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生きる目的を見失っているあなたへ(2)



人間の身を与えられた事の意味


いつの時代であっても、どこに居ても永遠に変わる事のない普遍的な生き方(生きる目的)とは何かを考える上で、どうしても確認しておかなければならない事が一つあります。

それは、ありとあらゆる生き物が生息しているこの世界に、あなたも私も、人の身を与えられて生まれて来れたという事実です。

何故そんな分り切った事をあえて申し上げるのかと言いますと、人間に生まれて来れた事の意味を知る事は、普遍的な生き方(生きる目的)を知る上で避けて通れない道だからです。

更に言うならば、人間に生まれて来れた事の意味が分れば、自ずと自己の正体も、魂の出処も、普遍的な生き方とは何かも見えてきます

ですから、どうしても人間に生まれて来れた事の意味を確認しておかなければならないのです。


万劫にも受け難きは人身なり


人間に生まれて来れた私達にとって、人の身を与えられたという事実は、至極当たり前の既成事実であり、ただの偶然に過ぎないと思われるかも知れませんが、人間に生まれて来れた事は当たり前でも、ただの偶然でもありません。

仏教では、人間に生まれて来れた事は、当たり前でも、ただの偶然でもなく、奇跡とも言うべき稀有な出来事と捉えられています。

それを象徴的に現しているのが、「万劫(まんごう)にも受け難きは人身なり」という言葉です。

「万劫」とは、聞きなれない言葉だと思いますが、時間の長さを現す言葉で、「劫(こう)」とは、梵語(注1)のカルパ(kalpa)を音写した「劫波」から来ています。

『大智度論』(注2)という書物によれば、一劫(いっこう)というのは、四十里四方の巨大な岩石があると仮定し、百年に一度、天女様がこの地上へ舞い降りて来られ、その岩石を薄い羽衣で一度だけ拭います。百年毎に一度だけ拭っていって、その岩石が擦り切れて無くなるのに要する期間(磐石劫)を一劫と言います。

或いは、芥子粒を四十里四方の巨大なお城の中に満たし、百年に一粒ずつ取り出して、城に満たされた全ての芥子粒が無くなるのに要する期間(芥子劫)とも言われています。

これを見れば、一劫という期間が、気の遠くなるほどの悠久の時間を現している事が分かりますが、万劫ともなれば、想像も出来ないほどの無限の時間と言ってもいいでしょう。

それほど気の遠くなる悠久の時間を待っても、人間に生まれてくるのは難しい事を喩えたのが、まさに「万劫にも受け難きは人身なり」という言葉なのです。


いのちの相続という奇跡


しかし、この世に人間として生まれてくる事の難しさは、万劫という気の遠くなるような期間の長さだけではありません。

人間に生まれてくる為には、更に二つの奇跡にめぐり合わなければなりません。

一つは、いのちの相続という奇跡、もう一つは、いのちの淘汰という奇跡です。

私が生まれてくる為には、父母(両親)がいなければなりません。その父母が生まれてくる為にも、またそれぞれ二人ずつの父母がいなければなりません。さらにその父母たちにも、それぞれの父母がいなければなりません。

こうして、過去へ、過去へと遡っていきますと、私という一人の人間が生まれてくる為には、計り知れない数の父母がいなければならなかった事が分ります。

仮に一組の男女が一人の子供を産んだと仮定すると、10代遡れば、1024人の父母が、20代遡れば、104万8576人の父母が、30代遡れば、10億 7374万1824人の父母がいた事になります。

その無数の父母の内、一人でも欠けていれば、私もあなたも今ここには居ません。

親から子、子から孫へと、何世代にも亘って、いのちの相続という奇跡が、一度も途絶える事なく受け継がれてきたお陰で、私もあなたも、いまここに人間として生きていられるのです。


いのちの淘汰という奇跡


私が人間に生まれて来られたもう一つの奇跡は、いのちの淘汰という奇跡です。

人の男子の精巣では、10才くらいから精子が作られ始め、1日に約5千万〜1億個ほどの精子が作られていきます。仮に70歳まで生きると仮定すれば、一生のうちに作る精子の数は、約1兆から2兆個もの膨大な数になります。

70年の人生の中で、1人の子供を産んだとすれば、受精して生命として誕生する事のできる精子は、1兆〜2兆個のうちの、たった1個に過ぎません。

1回の射精で放出される約1億から4億個の精子が卵子に到達するまでには、更に幾多の試練を乗り越えなければなりません。そして、厳しいいのちのサバイバルレースを勝ち抜いた、たった1個の精子だけが、晴れて受精できるのです。

その1個の精子は、数億個の中から選ばれたエリートと言ってもいいでしょうが、私もあなたも、その数億個の中から選ばれ、この世に生まれてきた、まさにエリート中のエリートなのです。

精子と同じように、女性の卵巣でも、10才くらいから卵子を作り始め、約1か月に1つずつ卵子を輸卵管に放出します。

女性が一生のうちに排卵できる卵子の数は大体決まっていて、約500個程度だそうですが、実際に受精出来るのは、精子と同じように、たった1個の卵子に過ぎません。

一生のうちで、受精できなかった精子の数が1兆9999億9999万9999個、受精できなかった卵子の数が499個もある事を考えると、私やあなたの肉体に脈打ついのちは、いのちの淘汰という幾多の試練の中で、受精できなかった無数の精子と卵子に助けられ、背中を押されて生まれてきた、まさにかけがえのない光り輝くいのちである事が分ります。

何が言いたいのかと言いますと、「自分の生きる目的とは何か」を知りたければ、先ず、人間に生まれて来れた事は当たり前でも、ただの偶然でもなく、この上もなく有り難い奇しきご縁にめぐり逢えた賜物であり、奇跡と言っても過言ではない事を知っておいて頂きたいという事です。

合掌

平成28年2月1日


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(注1)サンスクリット語の事。ヒンドゥー教(バラモン教)で、ヴィシュヌ(維持神)、シヴァ(破壊神)と共に三大神の1人に数えられている「創造神ブラフマン(仏教の梵天)の言葉」という意味合いから、中国や日本では梵語と訳されている。
主にインドを中心に用いられている公用語の一つである。

 

(注2)大乗仏教・中観派の中興の祖と言われる龍樹(龍猛)が著した大般若経(摩訶般若波羅蜜多経)の注釈書。
大智度論の「大」は梵語のマハーの音写である「摩訶」を、「智」は梵語のパンニャの音写である「般若」を、「度」は梵語のパラミタの音写である「波羅蜜多」を現している。よって『大智度論』とは、文字通り、摩訶(大いなる)般若(智慧)波羅蜜多(彼岸に到る)の論」という意味である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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