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怨みは怨みをもっては止まず(1)



何も学んでいない人類


このところ、日本と中国、韓国との関係がぎくしゃくしていますが、その背景に、領土問題を巡る駆け引きや、歴史認識に対する見解の相違がある事は、周知の通りです。

認識の違いがあるのは当然としても、自国に少しでも有利になるようにと、それぞれの国が様々な駆け引きを行い、有った事を無いと言い、無かった事を有ると言う独善的な姿勢を取り続けている限り、真の解決は望めません。

いま大切な事は、感情に流される事なく、冷静になって事実を検証分析し、「有った事は有った。無かった事は無かった」とお互いが確認し、認め合って誤解を解いていく事であり、その勇気と決断が、いま最も求められているのではないかと思います。

今まで人類が繰り返してきた醜い戦争は凡て、人間が背負う業と業、自我と自我のぶつかり合いであり、一旦争いが止んで平和が訪れたとしても、再び眠っていた業が目覚め、自我の刃が抜かれれば、お互いを傷つけ合う戦争の泥沼に沈んでゆかねばなりません。

このような愚かな過ちを、私達は過去に何度繰り返してきた事でしょうか。

「失敗は成功の元」と言いますが、それは、失敗から多くの事を学び、それを活かす智慧を身に付け、二度と同じ失敗を繰り返さないからです。

今まで人類は、失敗の中から多くを学び、様々な発明や発見や経験を積み重ねながら、今日の高度な文明を築いてきました。しかし、それほど高度な文明を築いてきた人類が、何度失敗しても学べない事が一つあります。

それが、まさに業(自我)の刃を鞘に納める方法であり、第一次、第二次の世界大戦をはじめ、数え切れない戦争の歴史を刻んできたにも拘らず、いまなお世界各地で内乱やテロや殺戮が止まないのは、人類が何も学んでいない証拠と言えましょう。

「失敗は成功の元」どころか、人類がしている事は、失敗の上に更に大きな失敗を重ね、失敗の上塗りをしているだけに過ぎません。

業(自我)の刃を鞘に納める方法を全く学んでいない人類に、輝かしい未来などあろう筈がありません。

仏教では、貪り(貪欲)、怒り(瞋恚)、怨み妬み憎しみ(愚痴嫉妬)を、「三毒煩悩」と言って、身を滅ぼす恐ろしい猛毒と説いていますが、まさにいま人類が再び飲もうとしているのが、この「三毒煩悩」の猛毒ではないでしょうか。

菩薩様は、『御法歌』の中で、
  怒りねたみに 愚痴嫉妬
    そんな心で 日を暮らしゃ
    業の毒素で 身がほろぶ
 と詠っておられますが、この恐ろしい猛毒を飲んだ後に待っているのは、まちがいなく身の破滅であり、人類滅亡であり、地球環境の大破壊以外の何ものでもありません。

と言っても、それは決して、遥か彼方の遠い未来の話ではありません。もうすでに、地球温暖化という形で、人類に跳ね返ってきています。

毎年93,000平方qにも及ぶ森林が地球上から消え、永久に溶けないと言われていた永久凍土が溶け出し、そこからメタンガスが放出されて、温暖化を加速させています。

世界各地で頻発している異常気象や大洪水、大地震、大干ばつなど、温暖化の影響と思われる人類を取り巻く危機的状況が、年を追う毎に増大している事は、誰の眼にも明らかでしょう。

「三毒煩悩」の猛毒は、確実に私達の心身をむしばみ、かけがえのない地球環境を破壊し、人類を破滅へと向かわせているのです。人類を滅ぼす獅子身中の虫は、間違いなく増殖しています。

もはやお互いが自我と自我をぶつけ合って争っている余裕などないのです。自我を押し通し、自国の発展の為には、他国を追い落とすことさえ辞さない国家エゴが、自国のみならず、地球全体を危機的状況に陥れている事に、早く目覚めなければなりません。

一刻も早く心の手をつなぎ、危機の打開に向けて力を合わせなければ、必ず後悔するに違いありません。


残念なグレンデール市の対応


そんな状況の中で最近、非常に憂慮すべき出来事がありました。

韓国ソウルの日本大使館前に、従軍慰安婦を象徴する少女の銅像が建てられている事は皆さんもご存じだと思いますが、今年の7月9日、アメリカのカリフォルニア州にあるグレンデール市(注1)で、市内のセントラル・パークに慰安婦像を設置する事の是非を問う採決が行われました。

採決を前に開かれた公聴会に駆け付けた大勢の日系アメリカ人が、従軍慰安婦の真実を訴え、アメリカのABCテレビによれば、意見を述べた人の内、30人の日系アメリカ人が反対意見を述べたのに対し、賛成意見を述べた朝鮮系アメリカ人は、わずか7人だったにも拘らず、市議会議員の採決の結果、4対1で「賛成」が上回ったため、像の設置が決まったそうです。

韓国以外の場所に慰安婦像が設置されるのは、これが初めてですが、反対の一票を投じたのは、グレンデール市のウィーバー現市長でした。

時流に流されず、事実かどうか分からない慰安婦問題(注2)に対し、自己の信念を貫いて反対票を投じた市長には、敬意を表したいと思います。

19万人都市と言えば、10万人以上の人口を擁するアメリカの282都市中、121番目の規模で、日本で言えば、広島県の東広島市(190,043人)、千葉県の八千代市(189,789人)、京都府の宇治市(189,609人)ほどの都市ですが、何故、このグレンデール市に慰安婦像が設置されるようになったのでしょうか。

慰安婦像設置の旗振り役となったのが、前市長のフランク・クィンテロという人物で、市長時代の昨年夏、「旧日本軍の従軍慰安婦は、日本政府に強制された売春だ」と宣言して、毎年7月30日を「南鮮慰安婦の日」に指定して物議をかもしました。

アメリカの地方都市が、韓国を特定した記念日を設ける事自体、甚だ異常ですが、クィンテロ前市長は、更に、日本の教科書に慰安婦記述が減っている事にまで言及して批判したのです。

真相を何も知らない外国の一市長が、他国の歴史教科書の内容にクレームを付けるなど前代未聞の出来事ですが、彼が教科書記述を持ち出したのは、韓国政府の意向に沿ったものである事は、明らかでしょう。

何故クィンテロ前市長は、自分とは縁もゆかりもない韓国政府の意向に沿った発言や行動を取ったのでしょうか。

今年4月14日に韓国を訪問し、クィンテロ氏は大歓迎を受けましたが、彼に同行したのが、グレンデール市の都市開発委員の委員長だった韓国系アメリカ人のイ・チャンヨプという人物でした。

この人物こそ、グレンデール市に慰安婦像を設置する為、クィンテロ元市長に働きかけ、強引に推し進めた人物に他なりませんが、イ・チャンヨプの背後に、韓国政府の意向が働いている事は言うまでもありません。

問題は、何故アルメニア系市議が市議会の過半数を占めるグランデール市を、慰安婦像の設置場所に選んだのかという事です。

恐らく20世紀初頭のアルメニア大虐殺(注3)の記憶から、同じ被害者意識を持つアルメニア系アメリカ人なら、韓国人に同情するだろうという思惑があったのではないかと思います。

と言うのも、アルメニア人は、トルコによって150万人を虐殺された暗黒の歴史を背負っており、今も世界各地に記念碑を設置してトルコを糾弾していますが、その憎むべきトルコは、親日国として有名な国で、エルトゥールル号遭難事件の折、日本人がトルコの乗組員を助け、手厚く看護した事が縁となり、日本とは長い友好関係にあります。

旗振り役となったクィンテロ前市長も、過半数を占める市議会議員も、アルメニア系アメリカ人で、トルコには深い憎しみを持っています。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉がありますが、憎むべきトルコと友好関係にあり、トルコを支援している日本は絶対に許せないという屈折した感情が、心の奥底に沈殿していたとしても不思議ではありません。

アルメニア系アメリカ人が、全米でロサンゼルスに次いで二番目に多く、しかもアルメニア系市議が過半数を占めるゲレンデール市の特殊事情を考えれば、計算高い韓国や韓国系アメリカ人が慰安婦像設置場所としてクレンデール市を選んだ理由がよく分ります。

まさに彼らの思惑通り、過半数を占めるアルメニア系市議の賛成で設置案が採択され、慰安婦像の設置が決まったのですから、韓国と朝鮮系アメリカ人は、してやったりとほくそえんだ事でしょう。


日系アメリカ人への差別


東アジア黙示録』というサイトでは、今回のグレンデール市での慰安婦像設置の問題点を、次のように指摘しています。(一部割愛)

「市議会の過半数(3人)を占めるアルメニア系市議と市長に、韓国系住民(約1万3000人)が働きかけて決めた事案です」

ロサンゼルスの日系紙『日刊サン』が、慰安婦策動を追及するコラムを掲載した。執筆者は、グレンデール在住の後藤英彦氏だ。元時事通信記者で、ロス特派員も歴任したジャーナリストである。

後藤氏は、市議会の過半数を占めるアルメニア系市議が、20世紀初頭のアルメニア大虐殺の記憶から同じ被害者意識で同情したと指摘。像設置で在米邦人に事実確認がされなかったことを批判する。

7月9日の公聴会に100人規模の日系人が集まった背景には、この後藤氏のコラムもあった。地元で暮らす日系人にとって、腐れビッチ像は直接のリスクを与える暗黒の存在だ。

「下劣な先祖を持つ子孫」
 「レイプ魔の子孫」

米国で相次いで設置されるビッチ碑や南鮮プロパガンダの影響で、在米邦人の子供がいじめに遭うケースが問題視されている。グレンデール市や周辺に暮らす邦人子弟が被害を受けることが懸念されるのだ。

これこそ現在進行形の人権侵害である。そして非難される理由が、嘘の物語に基づいたデマなのだ…子供を持つ日系人に限らず、堪え難い事態。いわれなき差別である。

「日本総領事館は建設に反対ではない」

公聴会に駆け付けた日系人に対し、捏造派のグレンデール市議は、そう言い切ったという。ロスの総領事館は、何ら対処せず、市側の動きを傍観していたのだ。職務怠慢では済まされない。

保護対象の在留邦人に迫る危険だ。歴史認識を問答する以前に、差別を助長させる悪質な行為に歯止めをかけなければならない。在米公館が最優先で取り組むべき課題である。

マイク・ホンダ(注4)策動の全盛期、我が国の知識人が慰安婦の真実を訴える新聞広告を出した。ようやく始まった反撃だった。しかし、そうした努力に対し、外務省高官の1人は、こう言い放った。

「今さら強制連行はなかったと主張しても、米国では悪質な言い訳か歴史修正主義と受け取られ、かえって逆効果だ。話を蒸し返さない方がいい」

同じような主張は、今年の橋下騒動でもリピートされた。完全な敗北主義である。だが、今回のグレンデール市ビッチ像をめぐる動きで、外務省高官の主張が、誤っていたことがハッキリした。

慰安婦捏造ストーリーの嘘を切々と訴える日本側の声に、市議会は耳を傾け、暗躍していた南鮮組織は激しく動揺した。反撃は絶対に必要で、決して無駄ではない。

沈黙している季節は終わった。歴史の真実を知る私たち日本人は、絶え間なく、繰り返し、反日国家群の捏造暴言に反撃を与えなければならない。それは21世紀を生きる未来の日本人の為でもある。


無関心こそ最大の敵


日系アメリカ人が置かれている厳しい現実は、遠い日本にいる私たちには、正直言って実感しにくい部分もあります。

しかし、遠くにいても、関心を持つ事は出来ますし、その為に何か出来る事はないかと考える事も、行動を起こす事も出来ます。

ニュージャージー州パリセイズパーク市や、同州ハッケンサック市には、何の根拠もない「20万人の慰安婦」などという記念碑が建てられていますが、日本の政治家も官僚も、そしてわれわれ日本人も、一人一人がこの問題に無関心であってよい筈がありません。

予てより政治に不信感を抱く若者の選挙離れ、政治離れが声高に叫ばれ、その責任がすべて無責任な政治家にあるかのように言われますが、私はそうは思いません。

政治家が無責任であったとしても、その無責任な政治家を送り出したのは、誰あろう私達であり、凡てに無関心な私達自身が、無責任と言って非難する政治家を選んだのです。

「私は選挙に行かなかったから、その人を選んでいない」と言われるかも知れませんが、棄権するのは、その人を間接的に選んでいるのと同じです。

無責任な政治家も、困難な慰安婦問題も、その他、山積する様々な問題も、すべては、何事にも無関心である私達自身にも責任があり、その付けはすべて、私達はおろか子や孫にまで跳ね返ってくるのです。

「そのうち何とかなるだろう。誰かが何とかしてくれるだろう」という無関心が、実は、問題の解決を困難にしている最大の敵である事に早く気づかなければなりません。


慰安婦問題の真実


話が逸れましたが、そもそもいつ頃から、従軍慰安婦問題がこんなに騒がれるようになったのかについて、簡単に触れておきたいと思います。

詳細は『いわゆる従軍慰安婦について 歴史の真実から再考するサイト』やこちらのサイトをご覧いただきたいと思いますが、1983年(昭和58年)、吉田清治という人物が、売名目的の為に、『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』という本を書き、あたかも売春婦にする女性を集める為、韓国の済州島で慰安婦狩りをしたというような事をまことしやかに書いたのが、そもそもの発端でした。

当時の日本軍が、売春をさせる目的で強制的に韓国の女性を集めていたと、あたかも自分が体験したかの如く書いたものですから、日本軍はそんなあくどい事をしていたのかと、韓国や中国が騒ぎ始めたのですが、現代史家の秦郁彦氏やソウル大学の教授が済州島へ行き、そんな事実があったのかどうか、現地調査をしたところ、そんな事実は全くない事が明らかになりました。

1989年に韓国で翻訳された吉田清治の本を読んだ済州新聞の許栄善(ホ・ヨンソン)記者が、強制連行があったのかどうか、現地に行って確かめたところ、やはり吉田証言は全くのデタラメであった事が判明し、また済州島に住む郷土史家の金奉玉(キム・ポンオク)氏も追跡調査しましたが、同じように吉田の本が事実無根であることを確認しています。

本を書いた吉田本人も、その後「あれは、自分が体験したことではなく、本を売る為に、いかにも自分が軍の命令で慰安婦狩りをしたかのように脚色して書いたねつ造に過ぎない」と言って、自分の非を認めました。

勿論、戦前に、公娼制度というものがあったのは事実で、日本だけではなく、韓国にも中国にも、世界のどこの国にもありました。

韓国の歴史ドラマを見ていますと、必ずと言っていいほどキーセンと呼ばれる女性が出てきますが、キーセンというのは、韓国の公娼制度の下で働いていた売春婦で、戦前までは韓国でもそういう公娼制度が国の管理下で認められていたのです。

売春婦になった女性はみな、貧しい家の女子で、朝鮮でも日本でも中国でも、一般庶民はみな、食べるものさえ満足に食べられない極貧の生活を強いられていました。

口減らしと言って、男の子は、丁稚奉公に出されたり、女の子は製紙工場や子守に出されたり、中には、より多くのお金を稼ぐため、やむなく娼婦になった女子も大勢いました。

売春婦として売られる場合、当時のお金で1,000円くらいだったそうですが、そのお金で親や家族を救うため、自ら犠牲になったのです。

当時は、女衒(ぜげん)と言われる人がいて、娼婦にする為に、地方を回って貧しい家の女子を集めていました。

小説家の宮尾登美子さんの父親も、土佐で有名な女衒で、『櫂』『陽暉楼』『寒椿』など、遊郭の娼婦と女衒を扱った小説が多いのは、その為ですが、女衒といっても、女子を食い物にする悪い人間ばかりではなく、貧しさの為に売られてゆく女の子たちの事を憐み、親身になって世話をしてくれる女衒も沢山いたそうです。

いずれにしても、娼婦になりたくて成った女性は一人もいません。高給を稼がなければならないほどの貧しさの中で、みんなやむにやまれず娼婦になったのです。

戦後、日本の郵便局に預けてある貯金を返して欲しいと言って訴訟を起こした文玉珠(ムン・オクス)という韓国女性がいますが、貯金の額は、当時のお金で50,108円でした。

当時、大学卒の初任給が100円で、1,000円あれば、総二階の立派な家が建てられた時代に、50,108円もの貯金があった事を見れば、いかに娼婦という職業が高給を約束されていた職業であったかが分りますが、不思議な事に、訴えている慰安婦の中に、日本人の慰安婦は一人もいません。

それは、貧しい家を救う為、自らの意志で「売春婦」になり、軍によって強制的に売春をさせられていた訳ではない事を、彼女たち自身も周囲の人々もみな知っているからです。

日本の女性だけが、自らの意志で売春をし、韓国や中国の女性たちが、軍の命令で強制的に売春をさせられていたとは道理が通りません。

慰安婦という言葉は英語で、セックス・スレイブ(SexSlave)と訳されていますが、これは「性的奴隷」という意味ですから、韓国や中国の女性たちは、その意志に関係なく、あたかも奴隷の如く、軍によって強制的にセックスを強要されたと言うように受け取られかねません。

事実、そのように受け取られているからこそ、冒頭に述べたように、アメリカのグレンデール市には慰安婦像が設置され、その動きが全米に広がろうとしているのです。

各方面の有識者や心ある人が、当時の記録や様々な証言をもとに調べた結果、軍が強制的に連行して売春をさせたというような事実は全くなかった事が明らかになっているにも拘らず、強制売春という言葉が、公然の事実となって、独り歩きしているのです。


朝日新聞のねつ造記事


吉田清治の書いた本が、全くのデタラメであった事が明らかになったものの、それで問題が収束した訳では勿論ありません。

1990年、大分県に住む主婦で、「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を・百人委員会」の事務局員だった青柳敦子という女性と、在日朝鮮人の宋斗会が韓国に行き、「強制連行された人たち、慰安婦だった人たち、日本を相手に裁判をしませんか。費用は全部私がもってあげます」という内容の原告募集ビラをまきます。しかし、名乗り出る人はいませんでした。

ところが帰国後、徴用された人たちの遺族から国際電話がかかり「やりたい」というので、徴用された人たちの遣族だけで裁判を始めたところ、それをテレビで見ていた元慰安婦の金学順(キム・ハクスン)というおばあさんが「私も出たい」と言ってきたのです。

そして、1991年8月14日、この金学順というおばあさんが、「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌にあるキーセンの検番に売られた」と言って、日本政府を相手に訴訟を起こしたのです。

植村隆という朝日新聞の記者が、金学順さんの事を、世界初のスクープ記事として発表したのは、その3日前でした。

何故訴訟の3日も前にこんなスクープ記事が書けたのかと言えば、金学順さんが加わっていた訴訟の原告組織「太平洋戦争犠牲者遺族会」のリーダー的存在である梁順任(ヤン・スニム)常任理事が、植村記者の妻の母、つまり義母だったからです。

後に、梁順任は、3万人もの慰安婦や遺族から、弁護士費用の名目で、お金をだまし取ったとして詐欺罪で摘発されますが(注5)、植村記者が金学順さんの単独インタビューがとれたのには、そういう裏があったのです。

しかし、この時、植村記者は「母親によってキーセンに売られた」という金学順の証言には全く触れず、ただ「日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち一人が名乗り出た」という事だけを、記事に書いたのです。

何故植村記者は、敢えて「母親によってキーセンに売られた」という事実を隠し、「金学順さんは、日本軍によって強制的に慰安婦にさせられた」と報じたのでしょうか。

それは、「母親によってキーセンに売られた」という事実が明らかになれば、義母の裁判に不利になるからであり、義母の裁判を有利にする為、意図的に報じなかったのです。

真実を伝える事を本分とするマスコミ人として、これほど恥ずべき行為はありませんが、その背景には、スクープを狙う余り、数々のねつ造記事を掲載してきた朝日新聞の構造的欠陥があるのかも知れません。

しかし、問題の本質は、朝日新聞の構造的欠陥だけではありませんでした。

もっと根深い問題は、日本の政治家や官僚の、物事を荒立てないようにという「事なかれ主義」的体質そのものであり、その体質が、その後も日本を苦しめ続ける事になるのです。

金学順さんの提訴、朝日新聞植村記者の事実隠し、そして朝日新聞の「慰安所への軍関与」という捏造記事が掲載される中で、事実関係を十分調査しないまま、1992年1月13日、加藤紘一官房長官が、その四日後の1月17日には、訪韓した宮沢喜一首相が、相次いで「お詫びと反省」を発表して、韓国側に謝罪してしまったのです。

まさに政治家の「事なかれ主義」的体質が露見した象徴的出来事と言っていいでしょうが、一国の総理大臣と官房長官が相次いで謝罪したという事は、国が軍の関与を認めたと受け取られますから、この事実がその後、独り歩きを始めるのは当然でしょう。

この流れは、やがて河野談話へと引き継がれ、日韓の慰安婦問題は、先の見えない長いトンネルに入っていく事になるのです。


平成25年(2013年)7月23日




示されたアメリカの良識


グレンデール市の近くのブエナパーク市でも、韓国系団体によって慰安婦記念碑を立てる動きがあり、今年7月23日19:00(日本時間24日11:00)より ブエナパーク市で、慰安婦記念碑を立てる事の是非をめぐる公聴会が開かれましたが、ブエナパーク市の慰安婦像建立は否決されました。

市側は、市長と市議4名の計5名で、韓国系市議1名が賛成、市長と他の3市議は記念碑については反対で、もっと調べてからいう立場だったようです。

一般からのスピーチは、韓国側6名が賛成、白人1名と日本人1名が反対という、不利な状況でしたが、慰安婦像建立が阻止された経緯について、「なでしこりん」さんのブログには、次のようにコメントされています。


Masanori NishiokaさんとMariko ShimizuさんのFacebookよりシェアします。

アメリカの良識

今日、ブエナパーク市で慰安婦銅像の公聴会がありました。またもや建設の話しです。グレンデール市での評決では嫌な物を見せられたのですが、今日は実に清々しい物を観ました。

今日公聴会があるというのを昨夜、知らされた私は急遽、陳述原稿を書いたのですが満足がいきません。発言の場を他の日本人に譲ろうと会場に入ったのですが、日本人で来たのは5人だけでした。圧倒的な数で韓国人に負けています。

意見陳述が始まりました。韓国人の建設賛成意見が述べられていきます。と、意外なことが起こりました。コラル・パットンさんという白人の発言者が日本弁論に立ってくれたのです。今日集まった日本人の誰のトモダチでもありません。

彼は図書館員でもあり博物館の職員です。実に歴史を良く知っています。思わず息を飲みます。日本側から思わず拍手しよかと。でも、グレンデールで拍手して怒られたのを思いだしました。で、やめ ましたが見事なもんです。

韓国側も必死です。日本側も一人だけですが弁論に立ちました。 第一回目の評決は3対1一人保留です。で、日本側に勝利の判が出たのです。市長以下、

市の公園にこのような物はふさわしくない

と言ってくれたのです。これぞアメリカの良識です。ホッと胸をなで下ろしました。詳しくは明日、読売新聞に出ると思いますので 結果だけお知らせしますね。次は私も発言するつもりです。


傍観者であってはならない


日本には昔から、「反論すればするほど反発されるから、事を荒立てない方がいい」という「事なかれ主義」的な考え方を良しとする風潮がありますが、現実はむしろその反対で、相手が不誠実な態度で臨んでくる時、こちらは正々堂々と正論を以て立ち向かわなければ道は開けないし、誠意を以て立ち向かえば必ず道が開けることを、今回のブエナパーク市の事案は教えていると思います。

そもそも、慰安婦問題の混乱を長引かせている原因は、加藤紘一官房長官、宮沢首相の相次ぐ「お詫びと反省」、そして河野官房長官の「河野談話」で明らかなった政治家や官僚の「事なかれ主義」的判断にあります。

事を荒立てない方がよいという思い込みが、「何を言っても日本人には通用する」という誤ったメッセージを与えてしまい、その付けをいま私達は払わされているのです。

勿論、時と場合によっては、事を荒立てない方が良い場合もあるでしょうが、慰安婦問題に限っていえば、いまはもうそんな悠長な事を言っている段階ではありません。

右派とか左派とか、そんな事で言い争っている場合ではなく、いま声をあげなければ、末代までも禍根を残すであろう事は、火を見るよりも明らかです。

黙っていればいるほど、放置すればするほど、日本人は極悪非道の民族という烙印を押され、子々孫々までも汚名を着せられて生きなければならなくなるのです。

勿論、今の状況を招いたのは、そのような政治家や、記事をねつ造する事もいとわない朝日新聞

など、一部マスコミの暴走を止められなかった私達の責任なのですが、もはや政治家や官僚だけに任せておける問題ではありません。子々孫々の命運は、私達一人一人にゆだねられていると言っても過言ではないでしょう。

正しい事を主張するのに臆する必要はありません。「有った事は有った。無かった事は無かった」と、正々堂々と主張する事が、道を打開する唯一の道である事を、私達はもう一度再認識しなければなりません。

なお下の動画は、慰安婦問題の真実について、谷山雄二朗氏が語っておられるYoutubeの動画です。「慰安婦問題の何が問題なのか」を、様々な資料や証言に基づいて述べておられますので、50分余りの動画ですが、是非一度ご覧頂きたいと思います。


合掌

平成25年(2013年)8月16日


怨みは怨みをもっては止まず(1)
怨みは怨みをもっては止まず(2)
怨みは怨みをもっては止まず(3)
怨みは怨みをもっては止まず(4)
怨みは怨みをもっては止まず(5)
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(注1)グレンデール市は、カリフォルニア州南部のロサンゼルス郡にある人口19万1700人余りの都市で、ロサンゼルス郡では、ロサンゼルス、ロングビーチに次いで三番目に大きな都市である。市議会議員は5名で、市長は5名の中から選ばれる。
グレンデール市には、53,860人のアルメニア系住民が住んでおり、これはロサンゼルスに次いで全米で2番目に多い数であり、グレンデール市の総人口の27.6パーセントを占めている。

 

 

(注2)旧日本軍が強制的に売春をさせていたのか否かを巡って、日韓間で争われている問題。

 

 

 

 

慰安婦像の旗振り役となった
フランク・クィンテロ前市長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注3)1915年から17年にかけて、オスマントルコの少数民族であったアルメニア人約150万人がトルコ軍に虐殺された事件。
アルメニア人は、この惨劇を記憶に留めようと、世界139ヵ所(米国21ヵ所、フランス35ヵ所、アルメニア25ヵ所など)に記念碑を建て、トルコを弾劾している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注4)祖父母が熊本県出身の 日系三世。日本名は本田実。
2007年、彼は、慰安婦の強制連行に対する日本政府の正式な謝罪要求決議案を米下院に提出し可決された。
しかし、慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議案が採択された2007年から2010年にかけ、アメリカの上下院議員中、韓国系から最も多額の政治資金を集めた議員であった事が発覚した。
またホンダが受けた献金のうち人数で21%、金額で30%が中国系からのものである事も明らかになり、ホンダ議員の日本に関する一連の行動の裏に、韓国、中国から多額の献金が動いている事が明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注5)植村記者の義母である梁順任は、「太平洋戦争犠牲者遺族会」「民間請求権訴訟団」など各種団体を組織し、「動員犠牲者でなくても当時を生きた者なら誰でも補償を受け取れる」などと嘘を言って会員を募集していた。
2011年5月、ソウル市警察当局から、日本統治時代の戦時動員被害者に対し、日本政府などから補償金を受け取ってやるといって弁護士費用などの名目で、会費15億ウォン(約1億2千万円)をだまし取っていたとして、団体幹部など39人と共に、詐欺罪の疑いで摘発される。被害者は3万人に上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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