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ありがとう

〜ひとさし指から奏でるしあわせ(2)〜


 


ありがとう

〜ひとさし指から奏でるしあわせ〜

作詞・作曲  大西良空

幼き頃の夢 果たせなかったけれど
 私よりしあわせな 人はいないよね
 だって私は今 世界一素敵な
 お母さんに愛され 生きているから
 どんなに苦しくても どんなに辛くても
 もう大丈夫だから 心配しないでね
 お母さんが私の お母さんでよかった
 あきらめも絶望も もう今日でお別れ
 二度とないこの日々を 共に生きるよろこび
 いつも愛してくれて お母さんありがとう

あの頃の私は 泣いてばかりいたけど
 ほら見て今はもう 笑っているでしょう
 だって私は今 みんなの優しさと
 真心に包まれて 生かされているから
 どんなに悔しくても どんなに虚しくても
 もう過去をふり返らない 今だけを見つめて
 すべてが私にとって かけがえのない宝物
 憎しみも後悔も もう永久にさよなら 
 流した涙だけ 強くなれるからと
 いつも励ましてくれた みんなにありがとう

どんなに悲しくても どんなに泣きたくても
 明けない夜はないから 涙はもういらない
 ひとさし指が教えて くれたの大切なことを
 耐えること 微笑むこと すべてを許すこと
 世界が輝いて 私を照らしている
 今はあの先生に 言えるのありがとう

満天の夜空に きらめく星たちよ
 私のこの思い みんなに伝えてね
 生きる勇気をくれた あなたにありがとう

 



坂中明子さんへの手紙


坂中明子さんは、母親の浩子さんが主宰する「坂中ピアノ教室」で、子供たちにピアノを教えながら、今も懸命にリハビリを続けておられますが、声を出すのが難しいので、レッスンをする時は言葉を文字盤で伝えなければなりません。しかし、子供たちは、そんな明子先生を支えながら、懸命にレッスンに励んでいるそうです。

声さえ出せず、体さえ自由に動かせない毎日の生活がどんなに苦しいか、五体満足の私には想像も出来ませんが、そんな明子さんの苦しみを誰よりも深く理解しているのが、いつも身近にいる子供たちなのでしょう。

「子どもたちといると、幸せを感じることがたくさんあります」という明子さんの言葉には、明子さんの事をいつも気遣う子供達と、そんな子供達の優しさにそっと寄り添う明子さんとの絆の深さが、滲み出ています。

そんな明子さんの為に、何かお役に立てる事はないかと考えた末に完成したのが、『ありがとう〜ひとさし指から奏でるしあわせ』という曲ですが、この曲に込めた気持ちを伝えたいと、今年の6月18日、明子さんに手紙を書きました。


心拝、坂中明子様。
 毎日、猛暑が続いていますが、お変わりはありませんか。
 今日、このようなお手紙を差し上げたのは、明子さんに、歌をプレゼントした私の気持ちをお話しするためです。
 どうしても私の気持ちをお話しておきたいと思い、ペンをとりました。

ブログにもコメント(注1)させて頂きましたが、歌を作るに当たり苦労したのが、歌詞でした。

歌詞に入れようかどうか、最後まで迷った箇所が一か所あります。それは、「いまはあの先生に言えるのありがとう」という箇所です。

何故迷ったかと言いますと、この言葉を入れる事によって、明子さんやご家族の皆様の心を傷つける事になるのではないかと案じたからです。

迷いに迷った挙句、やはり入れようと決断したのは、やはり私が僧侶だったからかも知れません。もし在家の人間だったら、多分、別の歌詞に差し替えていたと思います。

医療事故を起こした先生に対する「ありがとう」の気持ちは、明子さんやご家族の皆様にとって最も受け入れがたいものであり、この世で最も憎むべきお医者さんに「ありがとう」などと言える筈がない事は、百も承知しています

あのような歌詞を入れられたのは、私がまだ明子さんやご家族の皆様の本当の苦しみを分かっていないからかも知れませんし、同じ体験をしていないからかも知れません。

私も、明子さんと同じ目にあえば、口が裂けても、その先生に「ありがとう」などとは言えないと思います。

でも、私はいま僧侶の身分にあります。私はこれまで僧侶として、様々な苦しみを持つ方々と接してまいりましたが、その経験から言える事が一つあります。

それは、恨みや怒りや憎しみを抱いたまま救われたお方は一人もいない、という事です。

私は、いままで自作の曲を何曲か作ってきましたが、どの曲もみな、ご縁のある方々の幸せを願い、頑張って欲しい、諦めないで欲しい、救われて欲しいとの願いを込めて作ったものばかりです。

勿論、今回明子さんにプレゼントした『ありがとう〜ひとさし指から奏でるしあわせ』も、明子さんとご家族の皆様の救いを願って作らせて頂きました。

もし、この歌詞の中で、私のその願いが一番強く反映されている箇所はどこかと問われれば、私は躊躇せずに、「いまはあの先生に言えるのありがとう」という一節です、と答えるでしょう。この曲に命を吹き込んでいるのは、まさにこの一節だと思っているからです。

この一節がなければ、この曲の「ありがとう」という題名も、空念仏になるのではないかとさえ思っています。

でも、この一節は、明子さんやご家族の皆様の心を傷つける一節になるかも知れないという思いが、今でも私の心の奥底に漂っているのも事実です。


慈の心と悲の心


先ほど、「迷いに迷った挙句、やはり入れようと決断したのは、私が僧侶だったからかも知れません」と言いましたが、それは、「可哀想だからとか、哀れだからという同情で作った歌ではない」という意味でもあります。

私の父はよく、「人は同情では救えない。優しい慈の心と、厳しい悲の心が相まって、初めて人は救われるのだ」と言っていましたが、父が言っていた優しい慈の心と、厳しい悲の心を込めて、この歌を作ったつもりです。

一番と二番の歌詞が、優しい慈の心で作った歌詞だとすれば、三番の「いまはあの先生に言えるのありがとう」という歌詞は、厳しい悲の心で作った歌詞です。

この悲の心は、時に痛みを伴い、心を傷つける事もありますが、たとえそうであっても、救われて頂きたいという思いから、心を鬼にして、悲の心を注がねばならない時があります。

誤解しないで下さいね。私は、その先生に対して、恨みや憎しみの心を持ってはいけないとか、怒りの心を捨てて下さいと言っているのではありません。

不注意によって、重い後遺症を負わされた明子さんやご家族の皆様のお気持ちを思えば、怒り、憎しみ、恨みの心が湧きあがってくるのは当然です。私だって、明子さんの立場に立てば、きっと同じ思いをする筈です。

私が言いたいのは、むしろその逆で、その先生に対する恨み、憎しみ、怒りの炎を、もっともっと燃やして頂きたいのです。そして、恨み、憎しみ、怒りの炎を途中で消さないで、完全に燃え尽きるまで、もうこれ以上は憎めないというところまで憎み尽し、燃やし尽くして頂きたいのです。

そして、最後まで恨み尽し、憎しみ尽し、怒り尽し、燃やし尽したら、目の前にある壁を突き破って、さらにその先へ進んで欲しいのです。

勿論、それは容易なことではないでしょうし、誰も彼もが乗り越えられる壁でないかも知れません。

でも、み仏は、乗り越えられないような試練は、決してお与えになりませんし、どのような厳しい試練であっても、必ず乗り越えられると見通された上で与えておられます。そこには、必ず救いの道が用意されていると、私は信じています。


ひとさし指が教えてくれたこと


「何故そんな事が分るの?」とおっしゃるかも知れませんが、明子さんの体の中で唯一動かせる左手のひとさし指を見れば分かります。

ひとさし指だけが何故動くのか。医学的に見れば、その理由は、色々あるだろうと思いますが、私は僧侶ですので、医学的な事は分かりません。分かるのは、信仰の心、悟りの眼で見たみ仏の心だけですから、悟りの眼から見た、ひとさし指が動く理由についてお話しさせてもらいます。

以下の文章は、ホームページに書いてある事と重複する部分もありますが、説明の都合上、繰り返してお話します。

このひとさし指は、仏教では、真理に譬えられる「月」を指し示す指とされている、とても大切な指です。

またお釈迦様が生まれてまもなく七歩歩まれ、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」とおっしゃった時に、天と地を指し示された指でもあります。

つまり、明子さんの体の中で唯一動かせる左手のひとさし指は、仏教の世界では、真理を指し示す指であると同時に、自分の足元(自分の使命)を見つめなさいと教えてくれる指でもあるのです。

その指だけが動かせるという事は、ただの偶然とは思えません。そこには明子さんにとって、とても深い意味が込められているように思います。

涅槃経というお経の中に「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という言葉があります。

これは、すべての人には、仏性という仏の永遠のいのちが宿っているという意味ですが、全身麻痺の明子さんの中にも、勿論この仏性(仏のいのち)は宿っています。でも、この仏性には、姿かたちがありません。

何が言いたいかと言いますと、肉体を生きる明子さんは、いま全身麻痺という重い後遺症を負っておられますが、姿かたちのない仏性を生きる明子さんには、全身麻痺という後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もないという事です。

ここで大切なのは、どちらの明子さんが、本当の明子さんかという事ですが、勿論、仏性を生きる明子さんが、本当の明子さんであって、全身麻痺の明子さんは、仏性を生きる明子さんが宿っている仮の器に過ぎません。

いま仮の器である肉体が、全身麻痺という後遺症を負っていますが、後遺症を負っているのは、使命を果たすために必要な仮の器である肉体だけで、仏性を生きる明子さんそのものには、何の後遺症もありません。

このような仏教的な考え方は、理解し難いかも知れませんが、たとえ理解し難くても、それを説明していては、話が先に進みませんので、今は「そういう事なんだ」と受け止めておいて下さい。

仏性を生きる明子さんには、姿かたちがありませんから、肉眼で見る事は出来ません。ですから、その明子さんが、この世に生まれてきた使命を果たしておられても、私達には分りませんし、見えません。

そこで、み仏は、肉眼には見えない、仏性を生きる明子さんの姿を、誰の眼にも見えるよう、一つの手立てを用意して下さったのです。

それが、先ほど言った、全身麻痺の体の中で、唯一動かせる左手のひとさし指です。

つまり、このひとさし指は、後遺症もなければ、傷つく事も病む事も老いる事も死ぬ事もない、仏性を生きる真実の明子さんの姿を映しだす鏡であり、み仏が用意して下さった試練を乗り越えるための救いの道(手立て)なのです。

このひとさし指は、私達にとっては、日常生活の中で、意識する事もなく当たり前に使っているただのひとさし指であり、肉体の一部に過ぎません。しかし、明子さんにとって、このひとさし指は、全身麻痺の中で唯一残った肉体の一部ではありません。

仏性を生きる明子さんが、この世へ生まれてきた使命を果たす為に、み仏が選ばれた、明子さんの魂(仏性)を宿す聖なる鏡なのです。

明子さんは、いま体の中で唯一動かせるひとさし指一本を使い、多くの人々に、感銘と生きる希望と勇気を与えておられますが、これこそ、左手のひとさし指が、仏性を生きる明子さんの真実の姿を映し出す鏡である何よりの証ではないでしょうか。

このひとさし指は、「全身麻痺の体の中で、動かせる箇所がなければ生きていく上で不自由だろうから」と言って、み仏が残して下さったひとさし指では決してありません。仏性を生きる明子さんの魂を宿す聖なる場所として、全身から選び抜かれたひとさし指なのです。

東大に合格するよりも難しい狭き門をくぐりぬけて、全身の中から選ばれた、まさに超エリートのひとさし指と言ってもいいでしょう(笑)

もし、ひとさし指を見て、「全身の中で動かせるのは、この指だけなんだ」などというように、全身の中で残った一部に過ぎないと考えておられるなら、それは大間違いです。

仏性を生きる明子さんが、その使命を果たす為に必要なのは、足でも顔でも頭でも口でもなく、左手のひとさし指だからこそ、み仏は、左手のひとさし指を選んで下さったのです。

だんだん話がややこしくなってきましたね。私が何を言いたいのか、お分かり頂けるでしょうか。こういう考え方は、信仰の世界に生きる者にしか理解し難いかも知れませんが、もう少し辛抱して聞いて下さい。


医療事故の真相


肉体を生きる明子さんにとって、全身麻痺の肉体ほど不便で、不都合なものはありませんね。その困難さは、私などには想像も出来ませんが、でも、このひとさし指だけが残ったのは、決して不幸中の幸いなどではありません。

すべてを見通しておられるみ仏が、明子さんが使命を果たす為に必要なものとして、このひとさし指だけを選ばれたのです。

こんな事をいうと明子さんの心を傷つけるかも知れませんが、どうしても救われて頂きたいので、心を鬼にして言わせて頂きます。

要するに、私が言いたいのは、あの医療事故は、赤ちゃんが生まれる時に母と子が体験する苦しみと同じように、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても避けて通れない試練であり、肉体を生きる明子さんが、仏性を生きる明子さんに生まれ変わる為には、どうしても乗り越えなければならない産みの苦しみだったということです

そして、その産みの苦しみに立ち会ったのが、あの先生なのです。

勿論、表面的に見れば、先生は、医療事故を起こしたご本人です。でも、真相を悟れば、誰もが引き受けたくない嫌な役目を引き受けて下さった事になります。

明子さんが、この世へ生まれた使命を果たす為には、あの出来事はどうしても避けて通れなかったのであり、その為にあの先生は、先生に与えられた役目を果たされたのです。

勿論、先生には、そんな意識は毛頭なかったでしょうし、それが当然です。これは、あくまで悟りの眼で観た真相であって、現実に起きた出来事をただ表面的に見ているだけでは、この真相は見えてきません。

勿論、私は、医療事故を否定しているのでも、あの先生を弁護しているのでもありません。あれは誰が見ても、先生の不注意に起因する医療事故であり、先生の責任は重大です。

でも、先生の責任は重大だと言ってみたところで、明子さんの心が救われる訳ではありません。大切なのは、明子さんの心が救われる事であり、その一点に尽きると言ってもいいでしょう。

そして、明子さんが救われる為には、あの医療事故を、ただの運不運による事故としてではなく、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても避けて通れない産みの苦しみだったんだということを、どこまで納得して受け入れられるかどうかにかかっているという事です。

不運による医療事故という負の側面しか見る事が出来なければ、生涯、先生に対する怒りや憎しみの心を抱いて生きていかなければならないでしょう。でも、それでは、余りにも悲しすぎますし、今までの明子さんのご苦労が報われません。

もし医療事故がなければ、明子さんは、きっと幼い頃からの夢であるピアニストになっておられたでしょう。でも、それでは、明子さんが背負っている使命をまっとうする事は出来なかったのです。

こう言うと、選べる道が二つあったように見えますが、そうではなく、明子さんが生きる道は、今の道しかなかったのです。

何故なら、お母さんが「明子はいつもニコニコしていた。まるで天使のように……。」と書いておられるように、明子さんは、多くの人々に生きる希望と勇気を与えるためにこの世に遣わされた「ひとさし指の天使」だからです。

こんな名前を勝手につけて申し訳ありません。でも、私はそう思っています。

明子さんは、「ひとさし指の天使」として、苦しむ多くの人々の心を癒し、生きる希望と勇気を与える使命を生きなければならない星の下に生まれたお方なのです。

くどいようですが、もう一度言わせて下さい。

あの医療事故は、表面だけを見れば、先生の不注意による医療事故以外の何ものでもありません。憎んでも憎み切れないミスをおかした先生の不注意には、怒りを禁じ得ません。

でも、あの医療事故は、明子さんが背負う使命を果たす為には、どうしても乗り越えなければならない試練の始まりだったのです。

これが、悟りの眼で観た医療事故の真相です。


ひとさし指の天使


医療事故に遇うまでの20年間の人生は、謂わば肉体を生きる明子さんの仮の人生であって、医療事故に遇ってからの人生こそが、仏性を生きる明子さんがこの世へ生まれてきた使命を果たす為に与えられた本当の人生なのです。

明子さんは、いまその使命の中に身を置いておられますが、このような生き方は、神仏に選ばれた人以外には出来ません。明子さんは、神仏から選ばれた尊いお方のお一人なのです。

でも、その使命をまっとうする為には、どうしても最後に乗り越えなければならない大きな試練の壁があります。

それが、医療事故の真相を悟り、明子さんに後遺症を負わせる原因を作った先生を許せるかどうかという壁です。

この壁は、医療事故の表面だけを見ていては、到底乗り越える事は出来ません。そこから生まれてくるのは、憎しみ、怒り、恨み、後悔などと言った、明子さんやご家族の皆様の人生をどんどん暗くしていく負の感情ばかりです。

しかし、私は、明子さんやご家族の皆様に、そんな人生を送って頂きたくありませんし、それでは、あれほどの産みの苦しみをされた明子さんや皆様の御苦労が報われません。

心の底から、この世へ生まれてきてよかったと言えるような、もっともっと素晴らしい、心豊かな人生を生きて頂きたいのです。

いや、生きられる筈です。そのように生きる為に頂いた命なのですから、生きられない筈がありません。

私が、このような手紙を差し上げて、医療事故に隠された真相についてお話しさせて頂くのも、そのような生き方が出来るお方であり、使命を果たさなければならないお方だからです。さもなければ、み仏がこのようなお計らいをされる筈がありません。

私は、皆様に、不可能を可能にして下さいと言っているつもりはありません。不可能なら、み仏は、最初から、このような手紙を私に書かせたりはしておられないでしょうし、私に、このような歌を作らせてはおられないと思います。

三番の歌詞の「いまはあの先生に言えるのありがとう」の前の歌詞を、思い出して下さい。こう書かれています。

「世界が輝いて 私を照らしている」

恨み、憎しみ、怒りの炎を燃やし尽くして試練の壁を突き破り、この世で最も憎むべき先生を許す心になった時、明子さんの心の眼には、世界のすべてが光り輝き、明子さんを照らし、その人生を讃えている光景が、きっと映し出される筈です。

それは、明子さんが、一人の人間として、誰からも讃えられるほどの高い境地に到達された証であり、仏性を生きる明子さんが、その使命をまっとうしておられる輝かしい瞬間なのです。

もしこの歌詞に書かれている事が嘘なら、み仏は、私にこのような歌詞を書かせてはおられません。「いまはあの先生に言えるのありがとう」と書かれているのは、必ずそう言える日が来るからです。私はそう確信しています。

すでに明子さんが生きるべき人生の答えは出ているのです。後は、その答えを、その輝けるひとさし指で書いていただくだけです。ひとさし指は、その答えを書く為に、み仏から与えられた指なのではないでしょうか。

そして、先生に対する心からの「ありがとう」が言えるようになった時、医療事故によって全身麻痺の後遺症を負った肉体を生きる明子さんは、名実共に「ひとさし指の天使」という名の、仏性を生きる明子さんに生まれ変わり、大空高く羽ばたいていかれるに違いありません。

その時、苦しむ多くの人々は、明子さんやご家族の皆様の中に、究極の愛の姿を見るでしょう。

憎むべき先生を許し、「ありがとう」と言って微笑む明子さんに、究極の愛の姿を見た人々は、きっと大いなる感銘を受け、生きる勇気と希望を見出すに違いありません。

様々な生き方や人生がありますが、これほど素晴らしい、輝かしい人生が他にあるでしょうか。

明子さんの生きる姿そのものが、苦しむ多くの人々の心に感銘と生きる希望と勇気を与えるのです。いまも与えておられるでしょうが、もっともっと苦しむ多くの方々に与えてあげて頂きたいのです。

このような生き方は、望んで叶えられる生き方ではなく、そのような使命を生きる星の下に生まれた明子さんだからこそ出来る生き方だと思います。


心の中のエベレスト登頂


歴史をひもとけば、障害をものともせず、その生涯を使命に捧げられたお方が大勢おられますが、明子さんも、その中のお一人である事は間違いありません。

ですから、どうか誇りと自信と勇気と希望を持って、いのちの炎を燃やし続けて下さい。そして、最後の最後まで燃やし尽して下さい。

でも、これだけは忘れないで下さいね。

明子さんが使命を果たす為には、お母さんやご家族の皆様のお力が欠かせなかったという事です。

明子さんは「お母さんが私のお母さんでよかった」とおっしゃっておられますが、私もまったく同感です。もしお父さんとお母さんの娘に産まれていなければ、いまの明子さんはいなかったと言っても過言ではないでしょう。

歌詞に、「だって私はいま 世界一素敵な お母さんに愛され 生きているから」とあるように、世界一のお父さん、お母さんをご両親に持たれた事が、明子さんにとって何よりの幸せだったのです。

また、明子さんを産んだお父さんとお母さんにとっても、尊い使命を与えられた明子さんを娘に持った事は何よりの幸せであり、きっとその事を誇りに感じておられると思います。

ご両親は、「私の娘に産まれてくれて、ありがとう」と、心の底から感謝しておられるのではないでしょうか。

先日、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが、80歳で世界最高峰のエベレスト登頂に成功され、高齢者世界一でのエベレスト登頂記録を塗り替えられました。

日本人の一人としてこれほど嬉しい快挙はありませんが、私は、明子さんとご家族の皆様にも、心の中にあるエベレスト登頂という、誰もが為しえない快挙を成し遂げて頂きたいと願っています。

勿論、焦ることも慌てることもありません。三浦さんも、エベレスト登頂の為に、何年も前から準備をなさったそうです。思ったからと言って、すぐにできたら、誰も苦労しませんからね(笑)

でも、必ず乗り越えて下さると信じています。いや、もしかすると、もうすでに登頂を果たしておられるかも知れませんね。

その時は、わざわざこのような手紙を出す必要もなかった事になります。私の予想が外れたのであれば、こんな嬉しい事はありません。

明子さんの人生が、一点の曇りもない青空のような清々しさと輝きに満ち、そこから生まれた救いの波紋が、全国津々浦々へと広がっていきますよう、心からお祈りしております。


より良き明日の為に


坂中明子さんが、この手紙をどのような気持ちで読んで下さるか、一抹の不安もありましたが、6月24日、ご自身のブログに、次のようなコメントを載せて下さいました。

お手紙読みました。
 歌詞の意味もよく分かりました。
 何と言っても私は、大西さんの言葉で、どれだけ励まされているか分かりません。
 ありがたいことだと思っています。
 確かに不自由です。
 でも不幸とは思っていません。
 子どもたちといると、幸せを感じることがたくさんあります。
 子どもたちは普通に接してくれます。
 まだまだ書きたいけど、またにします。
 それにしても境内にソメイヨシノ43本にはビックリ!

コメントを見る限り、明子さんは冷静に受け止めて下さったようです。

私自身は、この手紙が明子さんの傷ついた心を、さらに鞭打つような事になれば申し訳ないという気持ちでいっぱいでしたが、私が思っている以上に、彼女は強く、明るく、物事を冷静に見つめる事の出来る女性でした。

人間は、心の持ち方次第で、幸せにもなれば、不幸せにもなります。

肉体が不自由であっても幸せな人はいますし、肉体が不自由でなくても不幸せな人は、大勢います。明子さんには、たとえ肉体は不自由でも、是非幸せになって頂きたいと思い、同日、次のようなコメントを返させて頂きました。


明子さん、こんにちは。
 手紙を出す時は、明子さんや皆さんの心を傷つけるのではないかと案じていましたが、コメントを拝見してホッとしました。

先ほど、お母様からもお手紙をいただきました。すこしでも心の励みになっているのであれば、こんなに嬉しい事はありません。

私は、人生というものは、肉体で生きるものではなく、心で生きるものだと思っています。毎日どんな思いで生き、どんな心で過ごしているかによって、人生は決まっていくと…。
 だとしたら、幸せになれるような思い方をした方がいいに決まっていますよね。

人生には、勝ち負けも、損得もありませんが、せっかく人間に生まれてきたんですから、幸せになれる思い方をして生きた方が得です。そのような生き方が出来る人が、人生の真の勝者だと思います。

いくら五体満足でも、毎日不平不満の心で生きている人は、もう人生に負けているんです。その意味で言えば、明子さんは、間違いなく勝者に入る人です。

それだけの後遺症を負いながら、前を向いて生きている姿は、勝者の中の勝者と言ってもいいでしょう。みんなが、明子さんの生きる姿に勇気づけられ、その生き方を手本としているのは、そのためです。

明子さんは、誰よりも生きる事に真剣に取り組み、誰よりも生きる事の素晴らしさを知っている人です。ですから、これからも、生きる事に自信を持って頂きたいと思います。

それにしても、これだけの文章を打つのに、何時間かかったのでしょうか。一文字打つのに何分もかかるでしょうから、大変だったと思います。くれぐれも、左手のひとさし指をいたわってあげて下さい。

それと、もう一通、どうしても読んで頂きたい手紙があるので、後日送らせて頂きます。これも、歌にまつわる内容ですが、これは多分傷つける心配のない手紙だと思います(笑)

境内の桜は、確かに多いと思います。今でもなぜこんなにたくさん植えたんだろうと思う事があります。

お分かりだと思いますが、多いと言う事は、それだけ世話をするのが大変だという事です。剪定や消毒など、やる事はいっぱい。

植える時は、世話する大変さを全く考えず、ただ「咲いたら綺麗だろうな〜」という軽い気持ちで植えたんですが、今になって、「もう少し本数を減らしておけばよかった」と、ちょっぴり悔やんだりしています。

でも、春になって桜が満開になると、そんな後悔や苦労は吹っ飛んでしまいます。

人生も同じですね。どんなに後悔する事があっても、どんなに苦しい事があっても、それに勝る喜びを得たら、後悔も苦しみも、みんな吹っ飛んで行ってしまいます。大いに喜び、大いに笑い、生きる希望と勇気を持った者が勝ちです。

明子さん、大いに喜び、大いに笑ってお過ごし下さい(^^)


全身麻痺という想像を絶する境遇に耐えてこられたのも、持って生まれた明子さんの強さと明るい性格の賜物かも知れませんが、だからと言って、日々の生活が明子さんにとって困難である事に変わりはありません。

そして、日々の生活がどんなに苦しくても、自分の力で乗り越えていかなければならないのです。

生涯、この後遺症を背負って生きていかなければならない以上、後遺症をどのように受け止め、後遺症とどのように向き合っていくか、その心の持ち方が、明子さんにとって何より重要になってきますが、やはり医療事故の真相と、自己に与えられた使命をどこまで深く悟れるかが、大きな鍵になるのではないかと思います。

合掌

平成25年9月15日




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『ひとさし指から奏でる
しあわせ』
著者:坂中明子・坂中浩子
新水社 (2007/12)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注1)明子さん、おはようございます(^^)
先日、お電話でお母様とお話しさせていただき、拙い曲が、少しは心の励みになった事を知り、とても嬉しく思いました。
私の方こそ、お礼を申し上げます。
苦労して作った甲斐がありました。
先にメロディが完成し、そこまでは順調だったのですが、歌詞の方が中々できず、苦労いたしました。
もちろん、明子さんの毎日のご苦労に比べれば、苦労の内にも入りませんが(^^;)
この曲は、明子さんがいなくては生まれていなかった曲です。ですから、私が作ったというより、明子さんが作られたようなものです。
私の気持ちとしては、「作詞 坂中明子」としたいくらいです。
ですから、「私は誰かのために何かをすることは何ひとつできないのに」なんて、二度と言わないで下さい。
明子さんが希望と勇気を持って生きておられるその姿が、どれだけ多くの人々を励まし、また多くの人々の真心(仏性)を呼び覚ましているか、わかりません。
「一隅を照らすを国宝と名づく」という伝教大師の言葉がありますが、明子さんは、多くの人々の心の一隅を、立派に照らしておられます。
どうか、もっともっと自信と誇りを持ってお過ごし下さい(^^)
          (2013/6/14)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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