桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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夢殿の歌碑

─四十九首が意味するもの─



この世の曼荼羅を現わす夢殿と歌碑


平成十七年四月十三日、高野山法徳寺の根本経典とも言うべき御法歌「頼め彼岸へ法のふね」を刻んだ四十九基の歌碑が、夢殿の周囲に完成し、その開眼法要が、御同行の皆様の御参列のもと、厳かに営まれました。

開眼法要に先立ち、夢殿の御本尊である秘仏の身代り升地蔵菩薩様が、特別に御開帳(注1)されましたが、秘仏の御開帳はこの時一度限りで、二度と御開帳される事がないため、御参拝された皆様全員が、その尊いお姿を、心の奥底にしっかり焼き付けられた事と思います。

また歌碑の開眼法要に併せて、歌碑の周囲を廻る「四国八十八ヵ所霊場お砂踏み回廊」の開創式も行われ、開眼法要の後、御参詣の皆様と共に御回廊の踏み初めをさせて頂きましたが、御同行の皆様の手によって、紀州高野山と四国八十八ヶ所霊場から集められた霊験あらたかなお砂を踏みしめながら、お大師様、菩薩様の御苦労の御足跡を偲びつつ、夢殿の御回廊を廻らせて頂いた時の感動は、今でも忘れる事が出来ません。

菩薩様が残された三千首余りにのぼる道歌を刻んだ歌碑の建立は、菩薩様御在世中よりの悲願でありますだけに、その門出となる四十九基の歌碑の開眼法要を厳修させて頂けました喜びは、ひとしおでございました。

宇宙生命そのものを人格化した大宇宙の根本仏である大日如来様を中心として、その周囲を大日如来様の分身である諸仏諸菩薩様が取り囲んでいる仏の世界を曼荼羅(まんだら)と言いますが、夢殿とその周囲を取り囲む四十九基の歌碑は、まさに御本尊である普門法舟大菩薩様を、菩薩様の分身ともいうべき教え(仏法)を刻んだ歌碑が取り囲んでいる曼荼羅世界そのものと言えましょう。


何故四十九首なのか


夢殿の周囲に建立された四十九基の歌碑に刻まれている御法歌「頼め彼岸へ法のふね」四十九首は、菩薩様が、老若男女のへだてなく、誰もが日々の暮らしの中で唱えられるようにと、三千首余りの道歌(法歌)の中から選んで編集されたものですが、何故四十九首なのかが、長年分りませんでした。

と言いますのも、四は死につながり、九は苦を連想するという事で、日本人が最も忌み嫌う数字が四と九であり、それが二つも重なった「死苦」を意味する四十九という数字は、普通ではまず選ばない数字なのです。

三十三とか七十七とか八十八とか、もっと縁起の良い数字がたくさんあるにも拘らず、何故菩薩様は、四十九という数字を選ばれたのかが分らなかったのですが、四十九という、普通の人なら絶対に選ばない数字を、敢えて選らばれたその裏には、代苦者として生きられた菩薩様の体験と、衆生救済にかける強い一念が秘められていたのであります。


身代り升地蔵尊を感得した四十九日間の代受苦行


菩薩様が突然、激しい頭痛に襲われたのは、御入定七年前の昭和五十八年五月二十四日未明の事でした。その日から滝のような汗をかく日々が何日も続いたのですが、幾つかの病院で検査をして貰っても原因は分りませんでした。

ところが、汗をかきはじめてから数えて三十七日目の六月二十九日未明、霊夢にて、飛び散る灼熱の汗を流しながら、升の中に凛とたたずむお地蔵様を御感得なさったのであります。

不思議な事に、霊夢をご覧になってから、それまで全く変らなかった菩薩様の体調が、どんどん快方に向われ、汗をかき始めてから四十九日目の七月十一日に、ようやく床を離れる事が出来たのですが、今になれば、床に就かれた四十九日間は、菩薩様が身代り升地蔵菩薩として生まれ変わる為には、どうしても乗り越えなければならない代受苦の期間だった事が、よく分ります。

つまり、菩薩様が三千首余りある御法歌の中から四十九首を撰ばれて御法歌「頼め彼岸へ法のふね」を編纂されたその裏には、身代り升地蔵菩薩様として生れ変る為に代受苦の御汗を流された四十九日間の尊い代受苦行があったのであります。


生れ変わりの数字


この四十九という数字は、仏教では、亡くなられた方が来世に生まれ変わる為に要する期間(中陰)と言われています。

早い人では七日目に、遅い人でも四十九日目には必ず来世へ生まれ変わると言われ、その為に七日毎の忌日が七回設けられているのですが、菩薩様が四十九首を択んで「頼め彼岸へ法のふね」を編纂され、その四十九首を刻んだ四十九基の歌碑を夢殿の周囲に建立されたのは、亡くなられたお方を供養する為ではなく、お大師様が説かれた「人みなこの身このまま仏になれる」という即身成仏の教えを、一人でも多くの皆様に身を以て実証して頂き、生き仏の分身として生まれ変わって頂きたいからであります。

そして、その悲願成就の願いを込めて選ばれたのが、まさに、生まれ変わりの数字を意味する四十九首の御法歌「頼め彼岸へ法のふね」だったのです。

勿論、その根底には、代受苦の御汗を流しながら四十九日間の行に耐え、身代り升地蔵菩薩として生れ変られた菩薩様御自身の体験がある事は、言うまでもありません。

ですから、四十九基という歌碑の数は、奉納者の数ではなく、「全ての人々に生き仏の分身として生まれ変わって欲しい」との願いが込められた数字なのです。

つまり、「四十九基の歌碑に刻まれた御法歌によって、心の闇を照らし、苦しみの此の岸(此岸)から、極楽の彼の岸(彼岸)へ渡って欲しい。そして生き仏の分身として生れ変り、一人でも多くの苦しむ人々を彼岸へ渡す手伝いをして欲しい。その使命に目覚めて欲しい」との願いを、生まれ変わりの数字である四十九基の歌碑に託しておられるのです。


八角堂でなければならない理由


生き仏様のお計らいには寸分の狂いも無駄もない事を改めて痛感させて頂いたのは、四十九基の歌碑の数だけではありません。

さらに驚いたのは、菩薩様の御廟の形として、四十九基の歌碑を建てるのに最もふさわしい八角形のお堂が択ばれている事であります。

今から十八年余り前の平成三年四月十一日、私達はお計らいによって奈良県斑鳩町の法隆寺へ導かれ、そこで菩薩様の御廟は、四角形でも六角形でもなく、八角形の夢殿にせよとのお指図を頂いたのですが、今になってみれば、その周囲に四十九基の歌碑を建立する事を前提として決められた形である事がよく分るのです。

仮に四角形や六角形のお堂であれば、四十九基の歌碑を建てようにも等分に建立する事は不可能であり、正八角形の夢殿であるからこそ、四十九首の歌碑を、正面を除いた他の七辺に、七基ずつ等分に建立する事が出来るのです。

当時は、何故菩薩様の御廟が八角形でなければいけないのか、そのお計らいの真意がよく分りませんでしたが、八角形の夢殿こそ、四十九基の歌碑を建立するのに最もふさわしい形であり、菩薩様の御廟は、八角形の夢殿以外にはありえなかったのであります。


夢殿の名前の由来


菩薩様の御廟を夢殿とお呼びする事にも、深い意味があります。

と言いますのも、お計らいによって法隆寺へ導かれた平成三年四月十一日は、聖徳太子様の千三百七十年御遠忌の当日であり、その為にこの日は特別に、法隆寺で唯一秘仏とされている夢殿の救世観音像が御開帳されており、そのお計らいにより私たちは、夢殿において普門法舟菩薩様より、「御廟を八角円堂の夢殿にせよ」とのお指図を頂いたのであります。

法隆寺の夢殿は、聖徳太子様の霊夢に金色に輝くみ仏が現れ、太子を導いたという伝説に基づいて名付けられたものであり、御本尊の救世観世音菩薩像は聖徳太子様御自身のお姿と言われておりますが、法徳寺の夢殿にお祀りされている御本尊の身代り升地蔵菩薩様も、法舟菩薩様の霊夢に、灼熱の御汗を流しながら升の中に凛とたたずむ神々しいお姿のお地蔵様が御出現なさった事に由来するものであります。

聖徳太子様が霊夢で御感得なさった御自身のお姿が救世観世音菩薩である事と、法舟菩薩様が霊夢で御感得なさった御自身のお姿が、代苦者となって衆生を救済しておられる身代り升地蔵菩薩である事を考えますと、この二つの相似は、ただの偶然とは思えません。

もし菩薩様が、お大師様と不二一体の生き仏と成られただけではなく、聖徳太子様とも不二一体と成られたお方だとすれば、菩薩様の御廟に夢殿という名前が冠せられたとしても、何ら不思議はないのであります。


生き仏様との御縁


法隆寺の夢殿の美しさは今更申すまでもありませんが、法徳寺の夢殿の美しさも引けを取らず、夢殿にお参りされたお方の誰もが、思わず「本当に美しいお堂ですね」とおっしゃって下さいます。

秘仏である身代り升地蔵菩薩様の慈悲心溢れる優美な御姿もさることながら、日本建築の粋を集めて建立された夢殿と、四十九基の歌碑によってかもし出される妙なる光景は、まさしくこの世の曼荼羅浄土と呼ぶにふさわしい優雅さと品格を兼ね備えていると言ってもいいでしょう。

夢殿と四十九基の歌碑の前に額づく度に、生き仏様と深い御縁を結ばせて頂けた幸せを痛感するばかりですが、それだけに、一人で多くの皆様に、生き仏様と御縁を結んで頂き、末代までの幸せを得て頂きたいと願わずにはいられないのであります。



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ノウゼンカズラ(凌霄花)
(花言葉 栄光、名誉)

 


(注1)秘仏となっている仏像を一般に公開すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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