桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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極楽は 十万億土というけれど

迷えば遠し さとれば近し



菩薩様のお言葉


代受苦行の真っ只中で菩薩様がおっしゃった言葉が二つあります。一つは、「有り難い」、そしてもう一つは、「み仏は、ただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」という言葉ですが、この二つの言葉は、代受苦行という、誰も真似の出来ない地獄のような苦しい難行苦行の真っ只中で仰ったのです。

何故そんな言葉が言えたのでしょうか?

その疑問を解く鍵が、「み仏は、ただ信じるのではなく、信じ切らなければならない」という二つ目の言葉です。

この言葉を見れば、菩薩様がすでに、み仏を信じ切り、お大師様を信じ切っておられた事が分ります。

「有り難い」とは言えない状況の中で、「有り難い」という言葉が口を突いて出てきたのは、その為です。

まさに菩薩様にしか言えない言葉と言ってもいいでしょうが、 もし皆さんが、み仏から、「悪いが私と一緒に地獄へ行ってくれないか」と頼まれたら、どうされますか?

「申し訳ありませんが、地獄へは行きたくありません。どうか、極楽へお導き下さい」と言ってお断りするか、それとも「ありがとうございます。私を見込んでそう仰って下さるなら、喜んでお供をさせて頂きます」と言ってみ仏と一緒に地獄へ堕ちていくか、道は二つに一つです。

もしあなたが、前者の道を選ばれるなら、本当の極楽へは行けないでしょう。何故なら、あなたのその分別心こそが、あなたを地獄へ陥れる張本人だからです。

み仏が、あなたに「私と一緒に地獄へ行ってくれないか」と言ったのは、あなたの分別心を取り除いて、本当の極楽に導きたいからです。

「はい、分りました。み仏様のお指図なら、地獄へでも、どこへでも喜んでお供させて頂きます」と応えられた時、あなたは間違いなく極楽往きの切符を手に入れたと言っていいでしょう。否、その心になった時、あなたはすでに極楽ににいるのです。

菩薩様が地獄の苦しみの中で「有り難い」とおっしゃったのは、 すでに一切の分別心から自由になり、極楽におられた何よりの証拠と言えましょう。

もしみ仏から「私と一緒に極楽に行ってくれないか」と言われた時の皆さんの答えは、すでに分かっています。

極楽は、誰もがみな行きたいと願っている所ですから、「喜んでお供致します」と答えるでしょうね。

しかし、それでは、あなたは救われないし、極楽へも行けません。極楽へ行けるのは、「み仏のお指図であれば、喜んで地獄へも行きます。火の粉もあびます」と答えられた人だけです。

みんな極楽へ行きたいし、地獄へは行きたくないのです。ですから、「極楽は良いけど地獄は嫌だ」という分別心がある内は、み仏から「私と一緒に地獄へ行ってくれないか」と言われても、「はい、行きます」とは絶対に言えません。

その分別心が無くなった時、初めて、み仏のお指図に従えるし、従えたら、自ずと本当の極楽が見えてくるのです。

み仏と一体であれば、地獄も極楽、み仏を信じ切る心が無ければ、極楽も地獄なのです。

これが、良寛和尚が「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ねる時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候」と説かれた本心なのです。

合掌


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