桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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「福は内、鬼も内」に込められた願い(4)



第二の矢を受けず


「福は内、鬼も内」に込められた願いに応える為に、いつも心に刻んでいるのが、お釈迦様の「第二の矢を受けず」という教えです。

お釈迦様は、或る日、弟子たちにこう尋ねられました。

まだ私の教えを聞いていない人たちは、楽受を受け、苦受を受け、非苦非楽受を受ける。すでに私の教えを聞いた弟子のあなたたちも、楽受を受け、苦受を受け、非苦非楽受を受ける。では、私の教えを聞いたあなたたちと、まだ私の教えを聞いていない一般の人たちは、どこが違うのか?

楽受とは、自分にとって好都合な事、苦受とは、自分にとって不都合な事、非苦非楽受とは、どちらでもない一般的な事柄を指しますが、人生を生きていますと、好都合な事だけでなく、不都合な事にも度々遭遇します。

その時、どのように思い開きをすればよいかを教えられたのが、「第二の矢を受けず」という教えです。

弟子たちよ、まだ私の教えを聞いていない人々は、苦受をうけると、嘆き悲しんで、益々混迷を深くする。それは、ちょうど第一の矢を受け、さらに第二の矢を受けるようなものである。それに対して、すでに教えを聞いた人々は、苦受をうけても、いたずらに嘆き悲しんで、混迷を深くする事がない。それを、「第二の矢を受けず」というのである。

法徳寺は、八ヶ岳の南麓に位置し、標高六百メートルの山上にあるため、冬になると、「八ヶ岳降ろし」の異名をとる強風が境内を吹き抜けます。

体の芯まで堪える厳寒の強風の中を、毎日、夢殿の御回廊廻りの行をさせて頂いていますと、手袋をはめていても、手が凍るほどの冷たさです。

寒い時は寒く、暑い時は暑く感じるのは、肉体がある以上、避けられませんが、これは、お釈迦様やお大師様や菩薩様のように悟られたお方であっても同じで、悟っておられるからと言って、寒さや暑さを感じない訳ではありません。

では、悟りを開かれたお方と、まだ教えを知らない、悟りを開いていない人々とではどこが違うのかと言えば、悟りを開かれたお方は、そういう不都合な出来事に遭遇しても、愚痴をこぼしたり、怒りの心に染まる事がありません。

何故かと言えば、どんなに不都合な事があっても、それを悟って不都合を好都合に変え、決して動じる事がないからです。


願いを運んでくれる清風


冬になると、身も凍る強風を運んでくる「八ヶ岳降ろし」は、一見不都合な風のように見えますが、実は法徳寺にとって、この上なく有り難い風でもあります。ダルシン

チベット仏教が盛んなチベットやブータンでは、経文が書かれたタルチョと呼ばれる五色(青、白、赤、緑、黄)の旗や、ダルシンと呼ばれる白い旗が、谷間や建物の屋根に結ばれ、風に揺らめいている光景をよく見かけますが、何故タルチョやダルシンが風の通り道に掛けられているのかと言えば、み仏(経文)の功徳が風に乗って世界中に伝わっていくようにとのチベットやブータンの人々の願いが込められているからです。

ご承知のように、チベットは、共産党による一党独裁政権下の中国によって一方的に侵略され、数百万人と言われる無辜(むこ)の人々が虐殺され、民族浄化政策や伝統文化の破壊などによって、今も悲惨な状況に置かれています。

またブータンも、領土の一部がいつの間にか中国領に編入されるなど、強大な軍事力を背景とした中国の侵略の前に、為す術もない状況におかれています。タルチョ

タルチョやダルシンには、み仏の功徳を世界中に伝え、一日も早く平和な祖国を取り戻したいというチベットやブータンの人々の、切実な願いが込められているのです。

世界中が、貪(貪り)、瞋(怒り)痴(妬み)の三毒煩悩に蝕まれ、憎しみと争いと恐怖の修羅場と化している状況にあるからこそ、一刻も早く三毒煩悩を清め、心の闇を照らす仏法が、苦しむ人々の下に届けられなければなりません。

法徳寺の境内には、ご縁の皆様からご奉納していただいた幟(のぼり)が立っていますが、この幟は、チベット仏教のタルチョやダルシンに由来しています。

つまり、 ご奉納して頂いた幟には、チベットやブータンの人々がタルチョやダルシンに願いを込めているのと同じように、弘法大師様、法舟菩薩様、身代り升地蔵菩薩様の御高徳(法の功徳)が、風に乗って一人でも多くの人々の下に届けられるようにとの願いが込められているのです。

強風のため、一年ほどでボロボロになってしまいますが、幟に染め抜かれたみ仏の御宝号の文字が薄れ、生地がボロボロになればなるほど、それは、み仏の功徳(仏法)が風に乗って、世界中に運ばれていった証でもあるのです。

一見不都合な風としか思えない「八ヶ岳降ろし」ですが、実は、み仏の救いの光明を、苦しむ人々の下へ運んでくれる、法徳寺にとって無くてはならない慈悲の清風でもあるのです。


先覚者の不都合な最期


お釈迦様、お大師様、菩薩様をはじめとして、ご生涯を衆生済度の使命にささげられた先覚者の方々には、或る共通点があります。

それは、どなたの最期もみな、一般の人々が願うような極楽往生ではなかったという事です。

十字架刑に処せられたイエス・キリストは言うに及ばず、お釈迦様にしても、お大師様、菩薩様にしても、親鸞、道元、日蓮にしても、最期は、病気で亡くなられたり、様々な試練の中で生涯を閉じておられます。

ところが、そんな状況に置かれた先覚者の方々に共通しているのが、どんなに不都合な最期であっても、その心(信心)はまったく揺れ動かなかったという事実です。

例えば、お釈迦様は、鍛冶職人のチュンダが供養した茸料理を食べ、激しい下痢を起こして亡くなられたと言われています。

自らが出した食事が原因で、尊敬するお釈迦様を死に追いやったチュンダの胸中は察するに余りありますが、お釈迦様は、嘆き悲しむチュンダの行いを責めるどころか、その功徳を讃え、労をねぎらわれたのです。

このような状況に置かれれば、人は誰でも、チュンダを責め、恨み言を言うに違いありませんが、お釈迦様の慈愛の心は全く変わりませんでした。

心が変わらなかったのは、お釈迦様がすでに、悟りの境地に到達しておられたからです。

いま思えば、チュンダが積んだ本当の功徳は、お釈迦様を供養した事よりも、その事によって、いかなる不都合な事が身に降りかかっても微動だにしないお釈迦様の心の奥底を、後世の私たちにハッキリ示してくれた事だったと言っていいでしょう。

いま私たちが、お釈迦様は、間違いなく悟り(仏)の境地に到達しておられたと、確信をもって断言出来るのは、不都合な状況の中で最期を迎えられたにも拘わらず、その心が微動だにしなかった事実を知る事が出来るからです。


お釈迦様を守った悟りの智慧


死という人生最期の瞬間を、平常心で迎えられるお方は少なく、ましてやその最期が、自分にとって甚だ不都合な状況であれば、平常心でいられるお方は稀と言っていいでしょう。

しかし、これは、お釈迦様とて同じで、もしお釈迦様にお悟りの智慧がなければ、私たちと同じように、不都合な人生最期の瞬間を平常心で迎える事は難しかったのではないでしょうか?

お釈迦様が人生最期の瞬間を平常心で迎えられたのは、悟りの智慧がお釈迦様を守ったからです。

この事実から、私達は、お釈迦様と私達の違いが、悟りの智慧を得ているか得ていないかの違いに過ぎない事を学ばなければなりません。

勿論、この違いは、人生を百八十度変えるほど大きなものですが、そうであったとしても、違いはたったそれだけと言っていいでしょう。

つまり、私達もまた、悟りの智慧を磨きさえすれば、お釈迦様と同じように、どんなに不都合な人生最期の瞬間がやってきても、平常心で迎える事が出来るという事です。

但し、悟りの智慧を磨くと言いましても、すぐに悟りの智慧が磨ける訳ではなく、やはり毎日毎日の精進が欠かせません。

今ここでハッキリ申し上げられる事は、不都合な出来事の中にこそ、私たちの信心を育み、悟りの智慧を磨いてくれるみ仏の慈悲心が注がれているという事です。

菩薩様が、『道歌集』の中で、
  よきことも 悪しきことをもみ仏の
    慈悲と思えば ありがたきかな
  苦しみが あるから菩提の花が咲く
    苦をもつ人こそ しあわせなりけり
  苦しみを 悲しむことより喜べよ
    深き悩みが 菩提となるなり

と詠っておられるように、不都合な出来事に遭遇した時こそ、そのご縁に手を合わせ、一日も早く悟りの智慧を磨かせていただけるよう、感謝の心で精進させて頂かなければならないのです。

 人はみな 仏の慈悲にと育てられ
    苦楽の中で 人となりゆく
  人になれ 人になれよとみ仏は
    心苦しめ 人とならしむ


変らなかった菩薩様の信心


菩薩様が代受苦行の中で人生最期の時を迎えられ時、おっしゃった言葉があります。

当時、私たちはまだ信心も浅く、菩薩様のみ心も分っていなかったため、 「菩薩様ほど、お大師様を深く信仰しておられるお方は居ないのに、何故お大師様は、菩薩様をもっと楽にして下さらないのか?」と、お大師様を仇に思った事があります。

その時、誰よりもお辛い筈の菩薩様が、お大師様に恨み心を抱いた私たちを諭し、「この子たちはまだ何も分っておりません。大変な思い違いをしております。申し訳ありません」と言って、お大師様にご懺悔して下さったのです。

私達から見れば、甚だ不都合に見えた代受苦行でしたが、菩薩様にとっては、お大師様と不二一体の生き仏となる為には、どうしても乗り越えなければならない道のりであり、その事を深く悟っておられたからこそ、思い違いをしている私達に代わって、ご懺悔をして下さったのだと思います。

菩薩様の心は、どんなに辛い状況にあっても、微動だにせず、第二の矢を受けておられなかった事は明らかです。第二の矢を受けていたのは、私達でした。そして、こうおっしゃったのです。

「お大師様をただ信じるのではない。信じ切らなければいけない」

恐らく菩薩様は、私たちが、お大師様の事を、まだそこまで信じ切れていない事を見抜いておられたのでしょう。

だからこそ、最期を迎えるに当り、揺るぎ無い不動の信心とはいかなる心かを、身を以て示して下さったのです。

菩薩様はよく、「私の心がどうなっているか、心の中を切り開いて見せられるものなら見せたい」とおっしゃっておられましたが、今思えば、どんな事があっても揺るぎない不動の信心とは何かを、私たちに教えようとしておられたに違いありません。


信心の鎧兜で身を守る毘沙門天


仏法の守護神として知られる四天王の中でも、北方の守護神である毘沙門天は、特にそのお力に優れていると言われています。

その象徴とも言えるのが、全身を包んでいる鎧兜ですが、この鎧兜は、決して外敵に打ち勝つ為のものではありません。

心の中にある様々な迷いや分別心や執着心に打ち勝つ為の、信心の鎧であり、智慧の兜なのです。

この信心の鎧、智慧の鎧を身にまとっていれば、もはや鬼に金棒で、どんなに不都合な出来事に遭遇しても、その心が揺れ動く事はありません。

都合の好い事があれば、「有り難い、有り難い」と言っていられても、不都合な事があれば、「有り難い」とは言っていられなくなり、み仏に不信感を抱くようになるのが、大部分の人々ですが、その不都合な事さえも、み仏のお慈悲と受け止められる不動の信心と悟りの智慧を成就しておられるのが、毘沙門様です。

勿論、毘沙門様といえども、不都合な出来事(疫病神)の裏に隠された好都合な側面(福の神)を見る信心の鎧と、その真相を悟る智慧の兜をまとっていなければ、心の底から有り難く感謝して受け入れる事は難しいでしょう。

真相を見る眼を持ち、不動の信心を成就する為には、どうしても不都合を好都合に変える悟りの智慧が欠かせないのです。

合掌


「福は内、鬼も内」に込められた願い(1)
「福は内、鬼も内」に込められた願い(2)
「福は内、鬼も内」に込められた願い(3)
「福は内、鬼も内」に込められた願い(4)
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