桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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信じる者は救われるか?(5)

― オウム事件から見えてきたもの ―



Oさんの試練


Eさん、Kさんのお母さん、そしてFさんの次女のK子さんが、菩薩様のお言葉の真実性を証明して下さったのは、亡くなられてからですが、生きている内にその事を証明して下さったのが、高知県室戸市にお住まいのご同行、 Oさんです。

Oさんが初めて菩薩様に会われたのは、昭和59年でした。菩薩様が四国へ行かれた時に、ちょうど御厨窟(みくろど)のご案内所でご接待しておられたOさんに、『救済』誌をご接待なさったのが、きっかけでした。御厨窟

その当時、ご主人が脳挫傷で大怪我をされて働くことが出来ず、大変辛く苦しい日々を送っておられたOさんですが、その二年後の昭和61年12月の納め大師に、ご主人と二人で摘まれた水仙の花を、初めてお大師様の御宝前にお供えして下さいました。

その時に、菩薩様がOさんに贈られた歌が、
  春待つ日 室戸の香りそのままに
    大師に捧ぐ 真心の水仙(はな)
 という歌ですが、「春待つ日」というのは、Oさんが真心を成就し、救われてみ仏の下へ帰ってくる日を待っていますよという意味だと、菩薩様はおっしゃっておられました。

その後、様々な試練がOさんに降りかかり、老人性認知症になられた高齢のお姑さんの介護では、体力の限界を超え、疲労のため、一時は失明の危機に直面されました。

菩薩様はよく、「み仏は、病む人間より、病まれる人間に覚醒を促しておられるのだから、病まれる人間が目を覚まさなければいけない」とおっしゃっておられましたが、Oさんは、菩薩様の教えを深く信じ、「お母さんが私に苦労させているのではなく、私が罪深いためにお母さんにご苦労をかけているんだ。申し訳ありません」と、心の中でお母さんに御懺悔され、真心の介護を尽くされました。

いま思えば、菩薩様は、Oさんに降りかかる数々の試練を前もって見通された上で、この歌を送られたのではないでしょうか。

「この歌を、心の灯火として、これからやって来るであろう試練を乗り越えなさい。自分の歩んでゆく道を、この真心の歌を通じて、照らしていきなさい」と、Oさんに教えておられたのかも知れません。


思いもよらぬ突然の訃報


ところが、もうこれでOさんは、真心を成就なさったに違いないと、誰もが思っていた矢先、最愛のご主人の交通事故死という、人生最大の試練が、Oさんに降りかかってきたのです。

平成16年3月18日と言えば、高野山法徳寺ご開創のわずか一ヶ月前ですから、きっと大阪にお住まいの姉のKさんと一緒に帰るのを楽しみにしておられたに違いありません。(写真向かって左側Oさん、右側Kさんご姉妹)

その矢先に、Oさんにとって人生最大の試練が、何の前触れもなく突然襲ってきたのですから、その試練がいかに越えがたい試練であるかは、想像に難くありません。

恐らく、普通の人ではとても乗り越えられなかったでしょう。それどころか、長年培ってきた信仰を捨てていたに違いありません。

ご主人を跳ねた加害者の運転手を責め、お大師様、菩薩様を仇に思い、今まで培ってきた信仰を捨ててしまっても無理はありません。

しかし、Oさんの心の中には、菩薩様から送られたあの歌がしっかりと刻まれていました。
  春待つ日 室戸の香りそのままに
    大師に捧ぐ 真心の水仙

お通夜当日、ご家族やご親族が見守る中、Oさんは、弔問にきた加害者の肩を優しく撫で、その心をいたわり、真心で包まれたのです。

その感動的な光景は、地元の新聞にも掲載されて、多くの読者の感動を誘いましたが、何故Oさんは、そこまで出来たのでしょうか。

勿論、Oさんが、様々な試練の中で培ってきた真心と、お大師様、菩薩様に対する不動の信心があったからである事は言うまでもありません。

菩薩様がおっしゃった、「お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」という教えを、Oさんが身を以て実践なさったからこそ、超え難き試練を越える事が出来たのです。

しかし、それだけではない何かが、Oさんを守っていたのではないでしょうか。それは、

「みんな幸せになる。みんな私のところへ来る事に決まっている」
 「先に高野山法徳寺へ行き、みんなが帰ってくるのを待っている」

という菩薩様のお言葉です。

Oさんは、「試練の荒波を乗り越えて(その1)」の中で、

しかし、病院の廊下で泣きじゃくる私を、お大師様、菩薩様は、その慈悲の御手で、しっかり抱き締めて下さっていたに違いありません。

そのお陰で、主人の死を知り、泣き崩れる加害者の若い運転手さんと会社の社長さんを前にして「主人は寿命だったと思います。辛い思いをさせてしまって御免なさいね」という労わりの言葉が、自然に湧いてきたのです。そして、若い運転手さんのこれからを思いやる心が込み上げてきて、手が自然とその背中を擦っていたのです。

不思議でした。私の心が本当に安らかなのです。

「お大師様、菩薩様に守られて、魂が救われているという事はこういう事なのだ。こんな辛い時でも、こんなに安らかな気持ちで居られるのだ」という事を、身を以て体験させて頂きました。

と書いておられますが、Oさんの言葉は、その時、奇跡が起こった事を、ハッキリ物語っています。

奇跡とは、「普通では起こりえないような事が起こること」ですが、Oさんの立場に立たされれば、普通は、誰でも、相手を責め、罵倒し、蔑む言葉を口にします。

それが当たり前で、そういう態度を取ったからと言って、誰かに避難される事はありません。

しかし、Oさんは、加害者を責めるどころか、その背中を擦りながら、労わりの言葉をなげかけるという、普通の人から言えば、到底ありえない行動を取られたのです。

それは、まさに、菩薩様の大慈悲心と、Oさんの信心とが一つになり、加持感応の妙(奇跡)が起きた瞬間ですが、もしこの時、奇跡が起きていなければ、Oさんは、その一ヵ月後にひかえる高野山法徳寺のご開創には参列しておられなかったと思います。

何故なら、加害者への憎しみや怒りの心は、やがてお大師様、菩薩様への憎しみと怒りに変わり、お大師様、菩薩様の下へ帰郷することなど、不可能だからです。

しかし、「先に高野山法徳寺へ行き、みんなが帰ってくるのを待っている」「みんな幸せになる。みんな私のところへ来る事に決まっている」という菩薩様のお言葉に、嘘偽りはありませんでした。

Oさんは、常人であれば、とても乗り越えられない人生究極の試練を、お大師様、菩薩様のお守りによって、見事乗り越えられたのです。菩薩様は、いかなる試練が与えられても、必ず高野山法徳寺へ帰れる事を、Oさんを守り導く事によって、証明されたのです。


真心を成就した証


しかし、菩薩様のお計らいは、これだけではありませんでした。高野山法徳寺発足の日、ご主人の交通事故死という人生最大の試練を乗り越え、真心を成就して帰郷されたOさんのため、菩薩様は、思いもよらぬ証を用意して待っていて下さったのです。

高野山法徳寺が発足する約4ヶ月前の平成15年12月21日の納め大師が、当時住職を勤めていた奈良県桜井市の法楽寺での最後の法要となり、その日に御奉納して下さった水仙の花が、Oさんとご主人が、奉納して下さった最後の水仙となったのですが、ご同行のYさんとHさんのご姉妹が、「18年間も欠かさずご奉納して下さった最後の水仙だから、この綺麗な姿をいつまでも残しておきたいね」と相談され、水仙の押し花を作られたのです。

そして、額に入れた押し花を、Oさんに手渡すため、高野山法徳寺発足の当日、持って来られたのですが、この水仙の押し花こそ、菩薩様が、真心を成就した証としてOさんに渡すため、Yさん、Hさん姉妹に造らせたプレゼントだったのです。

勿論、押し花を作ったYさん、Hさん姉妹は、Oさんがご主人の交通事故死を乗り越えて帰郷しておられるとは知る由もなく、Kさん、Oさん姉妹も、Yさん、Hさん姉妹が、最後の水仙を押し花にして持ってきておられるとは、夢にも思っていません。

当日、これが、通力によってなされた菩薩様のお計らいである事を知った時の両姉妹の驚きは、言うまでもありません。

こうして、普通なら数日で枯れていたはずの水仙の花が、枯れない押し花に生まれ変わってOさんの元へ帰ってきたのですが、これこそ、菩薩様がOさんの為に用意された、真心の水仙でした。

「これでもう、あなたの真心の水仙は枯れませんよ。これからは、その真心の水仙で、もっと多くの人々の傷ついた心を癒してあげて下さい。それが、あなたの使命なのですよ」

こうして、Oさんもまた、「みんな幸せになる。みんな私のところへ来る事に決まっている」という菩薩様のお言葉に嘘偽りのない事を、証明して下さったのです。


証さえも必要ない菩薩様のお言葉


今まで、ご同行の皆さんの体験談を通して、菩薩様のお言葉に嘘偽りがない事をお話してきましたが、実を言いますと、菩薩様を信じ切るという観点から言えば、いままでお話してきた様々な証は、必要ないと言ってもいいでしょう。

何故なら、「みんな幸せになる。みんな私のところへ来る事に決まっている」という言葉は、菩薩様が自らおっしゃったお言葉だからです。

菩薩様はよく、
  空海の 心の内に咲く花は
    弥陀よりほかに 知る人ぞなし
 という歌に触れられ、「私の心はこれです。これが全てです。私は弘法大師とは言わないけれども、弘法大師と一体ですよ」とおっしゃっておられました。

つまり、お大師様と不二一体となられた菩薩様が、自らそうおっしゃっておられるのですから、もうその言葉だけで十分なのです。

生き仏と成られた菩薩様が、「私は弘法大師と一体です」とおっしゃっておられるのですから、その言葉に嘘偽りはありません。

もし、この言葉が信じ切れなければ、たとえ私がどんな証を示したところで、やはり信じ切れないでしょう。信じ切るという事は、菩薩様の言葉を信じ切るという事ですから、その菩薩様のお言葉が信じられなければ、いくら私が証を示しても、信じ切れるものではありません。

菩薩様のお言葉は、云うならばお経です。お釈迦様のお言葉を集めたのが、経典ですが、菩薩様が残していかれた言葉もお経です。

勿論、「みんな幸せになる。私の元へ帰って来る事に決まっている」というお言葉も、「私は弘法大師と一体である」というお言葉も、みなお経です。

そのお言葉を信じるのに、証など必要ないのです。様々な経典に書かれたお釈迦様のお言葉を信じるのに、証の有無が必要なら、経典を信じられる人など一人もいないでしょう。経典に書かれている事は、証があるから信じられ、証がないから信じられないのではなく、お釈迦様のお言葉だという大前提があるから信じられるのです。

大切なのは、お釈迦様のお言葉であるか否かであり、証があるかないかではありません。そして、経典は、お釈迦様のお言葉なのですから、信じ切れるのです。

それと同じように、私が幾ら証拠を挙げて皆さんに説明しても、それによって、お大師様、菩薩様が生き仏である事や、菩薩様のお言葉の信憑性が高まるものでは、決してありません。

菩薩様が仰ったお言葉だから、嘘偽りなどあろう筈がありません。ですから、大切なのは、菩薩様のお言葉を信じ切れるか否かです。

私が様々な例を挙げて、菩薩様のお言葉の信憑性を力説したところで、それによって菩薩様のお言葉の信憑性が高まる訳ではありません。菩薩様がおっしゃったお言葉が絶対なのですから、そのお言葉が信じられなければ、何も信じられないという事です。


菩薩様と昭和天皇の違い


先に、オウムの麻原教祖と昭和天皇の違いについてお話しました。

麻原教祖は「信者が勝手にやった事で、私には責任がありません。私は無罪です」と証言して、全ての責任を信者に負わせようとしたのに対し、昭和天皇は「私に全責任があります。国民に責任はありません」とおっしゃって、自らその責任を負おうとされました。

菩薩様も、そのお言葉に嘘偽りはなく、おっしゃった事に対し全責任を負ってくださるという意味では、昭和天皇と同じです。

しかし、実は、すこし違うところがあるのです。

昭和天皇も菩薩様も、全責任を負って下さる点では変わりありませんが、昭和天皇は、あくまでも人間です。人間は、間違いを犯します。昭和天皇も人間である以上、間違いを犯されます。

そして、天皇は、間違いを犯したと思われたから、マッカーサー元帥を訪ね、「戦争責任はすべて私にあります。国民にはありません」と言って、責任を負う覚悟を示されたのです。

それに対し、菩薩様が私達に対して全責任を取って下さるのは、間違いや失敗を犯す恐れがあるから、その時は責任を取りますという意味ではありません。

菩薩様は、お大師様と不二一体の生き仏となられたお方ですから、間違いを犯す事は絶対にありません。

では菩薩様が全責任を負って下さるとはどういう意味かと言いますと、菩薩様がおっしゃった言葉に嘘偽りはないという意味です。

ですから、「みんな幸せになる。私の元へ帰って来る事に決まっている」とおっしゃった言葉に間違いがあれば、その時は全責任を負いますという意味ではありません。

「この言葉には、間違いも狂いもありません。だから、私の言葉を信じ切って従いなさい」という意味です。

つまり、救いを求めて菩薩様の懐に飛び込む者には、必ず救いの御手が差し延べられる事に間違いはないという事です。「みんな幸せになる。私の元へ帰って来る事に決まっている」とおっしゃった言葉に、嘘偽りはないという事です。

この言葉に嘘偽りがない事は、いままで様々な事例をあげてお話してきたとおりですが、何度も言っているように、私が様々な事例をあげたから、菩薩様のお言葉の信憑性が高まり、証がないから、信憑性が低くなるというものではありません。

証があろうがなかろうが、菩薩様のお言葉に嘘偽りはないのです。ですから、お言葉を信じ切って、すべてをお任せすればよいのです。

合掌

信じる者は救われるか?(1)ーオウム事件から見えてきたもの
信じる者は救われるか?(2)ーオウム事件から見えてきたもの
信じる者は救われるか?(3)ーオウム事件から見えてきたもの
信じる者は救われるか?(4)ーオウム事件から見えてきたもの
信じる者は救われるか?(5)ーオウム事件から見えてきたもの
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