桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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生涯忘れられない体験

(S・Fさんの体験)



生き仏様から頂いた救済のお手紙


平成20年11月21日、お大師様と不二一体の生き仏であらせられます普門法舟大菩薩様がおわします衆生救済の聖地「宗教成合の郷・高野山法徳寺」へ帰郷させて頂きましたが、この帰郷に際しまして、お大師様、菩薩様から、思いもよらぬお計らいを頂いたのでございます。

今までにも、お大師様、菩薩様から頂きましたお計らいは枚挙にいとまもございませんが、この度頂きましたお計らいは、私にとりまして生涯忘れる事の出来ない尊い体験となりました。

ご苦労をおかけ致しましたお大師様、菩薩様のご恩に報いる為にも、そしてまた今回の体験が少しでもご同行の皆さんの救済のお役に立てればと思い、拙い筆を取らせて頂きました。

私は、平成20年10月20日の秋の大法要に、高野山法徳寺へ帰郷する事が出来ませんでした。その事を手紙に書かせて頂きましたところ、後日、御法嗣様からお返事を頂きました。

お手紙の冒頭には「この手紙は私が書いているのではなく、Fさんの一日も早い救済を願っておられるお大師様、菩薩様が私を通じて書いておられるのですから、そのおつもりでお読み下さい」と書かれていましたが、その文面通り、私を救おうとしておられるお大師様、菩薩様の大慈大悲に満ちた厳しい内容のお手紙でございました。

しかし、その厳しさゆえに、私を救おうとしていて下さるお大師様、菩薩様の救済の一念が、ひしひしと胸に伝わってきたのでございます。


子供頼りだったお参り


今まで私が法徳寺へ帰郷させて頂く時は、いつも車でお参りする子供達の都合に合わせての帰郷でした。

85才で、心房細動という病気をかかえて足も弱り、子供達に乗せて来てもらわなければ、とても帰郷は叶わないと思っておりました。

ですから、子供達から「今月は行けないよ」と言われれば、それ以上無理は言えず、また私自身、足の痺れもひどく、自分一人で法徳寺へ帰郷する勇気もなく、ただ子供達の言葉を受け入れる他はないと思っておりました。

そしてそれが「在りのままを受け入れる事だ」と信じていたのでございます。

子供達が「20日でなくても、21日があるから、行ける時に一緒に行こう」と言ってくれましたので、「お大師様、菩薩様がお導き下さる日まで、お計らいを信じて待とう」と思っていました。

ところが、お大師様、菩薩様のみ心は、そうではなく、子供達から「今月は行けない」と言われた事も、それによって帰郷出来なかった事も、すべてお大師様、菩薩様が私に、信じ切る心を問うためのお計らいだったのでございます。

自分では信じ切って全てお任せしているつもりでしたが、御法嗣様から頂きましたお手紙を読ませて頂き、まだまだ信じ切れていなかった事、そして信じ切る心とはもっと深いものだという事を、改めて知りました。

私は、お大師様、菩薩様にお任せしていたのではなく、子供達に任せていたのです。ですから、子供達から「行けない」と言われれば、その言葉に従い、二度と遇えないかも知れない法縁を逃してしまっていたのです。

「20日でなくても、21日があるから行ける時に一緒に行こう」と、子供達は言ってくれましたが、明日の命も分らない無常の中の人の身である以上、私に「行ける時」という日が訪れる保証は、どこにもありません。

「信仰は遊び事ではない」「法は真剣に求めなければならない」「億劫にも遇い難きは仏法なり」と、御法嗣様から何度もご説法を頂いて、私なりに分かっているつもりでした。

しかし、遇い難き仏法だからこそ、自ら求める心を起さなくてはならないのに、子供達に連れて行ってもらわなければ行けないという思いが、私の心の中にあった為に、お大師様、菩薩様の懐に飛び込む事が出来なかったのでございます。

私が、お大師様、菩薩様を信じ切って、その懐に飛び込まない事には、子供達も救われないと、何度も御法嗣様からお教え頂き、私も分かっているつもりでいました。

でも、頭で理解していただけで、まだまだ分かっていなかったのです。だから、お大師様、菩薩様は、御法嗣様を通じて、厳しい慈悲のお手紙を下さり、私の心を問われたのだと思います。

お手紙を頂いた私は、「とにかく自分の足でお大師様、菩薩様の元へ帰らせて頂こう。何が何でも絶対に自分の足で帰郷させて頂くのだ」と決意し、いつも四国から電車で法徳寺へ帰郷される御同行の小笠原様と出雲様に、行き方を教えて頂こうとお電話をさせて頂きました。

すると、出雲様が「私も11月に帰郷させて頂こうと思っておりましたので、よろしかったら一緒に行きましょう」と言って下さいましたので、お言葉に甘える事に致しました。


思いもよらぬアクシデント


出雲様は、香川県の高松にお住まいですので、私が高知から高松まで行き、そこからご一緒させて頂く事になったのですが、出雲様は、往復の切符と宿泊先の手配ばかりか、足の弱っている私の為に、途中三ヶ所もある電車の乗り継ぎに不自由がない様にと、各駅で車椅子の手配までして下さいました。

11月19日、私は、自宅のある高知を出発して高松に向い、出雲様と再会して、その日は出雲様が手配して下さった駅前のホテルに宿泊させて頂きました。

出雲様は、私をホテルの部屋までお送り下さり、その際、山梨までの往復の乗車券と特急券をお渡し下さいましたが、「私は鈍ですので、預かっておいて下さい」とお願いして、お預かり頂いたのです。

出雲様は、午後11時頃、ホテルを出て自宅へ帰られましたが、実は、帰宅途中で、出雲様に大変なアクシデントが起きたのでございます。

しかし、私は、その事を知る由もなく、その日は、明朝、出雲様と一緒に帰郷出来る事を楽しみに休ませて頂いたのでございます。

翌20日早朝、ホテルに出雲様の娘さんからお電話があり、「昨夜母が入院しまして、山梨へ行けなくなりましたので、今から切符を持って行きますから、フロントで待っていて下さい」との事でした。

何が何だか分からないままフロントで待っていますと、出雲様の娘さんが来られ、昨夜出雲様が帰宅される途中、坂道で車がエンストし、その時に足を痛めて歩けなくなり入院なさったとお話して下さり、昨夜出雲様にお預けした私の切符をお渡し下さいました。

余りに突然の事で、私の頭の中は一瞬真っ白になりましたが、「高松まで来た以上、引き返す訳にはいかない。これはきっとお大師様、菩薩様が私の心を試しておられるのだ。どこまで信じ切れるかを見ておられるのだ」と思い、改札口で切符を見せましたら、「この切符は使えません。新しい切符を買って貰わなければ乗れません」と言われ、訳が分らぬまま、大慌てで新しい切符を購入致しました。
 (後から分かったのですが、娘さんが届けて下さった切符の一部が入れ替わり、出雲様しか使えない特別な切符が間違って入っていたそうです)

余り電車に乗って遠出した事のない私には、乗り遅れたり、間違えて他の電車に乗ったりするかも知れないという不安もありましたが、「絶対行かせて下さる。帰るか、行くか、お大師様、菩薩様が私に問いかけておられるのだ。前進あるのみ!」と思い直し、切符を手にホームに出ますと、ボランティアの駅員さんが車椅子を押して、スーッと目の前へ来られるではありませんか。

「エッ!新しい切符を買ったのだから、出雲様が手配して下さった指定席も変わっている筈なのに」と、不思議に思っていると、ボランティアの駅員さんが、優しい言葉で車椅子に乗せて下さり、指定席まで運んで下さいました。

まるで殿様になったような気分でした。次の乗換駅でも、ちゃんと連絡して下さっておりまして、何の不安もありませんでした。

夕方、無事に山梨の韮崎駅に到着し、改札口で駅員さんに切符を見せたところ、「韮崎までの切符が二枚ありますが、どうしてですか」と聞かれるので、「それじゃ、一枚分払い戻して下さい」とお願いしますと、「両方とも、判子が押してあって、使われているので出来ません」と言って、持っていかれました。

高松駅を出発する時に、私の切符の中に出雲様の切符が紛れ込んでいたから、もしかすると一枚は出雲様の切符かも知れないと思い、切符を返してくれるよう、何度もお願いしましたが、返してくれませんでした。

「これも菩薩様のお計らいの中なれば、己が計らいするな人」と、自分に言い聞かせながら、出雲様が手配して下さった駅前の「よろづや旅館」へと向いました。


涙、涙の帰郷


翌21日、旅館からタクシーで法徳寺へ向い、法徳寺の入口に差し掛かると、目の前に神々しい夢殿のお姿が飛び込んでまいりました。

「あー、菩薩様が待っていて下さった」と思うと、有難さと申し訳なさで胸が熱くなりました。菩薩様のご家族の皆様のお優しいお出迎えに言葉もなく、涙、涙の帰郷でございました。

早速、夢殿を伏し拝み、感涙が込み上げる中、菩薩様にご苦労をおかけした事への御懺悔と、この度の何から何まで至れり尽くせりのお計らいに、ただただお礼を申し上げるばかりでございました。

御法嗣様も、「菩薩様を信じ切って飛び込めるか、試されたのですよ」とおっしゃって下さいましたが、こうして飛び込んでみれば、何の不安も苦労もなく、高松を出発する時に頭をかすめた思いは、いつの間にか吹き飛んでいました。

久し振りにお会いする御同行の皆様とも、ゆっくりお話をさせて頂く事が出来、お参りさせて頂いて本当によかったと、心の底から実感いたしました。


身に余るお計らいの数々


私は、出雲様の手配で、その夜、もう一泊させて頂くようになっていたのですが、出雲様と奇しき御縁で結ばれておられる横浜の小林様が、一緒に泊まって下さる事になったのです。

小林様は、出雲様が21日にお参りされたら、一緒に宿泊される心積もりで、準備して来ておられたのですが、私は、菩薩様が、一人で泊まる私の為に小林様を一緒に泊まらせるお計らいをして下さったのだろうと、思っておりました。

しかし、菩薩様のお計らいは、もっと深かったのでございます。

私は、20日に改札口で渡した二枚の切符の事が気になっていましたので、22日の朝7時前に、もう一度、韮崎駅へ行き、20日の日と同じ駅員さんに、2枚の内1枚だけでも返して下さるよう交渉したのですが、取り合ってくれませんでした。

旅館に戻り、朝食を済ませてから小林様と早めに駅へ行きましたら、小林様が、「私が行って話をしてみましょう」と言って、別の駅員さんにお話して下さいました。

その駅員さんが「何時頃降りましたか」と聞かれるのでお答えすると、一枚一枚、丁寧に切符を調べて下さいました。そして、「ありましたよ」とおっしゃって、小林様の手に返して下さったのでございます。

後日、出雲様からお聞きしましたところ、この切符は、返金手続きをする為に無くてはならない、とても大切な切符だったそうです。

出雲様は、事前に私とご自身の往復切符を購入しておられたのですが、出雲様の分はアクシデントで使わず、また私の分も、出雲様が購入して下さっていたにも拘らず、手違いで切符が入れ替わったために、行きの切符を新たに購入しなければならなくなり、その為に事前に購入した未使用分の切符の代金を返金して頂ける事になり、その手続きをする為にこの切符が必要だったとの事で、もしこの切符がなければ返金してもらえなかったのだそうです。

菩薩様は、私一人では、切符が返って来ないであろう事を見通された上で、小林様を法徳寺にお参りさせて、その夜、私と一緒に宿泊させ、払い戻しに必要な切符を取り戻す手助けをさせて下さったのでございます。本当に有難い事でございます。


出雲様との再会


韮崎駅で小林様とお別れして高松駅へ向ったのですが、行きと同様、各乗換駅では、ボランティアの駅員さんが車椅子を用意していて下さり、乗り継ぎの電車まで連れて行って下さいました。

高松駅に着くと、出雲様が痛い足を押して、松葉杖を突きながら娘さんと一緒に迎えに来て下さっておりました。一緒にお食事を頂いて、この日も、出雲様が手配して下さったホテルに泊まらせて頂きました。

お会いするまで心配だったのは、出雲様の足のお怪我の具合でした。私の心を試すためのお計らいですから、出雲様の負担になるような大きな怪我にはなさらないだろうとは思っておりましたが、お元気そうで、安心致しました。後日お聞きしましたところ、思ったよりも軽く、一週間ほどで退院されたそうでございます。

無理をすれば歩ける程度の怪我では一緒にお参りされたでしょうし、かと言って、余りにも重い怪我なら、出雲様の負担になって、お仕事の支障にもなりましょう。

菩薩様は、出雲様の負担にならず、しかも、私と一緒には帰郷出来ない程度の痛みを与えられて、足止めをなさったのだと思います。まさに、生き仏様だからこそ現わせる神業と申す他はございません。


今回のお計らいの意味


翌23日、無事に高知の自宅へ帰らせて頂きましたが、改めてこの度のお計らいを振り返ってみますと、何から何まで全て、私に信じ切る心を成就させんが為のお大師様、菩薩様のお計らいでございました。

そして、そのお大師様、菩薩様の尊いお手伝いを、出雲様と小林様がして下さったのでございます。出雲様は、私が法徳寺へ帰郷出来るように、切符や宿泊先ばかりか車椅子の手配まで、すべてお膳立てして下さいました。

法徳寺へ帰郷する前日の夜遅く、出雲様がアクシデントに見舞われて足を痛められ、入院なさった事も、すべてお大師様、菩薩様のお計らいでございました。

もし出雲様が入院されなかったら、私は予定通り、出雲様と一緒に法徳寺へ帰郷していたでしょうが、それでは、お大師様、菩薩様を信じ切って、その慈悲の懐に飛び込んだ事にはなりません。出雲様と一緒に帰郷させて頂くと、どうしても出雲様を頼ってしまうからです。

だから、お大師様、菩薩様は、出雲様を入院させて、私と一緒に行けないよう、お計らいなさったのです。

しかも、出雲様が足を痛めて入院なさったのは、私が山梨へ出発するほんの数時間前であり、私がその事を知ったのは、出発当日の朝だったのです。

もし出雲様が入院なさったのが、もっと前でしたら、果たして私は一人で法徳寺まで帰郷していたでしょうか。もし私が出雲様の入院を知ったのが、出発当日の朝ではなく、高知の自宅を出てくる前であったとしたら、果たして一人で帰郷する決心がついたでしょうか。もしかすると、迷いに迷った挙句、飛び込めなかったかも知れません。

お大師様、菩薩様は、そんな私の心を見通された上で、私を逃げ場のない状況に追い込み、信じ切る心を成就させようとして下さったに相違ございません。

私が出雲様の入院を知った時には、すでに切符が購入され、山梨へ行く段取りがすっかり整えられており、また私自身も高松まで来ておりましたので、引き返すにも引き返せず、私には前に進むより他に道はございませんでした。

頼みとする出雲様がおられない一人旅となった訳ですが、もうここまで来たら、お大師様、菩薩様を信じ切って、懐に飛び込む以外に道はございません。

「絶対に行かせて下さる。大丈夫!」と、そう言い聞かせて、足を一歩前に踏み出したのでございます。

すると、どうでしょう。「案ずるより産むが易し」の諺通り、お大師様、菩薩様の懐は、本当に安心で、何の不安もなかったのでございます。


皆様に申し上げたい事


ここまでお計らいを頂き、お守り頂いた今回の帰郷で、果たして私の信じ切る心がどこまで深くなれたのか、そしてどこまでお大師様、菩薩様のみ心に叶う心にならせて頂けたのかは分かりませんが、少なくとも今回のお計らいによって、今までより一歩も二歩も前に足を踏み出させて頂けたのではないかと感じております。

高知の自宅に帰りましてからも、毎日の生活の中で、お大師様、菩薩様にお守り頂いている事を、一つ一つ分からせて頂けるようになり、お任せし切っていれば、何もかも在るがままで、まるで生き仏様の懐に居るかの如く、何の不安もございません。

尊い体験をさせて頂いた今、改めて私から皆様に申し上げたい事は、ただ一つしかございません。

それは、法を求める心も、お大師様、菩薩様を信じ切る心も、不動のものでなくてはならないという事です。

私がそうであった様に、頼りとする足(車)の都合や、何らかの事情でお参りが左右されるとしたら、それはまだ法を求める心が真剣でないという事であり、生き仏様を信じ切っていない証と言えましょう。

皆様は「今月はお参りさせて頂こう」と心に決めたにも拘らず、不都合という壁が目の前に立ちはだかったら、どうなさいますでしょうか。今回私が頂いたお計らいが、まさにそれでございました。

私は、不都合という壁を悟りに変え、何があっても絶対に行かせて頂くのだという強い意志と、お大師様、菩薩様が絶対に行かせて下さるという深い信心によって、越えさせて頂いたのでございます。

もし目の前に不都合という壁が立ちはだかったら、先ずそれを悟りに変え、お大師様、菩薩様を信じ切って、一歩二歩と足を踏み出し、その壁を越えさせて頂く事です。そうすれば、必ずお大師様、菩薩様の深い慈悲心を感受させて頂き、今までとは違う世界が見えて来る筈です。

どうか御同行の皆様におかれましても、この度の私の体験を参考にして頂きまして、一歩でも二歩でも前に踏み出され、生き仏様の慈悲の懐に飛び込まれますよう、心よりお祈りする次第でございます。

最後になりましたが、お大師様、菩薩様にご苦労をおかけ致しました事に対し御懺悔と感謝の誠を捧げ、この大恩に報いるべく、なお一層心して衆生済度のお手伝いをさせていただけます様、精進して行きたいと、決意を新たにしております。

またお大師様、菩薩様の尊いお手伝いをして下さいました出雲様と小林様に心より感謝申し上げます。特に出雲様には、菩薩様のお計らいとは申しながら、お仕事でお忙しい中、本当にご苦労をおかけいたしました。改めて心より厚く御礼申し上げます。

南無大師遍照金剛
 南無普門法舟大菩薩

合掌

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(JR高松駅)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(JR韮崎駅)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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