなければならない責任の重さを痛感します。

もう一つは、「中道の精神」です。

昼と夜の長さがほぼ同じである春分の日と秋分の日を彼岸の中日と定めているのは、苦にも楽にもとらわれず、右にも左にも偏らず、常に真理を見つめながら進んで欲しいという願いが込められているからです。

いつ願いに答えるのか?

この二つの真理を悟って、苦しみの原因である執着と分別心から自由になり、晴れて三途の川を渡って彼岸(極楽)へ到達して欲しいというのが、お彼岸を作られた先人の願いですが、その願いに答えるのはいつなのでしょうか?

その時は、生きている此の世の今をおいて他にはありません。

「いつやるの?今でしょう」と言って有名になった学習塾の先生がいましたが、まさに今がその時なのです。

「生きている内に渡れなければ、死んであの世へ往ってから彼岸へ渡ればいいじゃないか?」と言われるかも知れませんが、残念ながら、私達には、今という時しか与えられていません

頭で考えれば、確かに明日も明後日も、あの世もあるように思えますが、明日になっても、明後日にあっても、あの世になっても、私達が生きられるのは、明日の今、明後日の今、あの世の今だけなのです。

100歳の双子の姉妹として有名になった金さん、銀さんだって、100年を生きた訳ではありません。生きたのは、今という一瞬です。

その今の積み重ねが、結果として100年なり80年なりの人生になるだけに過ぎませんから、幾らあの世へ往ってから彼岸へ渡ろうと思っていても、あの世は永遠にめぐって来ないのです。

ですから、此岸から彼岸へ渡るのは、生きているこの世の今をおいて他にはありません。
 人の身は 咲いて散るこそ桜花
    いのちあるうち いのちあるうち

平成26年9月27日

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先祖供養は生き供養(4)

形のお葬式と心のお葬式

『先祖供養は生き供養(2)』の中で、「生前のお葬式のすすめ」と題して、生前にお葬式を済ませておく事の意義についてお話しました。

お葬式とは、剃髪をし、戒律を授け、仏弟子となって、み仏の下で修行して頂く為の得度式ですから、お葬式は、本来亡くなってからするものではなく、生きている内にこそ済ませておくべきものなのです。

皆さんは、「お葬式は生前に済ませておくべきものだ」と聞かれると、さぞ驚かれるでしょうが、現に「生きている内にお葬式を済ませました」と言われるお方も大勢おられます。

実は私もその一人で、生前にお葬式を済ませています。私は、出家するに当り剃髪得度し、み仏の弟子となりましたが、この得度式が、私のお葬式であり、生前にみ仏から受けた引導です。

私は、出家得度によって一度死に、生前使っていた名前(俗名)を捨てました。そして、生まれ変わった証として、新たに「良空」という僧名を頂きましたが、この「良空」という名前が、私の戒名なのです。

つまり、私たち僧侶は、生前にお葬式(引導)を済ませていますから、もう死んでからお葬式をする必要がないのです。

念のために言えば、ここに言う「生前にお葬式を済ませておく」という意味は、ただ出家得度して僧侶になるという意味ではありません。

勿論、出家する事も、生前のお葬式には違いありませんが、在家のままで、形だけの得度(在家得度)を済ませておく事も可能で、そのような制度を設けている宗派もありますし、希望者に在家得度をしてくれる寺院もあります。

しかし、これらはあくまで得度という形を通しての生前のお葬式ですから、「そこまでしなくてもいい」と思われるお方もいるでしょう。

そんなお方は、形としての生前得度ではなく、心の生前得度(心のお葬式)をなさっておかれてはいかがでしょうか?

この心のお葬式は、出家得度や在家得度という形で生前のお葬式を済ませる場合にも重要で、得度する真の目的は、心のお葬式を済ませる為にこそあると言っても過言ではありません。

しかし、残念ながら、形のお葬式である出家得度や在家得度は簡単に出来ても、心のお葬式を済ませるのは、そう簡単ではありません。

心と言う最も手強い相手のお葬式をする訳ですから、厳しさを覚悟しなければなりませんが、手強い相手だからこそ、心のお葬式を済ませられた暁には、きっと最強の人間として生まれ変わっておられるに違いありません。

維摩居士の病気見舞い

そもそも、心のお葬式とは何でしょうか?

肉体のお葬式は、文字通り、死んでから行う儀式ですが、生前にその死(死への恐怖)を乗り越える為に行っておくのが、心のお葬式と言っていいでしょう。

『維摩経(ゆいまきょう)』という経典があります。

これは、在家の身でありながらお釈迦様の弟子たちも太刀打ちできないほどの智慧を持つ在家の信者・維摩居士を主人公にした大乗仏教経典で、展開していく話の内容がとても面白いため、よく読まれている代表的な経典の一つです。

内容について簡単にお話しますと、或る日、維摩居士が病気になります。病気と言っても肉体の病気ではなく、已むに已まれぬ大慈悲心によって起こる疾いなのですが、お釈迦様は、それを承知で、弟子たちに「誰か、維摩居士の病気見舞いに行ってくれませんか?」と尋ねます。

しかし、見舞いに行こうと申し出る弟子は一人もいません。

と言うのも、弟子たちはみな、以前、維摩居士から、修行の在り方や説法の内容について忠告されたり、注意されたりして、やり込められた経験があるため、見舞いに行けば、またやり込められるのではないかと思い、戦々恐々としているのです。

例えば、釈迦十大弟子の中で「智慧第一」と言われる舎利弗(しゃりほつ)尊者は、悟りを開くには心を鎮めて瞑想するのが最も優れた修行だと信じていたので、ある日、静かに坐禅をしていました。

すると、維摩居士が通りかかり、「舎利弗さん、何をしているのですか? 本当の坐禅は、ただ一人座って瞑想する事ではありませんよ。日常生活の中に、本当の坐禅があるのですよ」と諭された事があったので、素直に「病気見舞いに行きます」とは言えないのです。

法舟菩薩様の『道歌集』の中に、
 へだてなく ひとりびとりが仏行を
   人に示すを 坐禅というなり
という一首がありますが、維摩居士もまた、真の坐禅とは何かを、舎利弗に問うたのです。

「論議第一」と言われる迦栴廷(かせんねん)も、その他の弟子たちも、舎利弗と同じように、維摩居士にやり込められた経験があるので、「そのようなお方のお見舞いはとても荷が重すぎます」と言って、みんな病気見舞いに行こうとはしません。

結局、誰も申し出る者がいないので、お釈迦様は文殊菩薩を名代として見舞いに行かせるのですが、文殊菩薩が訪ねると、維摩居士は、がらんとした部屋にベッドをおいて休んでいました。

文殊菩薩の姿を見た維摩居士は、「文殊菩薩よ、よく来てくれました。去るものにも来るものにも執着することなく、また見るものに拘ることなく、在るがままを観ずる不動の境地におられる文殊菩薩に来て戴いて、有り難く思います」と言って、御礼を述べると、文殊菩薩も、「丁重にお見舞いするようにというお釈迦様の心遣いを伝えるため、私が代表してお見舞いにまいりました」と答えます。

文殊菩薩が、「居士の病の原因は何ですか?」と尋ねると、維摩居士は、「愚痴により道に迷い、愛着のために病は生じます。世間の人々が執著のために道に迷い、病んでいるために私も病むのです。人々の病が消滅すれば、私の病も消滅します。菩薩道を歩む者は、人々をこの愚痴から救い出すために生死の輪廻の世界へ生まれてきました。生や死にこだわれば病になります。人々が生死の病から離れることができれば、菩薩もまた病を離れられます。子供が病気になれば、両親も病むようなものです。その病気の原因は何かと言われれば、菩薩道を歩む者の病とは、大悲のもたらすものです」と答えます。

要するに、維摩居士はここで、「病気の原因は二つある。一つは、煩悩から来る分別と執着(愛着)、もう一つは、衆生を救いたいという大慈悲心である」と言っているのです。
 凡夫の病は 煩悩より生じ
   菩薩の疾いは 大悲より起こる

舎利弗尊者と花びら

この後、凡夫の病の原因である煩悩(分別と執着)について、舎利弗尊者が天女に諭される場面が出てきますが、天女は、六道(迷いの世界)の中にある天上界に住む天人ですから、お釈迦様の弟子の中で最高位である阿羅漢(あらかん)となった舎利弗よりも低い下の位にいます。

ですから、本来なら上の位にいる舎利弗が天女から諭される筈はないのですが、この天女の正体は、人々を救う為に姿を変えた菩薩であるため、阿羅漢に過ぎない舎利弗は、天女の前にたじたじとなってしまうのです。

いつでも維摩居士の教えが聞けるようにと、以前から維摩居士の家に住み着いていた天女は、文殊菩薩と維摩居士の問答を聞いて大変感動し、天空から蓮の花びらを撒くのですが、この時、不思議な事が起こったのです。

花びらは、文殊菩薩や維摩居士の体には一枚も付着せず、そのまま地面に落ちていったのに、お釈迦様の弟子たちには、何故か付着して離れなかったのです。

文殊菩薩や維摩居士に付着しなかった花びらが、自分たちの体に付着し、どんどん増えていくので、舎利弗たちは花びらを振り落とそうと焦り始めます。

その光景を見ていた天女が笑いながら尋ねます。

「舎利弗尊者、いかがなさいましたか?」
「いや、この花びらがくっついて離れないのです」
「なぜ、花びらを振り落とそうとなさるのですか?」
「出家者に花びらは相応しくありません。出家者は身を飾ってはいけないのです」
「舎利弗尊者、それはおかしいですね」
「なぜですか。出家者は身を飾らぬのが戒律です」
「舎利弗尊者、この花びらは花びらに見えますが、真理そのものなのです。飾りではありません」
「この花びらが真理そのもの?」
「そうです。この花びらは真理そのものです。花びらは、あなたにくっつこうなどとは考えていません。ただあるようにあるだけなのです。
舎利弗尊者、あなたの方が『この花びらは出家者に相応しいか相応しくないか』などと分別をしているだけなのです。
あなたたちが、勝手に良し悪しを判断しているから、花びらがくっつくのです。
舎利弗尊者、ただ在るがままに在るだけの世界を勝手に判断し、勝手に分類し区別することを、分別といいます。
分別は妄想です。したがって、分別は真理から外れた行為です。
そんな分別は捨てるべきです。見てごらんなさい。分別を捨て去った菩薩には花びらはつきませんよ。
花びらだけではありません。
恐怖は、ありもしない不安を抱えている人につくものであり、苦しみを恐れる人ほど快楽におぼれます。
分別から離れれば、美しいも醜いもなく、恐怖も安心もなく、苦も快楽もなく、おいしいもまずいもありません。すべては平等です。
すべてを受け入れられれば、何の禍も恐怖もありません。
この花びらは、物事をあるがままに見られず、分別し、執着する人にくっつき離れないのです。
分別を去り、在るがままに物事を見ることができる人にはくっつかないのです」

無常悟れば涅槃に帰る

こう言って天女は、あれこれと分別している舎利弗を諭し、分別や執着から離れる事の大切さを説いたのです。

分別するという事は、「あれかこれか、善か悪か、右か左か、幸か不幸か、苦か楽か、地獄か極楽か、好都合か不都合か」と言うように、自分の立場から物事を推し量り、二者択一を判断する事です。

しかし、悟りの世界には、一切の分別がありません。在るがままの世界ですから、あれが良い、これが悪いというような分け隔てがないのです。

そこにあるのは、苦もなければ楽もなく、生もなければ死もない世界です。分別を離れれば、執着もなくなり、在るがままの涅槃(ねはん)の世界が現れてきます。生きている世界が、そのまま極楽になるのです。

法舟菩薩様の御法歌に、
 生死なく 欲も苦もなく我もなく
  無常悟れば 涅槃に帰る
という法歌がありますが、一切の分別を捨て、執着を離れれば、涅槃(極楽)の世界に帰る事が出来るのです。

一切が移り変わる無常の真理の中にあって、幾ら何かを握っていようと執着していても、移り変わりゆくものを留める事は出来ません。結局全てを在るがまま受け入れざるを得ないのです。

例えば、死を目前にして幾ら財産や地位や名誉にしがみついていても、そんなものは何の役にも立ちません。

そこで役立つものは、一つしかありません。要するに、目前の死を、在るがまま受け入れられる心です。

そして、死を在るがまま受け入れる為には、「生は好いが死は好くない」という分別を離れ、生に対する執着を捨てなければなりません。

法舟菩薩様が、
 生も好し 死もまた好きかな桜花
   散れば咲きにと また帰り来る
と詠っておられるのはその為ですが、この境地が開けたとき、あなたは、紛れもなく、生きている内に心のお葬式を済ませたお方の一人になっているに違いありません。

何故なら、あなたはすでに一切の分別を捨て、執着を離れて、超え難き生死の壁を乗り越えておられるからです。

つまり、心のお葬式を済ませるとは、生死の壁を乗り越えられるまでの心に到達する事であり、「生も好し死もまた好きかな」と言える悟りの境地を開く事に他なりません。

その境地に到達し、心のお葬式を済ませた暁には、あなたの心を煩わせるものは、もはや何一つないでしょう。


平成26年10月3日

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先祖供養は生き供養(3)

遺骨は畏敬の念の象徴

次に二つ目の論点である「遺骨は引き取らなくてもよいのか?」についてです。

記事には「遺族は東日本では全骨を引き取るのに対し、西日本では3分の1程度であり、残りは火葬場などが処理している。ならば、理屈上は、全骨処理してもらってもおかしくはなく、それで遺族は墓の確保が不要になる」と書かれていますが、この論理は飛躍しているのではないでしょうか。

確かに西日本には、埋葬用の遺骨と、分骨用の遺骨を収集し、残った遺骨は火葬場にある慰霊塔に祀って頂くという慣習があります。

ならば、理屈上は、全骨処理してもらってもおかしくはない」と言われるのですが、残った遺骨を火葬場の慰霊塔に祀って頂く慣習があるからと言って、何故それが全ての遺骨を火葬場に処理してもらってもおかしくないという結論に結びつくのか、私には、よく分かりません。

言うまでもありませんが、遺骨は、物ではありません。残された遺族にとっては、苦楽を共にしてきた亡き父母や家族の生きた証であり、先立った者にとっては、遺族を信仰へと導くかけがえのない救いの依り代なのです。

亡くなった人と、残された遺族とを結びつける精神的支柱ともいうべき遺骨の処分を、あたかも物を処分するかのように、他人に委託するという安易な発想の先に待っているのは、わが先祖の供養までも他人任せにしようという寒々とした慣習ではないでしょうか。

また島田氏は、「日本人は骨に対する執着・信仰があるというが本当なのか?」と仰っておられるようですが、日本人にあるのは、「骨に対する執着や信仰」ではなく、「ご先祖に対する畏敬の念」ではないでしょうか。

ご先祖に対する畏敬の念が、代々受け継がれてきた中で、埋葬方法が土葬から火葬に変わった結果、現在は遺骨を祀るという形に統一されているだけであって、ご先祖に対する畏敬の念は、父母やご先祖の遺体がそのまま埋葬されていた土葬の時代も、遺骨だけが残る火葬の時代も、まったく変わっていません。

つまり、遺骨は、亡き父母やご先祖を畏敬する象徴であり、土葬の時代の遺体と同じく、遺骨と畏敬の念を切り離す事は出来ないのです。

更に「遺骨を大切にするという「常識」は、戦争で膨大な戦没者が出たために遺骨への思い入れが強まったことと、火葬の普及が重なったために、戦後に出来上がったもの」との指摘にも疑問を抱かざるを得ません。

戦後になって、遺骨を大切にするという慣習が、日本人の「常識」となったのではなく、土葬、火葬の時代を問わず、先祖を敬う畏敬の念が、日本人の「常識」として、親から子、子から孫へと受け継がれてきたのです。

戦争で膨大な戦没者が出たから、遺骨を大切にする思いが強まった」と仰っておられますが、土葬の時代から受け継がれてきた亡きご先祖への畏敬の念が、たまたま土葬から火葬に変わっていった結果、遺骨を大切にするという形に変わり、戦争という悲劇の中で大勢の戦没者が出た事で、更にその思いが深まったのです。

要するに、根底に流れるご先祖に対する畏敬の念は、全く変わっていないのです。

島田氏の言うように、戦争という契機があったから、遺骨を大切にするという思いが強まった訳では決してありません。

両墓制について

記事には「日本では、埋め墓と詣り墓の両墓制を取り、詣り墓にだけ参る慣習も一般的だった」とあり、「だから、遺骨に対する思い入れは深くないから、遺骨を引き取らなくても全く問題はないのではないか?」と言う事ですが、確かに、日本では、遺骨を埋葬する為の埋め墓と、お詣りする為の詣り墓の両墓制が取られていたのは事実で、現在でも両墓制を取る地域が存在します。

何故このような慣習が生まれたのかは知りませんが、埋め墓の場所がお詣りするのに不便であったり、何らかの事情があったのでしょう。

そのような地域では、両方の墓にお詣りする遺族もいれば、詣り墓にだけお詣りする遺族もいるでしょうが、だからと言って、何故島田氏の言うように、短絡的に「詣り墓だけしかお詣りしないのだから、遺骨に対する思い入れは浅く、遺骨を埋葬する墓も必要ない」という結論になるのでしょうか?

島田氏の言っている事と現実は、むしろ逆ではないかと思います。つまり、「詣り墓だけしかお詣りしないのだから、遺骨を埋葬する墓は必要ない」のではなく、「埋め墓が別にあるからこそ、詣り墓だけにお詣りしてきた」のです。

詣り墓は、埋め墓がある事を前提に作られたお墓であり、もし埋め墓がなくなれば、詣り墓が存在する意味も失われます。詣り墓は、埋め墓がなければ存在しえないお墓なのです。

私の知る限り、埋め墓と詣り墓を持つ家はあっても、詣り墓しか持たない家は一軒もありませんが、それは、埋め墓のない詣り墓は、最初から想定されていないからです。

要するに、どう考えても、「詣り墓だけしかお詣りしないのだから、遺骨は引き取らなくてもよいし、埋め墓も必要ない」という結論にはならないのです。

今も変わらない四苦八苦の人生

更に「長寿化が進み、「大往生」の時代になった今、「多くの日本人は自分が十分生きたと思い、現世よりも浄土がいいとは思えなくなっている。四苦のうちの『生』は苦ではなくなっている」のだから、「この世が苦界である事を前提として極楽往生を説く仏教的信仰は変わりつつあり、それが、葬儀の簡素化にもつながっている」と仰っておられますが、ここにも誤解があるように思います。

仏教で説かれる四苦とは、「生老病死」苦の事ですが、文字で書くといかにも四つの苦しみが別々にあるかのように見えますが、この四苦は一体のものであり、四苦の「生」には、老苦と病苦と死苦も含まれており、老病死苦のない「生」など最初から存在しません。

ですから、もし「四苦のうちの『生』は苦ではなくなっている」のであれば、老も病も死も、苦でなくなっていなければなりません。

逆に、もし老も病も死も、苦であるなら、生もまた苦である筈です。

確かに日本は、世界一と言われるほどの長寿国になりました。しかし、世界に誇れる長寿化は、日本人から、生きる上での生老病死の苦を取り除き、「大往生」の時代をもたらしてくれたのでしょうか?

大往生とは、ただ長生きする事ではありません。病院のベッドの上で、様々な機械につながれ、死を待つだけの延命では、いくら長生きしても「大往生」とは言えません。

島田氏が、苦しみではなくなっていると言われる「生」の長寿化は、認知症人口の増加や、病気を苦にした自殺、介護疲れによる殺人、死を待つだけの病院での延命治療など、むしろ様々に形を変えた「老病死」苦を加速させているのではないでしょうか?

要するに、世界一の長寿国の現実は、四苦八苦を説かれた2500年前のお釈迦様の時代と本質的に何ら変わっていないだけでなく、長寿化による新たな苦しみが、次々と私たちに降りかかっているのです。

変わったのは、肉眼に映る現象界だけで、悩み苦しむ存在としての人間の本質そのものは、お釈迦様の時代と何も変わっていません。

0葬は無常を説く仏教本来の立場なのか?

島田氏は、「仏教は無常を語るのだから、0葬の方向性の方が本来であるはず。仏教も歴史と共に変化するもので、葬式仏教とは別のあり方が見直されていくと思う」と述べておられますが、葬式仏教が見直されていく事には私も大賛成です。

しかし、その事と、遺骨の処理を火葬場に委託して引き取らない事とは、何の関係もありません。

そもそも仏教が無常を説くのは、無常を悟る事が、魂の救済にとって必要不可欠だからであって、それ以外の何ものでもありません。遺骨を引き取らない0葬の方向性と、無常を説く仏教本来の立場は、まったく次元の異なる問題です。

私は、全骨を引き取らずに火葬場で処分してもらうという唯物的思考こそが、まさに無常を説き、魂の救済を目指す仏教思想に相反する思考ではないかと思います。

島田氏が、このような提案をされるのは、お葬式や戒名料、墓地や墓石にかかる費用が余りにも高額である事がその背景にあるようですが、その点に関しては、私も忸怩たる思いを禁じ得ません。

死後得度式とも言うべきお葬式(引導作法)に、多額の費用がかかるというのは、僧侶の眼から見ても、異常という他はありません。

しかし、だからと言って、短絡的に「お葬式は必要ない。遺骨も引き取らなくてよい」と結論付ける事には、賛成出来かねるのです。

今も言ったように、このような考えが「無常を説く仏教本来の立場」であろう筈がなく、「魂の救済」を説く仏教精神から見れば、本末転倒と言わざるを得ないからです。

先骨を叩く餓鬼と、先骨を拝む天人

次のような話があるのをご存じでしょうか?

釈迦十大弟子の一人で、「多聞第一」と言われた阿難尊者が、お釈迦様のお供をして、教化の旅に出ておられた時の事です。

ふと前方を見ると、雨ざらしになっている白骨を叩いている餓鬼がいるので、不思議に思った阿難尊者は、「どうしてあの餓鬼は、白骨を叩いているのでしょうか?」とお釈迦様にお尋ねしたところ、お釈迦様は、「あの白骨は、餓鬼の前世の白骨なのだよ。あの白骨の為に、餓鬼道に墜ちてしまったので、自分の前世の白骨が恨めしくて、あのように叩いているのだよ」と仰せになりました。

また暫く行くと、今度は、白骨を一生懸命拝んでいる天人がいたので、阿難尊者は、「どうしてあの天人は、白骨を礼拝しているのでしょうか?」とお尋ねすると、お釈迦様は、「あの白骨は、天人の前世の白骨なのだよ。あの白骨のお陰で、天上界に生まれ変わる事が出来たので、有り難いと言って、前世の自分の白骨を、一生懸命拝んでいるのだよ」と仰せになりました。

天上界は、所謂「六道(六界)」の一つで、餓鬼の世界と同じ迷いの世界なのですが、六道の中では、最もすぐれた世界なので、この天人は、自分を天上界に導いてくれた前世の白骨を拝んでいたのです。

迷いの世界の一つに過ぎない天上界に生まれ変われただけでも、天人が拝むほどに尊い前世の白骨なのです。ましてや、悟りの世界(極楽)を目指して精進していこうとする人にとって、お葬式で引導を受けた白骨の尊さは、天人が拝んでいた白骨の比ではありません。

引導を受けた白骨は、これから仏の世界を目指して精進していこうという何ものにも替え難い尊き白骨なのです。

勿論、生前、六道を輪廻して迷っていた肉体ではありますが、たとえそうであったとしても、仏法に出会い、引導を受けて発心し、これから精進していこうというのですから、これほど尊い白骨は他にありません。

お釈迦さまのご遺骨(仏舎利)は、この上もなく尊いご遺骨として、五重塔の露盤の中や、多宝塔の中に納められていますが、それは、六道輪廻の人生に終止符を打たれたお釈迦さまの人生が、この上もなく尊く、気高いものだからです。

そのお釈迦さまを範として、六道輪廻の人生に終止符を打たんがため、生前に、み仏の御宝前で、発心修行をお誓い出来ればそれに越した事はありませんが、仮にご縁がなかったとしても、人生最後の幕を閉じるに当って死後得度式を執り行い、引導を受けて、み仏の弟子として生まれ変わる事が出来れば、これに勝る喜びはありません。

その意味で、お葬式は、これから悟りの世界を目指して発心修行していこうとするお方にとって、この上もなく目出度い門出の儀式と言っても過言ではないでしょう。

にも拘らず、み仏に発心修行を誓った尊い遺骨を拝ませて頂く事もなく、火葬場にその処分を委託することになれば、「何のためのお葬式なのか?」と言わなければなりません。

後に残った御遺族は、亡き方々の発心修行が無事に成就し、一刻も早く悟りの世界に生まれ変われるよう、供養を通して支えていかなければならないのです。

そこにあるのは、死者と遺族が、仏の世界を目指して共に精進している尊い姿があり、その千載一遇の仏縁を逃す事は、自らの救いをも逃すに等しいと言わねばならないでしょう。

勿論、墓地や墓石が余りにも高価で、遺骨を埋葬したくても出来ないという事情がある事は重々承知していますが、その点に関しては、法徳寺の納骨堂「帰郷庵」のような、寺院や自治体が運営する納骨堂を活用したり、共用墓地を利用するなど、経済的に負担の少ない埋葬方法が他に幾らでもあります。

大切な事は、遺骨を埋葬し供養する事が、死者のためだけではなく、生きている私達が幸せに生きていく上で欠かせない仏行であるという事です。

墓地や墓石は、お金を出せば手に入るかも知れませんが、幸せは、いくらお金を積んでも買う事は出来ません。ましてや、ご先祖への畏敬の念を忘れていては、福の神を招き入れたくても、お迎えする事さえ出来ないのです。

合掌

平成26年6月5日

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先祖供養は生き供養(2)

遺骨を引き取らないのが究極の形?

今年(2014年)5月5日付け『読売新聞』朝刊の文化面に、「遺骨引き取らない究極の形」と題する次のような記事が掲載されていました。

『葬式は、要らない』(2010年刊)で論議を巻き起こした宗教学者の島田裕己氏(60)が、今度は『0葬』(集英社)を著した。簡素な葬儀どころか遺骨すら引き取らないという、究極の葬送を提案する驚きの書だ。(文化部 植田滋)

島田氏は形式的で高額な現代の葬式のあり方を批判し、簡素化や不要論を提起してきた。新著でも、葬儀や墓に「資本の論理」が入り込み、数十万~数百万もの費用がかかる実態を紹介。家族葬など簡素化が進む背景には、葬送で儲けようとする人たちへの「人々の静かなる抵抗があるような気がする」と述べる。

新著が衝撃的なのは、遺骨全部(全骨)を火葬場の処理に任せ、引き取らない「0葬」を提案している点だ。氏によれば、遺族は東日本では全骨を引き取るのに対し、西日本では3分の1程度であり、残りは火葬場などが処理している。ならば、理屈上は、全骨処理してもらってもおかしくはなく、それで遺族は墓の確保が不要になるという。

しかし、それでは死者を粗略に扱うことにはならないか。氏は「日本人は骨に対する執着・信仰があるというが、本当なのか」と疑う。

日本では、埋め墓と詣り墓の両墓制を取り、詣り墓にだけ参る慣習も一般的だった。遺骨を大切にするという「常識」は、戦争で膨大な戦没者が出たために遺骨への思い入れが強まったことと、火葬の普及が重なったために「戦後に出来上がった」ものだという。

東日本大震災を経た現在は、「死者と生者の絆」が見直され、きちんと葬ってもらえない「無縁死」も問題となっている。0葬の方向性はこれに逆行するかに見えるが、「死者との交わりを大切にするのは東北の地域性にもよる。無縁死が問題だというが、これを防ぐために日本人が積極的に行動したとは思えない。むしろ無理な人間関係作りを煩わしいと感じ、無縁化してきたのが都会の人々。そうした人たちにかなった葬送も必要になる」。

また島田氏は、葬送の簡素化には、日本人の宗教観の変化も反映していると指摘する。伝統的に葬儀を担ってきた仏教では、生老病死を「四苦」と捉え、苦しみの多い現世から離れ、極楽浄土を求める厭離穢土・欣求浄土の信仰を培ってきた。しかし、長寿化が進み、「大往生」の時代になった今、「多くの日本人は自分が十分生きたと思い、現世よりも浄土がいいとは思えなくなっている。四苦のうちの『生』は苦ではなくなっている」と言う。

氏は、皆が0葬にすべきだというのではなく、「0葬を考えることで、各人が本当に何が重要で、何が余計なのかを見極めてくれれば」と話す。葬送の簡素化は寺には経済的打撃だが、「仏教は無常を語るのだから、0葬の方向性の方が本来であるはず。仏教も歴史と共に変化するもので、葬式仏教とは別のあり方が見直されていくと思う」。

お葬式と告別式の違い-引導の意味

この記事を読んで、皆さんはどのように感じられたでしょうか?

様々な感じ方や意見があるでしょうが、論点は二つあると思います。一つは、「お葬式は必要なのか不要なのか?」、もう一つは「遺骨は引き取らなくてもよいのか否か?」という事です。

まず「お葬式は必要なのか不要なのか?」という論点ですが、この問題を考える上で先ず知っておいて頂かなければいけないのは、そもそも「お葬式とは何か?」という事です。

現在行われているお葬式は、狭義の意味でのお葬式と告別式が合体した形で行われているため、お葬式も告別式も同じだと誤解しているお方も大勢おられると思いますが、この二つは、全く違う儀式です。

告別式は、文字通り、亡くなられたお方と、生前お付き合いのあった方々とのお別れの儀式ですが、お葬式は、亡くなられたお方の御霊を導く為に行なわれる引導作法なのです。

「引導を渡す」という言葉があります。世間では、「とどめを刺す」「諦めさせる」というような意味合いで使われていますが、本当の意味は、迷いの世界から救いの世界(悟りの世界)に導く事、つまり、救済する事を言います。

つまり、「必ず迷いの人生に終止符を打ち、み仏の元へ帰れますから、諦めてはいけません。私を信じてついてきて下さい」と言って、亡くなられたお方を導く事が、「引導を渡す」という意味なのです。

決して世間で言われているような、「迷いの人生に終止符を打つのは不可能だから、諦めなさい」と言って、最後通牒を突きつける事ではありません。

誰が引導を渡すのか?

お葬式が、死者に引導を渡す儀式であるとすれば、次は「誰が引導を渡すのか?」という事ですが、島田氏の著書『葬式は、要らない』には、松本市の神宮寺の住職である高橋卓志氏が、「戒律を守っていない僧侶が、戒律を授け、戒名をつけ、引導を渡すのは自己矛盾である」と言っておられる事や、島田氏自身も同様の見解を述べておられる事から、両氏が「引導を渡すのは僧侶だ」と考えておられるのは間違いないでしょう。

恐らく、一般の方々も、両氏と同じ考えではないかと思いますが、引導を渡すのは、実は僧侶ではありません。

ご存じのように、仏教では、「六道輪廻」と言って、私たち衆生は、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」の六つの世界(六道)を彷徨いながら、果てしなく生死を繰り返している(輪廻転生している)と説いています。

弘法大師も、その著『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の中で、
 生まれ生まれ生まれ生まれて
  生のはじめに暗く
 死に死に死に死んで
  死のおわりに冥(くら)し
と説いておられるように、自分がどこから来て、どこへ帰っていくのか、自分は一体何者なのか、その正体を知らずに迷い続けているのが、私たちなのです。

果てしない過去から流転生死を繰り返し、現在も彷徨い続け、流転生死の人生を限りない未来へ相続して行こうとしている私たちに、万劫(まんごう)にも得がたいと言われる人の身を与えられたのは、このような迷いの人生を生きる為ではありません。

では一体何のために人の身を与えられたのでしょうか?人生を生きる目的とは何なのでしょうか?

私たちが、犬や猫や鳥や虫や魚や、その他の生類に生まれず、人の身を与えられた究極の目的は、果てしなく続く六道輪廻の人生に終止符を打ち、親様であるみ仏の元に錦を飾って帰るためであり、それ以外にはありません。

つまり、あなたも私も、「選ばれし者」として、この世に生を受けたのです。

しかし、その本分を悟らず、様々な罪を作っては汚れ、迷いの人生に終止符を打つ術を見失っているのが、今の私たちです。

このままでは、迷いの人生に終止符を打つという、生まれてきた本来の目的を果たす事など、不可能と言わねばなりません。

そこで、親様は、迷い多き人生に終止符を打ち、晴れて生まれ故郷へ帰ってこれるよう、私たちを引導して下さる幾多の聖者を遣わされたのです。それが、お釈迦様をはじめとする、先覚者と言われる方々です。

先程、「引導を渡すのは、僧侶ではありません」と言ったのは、その為です。

要するに、亡くなられたお方に引導を渡し、迷いの人生に終止符を打つ手助けをして下さるのは、私たちを引導するよう親様から遣わされた、お釈迦様をはじめとする先覚者の方々です。

では、「お葬式で導師を務める僧侶の役目は何か?」と言いますと、お釈迦様やみ仏が引導を渡される名代を勤めるに過ぎません。引導を渡して下さるお釈迦様やみ仏は、私たちの眼には見えません。そこで、僧侶が名代となり、目に見える形で、お釈迦様やみ仏が引導をして下さっている事を教えているのです。

迷いの人生に終止符を打つのですから、引導を渡せるのは、悟りを開かれたお方、つまり、お釈迦様やみ仏以外にはおられません。

ましてや、亡くなられたお方は、目に見えない世界に旅立たれ、我々の手の届かない所へ行かれたのです。その方たちを引導し、親様の元へ帰る手助けが出来るのは、目に見えぬ世界におられるお釈迦様やみ仏しかいないではありませんか。

高橋卓志氏は、「戒律を守っていない僧侶が、戒律を授け、戒名をつけ、引導を渡すのは自己矛盾である」と仰っておられますが、まさにその通りで、僧侶が引導を渡せる筈がありません。もしそう考えている僧侶がいれば、それは大いなる誤解であり、妄想と言わざるを得ないでしょう。

お葬式において引導を渡せるのは、み仏をおいて他にはいないのです。

島田氏は、戒名や高い戒名料の事を問題視されていますが、問題を複雑にしている要因の一つに、「誰が引導を渡すのか?」という点に関する島田氏の誤解がある事は間違いありません。

お葬式は死後得度式である

次に、お葬式はどのように行われるのかを具体的にお話しますと、まずみ仏の名代である僧侶(導師)が、亡くなられたお方に、剃髪を行い、戒律を授け、今日からみ仏の弟子となって六道輪廻の人生に終止符を打つための修行が始まる事を訓戒します。

勿論、導師となる僧侶は名代に過ぎませんから、見えぬ世界で死者に剃髪を行い、戒律を授け、訓戒をしているのは、み仏ですが、この儀式は、私たち僧侶が出家する時に受ける得度式に相当します。

つまり、お葬式とは、迷いの人生に終止符を打つに当り、仏の弟子となって、み仏の教えに従って精進していく事を誓う儀式であり、我々僧侶が生前に受けた得度式を、亡くなってから行うものなのです。

その事を前提として、島田氏が仰っておられる「お葬式は要らない」という意味が、「告別式は要らない」という意味なのか、それとも「告別式だけでなく、お葬式(引導)も要らない」という意味なのかを検証したいと思いますが、同氏の『葬式は、要らない』という本を読む限り、「告別式だけでなく、お葬式(引導)も要らない」という後者の意味で言っておられるようです。

後者の意味ではなく、「告別式は要らない」という前者の意味であれば、全く問題はありません。

最近、告別式を取りやめ、家族や近親者だけでお葬式を行う家族葬(密葬)が増えてきている背景には、告別式が年々贅沢なものとなり、死者のための儀式なのか、後に残された者の見栄や世間体の為に行われる儀式なのか分からなくなってきている事や、超高齢社会となり、故人の知り合いが少なくなって告別式をする必要性がなくなってきている事など、様々な事情があり、告別式を省略し、近親者だけで見送る家族葬(密葬)が増えているのは、ごく自然の流れなのかも知れません。

忘れてはならない救済

或いは、島田氏が述べておられるように、「家族葬など簡素化が進む背景には、葬送で儲けようとする人たちへの人々の静かなる抵抗がある」のかも知れませんが、島田氏が葬式無用論を主張しておられる背景には、お葬式が、世界一高いと言われるほど贅沢になっている事戒名料が余りにも高額である事戒律を守れていない僧侶が戒律を授けるのはおかしい事生きている人を救わなければならない寺院が、亡くなった人だけに眼を向けている事に対する疑問など、葬式仏教への厳しい批判があります。

確かに、告別式の贅沢化に伴って、お葬式までもが贅沢となり、一部の寺院では、高額の戒名料を要求して、戒名料の高額化に拍車をかけている現実を見ていると、僧侶の一人として忸怩たる思いを禁じ得ません。

しかし、だからと言って、お葬式を無用とする意見には、賛同できないのです。何故なら、亡くなられたお方の引導(魂の救済)まで止めてしまっては、いくら近親者が集まって死者を弔ったところで、何の意味もないからです。

最近は無宗教でお別れ会を開くお方も増えていますし、「死んでしまっては救いも何も関係ない」と言われれば、それ以上何も申し上げられませんが、信仰の世界に身を置く者の一人としては、見えぬ世界があるからこそ、死者に救いは必要ないどころか、死者の救いを願わずにはいられないのです。

もし見えぬ世界がなければ、わざわざお葬式までして、み仏に引導をお願いする必要はありません。この世が目に見える世界だけなら、そもそも死者を弔う意味などなく、葬式仏教はとうの昔に廃れていたでしょう。

勿論、だからと言って、葬式仏教に胡坐をかいている現状を打破し、反省すべき点は反省しなければならない事は言うまでもありません。

我々僧侶が、常々肝に銘じておかねばならないのは、「いついかなる時も、魂の救済を忘れてはならない」という事です。

我々僧侶が済度しなければならないお方は、すべての衆生であり、当然その中には、生きている人だけでなく、亡くなられた人も含まれています。

「八万四千の法門」と言われる数々の教えは無論ですが、葬式仏教と批判されているお葬式も、遺骨を埋葬する墓地の問題も、亡くなった方への追善供養も、その他諸々の仏教行事もすべて、「魂の救済」がその根底にあるからこそ、今日まで受け継がれてきたのです。

もし「魂の救済」がなければ、お葬式も、遺骨の埋葬も、追善供養も、諸々の仏教行事も、みな中味のない形だけの儀式に過ぎなくなってしまいます。

これらの行事のすべてが、「魂の救済」という一点で深く結びついているからこそ、ご先祖から子々孫々へと、供養の心が途絶えることなく伝えられてきたのです。

「魂の救済」の為でなければ、何故わざわざお葬式をする必要があるのでしょうか?

勿論、現在のように、お葬式や戒名料や墓地に多額の費用がかかると批判されている現状を考えれば、島田氏のように、「お葬式もお墓も必要ない。遺骨も引き取らなくてよい」という極論を主張する人が出てきたとしても、何ら不思議ではありません。

島田氏が書かれた『0葬』を読んでいないので何とも言えませんが、読売新聞の記事を読む限りでは、「0葬」の提案は、「魂の救済」という観点からの提案ではなく、お葬式や戒名料や墓地、墓石にかかる費用が余りにも高額であるという理由からの提案ではないかと思われます。

確かに大都市やその周辺では、予てよりお葬式や墓地、墓石の購入に多額の費用が必要だと聞いていますし、「今の仏教は、死んだ者だけを相手にする葬式仏教に成り下がってしまった」という批判がある事も承知しています。

その点は、島田氏が仰るように、今後もお葬式の簡素化をすすめ、お金のかからないお葬式のあり方を抜本的に考えていかなければならないでしょう。

また、少子高齢化が加速度的に進行している状況の中で、お墓を継ぐ後継者がいない事も大きな社会問題となっており、それが墓地を持つ事を難しくし、墓離れにつながっているのも事実です。

最近は墓地を持たず、寺院や地方自治体が運営する納骨堂へ納骨されるお方も増えており、法徳寺に納骨堂「帰郷庵」を建立したのも、お墓を継ぐ後継者がいないという深刻な事情が背景にある事は間違いありません。

こうした様々な社会的状況の変化や経済的側面を考慮して、お葬式や遺骨の埋葬をどうすべきかについて、我々僧侶も真剣に考えていかなければならないと思いますが、いついかなる時も忘れてはならないのが、やはり「魂の救済」なのです。

何故なら、「魂の救済」を抜きにして、お葬式や遺骨の埋葬の是非を論じるのは、木を見て森を見ない結果を招くだけだからです。

葬式仏教の存在意義

私が「仏式でのお葬式は必要だ」と考えるのは、「魂の救済を忘れてはならない」という理由からだけではありません。

もし仏式でお葬式をしなくなれば、日本でのお葬式の殆どは、神式でしなければならなくなります。

その時、日本はどのような状況に置かれるでしょうか?

その点に関しては、「日本の立ち位置~靖国問題解決に向けて(2)」で詳しく述べていますので、そちらをご覧頂きたいと思いますが、神式でお葬式が行われるようになれば、神の障りに触れて絶える家系が今よりも増加し、国家存亡の危機に直面する恐れがあるのです。

それは、過去の歴史を見れば明らかで、現在、日本で行われているお葬式の殆どが仏式である事は、決してただの偶然ではなく、神仏の絶妙なる采配のお陰ではないかと思っています。

かつてわが国は、末代までも繁栄していく為に絶対外してはいけない「神と仏の二本柱」の一本を外し、「神の一本柱」にした時代がありました。

その結果、日本がどのような状況に陥ったかは、「日本の立ち位置~靖国問題解決に向けて(2)」で述べた通りですが、その時、存亡の危機に直面した日本に救いの手をさしのべてくれたのが、釈尊が説かれた仏教だったのです。

葬式仏教と揶揄されている今の仏教界ですが、その仏教が果たしている役割は決して小さくなく、その事を私たちは決して忘れてはならないと思います。

勿論、島田氏は、「神式でお葬式をすべきだ」と言っている訳ではなく、「お葬式をする必要がない」と言っておられる訳ですから、全く次元の違う話ですが、もしお葬式を一切やめてしまえば、どうなるでしょうか?

残念ながら、「魂の救済」「家系の断絶」「国家の存亡」といういずれの観点からみても、神式でお葬式を行う以上の由々しき事態を招くであろう事は必至と言わざるを得ません。

生前のお葬式のすすめ

日本がいままで辿ってきた歴史的経緯を見る限り、島田氏の葬式無用論には反対せざるを得ませんが、一つだけ例外があります。それは、生前得度(生前のお葬式)を済ませている場合です。

先程もお話したように、お葬式とは、剃髪をし、戒律を授け、仏弟子となって、み仏の下で修行して頂く為の得度式ですから、お葬式は、本来亡くなってからするものではなく、生きている内にこそ済ませておくべきものなのです。

皆さんは、「お葬式は生前に済ませておくべきものだ」と聞かれると、さぞ驚かれるでしょうが、現に「生きている内にお葬式を済ませました」と言われるお方も大勢おられます。

実は私もその一人で、生前にお葬式を済ませています。

私は、出家するに当り剃髪得度し、み仏の弟子となりましたが、この得度式が、私のお葬式であり、生前にみ仏から受けた引導です。

私は、出家得度によって一度死に、生前使っていた名前(俗名)を捨てました。そして、生まれ変わった証として、新たに「良空」という僧名を頂きましたが、この「良空」という名前が、私の戒名なのです。

つまり、私たち僧侶は、生前にお葬式(引導)を済ませていますから、もう死んでからお葬式をする必要がないのです。

いつ死んでもいいように、前もってお葬式を済ませておくというのは、生きていく上において非常に楽と言いましょうか、この事だけでも、出家得度した甲斐があったと、心からそう思っています。

勿論、実際は、死んでからお葬式をする僧侶の皆さんも大勢おられますし、殆どの方がそうしておられるのではないかと思いますが、何故二度もお葬式をするのか、不思議な気がしないでもありません。

丁寧と言えば丁寧ですし、「いや、すでにお葬式を済ませているから、これは、お葬式ではなく告別式なのだ」と言われるのかも知れません。

また檀家寺の場合は、檀家さんの手前、住職のお葬式をしないと都合が悪い面もあるのかも知れませんが、いずれにしても、お葬式は本来生前に済ませておくべきものだという事を忘れないで下さい。

戒名料の問題

いま「お葬式は、本来生前に済ませておくべきだ」と申しましたが、それは同時に、得度した(引導を受けた)証である戒名も生前に頂いておくという意味でもあります。

今は亡くなってから戒名を付けるようになっているため、世間では、戒名は死後に授かるもののように受け止められていますが、死後に戒名を付けるのは、あくまで生前に受けるべき引導を受けていなかったための例外的措置に過ぎません。

戒名は、戒律を授かり仏弟子となった事を証明する身分証明書のようなものですから、本来、生前に頂いておくべきものなのです。

この点は、島田氏も異論がないようですが、問題は、島田氏が指摘しておられる高額な戒名料です。

戒名料については色々な考え方があると思いますが、戒名は、み仏から戒律を授かり、仏弟子となった事を証明するものですから、本来そこに戒名料なるものは発生しません。何故なら、得度は、み仏との取引ではないからです。

み仏が、引導を渡す見返りに、戒名料なるものを請求すれば、対価を求める取引と同じになってしまいます。

出家得度は、み仏との師弟関係を結ぶものですから、師に対するご法礼(お布施)はあっても、み仏から弟子に、何らかの名目で見返りを求める事はありません。

残念ながら、現在は、引導を渡すみ仏の名代に過ぎない僧侶が、その見返りとして戒名料を要求し、しかも、それが余りにも高額であるため、お金儲けだとか、商売だとか、坊主丸儲けなどと批判されている訳で、島田氏の批判もそこにあります。

檀家寺の現状

高額な戒名料を要求する寺院がある一方で、島田氏が『葬式は、要らない』の中で触れておられるように、今の仏教寺院、特に檀家寺の維持運営が、戒名料やお葬式や法事の収入に頼っている厳しい現実がある事も否定出来ません。

先日、NHKテレビの『クローズアップ現代』という番組で、「出家詐欺」についての放送がありましたが、ご覧になったお方もおられると思います。

出家得度すれば、比較的容易に改名出来る制度を悪用し、多重債務者を得度させて別人に偽装し、銀行から融資を受けさせた後に行方をくらませる出家詐欺が最近横行しており、暗躍するブローカーへのインタビューなども交えながら、仏教寺院が置かれている現状をクローズアップする内容でした。

この出家詐欺で狙われるのが、住職がいなくなった過疎地の無住寺院で、この番組を見ながら、改めて檀家が減少して維持運営出来なくなっている寺院の厳しい現状を垣間見る思いがしました。

島田氏は、檀家寺の場合、檀家数が三百軒なければ維持運営は厳しいと書いておられますが、この数字は当たらずとも遠からずと言えましょう。

当然、維持運営していくに足る数の檀家がいない過疎の寺院は、無住にならざるを得ず、都会の寺院に比べ、お葬式や戒名料に頼りたくても頼れない厳しい現実に直面しています。

しかも、高額の戒名料を要求しているのは、過疎の寺院ではなく、檀家数が千軒をくだらない大都市の寺院が殆どなのです。

先程、「戒なき坊さんから戒を受けるというのは根本矛盾だ」という、今の戒名のあり方を批判する松本市の神宮司住職、高橋氏の言葉を紹介しましたが、島田氏によれば、神宮寺の檀家数は700軒余りで、年間のお葬式が55件、お葬式の収入が1540万円にのぼるという事です。

お葬式や戒名料に頼りたくても頼れず、戒名のあり方を批判するなど考えられない過疎地の寺院住職が聞いたら、何ともうらやましい話でしょうが、いずれにしても、檀家の減少でお葬式や戒名料に頼りたくても頼れない寺院がある一方で、そんな事を心配する必要の無い寺院があるというのが、日本の仏教寺院が置かれている現状と言えましょう。

このような寺院格差、戒名料格差が、戒名料問題の解決を一層難しくしており、一概に「戒名料をなくせばよい。戒名は必要ない」と決めつけられないのが現実なのです。

自ら戒名を付ける事の是非

法徳寺の場合は、檀家も信者もいませんので、戒名も戒名料も問題になりませんが、一部寺院の余りにも高額な戒名料については、憂慮せざるを得ません。

しかし、それ以上に残念なのは、島田氏のように、戒名料が高額だからという理由で、自ら戒名を付けようと考える人が出てくる事です。

作家の山田風太郎氏が自分で自らの戒名を付け、森鴎外が母親や友人の戒名を付けた事や、島田氏が叔父二人の戒名を付けた事などが、『葬式は、要らない』の中で紹介されていますが、戒名は、み仏から引導を受けた事を意味する戒律名に過ぎません。

大切なのは、戒名ではなく、戒律を受けて、み仏の弟子になる事なのです。それこそが、魂の救済を願うみ仏の本心であって、戒名などは、「有っても無くても、どちらでもいい」とまでは申しませんが、ただの方便に過ぎないのです。

「自ら叔父の戒名を付けた」という島田氏の話を聞いた時、思い出したのは、お四国八十八ヶ所霊場で受ける御朱印です。

ご存じのように、御朱印を押した御朱印帳やお納経軸は、霊場にお詣りした証として頂くものですが、御朱印集めをさせる事が本来の目的ではありません。

み仏は、一人でも多くの人々に仏縁を結ばせ、救わんが為に、御朱印帳という方便を用いて導こうとしておられるのです。

御朱印を集めたいと思えば、誰でもお寺へ足を運ばねばなりません。何度も足を運んでいる内に、信仰心に目覚め、み仏の救いの御手に導かれて、迷いの人生に終止符を打てるようにもなるのです。

ところが、最近は、お詣りよりも、御朱印集めが目的となり、お詣りもせずに御朱印だけを頂いて帰って行く人がいるそうです。

これでは何のための御朱印集めか分らず、まさに本末転倒と言わざるを得ません。

「牛に引かれて善光寺詣り」ではありませんが、み仏は、一人でも多くの人に仏縁を結ばせたいとの慈悲心から、御朱印という方便を作られたのですが、そのみ心を知ってか知らずか、一部の人々は、本来の目的であるお詣りを忘れ、方便に過ぎない御朱印集めを目的にしてしまっているのです。

戒名を自分で付けるのも、まさにこれと同じで、御朱印を自らの手で書くのと同じ愚をおかす事になります。それは、もはや戒名ではなく、戒名とは似て非なる戒名もどきに過ぎません。

方便(手立て)と目的を取り違えて、戒律も受けず、ただ戒名という名前だけを付けても、み仏が願っている救済には、ほど遠いと言わざるを得ないでしょう。

見える世界での僧侶の使命

救う手立てである筈の戒名が、逆に救済の仇となっている現状を見て、み仏は何と思われるでしょうか?

その事を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになりますが、よくよく考えてみれば、それもこれもみな、道を説くべき僧侶が道を説かず、形式だけのお葬式をして事足れりとしてきた怠慢の付けが回ってきただけですから、驚くには当たらないのかも知れません。

いま改めて思い出されるのは、お釈迦様が御入滅された時の最期のお言葉です。

「さあ、修行僧たちよ。今こそお前たちに告げよう。すべては滅び行くものである。怠ることなく精進しなさい」

葬式仏教と批判され、坊主丸儲けと揶揄され、高額の戒名料への風当たりが強まる中、我々僧侶は何を改め、何を為すべきなのか?

「日本の立ち位置~靖国問題解決に向けて(2」で述べたように、葬式仏教そのものが悪いとは思いません。仏教が死者を弔う為にその役割を果たす事も、また仏教の衆生済度の一側面である事は間違いないからです。

にも拘わらず、葬式仏教と批判されるのは何故か?

それは、僧侶が、お葬式という場を借りて果たさなければならない使命を果たしていないからです。

その使命とは、言うまでもなく、後に残された人々の引導です。

仏教が、長年に亘りお葬式に携わってきたのは、後に残された人々を救う使命があるからです。

お葬式は、死者の救いより、むしろ後に残された人々の救いにこそ重点がおかれている儀式であると言っても過言ではないでしょう。

菩薩様が、道歌集の中で、
  人よ人 死を見て悲しむことよりも
    死のある事を 忘れるな人
 と詠っておられるように、死者は、死をもって、後に残された人々に、大切な事を語りかけてくれているのです。

その死者の思いをくみ取り、後に残された人々へのメッセージを死者に代わって伝えるのが、僧侶の大切な役目の一つであり、その為のお葬式と言っても過言ではありません。

亡くなった人々は、「私に合わすその両手を、家族や周囲の人々に合わせて下さい。その合掌の心を決して忘れてはいけませんよ。幸せに生きていく上で欠かせない智慧が、その合掌に込められているのですよ」と言って、後に残った人たちに語りかけてくれているのであり、我々僧侶はその思いを、後に残された人々に伝えなければならないのです。

「先祖供養は生き供養(1)」でも述べたように、僧侶が為すべき事は、生きている人々を引導する以外にはありません。それこそが、僧侶の使命がある事を決して忘れてはならないのです。

誤解を恐れずに言えば、亡くなったお方の救いは、見えぬ世界におられるお釈迦様やみ仏にお任せしておけばいいのです。我々には、生きている人々を引導するという、眼に見える世界でしか出来ないお役目が山ほどあるのですから、そちらに全身全霊を傾けるべきなのです。

島田氏の『0葬』が、そのきっかけを与えて下さるのであれば、これほど有り難い事はなく、島田氏に感謝しなければならないでしょう。

合掌

平成26年5月31日

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先祖供養は生き供養(1)

墓友に絆を見出す人々

平成23年(2011年)11月29日の読売新聞に次のような記事が載っていました。

元気なうちに人生の終え方を考える「終活」が広がるなか、墓や葬儀について備える人たちの間で、新たなつながりが生まれている。同じ墓に入る「墓友」と呼ばれる仲間などの交流も広がっている。

「お墓が決まって安心したらだめよ。元気でいるために足腰を丈夫にしておかないと」。今月中旬、東京都渋谷区のビルの一階に女性7人が集まった。埼玉県所沢市の薬剤師、山脇洋子さんの指導で、腕を伸ばしたり、ひざを回したり。月一回、中国の健康法・気功を学ぶサークルで、メンバーの多くが、ゆくゆくは同じ場所で眠る「墓友」だ。

山脇さんらが契約するのは、NPO法人「エンディングセンター」が2005年から東京都町田市の民間霊園内に設ける桜葬(さくらそう)墓地。桜の木が墓石の代わりに植えられ、その下に遺骨を納める形式だ。継承者は不要で、個人で申し込める。

同霊園内に5ヶ所ある桜葬墓地の契約者は、約1500人。単身者や子どものいない夫婦に加え、「息子や娘に世話をかけたくない」と申し込む人も多い。

山脇さんは離婚し、息子2人がいるが「自分のことは自分で決めたい」と契約した。センターを通じて呼びかけ、08年からサークル活動を始めた。この日は終了後、仲間と墓地へ足を延ばした。

桜の木の周辺は芝生で整備され、生前契約者らが持参した花が絶えない。「ここは気持ちよく眠れそうね」という山脇さんの言葉に、一同がうなずく。一人暮らしの女性は「いずれこの地に集まる仲間だと思うと、心が自然とオープンになる。先立った夫がここに眠っている女性も「家族の事情や死にかかわることも気軽に話せて、元気になる」と笑う。

このNPO法人には、俳句やウォーキングのサークルもある。理事長の井上治代さんは「核家族化、少子化で地縁、血縁が薄まる中、墓を軸に新たな縁が結ばれている」と話す。近く大阪府高槻市にも桜葬墓地を開設する予定だ。

同じ場所で葬儀を予約していることが、友人作りのきっかけになることもある。神戸市で一人暮らしの女性は、毎月1回、葬儀の生前予約をしている同市の葬祭会館「ゆうあいホール」に出かける。

昨年4月から同ホールが始めた、生前予約をした人らの交流会だ。女性はここで同世代の約10人と知り合い、自宅に招いたり、一緒に旅行を楽しんだり。家族を亡くした悲しみを語り合い、どんな葬儀にしたいかを話すこともある。「この年齢で新たな友人ができてうれしい。誰が先に逝くにしても、その日まで支え合いたい」と話す。

わが国では、これまで家制度を中心に葬送が営まれてきたため、どの家にも必ず先祖代々のお墓があり、家族の遺骨はみなそのお墓に納めて、子々孫々が供養してゆくというのが、昔からの慣わしで、他の選択肢は考えられませんでした。

ところが、最近は、家を継ぐ者がいない、継承者が居ても供養してもらえない、無縁墓になる恐れがある、生涯を独身で過ごす人が増えているなど、様々な理由から、お互いが寄り添って一つのお墓に入るケースが増えてきています。

核家族化、少子化という時代の流れの中で、やむを得ない事情もあるのでしょうが、その背景には、家族の絆の希薄化や先祖に対する敬いの心が薄れてきている現実があるようにも思います。

供養は誰の為なのか

この新聞記事を読んで感じが事が二つあります。

一つは、供養についてです。

記事の女性は、「子どもに後の世話をかけたくない」と、遺骨の継承者が必要ない桜葬墓地に生前契約を申し込まれたようですが、問題は、「誰のための供養か?何のための供養か?」という事です。

記事のケースでは、生前契約を結んだ墓地側が、合同慰霊祭のような形で、責任をもって供養してくれるようですが、「子供に世話をかけたくない」という理由から、遺骨の継承者が必要ない墓地を選ばれたお気持ちも、分らないではありません。

しかし、考えなければいけないのは、「供養とは誰のために為すべきものか?」という事です。

大多数の方々は、生きている者が亡くなった方の為にするのが供養だと考えておられると思いますが、生きている者が死者の為にすると言うより、亡くなった方が、生きている者の為にしてくれているのが供養だと私は思います。

つまり、供養とは、後に残った者が幸せに生きていく為に必要な功徳行(布施行)であり、人間として忘れてはならない事は何かを教えんが為の手立てなのです。

供養には「人間としての真心(菩提心)を忘れてはいけませんよ」という死者からのメッセージが込められているのです。

勿論、新聞記事のように、「子どもに世話をかけたくない」という女性の思いも分らないではありませんが、子供に世話をかけるというより、親の供養を忘れない事こそが、後に残された家族が幸せに生きてゆく為に欠かせない、人生の大切な礎となる功徳行である事を忘れてはならないと思います。

だからこそ、私達の先祖は、お墓という形を借りて、供養の心、真心、菩提心を子々孫々に伝えてきたのです。

「今日彼岸 菩提の種を蒔く日かな」という句があるのは、その為です。

勿論、跡継ぎが居ない等の理由から、先祖のお墓を持てない人が増えているのも事実であり、それはそれでやむを得ないかも知れません。

後継者がいないお方や、生涯独身を通されているお方は、個人でお墓を持つ事は難しいでしょうから、家のお墓を持つか、共同のお墓へ入るかは、ケースバイケースで決めればいいと思います。

しかし、その事と、後に残される子や孫の幸せのために、供養の心を伝えていかなければならない事とは、全く別問題です。

親の供養、先祖供養を「世話だ」と考えること自体が、本末転倒と言わなければなりません。

個人墓を持つか、共同墓に入るかの如何を問わず、先祖から受け継がれてきた供養の心を伝えてゆく事は、先逝く者の大きな責務であり、子々孫々に相続してゆかなければならない心の財産なのです。

亡くなってから後の人生

二つ目は、死についてです。

新聞に紹介された方々は、みな死を終着駅だと思っておられるようですが、確かに私達は、肉体が生命活動を停止した段階で人間は死ぬと考えています。

脳死を人の死とすれば、肉体は生存していても脳が死滅した段階で、人間は死んだと見なされますが、いずれにせよ、医学的、生物学的に言えば、肉体の生命活動の停止が、人間の生死を決める事になります。

しかし、人間は肉体の生命活動の停止によって死んでしまうのでしょうか?肉体の死は、私達の生死を決する上で決定的な意味を持っているのでしょうか?

私は、そうは思いません。死は決して終わりを意味するものでもなければ、人間の死は、肉体の死で決まるものでもないと思います。

平成25年という年は、すでに過ぎ去りました。しかし、それで終わったのではなく、平成26年という年に新しく生まれ変わっているのです。

時間というものは、連続しています。その切れ目の無い時間を、ただ便宜上、「この日を平成25年の終わりとします。この日から平成26年の始まりとします」と決めているだけであって、時間は一瞬も留まることなく流れているのです。どこで途切れて、どこから始まるというものではありません。

私達の生命も同じで、肉体が無くなった時点で命が途切れるというものではなく、目には見えませんが、私達は、形のない世界で、新たな人生を歩み始めているのです。

つまり、肉体の消滅は、形ある世界での終わりではありますが、同時に、形なき世界での新たな一歩でもあるのです。

「最後はここで静かに眠れていいねえ」という言葉によく現されているように、死は終わりであり、永遠の眠りであるというのが、墓友と呼ばれる皆さんのお考えでしょうが、先ほどお話したように、後に残される子や孫に、供養の心を伝えていくという大きなお役目があるとすれば、静かに眠っている暇などありません。

もし死んで終わりなら、今まで生きてきた70年、80年の人生は何だったのでしょうか?

次の人生があり、今まで生きてきた人生が次の人生につながっているからこそ、今までの人生が意義深いものとなるのです。

死んで終わりなら、今まで生きてきた70年、80年の人生は、無意味とは申しませんが、何の為の70年、80年の人生だったのかという事になります。

次の人生の新たな一歩につながっているからこそ、今の人生を有意義に生きてゆこうと言う気概も生まれてくるのではないでしょうか。

衆生済度のお手伝い

私事で恐縮ですが、私は、お大師様、菩薩様と言う生き仏様とご縁を結ばせて頂いたお陰で、肉体が無くなった後も、肉体がある時と変わらず、お大師様、菩薩様の衆生済度のお手伝いという大切なお役目を頂いていると信じています。

当然の事ながら、肉体が無くなってからも、お墓の下でゆっくり眠っている暇などありません。

私にとって、死は決して終わりでもなければ、終着駅でもなく、永遠の時間の中のほんの一里塚に過ぎません。

お大師様、菩薩様の衆生済度のお手伝いと言うお役目がある以上、今まで生きてきた数十年の信仰生活は、間違いなく次の人生につながっているのです。

それは、お釈迦様やお大師様、菩薩様が身を以て示して下さっている事で、例えば、お大師様は、62歳で紀州高野山の奥の院に御入定なさいましたが、御入定に当り、「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、わが願いも尽きなん」という御誓願を立てられました。

何故このようなお誓いを立てられたのかと言えば、お大師様は、62年間の人生だけを見て、生きておられた訳ではないからです。

お大師様の眼は、千年先、二千年先、否、虚空が尽き、衆生が尽き、涅槃が尽きるまで、はるか彼方の未来永劫を見つめておられるのです。

思い出し生かしてあげること

肉体の消滅が死でも終わりでもないからこそ、後に残された者にとって大切な事は、先立った方を生かし続けてあげる事であり、それが供養する目的の一つではないかと思います。

ベルギーの詩人で劇作家でもあるメーテルリンクの書いた「青い鳥」(注1)という戯曲があります。主人公のチルチル、ミチルの兄妹が、幸せの青い鳥を見つける旅に出かける戯曲ですが、二人が最初に行ったのは「思い出の国」でした。

二人はそこで、亡くなったお祖父さんとお祖母さんに出会うのですが、行くと、死んでいた筈のお祖父さんとお祖母さんが、目覚めるのです。

そして、二人に、「私達は死んだけど、あなた達が私達の事を思い出してくれたら、目が覚めて、生き返るんだよ」と言って、次のような会話が交わされます。

おばあさん-どうしてもっと度々会いにきてくれないのかい。私たち、それを楽しみにしているのに。もう随分長いこと、みんな私たちの事忘れているねえ。その間、私たちは誰にも会えないのだよ。

チルチル-ぼくたち、来たくっても来られないんです。

おばあさん-私たちはいつでもここにいて、生きてる人たちがちょっとでも会いにきてくれるのを待ってるんだよ。でも、みんなほんのたまにしか来てくれないからね。お前たちが最後に来たのは、あれはいつだったかね?ああ、あれは万聖節のときだったね。

チルチル-万聖節のとき?ぼくたち、あの日は出かけなかったよ。だって、ひどい風邪で寝てたんだもの。

おばあさん-でも、おまえたち、あの日私たちの事を思い出したろう?

チルチル-ええ。

おばあさん-それごらん。私たちの事を思い出してくれるだけでいいのだよ。そうすれば、いつでも私たちは目が覚めて、お前たちに会うことができるのだよ。

チルチル-なあんだ。それだけでいいのか。

おばあさん-でもお前、それぐらいのこと知っておいでだろう?

チルチル-ううん、ぼく知らなかったよ。

おばあさん-まあ、驚きましたね。あちらではまだ知らないなんて。きっと、みんな何もしらないんですねえ。

おじいさん-私たちの頃と変りはないのさ。生きてる人たちというものは、ほかの世界のこととなると、全くばかげたことをいうからなあ。

チルチル-おじいさんたち、いつでも眠ってるの?

おじいさん-そうだよ。随分よく眠るよ。そして生きてる人たちが思い出してくれて、目が覚めるのを待ってるんだよ。生涯をおえて眠るということはよいことだよ。だが、ときどき目がさめるのもなかなか楽しみなものだがね。

勿論これは、メーテルリンクが書いた戯曲であり、架空の物語に過ぎませんが、メーテルリンクの書いている事は間違っていないと思います。亡くなった方を供養するとは、いつも思い出し、生かし続けてあげる事だからです。

チルチルとミチルは、幸せの青い鳥を見つけにいく旅の過程で先ず「思い出の国」へ行き、そこでお祖父さんとお祖母さんに出会って、思い出す事が先立った者への供養になるという話を聞かされるのですが、メーテルリンクは、この物語を通じて、何を教えたかったのでしょうか?

私は、先立った人を思い出してあげる事が生かし続ける事であり、それこそが後に残された者が幸せに生きてゆく為に欠かせない大切な行いである事、そして、供養を忘れていては、幸せの青い鳥も決して見つけられない事を教えようとしているのではないかと思います。

ご先祖に対する生き供養とは

菩薩様が残された御法歌「頼め彼岸へ法のふね」の中に、
 先祖供養は 生き供養
  死んだ供養じゃ ありませぬ
  生きた先祖を まつるのだ
という法歌がありますが、菩薩様が説いておられる「生きた供養」とは、ご先祖を生かし、自らもご先祖と共に生きる事(共生)を意味します。

菩薩様は、常々「先祖を供養するのではなく、先祖に供養するのだから、『を』を『に』に変えなければいけない」とおっしゃっておられましたが、これは、生きている者が、菩提心(真心)を養い、その養った菩提心を亡くなった方にお供えする事が供養であると言う意味です。

つまり、後に残った者がいかに生きるかによって、その生き様が、供養ともなれば、ご先祖に仇なす結果ともなるのです。幾らお坊さんにお経をあげてもらっても、人を困らせたり、悲しませたり、苦しめたりしていては、ご先祖を苦しめるだけであって、何の供養にもなりません。

自らが菩提心に目覚め、人世のために生きることこそが、ご先祖を生かし、ご先祖に対する真の生き供養になる事を忘れてはなりません。

合掌

平成26年2月2日

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今日も一日ありがとう(4)

回向の功徳

法徳寺では、朝夕に、御本尊様への供養のお勤めをするのが日課で、お勤めは、先ず「開経偈」「懺悔文(さんげもん)」から始まり、「お経」(理趣経、地蔵経、観音経、般若心経…等々)「諸真言」「御法歌”頼め彼岸へ法のふね”」「弘法大師、法舟菩薩様御宝号」と続き、最後に「回向文(えこうもん)」を唱えて終わりますが、この中で絶対に欠かす事の出来ないのが、最後にお唱えする「回向文」です。

 願わくばこの功徳を以て
   普く一切に及ぼし
 我らと衆生と皆共に
   仏道を成ぜんことを

この「回向文」は、勤行の最後に唱える偈文の一つに過ぎませんが、「回向文」がなければ勤行が完結しないという意味では、勤行全体を締めくくる上でとても重要な役目を担っています。

この「回向文」を忘れると、それまでお唱えしたお経の功徳が半減すると言ってもよいほど大切なもので、回向する事によって、初めて御本尊様をはじめ全ての衆生への供養が完結します。

菩薩様が詠まれた、
 朝日に感謝は するけれど
   沈む夕陽に 知らぬ顔
   今日も一日 ありがとう
という法歌に、勤行を当てはめれば、昇る朝日は「開経偈」、沈む夕陽は「回向文」に相当すると言っていいでしょう。

つまり、いくら朝日を拝んでいても、沈む夕陽に対する感謝の心を忘れていては、朝日を拝んだ功徳が半減するのと同じように、いくら「開経偈」「お経」「御真言」「御宝号」を唱えても、最後の「回向文」を忘れていては、勤行の功徳は生かされません。

回向とは、文字通り、自らが積んだ功徳の果報を、他者に回し向ける(施す)事ですが、回向は、ただ他者に回向して終わりではありません。

太陽が夕陽となって沈んでも、再び朝日となって帰ってくるように、回向した功徳は、やがて果報となってわが身に返ってきます。

お経の功徳を回向(布施)する事によって、他者が幸せとなるばかりか、回向した自分自身も、回向(布施)の功徳によって果報を頂けるのです。

回向がお勤めの中で何より大切である所以は、幸せの輪を大きく広げて、多くの人々を幸せのパワーで包むだけでなく、功徳を回向した自分自身をも幸せのパワーで大きく包んでくれるところにあります。

お釈迦様の前世の物語

お釈迦様の前世の物語を「本生譚(ほんしょうたん)」(ジャータカ)と言いますが、回向の功徳で思い出すのは、お釈迦様の前世の物語である「雪山童子(せっせんどうじ)」の話です。

お釈迦様が、まだ若い修行者だった頃のお話を、十大弟子の一人である摩訶迦葉尊者にされたものですが、ここに回向の功徳とは何かがハッキリ示されています。

まだ年若い修行者として各地を遍歴しておられた前世のお釈迦様の耳に、どこからともなく妙なる歌声が聞こえてきました。

色は匂へど 散りぬるを(諸行無常)
 わが世誰ぞ 常ならむ(是生滅法)

若い修行者は歓び、踊り上がって辺り構わず叫びました。

「いまこの上もなく尊い歌を歌われたのはどなたですか?飢えた者に無上の食を与え、蓮の花が開くように、心の闇を一道の光明に導き、次第に明るさを増して下さるのはどなたですか?」

こう叫んで辺りを見回したけれど誰も答える者はなく、そこには恐ろしい形相をした羅刹(らせつ)が一人たたずんでいるだけでした。

「今の歌声はあなたですか?あなたはどこでこの尊い歌を教わったのですか?」

羅刹は答えました。

「いや、そのことなら尋ねてくれるな。私はこの数日間何も食べていない。あちこち探しているがどうしても食が得られない。その為に気が遠くなり思わず口ずさんでしまったらしい。そんなに尊い歌であるのかどうか、私は何も知らないのだよ」

そこで修行者は言いました。

「そう言わずにお教え下さい。私は生涯あなたの弟子となりましょう。今の歌はまことに尊いものです。しかし、言葉も半分で意味も充分ではありません。財の施しは尽きるころがあっても、仏法の施しは尽きることがないと聞いています。どうあっても教えていただきたいのです」

羅刹は言いました。

「お前は自分のことばかり考えていて、この私のことなど少しも思ってくれぬではないか。私は今飢え切っている。とても歌うことなど出来ないのだよ」

修行者は答えました。

「では貴方の食物を何でも運びましょう」

羅刹は言いました。

「いや、何も言うまい。もし言おうものなら誰でも驚くだろうからな」

「ここには誰もおりません。私だけです。私はどのようなことがあっても驚きません。どうかあなたの食物を言って下さい」

「本当か。それなら言おう。私の食物は生きた人間の肉、飲み物は赤い血、ただそれだけが私の食物なのだよ」

「そうですか。分かりました。それならやがては滅びるこの肉体です。あとの半分の歌をうけたまわれば、この肉体はもはや用はありません。死んで獣の餌食になるよりは、道の大導師に供養して、尊い仏法に変えた方がはるかに本望です。私はいまこの朽ち果てる肉体を捨てて、永久に変わらぬ法の身を得たいと願います」

「いや、それは口先だけのことであろう」

羅刹が言うと、修行者は答えました。

「それならば十方の諸仏諸菩薩に誓って、その証をたてさせていただきましょう」

「それほどにお前が言うなら、あとの半分を歌ってやろう」

こうして羅刹は歌い出しました。

有為の奥山 今日越えて(生滅滅已)
 浅き夢みし 酔ひもせず(寂滅為楽)

歌い終わるや否や、

「若者よ、私はこれですべてを歌い終わったから、お前の願いは満たされたであろう。約束である。その肉体をいただこう」

「勿論差し上げます。しかしお待ち下さい。この教えを、後世の人々の為に残しておきたいのです」

と言って、その歌を周囲の石や木や道に手当たり次第、書き留めました。そして再び高い樹の上に上りました。

樹の精霊(せいれい)が「何をするのか」と尋ねました。

「歌を教えてもらったお礼にこの肉体を捧げるのです」

「そのような歌に何の意味があるのですか」

「これこそ三世のみ仏が示された真の仏法です。この世の、惜しみ強い人達や、ほんの少しの施しを自慢に思っている人達に、いまこの歌の為にこの命を捨て去るのを見せてやりたいものです」

と言い終わるや否や、梢から身を躍らせました。

すると若者の体が大地に着かぬ先に、今まで恐ろしい形相をしていた羅刹が帝釈天に姿を変え、若者を空中でいだきあげ、静かに大地に立たせたのです。そしてどこからともなく天女たちが現れ、若者の足元にひれふして、ほめたたえました。

「まことに尊い志であります。これこそ真の菩薩です。このお方こそ、量り知れない多くの人々を末代までも恵み、お救い下さるでありましょう。どうぞこの汚れた世から出て、無上の悟りを成就された暁には、この私をもお救い下さい」

と願うのでした。お釈迦さまは弟子の迦葉尊者にこのように言われました。

「私はこの歌の為にこの身を捨てたが、それから十二劫という長い年月の後に、弥勒菩薩に先立って悟りの道を成就することが出来たのである。迦葉よ、私の持っている量りない功徳は、これみな如来の仏法を供養し奉った報いなのである。あなたもまた今悟りの道に志を立てた。すでにガンジス川の砂ほどにも数多い菩薩達よりも越え、優れている尊い身である」

衆生救済の為に

この物語が私達に伝えようとしている大切な事が、三つあります。

第一に、仏法(お悟り)が、この世の中で何よりも尊く、かけがえのないものであるという事です。

第二に、人々を救済する上で欠かせない仏法を頂いた者は、私物化したり惜しんだりせず、すべての人々に回向し、施さなければならないという事です。

第三に、回向(布施)したものは必ず果報となって自らに返ってくる(リピートする)という事です。これを「回向返照(えこうへんしょう)」と言いますが、回向する事は、決して他者の為だけではなく、自分自身の為でもあるのです。

この「雪山童子」の物語の最大の山場は、羅刹めがけて梢から身を投げ出したお釈迦様を、羅刹から姿を変えた帝釈天が救い取られた場面ですが、何故帝釈天は、恐ろしい羅刹に姿を変えて、お釈迦様に命を差し出すよう命じたのでしょうか?帝釈天は、一体お釈迦様の何を試そうとしたのでしょうか?

羅刹は、お釈迦様が、何のために命がけで仏法を求めようとしているのか、その本心を試そうとしたのではないでしょうか。

仏法がなければ、この世は真っ暗闇となり、人々は迷いの淵に沈み、果てしなく苦しみ続けなければなりません。仏法は、この世を照らす一条の光明であり、苦しむ人々にとって唯一の希望なのです。

その仏法を羅刹から授けられた時、お釈迦様は、仏法を私して隠したり、惜しんだりせず、苦しむ人々に普く伝えんが為、周囲の石や木や道路などあらゆるものに書き留められました。

それはまさに、苦しむ人々に対するお釈迦様の回向心の現れであり、真心(菩提心)の供養であり、布施行の実践でした。

帝釈天が梢から身を投げ出したお釈迦様を救い取られたのは、命がけで仏法を求めたお釈迦様の本心が人々を救済する為であり、その本心に嘘偽りのない事を見抜いたからです。

どこからともなく天女たちが現れ、口々に「これこそ真の菩薩です。このお方こそ、量り知れない多くの人々を末代までも恵み、お救い下さるでありましょう。どうぞこの汚れた世から出て、無上の悟りを成就された暁には、この私をもお救い下さい」と言って救いを願ったのも、当然と言えましょう。

回向の結果を求めてはならない

お釈迦様の行動が、苦しむ人々の為であると同時に、お釈迦様ご自身の為でもあった事は、迦葉尊者に述べられた「私はこの歌の為にこの身を捨てたが、それから十二劫という長い年月の後に、弥勒菩薩に先立って悟りの道を成就することが出来たのである。迦葉よ、私の持っている量りない功徳は、これみな如来の仏法を供養し奉った報いなのである」という言葉を見れば明らかですが、それと同時に忘れてはならない事が一つあります。

それは、お釈迦様の心には、自分自身が救われたいという思いは微塵もなかったという事です。

お釈迦様の行動は、あくまで衆生を救済したいとの一心から出たものであって、果報を得たいとの思いから出た行動ではありません。

もし自分が救われたいという思いから出た行動であれば、羅刹に命を投げ出す筈がありません。

自分の救いを意識した行動は、結果を期待した功利的な行動であっても、回向(布施)ではありません。

回向(布施)とは、あくまで如何なる結果をも求めず、他者の為に無心で為される行動であって、無心でなければ、回向返照にはならないのです。

磁石のプラス極とマイナス極が互いに引っ張り合い、プラス極とプラス極、マイナス極とマイナス極が互いに反発し合うように、回向(布施)の功徳が、やがて果報となってわが身に返照されるのは、如何なる結果をも期待せず、心を空しくして為される行動だからです。

よく「信仰は取引ではない」と言われますが、回向もまた、八百屋さんでお金を払ってお野菜を買う取引とは、根本的に違います。回向とは感謝であり、回向(布施)させて頂ける事に喜びを感じ、感謝の念でさせて頂けるからこそ、福の神はその人に微笑みを返してくれるのです。

「今日も一日ありがとう(1)」の中で述べたように、私は今も、供養させて頂いた掃除機が、わが家のリピーターの一人になってくれたと信じていますが、そう信じる事が出来るのは、掃除機に対する供養の心が、何らかの見返りを期待する心から出たものではなく、長年のご苦労に対する感謝の気持ちから出た行動だからです。

改めて言うまでもありませんが、この感謝の心は、あらゆる障碍を撥ね退け、あらゆる福を呼び寄せたいと願うあなたにとって、最も身近にいるこの世で最強の味方です。

どうか、あなたにとって最強の見方が、いつもあなたの身近にいる事を忘れないで下さい。

平成26年4月21日

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今日も一日ありがとう(3)

何故イチロー選手や松井選手は超一流と呼ばれるのか?

次の言葉をご存じでしょうか?

 お金や物を失くすことは、
   小さく失くすことであり、
 信用(信頼)を失くすことは、
   大きく失くすことであり、
 やる気を失くすことは、
   すべてを失くすことである。

お金や物を得るよりも、信用を得る事がいかに大切であるかは、以前、食品偽装事件を起して倒産した幾多の会社を見れば、明らかでしょう。

利益を追求する余り、偽装して信用を失い、利益を得るどころか、会社の徳を食い潰して倒産に追いやったのですから、本末転倒と言わなければなりません。

信頼関係は、人と人との間だけではありません。掃除機を供養したお話をしたように、人と物との間にも、信頼関係は欠かせません。

その信頼関係さえあれば、人であろうが、物であろうが、必ずリピーターとなって帰ってきてくれると、私は信じています。

イチロー選手や昨年引退した松井秀喜選手が、数々の記録を打ち立てた事は、皆さんもよくご存じだと思いますが、何故イチロー選手や松井選手は、あんなに沢山のヒットやホームランを打てるのでしょうか?安打製造機と言われる二人の秘密は、どこにあるのでしょうか?

他の選手に比べて、ミートの技術やバッティングセンスがすぐれているからである事は言うまでもありませんが、根本的な違いは、二人の心の中にあると思います。

三振したり、空振りしたりすると、ヘルメットやバットをグラウンドやベンチに叩きつけている選手をよく見かけます。

多分、打てなかった悔しさが、そういう行動となって現われるのだと思いますが、三振しても空振りしても、イチロー選手や松井選手は、ヘルメットやバットをグラウンドに投げつけたりしません。二人がそうしている姿を、私はまだ一度も見た事がありません。

何故、イチロー選手や松井選手は、バットやヘルメットをグラウンドに叩きつけたりしないのでしょうか?悔しくないのでしょうか?

否、そんな筈はありません。あれだけの超一流選手になれば、悔しさも他の選手とは比べ物にならないほど大きいに違いありません。にも拘らず、イチロー選手や松井選手は、バットやヘルメットを投げつけたりしないのです。何故でしょうか?

二人の内、どちらだったか忘れましたが、以前、こんな事を言っているのを聞いた事があります。

「このバットが自分の手のように感じられるようになってから、ようやくヒットが打てるようになりました」

つまり、イチロー選手や松井選手にとって、バットは、ボールを打つただの道具ではなく、自分の手、つまり体の一部なのです。バットやヘルメットをグラウンドに叩きつけたり投げたりしないのは、自分の体の一部と感じているからです。

それは、次の行動にもよく現れています。

グローブの手入れを他人に任せる野球選手が多い中で、イチロー選手は、必ず自分で手入れをするそうです。それだけではなく、イチロー選手は、絶対に他人のバットを握ったりしないそうです。

重さもグリップの太さも違う他人のバットを持つと、自分のバットを持った時に違和感が残るからだそうですが、グローブの手入れを自分でしたり、他人のバットを握らないのは、イチロー選手が、自分のバットやグローブを自分の体の一部と感じている証拠です。

それだけバットやグローブに対する思い入れと感謝の念が深いのです。イチロー選手や松井選手が、超一流と言われる所以が、ここにあります。

二人が超一流なのは、天賦の才能を持っているからではありません。陰で人より何倍も努力している努力の人であると同時に、道具一つにも「今日も一日ありがとう」の心を忘れないその真摯な姿勢にあります。

要するに、二人は、技術面だけではなく、精神面でも超一流なのです。

イチロー選手も松井選手も、バットやグローブに最後の別れを告げる時は、きっと心の中で合掌をしているのではないでしょうか。二人に使われるバットやグローブは、本当に幸せだと思います。

だからこそ、二人に使われたバットやグローブたちは、必ず姿を変えて生まれ変わり、二人の下へ帰ってくるに違いありません。他のテーマパークに比べ圧倒的にリピーター数が多い東京ディズニーランドと同じ事が、二人についても言えるのです。

加持感応の妙

自動車を新しく買い替えた時、神社やお寺で、交通安全のご祈祷をして頂いたり、お守りを受けて来られるお方が大勢おられると思います。

それが悪いとは申しませんが、それよりももっと大切な事があります。それは、古い車に対する感謝の供養です。

今までお世話になってきた車を下取りに出す時、もう乗らなくなったからと言って、そのまま下取りに出すようでは、幾ら新車の交通安全の御祈祷をしてもらっても、霊験は頂けないでしょう。

今まで雨の日も嵐の日も、灼熱の太陽が照りつける猛暑の夏も、冬の木枯らしが吹きすさぶ厳寒の冬も、快適に乗せて目的地に運んでくれた車です。

その車を買い替える時には、綺麗に車体を洗わせて頂いて、お礼を申し上げてから引き取って頂くのが、今まで御苦労をかけた車に対するせめてもの供養であり、御恩返しではないでしょうか。

そうして感謝の心を供えてもらった古い車は、きっと新しい車に生まれ変って、再びあなたの下へ帰ってきてくれる筈です。そして、あなたからしてもらった真心と感謝の供養を忘れず、これからもあなたや御家族を守ってくれるに違いありません。

自動車を新しく購入する時には、いま初めて御縁があって購入した新車としてではなく、かつてわが家の車として働き、役目を終えてあの世へ旅立っていった古い車が、生まれ変わって帰ってきてくれたのだという気持ちで、「帰ってきてくれて有り難う。また一緒にがんばりましょう」と言って、お迎えしてあげるのです。

下取りに出す時には、ただ「さようなら」ではなく、「有り難うございました。また私達の所へ帰ってきて下さいね」と言って、再会を約束して別れを告げるのです。

そうすれば、古い車に対するあなたの真心を、新しい車が受け止め、必ずや事故や災難から守ってくれるでしょう。

法徳寺でも、交通安全の御祈祷をさせて頂いていますが、いくら御祈祷をしていても、御祈祷を受けて頂く皆さんの心が道理に逆らっていては、霊験は現れません。

菩薩様の法歌に、
 この車 親と敬い妻子と思え
   荷物背負わせ われが舵とる
という法歌がありますが、「この車がわが親だ。わが妻子だ」と思えば、無謀な運転は出来ない筈です。

車に対する感謝の心を忘れずに乗せて頂く事が、何より大切なのです。

お大師様が、『即身成仏義』の中で、
 「加持といっぱ、如来の大悲と衆生の信心とを表す。仏日の影、衆生の心水に現ずるを加といい、行者の心水能く仏日を感ずるを持と名づく加持とは、み仏の大慈大悲のみ心と、私達の信心を表している。み仏の光が私達の心の水面を照らし出すのを「加」と言い、修行者の心の水面に、み仏の光が映し出され、修行者がその光を感得するのを「持」と名づける)」
と説いておられるように、いくら御祈祷によって交通安全を祈っても、その祈りに応え、交通安全に適う心の器が御祈祷を受ける人々になければ、祈りは一方通行となって、加持感応の妙は現れません。

「加」という交通安全への祈りと、「持」という車に対する敬いと感謝の心が一つになって、この世の道理に適った安全運転につながり、皆さんを事故や災難から守ってくれるのです。

地鎮祭、上棟式の意味

新しい家を建てる時には、どうされますか?

神主や僧侶に来ていただいて、神式や仏式で地鎮祭や上棟式をされると思いますが、地鎮祭とは、土地をお清めする儀式ではありません。地鎮祭は、その土地の上に住む人の心を浄める為の儀式であり、上棟式も同じです。

ですから、新車の御祈祷をする時と同じように、地鎮祭や上棟式をする前に忘れてならない事は、取り壊される古い家に対し、真心の供養、感謝の供養をする事です。

もしあなたが古い家だとしたら、どうでしょうか?

今までその家に住む人を雨風から守ってきた自分が、お礼も言われず、古くなったと言ってサッサと取り壊されたら、どんなに悲しいか分りません。

そんな気持ちでいくら地鎮祭や上棟式をして新しい家を建てても、心のお浄めにはなりません。

時々、お寺へ「神主さんに土地をお清めして頂いて、新しい家を建てて住んだら、病気や怪我ばかりして、良くないことばかり続くのです。何か悪い霊が、土地や家に憑いているのではないでしょうか?こちらでもう一度お清めして頂けないでしょうか」と言うご相談に来られるお方がいますが、そんなお方にお話しする事は、いつも決まっています。

「家に悪い霊が憑(つ)いているとか、先祖が祟(たた)っているとか、一体誰がそんなことを言うのですか?そんな憑き物などは一切ありません。もし家に憑いている憑き物がいるとすれば、それはあなた自身です。お聞きしますが、古い家から新しい家に引っ越しされる時、古い家にお礼を言って来られましたか?」

こうお聞きすると、「いいえ、家財道具を運び出して、そのまま掃除もせずに出てきました」と言われる方が殆どです。これでは新しい家に入っても、うまくいく筈がありません。

「今からでもいいですから、古いお家にもう一度行って、綺麗にお掃除して、お礼を申し上げてきて下さい。心経の一巻でもお唱えして感謝の心をお供えしてあげれば、お家だって、きっと嬉しいに決まっています。あなたのその真心が、あなたや御家族をお浄めし、災難から守ってくれるのです」

こう言うと、みんな納得して帰って行かれます。

忘れてはならない「今日も一日ありがとう」の心

私がご相談を受けていつも感じるのは、殆どの方が、幸せになる為に忘れてはならない「今日も一日ありがとう」の心を忘れているという事です。

「一寸の虫にも五分の魂」と言われるように、どんな物にも必ず心があり、存在する意味があり、この世で果たすべき役割があります。

生きているのは、人間だけではありません。全てのものが、役割を与えられてこの世に生まれ、存在価値があるのですから、感謝と真心を以て供養をしてあげれば、必ず応えてくれます。

最後を迎えるのは、自動車や家だけではありません。私達人間もみな、必ず死を迎えなければならないのです。

つまり、自動車や家を供養する事は、決して自動車や家の為だけではなく、やがて死を迎える自分自身の為でもあるのです。

高度成長期の日本では、「消費は美徳なり」と言われ、使い捨てが奨励されていましたが、近年ではそれが物だけに留まらず、人間にも及んできています。いまや人間の使い捨て時代に突入していると言ってもいいでしょう。

バブル経済の崩壊以降から続く不景気や、リーマンショックによる世界大不況の苦境を乗り越えてきた企業は、出来るだけ人員を削減し、無駄な出費を抑えようとしていますが、よくよく考えてみれば、不景気とは、感謝の心を忘れ、驕り高ぶる人間に、もう一度、感謝の心を取戻しなさいという天地の慈悲ではないでしょうか。

天災も、不景気も、感謝の心を忘れている私達に、「貪りの心を離れて、足る事を知りなさい。少欲知足の生き方に目覚めなさい。”今日も一日ありがとう”の心を取り戻しなさい」という天地の声なのです。

次第に老いてゆき、いざ臨終の時を迎えた時、あなたは、どのような思いを抱いて旅立ってゆかれるでしょうか?

「今までそんな事は考えた事もない」と言われるかも知れませんが、考えた事がなくても、その時は間違いなくやってきます。

その時を迎えて、未練を残して旅立ってゆくか、それとも感謝の心を残して旅立ってゆくかは、日々の「今日も一日ありがとう」の実践にかかっていると言っても過言ではありません。

平成26年4月7日

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今日も一日ありがとう(2)

末代までの繁栄の為に

掃除機を例にとって、感謝の気持ちをお供えし、供養する事の大切さをお話しましたが、これは何も掃除機に限ったことではなく、私達の人生すべてに当てはまります。

世の中を見れば、子々孫々が栄えている家もあれば、家系が絶えてしまった家もあります。また、何代にも亘って繁栄している会社もあれば、老舗でありながら次第に衰退して消えて行った会社もあります。

何故このような違いが生まれるのでしょうか?繁栄している家(A家)と、そうでない家(B家)は、どこが違うのでしょうか。

両家の違いは、例えば、お仏壇を見ればすぐに分ります。

繁栄しているA家のお仏壇は、いつもお掃除が行き届き、お花が枯れていたり、お供え物がなかったりする事もなく、お線香立ての灰にまで心配りがされています。

A家のお仏壇を拝んでいると、ご先祖様が喜んでおられるのがよく分かりますし、拝んでいても心が清められます。

一方、B家のお仏壇は、お掃除もされず、お花も枯れ、お供え物もなく、お線香立ての灰もカチカチで、立てる事さえ出来ません。

B家のお仏壇を拝んでいると、ご先祖様の悲しみが伝わってきて、こちらも哀しくなります。

もし皆さんが、どちらかの家に生まれ変わらなければならないとしたら、どちらの家に生まれ変わりたいでしょうか?

百人いれば百人とも、千人いれば千人とも、「A家に生まれ変わりたい」と答えられる筈です。何故かと言えば、ご先祖様へのご供養が行き届いているA家に生まれた方が幸せだと思うからです。

誰もが供養の行き届いたA家に生まれたいと思うのは、ただの偶然ではありません。お仏壇が綺麗に掃除され、ご供養が行き届いているA家は、真理に適い、敬遠されているB家は、真理に逆らっているのです。

植物が、必ず太陽のある方向に延びていこうとするように、人間も真理に眼を向けなければ幸せに生きてゆく事は出来ません。もし、真理に逆らおうとすれば、植物は成長を止めなければなりませんし、人間も衰退の道を覚悟しなければならないでしょう。

真理に適っているA家は、誰もが生まれ変わりたいと願いますから、A家の徳の器は益々大きくなって、子々孫々が繁栄していきます。しかし、真理に逆らっているB家は、誰からも敬遠されますから、子々孫々がどんどん衰退し、やがて絶えてゆく事になるのです。

また帰ってきたいと思って頂けるか否か

企業についても同じ事が言えます。

前にお話したように、十年間、感謝の気持ちで使わせて頂き、最後を看取らせていただいた掃除機は、「またこのお寺へ帰ってきたい」という思いを抱いて旅立っていってくれたと、私は信じています。

もし私が、掃除機に感謝の供養もせず、そのまま捨てていれば、掃除機はきっと「また生まれ変わってきても、もう二度とこのお寺には帰って来たくない」と、愛想を尽かして旅立っていったに違いありません。

掃除機の一生は、死んで、それで終りではありません。どんな姿になって帰って来るかは分りませんが、また別の姿に生まれ変わって、この世へ帰ってくるのです。

「また帰って来たい」と思われるか、それとも「もう二度と帰って来たくない」と思われるか。

この違いは、会社の発展を考える上で、とても大きな意味を持っています。何故なら、また帰ってきたいと思ってくれる人や物が、増えれば増えるほど、帰ってきたいと思われている会社の徳の器は、どんどん大きくなっていくからです。

その反対に、「もう二度とこんな会社には帰ってきたくない」「この会社の商品は二度と買わない」と思う人や物が増えてゆけばゆくほど、その会社の徳の器はどんどん小さくなって衰退していきます。

赤字で青息吐息のテーマパークが多い中で、何故東京ディズニーランドだけが好調を維持しているのでしょうか?

それは、来園した人々がみな、「またディズニーランドへ遊びに来たい」という気持ちを抱いて帰っていかれるからです。

つまり、東京ディズニーランドは、他のテーマパークに比べて、リピーターの数が圧倒的に多いのです。

何故なら、東京ディズニーランドには、「また遊びに来たい」と思わせるものが沢山あり、そう思ってもらえるアトラクションを、次々と生み出しているからです。そこが、東京ディズニーランドの強さの秘密です。

東京ディズニーランドの主なターゲットは、家族連れや若者ですから、家族連れや若者に、そう思ってもらえるような仕掛けを次々と作り、多くの家族連れや若者の心をとらえているのです。

お子様ランチ

それだけではありません。東京ディズニーランドには、来園者(ゲスト)を真心で迎えたスタッフ(キャスト)の感動的な秘話が幾つも語り継がれています。

或る日、東京ディズニーランドに若い夫婦が訪れ、ディズニーランド内のレストランで「お子様ランチ」を注文しました。

当然の事ながら、メニューには、お子様ランチは9歳以下と書かれていたので、アルバイト(キャスト)の青年は、「失礼ですが、お子様ランチは誰がお召し上がりになるのですか?」と尋ねました。

すると、奥さんが、「死んだ子供のために注文したくて」と応え、お子様ランチを頼んだ理由を、キャストに話しました。

「私たち夫婦には子供がなかなか授かりませんでした。求め続けて求め続けてやっと待望の娘が産まれましたが、身体が弱く一歳の誕生日を待たずに神様のもとに召されたのです。
私たち夫婦は、毎日泣いて過ごしました。子供の一周忌に、いつかは子供を連れて来ようと話していたディズニーランドに来たのです。そしたら、ゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので思い出にと…」

そう言って夫婦は目を伏せました。キャストのアルバイト青年は「そうですか。では、召し上がって下さい」と答えました。

そして、「ご家族の皆さま、どうぞこちらの方に」と四人席の家族テーブルに夫婦を移動させ、それから子供用の椅子を一つ用意しました。そして、「子供さんは、こちらに」と、まるで亡くなった子供が生きているかのように小さな椅子に導いたのです。

しばらくして、運ばれてきたのは、三人分のお子様ランチでした。キャストの青年は「ご家族でゆっくりお楽しみください」と挨拶して、その場を立ち去りました。

若い夫婦は失われた子供との日々を噛みしめながら、お子様ランチを食べました。暫くして、この出来事に感動した若い夫婦から、次のような手紙が東京ディズニーランドに送られてきました。

「お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているように家族の団欒を味わいました。こんな娘との家族団欒を東京ディズニーランドでさせていただけるとは、夢にも思いませんでした。これから、二人で涙を拭いて生きて行きます。また、ニ周忌、三周忌に娘を連れてディズニーランドに必ず行きます。そして、私たちは話し合いました。今度はこの子の妹か弟かをつれてきっと遊びに行きます」

落としたサイン帳

インフォメーションセンターに、「サイン帳の落とし物はないですか?」と、一人のお父さんが元気なく入ってきました。

落としたサイン帳の中身を聴くと、息子さんがミッキーやミニーから貰ったサインがあと少しでサイン帳一杯になるところだったそうですが、残念ながらインフォメーションセンターには、サイン帳は届けられていませんでした。

キャストはサイン帳の特徴を詳しく聴いて、あちこちのキャストに連絡を取ってみましたが、見かけたキャストは誰一人としていませんでした。

「お客様、申し訳ございません。まだ見つからないようです。お客様はいつまで滞在されていますか?」と聞いたところ、2日後のお昼には帰らなければならないとのことでした。

「手分けして探しますので、2日後、お帰りになる前にもう一度インフォメーションセンターに立ち寄っていただけますか?」

そう笑顔で声をかけたものの、どうしても見つけ出すことができず、約束の2日後を迎えてしまいました。

「見つけることができませんでした。申し訳ございません。代わりにこちらのサイン帳をお持ちください」

それは、落としたサイン帳と全く同じサイン帳で、キャストが自分で買って、いろんな部署を回って、全てのキャラクターのサインを書いてもらったものでした。

お父さんがビックリして、喜ばれたのは言うまでもありませんが、後日、ディズニーランドに、一通の手紙が届きました。

先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。
実は連れていた息子は脳腫瘍で、「いつ死んでしまうか分からない」…そんな状態のときでした。
息子は物心ついたときから、テレビを見ては、
「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」
「ディズニーランドに行こうね」
と毎日のように言っていました。
「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない」
「どうしても息子をディズニーランドに連れていってあげたい」
と思い、命があと数日で終わってしまうかもしれないときに、無理を承知で、息子をディズニーランドへ連れて行きました。
その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。
あのご用意いただいたサイン帳を息子に渡すと、
「パパ、あったんだね!パパ、ありがとう!」
と言って大喜びしました。
そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。
死ぬ直前まで息子はそのサイン帳を眺めては、
「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また行こうね」
と言いながら、サイン帳を胸に抱えたまま、永遠の眠りにつきました。
もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにつけなかったと思います。
私は、息子は「ディズニーランドの星」になったと思っています。
あなたのおかげです。
本当にありがとうございました。

手紙を読んだキャストは、その場で泣き崩れたそうです。

真理に適う生きた供養の実践

ディズニーランドにまつわる感動秘話はまだまだ沢山ありますが、これが、東京ディズニーランドの来園者に対する真心の供養であり、「今日も一日ありがとう」の実践なのではないでしょうか。

供養と言うと、皆さんは、亡くなった方の菩提を弔う事だと思われるでしょうが、死者を弔う事だけが供養ではありません。

生きている人に対して、如何に生きた供養が出来るか、また人だけでなく物に対しても如何に生きた供養が出来るか、その供養如何によって、家の繁栄も、会社の発展も約束されるのです。

一人でも多くのお客様に如何に満足して頂けるか、如何にリピートして頂けるかは、真理に適った生きた供養が出来るか否かにかかっていると言ってもいいでしょう。

誰もが東京ディズニーランドに惹きつけられるのは、その供養と実践が真理に適っているからです。

お寺へ嫁いできてから10年間、私達は、家族の一員となった掃除機に、感謝の心で接してきました。そして、最後を看取らせて頂き、供養させて頂いたのですが、掃除機が、「またこのお寺へ帰ってきたい」という思いを抱いて旅立っていってくれたという事は、この掃除機は、お寺にとって、リピーターの一人、否、一台になってくれたという事です。

肉眼には見えませんが、それだけ、お寺の徳の器が大きくなったのです。

東京ディズニーランドが好調なのは、リピーターが増えて、徳の器が大きくなっているからですが、さすがの東京ディズニーランドも、目を向けている相手は、親子連れや家族連れや若者にとどまっています。

もし、東京ディズニーランドが、人以外のすべての物にまで目を向けられるようになれば、世界最強のテーマパークになる事は間違いないでしょう。

帰ってきてくれて有難う

言うまでもありませんが、
 朝日に感謝は するけれど
   沈む夕陽に 知らぬ顔
   今日も一日 ありがとう
の「朝日に感謝」とは、ただ東の空から昇ってきた朝日に感謝するという意味ではありません。

朝日は、昨日沈んだ夕陽が生まれ変った(リピートした)姿です。ですから、朝日を拝む時は、「今日もよろしくお願いします」ではなく、「帰ってきて下さって有難うございます。また今日もよろしくお願いします」でなければなりません。

そう言って、帰ってきて下さった(リピートして下さった)事への感謝の気持ちを込めて拝むから、「朝日に感謝」なのです。

ただ朝日に「今日もよろしくお願いします」と言うだけなら、「朝日に願いはするけれど」でいい筈です。

菩薩様が詠われた「朝日に感謝」という言葉の中には、「生まれ変わって帰ってきて下さって(リピートして下さって)ありがとう」というお天道様への感謝の気持ちが込められているのです。

勿論、その感謝と喜びが、一度きりで終わってしまっては、せっかく再会出来た意味がありません。そこで、その感謝と喜びがいつまでも続くよう、生まれ変わってもまた再会出来るよう、朝日を迎える時だけでなく、夕陽を見送る時も、「一日お世話になりました。有難うございました」といってただ感謝するのではなく、「また帰ってきて下さいね」と言って、再会(リピート)を約束してお見送りするのです。

そうして再会を約束してお見送りした夕陽が、朝日となって生まれ変わり、帰ってきて下さったからこそ、「また会えましたね。帰ってきてくれてありがとう」と言って、「朝日に感謝」が出来るのです。

私が掃除機を拝み、供養させていただいたのは、ただ毎日一生懸命働いてくれたことへの感謝の気持ちを伝えたかったからではなく、同時に「また私の元へ帰ってきて下さい」という再会を願う気持ちを伝えたかったからです。

ですから、その後で買わせて頂いた新しい掃除機は、お見送りした古い掃除機が生まれ変わって帰ってきてくれたと思っています。

と言うより、再会を約束して見送らせて頂いたからこそ、新しく買った掃除機を見て、古い掃除機が帰ってきてくれたと思えるのかも知れません。

いずれにしても、帰ってきてくれたという事は、私を信頼してくれたという事です。

私を信頼してくれていなければ、いくら掃除機といえども、帰ってきてくれる筈がなく、リピートしてくれるか否かは、信頼を得られるか否かにかかっている事を、私達は肝に銘じておかねばなりません。

50年越しの恩返し

平成22年(2010年)1月、日本航空が会社更生法の適用を申請して事実上倒産した事は、皆さんも記憶しておられるでしょうが、株式が上場廃止となった平成22年2月20日の『読売新聞』に、「日航へ50年越しの感謝」と題する次のような記事が掲載されていました。

経営再建中の日本航空の株式はきょう20日付で上場廃止となる。その日航株を「半世紀前に日航社員から受けた親切が忘れられない」と無価値になると承知で購入した女性がいる。「私にとって日航は幸せを運んでくれた乗り物。必ず再建してほしい」とエールを送る。

大阪府泉南市の造形作家松原タエ子さん(68)。日航の会社更生法申請が秒読み段階となり、100%減資の可能性が強まった先月14日、あえて1万株を11万500円で購入した。

松原さんを駆り立てたのは、祖母の夢をかなえた2人旅の記憶だった。

松原さんは生まれてまもなく母方の祖父母の元に引き取られ、養女として育てられた。祖父は中学時代に亡くなり、女手一つで育ててくれた祖母には格別の思いがある。

初めての孝行が50年前の東京旅行だった。当時、祖母は80歳。「冥土のみやげに一度は飛行機に乗ってみたい」という祖母を連れ、大阪(伊丹)空港から羽田空港まで日航機に乗った。

ところが、羽田空港でアクシデントに見舞われる。足が不自由な祖母は飛行機のタラップを降りるのに時間がかかり、東京駅行きのバスに乗り遅れてしまったのだ。当時は本数が少なく、次のバスまで数時間待たねばならない。「孝行が台無しになってしまう」。途方に暮れた時、日航社員が車いすを用意してくれた上、東京駅まで車で送ってくれた。

祖母はその2年後に亡くなったが、ことあるごとに「鶴のマークの会社の人が親切にしてくれはった」とうれしそうに話した。

昨年、経営悪化が報じられる中、「なんの足しにもならない」と分かっていながら株を購入したのは、あの時の感謝と応援の気持ちを伝えたかったからだ。関西空港の日航カウンターには、祖母との思い出をつづった手紙も持参した。

先月末、松原さんの自宅を日航社員が訪れた。手には約400通ものカード。松原さんの手紙を読んだ社員からの返信だった。「必ず再生したい」。カードを手に、「50年後も心に残る接客を心がけていきたい」と決意を語った地上スタッフの赤木芙美さん(25)に、松原さんは「必ず危機を乗り越え、魅力的な会社になって」と話しかけていた。

リピーターとなった理由

松原さんは、感謝と応援の気持ちを伝えたいと、敢えて無価値になる事を承知で日航株を購入されたのですが、松原さんの心を動かしたのは、半世紀前に日航社員から受けた真心の供養でした。

その日航社員は、松原さんと足の悪い祖母の事を案じ、車椅子を用意して東京駅まで送ってくれたのです。

日航社員から受けた真心の供養は、孝行が出来た松原さん(当時18歳)にとって、忘れようにも忘れられない鮮烈な記憶となって、魂の奥底に深く刻み込まれたに違いありません。

松原さんが敢えて無価値になると承知で日航株を購入されたのは、50年前に日航社員から受けた真心の供養を、50年経っても忘れていなかったからですが、「真心の供養とは如何なるものか」がここにハッキリ示されています。

いくら恩返しとは言え、もし松原さんの胸の内に、一瞬たりとも損得勘定が働けば、無価値になる株券を敢えて購入したりはしなかった筈です。11万円余りのお金とはいえ、みすみす捨てる事になるからです。

しかし、松原さんは、それを承知で無価値になると分かっている日航株を購入されたのです。

何故か?

それは、そうする事が、50年前に日航社員から受けた真心の供養に対する、松原さんの真心の供養だったからです。

そこには、もはや損得勘定という概念はありません。あるのは、ただ真心の供養に対する、真心の供養のお返しだけです。

松原さんが、損得勘定抜きで、日航への真心の供養を返されたのは、日航社員が50年前に、損得勘定抜きの真心の供養を、松原さん達に施したからです。

困っている人、苦しんでいる人を眼の前にして、「何とかしてあげたい」という心は、損得勘定からは生まれません。そこにあるのは、ただ「その人の為に自分に出来る事をしてあげたい」という魂の奥底から湧き上る真心(菩提心)の声だけであり、その真心から生まれた相手への生きた供養だからこそ、供養を受けた人の魂の奥底に深く刻まれるのです。

損得勘定から出た行動は、50年も経たない内に忘れられてしまいますが、一旦刻まれた真心の供養は、何年経っても色あせる事はありません。

日航は、会社更生法の申請から僅か2年余りで、奇跡的な再生を果たしましたが、今後更なる発展が出来るか否かは、「もう一度この会社に帰ってきたい。この人達の下に帰ってきたい」と思ってくれる第二、第三の松原さんを増やせるか否かにかかっていると言っていいでしょう。

そして、そう思ってもらえるリピーターを増やすには、一人一人の日航社員が、真心と感謝の心でお客様に接し、生きた供養をしていく以外にはありません。

その真心と感謝の心さえ忘れなければ、50年経とうが、何年経とうが、必ずリピーターとなって帰ってきて下さる事を証明してくれたのが、無価値になる事を承知で日航株を購入された松原さんなのです。

3月24日

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今日も一日ありがとう(1)

記録的な大雪

今年の2月14日から15日未明にかけて、関東甲信地方は記録的な大雪に見舞われ、甲府市内では、114㎝という、甲府地方気象台が明治27年から観測を始めて以来最大の積雪を記録しました。

この大雪によって、山梨県内はおろか、県外から県内に通じる道路もすべて通行不能となり、孤立する市町村が相次ぐなど、県全体が「陸の孤島」と化し、パニック状態に陥りました。

中央自動車道や国道20号線では、数百台の車が大雪に埋もれて立ち往生し、物流が完全にストップするなど、日常生活にも大きな影響が出ました。

また果物王国の山梨県では、農業用ハウスの多くが雪の重みで倒壊し、特にぶどう農家の被害が深刻で、その被害額は、雪が原因の農業被害額としては異例の171億円に上りました。

法徳寺でも、153㎝ある境内の歌碑が雪の中に埋もれ、160㎝近い積雪を記録しましたが、境内のみならず、表通りに出るまでの市道も雪に埋もれ、完全に孤立状態となりました。

漸く表通りに出られるようになったのは、5日後の20日で、19日の午後から、業者の方が来て、少しずつ大型機械を使って掻いて下さっていたようですが、薄暗くなってもまだ道が開かないので、途中で諦めて帰ったのだろうと思っていました。

ところが、翌20日の朝、ポストに朝刊が入っていたので、境内に出てみると、市道の雪が全部綺麗に掻かれており、表通りまで開通していました。

一刻も早く出入りできるようにしてあげたいという思いで、暗くなっても最後まで掻いて下さったのだと思うと、業者の方の気持ちが有難く、心の中で合掌いたしました。

当たり前ではない日常生活

大雪で孤立する市町村が相次ぐ中、法徳寺は5日間の孤立生活を強いられたものの、6日目には表通りに出られたのですから、感謝しなければなりませんが、同時に、5日間の孤立生活を通して、いつでも自由に出入り出来る事の有り難さを痛感いたしました。

法徳寺は停電もせず、食料もある程度確保されていたので、その面で困る事はありませんでしたが、いつでも、自由に買い物に行けたり、車で出かけたり、私達にとって当たり前と思っていた事が、決して当たり前ではない事を、改めて思い知らされました。

停電したり、断水したり、長期の孤立生活を余儀なくされていた方々の不自由さ、不便さを思うと、5日間で出入りできるようになった事を素直には喜べませんが、停電と聞いて思い出すのは、東日本大震災の時に実行された計画停電です。

あの時は、御同行のお一人が御奉納して下さった発電機のお蔭で、不自由なりにも全く電気が使えない状況には陥りませんでしたが、東電管内には、蝋燭の炎の中で食事を余儀なくされたり、暖房のない中で寒い思いをされたお方も大勢おられたと思います。

多くの企業が操業停止や操業時間の短縮を余儀なくされ、経済にも大きな影響を及ぼしましたが、未曽有の大震災と原発事故によって、すべての原発が止まったため、やむを得ない計画停電だったと言えましょう。

あの計画停電によって思い知らされたのは、私たちの生活が、電気がなければ何も出来なくなっているという現実でした。

いつでも自由に電気が使えるお蔭で、スイッチを押せば、電気炊飯器がご飯を炊いてくれますし、電子レンジが冷たいものを温めてくれます。タイマーをセットしておけば、自動的にお風呂にお湯が溜まり、終われば自動的に止めてくれます。

エアコンのスイッチを入れれば、暑い夏は涼しい部屋で、寒い冬は温かい部屋で快適に過ごせますし、冷蔵庫に食材を入れておけば、冷凍保存してくれます。

要するに、電気が来るのも当たり前、水道が来るのも当たり前、ガスが来るのも当たり前、何もかもが当たり前の世の中にどっぷり浸かって、何不自由なく暮らしているのが、今の私たちなのです。

仏教では、万人が願う理想郷を「極楽浄土」と言いますが、現代人の暮らし振りは、ご先祖の目から見れば、まさに極楽浄土そのものではないでしょうか。

1983年(昭和58年)、NHKで放映されて話題になり、何度も再放送されている連続テレビ小説「おしん」をご覧になったお方も大勢いると思いますが、雪の降り積もる中、何十分もかけて川の水を汲みに行き、あかぎれの出来た手で重い桶を持って帰ってくるおしんの姿を見て、思わず胸が熱くなったのを今でも思い出します。

あの光景が、物の豊かな時代に生まれた今の若者の眼に、どう映るのかは分りませんが、貧しい当時は、それが当たり前でした。

今の私達の生活を見て、「おしん」と同じ時代を生きた人々は何と言うでしょうか?恐らく、「あなた達は幸せだよね。こんな極楽のような生活が出来るんだから」という言葉が返ってくるのではないでしょうか。

にも拘らず、私達は、いまの生活を極楽とは感じていないのです。それどころか、「もっと便利に、もっと豊かに、もっと快適に」と、その欲望は留まるところを知りません。

何故でしょうか?

それは、誰もが、今の生活を当たり前だと思っているからです。

私たちが、現代文明の恩恵を存分に享受していることは間違いなく、このような快適で夢のような生活環境を当たり前だと思うのは、豊かさと贅沢をはき違えている何よりの証と言えましょうが、そのはき違えを木端微塵に打ち砕き、「当たり前ではない」という現実を目の当たりにさせてくれたのが、あの阪神大震災や東日本大震災であり、今回の大雪被害ではないかと思います。

天災は忘れた頃にやってくる

よく「天災は忘れた頃にやってくる」と言われますが、この言葉は、天災の恐ろしさを忘れている私達を戒める言葉だと解釈されています。

しかし、「天災は忘れた頃にやってくる」とは、その恐ろしさを忘れた頃に天災がやってくるという意味ではなく、全てが当たり前ではない「有り難き」事であるという感謝の心を忘れた頃に天災が降りかかり、不自由な生活を強いられて初めて、今まで当たり前だと思っていた事が決して当たり前ではない事に気付かされるという意味ではないかと思います。

阪神大震災や東日本大震災によって、ライフラインがすべて破壊され、電気も水道もガスも何もかも使えなくなって初めて私達は、今まで当たり前のように使っていた電気も水道もガスも、決して当たり前に使えるものではなかった事に気付かされたのです。

「電気、ガス、水道の使用料を支払っているのだから、使えて当然ではないか」と言われるかも知れませんが、たとえそうであったとしても、各家庭でいつでも自由に使えるのは、目に見えない所で懸命に保守点検をして下さっている多くの人々がいるからであり、いくら利用料を支払っても、その陰のご苦労がなければ、一日たりとも自由に使う事は出来ないのです。

要するに、電気が来るのも当たり前ではなく「有り難き事」、蛇口をひねればすぐに水が飲めるのも当たり前ではなく「有り難き事」、ガスが来るのも「有り難き事」、何もかも使えて当たり前ではなく「有り難き事」なのです。

電気やガスや水道を自分で作れる筈もなく、誰かが作って下さったものを、お金を払って買っているに過ぎない私達が、「使えて当然だ」と、権利だけを主張して、作って下さっている方々の御苦労を知らなければ、感謝の心を忘れた人間のエゴだけがまかり通る世の中になり、必ずや再び天災の洗礼を受けなければならなくなるでしょう。

全てが当たり前であり、当然の権利であるかの如く錯覚し、「有り難き事」「有り得ない事」という感謝の心を失くしてしまった私達の心の眼を目覚めさせてくれるのが、まさに天災という名の天地の慈悲なのです。

「天災は忘れた頃にやってくる」とは、「天災は感謝の心を忘れた頃にやってくる」という意味であり、感謝の心を忘れてはならないという私達に対する戒めに他なりません。

私たちの目は、前にしかついていませんから、前しか見えませんが、前ばかり向いて、権利だけを主張していては、物事の真相は見えてきません。時々後ろを振り返りつつ、反省すべきところは反省し、改めるべきところは改め、感謝すべきところは感謝する事によって、初めて未来に向けた確かな一歩が踏み出せるのではないかと思います。

今日も一日ありがとう

御法歌「頼め彼岸へ法のふね」の中に、
 朝日に感謝は するけれど
   沈む夕陽に 知らぬ顔
   今日も一日 ありがとう
という歌がありますが、この歌には、私達が忘れてはならない大切な教えが説かれています。

日本人は初日の出を拝むのがとても好きなようで、大晦日から元旦にかけて、大勢の人々が、初日の出を拝もうと山へ登られます。

法徳寺のある山梨は、富士山頂から初日の出が昇る「ダイヤモンド富士」を拝めると言うので、全国から大勢の方々が、ダイヤモンド富士の初日の出を拝みにやって来られます。

初日の出を拝ませていただけるのは、日本が平和である証拠であり、日本人の一人として有難い事だと思いますし、一人でも多くの皆さんに拝んで頂きたいと思います。

毎年元旦のテレビ画面には、富士山頂に集まった人々が、初日の出に向かって、両手を振り上げながらバンザイをしている姿が映し出されます。

何とも微笑ましい光景ですが、不思議な事に、その前日の大晦日、西の空に沈む一年最後の夕陽を見送りながら、バンザイをし、感謝の合掌をしている人の姿を、今まで一度も見た事がありません。また、そのような光景がテレビに映し出されているのを見た事もありません。

おめでたい初日の出をいち早く拝みたいという気持ちはよく分りますし、初日の出を拝む人々をテレビに映して多くの人々に伝えたいというテレビ局の思いも分からないではありませんが、物事には全て始まりと終わりがあります。

昇った朝日は必ず西の空に沈み、生まれたものは必ず死を迎えます。これが、永遠の昔から変わる事のないこの世の真理(天地の決まり)であり、人間を含めた森羅万象全てが、この真理の中にいます。

この地球でさえ、数十億年後には消滅すると言われています。地球もオギャーと生まれた一個の生命体である以上、最後があるのは当然です。太陽にも死があり、いつか消えてなくなります。

しかし、死んで終わりではありません。また別の新しい太陽や地球が、この広大な宇宙のどこかに産声をあげるのです。古い命が消えたら、別のところで新しい命が生まれる。これが、この大宇宙で日々刻々と繰り広げられている壮大な生命の誕生と消滅のドラマです。

いまここにいる私も、そして、これを読んで下さっている皆さんも、今は間違いなく生きていますが、あと百年もすれば、間違いなく今地球上に生きている殆どの人が亡くなり、新しい世代にそっくり変わっている筈です。

宇宙の命の営みとは、何と気宇壮大なものでしょうか。

限りない叡智と巨大なエネルギーの前には、人間の浅はかな知恵や愚かな計らいなど、取るに足りないものである事を、いつも思い知らされます。

昇る朝日と沈む夕陽

生まれたものは必ず死に、昇った太陽は必ず沈んでゆく。しかし、沈んで終りではなく、また生まれかわって東の空から昇ってきます。

初日の出と言っても、西の空に沈んだ大晦日の夕陽が、再び昇ってきた姿であり、同じ太陽である事に変わりはありません。にも拘らず、人々は、昇る朝日は愛でても、沈む夕陽には目を向けようともしません。

目を向けようとしない夕陽は、一年365日、一日も欠かさずお世話になり、私達が最もご苦労をおかけしたお天道様なのです。

その一年最後の夕陽に、「今年も一年間お世話になり、有り難うございました。また来年もお世話になりますので、宜しくお願いします」と言う感謝の合掌を忘れ、これからお世話になろうとしている初日の出に向かって、バンザイをしているのです。

正月準備に忙しく、大晦日の夕陽のことなどすっかり忘れているのかも知れませんし、もしかすると、夕陽に感謝をする事に気付いていないのかも知れませんが、私達が生まれる遥か昔から、太陽は一日も休まず、朝日となって昇り、夕陽となって沈んでいるのです。

人間も太陽も地球も、森羅万象すべてが一つの例外もなく、生まれては死に、死んでは生まれてくる真理の中にいる以上、最初をどのように迎えるかも大切ですが、最後をどのように締めくくるかの方がより大切ではないかと思います。

たとえ、沈んでいく夕陽であっても、否、沈んでゆく夕陽であるからこそ、お世話になった感謝の心を忘れていい筈がありません。

その事を忘れてはならないと教えてくれているのが、菩薩様の先ほどの御法歌です。

朝日に感謝は するけれど
  沈む夕陽に 知らぬ顔
  今日も一日 ありがとう

赤ん坊を見れば、「可愛い」と言って、誰もがみんな抱き締めたくなります。でも、お年寄りには、どうでしょうか?

赤ん坊は、昇る朝日、お年寄りは、沈む夕陽なのですから、沈む夕陽に感謝の心を忘れていては、昇る朝日を拝む事も出来ません。

みんな、新しいものにはすぐに目を向けますが、古いもの、去ってゆくもの、滅びゆくものには、誰も目を向けようとしません。

今はいくら若くても、やがて自分もお年寄りになっていかねばならない沈む夕陽なのです。

その事実を忘れない為にも、毎日お世話になっている夕陽に手を合せて、感謝の心を捧げたいものです。

掃除機に感謝の供養

もう30年も前の話になりますが、年の瀬も押し迫った昭和59年暮れ、私は、奈良県桜井市にある寺院の住職になりました。

小さいながらも新築して間もない真新しい寺院だったので、住職就任と同時に、生活に必要な電化製品をひと揃え買ったのですが、10年ほどして、その時買った掃除機が故障し、ゴミを吸わなくなったのです。

近くの電器屋さんに修理をお願いしたら、修理代がとても髙く、新しく買っても値段が余り変わらなかったので、新しい掃除機を買わせて頂く事にしたのですが、問題は、故障した掃除機の処分です。

皆さんならどうされるでしょうか?多分、その電気屋さんに処分してもらうか、燃えないゴミとして出されるだろうと思いますが、私も皆さんと同じように、燃えないゴミとして処分する事にしました。

しかし、一つだけ皆さんと違う方法で処分したのです。

どうしたのかと言いますと、処分する前に、掃除機を供養したのです。

何故そんな事をしたのか?

確かにもう要らなくなった掃除機ですから、そのまま処分してもいいのですが、たとえ故障して動かなくなったとはいえ、お寺へ入ってから10年間、休む間もなく、働きづめに働き続けてくれた掃除機です。

ただの掃除機ではありますが、私にとっては、十年間、同じ屋根の下で苦楽を共にしてくれた家族のような存在なのです。そのまま捨ててしまっては不憫であるばかりか、それでは、菩薩様のお歌の中にある「沈む夕陽に知らぬ顔」になってしまいます。

そこで、家族みんなで、10年間、積もり積もった掃除機の垢や汚れを綺麗に拭かせて頂いた後、般若心経を唱えて供養させて頂いたのです。

何故掃除機を供養するのか?

日本広しといえども、掃除機に般若心経をあげたのは、私達くらいではないかと思いますが(笑)、心経を唱えて掃除機を供養したのは、私が僧侶だからでも、わが家がお寺だからでもありません。

供養は、僧侶だからすべきこと、僧侶でないからしなくてもよい事では決してありません。僧侶であろうがなかろうが、やらねばならないものだと思います。

何故なら、私も皆さんも、やがて働けなくなり、動けなくなり、死んでゆかねばならない身であり、掃除機と何ら変わらないからです。

モーターが故障して動かなくなった掃除機と、やがて歳を取って動けなくなる私達と、どこが違うのでしょうか。

ましてや、供養を願う心は、私も皆さんも、そして掃除機も同じ筈であり、違いがあろうとは思えません。

勿論、供養するのは、掃除機だけではありません。

法徳寺では、他の電化製品も、自動車や家財道具もみな、最後をお見送りする時には必ず、「今までお世話になり、有り難うございました。ゆっくりお休み下さい。そして生まれ変ったらまた法徳寺へ帰ってきて下さいね」という感謝の気持ちを込めて般若心経を唱え、供養してからお送りさせて頂きます。

勿論、新しく買った時も、これからわが家の一員となって働いてくれるのですから、「はじめまして、これからよろしくお願いします」と言う気持ちで、般若心経を唱えお迎えさせて頂くのです。

たかが掃除機、たかが自動車、たかが家財道具と思われるかも知れませんが、私達にそれぞれの人生があるように、掃除機や自動車や家財道具にも、それぞれの人生があります。

この掃除機は、工場で産声をあげ、小売店の店頭に運ばれ、私が買ってから僅か十年余りの短い人生でしたが、数多くの掃除機の中から、わが家にご縁があって嫁いできてくれた掃除機なのです。せめて、最後のお別れくらいは、心経を唱えて供養してから送ってあげたいと思うのが、人情ではないでしょうか。

皆さんは、「自己満足に過ぎない」とおっしゃるかも知れませんが、たとえそうであったとしても、私達に心があり、供養してもらえば嬉しいように、掃除機にも心があり、人の真心や親切や情けに触れれば、嬉しくない筈がありません。

もし掃除機が言葉を話せたら、きっとこんな言葉が返ってきたのでははないでしょうか。

「私は、十年前にこのお寺へ嫁いできました。それ以来、毎日来る日も来る日も、身を粉にして働いてきました。苦しい時も、悲しい時も、辛い時も、泣きたい時もありましたが、何一つ文句を言わず、今日まで懸命に働いてきました。もう身も心も疲れ果てて、ぼろぼろです。
世の中を見れば