桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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信じる者は救われるか?(3)

― オウム事件から見えてきたもの ―



菩薩様のお言葉


信じる者は救われるのか(1)」「信じる者は救われるのか(2)」において、数々の無差別テロ事件を主導してきたオウム真理教の麻原教祖は、多くの信者を欺き、その信頼を裏切った、全く信じるに値しない人物である事を詳しくお話してきましたが、これをお読みいただいた皆さんから、「法徳寺の御本尊である菩薩様(普門法舟大菩薩様)は、信じるに値するお方なのですか?」というご質問を頂きましたので、その事についてお話させて頂きたいと思います。

と言いましても、二つの難題がございます。

一つは、かく言う私自身が、菩薩様の真相をどこまで分っているかと問われれば、恥ずかしながら、忸怩たる思いを禁じえない事です。

もう一つは、私がいくら千語万語を費やしてご説明しても、結局のところ、皆さん一人一人に、自ら体験を通して、菩薩様の真相に触れて頂く以外にはないという事です。

しかし、それでは話が先に進みませんので、皆さんが私の話を、それぞれの眼で厳しく精査して下さるであろう事を前提として、話を進めていきたいと思います。

菩薩様は、平成2年4月13日、御年71歳を以て御入定(注1)なさいましたが、御入定されるに当り、おっしゃったお言葉があります。

「先に高野山法徳寺へ行き、みんなが帰ってくるのを待つ」

高野山法徳寺が山梨の聖地に開創されたのは、平成16年4月13日ですから、その14年も前におっしゃったお言葉です。

当時はまだ高野山法徳寺ご開創の聖地はおろか、果たして高野山法徳寺の開創が実現するか否かさえ分らなかった時ですから、普通では言えない言葉ですが、生き仏となられた菩薩様には、14年後に開創される高野山法徳寺の威容がハッキリ見えていたに違いありません。

さらに『心に思いしこと』という文章の中で、おっしゃっておられるのが、次のお言葉です。

「みんな幸せになる。みんな私のところへ来る事に決まっている」

お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様がおっしゃっておられる「私のところ」とは、言うまでもなく、高野山法徳寺です。

生き仏様が居られる高野山法徳寺は、この地上に開創された魂のふるさと(極楽浄土)に他なりませんから、この二つのお言葉は、菩薩様とご縁を結ばせて頂いた私たちが、魂のふるさとである高野山法徳寺へ必ず帰らせていただける事を、前もって私たちに約束して下さったお言葉と言っていいでしょう。

このお言葉が真実か否かは、皆さんがそれぞれの体験を通して確かめていただく以外にはありませんが、このお言葉に嘘偽りのない事を証明して下さったお方が、過去に何人もおられますので、その方々の体験談を交えながら、菩薩様が信じるに値するお方か否かについて、お話したいと思います。


ご同行のEさんが救われていた証


一人目は、和歌山県海南市のご同行、Eさん(写真前列向かって左側)です。

Eさんは、15年余り前の平成9年3月28日に亡くなられましたが、平成9年と言えば、菩薩様が御入定なさって7年後、高野山法徳寺が開創される7年前で、当時、私達は、奈良県桜井市の法楽寺というお寺で、法徳寺開創に向けての準備を進めておりました。

Eさんは、お大師様、菩薩様を篤く信仰されたお方で、私が法楽寺の住職となった昭和59年末から、最後のお参りとなった平成9年1月21日までの13年間、月参りを欠かされた事がありませんでした。

ただ一度、脱臼の検査のため入院しておられた時だけは、どうしても来れませんでしたが、お参りできなかったのは、その時一度だけで、それ以外は、毎月欠かさずに、海南から桜井まで足を運んでおられました。

一口に13年間と言いますが、お参りの日が、いつも好天に恵まれていた訳ではありません。台風に見舞われ、暴風雨が吹き荒れる中をお参りされた事もあれば、冬の木枯らしが吹きつける中を、50ccのミニバイクにまたがり、お参りされた事もありました。また、風邪を引いて熱があるのに、お参りされた時もあれば、脱臼で痛い足を引きずりながら、お参りされた時もありました。

月参りの回数では、Eさんの右に出るお方は一人もいませんでした。そんなお方だから、誰よりもご利益を頂かれていい筈ですが、Eさんは晩年、卵巣癌を患われ、摘出手術はしたものの、抗癌剤の治療を拒み、癌を持ったまま、癌と共に生き抜かれました。

このような場合、世間の皆さんが考えるご利益とは、奇蹟が起こって癌が治る事をいうのでしょうが、その点から言えば、Eさんには、何のご利益もなかったかのように見えます。癌も治らなかったし、癌を持ったまま旅立たれたのですから…。

しかし、大切なのは、Eさんの心(魂)が救われていたかどうか、という事です。

或る日、知り合いの女性が、Eさんの所へお見舞いに行かれ、「Eさん、あんた、13年間も法楽寺へお参りしていたのに、こんな病気になってなあ。これで何か美味しいものでも買って食べて」とおっしゃったそうです。このお方は、不治の病が治ったり、動かなかった手足が動くようになる事が、ご利益だと思っておられたのでしょうね。

Eさんは、「あなた、まだそんな事を考えてるの。悪いけど、そのお見舞い、持って帰って」と、厳しい口調でおっしゃったそうですが、Eさんは、きっとこう言いたかったに違いありません。

「そんな事じゃないのよ。私がこの病気を頂いたのは、家族や親戚を救うためなの。その為に頂いている行なの。私の心はもう救われているのよ。どうしてその事を分かってくれないの」

Eさんの厳しい言葉で、その方も思い違いに気付かれたのでしょう。「Eさん、悪かったねえ。あんた、みんなの為にご苦労してくれているのになあ」と言うと、Eさんは、嬉しそうな顔をして、「ありがとう。喜んでそのお見舞い、いただくわ」と、おっしゃったそうです。


龍に生まれ変わったEさん


こうして、Eさんは、癌を持ったまま、癌と共に生き抜かれて旅立たれましたが、大切なのは、その後Eさんの魂はどうなったのかという事です。

実は大阪市のご同行、Kさん(下の写真向かって右側)が、Eさんが亡くなる三日前の平成9年3月25日に、不思議な夢をご覧になったのです。

Kさんのお話によれば、小さな龍が、Kさんから見て、右の方から左の方へ大空高く昇っていったそうです。方角は、北の方角だったそうですが、龍のお腹を見ると柿色をしていたので、Kさんは「あの龍は、お腹が柿色をしているから、女(雌)の龍だわ」と思われたそうです。

その三日後、Eさんが亡くなられ、その事をKさんにお知らせしたところ、Kさんはすぐに、「三日前の夢に見たあの小さな龍はEさんだったのだ」と、直感されたそうですが、私もKさんがご覧になった夢の話を聞き、「龍はEさんに間違いない」と確信いたしました。

昔から、人間の魂は、亡くなる三日ほど前に肉体から離れると言われていますが、Eさんが亡くなる三日前に龍の夢をご覧になったKさんは、「あの龍はEさんに間違いない。Eさんは龍に生まれ変わって、天に昇っていったのだ」と悟られたのです。

その龍は、Kさんから見て、右の方から左の方へ大空高く昇ってゆき、しかも北の方角へ飛んでいったそうですが、Eさんは一体どこに向かって飛んでいったのでしょうか。

大阪にお住まいのKさんから、Eさんの家がある海南市の方を見て、右から左の方角で、しかも北の方角と言えば、北東の方角、つまり高野山法徳寺が開創された山梨県の方角に当たります。

勿論、当時はまだ開創の聖地すら見つかっていない時でしたから、山梨県に向かって飛んでいったとは考えもしませんでしたが、いまになって思えば、龍に生まれ変わったEさんは、菩薩様が待つ高野山法徳寺開創の聖地に向かって飛んでいったに違いありません。


聖地の夢をご覧になったKさん


皆さんの中には「Eさんが龍に生まれ変わったというのは、Kさんが見た只の夢に過ぎない。だから、実際にEさんが龍に生まれ変わったかどうかは分らないし、仮に龍に生まれ変わった事が真実だとしても、その事にどんな意味があるのか」と思われる方がいるかも知れませんが、勿論これは只の夢に過ぎません。

しかし、今までKさんは、法徳寺が開創される過程で、様々な夢をご覧になり、それらの夢がみな正夢であった事が証明されているのです。

例えば、平成2年1月10日に桜井の法楽寺へお参りされ、「1月8日に、不思議な夢を見せて頂いたんです」と言って、お話して下さったのが、法徳寺ご開創の聖地に仏像を運んでいかれた夢でした。

私は、法衣を着ていました。他にも法衣を着た人たちが何人かいました。その人たちと一緒に、仏像を運んできたのですが、その場所は、石ころがゴロゴロ転がっている広い原っぱのような所でした。

不思議な事に、周囲は真っ暗闇なのに、その原っぱだけが浩々と光り輝いているのです。

ふと見ると、家が一軒あって、屋根の上に月が浩々と光り輝いているので、初めは、月の光に照らされて原っぱが光っているのかなアと思ったのですが、相変わらず原っぱの周囲は真っ暗闇なので、月に照らされて輝いているのではなく、原っぱが自ら光を発して輝いているのだと思いました。

その内、太陽が昇ってきて燦燦と光り輝いているのに、相変わらず原っぱの周囲は真っ暗闇で、原っぱだけが浩々と光り輝いているので、私は、「ここは、間違いなく、救済道場が建つ聖地だ」と思ったのです。

不思議だなあと思いながら、みんなと一緒に、運んできた仏像を拝んでいるのですが、何故か仏像の台座しか見えないのです。どんなに拝んでも、見えるのは台座だけで、お顔もお姿もまったく見えないのです。

こうお話して下さってから14年後の平成16年春、高野山法徳寺が須玉町若神子の聖地に開創されましたが、その土地は、Kさんが夢でご覧になった通りの、石ころがゴロゴロ転がっている原っぱで、しかも、そこにはプレハブ小屋が一軒建っていました。

Kさんは、夢の中で、原っぱが光り輝いている光景をご覧になりましたが、その光景も、決して架空の話ではなく、真実である事が、やがてお二人の証言によって明らかになったのです。


Mさんの言葉


お一人は、納骨堂「帰郷庵」を施工して下さった工務店に勤めている女性事務員のMさんで、作業中の大工さんに差し入れを届けるため法徳寺へ来られた時、次のようにおっしゃいました。

法嗣様、ここは、本当に凄いところです。言葉ではうまく表現出来ないんですが、とにかく、土地が光り輝いているんです。

でも、光っているのは、この土地だけで、境内を出ると、周りの土地は全く光っていないんです。この境内だけが、光り輝いているんです。

私、とても怖がり屋で、夜も1人では外出できないほどの怖がり屋なんですが、ここだったら平気です。「夜一人で、この境内に寝なさい」と言われても、この境内は、守られている事がよく分るから、ここでなら、1人でも安心して寝られます。

極楽ってどんなところか知りませんし、行った事もありませんが、初めてここへ来た時、「極楽って、こんなところなんだろうなあ」と思いました。

以前、同じ工務店さんに、汗露水の御接待所である汗露臺の建立をお願いした時も、Mさんは、「境内が光り輝いています」とおっしゃっておられたのですが、帰郷庵の建立の際にも、境内に立たれて同じ事をおっしゃったのです。


東日本大震災を予告する


Mさんは、非常に霊感が強く、普通の人には見えないものが見えるそうで、以前にも、その事を象徴するような出来事がありました。

工務店の棟梁が、水道屋さんに頼んでおいた見積書をMさんに取りにいってもらったのですが、水道屋さんへ行くには、万年橋という橋を通らなければなりません。

ところが、その橋は、知る人ぞ知る自殺の名所で、霊感の強いMさんにその事を話したら、気味悪がって行かないだろうと思い、黙っていたそうです。

そうしたら案の定、帰って来るなり、「棟梁、私、もう二度とあの橋を通りたくありません。あの橋を通ると、色々な人の霊が乗ってきて、気持ち悪くて仕方がないから、もう二度とあそこへは行きたくないです」と、泣きながらおっしゃったそうです。

そこで、棟梁は「やはりこの人は、霊感の強い人なんだ」と思われたのですが、Mさんは、東日本大震災も予告しておられました。

震災が起こる三日前に、東北地方で大きな地震が起こり、家や人や車が流されていく夢をご覧になり、更にその翌日の朝、東北地方一帯が、何も無いガレキの山になっている有様を夢に見たので、Mさんは、「もしかすると近い内に、東北地方で大きな地震が起きて、大勢の人が亡くなるかも知れない」と言っていたそうです。

そうしたら、3月11日に大震災が起こり、夢に見た通りの状況になったので、棟梁は改めて、Mさんの霊感が強い事を再認識されたそうです。


ご住職夫人の言葉


もうお一人は、広島県府中市にある寺院のご住職の奥様ですが、以前、ご夫妻で、長野の善光寺へお参りされた帰りに法徳寺へ寄って下さった時の事です。

その奥様も、やはりMさんと同じように霊感が強いお方で、「ここへ来るまでは何も感じなかったのですが、境内に入った途端、”あっ!ここは他の土地と違う。ここへ来ると、魂が癒されるというか、清められるというか、他の土地と違うのを凄く感じました」とおっしゃったのです。

私が、「実は、知り合いの工務店に勤める女性事務員さんも、奥様と同じように、”この土地は光り輝いています。周囲は輝いていないのに、この境内は光り輝いています”とおっしゃっておられるんです」とお話すると、「そうなのです。土地から光が出ているんです。凄いパワーを感じます」と、おっしゃったのです。

霊感の強いお二人が口を揃えて、「この土地は光り輝いています」とおっしゃっておられるのですから、そのお言葉に嘘偽りはないでしょう。

生き仏となられた菩薩様が御入定しておられるから、その御光によって土地が光り輝いているのか、それとも、元々光り輝いている土地だから御入定の聖地に選ばれたのかは分りませんが、いずれにせよ、Kさんが平成2年1月8日にご覧になった聖地の夢が、決して架空の夢ではない事が、お二人の言葉によって裏付けられた事は間違いありません。

Kさんの夢が正夢である事を象徴している事がもう一つあります。それは、Kさんがいくら拝んでも、仏像の台座しか見えなかったという事実です。

何故仏像の台座しか見えなかったのかと言えば、その仏像が、ただの木仏金仏ではなく、生き仏となられた菩薩様だからです。

高野山法徳寺の御本尊は、所謂、仏像として作られた木仏金仏ではなく、生き仏となられた菩薩様であり、生き仏様は秘仏ですから、そのお姿を見る事も拝む事も出来ないのは当然と言えましょう。

そして、菩薩様をお運びした土地は、高野山法徳寺開創の聖地以外にはありえませんから、その土地が光り輝いていたという夢が正夢である事は、間違いないと思います。


汗露水にひれ伏す僧侶の群れ


また、Kさんは、平成18年4月13日の春季大法要に帰郷された折も、「汗露水がいかに尊い聖水であるかを物語る、とても感動的な夢を見せていただきました」と言って、次のようなお話をして下さいました。

夢の中で、汗露水湧出の聖地を拝む御法嗣様の法衣が金色に輝き、大きなお姿になられました。前方の空があかね色に染まり、御法嗣様のお姿は、夢殿におわします身代り升地蔵菩薩様にお成りでした。

光り輝く神々しい後ろ姿にひれ伏し、合掌の手がふるえていました。そのお姿の影を避けようと後ろを見て、飛び上がるほど驚きました。

広い広い境内が、墨染めの衣を召した大勢のお坊様で、真っ黒に染まるほど隅から隅までぎっしり埋めつくされ、汗露水湧出の聖地に向かい、深々と額ずくお姿でございました。

お坊様のひれ伏し拝む前に私がいては恐れ多いと思い、法徳寺の入口のあたりでお坊様方をお迎えし、お見送りをしようと座しておりましたが、お一人として私の前をお通りになりませんでした。

きっと、お大師様がおわします紀州高野山と同様、高野山法徳寺には菩薩様を敬い、お慕いし、仏法を学ぶ修行僧が、私たち凡人にはそのお姿こそ見えないけれど、大勢お住みになっておられることを、お知らせ下さったのだと思います。

しかも、一度ならず二度ならず、「この汗露水がいかに尊いか、決して忘れるではないぞ」 と菩薩様が仰っておられるかのように、汗露水湧出の聖地をひれ伏し拝むお坊様のお姿を、何度も何度も繰り返し夢に見させて頂きました。


汗露水の尊さ


このKさんの夢がやはり正夢である事を証明して下さったのも、工務店の女性事務員のMさんで、初めて汗露水を頂かれた時の感動を、次のように述べておられました。

このお水は、凄いお水です。言葉では上手く現せないんですが、ただの地下水じゃありません。飲んだ時に、ハッとして、“何なの、このお水は”と言いたくなるようなお水なのです。

光に包まれているというか、光に守られているというか、光り輝いているというか、このお水を頂くと、凄いパワーを頂けるんです。

有り難いお水だから、普通は多くの皆さんに「飲んで、飲んで」と言いたくなるんですが、このお水は、誰も彼もに「飲んで、飲んで」と言いたくないお水と言ったらいいんでしょうか。

本当に凄いお水だから、その尊さ、値打ちが分らない人には飲んで欲しくない、お水の尊さが分る人だけに飲んで欲しい、そんなお水なんです。

Mさんがあえて「このお水は、誰も彼もに”飲んで、飲んで”と言いたくないし、誰も彼もに飲んで欲しくありません」とまでおっしゃっておられるのは、自分がお水を独り占めしたいからでは、勿論ありません。そこに、「汗露水の尊さが分る人だけに飲んで欲しい。それほど凄いお水なんです」というMさんの強い思いが込められているからだと思います。


Eさんの使命


いずれにしても、Eさんが龍に生まれ変わって山梨の方角に飛んでいったというKさんの夢が正夢である事は間違いありませんが、Eさんが龍に生まれ変わったという事実は、Eさんのその後の人生を占う上で、非常に大きな意味を持っています。

菩薩様の事をよくご存じない方は、「Eさんが龍に生れ変った事に、どういう大きな意味があるのか」と不思議に思われるかも知れませんが、龍というのは、菩薩様を象徴する生き物なのです。

法徳寺で、ご本尊の両脇にお祀りしているのが、「双龍示現曼荼羅」(そうりゅうじげんまんだら)と名付けられた掛け軸で、そこには次の御法歌が書かれています。

 息吹龍 虚空を翔けて昇り龍
    天眼天耳 示現自在通

ここに詠われている息吹龍と昇り龍は、生き仏となられた菩薩様の事ですが、Eさんが、龍の身に生まれ変わられたという事は、菩薩様と一体になられたという事です。

それは、Eさんが、菩薩様と共に、多くの人々から拝まれていくという事であり、龍への生まれ変わりは、拝まれる位に立たれた証なのです。

先ほど、「癌が治る事をご利益と言うなら、癌を持ったまま旅立たれたEさんには、何のご利益もなかったかのように見えます」と言いましたが、仮に癌の病が治ったとしても、Eさんが人から拝まれる事はありません。ましてや、菩薩様と不二一体の身に生まれ変わらせて頂けるなど、夢のまた夢と言えましょう。

しかし、癌の病を頂きながら、菩薩様への信心を貫き通したEさんは、菩薩様と共に、多くの人々から拝まれるという、癌の病が治る以上の尊いご利益を頂かれたのです。

勿論、お大師様と不二一体の生き仏となられた菩薩様と一体の身に生まれ変わらせて頂けるという事は、願っても叶えられる事ではありません。生き仏様と一体の身に生まれ変わらせていただけるご利益に比べれば、癌の病が治るご利益など、比べようもなく、これこそまさに、ご利益の中のご利益と言っても過言ではないでしょう。

一口にご利益と言っても、Eさんのような使命のあるお方が頂くご利益と、一般の方が頂くご利益は根本的に違うという事が、これでお分かり頂けたと思いますが、こうしてEさんは、「みんな幸せになる。みんな私のところへ来ることに決まっている」とおっしゃった菩薩様のお言葉に嘘偽りがない事を、身を以て証明して下さったのです。


Kさんのお母さんの場合


二人目は、海南市にお住まいのご同行、Kさんのお母さんです。

Kさんのお母さんは、今年(平成24年)2月18日の観音様のご縁日に、亡くなられましたが、この時、一つのお計らいがありました。

詳細は「何事だと何故だの違い(2)」でご紹介しましたので、そちらをご覧頂きたいと思いますが、要するに、菩薩様は、お通夜が催される2月21日、亡くなったKさんのお母さんの魂が、菩薩様に導かれて、高野山法徳寺の納骨堂「帰郷庵」に帰ってきておられる証をお示し下さったのです。

まさに、生き仏様でなければ出来ないお計らいと言って良いでしょうが、お計らいはそれだけではありませんでした。「帰郷庵」へ帰られるお母さんの魂を導くため、ご子息のKさんご夫婦に、前もって必要な行をさせておかれたのです。

それが、昨年(平成23年)10月20日の帰郷庵落慶法要に参列するため、山梨へ向かっておられたKさんご夫婦が、前日の19日に、中央自動車道の神坂トンネルの手前で頂かれたお計らいであります。

Eさんの場合は、13年間月参りを欠かされなかったEさんご自身の深い信心を、菩薩様が受け止めて下さった果報と言っていいでしょうが、Kさんのお母さんの場合は、お母さん自身の信仰心も然ることながら、法徳寺への月参りを欠かさないご子息のKさんの深い信心を菩薩様が受け止められ、その功徳がお母さんに回向された賜物ではないかと思います。

いずれにせよ、Kさんのお母さんも、「みんな幸せになる。みんな私のところへ来ることに決まっている」という菩薩様のお言葉に嘘偽りのない事を、身を以て証明して下さったのであります。

合掌

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(注1)御入定(ごにゅうじょう)とは、肉身なき後も、衆生救済の一念をこの世に留め、悩み苦しむ人々の救世主(生き仏)となって生き続けること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(双龍示現曼荼羅)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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