桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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不思議は世々に新たなり千年に一度の聖水神通力について夢殿の御回廊廻り汗露臺の御本尊

千年に一度の聖水



汗露水をひれ伏し拝む僧侶の群れ


平成十八年四月十三日の春季大法要に、高野山法徳寺へ帰郷された御同行のKさんが、「汗露水がいかに尊い聖水であるかを物語る、とても感動的な夢を見せていただきました」と言って、次のようにお話して下さいました。

夢の中で、汗露水湧出の聖地を拝む御法嗣様の法衣が金色に輝き、大きなお姿になられました。前方の空があかね色に染まり、御法嗣様のお姿は、夢殿におわします身代り升地蔵菩薩様にお成りでした。

光り輝く神々しい後ろ姿にひれ伏し、合掌の手がふるえていました。そのお姿の影を避けようと後ろを見て、飛び上がるほど驚きました。

法徳寺の広い広い境内が、墨染めの衣を召した大勢のお坊様で、真っ黒に染まるほど隅から隅までぎっしり埋めつくされ、汗露水湧出の聖地に向かい、深々と額ずくお姿でございました。

お坊様のひれ伏し拝む前に私がいては恐れ多いと思い、法徳寺の入口のあたりでお坊様方をお迎えし、お見送りをしようと座しておりましたが、お一人として私の前をお通りになりませんでした。

きっと、お大師様がおわします紀州高野山と同様、高野山法徳寺には菩薩様を敬い、お慕いし、仏法を学ぶ修行僧が、私たち凡人にはそのお姿こそ見えないけれど、大勢お住みになっておられることを、お知らせ下さったのだと思います。

しかも、一度ならず二度ならず、「この汗露水がいかに尊いか、決して忘れるではないぞ」 と菩薩様が仰っておられるかのように、汗露水湧出の聖地をひれ伏し拝むお坊様のお姿を、何度も何度も繰り返し夢に見させて頂きました。


千年に一度の聖水


Kさんは、感動の面持ちでこうお話して下さいましたが、汗露水を拝んでいるのが、一般の人々ではなく、境内を埋め尽くすほど大勢のお坊さんであるという事実が、汗露水の尊さを雄弁に物語っているのではないでしょうか。

真理を悟られたみ仏(仏宝)と、み仏が悟られた真理(法宝)と、その法を伝える人々(僧宝)に帰依をすることが、仏教徒の最も大切な心得とされていることからも分るように、僧侶は、この世で最も尊い三宝(仏法僧)の一つに数えられています。

その帰依される立場にある大勢の僧侶が、大地にひれ伏しながら汗露水を拝んでいたというのですから、汗露水がいかに尊い聖水であるかがよく分ります。

立ったままにせよ、座ったままにせよ、両手を合わせて拝むのが一般的な拝み方ですが、Kさんの夢では、大勢の僧侶が、大地にひれ伏して拝んでいたと言うのです。

ひれ伏して拝むとは、所謂五体倒地(注1)をして拝むことですが、五体倒地は、最も丁寧な礼拝の作法で、その姿を見れば、礼拝している対象が、いかに尊いものであるかが分ります。

三宝の一つに数えられる僧侶が礼拝するこの世で最も尊いものと言えば、み仏と真理(仏法)以外にはありませんが、境内を埋め尽くした大勢の僧侶が、汗露水に対して五体倒地をして額づいていたということは、汗露水が、み仏と真理に匹敵する尊いものである何よりの証と言えましょう。

Kさんから夢のお話をお聞きして、改めてこの汗露水が、千年に一度いただけるか否かと言われる尊い聖水であることを再認識したのであります。



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(注1)五体倒地(ごたいとうち)とは、両膝、両肘、額の五ヶ所を地面に着けて礼拝す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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