桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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迷信・霊感による判断


以前、ご同行のEさんから、「近くの祠にお祀りされているお地蔵様にお参りした時、或る人から、他の人が点けた蝋燭の火を貰ってお灯明を点けてはいけないと言われたのですが、本当ですか」と尋ねられた事がありますが、このような迷信や霊感的判断に迷っていては、いつまで経っても真の救いは得られないでしょう。

Eさんがその人からその様に言われたという事は、裏を悟れば、Eさんがどこまで深く仏法を悟っているか、どこまで自分の身に置き換えてお計らいを悟っているかを問われたという事になりますが、改めて真の救いは、迷信や霊感の中にではなく、仏法(悟り)の中にのみ有る事を、しっかり心の奥底に刻んでおかなければなりません。

例えば、あなたが極楽を目指して歩いている時、ふと前方を見ると、道が左右に別れていたとしたら、あなたは、どうなさいますか。右へ行きますか、左へ進みますか。それとも、そこで立ち止まりますか。

このような場合、二つの判断があります。

一つは、迷信や霊感による判断です。

「右には大きな落とし穴があるから、左に行った方が安全ですよ」
 「いや、左には恐ろしい魔物がいますから、右の道を行かなければ命を落としますよ」
 「いいえ、どちらの道も危険ですから、先へ進まない方がいいですよ」

これが、迷信や霊感による判断ですが、落とし穴に落ちるか、魔物に襲われるか、それとも、極楽へ行くのを諦めて立ち止まるか、迷信や霊感に従えば、道は三つに一つという事になります。


迷信・霊感と仏法の違い


二つ目は仏法(悟り)による判断ですが、仏法による判断は、迷信や霊感とは根本的に異なります。

以前、菩薩様のお伴をしてご同行のFさんのお宅へ伺った時、一人の女性遍路が結婚の事で迷っておられ、菩薩様に判断を仰がれた事があります。以下は、その時の菩薩様と女性遍路の会話の一部ですが、この会話の中に、仏法による判断がいかなるものかが、ハッキリ示されています。

遍路―私はいま結婚するべきか、尼僧になるべきか分からなくて迷っているんです。

菩薩─そういう事の判断は色々ありますが、そういう判断は仏法の中にはありません。そういう判断は、すべて大日如来のみ心の中にあるということです。その大日如来のみ心の中まで心が及ばないでしょう。人間というものは一寸先も分からないのです。もしあなたの心が超えた心であれば、私はいつでも判断をしてあげましょう。その結婚はやめておきなさいとか、その結婚はしてもいいですよとか、そこまでの心になっていれば、いくらでも判断をしてあげましょう。でも、あなたの心がまだそこまで行っていないから判断は出来ないのです。何故かというと、私が判断をして、もしあなたが不幸になったら、何だという事になるでしょう。

遍路―いいえ、そうは思いません。それがやはり仏様の試練だと思います。

菩薩―試練というか、何もかもが慈悲と思える心にならなければいけないのです。

遍路―そうです。私、もうそうなっています。

菩薩―交通事故にあっても、これがお慈悲だと思える心、寒い雪が降ってきて、その雪が人間に都合の悪い雪であっても、その雪で悟っていくということ、そういう心が出来ていれば。

遍路―はい、私、もうそこまで悟れています。

菩薩―そこまで悟れているのであれば、あなた自身が自分で決められる筈ですよ。

遍路―私が自分で決められると言われるのですか。

菩薩―そうです。そこまであなた自身の心が出来ているのであれば、私に相談することはありませんよ。

遍路―(沈黙)

菩薩―私に相談するということは、まだその心が出来ていないという事です。自分で即決出来ないという事は、私はもうそこまで来ていますと言っていても、まだそこまでの心にはなっていないという事です。あなたはもう心が出来ていますと言われるけど、出来ていれば自分で決められる筈でしょう。

遍路―そうですね。仏様にお任せしているんですから。

菩薩―仏様というより、自分の心の仏様にね。そうしたら、その仏様が答えを出すでしょう。その結婚はやめなさいとか、その結婚はよろしいという答えが出るでしょう。そうしたら、私に聞く必要はないという事です。あなたがそこまでの心になっているなら、私に聞く必要はありません。だから、まだ超えた心にはなっていないという事です。

遍路―(長い沈黙)

菩薩様から、「そこまであなたの心が出来ているのであれば、私に相談することはありませんよ」と言われた時の女性の顔が、今でも脳裏に浮かんできますが、私にはその女性が、一回りも二回りも小さくなったように見えました。

今まであれほど多弁だった女性の口が、まったく開かなくなってしまいましたから、相当ショックだったのでしょうが、この会話からも分るように、仏法の中には、結婚しなさいという判断も、結婚してはいけませんという判断もありません。

先ほどの例で言えば、右へ行けという判断も、左へ行けという判断も、立ち止まれという判断もないのです。

大切な事は、どの道を選ぶかではなく、どの道を選んでも、どのような不都合な結果になっても、それをみ仏の慈悲と受け止められる不動の心、超えた心に到達しているか否かであり、それを先ず見極めるのが仏法による判断であります。

そして、まだその心に到達していなければ、まずその心を成就させるべく、仏法を以て教え導くのであります。


生きるも死ぬも在るがまま


蝋燭の火に戻りましょう。

Eさんは、「他人が点けた蝋燭の火を貰ってはいけない」と言われたので、どうすればよいのか迷った挙句、私に判断を仰がれたのですが、この時のEさんは、まさに菩薩様に結婚についての判断を求めた女性と同じです。

つまり、この時Eさんもまた、お大師様、菩薩様から、「あなたの心はどうなのですか。もうそこまでの心が出来ているのですか」と問われていたのです。

もしEさんが超えた心に到達していれば、誰が点けてくれた蝋燭の火であっても素直に頂けた筈であり、そんな言葉に惑わされなかった筈です。

それどころか「み仏は、自分がお参りする事を知って、誰かを通じて、火種まで用意して下さったのだ。有難い」という境地にまでも到達させて頂けたに違いありません。

大切な事は、火が有ればそれを生かし、無ければ自分で火を点けさせて頂けばよいのであり、「火を頂くもよし、自ら点けるも又よし」という心になれるか否かであります。

そこまでの悟りの境地に到達出来た時、初めて極楽への道が開かれるのです。

「生きるも死ぬも 拾うも捨てるも 在るがまま」

これは、夢の中で菩薩様からお授け頂いたお言葉ですが、この言葉を借りるならば、まさに蝋燭の火を頂く(拾う)も、頂かぬ(捨てる)も、在るがままに受け止めさせて頂けば良いのであります。誰かが点けた火があれば、それを有難く頂くも良し、無ければ自分で火を点けるも又良しです。

他人が点けた蝋燭の火を貰うと良くないというのは、恐らくその人から悪い因縁を貰うからという理由なのでしょうが、そのような迷信や霊感的判断に迷わされていては、いつまで経っても極楽へは到達出来ません。

極楽は、他人が点けた蝋燭の火を貰う右の道を選ぶか、自分で火を点ける左の道を選ぶかで決まるのではありません。

どちらの道でもあり難く頂ける心、どんな苦難がその道に待ち受けていても、それをお大師様、菩薩様の大慈大悲のお計らいと受け止めさせて頂ける超えた心によって、初めて開かれるのです。

その心さえあれば、右へ進もうが、左へ進もうが、蝋燭の火を頂いても、頂かなくても、極楽に到達するに決まっています。と言うより、その境地に到達出来たら、そこがもう極楽なのです。

しかしその心がまだ出来ていなければ、どちらの道を選んでも待ち受けているのは、地獄、餓鬼、畜生の三途(注1)の世界だけです。

仏法に従って生きるか、これからも迷信や霊感に迷わされて生きるか、道は二つに一つしかありません。


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(注1)三途(さんず)とは、六道の中の地獄、餓鬼、畜生の世界を言う。地獄界とは、万苦が極まった世界、餓鬼界とは、貪欲の報いによって堕ちる世界、畜生界は、他人はどうなっても自分さえ良ければよいという生き方をした者が堕ちる世界で、この三つの世界は、六道の中でも苦しみ多き世界であるため、三悪道とも三悪趣とも言われる。よく亡者があの世へ往く時に、三途の川を越えていかなければいけないと言われるが、三途の川とは、地獄、餓鬼、畜生の事で、この三つの世界を越えていかなければ、極楽に到達出来ない事を教えているのである。

 

 

 

 


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