桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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残心の教え(1)



武道・芸道百般に通じる心構え


「ざんしん」と言えば、多くの人は、発想が独創的で、他のものより秀でているという意味の「斬新」を思い浮かべるでしょうが、「残心」と書く「ざんしん」があることをご存じでしょうか。この残心には、次のような意味があります。

一つは、油断を戒める心を意味し、日本の武士道、剣道、柔道、空手道、合気道など、武術の極意と言われている心構え、身構えを現わします。

例えば、剣道、武道、柔道、合気道などの試合で、勝ったと思った瞬間、緊張感が緩み、逆に相手から一本を取られることがあります。

「勝って兜の緒を締めよ」という諺があるように、相手に勝ったと思っても、すぐに心を緩めず、相手がいつ反撃してきても、それにすぐ対処できるよう、常に心を残し、身構え、心構えを怠らないようにすることを、残心と言います。

また、弓道における残心は、的に向かって矢を射た後、その姿勢を崩さず、的をじっと見据えて、決して的から目を離さないことを言い、空手道や合気道における残心は、技を決めた後、相手との間合いを測って、いつでも反撃出来る体制を整えておくことを言います。

二つ目は、相手に対する思いやり、いたわりの心を現わします。「勝って奢らず」という言葉があるように、たとえ勝負に勝っても、勝ち誇ったり、相手を見下げたりせず、負けた敗者に対する思いやりの心を忘れてはならないということです。

三つ目は、文字通り、名残り、心残りという意味です。


残心を問われた「ドーハの悲劇」


残心は、武道、剣道、柔道、合気道、弓道、空手道など、日本古来の武術一般に欠かせない極意と言われる身構え、心構えですが、様々なスポーツにおいても、残心は、大切な心構えと言っていいでしょう。

かつて残心を問われたのが、「ドーハの悲劇」と言われるサッカーの試合です。

1993年(平成5年)10月28日、カタールの首都ドーハで、ワールドカップ・アメリカ大会のアジア地区最終予選が行われました。

日本チームは、ここまでリーグ首位の成績を修め、最終戦でイラクに勝てば、他チームの成績如何にかかわらず、リーグ首位で、アメリカの本大会に出場することが決まっていました。それだけにイラクとの最終戦は、日本チームの本大会への初出場がかかった重要な試合でした。ドーハの悲劇

前半45分、後半45分の内、後半45分を経過したところで、日本はイラクに2対1で勝っていました。このまま逃げ切れば、本大会初出場が決まるところでしたが、「ドーハの悲劇」が起こったのは、ロスタイムと言われる終了間際の時間帯でした。

サッカーでは、試合中に、選手が負傷したり、選手交代があった場合、その時間を試合時間に入れると不公平なので、その時間を試合時間にプラスするロスタイムという決まりがありますが、45分が経過した時点で、まだロスタイムが残っていました。

そのロスタイムに、イラクがゴールを決めて同点となり、首位だった日本は得失点差で三位に後退し、アメリカの本大会への出場権を逃してしまったのです。

これが「ドーハの悲劇」として語り継がれているサッカーの試合ですが、選手の脳裏を去来したものは何だったのでしょうか?

後半の45分が過ぎ、ロスタイムを残すだけとなり、もう少しで本大会への初出場が決まるという状況の中で、選手の心に、気の緩みや、本大会に初出場できるかもしれないという期待感が生れたとしても無理はありません。

集中力が途切れた訳ではないでしょうが、結果として、イラクに同点ゴールを許し、初出場を逃したことを考えれば、初出場が決まるかもしれないという思いが、僅かな油断や心の隙間を生み、それが「ドーハの悲劇」へとつながったのかも知れません。

改めてこの試合を振り返ってみれば、審判のホイッスルが鳴る最後の最後まで、決して気を緩めてはならないという残心が問われた一戦だったのではないでしょうか。


相撲道に欠かせない残心


武道、剣道、柔道などと共に、日本古来の神事である大相撲においても、残心は欠かせません。

勝ったと思った瞬間、土俵際の打っちゃりで逆転負けをしたり、僅かな気の緩みが、負けにつながる相撲をよく見かけますが、これらの相撲を見ていると、残心がいかに大切かがよく分かります。

日本人待望の横綱として活躍が期待されていた稀勢の里も、相次ぐ休場で引退を余儀なくされましたが、稀勢の里の最近の相撲を見ていると、すぐにもろ差しになられたり、脇の甘さが目立つ相撲が多々見受けられました。怪我の影響とは言え、稀勢の里が問われていたのも、やはりこの残心だったのではないかと思います。稀勢の里

大相撲では、「心技体」ということがよく言われますが、横綱と幕下力士の差は、体力の差だけではなく、いかに心技体を充実させて相撲に臨めるかの差で決まると云ってもいいでしょう。

心技体を充実させることは、相撲道の極意と云ってもよく、たとえ横綱といえども、心技体がばらばらのままでは、決して下位の力士に勝てるものではありません。

心技体の中でも、特に大切なのが心の持ち方(残心)であり、いかに心(気)を充実させて相撲に臨めるかが、相撲の勝敗を決めるのです。

その意味で、相撲の勝敗は、土俵に上がる前の心の持ち方(残心)によって、すでに決まっていると云っても過言ではないでしょう。


残心を忘れた久米の仙人


奈良県橿原市にある久米寺(くめでら)の開祖と云われる久米の仙人は、かつて毛竪(けだち)仙人と呼ばれ、奈良県吉野の竜門岳という所に住んでいました。

厳しい修行によって神通力を体得した仙人は、ある日、神通力を使って、竜門岳から葛城山へ向かって大空を飛行していました。

久米川の近くにさしかかった時、ふと下を見ると、久米川で洗濯をしている若い女性が眼にとまりました。

そして、その女性のふくらはぎがちらっと見えた瞬間、心を奪われた毛竪仙人は、たちまち神通力を失い、地上に落下してしまったのです。

その後、その女性と結婚して所帯を持ち、俗人として暮していた毛竪仙人は、東大寺建立の際に人夫として働くことになったのですが、元仙人だったことが天皇の耳に入り、「その神通力を使って、吉野から木材を運ぶように」との勅命が下されたのです。

毛竪仙人はすでに神通力を失っていましたが、天皇の命に背く訳にもいかず、もう一度修行して、神通力を回復し、木材を運んで、東大寺建立に多大なる貢献をしました。

その功績のご褒美として、天皇から授けられた土地に建てたのが久米寺(注1)と云われていますが、久米の仙人が若い女性のふくらはぎを見て神通力を失ったという逸話は、幾ら神通力を得た仙人であっても、ひとたび間違いを犯せば、今まで積み重ねてきた修行が台無しになるという戒めであり、信仰の世界においても、残心を忘れてはならないという教訓となっています。


御同行へのお計らいに見る残心


昔から、武道、剣道、柔道、茶道、華道など、道と名の付くものの極意として伝えられてきた残心の教えは、私たちの日常生活においても、非常に大切な心構え、身構えであることは間違いないでしょう。

わずかな気の緩みが、大きな失敗や大事故につながる場面も、決して珍しくありません。

昨年(平成30年)11月20日、御同行のK氏は、法徳寺へ帰郷される道中、中央自動車道の走行車線上に落ちていた段ボール箱をはねるというアクシデントに見舞われました。

ドライブレコーダーを見ると、ちょうど「伊那高遠インターチェンジ」を通り過ぎた辺りの高速道路上前方に、ダンボール箱が一つ落ちているのが、記録されていました。

その時、K氏は、CDプレーヤーの操作をするため、視線を少し下に落としていたため、気付くのが遅れ、ダンボール箱をはねてしまったのですが、まさに一瞬の出来事でした。

落とし主はわかりませんが、荷台に積んである積み荷のダンボール箱が落ちたのに気づかぬまま、走り去ったものと思われます。

落ちていたのがダンボール箱だったことが、不幸中の幸いで、もっと大きな落下物であれば、大きな事故につながっていたかも知れません。

信仰のないお方は、「お参りにきているのに何故、事故に遭わなければいけないのか。何故神仏は、事故に遭わないよう、守ってくれないのか」と、疑問に思われるかも知れませんが、自分にとって好都合なことだけが、み仏のお計らいとは限りません。

この時、私は、翌日の御縁日に、「残心」についてお話しをする予定でした。「わずかな気の緩みが、大きな失敗や大事故につながるから、残心を忘れないでください」という話をしようと思っていたその前日に、K氏がアクシデントに見舞われたのです。

まるで、私が話をする予定をしていた「残心」を、前もって体験して下さったかのようなタイミングでしたから、ただの偶然とは思えません。

きっとこれは、K氏の体験を通じて、「残心がいかに大切であるかを学んでほしい。どんな時にも残心の教えを忘れないでほしい」という菩薩さまからのメッセーに違いないと確信しました。

高速道路上に、落下物が落ちている事は、あり得ない訳ではありません。しかし、殆どの人は、落下物が落ちているとは思わず、安心して走行しているのではないでしょうか。

その為、つい視線をそらしたり、下を見たりもするわけですが、今回のダンボール箱が証明しているように、どこでどんな災難が待ち受けているかもわからないのです。ましてや、高速道路上では、スピードが出ていますから、万が一の時の事故の危険性も飛躍的に増大します。

だからこそ、菩薩さまは、K氏を通じて、何があってもすぐに対処できるよう、常に心を残し、心構え、身構えを怠ってはならないと、教えられたのではないでしょうか。

勿論、今回、大事故に遭遇していたかも知れないところを、ダンボール箱をはねただけの軽い事故で済ませていただいたのは不幸中の幸いであり、そのことへの感謝の心も忘れてはならないでしょう。

K氏も、「大難を小難に済ませていただきました」とおっしゃっておられましたが、そう悟らせていただく事が、菩薩さまのみ心に添うことであり、そう悟らせていただけば、有り難さもまたひとしおと云えましょう。

合掌


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(注1)久米寺の開基に関しては、もう一つ説があり、聖徳太子の弟の来目皇子(くめおうじ)が眼病を患い、この地でみ仏に願掛けをして完治を祈ったところ、見事に完治したので、報恩感謝のため、この地に久米寺を建立したと伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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