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稲荷大明神勧請(5)



母の夢に隠された真相


伏見稲荷の稲荷大明神様を無事に勧請させていただいた後、早速、依り代の腕数珠を納めた水玉を、法徳寺客殿(昇龍閣)の内本堂にお祀りさせていただきましたが、これで勧請がすべて終わった訳ではありません。

伏見稲荷大明神の勧請は、天地(神仏)の内の天(神)からの勧請が終わっただけで、地(仏)からの勧請がまだ残っていたからです。

地からの勧請は、紀州高野山の奥の院に祀られている白髭(しらひげ)稲荷大明神を勧請させていただく事になっていましたが、母が高野山に居る夢を見た四月二十四日の時点では、まだ開創十三年目のお礼参りに行く事しか念頭になく、勧請までは考えていませんでした。

ところが、稲荷大明神勧請(3)で述べたように、伏見稲荷大社へお参りする前日の五月十二日、知り合いの御住職が突然法徳寺を訪問され、お参りの目的が、伏見稲荷大明神を勧請させていただく為である事が明らかとなり、更に伏見稲荷の起源を調べていく内に、稲荷三神と言われる宇迦之御魂大神の本地仏が如意輪観音、左田彦大神の本地仏が千手観音、大宮能女大神の本地仏が十一面観音と、いずれも観音様が本地仏である事が分かってきた為、夢の意味をもう一度見直す必要が出てきたのです。

夢の内容は、母が前方を見ると、十三人の人がいて、その中の山崎さんという人が「あれを見て!」と言ったので、そちらを見ると、そこに二人の人が立っていて、その内の一人が、縦に長い鳥かごを持っていたので、中を見ると、鳥かごの端の方に、黒い色をした観音様が立っておられたというものですが、夢の意味を再度見直していく内に、今まで見えていなかった真相が少しずつ見えてきました。


鳥かごの観音様の正体


悟るべき要点は幾つかありますが、一つ目は、「何故、黒い色をした観音様が、鳥かごの端に立っておられたのか?」という事です。

先ずこの鳥かごですが、高野山全体を象徴していると考えていいでしょう。

御承知の通り、紀州高野山は、東の端の大門(だいもん)から、西の端の奥の院まで、東西六キロに亘って開かれた、標高九百メートルの山上の盆地にある宗教都市ですが、俗世間から隔絶された天空の別世界という意味で、高野山はまさに鳥かごそのものと言えましょう。

鳥かごを高野山とすれば、観音様が立っておられる鳥かごの端は、高野山の西の端にある奥の院に当たります。

更に伏見稲荷の稲荷三神の本地仏が観音様である事を考えれば、鳥かごの端(奥の院)に立っておられる観音様は、奥の院の弘法大師御廟の向かって右側に祀られている白髭稲荷大明神と考えていいでしょう。

二つ目の要点は、「山崎さんが指し示した二人の人とは誰か?」という事ですが、このお二人は、弘法大師と法舟菩薩様のお二人で、鳥かごを持っている人は、高野山の御本尊として、今も苦しむ人々に救いの御手を差し伸べておられるお大師様です。

もう一人は高野山法徳寺の御本尊の法舟菩薩様ですが、二人を指し示した山崎さんが十三人の内の一人で、十三が菩薩様の御縁日である事、そして、今回のお計らいが、お大師様、菩薩様のお二人によるものである事などから、菩薩様と考えて間違いないでしょう。


弘法大師と稲荷大明神の関係


三つ目の要点は、「何故、観音様が黒い色をしていたのか?」という事ですが、ご存じのように、弘法大師は、御入定から八十六年後の延喜二十一年、醍醐天皇の夢枕に立たれて、次のお歌を詠まれたと伝えられています。

 高野山(たかのやま) 結ぶ庵(いおり)に袖(そで)朽ちて
    苔(こけ)の下にぞ 有明(ありあけ)の月

当時、お大師様にはまだ大師号がなく、空海上人と呼ばれていましたが、衆生救済に御苦労して下さっているお姿を霊夢にご覧になられた醍醐天皇は、早速、勅使を高野山へ遣わし、「弘法大師」の諡号(おくりな)と、新しい御衣を御下賜されました。

時の東寺長者で、高野山金剛峯寺の座主(ざす)であった観賢(かんげん)僧正は、御下賜された御衣を丁重に押しいただき、御廟窟の扉を開けて中に入り、お大師様の御衣を替えさせていただいた後、御廟窟の扉を固く閉ざされました。

それ以来、御廟窟の扉は一度も開かれておらず、お大師様は今も漆黒の御廟窟の中で、苦しむ人々を救済し続けておられますが、この状況を、黒い色で暗示しているのではないでしょうか。

鳥かごの端に立っておられる観音様は、弘法大師御廟の右隣りに祀られている白髭稲荷大明神を、黒い色は、漆黒の御廟窟で人々を救済し続けておられるお大師様を暗示しているとすれば、「黒い色をした観音様が鳥かごの端に立っておられる」光景は、奥の院の弘法大師と白髭稲荷大明神が一体となって、人々を救済しておられる状況を彷彿とさせてくれます。


白髭稲荷大明神を勧請せよ


四つ目の要点は、「何故、十三人なのか?」という事ですが、紀伊田辺市で出会った弘法大師と白髭稲荷大明神が、東寺での再会を約束して別れてから再開されたのが、七年後の弘仁十四年四月十三日である事を考えれば、十三という数字もまた、奥の院のお大師様と白髭稲荷大明神が一体である事を示唆していると考えられます。

しかも、十三人の中の山崎という人が、「あれを見て!」と言ったので、そちらを見ると、鳥かごの端に立っておられる観音様が見えたと言うのですから、「あれを見て!」とは、「奥の院の弘法大師と白髭稲荷大明神が一体となって衆生を救済しておられる姿を見て!」という意味でしょう。

こうして、幾つかの要点を紐解きながら夢に隠された真相を悟っていくと、高野山奥の院に御入定しておられるお大師様と、お大師様の右隣りに祀られている白髭稲荷大明神様が一体となって、人々を救済しておられるお姿が見えてくるのですが、弘法大師と稲荷大明神が一体であるという事は、弘法大師と一体である菩薩様と稲荷大明神もまた一体でなければならないという事です。

しかし、法徳寺には、菩薩様と一体である筈のお稲荷様が、まだお祀りされておりません。

そこで、御開創十三年目という節目の年を迎え、天(伏見稲荷大社)の稲荷大明神様の勧請に続いて、地の高野山からも、御廟所の右隣りに祀られている白髭稲荷大明神を勧請させたいというのが、今回のお大師様、菩薩様のお計らいではないかと思います。

母の夢は、まさにそのお指図だったのです。

こうして、天(伏見稲荷大社)と地(高野山)の双方から、稲荷大明神様を勧請させていただけるという、思いも寄らぬお計らいをいただく事になったのですが、改めて弘法大師様と稲荷大明神様、弘法大師様と法舟菩薩様との深い絆を考えますと、高野山(たかのやま)の山号をいただき、弘法大師と不二一体の生き仏となられた普門法舟大菩薩様をご本尊に仰ぐ法徳寺が、御開創十三年目にして、天と地の双方から稲荷大明神様を勧請させていただくご縁を結ばせていただいたとしても、何ら不思議はありません。

お稲荷様は、稲荷の名前からもわかるように、本来は農耕の神様ですが、今は商売繁盛の神様としてもよく知られ、多くの会社等に稲荷社がお祀りされている事は周知の事実です。

お大師様が、東寺を根本道場として密教を広めようとしておられた時に、稲荷大明神様との深いご縁をいただかれたように、開創十三年目を迎えた法徳寺にとりましても、更なる仏法興隆と衆生救済に向けて力強く前進していく為には、どうしても天地の稲荷大明神様とご縁を結ばせていただき、その威神力をいただく必要があるのです。


夢殿に御鎮座されたお稲荷様


母の夢を通じて、天(伏見稲荷大社)のみならず、地(高野山)からも白髭稲荷大明神様を勧請させていただける事になり、天(伏見稲荷大社)の勧請が終わって一か月後の六月十日、家族みんなで、高野山へお参りさせていただきました。

伏見稲荷の稲荷大明神様の依り代は、十三連の腕数珠でしたが、高野山の白髭稲荷大明神様の依り代は、鳥かごを持っておられたのが弘法大師である事から、お大師様のご縁日(三月二十一日)に因み、二十一個の数珠玉で作った二十一連の腕数珠を持参しました。水玉

当日、白髭稲荷大明神様の御宝前に、二十一連の腕数珠を入れた水玉をお祀りし、伏見稲荷大明神の時と同様、「今日は、家族みんなで、お迎えに参りました。どうか、この腕数珠を依り代として、法徳寺にお越し下さいますよう、お願い申し上げます。お祀りさせていただいた暁には、末代までもお守りさせていただきます事を、ここにお誓いいたします」と心に念じながら、勧請させていただきました。

翌十一日から三日間、勧請させていただいた白髭稲荷大神様に御法楽を捧げ、六月十三日、晴れて菩薩様の御廟所である夢殿の内陣に、依り代の腕数珠を入れた水玉をお祀りさせていただきました。

紀州高野山の発展の陰で、白髭稲荷大神様の威神力が寄与している事は言うまでもなく、高野山(たかのやま)法徳寺ご開創十三年目を迎えるに当たり、不可思議な数々のお計らいによって、晴れて天(伏見稲荷大社)と地(紀州高野山)の双方から、稲荷大明神様を勧請させて頂けました事は、誠に有り難く、感謝以外にはありません。

合掌


稲荷大明神勧請(1)
稲荷大明神勧請(2)
稲荷大明神勧請(3)
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稲荷大明神勧請(6)
稲荷大明神勧請(7)
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