桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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地獄の中に仏あれば地獄なし(2)



苦しむことをよろこべよ


私達はみな、辛い事や苦しい事から逃れたいし、災難を避けたいのです。苦しみや災難には遇いたくないのです。幸せを運んできてくれる吉祥天には来て欲しいけれど、疫病神である黒闇天には来て欲しくないのです。幸せにはなりたいけど、不幸は追い出したいのです。

しかし、幸不幸は一枚の紙の表裏で、一心同体ですから、これを切り離す事は出来ません。

菩薩様の人生が、苦難に継ぐ苦難の連続であった事は、知る人ぞ知るところですが、次のような法歌を残しておられます。

 苦しみを 悲しむことよりよろこべよ
    深き悩みが さとりとなるなり
  苦しみが あるから菩提の花が咲く
    苦を持つ人こそ しあわせなりけり
  苦しみは 苦しみ抜ける道ならば
    苦しむことを 喜べよ人

常識的に考えれば、苦しみを喜ぶなどという心情は、考えられない事です。苦しみから逃れたいし、苦しみに遇いたくないのが人情です。

ところが、菩薩様は、人一倍苦しみを頂かれたにも拘らず、「苦しむことを喜びなさい。苦しみを頂いた事に感謝しなさい。災難に遇った事を有難く思いなさい」とおっしゃっておられるのです。

否、人一倍苦しみを頂かれた菩薩様だからこそ、このような歌が出てきたに違いありません。

この法歌を見れば、菩薩様が、ありとあらゆる苦しみを頂く中で、「この苦しみが、私を人の中の人にしてくれるのだ。この苦しみがあればこそ、気付かない事に気付かせて頂けるのだ。この苦しみがなければ、私は心を開く事が出来ないのだ。この苦しみが有難いのだ」と言って苦しみに感謝され、苦しみを悟りに変えていかれた事がよく分かります。

しかし、その菩薩様を待っていたのは、人生最大の難苦行とも言うべき、代受苦行という壮絶な行だったのです。


有難いとおっしゃった菩薩様の御心


代受苦行とは、人々を救済せんがため、様々な苦しみの因縁をその人に代わって背負う苦行で、まさに灼熱の炎に身を焼かれるような、苦しみの極みと言ってもよい難行ですが、いくら悟りを開いた人と雖も、その苦しみに耐え、苦難を乗り越える事は容易ではありません。

ですから、代受苦行の真っ只中におられた菩薩様の口から、「辛い」とか「苦しい」という言葉が出てきても何ら不思議ではありませんが、驚くべき事に、菩薩様の口を突いて出てきたのは、全く正反対の「有難い」という言葉だったのです。

「苦しむことをよろこべよ」と、口で言うのは容易です。しかし、現実に自分がその場に置かれた時に、果たして「有難い」と言えるかと言えば、恐らく百人が百人とも「否」と答えるのではないでしょうか。

菩薩様の代受苦行は、やせ我慢をして、「ここで、有難いと言わなければいけない」と自らを鞭打って言えるような生易しい状況でない事は言うまでもありませんが、にも拘らず、菩薩様は「有難い」とハッキリおっしゃったのです。

一体、菩薩様は、どんな心だったのでしょうか。どんな心になれば、そんな事が言えるのでしょうか。

菩薩様の行がいかに凄まじいものであったかは、次の言葉にもよく現れています。

「こんな行は、私以外、誰も耐える事は出来ない。こんな行に耐える事の出来る者は、千年に一人しか出ない」

ところが、他方でこんな事もおっしゃっておられるのです。

「この代受苦行も、仏の目から見れば、爪の垢ほどの事もない」

「こんな行に耐えられる者は千年に一人しか出ない」とおっしゃっておられる一方で、「こんな行は、仏の目から見れば、爪の垢ほどの事もない」と、まるで正反対の事をおっしゃっておられるのです。

これは一体どういう事でしょうか。菩薩様は、この相反する言葉を通じて、私達に何を教えようとしておられるのでしょうか。


お大師様を信じ切っておられた菩薩様


私達はみな、こうなって欲しい、こうなって欲しくないという様々な願いや思いを心に秘めています。そしてその願いや思いが叶えられた時は「有難い。お陰だ」と言って感謝の言葉を口にするのですが、大切な事は、そうならなかった時に心がどう動くかという事です。

ましてや、代受苦行という究極の苦しみの中で、「有難い」と言えるお方は、そう居るものではありません。

菩薩様がおっしゃったように、千年に一人しか出ないと言っても過言ではないでしょうが、一体どんな心になれば、そんな事が言えるのでしょうか。

その鍵は、その時、菩薩様がおっしゃったもう一つの言葉にあります。

み仏はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。
 お大師様はただ信じるのではなく、信じ切らなければならない。

つまり、菩薩様が、あれほどの代受苦行の中で「有難い」とおっしゃったのは、菩薩様が、お大師様の事を信じ切っておられたからです。

信じ切っていたというより、お大師様と一体だったと言った方がいいかも知れません。一体だったからこそ、お大師様の御心も分っておられたに相違なく、「ここまで考えて、お計らいをして下さっているのだ」という思いが、菩薩様の心底にあったからこそ、「有難い」という言葉になって出てきたのだと思います。

自分の都合や欲望を叶える為だけの信仰では、とてもそんな心にはなれません。

要するに、お大師様、菩薩様を信じ切って、一切を任せ切れるまでの心にならなければ、苦しみの極みの中から、「有難い」という言葉は出てこないのです。

菩薩様が、「有難い」という言葉とは別に、「お大師様は、ただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」とおっしゃった所以が、そこにあります。


地獄を極楽に変えた道歌集


北陸の敦賀市に、大変熱心にお大師様を信仰してみえたお方がおられました。

四国霊場へも度々お参りされ、「あの人ほど、お大師様を深く信仰している人はいない」と自他共に認めるお方でしたが、癌の病を頂かれたのをきっかけに、今までの信心がひっくり返ってしまったのです。

「今まで熱心にお大師様を信仰し、四国霊場へ何度もお参りさせて頂いたのに、こんな不治の病になってしまって、これでは今まで何のためにお大師様を信仰してきたのか分らない」と言って、お大師様を徒に思うようになられたのですが、その時に遇われたのが、菩薩様の書かれた『道歌集』でした。

檀家寺の御住職から、『道歌集』を頂かれたそうですが、道歌集に出会って、初めて自分の思い違いに気付かれたのです。

或る日、奥様から「入院している主人が、是非先生にお会いしたいと申すものですから、お忙しいところを申し訳ありませんが、一度主人に遇ってやって頂けないでしょうか」というお電話を頂いたのです。

私も、菩薩様と一緒に、敦賀市の病院まで行かせて頂いたのですが、私に車で待っているようにとおっしゃって、菩薩様お一人でお見舞いに行かれました。

そして、帰って来るなり、「病室へ入って驚いた」とおっしゃったのです。

何故かと言いますと、そのお方は、『道歌集』を枕元にお祀りして、『道歌集』にお茶湯とお線香まであげておられたそうなのです。恐らくその方の目には、『道歌集』がお大師様に見えたのではないでしょうか。

今まで長年に渡ってお大師様を信仰してきたのに、癌という不治の病に侵され、その為にお大師様を徒に思うようになった訳ですから、普通なら、お大師様を徒に思ったままあの世へ旅立つところでしょう。

しかし、その窮地を『道歌集』が救ってくれたのですから、そのお方にとって、『道歌集』はもはやただの本ではなく、お大師様そのものだったに違いありません。

『道歌集』を祀っていたと言うより、『道歌集』となって救いに来て下さったお大師様を祀り、お茶湯とお線香をあげておられたのではないかと思います。

菩薩様が、「病室へ入って驚いた」とおっしゃったのは、そこまでしておられるとは想像しておられなかったからですが、『道歌集』に遇うまで、そのお方の心は地獄だったのではないでしょうか。

お大師様を徒に思うほど変わってしまった自分の姿を見て、苦しくない筈がありません。お大師様を深く信仰して来られたお方だからこそ、余計にお大師様を徒に思っている自分の姿がみじめに思え、苦しかったに違いありません。

しかし、『道歌集』によって、そのお方の心は、地獄の苦しみから救われたのです。

『道歌集』に出会って、そのお方の心の中に極楽が見えてきた事は明らかであり、『道歌集』を祀らずにはいられなかった気持ちは、痛いほど分かります。

後日、「お陰様で無事に退院させて頂きました」とのお礼のお電話を頂きましたが、菩薩様のお加持と『道歌集』によって癌の病が治癒した事は言うまでもありません

その方の喜びは想像に余りありますが、一時は地獄の淵を彷徨ったお方が、菩薩様のお加持と『道歌集』によって救われ、心の中の地獄が極楽に変わったのです。 癌に侵された時も、治癒した時も、そのお方の姿形は何も変っていません。

変ったのは心であり、思い方が大きく変ったからこそ、地獄が極楽に変り、癌の病までもが治癒したのです。

地獄と極楽は一体であり、紙の裏表である事が、このお方を見ればよく分かりますが、だからこそ大切な事は、地獄と極楽のどちらを見ていくのかという事なのです。

辛く苦しい地獄を見て生きていくのか、それとも、頂いたお計らいを悟って、極楽を見て生きていくのか、マイナス面ばかり見ながら生きていくのか、それともマイナスをプラスに変えて生きていくのかという事です。


一心帰命とは


一心帰命という言葉があります。

これは、心を一つにして、み仏に帰依する、み仏の御心に帰るという意味で、南無大師遍照金剛、南無普門法舟大菩薩の「南無」と同じです。

しかし、この一心帰命は、ただ「お大師様、菩薩様を信じます」という信心ではありません。

自分の都合を捨て、一切をお大師様、菩薩様にお任せした以上は、お大師様、菩薩様がどのようなお計らいをなさろうと、それを一切在るがまま受け入れさせて頂きます」というのが一心帰命です。

ですから、例えば、敦賀のお方のように、自分が癌の病を頂いたから、もうお大師様は駄目だと言って、お大師様を徒に思う心は、一心帰命ではありません。

そのお方の心が、癌によってお大師様を徒に思う心にひっくり返ったという事は、お大師様を信じていると思っていたそれまでの信心が、一心帰命ではなかったという事です。

ましてや、これを叶えて欲しい、あれも叶えて欲しい、お金も儲けたい、健康にもなりたいと、自分の願いを叶える事だけを考えて信仰させて頂こうというのは、一心帰命であろう筈がありません。

これは、信仰と言うより、何らかの見返りを求めようとする取引です。「これだけ信仰しますから、これだけのお陰を下さい。これだけお布施をしますから、これだけのご利益を下さい」という取引と一緒で、それは、お金を払って、八百屋さんや魚屋さんで、お野菜やお魚を買うのと何ら変わりません。

一心帰命とは、「お大師様、菩薩様を信じ切って、どのようなお計らいでも、すべて在るがまま受け入れさせて頂きます」という、一切をゆだねる心です。

「たとえ信仰して、自分の願いが叶わなくとも、それもお大師様、菩薩様のお計らいとして受け止めさせて頂きます。まだ私の信心が足りないのです。もっと信心を深くし、精進させて頂きます」と言い切れる心が、一心帰命の心です。

合掌

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