桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
桜紋の扉 法徳寺の扉 御祈願の扉 汗露水の扉 御法歌 法話の扉 帰郷の扉 升紋の扉
信者を作らない理由法話の小部屋御同行の体験談

「何事だ」と「何故だ」の違い(1)



お計らいを頂かれたKさん


菩薩様御入定から高野山法徳寺のご開創までの14年間、そして、ご開創から今日に至るまでの8年余りを振り返ってみて、気付いた事が一つあります。それは、落慶という新たな芽の出る節目を迎える時には、必ずと言ってよいほど、試練のお計らいがあるという事です。

その意味で、昨年(平成23年)10月20日の納骨堂「帰郷庵」の落慶法要を前にして、ご同行の皆さんの多くが、様々な試練のお計らいを頂かれたのも、単なる偶然とは思えません。

ご同行のKさんも、試練のお計らいを頂かれたお一人ですが、Kさんのお話によれば、帰郷庵の落慶法要に参列すべく、法要前日の10月19日早朝、奥さんとご同行三人を乗せて和歌山を出発し、いつものように中央自動車道を山梨に向かって走っておられたそうです。中央自動車道・神坂トンネル

ちょうど長野県と岐阜県の県境の恵那山トンネルの手前にある神坂トンネル辺りにさしかかった時、車のバッテリー系統異常ランプが点灯したので、トンネル手前の左側にある待避所へ車を入れたところ、突然エンジンが止まり、二度とかからなかったそうです。

19日の午後四時半過ぎ、Kさんから、「いま中央自動車道の神坂トンネルの手前にある待避所にいるんです」という電話があったので、「どうしたのですか」とお聞きすると、「急に車が動かなくなったので、いまJAFが来るのを待っているところなんです」との事でした。

JAFに来て貰い、診てもらったところ、車の発電機が故障しているため、発電機を交換しなければ走れないとの事で、結局、五人全員が、JAFのレッカー車に乗せられて、修理工場へ運ばれていったそうですが、生憎、修理工場に発電機の在庫がなく、二日後の21日にならないと部品が入らないというので、車を一旦修理工場に預け、Kさんご一行は、近くでレンタカーを借り、山梨へ向かわれたそうなのです。

私達が、落慶を前にして様々なお計らいを頂いた過去の経緯から見ても、今回、Kさん達が頂かれた試練のお計らいが、「帰郷庵」の落慶法要に関係している事は間違いありませんが、Kさんからお電話を頂いた時、私の脳裏に浮かんだのは、法徳寺発足の前に私達が頂いたお計らいでした。


越せなかった内津峠


八年前の平成16年4月13日、予てよりの悲願であった高野山法徳寺が発足する運びとなり、その準備のため、一ヶ月前の平成16年3月13日、奈良県の桜井市から山梨へ引っ越しする事になりました。

当時、寿法様たちは名古屋に、私と妻は桜井に住んでいましたので、二家族分の荷物を、2月24日、25日の二日間かけて、名古屋と桜井から運び込んだのですが、庫裡の中は、二家族分の荷物であふれ、3月13日に引っ越してきても寝る場所もない有様でした。

そこで寝る場所だけでも確保しようと、三月初めに再度山梨へ来る事になったのですが、その道中で、思いもよらぬお計らいを頂いたのです。

中央自動車道・内津峠PA桜井から山梨までは、約四百キロほどの距離があり、その中間辺りに、中央自動車道・内津峠パーキングエリアがあるのですが、その近くに来た時、誰かが、「お寺の鍵は誰が持ってきたの」と言ったのです。

その時、車には、私の他に家族三人が乗っていたのですが、私は、他の誰かが持ってきているだろうと思い込んでいたので、その時まで鍵の事は全く気にも留めていませんでした。

他の三人も同じで、結局、誰も持ってきていない事が分かったのですが、桜井を出てすでに二百キロ余り走り、山梨まであと二百キロというところで、初めて鍵を忘れた事に気付いた訳ですから、その時の衝撃は、とても言葉にはなりません。

四人全員が凍りついた事は言うまでもありませんが、鍵がなければ、荷物の整理どころか、家に入ることすら出来ませんから、鍵を取りに引き返すしかなく、結局、もう一度、走ってきた二百キロの道を引き返す事になったのです。

笑い声が飛び交い、話も弾み、快適なドライブだった往きの道中とはうって変わり、帰りの道中は、重苦しい空気に包まれ、ショックの余り、しばらくは誰も言葉を発する事が出来ませんでした。


桜井でのお計らい


私達が、帰りの車中でひたすら考え続けた事は、鍵を忘れた事の真相でした。

菩薩様は、小指で富士山を持ち上げると言われる神通力を得られたお方であり、私達に鍵を忘れた事を気付かせようと思えば、いつでも出来た筈です。にも拘らず、そうなさらなかったのは何故なのか。

桜井へ向かって走っている道中、様々な思いが脳裏を駆け巡りましたが、疑問は一向に晴れませんでした。

桜井へ引き返す事にした私は、留守番をしている妻に鍵を持って途中まで運んできてもらう事にしました。そうすれば、二百キロもの道のりを引き返さなくても済むと考えたからです。

生憎、妻は、その日、奈良にいる姉の所へ行くと言っていたので、奈良へ電話したところ、まだ来ていないとの事でしたので、奈良に着いたらすぐ携帯へ電話してくれるようお願いして車を走らせましたが、電話は一向にかかってきませんでした。

暫くして電話が鳴ったので、鍵を忘れた事を話し、すぐに桜井へ帰り、鍵を持って、途中まできてくれるよう頼みましたが、待てど暮らせど、桜井に帰ったという妻からの連絡はありませんでした。

後で聞いたら、奈良から桜井へ帰る道が大渋滞で、いつもなら一時間ほどで帰れる道中が、二時間近くかかったというのです。

二時間と言えば、私達が桜井近くまで帰れるほどの時間でしたが、案の定、妻から連絡が入ったのは、私達が桜井市内へ入ろうとしている時でした。

途中まで鍵を持ってきて貰おうという私の計画は、誤算に終わってしまった訳ですが、実はこれが、菩薩様のお計らいだったのです。

そして、お寺へ着く直前になって、ようやく「何故、内津峠まで二百キロも走らされたのか。何故、鍵を取りに桜井へ帰らなければいけなかったのか」、その真相が明らかになったのです。


文殊菩薩様を運ばせるお計らい


その真相は、すべて高野山法徳寺の開創にありました。

法徳寺を開創するという事は、私達にとって、大きな節であり、新たな芽が出る事を意味しますが、同時に古い葉が散る事をも意味するのです。

昔から「普請祟り」と言って、家を新築すると、一家の大黒柱が急死したり、様々な災難が降りかかったりするのは、新芽が出て、古い葉が散るからですが、だからこそ、普請祟りに遇わないよう、お払いをしたり、地鎮祭をして土地を清めるのが、古来からの習わしとなっているのです。

一般の家でもそうですから、ましてや法徳寺のような規模が大きく、しかも「高野山(たかのやま)」という山号を頂き、お大師様のみ心を後世に伝える使命を担って開創されるお寺という事になれば、入らせて頂く私達も、余程心して入らせて頂かなければなりません。

しかも、開創される聖地は、かつて南若神子城があった城跡で、武田信玄がこの場所で陣立てをして、信濃方面へ攻めていった懸崖の要衝で、因縁のある土地でもありますから、ご開創に当ってどのような障りが降りかかるか分りません。文殊菩薩像

そこで、法徳寺を開創するに当って、様々な障りや汚れを清めて頂く必要があるのですが、神仏の中で障りや魔を除ける強大なお力をお持ちのお方が、実は文殊菩薩様なのです。

上棟式において、家やお堂の棟や柱や梁の至るところに、文殊菩薩の御真言を書いた護符を貼るのは、その為ですが、法徳寺開創に当って建立された夢殿や昇龍閣や庫裡の柱や棟や梁のいたる所に、文殊様の護符を貼った事は言うまでもありません。

その文殊菩薩様は、現在、法徳寺の仮本堂である昇龍閣の内陣にお祀りしてありますが、この文殊様は、私達が桜井の法楽寺に居る時、近くの安部文殊院というお寺から拝領した文殊様で、その当時、すでに文殊院から法楽寺に来ておられました。

私は、その文殊様を他の荷物と一緒にお運びするのは余りにも勿体ないから、3月13日に引越しする時に、自分の手で運ばせて頂こうと思っていたのですが、菩薩様のみ心はそうではなく、引越しする前に文殊様に法徳寺へ入って頂きなさいというのが、菩薩様のみ心である事が、この時のお計らいによって初めて明らかになったのです。


文殊様に入って頂くための行


しかし、引越し前に文殊様に入って頂くとしても、一つだけ問題があります。

それは、私達が山梨に住んでいれば、毎日お給仕やお勤めが出来ますが、引越しする前に入って頂くとなれば、その間のお給仕やお勤めが疎かになるという事です。

つまり、引越しするまでの約二週間、文殊様を放置しなければならず、ご苦労をおかけする事になるのです。

ですから、もし入って頂くのであれば、文殊様にご苦労をおかけする代わりに、私達も、それなりの行をさせて頂かなければなりませんが、どのような行をすればよいのか、私達には分りません。

そこで、すべてを見抜き見通しの菩薩様が、その為に相応しい行を、私達にお計らいくださったのです。その行が、まさに内津峠までの二百キロの道のりを走ってまた引き返すという行だったのです。

内津峠へ来るまで、鍵を忘れた事に気付かされなかったのは、内津峠までの往復の道のりが、文殊様を法徳寺へお迎えする為には、どうしても必要な行だったからです。

だから、この行が終わるまで、文殊様を運ばせてもらえず、内津峠も越えさせてもらえなかったのです。

往復四百キロの道のりを走り終えて、ようやくお計らいの全貌を悟らせて頂く事が出来たのはその為ですが、お計らいを悟らせて頂けた時は、まるで地球の全重力を背負っているようなそれまでの重苦しさとは対照的に、家族全員が、天にも昇る感動に包まれた事は言うまでもありません。


絶妙なお計らい


このような過去のお計らいを見れば、帰郷庵の落慶に当り、Kさんご一行が、神坂峠の手前でお計らいを頂かれたのも、決して偶然ではなく、頂くべくして頂いたお計らいであった事がよく分ります。

Kさんのお話では、発電機の故障は、何年かに一度は起こりうる事だそうですが、それにしても、落慶法要に来る道中で故障しなくてもいいのです。

神通力をお持ちの菩薩様なら、落慶法要に来る前に故障させる事も、帰ってから故障させる事も出来る筈です。

しかも、Kさんはいつもトンネルの手前に来ると、走行車線ではなく、追い越し車線を走るのに、たまたまその時は、走行車線を走っていたので、トンネル手前の待避所に車を入れる事が出来たそうです。

待避所に入れた途端、エンジンがストップし、二度とエンジンがかからなかった事を考えますと、もし追い越し車線を走っていれば、そのままトンネル内に入っていたでしょうから、トンネル内で立ち往生していた事も十分考えられます。もしそうなれば、大事故につながっていたかも知れず、まさに危機一髪だったと言ってもいいでしょう。


宿泊先の予約


それだけではありません。

順調に走っていれば、山梨には、四時半頃に着いていた筈ですが、その日は、アクシデントがあった為、宿泊先に着いたのは、夜の九時過ぎだったそうです。

いつもKさんは、清里の伊予ロッヂへ泊まられるので、十月も伊予ロッヂへ予約を入れておられたのですが、伊予ロッヂから、予約をキャンセルして欲しいとの連絡が入り、やむなく八ヶ岳ロイヤルホテルに夕食抜きで予約を入れておられたそうです。八ヶ岳ロイヤルホテル

伊予ロッヂは、バイキング料理がとても美味しいと評判なので、いつも夕食付きで予約されるのですが、もし夕食付きで予約していたら、チェックインが遅くなり、伊予ロッヂに大変な迷惑をかけていた事でしょう。

ところが、伊予ロッヂから前もってキャンセルしたい旨の連絡があり、八ヶ岳ロイヤルホテルに夕食抜きの予約を入れておいた為に、迷惑をかけずに済んだのです。

ただの偶然と思われる方もいるでしょうが、これは決して偶然ではなく、すべてを見抜き見通しの菩薩様だからこそ、出来たお計らいなのです。


レンタカーの番号


すべての出来事に菩薩様のみ心が働いている事は間違いありませんが、では神坂峠の手前でKさん達を足止めされた菩薩様の真意は、どこにあるのでしょうか。

私達が内津峠で足止めされたのは、前もって文殊菩薩様に法徳寺へお入り頂き、法徳寺開創に当って降りかかるおそれのある様々な障りや災難から守って頂く為であり、その為には、どうしても桜井から内津峠までの往復四百キロの道のりを走らなければならなかったのですが、Kさん達が神坂峠で足止めされたのは、何の為なのでしょうか。

その疑問を解いてくれたのが、ご同行のNさんでした。

Nさんは、Kさんが借りてこられたレンタカーの番号が「・898」だったのをご覧になり、「これは、吐くわ≠セから、今回のお計らいは、Kさん達の汚れをすべて吐き出させ、清らかな身で峠を越えさせ、帰郷庵落慶法要に参列させたいというお大師様、菩薩様のお計らいに違いない。恵那山トンネルではなく、神坂トンネル(神の坂のトンネル)の手前で止められたのは、清らかな身で神の坂を越えさせたいというお大師様、菩薩様のみ心の現れだ」と直感されたのです。

Kさん達は、エンジンがストップしたため、車を運転して神坂峠を越える事が出来ず、JAFのレッカー車に乗せられて峠を越えられたのですが、Nさんは、菩薩様が、レッカー車という蓮台にKさん達を乗せ、神坂峠を越えさせて下さったのだと悟られたのです。

表面的に見れば、車の発電機が故障してエンジンがストップした為、レッカー車に乗せられて峠を越えなければならなかったように見えますが、真相は、前もってKさん達を清め、落慶という大きな節を越えさせたいから、神坂峠の手前でエンジンをストップさせ、レッカー車という救いの蓮台に乗せて、峠を越えさせて下さったのです。

峠でのアクシデントは、身心を清める為には、どうしても避けて通れない行であり、菩薩様のお計らいによってさせられた試練の行だったのです。


「何事だ」と「何故だ」の違い


今回の出来事は、表面的に見れば、Kさん達にとって甚だ不都合なアクシデントに過ぎませんが、それが、この上もなく有り難いお計らいに変わったのは、アクシデントの裏に隠された菩薩様のみ心を悟る事が出来たからに他なりません。

もし、Kさん達が、「せっかく帰郷庵の落慶法要に出席しようとしているのに、こんなアクシデントに見舞われるとは何事だ。お大師様、菩薩様は、もうお守り下さらないのか」という思い方をして、不信感を募らせていれば、真相を悟るどころか、お大師様、菩薩様のみ心に叶う事は出来なかったでしょう。

しかし、Kさんのお大師様、菩薩様を信じ切る心はまったく揺れ動きませんでした。

私達が、内津峠から桜井に引き返す時も、「何事だ。これから法徳寺へ行って荷物を整理しなければいけないのに、どうして二百キロも無駄に走らせたのか。どうしてもっと早く気付かせて下さらなかったのか」というような思い方をしていれば、二百キロ走らされた意味を悟れなかっただけでなく、文殊様をお運びするお役目も果たせなかったでしょう。

「何故だろう。菩薩様は何を悟らせようとしておられるのだろう」という思いを持ち続けられたからこそ、お悟りという大きな果報を得る事が出来たのです。


み仏に対する信頼と不信


「何故だ」という思いの裏には、み仏に対する信頼がありますが、「何事だ」という思いの根底には、み仏に対する不信しかありません。

かつて、ご同行の皆さんの中にも、厳しいお計らいの前に挫折し、試練を乗り越えられなかったお方がおられますが、乗り越えられたお方と何処が違っていたのかと言えば、「何事だ」と「何故だ」という思い方の違いに過ぎません。

敦賀市に、お大師様をとても熱心に信仰しているお方がいました。

お四国八十八ヶ所霊場へ何度もお参りされ、自他共に弘法大師信奉者と認めるお方でしたが、その方が癌と診断された途端、 「何事だ。今までお大師様ひとすじに信仰して来たのに、どうしてお守り下さらないのか」と言って、お大師様に不信感を抱くようになったのです。

ところが、檀家寺の御住職から、菩薩様の書かれた『道歌集』を頂かれ、そこで初めて、ご自身の思い違いに目覚められたのです。

或る日、その方の奥様から「主人が、道歌集を書かれた先生に是非一度お会いしたいと言うのですが、ご無理をお願いできませんでしょうか」というお電話があり、菩薩様は、その方が入院しておられる敦賀の病院まで会いにいかれた事があります。

病室へ入ると、枕元に道歌集がお祀りしてあり、その前に、お茶湯とお線香を供えられていたそうですが、その後、癌が治って退院されたと、お聞きしました。

このお方は、病名を知った途端、お大師様に不信感を抱き、「何事だ」という思い方しか出来なかったのですが、菩薩様の道歌集によって、思い違いを悟られたのです。

そして、「何事だ」という思いから、「何故だ」という思いに変わり、病気を頂いた真相を悟って心が救われたから、体も救われ、癌が治ったのです。

大切な事は、たとえ不都合な出来事が自分の身に降りかかっても、表面だけを見て不信感を募らせるのではなく、その出来事の裏に隠されたみ仏のみ心(お計らいの真相)をどこまで深く悟れるか否かという事です。

真相を悟れるか否かによって、人生は、正反対の結果となる事もあるのですから、常々、信心を深め、いかなる事が起ころうと微動だにしない不動心(平常心)を養っておかなければなりません。

合掌

平成24年5月13日

「何事だ」と「何故だ」の違い(1)
「何事だ」と「何故だ」の違い(2)
法話の小部屋Top


サイト内検索 help
 


法徳寺の草花と自然

ソメイヨシノ

あやめ(菖蒲)
(花言葉 気まぐれ、神秘な人)

 


法話の小窓部屋Topへ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


高野山法徳寺(たかのやまほうとくじ) TEL:0551-20-6250 Mailはこちらから
〒408-0112 山梨県北杜市須玉町若神子4495-309 FAX:0551-20-6251 お問合せフォーム