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日本の進むべき道(3)─ 紙幣の顔



日本経済再生への道


日本経済はいま、東日本大震災による壊滅的な被害や、東京電力福島第一原発事故による放射能汚染、更にはギリシャの財政危機に端を発した欧米経済に対する先行き不安などの外的要因による急激な円高と株安のダブルパンチに見舞われ、青息吐息の状況に陥っています。

超高齢化社会を迎えようとしているいま、国内経済の活性化をはかり、雇用の安定を確保し、財政基盤を確固たるものにし、未来に希望が持てる国作りをしてゆかなければなりませんが、急激な円高と新興国の台頭による競争力の低下によって、国内企業は、生産拠点を海外に移転せざるを得ない状況に追い込まれ、その結果、国内産業の空洞化が、加速度的に拡大しようとしています。

このままの状況が続けば、日本の将来には、ギリシャ以上の危機的状況が待っていると言っても過言ではないでしょう。

日本経済を人間の体に喩えれば、体内を流れる血液は日銀発行のお金であります。血液が濁ってどろどろになり体内をサラサラ流れなくなると、動脈硬化を起し、様々な病気を誘発する要因となるように、経済という名の生き物も、血液であるお金がサラサラ流れなくなると動脈硬化を起し、病気の元となります。

いまの日本経済は、まさに経済の血液であるお金が滞り、動脈硬化を起している状態にあると言ってもいいでしょう。

ではどうすればお金がサラサラ流れるようになるのでしょうか。

その為に、政府や日銀をはじめ、金融機関は様々な知恵を絞っている訳ですが、一番肝心な事を見落としているような気がしてなりません。

それは、紙幣に描かれている人物です。日本経済の再生に向け、その人物に着目している人が、果たして何人いるでしょうか。

かつて紙幣の肖像画は、聖徳太子でした。言うまでもなく、聖徳太子は、わが国に仏教の礎を築かれた日本仏教の父であるばかりか、日本文化の大恩人とも言うべきお方です。

また隋との交易においても、大国におもねる事なく対等に付き合われた超一級の政治家でもあります。それだけに日本人の聖徳太子に対する畏敬の念は、特別深いものがあると言えましょう。

「歴史に学べ」とは言いふるされた言葉ですが、未曾有の困難な経済状況下にあるいま、私たちが思い出さなければならないのは、かつて世界でも類を見ない脅威の高度成長を成し遂げ、世界の奇跡ともいわれた日本経済を支えたお方は誰だったのかという事です。

勿論、かつての高度成長が、世界一勤勉な国民であると言われる日本人の汗と努力に負うものである事は言うまでもありません。

しかし、他方で、見えぬ世界から日本経済を支えておられたお方がいた事も忘れてはなりません。そのお方は、誰あろう、お札に描かれていた聖徳太子なのです。


紙幣の肖像画の重要性


こう言うと、「お札の肖像画はただの絵に過ぎず、誰が描かれていても景気に影響はない。たまたま肖像画が変わった時期と日本経済の曲がり角が重なっただけだ」と言われるかもしれませんが、紙幣の肖像画はただの絵ではありません。

お金というものは、人間のさまざまな思いや欲望、悩み、恨み、つらみの因縁を乗せながら、人と人との間を行き来するものです。

そのお金は、人を騙して奪い取ったお金かも知れないし、人を殺して強奪したお金かも知れません。お金にまつわる人間の恨みや憎しみの因縁は、そのお金と共に日本中に運ばれていくのです。

そのお金にまつわる様々な恨みや憎しみを清め、悪しき因縁を封じて下さっているのは誰かと言えば、実は紙幣に描かれた人物なのです。

ですから、その人物がお金にまつわる様々な因縁を封じるだけの力量と人徳を兼ね備えていなければ、お金に絡みついた因縁は解けず、そのまま全国に波及していく事になります。

聖徳太子に代わって登場した福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石の諸氏は、果たしてその力量と人徳を兼ね備えていたでしょうか。

聖徳太子が紙幣から消えた後、日本経済がどうなったかを考えれば、その答えは一目瞭然です。聖徳太子が紙幣から消えてまもなく、日本経済はおかしくなっていきました。日本経済が、バブルに突入していったのも、まさにこの時期でした。

何故、日本経済があのような状況に陥ってしまったのか。

それは、今まで封じられていたお金にまつわる様々な因縁が、一斉に噴き出してしまったからです。

「いままでその悪い因縁が芽ばえるのを、聖徳太子が封じてくれていたのです」と言ったら、皆さんは、「そんな馬鹿な」と笑われるでしょうか。

しかし、日本経済の衰退をもたらした最大の要因は、聖徳太子の肖像画を紙幣から無くした事にあります。

肖像画が無くなった途端、お金にまつわる悪因縁が次々と噴出し、その結果がバブル経済を招き、今日まで続く日本経済の衰退につながったのです。その付けは、いまもなお続いており、全く先の見えない将来への不安を抱えながらあえいでいるのが、いまの状況と言えましょう。

かつて、日銀が量的緩和に踏み切り、大量のお札を市中に供給しましたが、聖徳太子のお守りのない紙幣をいくらばらまいても、お金にまつわる因縁が消える事はなく、経済がよくなるどころか、お金にまつわる因縁を蔓延させるだけです。

一部には聖徳太子にもう一度登場して頂かなければいけないという意見もあるそうですが、まったく同感です。もう一度、聖徳太子に登場してもらわなければ、日本経済は蘇らないでしょう。

当時の大蔵大臣(現在の財務大臣)は、「みんなの党」の代表、渡辺喜美代議士の父、渡辺美智雄代議士で、総理大臣になるとまで言われていたお方ですが、その後、病気に倒れて亡くなられました。

当時菩薩様は、「聖徳太子を紙幣から失くせば、日本経済は必ず駄目になる。こんな事をすれば、渡辺さんも、良い事はない」とおっしゃっておられましたが、国の財政を預かる責任者として、最もしてはならない事をしてしまったその責任は重大と言わなければなりません。


石碑を移動させるべきか否か


悪因縁を封じるという事が現実にあるのかと疑いの目を向けられるお方もいると思いますので、或る事例を一つご紹介したいと思います。

私が以前、住職を勤めていた奈良県内のお寺のすぐ隣に、山田(仮名)さんが所有している土地がありました。百坪程の広さの土地ですが、その土地とお寺が接する場所に、石碑が三つ建っていました。西国観音三十三ヶ所霊場の石碑と、愛宕大権現の石碑と、庚申さんの石碑ですが、石碑が建っているのは、お寺の土地ではなく、山田さんの土地の上でした。

山田さんの土地に石碑が建てられた経緯はよく分りませんが、聞くところによれば、山田さんのお父さんが、愛宕講や庚申講の方々から石碑を建てたいので、柿畑の一部を貸してもらいたいと頼まれ、好意で貸してあげたそうなのです。当時は何の価値もない袋小路の柿畑だったので、お父さんも軽い気持ちで貸してあげたのでしょう。

ところが、その後、周辺一帯が再開発され、区画整理によって、袋小路だった山田さんの柿畑が大きな道と接するようになり、土地の値打ちが一気に上がったのです。しかも、バブル全盛期の真っ只中で、土地の値段はうなぎのぼりに上がっていきましたから、山田さんが、この土地を売ろうと思われたのも無理はありません。

ところが、売る予定の土地の一角に、三基の石碑が建っているため、このままでは売れません。そこで、「土地を売りたいので、何とか石碑を除けて欲しいが、どうしたらいいか」と、知り合いの方を通じて私にご相談があったのです。

確かに、石碑が山田さんの柿畑に建てられた経緯を見れば、愛宕講や庚申講の方々が山田さんのお父さんの好意で貸して頂いただけですから、元の持ち主に返さなければならないのは当然ですが、考えなければならないのは、山田さんの柿畑に石碑が祀られるようになった真相は何かという事です。

どのような経緯があったにせよ、結果的に、庚申さん、愛宕さんが山田さんの土地に祀られるようになったという事は、庚申さん、愛宕さんが、山田さんの土地を選ばれたという事です。

何故愛宕さん、庚申さんは、山田さんの土地を選ばれたのでしょうか。

私は、恐らくこの土地に、災いの因縁があるからではないかと思います。その災いの因縁を封じるため、愛宕さんと庚申さんが山田さんの土地に来て下さったのが、祀られるようになった真相です。

ですから、もしこの石碑を邪魔者扱いして、無闇やたらと取り除いては、今まで封じられていた災いの因縁がどのような形で芽を噴き出すか分りません。ご主人が命を取られるか、家族の誰かが何らかの災難に遇うか、どのような災いが降りかかるか分かりませんが、取り除けば必ずその因縁が芽ばえてきます。

そこで、「石碑を取るのは簡単ですが、後々の事を考えれば、やはり暫くこのままここに庚申さん、愛宕さんをお祀りしておかれた方がいいのではありませんか」と、その方を通じて山田さんに申し上げたのです。

封じられていた因縁が芽を出す事例は、昔からよく聞きますが、世間でよく知られている事例と言えば、かつて羽田空港の駐車場に建っていた赤鳥居があります。

この赤鳥居は、江戸時代から続く地元の穴守神社の鳥居のひとつで、羽田を国際空港にするため、敷地内にあった神社を移転することになったのですが、鳥居を取り壊そうとすると、工事関係者が次々と原因不明の病や事故で倒れたり、鳥居に手をかけた日にかぎって、飛行機の機器に不良が起こるという異常事態が続いたので、赤鳥居だけがそのまま残されたのです。

その後も、滑走路の拡張工事中に死傷者が続出するなど、羽田の赤鳥居にまつわる異変は続き、1999年(平成11年)になって、ようやく移動することが出来たのですが、羽田の赤鳥居は、まさに封じられていた因縁が芽を出した好例と言えましょう。

1999年になって無事に移転する事が出来たのは、それまでに災いの因縁が解けたからであり、因縁が解けるには、取り除かれるまでの期間が必要だったのではないでしょうか。

赤鳥居を取り除いては、取り返しのつかない事が起こるから、因縁が解けるまで取り除かせなかったのです。

日本経済も同じで、聖徳太子が今まで懸命に封じて下さっていたにも拘らず、聖徳太子の肖像画をなくしてしまったために、悪い芽が噴き出してしまった訳ですが、山田さんの土地でもそうならないかと心配したのです。


見えない世界の存在


そうしたら案の定、恐れていた事が起こりました。

土地を返して欲しいという話があって暫くしてから、山田さんのお母さんがお便所で倒れ、救急車で病院に運ばれたのです。

原因はくも膜下出血でした。お医者さんの診断では、一命は何とか取り留めるだろうが、良くて車椅子、悪くすると寝たきりになるだろうとの事でした。

私たちには分かりませんが、見えない世界から見れば、山田さんのご家族に何らかの災いが降りかかる因縁があったのでしょう。だから、山田さんの土地に庚申さんと愛宕さんを祀らせ、その因縁を封じて下さっていたのです。

ところが、「こんな所に石碑があっては高く売れる土地も売れない」と、邪魔者扱いして取り除こうとしたために、そのしわ寄せが、お母さんに来たのだと思います。

山田さんのお母さんが、くも膜下出血で倒れたのは、息子さんが庚申さんや愛宕さんを邪魔者扱いした事への警告でしょうが、この話にはまだ続きがあります。

最初は車椅子か寝たきりと言われていたお母さんが、その後奇跡的とも言うべき回復力を発揮され、すっかり元のお元気な状態に戻られたのです。

何故このような奇跡が起こったのか。

実は、お便所で倒れる数日前、そのお母さんが、「家で採れた野菜ですから食べて下さい」と言って、お寺へ持って来られたのです。それも二回続けてです。十数年間もお寺にいますが、そんな事は今まで一度もなかったのに、倒れる数日前に、何故か二度続けて、お野菜をお供えなさったのです。

後日、これが、山田さんのお母さんを救うためのお計らいであった事が分るのですが、その時は、そんなお計らいが為されていようとは知る由もありません。

ただ菩薩様は、かねがね

「お寺へ来る人は、どんな人でも必ず救われなければならない因縁がある人であり、救いを求めている人だから、救いを祈ってあげなければいけない」

とおっしゃっておられましたので、山田さんのお母さんが野菜を持って来られたという事は、きっと私を救って下さいと言って救いを求めに来られたのだと思い、それから毎朝、山田さんのご家族の救済を祈願し、修法で使ったシキミの葉を、石碑が建っている山田さんの土地の一角に撒く事にしたのです。

その場所は裏鬼門に当りますが、三つの石碑が建っているその横にシキミを撒くようにしたのです。この土地にまつわる様々な悪因縁が清められ、これ以上山田さんのご家族に災いが及ばないようにとの思いで撒かせて頂いた事は言うまでもありません。

誤解しないで下さい。私は、自分が祈願したから山田さんのお母さんが奇跡的に回復したと言っているのではありません。

私が申し上げたいのは、人間の知恵では推し量れない神仏の世界、見えない因縁の世界が確かに存在し、良くも悪くも私達の人生を大きく左右しているという事です。一連の流れを見ておりますと、その事を痛感いたします。

もし神仏のお守りがなければ、山田さんのお母さんは、お医者さんの診断通り、車椅子か寝たきりの状態になっていたでしょう。

しかし、前もってお野菜をお寺へお供えさせた事からも分るように、神仏の本心は、山田さんのお母さんを寝たきりの状態にする事ではなく、石碑を取り除く事によって降りかかるであろう更に大きな災いから山田さん一家を守る事にあるのであって、お母さんのくも膜下出血は、その事を知らせるための手立てに過ぎません。

だからこそ、くも膜下出血で倒れても、元通りに回復出来るよう、前もってお母さんに二度も野菜をお供えさせて、寝たきりにならない段取りをして下さっていたのです。

よく道の角々に石のお地蔵さまが祀られているのを、ご覧になった事があると思いますが、子供が交通事故に遭って亡くなったりすると、その子の家族や縁者が、亡くなった子供の供養のため、お地蔵さまをその場所に祀ったりします。

ところが、年月が経つにつれて祀られた経緯が忘れられてゆき、世代が代わると、「何故こんな所にお地蔵さまがお祀りされているのだろう」と、祀られた経緯を知らない人ばかりになるのです。しかし、遡ればそこで子供さんが交通事故に遭って亡くなり、その供養の為に祀られたお地蔵さまなのです。

何の理由もなしにお祀りされているお地蔵さまや石仏さまというのは一体もありません。お地蔵さまが祀られるのには、必ず祀られるだけの深い理由がありますから、後世の人間の都合だけでそれを除けたりすると、やはりそれが災いとなって降りかかってくるのです。羽田の赤鳥居しかり、山田さんの土地の石碑しかりです。

この三体の石碑も、表向きの理由は、愛宕講や庚申講の講員さんの頼みで山田さんのお父さんが好意で土地の一部を貸してあげた事になっていますが、ただそれだけの理由なら、祀られるのは、山田さんの土地ではなく、他のお方の土地でもいい筈です。

愛宕さんや庚申さんが山田さんの土地に祀られたのは、やはり山田さんとその土地に因縁があるからです。

石碑を除けるのは簡単です。しかし、それによって折角今まで封じられていたものが出てこないとも限りません。

取り除く時には、石碑が祀られた真相を悟り、因縁を清められているか否かをよくよく見極め、心して取り除かなければならないという戒めです。


いま為すべきこと─為政者の責任


日本経済も、まさにいまお話した山田さんの土地と同じで、聖徳太子がいままで懸命に封じて下さっていたものを、後世の人間の都合で紙幣から無くしてしまった為に、封じられていた因縁が芽生えてバブル経済を招き、挙句の果ては、いままでサラサラ流れていたお金という血液が動脈硬化を起し、血管をふさいで血液の流れを滞らせてしまったのです。

いま私たちがしなければならない最も簡単で、最も効果的な景気浮揚策は何か。

言うまでもなく、もう一度聖徳太子に登場して頂き、お金にまつわる因縁を封じていただく事です。

見えぬ世界から、お金にからみついた貪りという悪因縁の糸を解きほぐしていただく事です。それ以外に日本経済再生の道はありません。

経済を浮揚させるのに、金融政策や構造改革が無意味であるとは申しません。しかし、それらは言わば枝葉末節的な手法であり対症療法に過ぎません。

日本経済の隅々にまで流れるお金という血液そのものの活力を蘇らさなければ、経済全体の活力は蘇りません。

経済を再生させるのは、一人一人の国民の心です。その心には形がありませんから、目には見えません。しかし、その見えない心が経済を操っているのです。形のない一人一人の心が、お金に乗って経済を左右しているのです。

だとしたら、その見えない心は、見えない世界から操っていただき、清めていただく以外にはありません。

それが出来るお方は、福沢諭吉でも新渡戸稲造でも夏目漱石でもなく、高度成長期に見えぬ世界から日本経済を支えておられた聖徳太子なのです。

ご存知のように、聖徳太子が紙幣から消えて暫くしてから、再び紙幣の肖像画が変えられる事になりました。しかし、残念ながら変えられたのは、五千円札(新渡戸稲造→樋口一葉)と千円札(夏目漱石→野口英世)の肖像画だけで、一万円札(福沢諭吉)は据え置かれたまま、そこに聖徳太子の姿はありませんでした。

一万円札だけが据え置かれた理由は分りませんが、据え置かれた結果を見る限り、紙幣に描かれた人物が果たす役割の重大さを理解している人は一人もいない事が分ります。

日本経済は、今まさに瀕死の状態にある重病人と言っていいでしょう。危篤状態にある日本経済を何とか回復させようと、様々な処方が講じられていますが、今日の状況をもたらした根本的原因を見落としているのですから、良い結果が出る筈はありません。心臓病を患っているのに、胃薬を飲ませているようなものです。

日本経済を再生させる為にいま最も必要な処方箋は、お金にまつわる人間の貪りや恨み、憎しみの因縁を清め、封じるお力を持つお方に再び登場して頂く事であり、聖徳太子の復活を真剣に再考する事であります。

紙幣の肖像画は、決してただの絵ではない事を、今こそ肝に銘じるべきであります。その決断こそが、為政者たる者の責任ではないでしょうか。

合掌

平成23年10月5日

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