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お盆とお施餓鬼について(1)



盂蘭盆とは


今年もお盆が近づいてきましたが、改めて「お盆とは何ですか?」と聞かれると、答えに窮するお方もおられるのではないでしょうか?

この時期に合わせて「お施餓鬼」をする寺院も多々ありますので、お盆とお施餓鬼を同じ行事だと誤解しておられるお方も決して少なくありません。

お盆の由来については、『仏説盂蘭盆経』というお経に詳しく説かれています。

お盆の正式名称は、「盂蘭盆(うらぼん)」と言いますが、盂蘭盆は、インドの言葉(サンスクリット語)の「ウランバナ(ullambane)」に漢字を当てはめたもの(音写)です。

所謂当て字ですが、仏教には、このような音写が随所に使われています。

例えば、菩薩という言葉は、梵語の「ボーディ・サットバ」にそのまま漢字を当てはめたもので、菩提薩埵(ぼだいさった)を略したものです。

「ボーディ」は悟り、「サットバ」は人という意味で、「ボーディ・サットバ(菩薩)」は「悟りを求める人」という意味になります。

また、般若心経に出てくる「摩訶般若波羅蜜多」も、梵語の「マハーパンニャパラミッタ」の音写で、「マハー」は「大いなる」、「パンニャ」が「智慧」、「パラミッタ」が「到彼岸」という意味ですから、「摩訶般若波羅蜜多」は、「悟り(彼岸)に至る大いなる智慧」という意味になります。

お釈迦様の尊称である「仏陀」も「ブッダ(buddha)」の音写で、「覚者(目覚めし者、悟れし者)」という意味ですから、「仏陀」や「仏」という音写自体には、何の意味もありません。

このように音写が随所に使われたのは、サンスクリット語で書かれた仏教経典が、隋や唐の時代に伝えられて漢字に翻訳される際、サンスクリット語に相当する漢字がなかったり、翻訳すると原語の意味が損なわれるなどの理由で翻訳されなかった為です。

盂蘭盆の語源となった「ウランバナ」も音写の一つで、訳せば「逆さまに吊るされる」という意味になります。

人間にとって、天と地が逆さまになるほど、苦しい事はありませんが、それだけに、この意味は、ご先祖を供養する「盂蘭盆」のイメージから見ると意外かも知れません。

何故「逆さまに吊るされる」という意味の「ウランバナ」という言葉がお盆の語源になったのかと言いますと、お釈迦様の十大弟子(注1)の中に目連(もくれん)というお方がおられました。

目連尊者は、十大弟子の中で、誰よりも神通力に秀でた能力を発揮されたお方で、神通第一と言われていましたが、元々はお釈迦様の弟子ではありませんでした。

十大弟子の中で智慧第一といわれた舎利弗尊者(般若心経の中で「舎利子」という名前で出てくるお方)と共に、元はヒンドゥ教のバラモン(波羅門)であるサンジャヤの弟子でした。

このお二人は、とても智慧に優れたお方でしたので、サンジャヤの弟子になってすぐに頭角を現し、教えを全て体得して、それぞれ二百五十人のサンジャヤの弟子を任されるまでになっていました。

しかし、二人とも教えを体得したものの、どうしてもサンジャヤの教えに満足出来ずに、毎日もやもやしながら過ごしていました。

そんなある日のこと、町に出ると、非常に神々しいお姿で托鉢している一人の沙門が目に止まりました。

その沙門は、阿説示(アセジ)というお釈迦様の弟子で、阿説示の姿が余りにも神々しいので、「あなたは一体どなたの教えを奉じておられるのですか。どなたを師としておられるのですか」と尋ねたところ、「私は、釈迦族からお出になられた聖者を師と仰いでおります。そのお方の教えを奉じております」と答えました。

「その方は一体どういう教えを説いておられるのですか」と問うと、「簡単に申しますと、諸法は縁によって生じ、縁によって滅するという教えを説いておられます」と答えたので、二人はすぐに「これこそ、自分達が求めている教えに違いない」と悟り、それぞれサンジャヤの二百五十人の弟子を連れて、お釈迦さまの弟子になりました。


餓鬼道から母を救った目連尊者


やがて二人は、釈尊の弟子の中でも特に秀でた才能を発揮し、舎利弗尊者は「智慧第一」、目連尊者は「神通第一」と言われるまでになりましたが、目連が神通力を体得して最初にした事は、亡くなった母親が、いまどこでどういう暮らしをしているかを知る事でした。

神通力であの世にいる母親の様子をご覧になったところ、あれほど目連をかわいがってくれた母であるにも拘らず、今は餓鬼の世界に堕ち、見る影もなくガリガリに痩せ細って苦しんでいました。

餓鬼道とは、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の中の一つで、亡くなった人が、食べるものも食べられず、飲むものも飲めずに飢えて痩せ衰えている状態を、餓鬼と言いますが、どういう人が餓鬼の世界に堕ちるのでしょうか?

菩薩様が作られた聖歌『救済和讃』の中に、
  この世の業が 分かれ道
  万苦が尽きる 地獄道
    欲しい惜しいが 餓鬼の道
    わが身ばかりが 畜生道

 と詠われているように、餓鬼道は、「欲しい惜しい」という貪りの心で罪を作った人が堕ちる世界です。

餓鬼と言っても、「無財餓鬼」と「有財餓鬼」の二つがあり、有っても欲しい、無くても欲しいという飽くなき貪欲の世界に堕ちるのが、「無財餓鬼」です。

それに対し、有り余るほどの財産があるのに、それを人に施すのが惜しいと言って物惜しみし、自分の財に対する執着心の強い強欲な人が堕ちるのが、「有財餓鬼」です。

目連尊者の母親は、わが子にとってはとても慈悲深く、優しい母親でしたが、他人に対しては施す心のない、「欲しい」「惜しい」の心で一生を過ごした、非常に強欲な母親でした。

その報いで餓鬼道に堕ちてしまったのですが、母親思いの目連尊者は、早速、体得した神通力を使って、食べ物や飲み物を母親の下へ届けましたが、母親がそれを口へ入れようとすると、すぐに燃え上がり、大火傷をして七転八倒の苦しみをするだけでした。

餓鬼の世界は、生前の貪りによって堕ちる世界で、いくら食べ物や飲み物を口に入れようとしても、すべて火に変わり、永遠に食べられない飢えの世界である為、幾ら「 神通第一」といわれた目連尊者でも、こればかりはもうどうする事も出来ません。

そこで、すぐにお釈迦様の下へ馳せ参じ、餓鬼道に堕ちて苦しむ母を救うにはどうすればよいかをお尋ねすると、お釈迦様は、「お前の母親は、お前にはとても優しい慈悲深い母であったが、他人に対しては、非常に欲の深い人であった。その報いで、餓鬼の世界に堕ち、飢えの苦しみに耐えなければならないのだ。こればかりは、いくらお前の神通力を以てしても、助ける事は難しい。ただし、一つだけ母親を救う手立てがある。7月15日になると、世界中から集まった聖僧が、夏安吾(げあんご)の修行を終え、供養を受ける時間の余裕が出来る。その時に、お前の神通力を以て聖僧を供養すれば、その功徳によって、母親を餓鬼道から救い出す事が出来るであろう」と教えられました。

インドでは、四月から七月までが雨季で、日本の梅雨のように毎日雨が降りますが、雨季は、色々な草花や生き物が地上に出てきて繁殖する大切な季節です。

その大切な時期に托鉢に出ると、繁殖する為に地上に出てきた生き物を踏んで、殺生する恐れがあるため、雨季の間は外へ出ず、お寺の中にこもって修行するのです。

この期間を、夏安居(げあんご)と言いますが、夏安居の期間中であっても、僧侶は、様々な罪を犯します。言ってはならない事を言い、思ってはならない事を思い、修行中であっても色々な罪を犯すので、その罪を懺悔(さんげ)しなければなりません。

犯した罪をご懺悔する事を自恣(じし)と言いますが、その自恣の日が、夏安居の最終日の7月15日なのです。

そこで、お釈迦様は、「お前一人の力では無理かも知れないが、大勢の聖僧の功徳力を以てすれば、餓鬼道に堕ちた罪業の根を断ち切り、母親を餓鬼の世界から救い出す事が出来る。自恣の日には、多くの聖僧が、供養を受ける時間的余裕が出来るから、お前の神通力を以て夏安居を終えた世界の聖僧に供養しなさい」と言って、目連尊者に聖僧への供養の大切さを説かれたのです。

目連尊者は、早速7月15日の自恣の日に、世界中から集まった聖僧に供物を捧げて供養し、その功徳によって、母親を餓鬼の世界から救い出したのがお盆の起源で、日本では、7月13日から15日までの三日間を、お盆の期間と定めてご先祖をお迎えし、様々な供物を供えて供養するのが、古来からの慣わしになっています。

関東では今も古来の仕来りに習って7月がお盆月になっていますが、関西では、江戸時代以降、7月が農繁期に入る事から、一月遅れの8月13日から15日までの三日間をお盆月と定めています。

8月16日に行われる京都五山の送り火は、故郷へ帰ってこられたご先祖をお送りするお盆恒例の行事で、京都の夏の風物詩にもなっています。


三宝に供養するのがお盆の趣旨


いまお話したように、お盆は、目連尊者が母親を餓鬼道から救い出す為に、世界中から集まった聖僧に、様々な供物をお供えして供養した事に由来しています。

お盆と言えば、お野菜や果物や色々な供物をお供えしてご先祖様をお迎えし、供養する期間と考えられていますが、お盆の趣旨から言えば、供養する相手は、ご先祖様ではなく、聖僧(三宝)です。

つまり、聖僧(三宝)に施しをして供養し、その功徳がご先祖様に回向されて救われるというのが、お盆本来の趣旨なのです。

世間には、ご先祖様をお迎えして、お供物をお供えさえすれば、わざわざ僧侶に来て頂かなくてもよいと誤解しているお方もおられるようですが、これは間違いです。

お供物さえ供えればいいという考え方は、餓鬼道に堕ちた母親が、目連尊者の出した食べ物を食べようとしたら、火に変わって大やけどをしたのと同様、ご先祖様を、目連尊者の母親と同じ目に遇わせる事になります。

目連尊者が餓鬼道に堕ちた母親を救い出せたのは、母親に供物を供えたからではなく、世界の聖僧を供養したその功徳が母親に回向されたからです。

つまり、僧侶にお参りに来て頂いて、お経を供えて頂き、施しをしたその功徳によって初めてご先祖様が救われるのです。

ですから、お盆で最も大切な事は、仏法僧の三宝に供養する事なのです。

最近は、ご先祖様にお供物をお供えするだけでいいというような風潮があるように聞きますが、お盆の趣旨は、あくまで僧侶(三宝)に施しをして供養し、その功徳をご先祖に回向する事にある事を、くれぐれも忘れないで頂きたいと思います。


平成27年(2015)8月12日


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(注1)『維摩経』によれば、次の十名が十大弟子とされている。
1、舎利弗(しゃりほつ)ー智慧第一と言われたバラモン出身の弟子。『般若心経』の中では、「舎利子」の名前で、釈尊の説法の相手として登場する。
2、目連(もくれん)ー舎利弗と共に弟子入りし、神通第一と言われたバラモン出身の弟子。目連が餓鬼道に落ちた母を救った故事により、お盆の行事が出来たと言われている。摩訶目犍連(まかもっけんれん)とも言う。
3、摩訶迦葉(まかかしょう)ー頭陀(ずだ)第一と言われたバラモン出身の弟子。釈尊入滅後、教団を統率し、多くの弟子を集めて釈尊の教えをまとめる「第一結集」を行った。
4、須菩提(すぼだい)ー解空第一と言われたヴァイシャ出身の弟子。空の教えを説く『般若経』に、度々登場する。
5、富楼那(ふるな)ー説法第一と言われたバラモン出身の弟子。
6、迦旃延(かせんねん)ー論議第一と言われたクシャトリア出身の弟子。
7、阿那律(あなりつ)ー釈尊の従弟で、阿難とともに出家した。仏の前で居眠りして叱責され、眠らぬ誓いを立てたため視力を失ったが、それによって真理を見る眼を獲得し、天眼第一と言われた。
8、優波離(うぱり)ー持律第一と言われたヴァイシャ出身の弟子。第一結集に参加、彼の記憶に基づいて律蔵が編纂されたとされる
9、羅睺羅(らごら)ー密行第一と言われた。釈尊の長男で、釈尊が宮殿に帰郷した時、出家し、最初の少年僧(沙弥)となる。
10、阿難陀(あなんだ)ー釈尊の従弟と言われる。出家以来、釈尊入滅までの25年間、常に釈尊の傍に居て、教えを最も多く聞いたというので、多聞第一と 言われた。第一結集に参加し、阿難の記憶に基づいて経典がまとめられた。多くの経典の冒頭に書かれている「如是我聞」(是の如く我聞く)の我とは阿難の事 である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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