桜紋の扉―自殺防止への取り組み、納骨堂「帰郷庵」へのご納骨、供養の意義などについてご紹介します。
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法徳寺のパワースポット(5)

〜光に包まれた汗露水(2)〜




代受苦行とは


法徳寺のパワースポット(4)〜光に包まれた汗露水(1)〜」で、夢殿の御回廊廻りの行をする時には、一切の執着や欲心を離れ、いかなる結果をも期待せず、無我、無心、無欲、無所得の心でさせて頂かなければならない、と申しました。

そう言ったのは、すでに菩薩様(身代り升地蔵菩薩様)が、私達の願いや思いや様々な悩み苦しみを見通された上で、私達を救う為のあらゆる手立てを採って下さっているからです。

み仏とは、私達がお願いして初めて耳を傾けて下さるようなお方ではありません。私達が何に悩み、どんな事で苦しんでいるか、先刻ご承知であり、その上で、私達を救う為のありとあらゆる手立てを採って導いて下さっているのです。

ですから、いかなる行をするにしても、あれもこれもとお願いする「頼み信心」ではなく、御懺悔と報恩感謝の心を忘れずにさせて頂く事が大切なのです。

しかし、人生には時として、み仏様にご苦労をおかけしているとは分っていても、更なるご苦労をおかけしなければならない事があります。

勿論、それは、生涯に一度あるかないかでしょうが、たとえそうであっても、お救い下さいと言って、身代りをお願いしなければならない時が必ずやってきます。

そのような場合、私達はどうすればよいのでしょうか?それでもお願いすべきではないのでしょうか?

み仏は、人々を苦しみから救う事を悲願としておられますから、そのような時は、お詫びした上で、お願いしても構わないと思います。

み仏は、苦しむ人々が救われる為なら、喜んで苦しみを受けて下さるでしょう。

しかし、心しておいて頂きたい事があります。

それは、代受苦行(身代り)とはどれほど凄まじい行なのかを、しっかり肝に銘じておいて頂きたいという事です。そうしなければ、命がけのお願いが出来ないからです。

お願いされるみ仏も命がけなら、お願いする方も命がけです。中途半端な気持ちではいくらお願いしても、み仏は受け取って下さいません。

これから私が体験した代受苦行の真相についてお話したいと思いますが、菩薩様がなさっておられる代受苦行がいかに凄まじいものであるかの片鱗なりともお伝えできれば幸いです。


毘沙門天の浴油法


仏様の拝み方にも色々ありますが、真言密教に伝わる拝み方の中で秘法中の秘法と言われるのが、浴油法(よくゆぼう)と言われる拝み方です。

一般には聖天(歓喜天)浴油法が有名ですが、私がご縁を頂いている信貴山の玉蔵院(ぎょくぞういん)で行われているのが、毘沙門天の浴油法です。

浴油法とは、その名の通り、毘沙門様に油のお風呂で沐浴していただき、心身を清めて頂く拝み方です。

具体的に言えば、拝む行者は、清浄なカヤの油を銅器に入れて人肌ほどに温め、その中に浴油のご本尊である双身毘沙門天像(注1))を安置して、杓で油を108回洒ぎながら三昧(さんまい)の境地に入る、つまり毘沙門様と一体になる訳です。

正式には108回を一単位として1日7回行う事になっていますから、1日に756回、油を洒ぐ事になります。

この行を期間を区切ってするか、毎日するかは行者の任意ですが、一度始めたら死ぬまで止められませんから、始める時は、その覚悟で望まなければなりません。

さて、この浴油法のどこがそんなに有難いのかと言いますと、一般に私達が何か願い事をする時は、自ら心身を清めて修行に臨まなければなりません。

しかし誰もが、厳しい修行に耐えられるとは限りませんし、特に子供やお年寄りや病人には不可能です。

そこで、本来なら私達がしなければならない修行を、毘沙門様が代わってして下さる、これが浴油法です。

毘沙門様を代理に立てて修行しようというのですから、当然、私たちが楽をさせて頂ける分、毘沙門様にご苦労をおかけする事になります。


浴油の毘沙門様を拝ませて頂く


毘沙門様が私たちに代わって修行して下さるとはどういう意味なのか?

その意味を理解していただく為に、私が体験した不思議な出来事についてお話したいと思いますが、これから述べる浴油法の真相は、あくまで私自身が体験を通して悟らせて頂いた浴油法の真相に過ぎません。

浴油法の真相については、百人百様の解釈があり、ここに述べる事が浴油法についての唯一の解釈ではないという事を念頭において、お読み頂きたいと思います。

今から28年ほど前の昭和62年11月、信貴山の玉蔵院に、浴油法を修法する浴油堂が約60年振りに再建され、その落慶法要が11月22日から29日までの8日間にわたり、盛大に催されました。

浴油堂が完成した翌々年の平成元年、浴油の毘沙門様を信奉する方々の集いである『浴油講』が発足し、11月22日から24日にかけて、第一回目の浴油講が開かれました。

初日の22日、私は玉蔵院の野澤密厳管長猊下(平成9年御遷化)がお話される前に、毘沙門様の浴油法について簡単なお話をさせて頂きましたが、私自身、話をしながら、何とも言えぬもどかしさを感じていました。

と言うのも、毘沙門様が私たちに代わって修行して下さるという意味が、もう一つよく分かっていなかったからです。

「浴油法は秘法中の秘法であるから、行者は修法しているところを誰にも見られてはいけない」とか、「浴油の毘沙門様は秘仏だから、そのお姿を誰にも見せてはいけない」とか言われるけれど、何故誰にも見られてはいけないのか、何故誰にも見せてはいけないのか、その理由がよく分からなかったのです。

要するに、その日は私の拙い知識を下に、毘沙門様の浴油法とはこういうものですよという薄っぺらな解説を、分からないままさせて頂いたに過ぎませんでした。

ところが、心の中でくすぶっていた様々な疑問が、その日の夜の不思議な体験によって、一瞬の内に氷解したのです。

私はその夜、当時住職を勤めていた奈良県桜井市の自坊で、浴油の毘沙門様のお姿をこの目でハッキリ拝ませて頂きました。

勿論それは、ただの仏像ではなく、私たちに代わって修行して下さっている、秘仏と言われる毘沙門様の生身のお姿でした。

そのお姿たるや、私の想像を絶する壮絶なものでした。その尊いお姿を拝した時、私は、今まで自分がどんなに思い違いをしていたか、いかに自分が毘沙門様のご苦労を分かっていなかったかを、思い知らされたのです。


浴油講初日の夜の不思議な体験


平成元年11月22日の夜の不思議な体験は、今でも忘れられません。

その日、私は、浴油講のお手伝いの為、玉蔵院に来ていましたが、お手伝いが終って自坊へ帰ると、お寺では大変な事が起こっていました。

自坊では、毎月菩薩様においで頂き、お参りされた方々に説法して頂いていました。11月21日もお元気に御説法をして下さったのですが、翌22日になって、菩薩様が、突然原因の分からぬ病いで起き上がれなくなったのです。

その日は浴油講の初日で、私は浴油講のお手伝いのため、早朝に自坊を出ていましたので、菩薩様が起き上がれなくて苦しんでおられる事など知る由もありません。

信貴山から帰ってくると、変わり果てた姿で苦しんでおられるので、どうしたのかと家族に尋ねると「朝から、頭と足を針で突き刺されているように痛くて起き上がれないらしい。立つことも出来ないし、お手洗いへ行く事も出来ない」との事でした。

原因が分からぬまま、全員が頭をかかえて途方にくれているところへ帰ってきたものの、私も何事が起こったのか見当もつかず、ただ茫然とするしかありませんでした。


菩薩様の体に起こる不可解な現象


菩薩様の体にこのような病気とも言えない原因不明の症状が現れるようになったのは、この時が初めてではなく、それまでも、度々不思議な現象が起こっていました。

例えば、毎月説法をする前になると体がえらくなり、終わると嘘のように元気になったり、医者に診せても原因の分からない病いで何日も床についたかと思うと、或る日突然元気になったり、現代医学では解明出来ない不思議な現象が、次々と菩薩様の体に起こっていたのです。

或る日突然、激しい頭痛に襲われ、滝のような汗をかく日々が何日も続き、床につくようになってから37日目の未明、霊夢にて、飛び散る汗を流しながら、升の中に凛とたたずむお地蔵様の姿を感得され、それ以来今まで全く変らなかった体調がどんどん快方に向い、汗をかき始めてから四十九日目の7月11日、床を離れる事が出来たという事や、これが49日間の代受苦行であった事を、「法徳寺のパワースポット(3)〜夢殿と御回廊と四十九基の歌碑〜」でお話しましたが、このような一連の出来事を通じて、私達は、菩薩様の体に起こる不思議な症状は、人々の苦しみや罪業を代って背負っておられる証であると確信するようになりました。

ですから、11月22日の早朝に襲ってきた突然の激しい痛みと苦しみも、誰かの苦しみを代って受けているからだという事までは分ったのですが、今回はどうもそれだけではないように感じました。

何故なら、今まで色々な苦しみを体験して来られた菩薩様ですが、一日中お手洗いにもいけないほど苦しまれた事は一度もなかったからです。

ですから、「これは尋常ではない。きっと何か他に悟らなければいけない事があるに違いない」と思ったのですが、問題は、何故、頭と足だけが、針で突き刺されているような激しい痛みに襲われたのかという事です。

頭と足と言えば、天地、神仏です。頭と足が痛いという事は、神仏が苦しんでおられるという事でしょうが、何故神仏が苦しんでおられるのか、またこの痛みを通じて何を教えようとしておられるのかが、分からなかったのです。

ところが、色々思案をめぐらしている内に、ふと私の頭を過ぎったのが、その日発足したばかりの浴油講でした。

その日私は、発足した浴油講のお手伝いに行かせて頂き、毘沙門様の浴油法についてよく分からないまま、大勢の信者さんの前で拙い解説をして帰ってきました。

しかし、目の前で苦しんでおられる菩薩様のお姿を見ている内に「これはもしかすると、浴油をしておられる毘沙門様のお姿ではないか。毘沙門様が私達に代って修行して下さると言うのは、私達の罪や苦しみを代って背負って下さるという意味ではないか。身代りをして下さるという意味ではないか」と思ったのです。

早速その事を菩薩様にお話したところ、思いも寄らぬ事が起こったのです。

一日中、菩薩様の体を苦しめていた激しい痛みが、まるで夢でも見ているかのように、またたく間に消えてしまったのです。

見る見る内に元気を取り戻していく菩薩様の姿を目の当たりにして、私は身震いしていました。感動の余り、いつまでも震えが止まりませんでした。

頭と足を針で突き刺されているような激しい痛みが跡形も無く消えた事が、いま悟らせて頂いた事に間違いないという何よりの証だ。

私はそう確信しました。

そして、「そうだったのですね。これが、浴油の毘沙門様のお姿だったのですね。毘沙門様が私たちに代わって修行して下さるというのは、私達に代って沐浴したり、滝に打たれたり、瞑想したりする事ではなく、私達が背負わなければならない苦しみや罪業の数々を、代わって背負って下さるという意味だったのですね。私達の身代わりになる事が、浴油の意味だったのですね。毘沙門様は、菩薩様の体を借りて、浴油をしている自分の姿を私に教えようとしておられたのですね。私は、今まで何と言う思い違いをしていたのでしょう。どうかお許しください。心より御懺悔いたします」と、今までの思い違いを、毘沙門様に御懺悔せずにはいられませんでした。


大悲に疾む毘沙門様


そう気付かせて頂いたら、まるで絡まった糸が次々と解けていくように、今までどうしても分からなかった浴油法にまつわる様々な疑問が、次々と解けていったのです。

昔から「浴油の毘沙門様は秘仏にしなさい。決して人目に触れさせてはいけない」と言われていますが、何故そうしなければいけないのかが、どうしても分からなかったのです。

ところが、浴油が代受苦であり、身代わりである事が分かったら、その謎が解けたのです。

菩薩様の体を通して目の当たりにした毘沙門様のお姿は、まさに病でない疾いに苦しんでおられるお姿でした。勿論それは、自らの病いで苦しんでいる姿ではなく、人々の苦しみを代って疾んでおられる大悲のお姿でした。

「凡夫の病いは煩悩より生じ、菩薩の疾いは大悲より起る」 という言葉がありますが、まさに毘沙門様が背負う病でない疾いは、苦しむ人々を救わずにはおかぬという大悲心にもよおされ、已むに已まれぬ思いから湧き出た代受苦の疾いだったのです。

そうであるなら、疾んでおられる毘沙門様のお姿は、誰も彼もに見せるべきではありません。

当時、菩薩様が、日々大変な代受苦行をしておられる事は、身近にいる者以外は誰も知りません。お参りされている方々は、病床の菩薩様の姿など想像もしていなかったでしょう。何故なら、お参りの方々の前に立つ菩薩様は、疾んでいる姿ではなく、元気そのもののお姿だからです。

勿論、菩薩様が陰で代受苦に疾んでおられるお姿は、誰の眼にも触れさせていません。何故かと言えば、お参りしている方の中には、信仰の深い人もいれば、浅い人もいるからです。

信仰の深い人は、菩薩様が疾んでおられる姿を見ても、思い違いをする事はありませんが、信仰が浅く、代受苦行の意味を知らない人は、ただ疾んでいる菩薩様の外見しか見ませんから、思い違いをする恐れがあります。

ですから、信仰の浅い人、代受苦行の意味を知らない人には、無闇矢鱈と菩薩様が疾んでおられるお姿を見せられないのです。

浴油の毘沙門様も同じで、私達の目には、毘沙門様の大悲の心は見えません。目に映るのは、ただ疾んでいる外見だけです。

外見は、一般の人が病気で病んでいるのと何ら変わりありませんから、信心の浅い人や、浴油の真相を知らない人がそのお姿を見た時に、毘沙門様が病気をして苦しんでいると、誤解する恐れがあります。

ですから、浴油(代受苦)をしておられる毘沙門様のお姿は、誰にも見せられないし、見せてはならないのです。

人の苦しみを代って背負い、病でない疾いに臥しておられる尊いお姿だからこそ、大悲のみ心が分からない者には、秘密にしなければならないのです。

そのお姿は、余りにも勿体なく尊いものであり、仏像のように、誰もが拝ませて頂けるものではないのです。

法徳寺の御本尊である身代り升地蔵菩薩様が秘仏であるのはその為で、代受苦をしておられるお姿は大悲に疾んでおられるお姿であり、心無い者が見ると思い違いをする恐れがあるから、誰も彼もの目に触れさせてはならないのです。


何故油で沐浴するのか?


もう一つ分らなかったのは、何故水ではなく油を使うのか、という事です。

沐浴は心身を清める為ですから、一般にはお水(お湯)を使います。ところが、浴油法では、油(香油)を使うのです。まさに油の沐浴であり、油の灌頂です。

何故、お水ではなくて油なのか、その真相がもう一つ分からなかったのですが、浴油が代受苦であり、身代りである事を悟らせて頂いたら、その謎も解けたのです。

人間が七転八倒の苦しみを味わっている時に流すものは何でしょうか。汗です。それもただの汗ではありません。油汗です。

暑い時や仕事をして流す汗は、水分の汗です。お風呂に入った時に流す汗も、水分の汗です。しかし、七転八倒の苦しみを受けている時に流す汗は、体の中から搾り出すような油汗なのです。

毘沙門様に油のお風呂へ入って頂いて沐浴をして頂くというのは、如何にも耳障りよく聞えますが、その行は、私達が想像するような生易しいものではありません。

毘沙門様が油のお風呂に入られるという事は、代受苦によって流される油汗の量が、お風呂になる程大量だという事です。

つまり、毘沙門様が、自ら流した大量の油汗でお風呂に入れるほどの苦しみを受けておられるという事であり、そのご苦労が尋常ではない事を象徴しているのが、まさしく油の沐浴なのです。


最後の手立て


浴油法が、人の罪苦を代って背負う覚悟で臨まなければならない、まさに命懸けの修行である事がお分り頂けたと思いますが、ではどんな時に毘沙門様はこの命懸けの浴油をして下さるのでしょうか?

それは、自分が身代りになる以外、その人を救う手立てがない場合です。

以前、菩薩様が、こんなお話をしておられた事があります。

世の中には自分の力で病気を治せる子と、自分の力で治せない子がいる。自分で治す力のある子は、遠くにいてもこちらから一心にお加持をすれば治るけれども、自分で治す力のない子は、私が直接そこへ行ってお加持をして、その子の病いを代わって受けてあげない事には、自分で自分の病気を治す事が出来ない

そう言って、直接その子が入院している病院へ行かれ、お加持をされた事があります。その子は、暫くして健康を回復し退院しましたが、その子のお宅へ伺った時、「これを見てごらん」と言って、その子の前へ掌を差し出されたのです。

見ると、掌には、丸い出来物の跡のようなものが沢山出来ていました。その出来物の跡を見せて、「これは今まで私が人の病いを代わって受けてきた跡なんだよ」と、その子に話していたのを、今でもはっきり覚えています。


代受苦行は伝家の宝刀


要するに、代受苦行(浴油法)は、み仏の最後の切り札であり、伝家の宝刀なのです。伝家の宝刀ですから簡単には抜かれません。ここぞという時でないと抜かれません。

裏を返せば、私たちがこの伝家の宝刀をお願いする時は、いまここで宝刀を抜いて頂かない事にはどうにもならない時であり、もうよくよくの時です。

み仏様に伝家の宝刀を抜いて頂く訳ですから、み仏も、お願いする者も命懸けです。否、命懸けでなければ願いは通じません。

み仏様が命懸けで身代りをして下さるのに、私達がうかうか心でいては、願いが成就する訳がありません。

ご遷化された玉蔵院の密厳管長猊下が「大西君。私は毎日浴油の毘沙門様を拝んでいるけど、浴油の毘沙門様にお願いする時は一生に一度か二度くらいやと思うんや。それくらいしかお願いしたらいかんと思うんや」とおっしゃった事がありますが、身代りになって頂くという事は、それだけ大変なご負担をおかけする訳ですから、「どうか身代りになって下さい」と言ってお願いするのは、一生に一度有るか無いかだろうと思います。

勿論、お願いする時は、お願いする方も命懸けです。命と引き換えのお願いですから、一生に何度もある筈がありません。管長猊下がおっしゃったように、一生に一度有るか無いかの、文字通り命を懸けた願掛けなのです。

しかし、命懸けの願掛けだからこそ、菩薩様も毘沙門様も命懸けで応えて下さるに違いありません。

菩薩様(身代り升地蔵菩薩様)がしておられる代受苦行は、まさに命懸けの大行であり、うかうか心でお願い出来る行ではないのです。

しかし、それだけに霊験あらたかな行である事も間違いありません。


平成27年8月17日

 

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毘沙門天(玉蔵院)

 

(注1)一般的に信仰されている単体の毘沙門天(上の写真)に対し、浴油法の御本尊である双身毘沙門天は、毘沙門天(男天)と吉祥天(女天)が一体となった独特の姿(下の写真)をしている。
男天である毘沙門天は、合掌した手を下に向けて独古杵(とっこしょ)を持ち、地の果てに至るまで様々な怨敵や悪難を打ち砕く心を表している。
女天である吉祥天は、合掌した手を上に向けて八幡金輪を持ち、天の果てに至るまであらゆる福徳を授けんとする心を表している。
浴油法の御本尊としてよく知られる歓喜天(聖天)が、抱擁し合っている象頭人身の双身像であるのに対し、双身毘沙門天は、背中合わせで立っているのが特徴である。
背中合わせは、三毒煩悩(貪り、怒り、嫉妬)を打ち砕く心の強さを表し、合体するのは、衆生を救う慈悲心の強さを表すとされている。

 

 

双身毘沙門天

 

 

 

歓喜天(聖天)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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