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「憲法9条にノーベル賞を」運動に思う(5)



真の平和とは


「世界平和」「平和憲法」「平和運動」「平和理念」「ノーベル平和賞」等々、「平和」を冠した言葉が巷に溢れていますが、そもそも「平和」とは何でしょうか?

「平和」の定義は本来一つしかない筈ですが、どうも「平和」の定義が曖昧なまま、「平和」という言葉だけが独り歩きしているような気がしてなりません。

そこで先ず、「平和」の定義をしておきたいと思います。

この運動の発案者である鷹巣直美さんや「憲法9条にノーベル賞を」実行委員会の方々がいわれる「平和」が何を意味するのか分りませんが、私は、「強固な信頼関係で結ばれている相互依存状態」と考えています。

その強固な信頼関係が100パーセント確保されていれば言う事はありませんが、それは現実問題として不可能でしょうから、実現可能性から言えば、「限りなく100パーセントに近い強固な信頼関係が確保されている相互依存状態」という事になります。

「限りなく100パーセントに近い強固な信頼関係で結ばれている相互依存状態」とは、言い換えれば、「自分の命さえも相手に委ねる事が出来るほど強固な信頼関係で結ばれている相互依存状態」という事です。

相手に命までも委ねられる訳ですから、そこではもはやわが身を守る事を考える必要すらありません。

特定秘密保護法に対する批判が一部にありますが、平和な世界とは、まさにその対極にある世界で、お互いに隠し事をする必要が全くない「裸のお付き合い」が出来る世界と言っていいでしょう。


三位一体の関係


前回「地獄と極楽の食事風景のたとえ話」をしたのを覚えておられるでしょうか?

1メートルもある長い箸を使って、地獄では、自分の口に入れようとしても入らない為、みんなお腹をすかせて罵り合っていたのに対し、極楽では、ニコニコ笑いながら、和気藹々と食べさせ合っていたというあの話です。

このたとえ話は、強固な信頼関係で結ばれていれば、相手に命(命を支える食)さえも委ねられるようになるという、平和な世界の在りようを教えています。

強固な信頼関係の下では、人も国も相手に隠し事をする必要がありませんから、戦争放棄、武力放棄(非武装)が当たり前となり、身を守る為の武器は過去の遺物となります。

平和の実現に欠かせない「強固な信頼関係」と「戦争放棄」「武力放棄」は三位一体の関係にあり、もしその一角が崩れれば、他の二者も、なし崩し的に崩壊していく事は言うまでもないでしょう。

相互不信が増大してゆけばゆくほど、自分の身を守る為に無防備ではいられなくなる度合いも増し、相手に手の内を知られない為、機密事項を設けなければならない必要性も大きくなっていきます。

平和はどんどん遠ざかり、戦禍に巻き込まれる危険性が日増しに大きくなっていきますから、国であれば、安全保障を考えざるを得なくなり、人であれば、様々な護身術を身につけ、身を守る対策を講じなければならなくなります。

これは、我々の日常生活を考えればすぐ分かる事で、強盗の常習犯が付近を徘徊している時に、自宅に鍵をかけない人はいません。

それでもあえて鍵をかけない人がいるとすれば、誰もその人にわが身の安全を委ねようとは思わないでしょう。

こうして相互の信頼関係が加速度的に崩壊していった先にある最も悪しき状態が、まさに地獄(戦争)で、相互の信頼関係が皆無に等しい状況に置かれた人々は、自分の身を守る為に、他人を殺め、傷つけることさえ厭わなくなります。

そこでは、相手の身になって考えるとか、相手の気持ちを推し量るというような発想は全くありません。

そうせざるを得ない状況が、そこに居る人々を苦しめ、さいなみ続けるのが、極楽(平和)とは対極にある地獄(戦争)です。

ですから、我々が生きている世界が真に平和な世界か、そうでないかを見極めるのは、そう難しい事ではありません。

相手に命を委ねられるほど強固な信頼関係で結ばれているか否かを考えてみればいいのです。

たとえ表面的にはどんなに平和そうに見えても、相手に自分の命を委ねられない状況にある限り、そこに真の平和はありません。

あるのは、偽りの平和であり、「平和もどき」の世界です。

「平和もどき」の世界は、相互の信頼関係によってではなく、相互不信からくる武装化と武力の均衡(抑止力)によって保たれている世界に過ぎません。

ですから、抑止力が崩れれば、強い者が弱者を征服し支配する弱肉強食の地獄図が、現実のものとなる恐れがあります。

否、抑止力がなくなった結果、強い者が弱者を征服し支配するこの世の地獄図は、すでにチベットやウイグル、イラク、シリア、ウクライナをはじめ、世界各地で起きている目の前の現実です。


憲法9条によって平和が守られてきたのか?


鷹巣直美さんや、「憲法9条にノーベル賞を」実行委員会の皆さんが考えておられる平和は、どちらの平和なのでしょうか?

命さえも相手に委ねられる「真実の平和」なのか、それとも武力の均衡によって保たれているに過ぎない「平和もどきの平和」なのか?

この実行委員会をはじめ、「戦争をさせない1000人委員会」「9条の会」「日弁連」など様々なグループから、「戦後70年間、わが国の平和が保たれてきたのは憲法9条があったからだ」という言葉を聞く度に思うのは、「この方たちの言われる、戦後70年間保たれてきた平和とはどちらの平和なのだろうか?」という事です。

多分、命さえも相手に委ねられる「真の平和」ではなく、「平和もどきの平和」に過ぎないのではないでしょうか?

何故なら、有史以来、相手に命さえも委ねられる真実の平和な世界がこの地上に実現した事は、まだ一度もないからです。

戦後70年間のわが国の平和が、武力の均衡(抑止力)によって保たれてきた偽りの平和に過ぎないとすれば、「憲法9条によって平和が保たれてきた」という主張は何を根拠にしているのでしょうか?

この方々が主張する「憲法9条によって保たれてきた平和」とは、実はそう信じたい人々の心の中だけに存在する平和に過ぎないのではないでしょうか?

何故なら、もしその主張が万人の認めるところなら、世界各国は、先を争って憲法9条を自国の憲法に加えている筈だからです。

膨大な軍事費も軍拡競争も不要となり、その財源を国民生活の充実にまわせる訳ですから、これほど素晴らしい事はなく、まさに一石二鳥と言えましょう。

当然そのような動きが世界中に広がってもおかしくありませんが、残念ながら、そのような動きが広がっているようには見えません。

何故広がらないのかと言えば、世界各国はみな、憲法9条によって平和が保たれてきた訳ではない事を知っているからです。

ご承知のように、戦後の日本は、米ソ対立と東西冷戦、朝鮮戦争の勃発など、世界情勢がめまぐるしく変動する中で、国の安全保障という観点から、自衛隊を発足させ、世界最強の軍事力を誇るアメリカと同盟関係を結び、抑止力を高めてきました。

もし自衛隊も日米安保条約もなく、ただ憲法9条だけを頼りに、戦後70年間を何事もなく無事に過ごして来られたのであれば、世界各国は、「戦後70年間、わが国の平和が保たれてきたのは憲法9条があったからだ」という主張に頷き、自国の憲法に憲法9条を加えるでしょう。

しかし、中国によるチベットやウイグルでの民族浄化、ウクライナ情勢、無差別テロ組織ISILによる虐殺など、いまも世界各地で起きている惨状を目の当たりにしている世界の人々は、誰もそんな事を信じていませんし、それが余りにも現実を無視した見方である事をよく知っています。

日本人二人が、ISILの人質となって殺害されたのはまだほんの数ヶ月前の今年1月ですが、この現実を直視しようとしないのは、「憲法9条によって平和が保たれてきた」と信じたいわが国の一部マスコミや政治家と、それを支持する人々だけではないでしょうか?


一国平和主義の危険性


勿論、憲法9条が、わが国に足かせをはめる事によって、何らかの貢献をしてきた事を否定するつもりはありません。

だからこそ、「憲法9条によって平和が保たれてきた」と信じたいのでしょう。

そう信じたい気持ちも分らないではありませんし、私も是非そうあって欲しいと願わずにはいられませんが、それはあくまで「平和を保ってきたのは、武力の均衡(抑止力)ではなく憲法9条であって欲しい」というただの願望であり、憲法9条を尊崇する一種の宗教(信仰)に過ぎません。

勿論、そう信じるのも個人の自由ですが、その信仰は必ず裏切られます。何故なら、憲法9条は、人間が作った一条文に過ぎず、9条を守るか否かを決めるのは、神ではなく、我々人間だからです。

幾ら私達が、「憲法9条を守ります。戦争放棄を宣言し、武器も放棄します」と訴え、一国平和主義を貫こうとしても、覇権主義的野望に燃える相手に守る気がなければ、何の効果もありません。

今年6月6日、北海道の砂川市で、飲酒運転の暴走車が軽ワゴン車に追突して、家族5人が死傷するという痛ましい事故がありましたが、いくら交通法規を守って走っていても、相手にその気がなければ、事故は防ぎようがありません。

それと同様、自分がいくら憲法9条を守るつもりでも、相手にその気がなければ、何の意味もなく、相手に自分の命を預けるのと同じですから、これほど危険極まりない事はないでしょう。

しかも、その相手が、現在進行形で他国を侵略し、民族浄化を推し進めている一党独裁国家となれば、わが国の安全をその国の一存に委ねるなど、言語道断と言わねばなりません。

我々が相手を信頼して9条を守ってさえいれば、絶対に不測の事態は起きないという保証があれば、9条を錦の御旗にして、信じる道を進めばいいでしょう。

しかし、信頼を裏切る事件や事故は日常茶飯事であり、独裁国家の暴走が現実のものである以上、我々に出来うる事は、一方で相互の信頼関係の実現に向け努力を傾けつつ、他方で万が一の時に備えて、万全の体制を整えておく以外にはありません。

転ばないで済めばそれに越した事はありませんが、絶対転ばないという保証がない以上、その事を想定して「転ばぬ先の杖」を準備しておく事が、1億2000万人の生命財産を託された者の責任ではないでしょうか?

勿論、その杖は、わが身を守る為の杖であって、相手に危害を加えたり、戦争を始める為の杖でない事は言うまでもありません。

一部に、平和安保法案を巡って「戦争法案」「戦争が出来る国」などと批判している人々がいますが、それは、「転ばぬ先の杖」を「戦争をする為の杖」と言っているのと同じで、いかに的外れな批判であるかが分かります。

政治家の中にも、それに同調して、批判の為の批判に終始している人物が大勢いますが、もし「憲法9条によって平和が保たれてきた」という願望的信仰を国民に押し付けようとする無責任な政治家がいるとすれば、国民は、絶対にそのような人物を国の指導者には選ばないでしょう。

鷹巣さんは、「今まで憲法9条の素晴らしさを世界中に訴えた事がないのだから、やってみなければ分りません。私達はいまそれをやろうとしているのです。その為にノーベル賞に申請しているのです。これこそ真の平和運動です。だから、反対しないで下さい」と言いたいのかも知れませんが、残念ながら、それはすでにチベットやウイグルで実験され、結果も出ています。

だからこそ、この運動に反対する人々は、「皆さんと同じように、憲法9条の理念を信じて平和を願い、武器を持たなかった為に国を奪われた人々が、目の前で血を流し苦しんでいます。多くの同胞が虐殺されたチベットやウイグルの現実を直視して下さい。すでに答えは出ているのです」と、繰り返し警鐘を鳴らしているのです。

覇権主義的野望に燃え、暴走する独裁国家を除いては、どの国からも「憲法9条によって平和が保たれてきた」という主張に賛同し、同じ条文を自国の憲法に加えようとする動きが出て来ないのは、そのような現実があるからですが、鷹巣さんや実行委員会の方々は、この現実に何の疑問も違和感も抱かれないのでしょうか?

勿論、暴走を繰り返す国が「憲法9条によって平和が保たれてきた」という主張に賛同するのは、平和を願っているからでも、9条の力を信じているからでもありません。

憲法9条は、わが国を貶め、弱体化させる為に欠かせない条文であり、「憲法9条によって平和が保たれてきた」という主張が、彼の国にとって利用価値のある主張だからこそ、賛同している振りをしているに過ぎません。

当然、彼の国が自国の憲法に憲法9条を加える可能性はありません。憲法9条で平和が保たれてきた訳ではない事を誰よりも知っているのが、彼の国自身だからです。


平成27年7月6日


「憲法9条にノーベル賞」を運動に思う(1)
「憲法9条にノーベル賞を」運動に思う(2)
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