桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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怨みは怨みをもっては止まず(4)



私達が選ぶべき道は?


ご存じのように、わが国は、釈尊が説かれた「怨みは怨みをもっては止まず。ただ愛によってのみ止む」(法句経第5番)という教えを頂いている、世界でも数少ない国の一つです。

釈尊が説いておられるように、怨みは怨みによっては止みません。怨みは、怨みを捨て、許す心に目覚めない限り、解く事は難しいのです。

スリランカや東南アジア諸国の人々が、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩を乗り越えられたのは、釈尊が説かれたこの教えを実践したからですが、スリランカや東南アジアの人々が乗り越えられた貪り、怒り、怨み妬み憎しみを、中国や韓国の人々が、70年近く経った今でも乗り越えられないのは、それだけ彼らの心に巣食う三毒煩悩が根深いからでしょう。

皆さんは、「スリランカや東南アジアの人たちに比べ、中国と韓国は、靖国神社や慰安婦問題を外交カードに使ってくる計算高い国であり、本当は三毒煩悩に苦しんでなどいない」とおっしゃるかも知れませんが、靖国神社や慰安婦問題を外交カードに使ってくる事自体が、まさしく三毒煩悩に深く毒されている証なのです。

その証拠に、スリランカや東南アジアの国々からは、未だかって一度も靖国神社や慰安婦問題で非難攻撃を受けた事がありません。それは、スリランカや東南アジアの人々が、三毒煩悩の呪縛から国を守った真の勝者だからです。

それにしても、何故中国と韓国の二ヶ国だけが、今も靖国神社や慰安婦問題を外交カードに使ってくるのでしょうか? 皆さんは何故だと思われますか?

そうする事が自国に有利になると判断しているからだというのが、恐らく大多数の皆さんの考え方ではないかと思いますが、表面的に見れば、確かにそうかも知れません。

しかし、視点を少し変えて見たらどうでしょうか。中国と韓国は、もはや自分達の力だけでは、三毒煩悩の呪縛を振り払えないところまで追い詰められているのではと…。

そう考えると、彼らの行動の裏に、「早く三毒煩悩の呪縛を解いて救って下さい」と言って、私達に助けを求める声が聞こえてくるのではないでしょうか。

勿論、彼らには、そんな意識は毛頭ないでしょう。もし「日本に助けを求めているのですか?」と問えば、きっと「とんでもない。憎い日本に助けを求める筈がない。もし我々を助けたいと思っているなら、もっともっとお金を出しなさい」という返事が返ってくるだけでしょう。

7月28日、ソウルで行われたサッカー東アジア・カップ男子日韓戦で、韓国の応援団が日本の応援席に向け「歴史を忘却した民族に未来はない」と書かれた巨大な横断幕を掲げた事が問題になっていますが、深刻なのは、「歴史を忘却した民族に未来はない」と書かれた横断幕が掲げられた事ではなく、韓国の人たちが、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩に魅入られてしまっている事に、まったく気付いていない事です。

仏教徒の眼から見れば、未来がないのは、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩に魅入られてしまった人々以外にはいません。

勿論、これは韓国の人々に限った話ではなく、人類すべてに言える事で、歴史を紐解けば、貪り、怒り、怨み妬み憎しみに魅入られた人々が身を滅ぼした例はいくらでもあります。

比叡山を焼き討ちした織田信長、その信長を倒し「三日天下」に終わった明智光秀、そして最近問題になっている地球温暖化などを含め、三毒煩悩の災禍は常に人間について回っています。このまま三毒煩悩の暴走を止められなければ、人類滅亡へのスピードは、加速する一方でしょう。

仏教では、貪りの世界を「餓鬼」、怒りの世界を「地獄」、怨み妬み憎しみの世界を「修羅」と言いますが、「地獄、餓鬼、修羅」の炎に身を焼かれようとしているのが、まさに今の中国と韓国の人々なのです。

彼らが、貪りと怒りと怨み妬み憎しみの矛先を日本に向けてくる理由については、色々な意見があろうかと思いますが、仏教徒から見れば、その理由は一つしか考えられません。

彼らは、私達に救いを求めているのです。日本に対し、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けて来れば来るほど、それは、日本に救って欲しいと訴えている心の裏返しなのです。

何故日本なのかと不思議に思われるかも知れませんが、中国と韓国の人々を救えるのは、日本以外にないからです。もし日本が、彼らの救いに関わらなくてもよいのであれば、慰安婦問題も歴史認識問題も領土問題も起きていません。これらの諸問題はみな、彼らが日本に向けて発信している救難信号(SOS)と言っていいでしょう。


怒りで応じるか、祈りで応じるか


問題は、日本に貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けて来る彼らを救う為に、私達はどのように関わっていけばよいのかという事ですが、私達が取り得る道は二つあります。

一つは、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けてきたら、私達も同じように、貪り、怒り、怨み妬み憎しみで応じていく事です。これは、イスラム教やユダヤ教にある「目には目、歯には歯」という考え方です。

もう一つは、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けてきても、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを返すのではなく、スリランカや東南アジアの人々が私達に行動で示してくれたように、愛の心、慈悲の心、許す心を彼らに発信しながら、彼らの救いを祈らせて頂く事です。これは、仏教にある「怨みは怨みを以ては止まず。ただ愛によってのみ止む」という考え方です。

さて皆さんは、どちらの道を選ばれますか?

どちらの道を選ぶかは、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けて来る彼らの行動を、どのように受け止めるかにかかっています。つまり、彼らの行動を対立(戦争)を望んでいると受け止めるか、それとも救い(平和)を望んでいると受け止めるかです。

もし彼らが心の奥底で救いを望んでいるとすれば、たとえ彼らが貪り、怒り、怨みを向けてきても、私達は、貪り、怒り、怨み妬み憎しみを返すのではなく、彼らの救いを祈らせて頂かなければなりません。

彼らが対立を望んでいるとすれば、こちらも対立で向かっていかざるを得ないように思えますが、私の考えは全く逆で、そうであるなら尚の事、怒りと怨みを返すのではなく、祈りで応じていかなければいけないのではないかと思います。

つまり、彼らが救いを望もうが、対立を望もうが、私達は、彼らの救いを前提に行動しなければいけないという事です。

この行動は、彼らを救えるのは私達しかいないという信念と、彼らを救う事は、私達自身を救い、世界全体を三毒煩悩から救う事でもあるという確信に基づいています。

貪り、怒り、怨み妬み憎しみを向けてくる彼らの救いを祈るというのは、如何にも日本が中国と韓国に無抵抗の姿勢を取っているかのように見えるかも知れませんが、これは、対立を避けるための妥協でも、彼らの言いなりになる事でもありません。ましてや、事を荒立てないようにという、一部の政治家や官僚がとってきた「事なかれ主義」的行動とは、まったく違います。

戦勝国も敗戦国も、互いに殺し合い、傷つけ合う中で、お互いに様々な罪を作り、過ちを犯してきました。日本も、戦争を通じて数々の罪や過ちを犯してきた事は、言うまでもありません。

しかし、その罪や過ちを認める事と、日本軍が犯していない罪や過ちまで認めなければいけないのかという問題とは、まったく別問題です。

やっていない事をやっていないと主張するのは当然の事で、そう主張したからと言って、それが過去の罪や過ちを否定したり、戦争を肯定したりするものでない事は、言うまでもないでしょう。

やっていない事をやっていないと主張すると、中国や韓国は、すぐに「日本は戦争を肯定し、美化している」と言って批判しますが、気に入らないという感情論だけで日本を批判する彼らの行動は、全く道理にかないません。

道理が通らない事には、断固として反論しなければなりませんし、これからも、過去の罪や過ちを反省し、謝罪するのを忘れてはなりませんが、「有った事はあった。しかし、無かった事はなかった」と、事実に基づいて主張すべき事は、正々堂々と主張しなければなりません。

しかし、だからと言って、冷静さを失い、怒りに怒りで応じ、怨みに怨みを返す事がベストの対応だとは思いません。三毒煩悩に身も心も魅入られ、すでに白旗を上げているに等しい韓国や中国の人々に染まり、私達までもが三毒煩悩に魅入られてしまっては、元も子もありません。


戦うべき相手を間違えてはならない


私達が三毒煩悩に魅入られない為には、怒りに怒り、怨みに怨みを返すのではなく、祈り(慈悲の心、愛の心、許しの心)を以て応える以外にはありません。

ましてや、先ほどもお話したように、彼らの心の奥底に、日本に救いを求める彼らの声なき声が隠されているとすれば、猶更怒りに怒りを返してはなりません。

大袈裟かも知れませんが、彼らの救い、彼らの未来は、私達の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

これは、かつてどの国よりも縁が深く、どの国よりも親しい関係にありながら、いつしか近くて遠い隣人になってしまった中国や韓国の人々と、再び相まみえる日を迎える為に、国を挙げて取り組まなければならない一大事なのです。

それだけではありません。日本の将来を担う子々孫々の為に、どうしてもやり遂げなければならない百年の大計に基づく行動であり、このような状況を作った私達の責任でもあります。

貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩を乗り越えられない中国や韓国に対し、同じように貪り、怒り、怨み妬み憎しみを返していれば、結局、私達も、彼らと同じように、三毒煩悩の泥沼に足を取られて、もがき苦しまなければなりません。その先に待っているのは、三毒煩悩が正体を現す戦争でしかありません。

私達は、戦うべき相手を間違えてはならないのです

私達が戦うべき相手は、中国や韓国ではありませんし、中国や韓国が戦うべき相手も、日本ではありません。

私達が戦うべき真の相手は、私達の心の奥底に潜み、虎視眈々とその破滅を狙っている、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩です。この三毒煩悩こそ、勝たなければ必ず人類を破滅に導く最強の敵なのです。

人類が経験してきたあらゆる戦争は、すべて三毒煩悩という名の悪魔に魅入られた愚かな人間が起こしたものですが、三毒煩悩は、再び私達を戦いの泥沼へ引きずり込もうとしているのです。


人類を滅ぼす最終兵器


もうお分かりだと思いますが、人類を破滅させる最終兵器は、原爆でも、細菌兵器でも、自然災害でもありません。人類は、そんなものでは絶対に滅びません。人類を滅ぼす最終兵器は、私達自身の中にあります。

前に「国が亡びる時は外からではなく内から滅びる」と申しましたが、まさに人類が亡びる時は、外にある武器によってではなく、私達自身の中にある三毒煩悩という悪魔によって、自らを滅ぼすのです。

韓国や中国は日本を非難し、非難された日本もまた韓国や中国に非難で応酬し、お互いが貪り、怒り、怨み妬み憎しみの炎に包まれかけようとしているのが、今の状況ですが、実はこの状況こそ、私達の奥底に潜む三毒煩悩の思うつぼなのです。

その事を自覚している人が、果たして何人いるのか知りませんが、このような非難の応酬を見て、三毒煩悩の悪魔は、きっとほくそえんでいるに違いありません。

イスラム教やユダや教には、「目には目、歯には歯」という教えがありますが、この教えに従った人々が、どのような歴史を辿ってきたかを見れば、三毒煩悩の底知れぬ恐ろしさがお分かり頂けると思います。

イスラム教徒やユダヤ教徒の行動を真似ては、絶対にいけないのです。それこそ、三毒煩悩の魔の手にかかる最悪の選択と言ってよいでしょう。

私達が真似るべき手本は、サンフランシスコ講和会議におけるスリランカの行動であり、東南アジアの人々が示してくれた許す心、慈悲の心、愛の心です

三毒煩悩の悪魔を封じ込めた真の勝者である彼らを手本として、釈尊が説かれた「怨みは怨みを以ては止まず、ただ愛によってのみ止む」という言葉を、行動で示さなければなりません。売られた喧嘩を買うような愚かな真似だけは、絶対にしてはならないのです。

勿論、喧嘩を売っているのは、中国や韓国ではなく、彼らを隠れ蓑にして、虎視眈々と人類の破滅を狙っている三毒煩悩の悪魔です。


世界の感動を呼んだ記事


何度も申しますが、慰安婦問題や領土問題は、日本と、韓国や中国との戦いではなく、中国と韓国を操って人類の破滅をもくろむ三毒煩悩との戦いです。ですから、力を合わせて立ち向かわなければならない三ヶ国が、お互いに非難の応酬をしていては、最強の敵に勝てる道理がありません。

しかし、韓国と中国の人々は、恐らくその事に気づいてさえいないでしょう。だからこそ、私達が先ず手本を示し、彼らの救いを祈る事が大切なのです。

勿論、わかり合えるまでには、相当時間がかかるでしょうが、私は、理解し合える時が必ず来ると信じています。何故なら、私達には、仏性という、三毒煩悩を封じ込める最強の味方が付いているからです。

ご承知の通り、7月22日、さいたま市のJR南浦和駅で、ホームと電車の隙間に落ちた女性を、駅員と乗客が力を合わせて電車を押し、無事に救出するという出来事がありました。その一部始終が読売新聞に掲載され、その日の内に海外にも伝えられて、世界中から感動の声が上がりました。

7月26日(金)の読売新聞朝刊には、『電車押し乗客らが女性救出』という見出しで、改めて次のような記事が掲載されました。

本紙が22日夕刊で報じた、さいたま市のJR南浦和駅での女性客救出劇は、現場に居合わせた本紙記者の写真と共に世界各地でも報道された。ホームと車両の間に落ちた女性を乗客らが力を合わせ助け出したニュースに、「うちの国だったら、乗客は眺めるだけで何もしなかったかもしれない」「英雄的な行動」などの称賛の声が上がっている。

米CNNテレビは22日夜(日本時間23日午前)、キャスターが「日本から素晴らしいニュースです」と前置きし、本紙の写真と共に女性救出を報じた。キャスターは「生死に関わる状況で、駅員と乗客が冷静に協力した」と称賛。「おそらく、日本だけで起こりうること」として、電車が約8分後に通常運転を再開したことも合わせて伝えた。

英各紙がロイヤルベビー誕生の特集紙面を組む中、23日付ガーディアン紙は、「(駅員や乗客が)集団で、英雄的な行動を示した」とするAP通信の記事と本紙の写真を国際面で使った。

イタリアの主要紙コリエーレ・デラ・セラのウェブサイトには「イタリア人だったら眺めるだけだろう」といったコメントも。香港でも、中国政府寄りの論調で知られるフェニックステレビのウェブサイトに、「中国で同様の事故が起きれば、大多数の人はやじ馬見物するだけだ」といった書き込みが見られた。

対日関係が冷え込む中国では、政府の指導下にある有力ニュースサイト「中国ネット」が24日、日本での報道を引用する形で事実関係を論評抜きで報道し、国営新華社通信(電子版)などが転載。韓国でも聯合ニュースなどのメディアが、多くは、読売新聞の報道を引用して伝えた。


仏性こそ人類を救う最強の味方


海外から寄せられたこのような反応は、私達にとって、或る意味、意外なものでした。何故なら、困っている時に助け合うという精神は、先祖から代々受け継がれている日本人のアイデンティティーと言ってもよく、今回の出来事は、そのアイデンティティーが如実に示された出来事の一つだったからです。

恐らく大多数の日本人は、この行動が、「英雄的な行動」と外国から褒められるような特別な行為だとは思っていないのではないでしょうか。

勿論、今回の出来事を通して、日本人の精神性の高さが全世界に発信され、多くの人々に感動を与え、日本人への評価につながってゆくのであれば、慰安婦問題でぎくしゃくしている今の状況を考えれば、まさにタイムリーで幸運な出来事であったと言っていいでしょう。

しかし、私は、その事よりもむしろ、今回の出来事によって、仏性という素晴らしい宝物が、私達の中に具わっている事を世界中の人々に示せた事の方が意義深いのではないかと思います。

つまり、今回の出来事の最大の功績は、三毒煩悩の呪縛を封じる最強の味方であり、慰安婦問題を打開する鍵である仏性を、改めて私達に再認識させてくれたところにあるのではないかと思うのです。

勿論、この仏性は、私達だけでなく、中国、韓国の人々にも、生きとし生けるものすべてに例外なく具わっており、永遠に失われる事はありません。

徹底した反日教育を受けている中国人の中からでさえ、「感動した!なんて人に優しいんだ」「これが国民の民度だ!」「日本人の民度には永遠に追いつけない」「日本人の民度は本当に高いし、団結力が強い」「中国人がこの民度の高さに達するまでどれくらいかかるだろうか?」「日本は大嫌いだけど、この民度だけは敬服せざるを得ない」「団結こそ力だ。日本にはわれわれが学ぶべき点があることは否定できない」という感動の声が上がっているのが、その証拠です。

このような反応が中国人から出たのは、今回の出来事によって、彼らの仏性の扉が開けられ、反日教育で眠らされていた仏性が、一時的にせよ目覚めたからでしょう。

残念ながら、これは一時的なもので、反日教育によって仏性を眠らされた中国と韓国の人々は、これからも貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩の厚い雲に覆われた世界の中で生きていかなければいけないでしょうが、一時的にせよ、三毒煩悩の泥沼の中に清らかな聖水が注がれた事は決して無駄ではないと思います。


日韓二人の行動


2011年(平成13年)1月26日(金曜日)19時14分頃、JR東日本山手線の新大久保駅で、泥酔してホームから転落した男性を助けようとした日本人カメラマンの関根史郎さん(47才)と日本語学校生の李秀賢(イ・スヒョン)さん(26才)が電車にはねられ、三名全員が死亡するという痛ましい事故がありました。

この二人の行動について、「英雄的行動だ」と讃える声もあれば、「助けられなかったのだから無駄死にだ」という冷ややかな声もあって、評価が分れているようですが、少なくとも、この二人が目の前でホームに転落した男性を見て、咄嗟にホームに飛び込び、助けようとした事は間違いありません。

このような行動は、知識や理屈や計算ずくで実行できるものでなく、やはりその人に具わった仏性(真心、慈悲、愛の心)が、咄嗟にそのような行動となって現れてきたものと言えましょう。

日本人と韓国人が関わったこの事故は、仏性というものが、人種、性別、宗教、国籍などに関係なく、すべての人に具わっている事を、改めて証明してくれました。

つまり、仏性(真心)には、もはや反日も謙日もなく、そのような概念は、そう教え込まれた人の頭脳(知識)の中にあるに過ぎないという事です。

生まれつき具わった仏性というものは、すべてを超越した純粋無垢なるもので、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩によって、一時的に覆われる事はあっても、仏性そのものが汚される事はありません。

この貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩に火をつけるのが、まさに「洗脳教育」「思想教育」であって、これこそ、いまの中国と韓国の人々を、貪り、怒り、怨み妬み憎しみの炎に駆り立てている元凶と言っていいでしょう。


真実を知らされない人々の悲劇


「反日教育」「洗脳教育」「思想教育」によって、三毒煩悩に火をつけられた中国と韓国の人々には、同じ人間として同情を禁じ得ません。

慰安婦問題も、サッカー東アジア・カップ男子日韓戦の横断幕問題も、決して彼らの責任ではなく、中国政府と韓国政府の「思想教育」「反日教育」によって、本当の事を知らされていない結果なのです。

国民に教えられるのは、ただ中国政府、韓国政府にとって都合の良い事実だけで、不都合な出来事は、すべて秘密のベールに包まれて、国民に知らされる事はありません。彼らもまた、中国政府と韓国政府の一部支配階級に操られている被害者なのです。

7月27日、韓国から入国を拒否され、韓国の民主主義が絵に描いた餅に過ぎない事を全世界に知らしめた同国出身の評論家で、日本国籍を持つ拓殖大教授の呉善花(オ・ソンファ)さんのコメントを見ると、その事がよく分かります。

韓国は朴正熙大統領時代、急激な経済発展を遂げる。いわゆる「漢江の奇跡」だ。「漢江の奇跡」は、現代においても経済成長の象徴である。…
 だが、じつはこの「漢江の奇跡」は、日本からの膨大な援助があってこそ達成されたものだ。インフラなど韓国のあらゆるものが日本の莫大な援助によってつくられた。
 たとえば日本の製鉄会社は、韓国の薄鋼板の会社に対し、資金援助のみならず技術援助も大いに行なっている。いま韓国のソウルにある地下鉄などは、ほぼ日本の技術でできたといっていい。
 だが朴正熙大統領は、その事実を国民にいっさい伝えていない。以前、新日鐵の会長もされた有賀敏彦氏に伺ったことがあるのだが、氏の取り組みが評価されて賞をもらうことになり、朴大統領から青瓦台に招待された。ところが、その賞を渡されたのは個室で、かつ有賀氏たった一人しかいないところだったそうだ。
 ほとんどの韓国国民は、「漢江の奇跡はすべて朴大統領の力で成し遂げたものだ」と信じている。私自身も韓国にいるあいだはそう思っていたし、来日してからもしばらくは真実を知らなかった。
 のちに関係者から直接話を聞いたり、調べながら、真相を知ってショックを受けたことを覚えている。本当のことを知っているのは、一部の政治家たちだけだ。 

『韓国併合への道』『虚言と虚飾の国・韓国』『歴史再検証 日韓併合―韓民族を救った「日帝36年」の真実』などの著書で知られる呉善花さんは、韓国出身でありながら、韓国を善、日本を悪と一方的に決めつける韓国政府の立場に立つことなく、歴史を丹念にたどりながら、あくまで公平な目で両国の歴史を掘り下げていこうとするバランス感覚の持ち主ですが、このコメントを見れば、韓国という国の実態がよく分かります。

呉善花さんが、反日教育の呪縛を解く事が出来たのは、言うまでもなく真相を知ったからですが、残念ながら、殆どの韓国人は、今も真相を知らされていません。恐らくこれからも、本当の事が知られれば都合の悪い政治家や支配層の人々は、本当の事を国民には決して知らせないでしょう。

現在の朴槿恵(パク・クンヘ)大統領も、彼女の父親である朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領も、真相が知られては困る政治家の一人で、日本の大規模援助のお蔭で「漢江の奇跡」が生まれた事が国民に明らかになれば、父親の功績は地に落ちるばかりか、彼女の政権基盤も危うくなります。

呉善花さんが韓国への入国を認められなかったのは、呉善花さんの主張が韓国政府の嘘をあばくものだからですが、これは、韓国のような政権下ではよくある話で、決して珍しい事ではありません。

それだけに、いまなお本当の事を知らされない中国や韓国の人々が、気の毒でなりませんが、すべての事が明らかになれば、必ずお互いの誤解も解け、かつての友好的な関係を取り戻せると、私は信じています。

合掌

平成25年(2013年)8月10日


怨みは怨みをもっては止まず(1)
怨みは怨みをもっては止まず(2)
怨みは怨みをもっては止まず(3)
怨みは怨みをもっては止まず(4)
怨みは怨みをもっては止まず(5)
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『韓国併合への道』
著者:呉善花
出版社:文藝春秋
 2012/7/20

 

 

 

 

 

 

 

 


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