桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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今年も一年ありがとう(1)



昇る朝日と沈む夕陽


大晦日が近づいてくると、いつも脳裏に浮かぶのが、菩薩様のこのお歌です。

 朝日に感謝は するけれど
    沈む夕陽に 知らぬ顔
    今日も一日 ありがとう

毎年大勢の方が、初日の出を拝もうと、山に登る光景を目にしますが、昇ってくるご来光を拝みながら、「バンザイ!バンザイ!」と叫んだり、拝んでいる姿を見ていると、何とも微笑ましい気持ちになります。

しかし、その一方で、得も言われぬ寂しい気持ちに襲われるのも事実です。だるま夕陽

何故なら、初日の出を拝む人はいても、西の空に沈んでいく大晦日の夕陽に、「一年間、有り難うございました。」と言って、感謝の祈りを捧げる人はいないからです。

正月準備の忙しさや、初日の出を拝む事に心が奪われて、大晦日の夕陽の事など忘れているのかも知れませんが、昇ってくる初日の出は、一年間その役目を果たして西の空に沈んでいった大晦日の夕陽が生まれ変わった姿なのです。

にも拘わらず、多くの人が、沈む夕陽への感謝を忘れて、昇る朝日だけを愛でているのです。

この光景を見る度に、「これから役目を果たすために昇ってきた初日の出と、役目を果たし終えて沈んでいった大晦日の夕陽と、どちらが私たちにとって有り難いのですか?」と尋ねたくなるのです。


宇宙の壮大なドラマ


生まれたものは必ず死に、昇った朝日は必ず沈む、これがこの世の決まりです。

この地球でさえ、何十億年か後には消滅すると言われていますが、地球もオギャーと生まれた一個の生命体である以上、最後が来るのは当たり前です。

しかし、消滅して終わりではなく、また新たな別の地球が、この広大な宇宙のどこかで産声をあげるのです。

古い命が消えれば、また新たな命が生まれる。これが大宇宙で繰り広げられている壮大な命のドラマです。

いま地球上に生きている私たちも、あと百年もすれば、誰もいなくなります。その代わり、新しい世代にそっくり変わっている筈です。

赤ちゃんが産まれれば、誰もが「かわいいね!」と言って、顔をほころばせますが、古いもの、去ってゆくもの、死んでゆくもの、滅びてゆくものには、誰も目を向けようとはしません。顔を背け、忌み嫌うお方さえいます。

生まれたものは必ず老い、病み、死んでいきます。昇った太陽は必ず西の空に沈んでいきますが、人々の関心は、昇る朝日には向いても、沈む夕陽には向きません。

自分もやがて沈む夕陽になる身であるにも拘わらず、「沈む夕陽に知らぬ顔」では、やがていつか憂き目を見なければならない時が来るでしょう。


掃除機に感謝の祈り


以前、十年ほど使った掃除機が故障して動かなくなった事があります。修理してもらおうと思い、電気屋さんに持っていったら、修理代が予想外に高かったので、思い切って新しい掃除機を買わせて頂く事にしました。

問題は、古い掃除機の処分ですが、恐らく大多数の方は、そのまま燃えないゴミに出すか、電気屋さんに引き取ってもらうのではないでしょうか。

しかし、毎日休む間もなく働いてくれた掃除機を、使えなくなったからと言って、そのまま捨てるのは余りにも不憫であり、申し訳ありません。それでは、「沈む夕陽に知らぬ顔」になってしまいます。

そこで、家族みんなで、汚れや垢を綺麗に拭かせてもらい、般若心経を唱えて供養させて頂いたのです。

日本広しと言えども、掃除機に般若心経をあげて供養したのは、わが家くらいかも知れませんが、掃除機に言葉があれば、こんな言葉が返ってきたのではないでしょうか?

「私は、十年前にこのお宅へ嫁いできて以来、毎日身を粉にして働いてきました。汚いゴミを吸って、苦しい時も辛い時もありましたが、何一つ文句を言わずに働いてきました。もう体もボロボロです。でも、最後にこうして体を綺麗にぬぐって頂き、供養までして頂きました。今は、この家に嫁いで来て本当によかったと思っています。私の方こそ、本当にありがとうございました。生まれ変わったら、また必ずこの家に帰ってきます。その時はまたよろしくお願いします。」

因みに、わが家では、新しく買った時も、般若心経をあげてお迎えします。

電化製品に限らず、自動車でも、家財道具でも、これから家族の一員になる訳ですから、「はじめまして、これからよろしくお願いします」という気持ちを込めて、心経をあげさせて頂くのです。

勿論、最後のお別れをする時も、いまお話したように「ありがとうございました。ご縁があれば、また帰って来て下さい。それまでゆっくりお休み下さい」と言って、心経をあげて供養させて頂きます。

たかが掃除機と言われるかも知れませんが、掃除機にも掃除機の心があり、生きてきた人生があります。

僅か十年余りの短い人生であっても、工場で産声を挙げ、ご縁があってわが家に嫁いで来てくれた掃除機ですから、最後のお別れは悔いのないようにしてあげたいのです。


大切な心のお清め


これは何も掃除機に限ったことではありません。例えば、新車を買った時には、古い車を下取りに出しますが、下取りに出す時、皆さんは、古い車をどのような思いで見送られるでしょうか?

今まで雨の日も風の日も、快適に乗せてもらった車です。 せめて下取りに出す時には、綺麗に洗わせて頂き、お礼の言葉をかけて見送ってあげるのが、お世話になった車へのはなむけではないでしょうか。

その気持ちさえ忘れなければ、購入した新車の交通安全を祈る必要はありません。その気持ちが、すでに交通安全に叶っているからです。

以心伝心ではありませんが、古い車への思いは、必ず新しい車にも伝わり、家族の安全を守ってくれる筈です。

新しい家を建てる時には、地鎮祭をして、土地を清め、工事の無事と家族の平穏を祈願しますが、古い家を壊す時はどうでしょうか?

恐らく、古い家屋のお清めをするお方は余りいないでしょう。

勿論、古い家屋のお清めと言っても、神社や寺院にお願いする必要はありませんし、何も難しい事はありません。

家族みんなで綺麗にお掃除させて頂いた後、今までのご苦労に感謝の誠を捧げれば、それがお清めとなります。それで物足りないと思えば、家の四方に、お塩とお酒を撒かせて頂けばよいでしょう。

大切な事は、家のお清めを通して、心のお清めをさせて頂くという事です。それこそが、家をお清めする最大の目的であると言っても過言ではないでしょう。

ですから、古い家と新しい家の、どちらのお清めが大切かと言えば、今までお世話になった古い家のお清めなのです。

以前、土地をお清めして新しい家を建てたら、病気や怪我ばかりしてよくないことが続くので、悪い霊が憑いているのではないかと心配して、相談に来られたお方がおられます。

私が、「家に霊が憑いているとか、先祖が祟っているとか、誰がそんな事を言うのですか。憑き物が憑いているという事は一切ありません。古い家を取り壊す時、今までのお礼を言って出て来られましたか?」とお聞きしたら、「いいえ、どうせ壊すからと思い、家財道具を運び出して、そのまま掃除もせずに出てきました」との事でした。

これでは、心のお清めが全く出来ていませんから、「沈む夕陽に知らぬ顔」となって、新しい家に引っ越しても、うまくいく筈がありません。

限りある人生を生きる上で何が大切なのかを、もう一度肝に銘じておかなければなりません。

合掌


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