桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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宗教は人にあり(3)

─神仏の絶対不可侵性とは─



異端との闘い


いかなる宗教と雖も、絶対に避けて通れない道があります。

それは、教団が大きくなり、末端まで眼が行き届かなくなると、必ず教えを誤解したり、曲解したりする者(異端者)が出てくる事です。

昔から多くの教団が、異端者を排除し、正しい教えを守り伝える為に大変な苦労を強いられてきた事は言うまでもありませんが、過激派組織ISILも、敬虔なイスラム教徒から見れば、教えを自分達に都合よく曲解する異端者以外の何者でもないでしょう。

仏教とて例外ではなく、お釈迦様がおられた時代にも、提婆達多(デーヴァダッタ)という、釈尊の教えに反する行動をとる異端の弟子がいました。

彼は、お釈迦様に「五事の戒律」(注1)を提案するも受け入れられず、釈尊の弟子を連れて分派し、新しい教団をつくりましたが、三逆罪(さんぎゃくざい)(注2)を犯したため、生きながら無間地獄に堕ちたと言われています。

かつて真言密教にも、所依の経典である理趣経を曲解した「真言立川流」(注3)という流派が勢力を持った時期がありました。

また、浄土真宗を興した親鸞聖人は、信徒の中に「悪人正機」の教えを曲解して、わざと罪を犯す人々が現れたため、「本願ぼこり」として厳しく戒めておられます。

お大師様が、理趣経の注釈書である『理趣釈経』の貸借をめぐって、伝教大師に厳しい手紙を書いておられるのも、正統の密教を守らんが為の已むに已まれぬ措置と言っていいでしょう。

伝教大師は、国の援助を受けた留学生(るがくしょう)の身分、お大師様は、国の援助のない還学生(げんがくしょう)の身分で、同じ遣唐使節団の一員として、唐へ渡られましたが、天台法華の真髄を学ぶために留学された伝教大師が唐で目にしたものは、人々の心をとらえて離さない真言密教の隆盛でした。

伝教大師は、密教を日本に持ち帰るため、残り少ない留学期間中に急ぎ密教を学ばれましたが、もともと天台法華を学ぶことが留学の目的でしたから、密教を学んだとは言っても、所詮は急場しのぎの習得に過ぎませんでした。

お大師様が最初から真言密教を学ぶ目的で唐に渡られたのに対し、伝教大師は天台法華を学ぶための留学でしたから、伝教大師が持ち帰った密教は、お大師様が伝えた正統の真言密教に比べると、まだまだ不完全なものでした。

一年後に唐から帰国されたお大師様が、朝廷に出された経典の目録を見た伝教大師は、さぞ驚かれたに違いありません。そこには、自分が今まで見た事も聞いた事もない数多くの密教経典が並んでいたからです。

そこで伝教大師は、改めてお大師様から正統密教の伝授を受け、自ら伝えた密教を完全なものにしようと考えられたのです。

不思議な因縁の糸で結ばれたお二人の交流は、密教を通じて次第に深められていきましたが、やがて、お二人の密教に対する考え方の違いが明らかになってゆきます。

そして、伝教大師が『理趣釈経』という密教経典の注釈書の借覧を依頼されたのを契機にお二人の交流は絶たれ、それ以後お二人は、それぞれの信じる道を歩んで行く事になるのです。


理趣釈経借覧問題での考え方の相違


伝教大師は当時、比叡山を中心として天台法華の教え(天台宗)を宣教しておられましたが、その中に唐で隆盛を誇っていた真言密教を取り入れようとして、しばしばお大師様に密教経典の借覧を依頼しておられました。

密教に深い法縁を結び合った者同士として、最初のうちはお大師様も快く依頼に応じておられましたが、密教(真実の仏法)というものは本来、信仰体験を通さなければその真理を体得する事が難しく、経典の書写を通じての知識学問だけでその奥義を究めようとする伝教大師の姿勢は、密教とは全く相入れぬものでした。

勿論、伝教大師とて、ただ知識学問だけに頼って密教の奥義を極めようとしておられた訳ではないでしょうが、教学を重んじる余り、ともすれば信仰体験がなおざりにされる傾向があった事は否めないでしょう。

お大師様は、『理趣釈経』の依頼があったのを機会に、経典の書写(知識学問)によって密教の奥義を知ろうとする伝教大師の姿勢を正さんがため、密教とは何であるかを懇々と説かれ、大悲の鞭を打って厳しく突き放されたのです。

勿論、伝教大師に対する厳しい大悲の鞭は、密教(真実の仏法)の奥義を体得して正法を世に伝えて欲しいとの、お大師様の切なる願いから出たものである事は言うまでもありません。

一部の学者が言うように、お二人の性格の違いとか、私情をさしはさんだものでない事は、お大師様が伝教大師に出された手紙の文面を見れば明らかです。

密教の興廃は、貴方と私の二人にかかっています。もし貴方が正しくない方法によって法を受け、私が正しくない方法によって法を伝えるならば、将来法を求める人は、何によって求道の真意を悟ることが出来るでしょうか。
 正しくない方法で法を伝え、法を受けることを盗法と言います。これは仏をあざむくことです。
 密教の奥義は、文字のみに頼っては得ることが出来ません。ただ心から心に伝えるものなのです。文字は、糟粕であり、瓦礫です。
 もし貴方が文字に頼って、がらくたを受ければ、密教のいのちは失われてしまいます。正しいものを棄てて偽物を取るのは、愚かな人のすることです。貴方は、そのような愚かな人のやり方に従ってはなりません。求めてはなりません。

読めば読むほど、密教の奥義を体得して欲しいとの切なる願いから出た、已むに已まれぬ想いが伝わってくる文章ですが、お大師様とて、このような厳しい手紙を書きたくて書かれたのではありません。

お大師様は、文字に頼るよりも先ず自らが行の中に飛び込み、体験してみなければ、密教の奥義は体得できない事を教えようとなさったのです。

この文章を読むと、お大師様の救済には一切の妥協がなく、たとえ相手が伝教大師であろうと、必要とあらば、あえて慈悲の鞭を打つ事も辞さない求道への厳しさが伝わってきます。

勿論、憎くて打つのではなく、何とか悟ってほしい、救われて欲しいとの一念から、泣けぬ涙で打つ大慈大悲の鞭なのです。
  憎まれてまでもすくわん法の道
    菩薩の心誰か知るらん
  法説きて心開けと慈悲のむち
    打たれる身より打つ涙
  憎まれてまでも諭さん法の道
    慈悲の涙を誰か知るらん(法舟)

お大師様は、伝教大師に対し、「貴方は天台法華の教えが捨てられますか。捨てて高野に来ることが出来ますか」とまで問いかけておられます。

「そこまでの決心をなさっておられますか。そこまで腹をくくらなければ密教の奥義(真相)を窮める事は出来ません。密教の奥義を窮めるのは、貴方が考えておられるほど容易な事ではありません」といって、伝教大師の一層の決意を求められたのは、恐らくまだそこまでの決心が出来ていない事を見抜いておられたからでしょう。

だからこそ、敢えてあのような厳しい手紙まで書いて、決心を促されたのですが、それだけに、真言密教の真髄を守らんが為のお大師様の決意が、並々ならぬものであった事がよく分ります。


仏教への偶像崇拝批判は正しいのか?


異端問題は、何も仏教内部だけにある問題ではなく、他宗教から受ける仏教への誤解や曲解、謂れなき非難や中傷など、多義にわたっています。

例えば、イスラム教から仏教に対する謂れなき非難の一つとして、いつも取り上げられるのが、イスラム教で禁じられている偶像崇拝(注4)の問題です。

偶像崇拝は、創造主である神と被創造物とを混同するものとして、一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教などでは厳しく否定されていますが、仏教は偶像崇拝を肯定しているというのが、仏教を批判するイスラム教の主張です。

風刺画を掲載したフランスの「シャルリー・エブド」が、過激思想に染まった複数の犯人から襲撃されたり、デンマークの新聞社がイスラム教徒から激しい非難を浴びたのも同じ理由で、風刺画を描いた新聞社の行為が、イスラム教で禁止されている偶像崇拝に当るからです。

ムハンマドの風刺画を描く行為は、ムハンマドを偶像化する事を意味し、偶像崇拝を禁止するイスラム教の教えに反する行為なのです。

以前、アフガニスタンのイスラム教原理主義組織「タリバン」が、バーミヤンの仏像を爆破したのも、同じ理由からである事は言うまでもありませんが、恐らく多くの人々が、イスラム教徒と同じように、仏教を偶像崇拝だと考えておられるのではないでしょうか?

果たして仏教は、彼らが非難するような偶像崇拝なのでしょうか? 彼らの仏教に対する非難は、正しいのでしょうか?

私は、イスラム教徒の非難は当らないと思います。何故なら、お釈迦様は、偶像崇拝を認めておられないからです。

それは、例えば、お釈迦様が弟子たちに説かれた次の言葉を見れば明らかです。

われの死は肉身である。肉身は父母より生まれ、食によって保たれるものであるから、患い、傷つき、こわれてゆくものである。それゆえに、われの肉身を見るのでなく、われの法(おしえ)を知る者こそ、真のわれを見るのである

この言葉は、お釈迦様が、法(真理)のみを信仰の対象とせよと教えておられた何よりの証と言えましょう。

また、仏教に「自灯明、法灯明」という教えがありますが、これは、文字通り、「自らを依りどころとして他を依りどころとせず。法を依りどころとして他を依りどころとせず」という意味であり、お釈迦様が、法(真理)のみを信仰の依りどころと考えておられた事が分ります。

これらの事実を見れば、お釈迦様が、「法(真理)こそが信仰の依りどころであり、わが肉体ではない」として、偶像崇拝を否定しておられた事は明らかで、仏教徒の中に「釈尊は偶像崇拝を否定していた」と主張する人がいるのは当然と言えましょう。


一神教の神と仏教の仏との違い


もし釈尊が偶像崇拝を否定しておられたとするなら、当然、避けて通る事のできない疑問と向き合わねばなりません。

それは、「仏像を拝む事は偶像崇拝に当り、釈尊の教えに反するのではないか?」という疑問です。

しかし、私は偶像崇拝には当らないと思います。何故なら、仏教徒が拝む仏と、一神教徒が拝む神は、全く次元の異なる信仰対象だからです。

一神教徒が拝む神は、宇宙の創造主です。従って、教徒自らが創造主になるという発想は、彼らにはありませんし、ないのが当たり前です。神と一神教徒の間には、越えがたい壁があり、完全に断絶しています。

それに対し、仏教徒が礼拝する仏は、宇宙の創造主ではありません。

仏教徒が礼拝する仏は、人間が到達し得る最高の理想像を意味します。つまり、仏に成るとは、私達人間の奥底に眠るもう一人の自分(仏の自分)を覚醒させ、迷いの夢から目覚める事なのです。

お大師様が、『声字実相義』の中で、「生きとし生けるものは、みな等しく仏性を具え、仏と平等である」と説いておられるように、私達人間は、みな本来仏であり、仏と成るべき本性を具えています。

にも拘らず、毎日、怒ったり、妬んだり、人の悪口を言ったり、騙したりして、その本性を覚醒出来ぬまま生きているのが、迷える今の姿なのです。

今まで自分だと思っていた私は偽りの私で、その私の他に、悩み苦しみも怒りも妬みもしない仏であるもう一人の私がいるのです。

この仏の自分に直面しなければ、いくらお金があっても、いくら立派な家屋敷に住んでいても、いくら地位や名誉が得られても、この世に生まれてきた意味も値打ちもありません。

お金や物や地位や名誉は、いつ崩れるか分からない砂上の楼閣に過ぎませんが、仏の自分は永遠に滅びません。

だからこそ、私達は、人間の身を与えられた今の世において、一刻も早く仏の自分に目覚め、かけがえのない人生を意義あるものとしなければならないのです。

仏の事を、別名「覚者(目覚めた者)」というのは、その為です。

迷いの夢から目覚められない状態の自分を「凡夫(迷者)」と言いますが、仏に成るとは、迷いの夢から目覚めて、凡夫の自分から仏の自分に帰る事であり、これこそが、我々仏教徒が目指すべき人生の最終目的なのです。

ですから、仏と言っても、一神教徒が信仰の対象とする創造主のような隔絶した存在ではなく、迷いの夢から目覚めて、仏の自分に帰った一人の人間に過ぎません。

その意味で、仏教ほど人間を讃え、尊び、愛し、敬い、信じ、肯定している宗教は他にないと言わねばなりません。


的外れな批判


仏教徒が拝む信仰の対象は、自分とは無関係な創造主である神ではなく、理想像としての自分自身である事が、これでお分かり頂けたと思いますが、では何故、イスラム教は、仏教を偶像崇拝と言って批判するのでしょうか?

それは、彼らが信仰する創造主としての神と、仏教徒が信仰する人間の理想像としての仏を混同しているからです。

つまり、自分たちが創造主である神を拝むのと同じ様に、仏教徒も同じような創造主である仏を拝んでいると解釈し、仏像を拝むのは偶像崇拝に当ると言っているのです。

しかし、これは大変な誤解であって、仏教徒が拝んでいる仏と、彼らが拝む創造主としての神を同一視する過ちを犯している事になり、全く的外れな批判と言わねばなりません。

恐らく、彼らは、仏教徒が拝む仏像は、仏の肉体を象ったただの像に過ぎないと思っているのでしょうが、これも間違いで、仏像は、釈尊の肉体を象ったものではなく、お釈迦様が依りどころとせよと教えられた法(真理)を象徴化したものなのです。

一口に法(真理)と言っても、厳しい面もあれば、優しい面もあります。

阿弥陀様、観音様、お地蔵様のような優しいお顔の仏像は法の優しさを、お不動様や毘沙門様のような厳しいお顔の仏像は法の厳しさを現しています。

真理には形がありません。そこで、その真理を目に見える形で象徴的に現したのが、仏像です。

真言密教には、仏像のほかにも、曼荼羅のような絵画(下の写真)や、五古杵や三古杵のような法具があり、これらもすべて、法(真理)を象徴的に現したものですが、その法(真理)という鏡に映し出された本当の自分が、信仰対象としての仏です。

つまり、仏教徒が仏像を拝むのは、法(真理)という鏡に映し出された自分の理想像を拝む行為に他ならないのです。

一神教徒から見れば、創造主である神になろうとしたり、神を象って拝む事は、神を冒涜する行為になりますが、仏教徒にとっては、仏に成ろうとする事も、仏像を拝む事も、至極当たり前の行為なのです。

何故なら、仏こそが本当の自分の姿であり、仏になる事こそが仏教徒の最終目的だからです。

もし仏教徒でありながら、仏に成ろうとしないお方がいるとすれば、そのお方は、本来仏である自分の尊厳性を傷つけている事になります。

勿論、釈尊の肉身をそのまま象った仏像を拝むのであれば、偶像崇拝になるかも知れません。

しかし、仏像は釈尊の肉身をそのまま象ったものではなく、釈尊が説いた法を象徴的に象ったものであり、法(真理)の鏡に映った仏の自分そのものですから、仏像を拝む事は、自分で自分を拝む行為以外の何ものでもありません。

ですから、「仏の自己を依りどころとせよ」と説かれた「自灯明」の教えとも矛盾しません。

また、仏の自己は、法(真理)の鏡に映して初めて見ることが出来る本当の自分であり、法こそが仏の自分を照らし出す光明(鏡)ですから、法を依りどころとせよという「法灯明」の教えとも矛盾しないのです。


三十二相八十種好


仏像は、法(真理)の鏡に映った釈尊本来のお姿を象ったものであり、そのお姿こそが、釈尊のいのちであり、仏像を通して伝えようとしている本質なのですが、外見だけを見れば、釈尊の肉身を象ったものにしか見えません。

法の鏡を依りどころとしなければ、仏の自己を映し出す事も出来ませんから、法と仏の自己は一体ですが、この道理が、異教徒や一般の人々には中々分かりづらく、偶像崇拝という誤解を生む要因の一つになっている事も否めません。

そこで、釈尊の肉身と、法と一体である釈尊本来の仏のお姿(法身)を区別するために考え出されたのが、「三十二相八十種好」(注5)と言われる福相です。

例えば、どんな悩み苦しみも聞き漏らさないよう長く大きな耳を持ち、頭の頂きが盛り上がり(肉髻相・にくけいそう)、身体全体が金色に光り輝き、後光を放ち、すべてを見抜き見通す慈悲の眼を持ち、眉間には光を放つ右巻きの白毛(白毫相)があるとされています。

勿論、お釈迦様が、一般の人間にはない、このような身体的特徴を具えていた訳ではありません。

これは、あくまで、法(真理)と一体になられた仏としてのお釈迦様本来のお姿を象徴的に現すために考え出されたものです。

つまり、仏像は、「われの肉身を見るのでなく、われの法(おしえ)を知る者こそ、真のわれを見るのである」という釈尊の言葉に決して反していない事を示すために考え出されたのが、「三十二相八十種好」なのです。

これら「三十二相八十種好」の福相を取り入れて作られた釈迦像は、いかなる仏像といえども、釈尊の肉身を象ったただの偶像ではなく、法(真理)と一体になった釈尊本来の姿を現したものである事は忘れてはなりません。

その事を忘れて仏教を偶像崇拝と批判する事は、「木を見て森を見ない」過ちを犯す事になるでしょう。


2015年3月23日


宗教は人にあり(1)ー神仏の絶対不可侵性とはー
宗教は人にあり(2)ー神仏の絶対不可侵性とはー
宗教は人にあり(3)ー神仏の絶対不可侵性とはー
宗教は人にあり(4)ー神仏の絶対不可侵性とはー
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(注1) 1、人里離れた森林に住し、村邑に入れば罪となす。
2、乞食(托鉢)をして、家人から招待されて家に入れば罪となす。
3、ボロボロの糞掃衣(ふんぞうえ)を着て、俗人の着物を着れば罪となす。
4、樹下に座して瞑想すべきで、屋内に入れば罪となす。
5、魚肉、乳酪、塩を食さず。もし食したら罪となす。

(注2) 1、破和合僧(はわごうそう)ー釈迦教団を出て分派活動を行った罪。
2、出仏身血(すいぶつしんけつ)ー山頂から大石を落として釈迦仏の足の指から出血させた罪。
3、殺阿羅漢(さつあらかん)ー釈迦仏を殺そうとしていたのを咎めた丘尼を鉄拳で殺した罪。

(注3)男女交合の境地を即身成仏の境地と見なし、性交によって男女が真言宗の本尊、大日如来と一体になることで出来ると説く。男女交合の姿を曼荼羅として図現したり、髑髏を本尊とするなどが、その教義は正統の密教とは相容れぬため、異端とみなされ、次第に衰退していった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注4)木や石や金属で作った像や、絵画に描いた像を、信仰対象として崇め礼拝する事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注5)仏の身体に備わっている特徴で、見てすぐに分かる特徴が三十二相(さんじゅうにそう)、微細な特徴が八十種好(はちじゅっしゅこう)である。
三十二相は以下の通り。
1.足下安平立相(そくげあんぴょうりゅうそう)―足の裏が平らで、足裏と地が密着している、所謂偏平足のこと。
2.足下二輪相(そくげにりんそう)―足裏に輪形の相がある。仏足石。3. 長指相(ちょうしそう)―指が長くて繊細なこと。
4.足跟広平相(そくげんこうびょうそう)―足のかかとが広く平らであること。
5.手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう)―手足の指の間に、鳥の水かきのような金色の膜があること。
6.手足柔軟相(しゅそくにゅうなんそう)―手足が柔らかで色が紅赤であること。
7.足趺高満相(そくふこうまんそう)―足の甲が亀の背のように厚く盛り上がっていること。
8.伊泥延腨相(いでいえんせんそう)―足のふくらはぎが鹿のように円く微妙な形をしていること。
9.正立手摩膝相(しょうりゅうしゅましっそう)―直立したとき両手が膝に届く程長いこと。
10. 陰蔵相(おんぞうそう)―男根が目立たないこと。
11.身広長等相(しんこうじょうとうそう)―身長と両手を広げた長さが等しいこと。
12.毛上向相(もうじょうこうそう)―体の毛の先端が上になびき、右に巻いていること。
13.一一孔一毛相(いちいちくいちもうそう)―身体の毛穴から、よい香りのする毛がはえていること。
14. 金色相(こんじきそう)―身体が黄金色に輝いていること。
15.丈光相(じょうこうそう)―身体から四方に光明を放っていること。所謂後光のこと。
16.細薄皮相(さいはくひそう)―皮膚が柔らかく清らかであること。
17.七処隆満相(しちしょりゅうまんそう)―両掌、両足の裏、両肩、うなじの肉付きがよいこと。
18.両腋下隆満相(りょうやくげりゅうまんそう)―両腋の下にも肉が付いていて凹みがないこと。
19.上身如獅子相(じょうしんにょししそう)―獅子のように威厳があること。
20. 大直身相(だいじきしんそう)―身体が端正で比類がないこと。
21. 肩円満相(けんえんまんそう)―両肩が丸く豊かであること。
22.四十歯相(しじゅうしそう)―0本の歯があって白く清潔であること。
23. 歯斉相(しさいそう)―歯並びが美しいこと。
24.牙白相(げびゃくそう)―40歯以外に、白く大きく鋭利な4本の歯をもつこと。
25.獅子頬相(ししきょうそう)―獅子のように、ほほの肉が豊かであること。
26.味中得上味相(みちゅうとくじょうみそう)―何を食べても最上の味を味わえること。
27. 大舌相(だいぜつそう)―舌が軟薄で広く長いこと。
28.梵声相(ぼんじょうそう)―声がとても美しく、遠くまで聞こえること。
29.真青眼相(しんしょうげんそう)―眼が青い蓮華のようであること。
30.牛眼瀟睫相(ぎゅうごんしょうそう)―まつげが長く、整っていること。
31.頂髻相(ちょうけいそう)―頭の頂の肉が盛り上がっていること。
32.白毫相(びゃくごうそう)―眉間に右巻きの白い毛がはえていて、光明を放っていること。

 

 


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