桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
桜紋の扉 法徳寺の扉 御祈願の扉 汗露水の扉 御法歌 法話の扉 帰郷の扉 升紋の扉
御祈願・御供養について御納骨について帰郷庵について沈丁花

ご供養・ご納骨



変わりつつある供養(葬儀)の形


お寺離れが叫ばれ、菩提寺を持たないお方が増えつつある昨今、注目を集めているのが、僧侶派遣(僧侶紹介)サービスです。

アマゾンの「お坊さん便」が世間の注目を集め、巷では仏教会の反対意見を含め賛否両論が百出していますが、このサービスを好意的に受け止めている人々には、一般的な葬儀費用よりも低額で、なおかつ内容が明瞭である点が評価されているようです。

本来、お布施(法施)というものは、受ける寺院側が決めるものではなく、お布施をする施主様がそのお気持ちを現わされるものですから、その点から言えば、「お坊さん便」のようなサービスは、お布施本来の趣旨に反していると言わねばなりません。

しかし、現わすお気持ちの程度も様々で、施主様が困られる場合もあり、葬儀のお布施に関しては、寺院側と施主様との暗黙の了解により、寺院側が決めた額を施主様にお布施して頂いているのが現状ではないかと思います。

ただお布施の希望額も寺院によってまちまちで、中には余りにも高額なお布施を求める寺院もあって、それが檀家離れの一因になっている事は否めません。

このような寺院側と施主様との間で長年続いてきた暗黙の了解が、「お坊さん便」をはじめとする僧侶派遣サービスの登場によって一石を投じられる結果となっている訳ですが、葬儀のお布施自体は、すでに施主様のお気持ちを現わすというお布施本来の形ではなく、寺院側の要望に添う形で行われており、「お坊さん便」は、費用の低額化と明瞭化の両面から、その現状をより一層明確にしたに過ぎないとも言えます。

その証拠に、お布施の低額化と明瞭化は、同じような他の僧侶派遣サービスでも行われており、すでに広く定着していると言っていいでしょう。

人生最後のお別れの儀式をどのようにするのがよいかは難しい問題で、百人百様のお別れ方があると言ってもいいでしょうが、多額の費用さえかければ、よいお別れが出来るというものでもありません。

葬儀本来の在り方から言えば、遺族や故人と親しかった知人だけが集まり、心静かにお見送りするのが理想でしょうが、故人の交友関係や仕事上から、それが難しい場合もあり、すべての場合に当てはまる葬儀の理想形というものはありません。

しかし、残されたご遺族の今後の生活や物心両面に亘る負担などを考えると、余りにも高額な葬儀費用には疑問が残り、巷の声を反映して出てきた葬儀費用の低額化と明瞭化の流れは、今後も広がりを見せてゆくでしょう。

いずれにしましても、低額明瞭化を打ち出す様々な僧侶派遣サービスの登場によって、今日まで連綿と続いてきた檀家制度そのものが大きく変わろうとしており、今まで檀家に頼ってきた寺院側も、変革を求められている事は間違いありません。


来る者は拒まず、去る者は追わず


法舟菩薩様は常々、「信者を作ってはならないし、信者は要らない。法徳寺は、来る者は拒まず、去る者は追わずのお寺でなければいけない」とおっしゃっておられましたが、「諸行無常、諸法無我」を説く仏教の立場から言えば、菩薩様がおっしゃる通り、いかなるご縁であっても、一期一会のご縁と受け止め、信者や檀家を作る事への執着心を離れるのが、本来の在るべき姿ではないかと思います。

それは、医師と患者の立場によく似ています。医師の役割は、病んでいる人を治療する事であり、治療が終われば、そこで医師の果たすべき役割は終わりです。それ以上、患者を縛り、「あなたは私の患者だ。他所へ行ってはいけない」などと強要するのは、執着以外の何ものでもありません。

寺院と信者、檀家の関係も同じで、救いを求めて来られたお方が救われれば、寺院の役割は終わりであって、それ以上、信者や檀家として縛るべきではありません。

勿論、救われたお方が、これからも信者や檀家となってみ仏を信仰したいと思われるなら、その意志は尊重されなければなりません。寺院側がそれを拒否すれば、逆に「来る者は拒まず」の教えに反します。

しかし、一旦、信者や檀家になると決められても、再びそのお方が、信者や檀家をやめたいと思わるなら、その意志もまた尊重されなければなりません。いつまでもそのお方に執着し、その自由を縛る事は、「去る者は追わず」の教えに反する事になります。

大切な事は、寺院を選び、信仰をするか否か、信者や檀家になるか、信者や檀家をやめる否かを決めるのは、救いを求める人自身であって、寺院ではないという事です。

菩薩様が「来る者は拒まず、去る者は追わず」とおっしゃった言葉には、寺院がそれらの人々に執着し、信者や檀家として縛ってはならないという深い意味が込められているのです。


一期一会のご縁を大切に


一期一会のご縁と言えば、生きている人々を済度(さいど)するご縁だけではなく、ご葬儀のご縁もまた、故人とご遺族を済度する一期一会のご縁と言わねばなりません。

衆生済度のご縁である以上、高額な葬儀費用やお布施をめぐる問題も、ご遺族の救済と無関係ではありえません。

『法話の扉』の「先祖供養は生き供養(2)」でも述べたように、世の中には、高額化する葬儀費用に疑問を抱き、遺骨さえも引き取らない「0(ゼロ)葬」を提案する意見さえありますが、時代の流れとはいえ、葬儀費用の高額化を理由に、遺骨までも引き取らないというのは、供養の意味を取り違えた極論であり、まさに本末転倒と言わざるを得ません。

しかし、今までのような寺院側の常識だけが通用する時代でなくなっている事だけは間違いないでしょう。

法徳寺でも、「来る者は拒まず、去る者は追わず」の教えに従い、一期一会のご縁を大切にして、ご遺族の負担を出来るだけ軽減する意味から、今後ともご葬儀費用の低額化と明瞭化に努めてまいりたいと思います。


 

「帰郷庵」へのご納骨について



ご納骨のご案内


「帰郷庵」へは、法徳寺のご本尊様(身代り升地蔵尊)を尊崇されるお方であれば、宗旨・宗派を問わず、どなたでもご納骨いただく事が出来ます。案内パンフレット

お預かりいたしましたご遺骨は、一座の納骨供養を勤めた後、「帰郷庵」へお納めいたします。

ご納骨は、分骨(喉仏)、全骨を問いませんが、納骨スペースに限りがありますので、納骨していただけるご遺骨は、原則として骨壺容器(全骨容器、分骨容器)に納まるご遺骨のみとさせていただきます。

ご納骨の際には、戒名(法名)、戒名の読み方、俗名(ご生前の名前)、ご命日、行年(享年)が必要となりますので、紙に控えてご持参下さい。

分骨、全骨いずれの場合も、前もって粉骨処理をした後、「帰郷庵」へお納めいたします。

ご遺骨は合祀するため、後日ご遺骨の返還のお申し出がありましても返還には応じかねますので、あらかじめご了承ください。

下記の「帰郷庵納骨許可申請書フォーム」にご記入頂き、ネットからお申し込み頂いても結構です。


ご納骨料について


ご納骨には、ご生前にご納骨の予約をされる「生前帰郷」と、死後にご納骨のお申し込みをされる「死後帰郷」がございます。ご納骨料は下記の通りです。

分骨容器でのご納骨 納骨料
生前帰郷 50,000円
死後帰郷 70,000円

全骨容器でのご納骨 納骨料
生前帰郷 100,000円
死後帰郷 130,000円

ご納骨を申し込まれた施主の皆様には、「帰郷庵納骨許可証」を発行し、毎年の盂蘭盆会と春秋の彼岸会へのご案内を差し上げます。

春の彼岸法会は、三月の月並み法要と兼ねて三月二十一日、盂蘭盆法会は八月十五日、秋の彼岸法会は、九月の月並み法要と兼ねて九月二十一日に執り行いますので、是非お揃いでご帰郷下さいますよう、お待ちしております。

祀り手のない無縁仏様のご納骨につきましても、所定の納骨料に拘わらず、ご相談に応じますので、お気軽にお問合せ下さい。


永代供養料について


ご納骨に加え、永代供養を希望される場合は、生前帰郷、死後帰郷を問わず、ご納骨料とは別に、一霊につき永代供養料(30万円)をお納め願います。永代供養のお申込みは任意です。

永代供養のみのお申込みも可能ですので、お気軽にご相談下さい。

永代供養を申し込まれた御霊は、『永代供養過去帳』に戒名、御命日等を記載し、法徳寺が永代に亘り、護持供養してまいります。


サイト内検索 help
 


ジンチョウゲ(沈丁花)
(花言葉 不滅、永遠)

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全骨容器)

 

 

(分骨容器)

 

 

 

 

 

 

 

 


高野山法徳寺(たかのやまほうとくじ) TEL:0551-20-6250 Mailはこちらから
〒408-0112 山梨県北杜市須玉町若神子4495-309 FAX:0551-20-6251