桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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(T・Oさんの体験)



汗露升の妙不可思議なお計らい


平成二十一年十月二十日、恒例の秋季大法要に、魂の故郷、高野山法徳寺に帰郷させて頂きまして、尊い汗露升を頂いて帰って参りました。

翌二十二日より、いつもの様に法徳寺様の汗露臺から頂いて参りました尊い御聖水の汗露水を御升に注ぎ、身代り升地蔵菩薩様の御宝前にお供えして御回廊廻りの行をさせて頂きました。

十月二十二日、二十三日は、いつもと変りございませんでしたが、翌二十四日の行の後、御升のお水を頂こうとしましたら、お水は一滴もなく、全部下に漏れておりました。

こんな事は今迄に一度もなく、安心しておりましたので大変驚きましたが、念のため翌日からはお皿の上に升を置いて行をする様に致しました。

ところが行を終えて見てみますと、やはり御升のお水は全てお皿の中に流れておりました。

不思議に思って御升をよく見てみますと、左の隅の下に隙間が出来ており、そこからお水が漏れておりました。

普通に考えますと、こんなに隙間が出来ておりますから、下に流れるのは当然のことなのでしょうが、では何故はじめの二日間は漏れなかったのでしょうか。またどうして菩薩様は、この御升を私にお授け下さったのでしょうか。私の行にどこか足らないところがあるのでしょうか。

あれやこれやと色々考えてみましたが、分りませんでした。

たまに漏れない日もありますが、ほとんど毎日、お水は御升の中にはありませんでした。


手術を決意する


或る日、ふと右の大腿骨の上のお腹の方に、コリコリとした堅い塊があるのに気付きました。

癌かも知れないと思い、十一月二十八日、病院に行きますと、主治医の先生は、「横になって下さい」と言って、押し込んで下さいました。

「入らなくなったら大変だから、その時は言って下さい」と言う事で、その日は帰ってきましたが、毎日出ているのか入っているのか触って確認し、時には出ていても分らない時もありましたが、毎日気にかけておりました。

その内に年が明け、平成二十二年一月六日、我が子のようにいつも可愛がって下さっていた叔父が亡くなり、その後、ウイルス性腸炎にかかったり、歩道で思い切り転倒して大腿骨を強打して歩けなくなったりと、菩薩様は、あの手この手で私に、腸が出ていることを教えようとして下さるのですが、私はそれに気付くことが出来ないままでした。

二月十三日、義父の二十五回忌と主人の七回忌の法要を行い、多忙で重い物を持ったりして、自分の体の事はすっかり忘れておりました。

二月二十日、叔父の四十九日の法要に、姉のK、弟のNとその家族が早朝、我が家に来てくれましたが、その時はもう、多忙を極めておりました私の身体は、思うように動けなくなっておりました。

姉は「そんな身体では、春季大法要の帰郷は、あなたがどんなに帰りたいと願っても、山梨行きの高速バスが救急車になっては大変だから」と、手術することを勧めてくれました。弟も「手術した後は僕が運転手にならせてもらうから一緒に帰郷しましょう」と言ってくれました。

この時私は、姉弟を通じて菩薩様が私に、手術を勧めて下さったと思わせて頂いたのです。

私は、姉弟が菩薩様のお手伝いをして下さった事が本当に嬉しくて、また弟との帰郷は私達姉妹の念願でもありましたので、腸の事で暗い気持ちになっておりましたが、いっぺんに明るい気持ちになり、腸に感謝して手術する決心を致しました。

姉達が帰った翌日の二十三日、主治医の先生に手術することをお話して、病院はお任せすることに致しました。


手術の痛みに耐えながら


先生は、県立の病院を、「専門だから」と言って紹介して下さり、二月二十六日、外科を受診致しました。

外科の先生は三人ですが、紹介して下さったA先生は、「これは大腿ヘルニアと言って脱腸の一つですが、出たまま戻らなくなると、飛び出した腸に血が通わなくなって腐る率が非常に高いので、治療法は手術しかありません」と言って、手術の方法を説明して下さり、その際腸を押し込んで下さいましたが、痛くて入りませんでした。

私は心配になり、先生に「早く手術して下さい」とお願いしますと、先生は「心苦しいのですが、今は予約がいっぱいで、三月十一日になります。それまでに腐ると痛いので、その時は我慢しないですぐ病院に来て下さい」という事でしたので、私はその日までどうか腐らないで、救急車に乗ることのないようにと、お大師様、菩薩様にお願いしながら家に帰って参りました。

それから毎日不安でしたが、外科を受診した二月二十六日から手術の三月十一日まで、丁度十三日間でしたので、ああこれは、「私を信じ切っていれば大丈夫だよ」という菩薩様の尊いお計らいに間違いないと思わせて頂き、心の中で安心致しました。

三月十日に入院し、十一日午後からの手術と思っておりましたら、「小笠原さんは午前中に手術します。僕は外来の診察がありますので、別の先生の手術になります。腕は僕と同じですから」と言って、私のお腹に切る位置の印を書いて下さいました。

主治医の先生は、A先生を信頼して私に紹介して下さり、私も診察の時、このA先生が手術して下さるものと信じておりましたので、呆気にとられて言葉もありませんでした。

手術して下さるB先生とは一度もお会いした事もなく、診察も受けておりませんでした。こんな事は初めての体験でしたが、これもすべてお大師様、菩薩様の尊いお計らいですので、在るがままを受け入れて行こう、手術して下さるB先生は、菩薩様が選んで下さってお手伝いして下さる先生ですので、安心してすべてお任せしようと思いました。

私の大好きな音楽の曲を流して下さり、腰椎麻酔もよく効いて順調に快適に手術は終わるものと信じておりました。

ところが、手術中は腸もピクピク元気に良く動いておりましたが、その内身体に力が入るようになり、少し痛さを感じるようになりました。

まさか麻酔が切れかけているとは夢にも思わず、痛さは少しずつ強くなり、我慢しておりましたが、身体がガタガタ震えて止まらなくなりました。

ついに先生に「痛いです」と告げますと、看護士さんが「もうすぐ終わりますので我慢して下さい」と言われましたが、もう我慢出来ない状態でしたので「ずっと前から我慢しておりましたが、身体が震えて止まりません」と言いますと、私の身体を確認して点滴の中に痛み止めを入れて下さいました。それで、震えは止まりましたが、痛さは変わりませんでした。

私は、この痛みの中で、「お大師様、菩薩様は、私に何を悟らせて下さっているのだろうか、この痛みは、悟らせて頂く為に私が越えなければならない行であり、きっと悟らせて下さる」と思いながら、最後まで感謝しつつ耐えました。

手術後も苦痛の行は続きましたが、三月十八日は、主人の七回忌の命日であり、ちょうどお彼岸の入りでもありましたので、私もその日には帰りたいと思っておりましたところ、有難いことに、七日目の三月十八日に抜糸して頂き、その日の午後に無事退院させて頂きました。


漏れなくなった汗露升


姉が、叔父の四十九日の法要の時に、「御升からお水が漏れるのは、腸が出ている事を菩薩様が知らせて下さっているのよ」と教えてくれましたので、手術しましたら、もうお水は漏れないものと思っていましたが、まだ出血しているのか、帰ってからも五日ほど御升から水が流れておりました。

三月二十四日からは完全に漏れなくなりましたので、「ああこれで出血もなく、順調に回復しているのだろう」と安心致しました。

御升は変っておりませんし、あんなにジャージャーと流れておりましたのに、不思議なことに二十四日以降は少し滲みているだけなのです。

この度は、菩薩様の偉大な通力、妙不可思議なお計らいを、身を以て体験させて頂きました。

私に下さった汗露升は、生き仏様であります菩薩様そのものであり、いつも御行の時は見守って下さり、悟って欲しい時は、御升からお水を漏らして、早く気付きなさいと語りかけて悟らせて下さっていると思いますと、もう勿体なく、「菩薩様、有難うございます」と、合掌せずにはおられません。そして、いつも胸がいっぱいになり、涙が溢れて参ります。

大腿ヘルニアの手術から一ヵ月後、A先生が「普通の生活に戻れますよ」と言って下さった四月十一日、ちょうどその日法徳寺への帰郷のため、早朝姉の住む大阪までの高速バスに乗る事が出来ました。

A先生が「間に合いましたね」と言って下さった言葉通り、これは尊い菩薩様の大慈大悲のお計らいでございました。

痛み止めも沢山下さいましたし、弟は、姉を思う尊い菩提心から、クッションの良い大きな車を用意して下さり、姉妹弟との三人の帰郷は、山梨に法徳寺が御開創されて帰らせて頂くこと十三回目にして、漸く実現いたしました。

弟との三人の帰郷は、私達姉妹の念願でありましたので、この上なく尊く勿体なく有難く、私の人生で、地獄から極楽とはこの事だと、菩薩様に心から合掌致しました。

法徳寺様では、「お大師様、菩薩様の偉大な通力を賜り、汗露升の妙不可思議なお計らいを頂戴し、無事大腿ヘルニアの手術をさせて頂きましたこと、また弟も一緒に帰郷させて頂きましたこと、誠に有難うございました」とお礼を申し上げました。

「よう帰った、よう帰った」と、菩薩様も三人の帰郷をどんなにか待っていて下さり、お喜び下さっているかと思いますと、胸がいっぱいになり涙が溢れて抑える事が出来ませんでした。

帰郷なさった御同行の皆様方が、昇龍閣でお話なさってみえるお姿が、菩薩様のように思えて、「ああ、皆様もみんな菩薩様である」と、不思議な気持ちになり、帰郷十三回目にして初めてそう思わせて頂けました事は、勿体なく尊いことでございました。

思えば、入院が九日間、また多くの御縁の方々の暖かい真心を沢山頂いた今回の帰郷も、九日間でございました。

姉弟、そしてその家族の皆様が、菩薩様のお計らいのお手伝いをして下さり、法徳寺への帰郷は勿論のこと、そのあと紀州高野山への参拝、手術の後の身体の回復のためにと温泉行、また琵琶湖の海津大崎の桜の花見では、延々とどこまでも続く桜が、まるで私達の来るのを待っていて下さったかのように満開で、私の人生で初めて見た、それはそれは見事なもので、菩薩様がご褒美を下さったように思えて、感涙致しました。

今回の都合通りに行かなかった大腿ヘルニアの手術は、自分の都合を捨て、すべてを在るがままに受け入れ、お大師様、菩薩様に一切をお任せした、大慈大悲のお計らいの中で、生き仏様の偉大な通力が働き、汗露升の妙不可思議を体験させて頂くと共に、苦しみの中で一心帰命を悟らせて下さった尊い修行であり、悟ることの出来ないお悟りを頂けたと思いますと、これからの私の人生、お大師様、菩薩様の衆生救済のお手伝いをさせて頂く為には、少しでも心の器を大きく育て、導いて頂かなくてはなりませんし、まだまだ試練の修行が待っていると思っております。今回の手術はその始まりのように思いました。

今年は寅年で、福の神様である毘沙門様にご縁を結ばせて頂き、毘沙門様の福徳施与の宝物を、手術という修行で賜ったように思いました。

これからは今まで以上に信心を深くして精進させて頂き、より深い悟りへとお導き頂けますよう、心から御祈念申し上げます。

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌

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汗露升

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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