桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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幸せの発信源



ジョンさんの名古屋日記


以前、名古屋の或る新聞に、「ジョンさんの名古屋日記」と題する、次のようなコラムが掲載されていました。

今日も一日が終った。駅から地下鉄がいいか、タクシーがいいかと悩んでました。

ここでケチるよりタクシーに乗ったら、子供が寝る前に少し絵本を一緒に読める!と思ってタクシーに乗り込みました。

運転手さんに行き先を告げると「お客さん、お疲れさんでした。このおしぼり、よかったら使ってください」と、温かいおしぼりをくれました。

聞くと運転手さん独自のサービス。僕が手をふいて、ついでに顔もふいて、タオルのせっけんのいい香りでゆったりした気分になったら、「お客さん、キャンディーはいかがですか?」って言われてビックリ!

すごいサービスと喜んでいると「お客さんにはこのタクシーをファーストクラスの気分で乗ってもらうのが私のモットーなんです」と言いました。

まさに僕はファーストクラスのように、後ろの二人分の座席のど真ん中に、余裕たっぷりにどんと座っていました。

そう言われてみると、こうやって一人で乗る機会が多いけど、タクシーで飛行機のファーストクラスの気分にさせてくれたのは初めてだ!と思いました。

僕はその運転手さんといろいろ話しました。運転手さんはこの仕事を始めて今年で三年目。

「最初の一年目は他県から来たばかりで、お客さんの方がよっぽど道に詳しくて、この後どうすればいいでしょう?なんて聞いてると、お金を払ってくれなかったり、怒鳴られたり。自然に、どうしてこんなお客にサービスしなくてはいけない?と憤慨して、毎日後ろに座ってるのはジャガイモだ」と思いながら仕事をしていたそうです。

「二年目のある日、同じようにおばちゃんがおれを止めました。歩道には見送りの人がたくさんいて、おばちゃんは花束を持ってうれしそうだった。でも暇なおばちゃんの井戸端会議だったんだろう、くらいにしかその人のことを思ってなかった。
 後ろで気分良さそうに『あー楽しかった、今日はみんなが私を祝ってくれたの』と言っても無視してたし、行き先の道も分からなかったけど、取りあえず走り出した。
 その時おれも前のお客さんにしかられてイライラしていたので、きつく当たってしまったんですよ」

そうしたら「運転手さん、止めてください。私はここで降ります。あなたがこんなに私に不快感をあたえるならもう結構です。私は今日人生でとても最高の日だったのに、帰りのタクシーがこんなだったら台無しになりますので。
 最後に言わせてください。あなたがお客さんを迎え入れるとき、そんな態度だったらお客さんは怒って、降りてからも会った人に不快感を与えます。せっかくいろんな方を乗せるのだったら、一言温かい言葉をかけ気分よく乗ってもらえば、お客さんも降りて次に会う人に、幸せな気持ちで接します。それはどんどんほかに広がっていくのです。そういうこと考えたことありますか!」と言って降りていったそうです。

その日から、運転手さんは自分が不快感の発信源だと気付いて、
 「お客さんを幸せな気持ちにして、行き先までとどけてあげようと、言葉、おしぼり、キャンディーといろいろ試してみたんだ。すると不思議だね。みんな優しいんだよ。それからおれは計算してね、一日四十人平均乗せてその人が三十人に会うとしたら千二百人に幸せな気持ちを広げてる。そう思ったら、急にこの仕事に誇りを感じたし、毎日楽しくてね!」と言いました。

あっと言う間に家に着き、不思議にその日の疲れも飛んで、ハッピーな気持ちで家のドアを開けました。

帰るとかわいい子供がパジャマで迎えてくれ、運転手さんにもらったハッピーな気持ちで、子供と楽しい時間を過ごすことができました。


幸せの発信源となって


このタクシーの運転手さんは、お客さんから、お金を払ってもらえなかったり、怒鳴られたりして、今までさんざん嫌な思いをしてきた為に、いつの間にか、つっけんどんな態度を取ったり、無視したりして、お客さんに不愉快な気持ちを抱かせてしまっていたのです。

ところが、たまたま乗せた一人の女性から、被害者だと思っていた自分が、知らず知らずの内に、不愉快の発信源となって、お客さまに嫌な思いをさせていた事に気付かされたのです。

それまでは、タクシーの運転手という仕事に、喜びも誇りも感じた事などなかったし、笑顔も忘れていた運転手さんでしたが、その女性の言葉をきっかけに心を入れ替え、自分独自のサービスを始めたところ、お客さんに大変喜ばれるようになり、運転手という仕事に誇りまで持てるようになったのです。

このサービスは、「自分の車に乗ってくれたお客さんを、嫌な気分にさせては申し訳ない。一人でも多くの人に、幸せな気持ちになって帰ってもらいたい」という、運転手さんの真心から出たおもてなしですが、いまもこの運転手さんの真心は、きっと幸せの輪となって広がっているに違いありません。

私達は毎日、家庭や職場や学校や、電車やバスやタクシーや、地域の行事や近所の集まりなど、ありとあらゆる場所で、多くの人々と接し、言葉を交わし、視線を合わせ、色々な思いを抱きながら、暮らしています。

そんな暮らしの中で、何気なく発した言葉や態度が、相手の心を傷つけているのに、気付かないまま過ごしている事も多々あるのではないかと思いますが、幸せの発信源にはなっても、不幸の発信源になることのないよう、心がけたいものです。


無財の七施


幸せの輪を広げると言っても、特別な事をする必要はありません。勿論、お金も名誉も地位も権力も名声も、一切必要ありません。

「自分と接する人に、幸せな気持ちになって欲しい」という真心と笑顔と暖かい気持ちさえあれば、いつでも、どこでも、誰でも、幸せの輪を広げる事が出来るのです。

昔から、「無財の七施(むざいのしちせ)」と言われている真心の施しも、幸せの輪を広げる手立ての一つです。

1、眼施(げんせ) やさしい眼差しで人に接すること。
 2、和顔施(わがんせ) にこやかな笑顔で人に接すること。
 3、愛語施(あいごせ) やさしい言葉で人に接すること。
 4、身施(しんせ) 荷物を持ってあげるなど、自分の体でできる奉仕をすること。
 5、心施(しんせ) 人の気持ちを思いやり、心をくばってあげること。
 6、床座施(しょうざせ) 席や場所を譲ってあげること。
 7、房舎施(ぼうしゃせ) 自分の家を提供してあげること。

以前、電車に乗った時の事です。或る高校の男子生徒が数人、座席に座って、携帯電話をいじりながら友達同士で話をしていました。そこへ一人のおじいさんが乗ってきたのです。すると、一人の男子生徒が、おじいさんの姿を見るや、すぐに席を立ち、「おじいちゃん、こっちへおいで」と言って、何のためらいもなく、おじいさんに席を譲ってあげたのです。

この高校生は、そうする事が当たり前であるかのように、席を譲った後も、立ったまま友達と楽しそうに会話をしていましたが、彼は、知らず知らずの内に、無財の七施の一つ、床座施を実践していたのです。

席を譲ってもらったおじいさんは、きっと暖かな気持ちになって帰っていったに違いありませんが、男の子が投げかけた幸せの輪は、その光景を眺めていた私や周りの人たちの心にも波紋となって広がり、みんなを幸せな気持ちにしてくれたのです。

四国には、善根宿と言って、お遍路さんを泊めてあげたり、休憩場所を提供したりする、四国八十八ヶ所霊場ならではのお接待が今も残っています。

私も四国遍路に行った折、善根宿のお接待を受けましたが、四国の人々が守り伝えてきた房舎施の心が、いまも幸せの輪となって広がり続けているのは、嬉しい限りです。

世知辛くなったと言われる世の中ですが、こうして名もない人々が投げかけた幸せの輪、真心の輪が、波紋となって広がり、周囲の人々の心に喜びや幸せを運んでくれているのを見ると、幸せの発信源の一つになりたいという思いが、私の心にも湧いてくるのです。

合掌

平成25年1月24日

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