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怨みは怨みをもっては止まず(3)



女性が三毒煩悩の犠牲になる戦争


いまの世論を見ていますと、慰安婦問題は、日本と韓国の二国間問題であるかのような感覚で捉えられていますが、これでは、問題の本質は中々見えてこないのではないかと危惧せざるを得ません。

何故なら、この問題の本質は、三毒煩悩によって引き起こされた戦争に翻弄され、貧しさ故に意に反して性を売らざるを得なかった凡ての女性の苦しみ、悲しみの深さに、私達がどこまで歩み寄れるかという一点にあると思うからです。

つまり、平和で裕福な今の私達からは想像も出来ない戦前、戦中の女性たちの苦しみが、まさに慰安婦問題に凝縮されているのであり、世界の国々はその事に目を背けてはならないと思うのです。

世界中の女性たちを苦しめた戦争は、まさに、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩が最も猛威を振るい、人間を殺人兵器に変えてしまう三毒煩悩の恐ろしさを全世界に示した歴史上の真実であり、この真実を後世に伝える責任が私達にはあります。

その意味で、慰安婦問題は、日本と韓国の間だけの問題ではなく、アメリカもイギリスもフランスもロシア(旧ソ連)も中国もドイツもイタリアもオランダも、戦争に加わったすべての国が、女性たちを「性の奴隷」にしてきた歴史上の汚点として、いつまでも忘れる事なく向き合っていかなければならない問題ではないかと思います。

ここにいう「性の奴隷」とは勿論、強制性が有ったか無かったかに拘らず、貧しさ故に意に反して性を売らざるを得なかった女性たちを、戦争の為に利用し、三毒煩悩の犠牲にしたという意味ですが、その罪は、戦争をしたすべての国が負わねばなりませんし、闇に葬ってよい筈がありません。

現在は、日本にだけ責任があるかの如く言われ、慰安婦問題の矢面に立たされていますが、日本だけが責任を負って解決する問題では決してありません。


韓国の立場ーあれは戦争だから償う必要はない


何故、いまその事が問い直されなければいけないのかと言えば、すべての女性の人権を奪い、すべての人を不幸のどん底に陥れ、すべての人を殺人兵器に変えてしまう戦争の恐ろしさ、三毒煩悩の恐ろしさを、平和な時代に生きる私達は、もう一度深く心に刻んでおく必要があるからです。

慰安婦問題で日本を糾弾している韓国ですが、実はその韓国もベトナム戦争で、多くのベトナム人を虐殺し、ベトナム女性を強姦し、強制的に慰安婦にしていた事実をご存じでしょうか。

アメリカ軍は、1968年3月16日、無抵抗のソンミ村の村民504人を無差別に射撃し虐殺するという「ソンミ村虐殺事件」(注1)を起こしていますが、韓国も、1964年から72年にかけて計32万人余、多い年は単年で5万人をベトナムへ派兵し、その間に、30万人ものベトナム人を拷問、虐殺し、多くのベトナム女性を強姦して、子供まで作らせているのです。

新聞発行部数で韓国第四位のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』によれば、韓国軍は、「大部分が女性や老人、子供たちで、住民を一ヵ所に集め機関銃を乱射。子供の頭を割ったり、首をはね、脚を切ったりして火中に放り込み、また女性を強姦して殺害し、妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰し、トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺したりした」のです。

ベトナム戦争中、ベトナムには30万から50万人の慰安婦がいましたが、これらの慰安婦が、アメリカ軍兵士や、ベトナム戦争に参戦した韓国軍を始めとする各国の兵士相手の慰安婦であった事は言うまでもありません。

また韓国軍が制圧した地域で殺害されなかったベトナム女性の殆どが、強制的に慰安婦にされ、その傍若無人ぶりは、参戦国の中でも際立っています。

可哀そうなのは、韓国兵士に強姦されたり、性の奴隷(SexSlave)として強制的に従軍慰安婦とさせられたベトナム人女性との間に生まれた「ライタイハン」(注2)と呼ばれる3万5千人もの混血の子供達です。

この子供達は、戦後ベトナムに取り残され、「敵軍の子」として差別迫害されるという深刻な問題が、解決されないまま今も放置されているのです。

勿論韓国は、「ライタイハン」として差別迫害されている子供達に対し、何の援助も保護もしていませんし、ベトナムに対しても、一切の謝罪と賠償を拒否しています。

慰安婦像まで設置して日本に謝罪と賠償を求めながら、ベトナムでは多くの女性を強姦し、性的奴隷(SexSlave)として強制売春までさせていた韓国が、何故一切の謝罪も賠償もしていないのでしょうか。

これを見ると、誰もが不可解に思うでしょうが、韓国軍の蔡命新(チェ・ミョンシン)総司令官が、『ニューズウィーク』のインタビューに答えているコメントを見れば、合点がいきます。

誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった

「あれは戦争だったのだから、虐殺があっても、強姦があっても、強制的に慰安婦にしても、その間に生まれた子供が迫害されていても、謝罪や賠償をしなくても、すべて許されるのだ」と、総司令官はインタビューに答えているのです。

このコメントが、韓国政府の立場を代弁したものである事は言うまでもありませんが、この言葉は裏を返せば、「戦争に勝った国は、どんなに酷い虐殺をしても許されるのだ」と言っているのも同然なのです。

しかし、勝った国の虐殺が許され、負けた国の行為が許されないという法は、どこにもありません。勝とうが負けようが、虐殺は虐殺であり、許されざる犯罪なのです。

「韓国軍はベトナム人女性を強姦し、強制的に慰安婦にしているにも拘らず、何故、慰安婦像まで立てて、日本に償いと賠償を求めるのですか」と、敢えて問う必要はないでしょう。

韓国の行動がいかに矛盾しているか、数多くのベトナム人女性を強姦し、旧日本軍など及びもしない残虐な罪を犯している韓国に、果たして日本を裁く権利や資格があるのかは、誰の眼にも明らかだからです。


韓国人の特異な思想


にも拘らず、韓国が誰にも分かる矛盾を押し通そうとするのは何故でしょうか。

韓国・済州島出身の評論家で、拓殖大学教授の呉善花(オ・ソンファ)さんが、その理由について、次のように述べておられます。

思想的に善は一つでほかは悪、つまり韓国人がいっていることが善で日本人のいうことは悪であり、悪は排除しなければならない、という思考から抜け出せないのである。
 日本人は、汗も流さないでタダで助けてもらうことはみっともないと感じる。だが韓国人は、汗をかかないでタダで助けてもらえれば、それは自分に力があるからだと考える。
 これは政治も同じで、韓国を助ければ「助けるほどの価値がこちらにある」「助けないとあなたが困るからだ」と考える。だから助けたとしても絶対に感謝を表明しない。
 謝罪も同じで、心を込めて謝るといったことは通用せず、「ではその気持ちを金で表せ」といってくる。そしていったん助けたら一生、お金を出し続けなければいけない。

私は、いままで日本人が当たり前に感じる「恩」という概念について、何故韓国には通じないのか不思議でなりませんでした。しかし、この呉善花さんの文章を読んで、納得がいきました。

韓国人には、いかなる場合においても「韓国が100%善、他は100%悪」という思想しかなく、いくら日本が支援しても、「支援を受ける価値が自分たちにあるから支援するのだ」「悪人の日本が善人の韓国を支援するのは当たり前だ」という、上から目線でしか受け止められないのです。

韓国人にとっては、支援する側が立派なのではなく、支援される側が偉いのですから、これでは、「恩に報いる」という考え方も、「感謝する」という思いも、生まれる筈がありません。

韓流ドラマの中に、両親から受けた恩を感じて涙する場面が度々出てくるのを見て、それほど恩を感じる人々が何故日本に対し恩を仇で返すような事をするのか、全く分りませんでしたが、その根底に「韓国が100%善、他は100%悪」という思想がある事を知って、目から鱗が落ちました。

つまり、100%善の韓国人同士には、恩という考え方が通用しても、100%悪である韓国人以外の人間には、恩など感じる必要がないという発想なのです。恩を仇で返していたのではなく、そもそも恩という概念が彼らにはなかったのです。

慰安婦像問題を複雑にしている原因も、まさにここにあると言っていいでしょう。私達がいくら説明しても、彼らに通じないのは、韓国がしている事だけが、100%正しいと信じているからです。

先ほど言ったように、僅か40年余り前のベトナム戦争において、虐殺、拷問、強姦、強制売春など、日本軍をはるかに超える残虐な行為をしている韓国が、70年も前の日本軍の従軍慰安婦問題を持ち出して非難するという、世界の誰が見ても矛盾している行為を、全く矛盾と感じない理由が、ここにあります。

そして、これこそ、韓国という国が、世界の中でも類を見ない、特異な国である最大の理由であり、韓国人にしか理解できない常軌を逸した一連の行動の元になっている思想なのです。

私達は、改めて、韓国と言う国が決して世界の常識では通用しない国である事を深く肝に銘じ、今後の接し方を考えていかなければなりません。


白馬事件から見えてくる二つの真実


色々な資料によって、旧日本軍が韓国女性を強制連行して慰安婦にした事実はない事が明らかになっていますが、残念ながら、例外がなかった訳ではありません。

1944年2月、バタビア(インドネシアの首都ジャカルタのオランダ植民地時代の名称)で日本人業者から、インドネシアに残されたオランダ女性の中から17歳以上28歳までの女性を慰安婦にしたいという申し出があり、「本人の自由意志を尊重すること」「辞めたいと言った時はいつでも辞めさせること」という条件で、軍司令部は開設を許可しました。

ところが、そのうち辞めたいと言う女性が現れたにも拘らず、業者は辞めさせずに売春を続けさせ、また陸軍の岡田慶治少佐もその事を知っていながら黙認していました。

開設の2ヶ月後、日本から抑留者の視察にやってきた小田島董大佐がこの事実を知って、ジャカルタの第16軍司令部に報告したため、設立の条件に違反したとして、ただちに慰安所は閉鎖されましたが、これが「白馬事件(スマラン事件・オルヘネ事件)」と言われるオランダ人慰安婦事件です。

戦時中とはいえ、女性の人権を蹂躙した痛ましい事件で、慙愧に堪えませんが、この事件から見えてくる真実が二つあります。

一つは、辞めたいと言う女性が現れたにも拘らず売春を続けさせ、それを黙認していたのは、明らかに女性の意に反して行われた強制売春だったという事です。また、好きで売春をする女性などいる筈がありませんから、捕虜になっている状況では、最初から強制的に売春をさせられた可能性も十分考えられます。

要するに、オランダ人女性に対する白馬事件は、いくら否定しても否定しようのない強制売春事件であり、弁解の余地は全くないという事です。

しかし、この事件には、もう一つの真実が隠されています。それは、この事件によって、軍がすべての女性を強制連行して慰安婦にしていなかった事が伺えるという事です。

もし、他の場所でも強制売春をさせていたのであれば、開設して2か月しか経過していないスマラン慰安所を閉鎖する必要はまったくありません。

ところが、小田島董大佐は、急遽、慰安所を閉鎖させたのです。何故か。その慰安所で、強制売春が行われている事を知ったからです。

「本人の自由意志を尊重すること」「辞めたい時はいつでも辞めさせること」という条件、つまり強制的に売春をさせてはいけないという条件で設立を許可したにも拘らず、その条件に違反して強制的に売春をさせていたから、即刻閉鎖したのです。

これを見れば、一部の軍人の暴走はあったものの、日本軍の管轄の下では、強制売春が許されていなかった事は明らかです。

軍の管轄下で慰安婦として働いていたのは、韓国が主張するような強制売春ではなく、あくまで高給を約束された上で応募してきた自由意思の女性たち、つまり売春を職業としていた女性達だったのです。

勿論、たとえ高給を約束され、自らの自由意思でしていた売春とはいえ、貧しさ故に性を売らざるを得なかった当時の女性達の苦しみは想像に余りあります。ましてや、ベトナム戦争下での韓国軍のベトナム女性に対する目に余る性的虐待や強姦行為を見ると、戦時下における女性への人権蹂躙は、目に余るものがあると言わねばなりません。

それは、大なり小なり、戦争をしたすべての国で行われてきた事であり、戦争の勝者であろうが敗者であろうが、このような女性に対する暴挙が許されてよい筈がありません。

だからこそ、韓国は、日本に対し、慰安婦問題を突き付け、その反省を迫っているのですが、だとすれば、日本以上の暴挙をベトナム女性に働いた韓国自身も、自らが行った罪にけじめをつけなければ、筋が通りません。

しかし、これは、あくまで日本や世界から見た常識であって、「韓国が100%善、他は100%悪」という思想しか持たない韓国の常識では、韓国軍がベトナム女性にした虐待は100%正しく、日本軍が韓国女性にした行為は100%間違っている事になります。

ですから、日本や世界の常識では、自分たちの罪を棚に上げて、日本にのみ謝罪と反省を求めるのはおかしい事になりますが、韓国ではそれが当たり前で、これほど筋が通っている話はないのです。

韓国軍総司令官が、『ニューズウィーク』のインタビューに対し、「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と答える事が出来たのも、その為です。

しかし、これこそ、韓国という国が、世界の中では通用しない特異な思想を持つ国である事を証明するものと言えましょう。

戦争の名の下に虐殺や強姦を肯定する姿勢は、まさに神の名の下に無差別テロを肯定しているイスラム過激派と同じと言っていいでしょうが、イスラム過激派よりも遥かに悪質かも知れません。

何故なら、少なくともイスラム過激派は、盲信に基づく行為とは言え、そうする事が神の意志だと信じて行動しているか、しようとしています。それに対し、韓国は、自分たちの残虐な行為の責任は凡て戦争にあると言っているのです。

このような姿勢は、凡ての事に関して「韓国は100%善、他は100%悪」と主張するこれまでの韓国の姿勢と軌を一にするものであり、世界の中でも韓国にしかない特異な考え方です。

しかし、戦争だからと言って、どんなテロ行為も残虐な行為も許される筈はなく、それは戦争の勝者、敗者の如何を問わず、世界の常識と言えましょうが、韓国はそのような常識が通用しない国である事は、いま述べた通りです。

勿論、知らぬ顔をしようが、戦争の名の下に虐殺や強姦を肯定しようが、韓国軍が犯した罪は消えませんし、犯した罪の謝罪と賠償をしないでよい筈はありません。それは、韓国が日本に対し、何度も繰り返し要求してきた事なのですから…。


三毒煩悩の底知れぬ恐ろしさ


しかし、この韓国軍総司令官が言っている事は、ある意味、間違ってはいません。

彼は「虐殺あり、強姦あり、何でもありが、戦争なのだ。それが、正常な人間の人格を狂わせ、殺人兵器に変えてしまう恐ろしい戦争の正体なのだ」と言っているのですが、戦争とは、まさしくそういうものなのです。

ここで私達が忘れてならない事は、この総司令官の言葉に、人類を滅ぼす三毒煩悩の底知れぬ恐ろしさが如実に現れているという事です。

この言葉をさらに延長してゆけば、「原爆によって何十万人の人間が死のうが、細菌兵器によって何百万人の人間を殺そうが構わない。それが戦争なのだから」という結論に到達しますが、これこそまさしく、人類を破滅に導く三毒煩悩の正体と言っていいでしょう。

三毒煩悩がその本性を現す戦争は、人間を狂人に変えてしまう恐ろしい人類殺戮舞台であるからこそ、いかなる事があっても三毒煩悩だけは絶対に封じ込めなければならないのです。

しかし、残念ながら人類は、過去に同じ過ちを何度も繰り返しながら、三毒煩悩を封じる事が出来ずに今日に至っています。と言うより、戦うべき真の相手の正体を、全く分かっていなかったと言った方がいいでしょう。


戦争の真の勝者と敗者


この韓国軍総司令官の証言を見ると、人類の業(自我)の深さ、三毒煩悩の底知れぬ恐ろしさを、嫌と言うほど思い知らされますが、だからと言って、戦争の悲惨さ、三毒煩悩の恐ろしさを、戦争を知らない世代に伝える責任を放棄してよい筈がありません。

二度と愚かな戦争を起こさない為にも、三毒煩悩の恐ろしさを一人でも多くの人々に知ってもらい、その罠にはまらないよう、一人一人が三毒煩悩に勝つ術を身に付けなければなりません。

その為には、過去の戦争において勝利した人たちが、どのような行動をとったかを学ぶ必要があります。

ご承知のように日本は第二次世界大戦で連合国と戦い、敗戦しました。しかし、日本が負けた相手は、アメリカでもイギリスでもフランスでもロシア(旧ソ連)でも中国でもありません。日本が負けた本当の相手は、貪り、怒り、怨み妬み憎しみという三毒煩悩の悪魔と戦って勝利したスリランカや東南アジアの人々です。

彼らこそ、戦争を陰で操っていた三毒煩悩の悪魔を追い払った勝者であり、勇者であり、賢者なのです。

そして、彼らが勝者となり勇者となり賢者と成り得たのは、真の勝者であり勇者であり賢者である釈尊の「怨みは怨みを以ては止まず」という教えを行動で示したからです。

戦争が、人間の奥底に潜む三毒煩悩のなせる業であり、貪り、怒り、怨み妬み憎しみに心を奪われて生きる事がいかに愚かで、身を滅ぼす因になるかを、釈尊の教えを深く信じていた彼らは、誰よりもよく知っていました。だからこそ、日本に対する賠償を放棄し、日本を滅亡の淵から救い出すべく行動したのです。

日本を救ってくれたのは、勿論日本の為でもありますが、そうする事が実は、誰の為でもなく、三毒煩悩の悪魔から自分たちを守る唯一の道である事を、スリランカや東南アジアの人たちは知り抜いていたのです。

しかし、中国と韓国は、いまなおその事に気付かず、三毒煩悩の毒牙にかかって苦しみ続けています。三毒煩悩の呪縛からいまも逃れられない姿は、この両国が決して戦争の勝者ではなく、敗者である事を物語っています。

まさに彼らは、三毒煩悩との戦いに敗れた敗者なのですが、敗れただけならまだ好しとしなければなりません。それで戦いを終わらせる事が出来るからです。

しかし、彼らは敗れただけではなく、今も、これからも三毒煩悩との戦いを強いられ、その呪縛から逃れられずに苦しみ続けなければならないのです。何故なら、三毒煩悩との戦いには終わりがないからです。

勿論、私達も、「目には目、歯には歯」と言わんばかりに、怨みに怨みを返していれば、同じ敗者の仲間入りをしなければなりません。

それだけでなく、彼らとおなじように、三毒煩悩との戦いに引きずり込まれて、身も心も滅ぼさなければならなくなるでしょう。

ネットには、三毒煩悩に魅入られた中国人や韓国人の非難中傷に染まって、彼らと同じように怨み妬み憎しみを抱き、三毒煩悩に魅入られようとしている人が大勢いますが、いかなる場合であっても、三毒煩悩に染まることのないよう、よくよく心して、冷静に対処しなければなりません。

生きている限り、毎日が三毒煩悩との戦いであり、負ければ、やがて身を滅ぶす道が待っているだけです。三毒煩悩の報いに苦しむのは、いまの私達だけで十分です。子や孫にその苦しみを背負わせる訳にはいきません。

合掌

平成25年(2013年)8月3日


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(注1)ベトナム戦争中の1968年3月16日、アメリカ軍兵士が無抵抗の村民504人(男149人、妊婦を含む女183人、乳幼児を含む子ども173人)を無差別射撃などで虐殺した事件。ソンミの虐殺は、ベトナム反戦運動のシンボルとなり、また国外でも大きな批判の声が起こって、アメリカ軍が支持を失うきっかけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注2)ライは、ベトナム語で「混血雑種」を意味する蔑称、ダイハンは「大韓」のベトナム語読みで、ベトナム戦争に派兵された韓国兵と、韓国兵に強姦されたり、強制的に慰安婦とされたベトナム人女性との間に生まれた子供のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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